第十三章に突入します。
156話
あっという間に、楽しかった(一人だけ疲れたと思っている)秋休み――学期間長期休暇も終わって。
アルザーノ帝国魔術学院、後期学期がスタートした。
約一ヶ月ぶりに登校する学院、久しぶりに再会する仲間達。学院の生徒達は、この秋休み中の思い出を仲間達と共に振り返りながら、皆一様に浮き足立っていた。
それは、グレンが担任を務める二年次二組の教室も例外ではなく――
「はぁあああああ――ッ!?竜退治ぃ~~ッ!?」
「嘘でしょう!?いえ、スノリア地方に大異常気象があったのは聞いていますが!」
「ふふん!嘘じゃないわよ!?……と、言っても実際に竜を倒したのは、ほとんどアルフォネア教授なんだけど……」
――システィーナ、ルミア、リィエルを中心に、大いに盛り上がっていた。
「……皆、元気だねぇ……」
ジョセフはそんな昼休みの教室内を、机にぐったりと突っ伏しながら、眺めている。
「俺は、もう疲れたよ……」
皆、盛り上がっている中、ジョセフだけはげんなりとしていた。
というのも、ジョセフにとって秋休みはスーパーハードスケジュールと化していた一ヶ月だったからだ。
まず、当初予定になかったグレン達とのスノリアの旅行。これは、ルミアを狙う天の智慧研究会の行動――結局、連中は動いていたが、ルミアを狙ったものではなかった――の警戒。
そして、そこから帝都を経由しての、連邦に直行。
因みに、マクシミリアンもジョセフと同じ理由で呼び出されていたため、ここで合流している。
国防総省からの呼び出しのために、帝国西海岸から、連邦領であるマラディ諸島を経由してニューヨークへ船で約一週間の船旅。
そこから実用化されたばかりの陸軍航空隊の連絡機で数時間かけて、連邦首都であるワシントンD.Cに向かう。
その次の日、ホワイトハウスに向かい、そこで大統領を始めとする閣僚と面会し、先のフェジテ最悪の三日間にて、ジョセフはラザール殺害の功績を讃えられ、マクシミリアンは一連の作戦での類希なる指揮を発揮したことを讃えられ、二名に連邦軍にて最高位の勲章である名誉勲章を授与される。
それと共に、ジョセフは少尉から中尉に、マクシミリアンは大佐から准将に昇格。
これまで通り、二人ともフェジテと帝都で任務を継続していくことになるのだが、手当の増額などの経済的、式典での階級問わず先に敬礼を受ける権利を得たという周囲からの反応の変化や、昇格による給料の昇給(むしろ、二人ともこっちの方が嬉しかった)など環境の変化が見れらることになった。
まぁ、後日、デルタの仲間から相当弄られまくったが。
と、最後に母の墓参りがてらにボストンに戻って、数日間過ごしていたのを除いて、かなりのハードスケジュールだったのである。
(まぁ、いつも通りの騒がしい日常がきたから、いっか……)
それよりも、と。ジョセフはあることを思い出す。
(
ジョセフは連邦で買った
本当は、学院に登校した時に、渡そうと思ったのだが。
『よぉ、ウェンディ。久しぶりやなぁ、元気にしとったん?』
『あ……ぁ……あの……えと……』
『まぁ、それよりも、お前に渡しときたいもの……って、えぇええええ――ッ!?ちょ、ウェンディ!?なんで、逃げるんやッ!?お、おい――ッ!?』
声をかけたら途端、ウェンディは顔を真っ赤にし、猛ダッシュで逃げられたのだ。
今は、システィーナ達の話に盛り上がっているが、なんかジョセフを自分の視界の中に入らないように避けられている感がひしひしと感じる。
(俺、なんかしたかぁ……?)
いくらなんでもめちゃくちゃ傷つきますよ、ウェンディさんよ……
幼馴染だから、なおさら精神的にくる。
ほんと、これ、どないしたらええねん。ジョセフが机に突っ伏しながら、溜息を吐いていた、その時。
ちょん、ちょん。
後ろから誰かが、ジョセフの肩をつつく感じがしたのでジョセフは振り返ると。
「お疲れですか?ジョセフ」
テレサがいつものように微笑みながら、そう声をかけてきた。
「ふふっ、まだ後期は始まったばかりよ?ほら、もっとしっかりしないと……」
「あ、ああ……いや、なんさん、ハードスケジュールやったから、まだ疲れが取れてないだけよ」
なんだろう、いつものおっとりお姉さんのテレサといえばそうなのだが。
この時のテレサは、頬を赤らめ、潤む目でジョセフを見つめていた。完全に恋する乙女である。
しかし、ジョセフはテレサがジョセフに恋していることに全く気付かない。
「んで、どうったん?」
「いえ……実は……」
やっぱり言うか、言わないでおこうか……と、そんな風にテレサは指をもじもじしている。
「……?」
ジョセフ、テレサの気持ちにまったく気づかない。
「……今日の放課後、空いてます?」
「ん?空いとるよ?」
「じゃ、じゃあ、その……よかったらなんですけど、ちょっとカフェにでも寄りませんか?」
「……カフェに?」
ジョセフ、テレサが何をしたいのかというのにまったく気づかない。
「ええ、その……えっと……お話ししたいことがあるから……ね?」
頬を赤らめながら、そう言うテレサ。
当事者じゃない第三者から見れば、それはどういうことなのかわかるはずなのだが。
「ええよ?」
ジョセフ、テレサの意図にまったく気づかない。
「……!ほ、本当に!?ふふっ、ありがとうございます」
「お、おう……」
まったく気づいてないジョセフが承諾すると、途端、ぱぁっと明るい表情になるテレサに、ジョセフは思わず押され気味になる。
「じゃあ、カフェはあそこでええか?ウチらがよう通ってるとこ」
「ええ、いいですわよ。うふふっ」
……うん、よくわからないけど、なんかすごく上機嫌ですね。
ジョセフがテレサの心情がまったく読み取れず、戸惑っていた、その時だ。
「……ジョセフ」
ふと、隣から声をかけられる。
その声の主は誰かわかっていた。
「ん?どしたん、ウェン……ディ?」
その声の主――ウェンディに振り向くと。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
すごい目が無表情で背後に黒いオーラを纏っているウェンディがジョセフの裾を掴んで見つめる。
……すっごい、無表情で。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ。
「あ、あのウェンディさん?どうしました?」
その圧倒的な黒いオーラに脂汗を垂らすジョセフ。
「……明日の昼休みと放課後、空いてますわよね?」
「あ、明日……うん、まぁ――」
「……空いてますわよね?」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
「……イエス・サー」
ジョセフ、気が付いたら両手を上げてホールドアップ状態になる。
「なら、明日、わたくしと付き合いなさいな。拒否権?そんなものありませんわ」
「えぇ……」
お前、一体、どうした!?
朝のあの反応とは真逆の態度に、ジョセフは困惑するしかない。
実は、ウェンディはこの時、ジョセフとテレサのやり取りを見ており、かなり嫉妬していた。
多分、今までにない嫉妬、やきもち。
当初は、ウェンディはアリッサだけがライバルと思っていた。テレサは最近、ジョセフにアプローチしていなかったから諦めたものだと思っていたのだ。
ところがどっこい、テレサは諦めていなかった。
むしろ、今まで以上に積極的になっている。
(い、いけませんわ……このままではいけませんわ……ッ!)
油断したウェンディはこのままだとジョセフが取られかねないと思い、とにかくジョセフを自分の側に居させるようにしたのである(黒いオーラはその並々ならぬ彼女の心情が漏れ出たものかもしれない)。
と、まぁ、なんか圧力じみたものになってしまっていたが、なんとかジョセフを自分の側に置くことに成功したウェンディ。
今日の放課後、テレサがなにか行動を起こすかもしれないが、明日、それを上回るぐらい積極的になればいいだけだ。ジョセフにウェンディしかいないと思わせるために。
そうして、ウェンディがジョセフ争奪戦に本格参入した、その一方では。
「…………」
スノリアでジョセフに好意を告白したアリッサは、ジトーっと。ウェンディとテレサを見つめる。
それに気付いたのか、ウェンディとテレサもアリッサと共に、それぞれを見やる。
そして、三人共くすり、と穏やかに微笑む。
……表情は笑っているが、目はまったく笑っていない。
バチバチバチ。
お互いがお互いに牽制し合っている。
ジョセフは自分のもの、とばかりに譲る気もない。
「「「「…………」」」」
この三人の牽制具合に、二組の生徒達は一歩引き下がるように固唾を呑んで見守る。
もう、このリア充め!とか。
爆発しろ、ジョセフゥウウウウウ――ッ!とか。
男子生徒からそんな言葉はついに出なかった。
いや、出せなかった。
その前に、この三人に殺されるという恐怖が勝った。
「……あ、あの……お三方……?」
ウェンディ、テレサ、アリッサの三人によるジョセフ争奪戦が今ここに始まったということにまったく気付いていない元凶。
前期にはなかったことが、後期開始と共に始まろうとしていた。
……その時だった。
ジョセフはもちろん、グレンもつい失念していた。
――恋とかバカ騒ぎとか、学院で繰り広げられる淡い青春。そんな日常なんてものは、いつだって唐突に、予想も付かないことで、あっさりと崩れてしまうことに。
がたんっ!
教室内に突如走った動揺、その直後、何かが倒れ込むような鈍い音。
バチバチとお互いを牽制し合っていた三人も、それに気付かず戸惑っていたジョセフも何事かと振り返って見れば――
椅子から転がり落ちてしまったのだろうか。リィエルが床に倒れ伏していた。
「お、おい……リィエルちゃん?大丈夫か!?」
「……一体、どうしたんだ?」
周囲の生徒――カッシュやギイブルの声にも、リィエルはまるで反応がない。
教室中の不安と心配さが入り交じった視線を一身に集めながら、リィエルは力なく四肢を投げ出してぐったりと倒れ伏し、荒い息を吐いていた。
「…………」
この様子に猛烈に嫌な予感に襲われたジョセフは、先ほどまでの困惑ぶりはどこへやら、まるで危険を感じ取った顔になり、席を立ちリィエルの元へ向かう。
そして、リィエルを抱き起す。
リィエルは完全に意識を失っているようだ。
そして――冷たい。ジョセフの腕の中の小柄な身体は、ぞっとするほど冷たかった。
「……マジかよ……先生、セシリア先生をッ!早くッ!」
これがどういう状態なのか、北部戦線をくぐり抜けてきたからこそわかるジョセフは、グレンにまくし立てる。
「……リィエル。おい、リィエル?一体、どうした……?何があった……?」
がらがらと音を立てて日常が崩れ落ちていく幻聴を聞きながら、グレンはリィエルへと問いかける。
「え?ちょっと……リィエル、どうしちゃったの!?しっかりして!」
「だ、駄目だよ、システィ!動かしちゃ駄目!」
そんなシスティーナやルミアのやり取りの声も遠く、グレンの耳には届かない。
それは新学期早々、新たな波乱の幕開けであった――
短いけど、ここまでで。
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