ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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そばが食べたくなる今日この頃


15話

――レザリア王国 北部戦線――

 

 今日も生き残った。

 

 ジョセフは戦いが終わった後、塹壕の中で腰かけそうな所を見つけ、M1903を傍に置き、腰かけた。

 

 塹壕内では生き残った味方が亡き戦友の遺体を一定の場所に移していく。

 

 塹壕の外は突撃してきたレザリア軍の兵士の死体がゴロゴロ転がっている。

 

 塹壕に到達することなくM1917重機関銃になぎ倒された兵士達。まるでここが墓場だと神に無情に宣告されたかのように倒れている。

 

 あと何回このようなことをすれば敵は懲りるんだろうか――

 

 腰かけたジョセフは、この世の地獄である地上とは無縁の青い空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――アルザーノ帝国 フェジテ――

 

 

 いよいよ女王陛下を歓待するその時が近づいていた。

 

 魔術学院正門前は、女王陛下の行幸を出迎えるため、人垣の道ができている。先発で到着した王室親衛隊の面々が周囲に目を光らせ、あふれかえる生徒達を仕切っていた。

 

 今や、その場に集う学院関係者の全てが、緊張した面持ちで女王陛下の到着を今か今かと待ちわびていた。

 

「はぁ…」

 

 そんな人垣を構成する一角、緊張に満ちたこのような状況にもかかわらず、ジョセフは、不安そうな表情でこの日を迎えていた。

 

「どうしたの?今日は元気がないね?」

 

 ジョセフの左隣に並ぶルミアが心配そうに尋ねる。

 

 因みに左から順に、ジョセフ、ルミア、グレン、システィーナと並んでいる。

 

「いや、ちょっと今日の競技ヤバいかなと思って……」

 

「あはは、そういえば、けっこう他の人の練習の手伝いとかしてたもんね」

 

 ルミアが苦笑いする。

 

 グレンがハーレイと給料三ヶ月分の賭けをした日からウェンディを始め、テレサ、カッシュ、セシル等、自分の練習の妨害をしているのかと思うぐらいの数多くの手伝いに奔走されていたジョセフは、何とか徹夜で【ショック・ボルト】の改造を終わらせることができたのだが、充分な練習時間が確保できなかったのだ。

 

「これで、一位を取れなくてなんやかんや言われたらおいちゃん泣くよ?発狂するよ?」

 

「あはは…」

 

 隣ではシスティーナがグレンの背中をはたいていた。

 

 すると、たいした力を加えたわけでもないのに、グレンがよろめいた。てか、なんであんなにやつれているんだ?

 

「……先生!?」

 

 とっさにルミアがよろめくグレンへ駆け寄り、腋下に腕を入れて支える。

 

「っとと…すまん。つーかさ、来るならさっさと来て欲しいんですけど…俺、もう、こうやって立ってるだけで限界…は、腹が……」

 

 と、その時だ。

 

「女王陛下の御成りぃ~ッ!女王陛下の御成りぃ~ッ!」

 

 人垣の道の中央を、馬に騎乗した衛士が叫びながら駆け抜けて行く。

 

 それを受け、待機していた楽奏隊が歓迎のパレードマーチを演奏し始めると、生徒達一同は大歓声を上げながら盛大な拍手を巻き起こした。

 

 爆音が辺り一帯を支配する。やがて、人垣ができた道の間を護衛の親衛隊に囲まれた豪奢な馬車が悠然と進んで行く。女王アリシア七世が窓から身を乗り出して、生徒達の歓声と拍手に応えるように手を振ると、さらに拍手と歓声の音量が上がった。

 

 そんな、盛況ぶりの最中。

 

 ジョセフは一人、距離を置きながら拍手をする。

 

 女王、アリシア七世を見、そして不自然な様子を見せるルミアを見る。

 

(確かに母親に似ているなティンジェルは)

 

 彼女はルミア=ティンジェルが本名ではない。本当の名前はエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ。帝国王室直系の正統な血筋を引く、元・王位継承権第二位――つまりはアルザーノ帝国の王女様だ。

 

 ルミアは本来ならば、このような場所にいるはずのない貴人なのだ。だが、三年前、ルミアが『感応増幅者』と呼ばれる先天的異能者であることが発覚し、様々な政治的都合から表向きは病で崩御なされたとして、その存在を抹消されたのである。

 

 ここで、アルザーノ帝国、レザリア王国、アメリカ連邦の三国の思惑が絡む北セルフォード大陸の情勢を見てみよう。

 

 アルザーノ帝国王家の始祖は、隣国の巨大国家レザリア王国王家の系譜に連なっている。それゆえにアルザーノ帝国とレザリア王国は、互いの国家の統治正統性や国際権威上の優位性について、常に揉めに揉めてきた関係だ。そのため、両国の関係はすこぶる悪い。当初、この二国が北セルフォード大陸の覇権を争っていたのだが、四十年前にもう一つの国がこのゲームに参加した。それが大洋を挟んで帝国の向かい側に位置し、かつて帝国の植民地だったアメリカ連邦である。

 

 連邦は七年にも渡る独立戦争で独立を勝ち取って以降、向かい側の北セルフォード大陸に関与せず、連邦に帰順していない先住民族、南に隣接しているクスコ帝国領内の侵攻・併合、買収など西へ西へと領土を拡張していった。やがて領土の拡張を終えると、ここで北セルフォード大陸に関心を向ける。強大化するレザリア王国に対抗するため、連邦は帝国に接近することになる。

 

 帝国と長年対立しているレザリア王国からしてみればこれは敵対行動であり、ここから連邦と王国の関係は悪化し、それから現在に至っている。特にここ最近両国は国際上でも互いを罵り合う光景は日常茶飯事だった。

 

 片や、「邪悪なカルト宗教国家と」――

 

 片や、「金に溺れ、堕落した世界最大のガンと」――

 

 一方、帝国は連邦の接近を複雑な目で見ていた。確かに自国の味方に付いてくれるのは歓迎すべきなのだが、相手が相手なだけに手放しに喜べる状態ではなかった。

 

 自分達に益があれば、味方に付くことも、切り捨てることも厭わない――

 

 それが連邦のやり方だということを帝国政府はわかっていた。

 

 宗教面では、帝国国教会、聖エリサレス教会教皇庁、連邦聖公会では、帝国国教会は帝国王室の統治正統性を保証し、連邦聖公会がこれを支持し、聖エリサレス教会教皇庁がこの二つの教会を異端認定している状態で、こちらも関係がすこぶる悪い。

 

 そんな中、帝国王室の血筋から悪魔の生まれ変わりであると、いまだ広く堅く信じられている――連邦はそうでもないが――異能者が生まれてしまったことが明るみになりかけたのだ。

 

 もし、エルミアナの存在が外部に漏れれば国内混乱は避けられず、神の子孫であるとされる帝国王家の威信は地に堕ち、常に帝国の併合吸収を狙うレザリア王国や聖エリサレス教会教皇庁が知れば、第二次奉神戦争の引き金にすらなりかねない。

 

 しかも、レザリア王国がそのような行動を取れば当然、連邦が黙っているわけがない。必ず参戦してくるだろう。そうなったら最悪、帝国国内が両国の戦場になりかねない。

 

 アルザーノ帝国は良くも悪くも神聖なる王家に対する民衆の絶対的な威信でもっている国である。エルミアナの存在は帝国を根幹から揺るがしかねない猛毒だったのだ。

 

 そのためエルミアナ王女は表向き病死とされ、密かに処分されることが決定した。アメリカ連邦とレザリア王国という両大国に挟まれている中、国家を背負い立ち、国民を守らねばならない女王と帝国政府の苦肉の決断だった。

 

(いくら背景があるとはいえ、気の毒やな)

 

 胸元に提げられているロケットを握りしめ、システィーナに儚く笑うルミアをジョセフは黙って見守っていた。

 

 

 

 

 魔術競技祭は例年、魔術学院の敷地北東部にある魔術競技場で主に行われる。

 

 競技場はまるで石で造られた円形の闘技場のような構造だ。中央には芝生が敷き詰められた競技用フィールド。三層構造の観客席は外に向かうほど高くなり、空から見れば深皿のように見えるだろう。

 

 この競技場は魔術的ギミックを組み込んだ建築物でもあり、樹木が乱立する林にしたり、炎の海にしたり、石造りの舞台を出現させたり、あらゆる条件・競技に対応可能だ。

 

 そして今、競技場の観客席は人であふれかえり、活気に満ちていた。

 

 観客席にいるのは学院の生徒達だけではない。生徒達の両親や、学院の卒業生など、学院の関係者が続々と集まっている。競技場観客席の最も高く見晴らしの良い場所に据えられたバルコニー型の貴賓席には、女王陛下の御姿も見えた。

 

 魔術を公式の場で使用することを法的に禁じられているこの国において、魔術による競い合いというものは、実際に参加するにしろ観客に徹するにしろ、魔術師達にとっては何物にも代えがたい娯楽なのだ。そういうわけで今年も大勢の観客が学院の内外から集まり、賑わっていた。

 

 魔術競技祭は学年次ごとのクラス対抗戦で、年に三度行われる。つまり一年次生、二年次生、三年次生の三つの部があることになる。今回開催されるのは二年次生の部だ。因みに四年次生の部は、四年次生が卒業研究で忙しいとの理由で開催されない。

 

 最終的に表彰されるのは、総合一位に輝いたクラスのみだ。二位や三位に意味はない。全か無か。それゆえに勝利にあらゆる手段を尽くすことを是とする魔術師の、古典理念を正しく踏襲した表彰方式である。

 

 そして、今回の二年次生の競技祭のみに限り、女王陛下自らが表彰台に立ち、優勝クラスに勲章を直接下賜するという帝国民ならば誰もが羨むような名誉がある。

 

 魔術競技祭に参加する全ての生徒が、そしてクラスの担当講師が、なんとしても優勝したい…そう息巻いているのが今回の二年次生の部の魔術競技祭であった。

 

 そんな中、二年次生二組――グレンの担当クラスは特に学院内の噂でもちきりとなっていた。なにしろ、この状況で、まさかのクラス生徒全員参加なのだ。成績上位者も成績下位者も連邦の留学生も分け隔てない、この平等出場。

 

 グレンは勝負を捨てた、流石は魔術師の風上にも置けない男、でもグレン先生のクラスは全員参加できて羨ましい、いや待て、このやる気のなさは女王陛下に対する不敬ではないのか?…この一週間、各方面で散々に囁かれた。

 

 グレンがハーレイに喧嘩を売って、お互い優勝に給料三ヶ月分を賭けているという噂――ジョセフが煽りに煽りまくって成立した賭け――も注目を集めるのに一役買っていた。

 

 とはいえ、奇異の目を集めてはいたが、誰もグレンの担当しているクラスに期待などしていなかった。勝負になるとすら思っていなかった。

 

 やがて時間がやってくる。決闘礼装としての細剣を腰に吊った生徒一同が中央のフィールドに集合整列し、魔術競技祭開催式が行われる。開会の言葉、国歌斉唱――因みに連邦の国歌も歌詞は違うが、帝国の国歌と同じ旋律を使っている――、関係各者の式辞、生徒代表による選手宣誓――式は粛々と進んでいく。

 

 そして、女王陛下の激励の言葉と共に、とうとう魔術競技祭が開催されるのであった。

 

 

 




 
今回は短いですが、キリがいいのでここまで。


多分、アルザーノ帝国ってイギリスみたいな国で、レザリア王国は神聖ローマ帝国+イタリア・バチカン+オーストリア・ハンガリー帝国みたいな感じなんですかね?

自分なりにそう思うような気がします。

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