続けてどうぞ……って日付変わってるやないかーい!
そして――それは丁度、リィエルが倒れて一週間が経過する頃であった。
「グレン、それは無理だ。諦めろ」
夜空に白く寒々しい月が輝く夜。
不意に、学院へふらりと姿を現わしたセリカの一言が、不眠不休で霊魂解析法の考案に取り組むグレンの心を、完膚なきまでに叩き折っていた。
「なん……だとぉ……?てめぇ、セリカ……今、なんつった?げほっ……ごほっ」
ここは、うず高く資料や文献が積み上がり、足の踏み場もない魔術式研究棟の一室。
目元に色濃い隈を浮かべ、体力も極限状態なグレンが、ふらふらの足取りでセリカに歩み寄り、その胸ぐらを力なく掴み上げる。
「何も考えずに手を動かしていた方が心休まる時がある。だから、あえて指摘しなかったが……もう限界だ。そんなお前を見ていられない」
セリカが、痛ましげに、哀しげに呟いた。
「お前のやっていることは理論的に矛盾しているんだよ。それは……たとえば、ジグソーパズルのたった1ピースから、広大な全体像を正確に再現するようなものだ。そんなのはもう魔術じゃない、魔法だ。不可能だってわかるだろ……最初から全体像を知らない限りな。ルミアの異能アシストを受けた私だって無理だ。……魔術は万能じゃない」
「~~~~ッ!?」
「賢いお前のことだ。……本当はもうとっくに気付いていたんだろう?」
そう残酷に告げるセリカも、リィエルを救うための調査や研究を、その具合の悪い身体を無理矢理押して、密かに色々独自路線で行っていたのだろう。その目元には、色濃い隈が浮かんでいて、歩く死人のような風貌であった。
だからこそ、セリカも絶対に無理だという結論に達したのだ。
それを察したグレンは、その場でがくりと膝を折り、手足をついて項垂れた。
そうだ。わかっていた。最初から心のどこかで薄々わかっていたのだ。
リィエルは救えない。もう助けられないんだと。わかっていたのに……それでも、歩む足を止められなかったのだ。何かせずにはいられなかったのだ。
グレンは目の奥に熱くこみ上げてくるものを感じながら、部屋の隅を振り返る。
そこにはリィエルを救いたい一心でグレンを信じ、今日まで一生懸命に補佐をしてくれた市ステイーなやルミアが机に突っ伏し、資料に埋もれるように眠っていた。まさに疲労困憊――髪は乱れ、肌は荒れ、あの美しい少女達が今や酷い有様だ。
「……お、俺は……俺はぁ……ッ!」
セリカの足下でグレンは目元に涙を浮かべながら、拳で床を叩く。叩き続ける。
「くそッ!なんでだ!?リィエルは……あいつはやっと、日向の世界を歩み始めたっていうのに……どうしてこんな……ッ!?あいつが一体、何をしたってんだ!?」
「……グレン」
セリカがそんなグレンの頭を、慰めるようにそっとなでる。
しばらくの間、部屋にグレンのやるせない咆哮が響き続けた……その時であった。
「はぁ……大の男がピーピーピーピー情けない……」
その部屋に、赤い髪をかき上げて颯爽と入ってきた女がいた。
イブ=イグナイト――否、今は母方の姓を名乗るイヴ=ディストーレ。帝国宮廷魔導士団特務分室室長、執行官ナンバー1≪魔術師≫だったが、諸事情によって左遷され、今はアルザーノ帝国魔術学院に勤務する、軍事教練の特別講師であった。
「……イヴ……?」
グレンが視線だけ動かして、つんと腕組みしているイヴを見上げる。
「ふん。貴方って本当に猪突猛進のバカね。もう少し頭を使えば?頭を」
イヴは、ばさりと講師服をはためかせながら、突っ伏すグレンの前へ歩み寄る。
「だから、そんな無駄なことに無駄な時間と労力を費やす羽目になるのよ、まったく……システィーナやルミアにまで負担かけて何やってるわけ?」
「おい……お前、少し黙れよ」
その地獄の底から響くような声色を出したのは、セリカだった。
「元・帝国宮廷魔導士団特務分室室長、≪魔術師≫……この子の手前、今まで目こぼししておいてやったがな、私はお前のことが大嫌いなんだ……軍時代のグレンをひたすら苦しめ続けたお前のことがな……」
セリカがそう唾棄するように言い捨て、イヴを極寒の視線で睨み付ける。
「もし、今のグレンがお前のことをそれなりに認めてなかったら、とっくの昔に、この手で地獄へ叩き落としてやったところだ。だから、その不快な姿を私の視界に映すな。その不愉快な音を口から垂れ流すな。……でないとこの世から物理的に消すぞ」
並の人間なら即、死を覚悟するようなセリカの圧倒的な殺界が、場に形成される。
そのあまりにも息苦しい重圧に、疲れきっていたシスティーナやルミアもたちまち目を覚まして顔を上げ、室内のただならぬ様子を見て怯えるしかない。
弱体化しているとはいえ、セリカとイヴでは天と地ほどの実力差がある。
もし、セリカが本気でその気になれば、イヴは一秒だって生きていられない。土下座で許しを請い、尻尾を巻いて逃げ出さなければならない場面である。
だが――イヴは、セリカが叩き付けてくる絶望的な重圧感を受け止めつつ、強気で鼻を鳴らして突っぱね。グレンへ語りかけていた。
「グレン、いつまでウジウジしてるわけ?貴方はリィエルを救いたいんでしょう?か細いけど、その糸口を見つけてきてあげたわ」
そんな意外過ぎることをのたまうイヴに、その場に集う者達の驚愕の視線が集まった。
「おい、お前。……気休めで適当なことぬかすなよ?マジで消すぞ?」
「はぁ……元≪世界≫のセリカ=アルフォネア……貴女って、単騎では世界最強かもしれませんが、権謀術数とか、盤外戦術とか、そういう搦め手に弱そうですね」
竜をも睨み殺せるセリカの視線を、イヴは悠然と受け止めて睨み返す。
「なんだと?言ったな?この半世紀も生きてない小娘が……」
「貴女、言いましたよね?”全体像を再現するのは、最初から全体像を知らない限り不可能だ”、と。……だったら、最初から全体像を持ってくるまででしょう?」
まったく物怖じせず、イヴは不敵な態度でセリカと対峙し続けている。
「グレン、聞きなさい。リィエルの霊域図版についてなんだけど――」
そして、イヴが何かを、足下のグレンへ告げようとした――まさにその時。
「た、た、大変だぁああああああああああああああ――ッ!?」
グレンのクラスの生徒数名が、血相を変えてその室内へと飛び込んできたのであったのであった。
「先生っ!大変だぁっ!突然、変な奴らがやってきて、リィエルちゃんを――」
「――ッ!?」
切羽詰まったロッドとカイの叫びを皮切りに。
この事態は、さらなる混迷の深淵へと舵を切っていくことになるのであった――
一方、フェジテ南地区にて。
夜のため、人気がない倉庫街に二人の軍服姿――黒のロングコートにベレー帽――の男女がモニター画面を見ていた。
その画面には、アルザーノ帝国魔術学院の医務室の様子を、上空で飛んでいるドローンからの映像が映し出されていた。
「……動いてきたわね」
金髪の上品なお嬢様――アリッサが魔導士礼服に身を包んだ数人の男女が、様々な生命維持装置に繋がれたリィエルを強引に装置から引きはがし、運び入れた傍の担架に積んで拘束している映像を見ながら、呟く。
そこには、グレンが猛ダッシュで駆けつけて医務室の扉を蹴り開ける瞬間も映し出されている。
その様子から、連中はリィエルをどこかへ連れ出そうとしているらしいのがわかる。
「ああ、間違いない。あの三人がそうなんだろうよ。……親玉は出てきていないがな」
ジョセフも映像を見ながら、三人の男女を確認する。
その目は、妙に殺気だっていた。
無理もない。今、映像に映し出されているのは、カッシュやギイブル、ウェンディらが、身体を稲妻の鎖で拘束されて床に転がされており、手足を食い荒らす激痛に呻いていたからだ。
もしかしても、しなくても、彼らは突然やってきた魔導士達の暴虐に抵抗しようとしたのだろう。
だが、所詮、戦闘訓練を受けた魔術戦のプロとアマチュア。
その実力差は天と地ほどもあり、リィエルを守ろうとした抵抗は空しく、あっさりと取り押さえられてしまったのだ。
そして、グレンが駆け込んで来る前に、よほどの実力差を見せつけられてしまったのだろう――リィエルにマナを供給していたその他十数人の生徒達は、壁際で身を寄せ合って青ざめ、怯えきっていた。
そして、なんとか這って魔導士達の足に取り縋ろうとするカッシュの手を、野獣のような目付きの大柄な魔導士が容赦なく踏みつけていた。
「――ッ!?」
ぎりっと、ジョセフの目つきがさらに鋭くなり、殺気を発する。
もし、あの場にいたなら、即座に殺してやるといわんばかしの殺気だ。
(こいつら、マジで殺すぞ……ッ!)
いや、実際に殺すと心底憤っていた。
「ジョセフ……」
そんな心情を察したアリッサが、骨が折れそうなほどに握りしめている――実際は義手だが――右拳にそっと手を添える。
「……いや、そうやな。今は集中しないと」
添えられたことで私情を挟んではいけないと冷静になったジョセフは、再び画面に見やる。
映像では、グレンが身体能力全開で大柄の魔導士に右拳を突き込んで突進する。
その右拳は、相手を殺しかねない威力を持っている一撃に違いなかった。
まともに受けたら、吹き飛んで壁に叩き付けられるだろう。
だが、グレンの拳は空を切り――気付けば、その大柄な魔導士はグレンの背後に居た。
「!」
ジョセフとアリッサはその男の動きに目を細める。
そして、その大柄な魔導士の後ろにいた、赤毛の年若い少年魔導士と、その隣の妙齢の金髪女性魔導士が。
ゆらりと手を動かし、グレンへとその掌を向ける。二人はグレンへ容赦なく魔術を撃つ気であった。
現場にいなくてもわかる。この三人は、超一流の魔導士だと。
同時にジョセフとアリッサは思った。よく観察しないと断言できないが、今のところ、
そして。
「……新手が来たわね」
アリッサがグレンに敬礼している同い年か、一、二歳ほど年下の後頭部で一つにまとめた明るい亜麻色の長い髪の可愛らしい少女を指さす。ジョセフは思わず口笛を吹く。
「いやぁ、これは……何も知らんかったら、
「一重に仕掛けているとは限らないわね。恐らく二重、三重に仕掛けているのかも。ほんと、准将が知らなかったら、私達も危なかったわよ」
「まぁ、それぐらいはするわな。しっかし、恐ろしいな。いや、理論上はできるんやろうけど、マジでやる猛者がいやがるんだから。現に、先生も皆、引っかかってるで。これは要警戒だな」
何やら意味のわからないことを言い合う二人。
「んで……親玉のお出ましだな」
ジョセフは、扉から室内へゆっくりと入室し、グレンの前に立つ一人の男に注目した。
「……サイラス=シュマッハ……奴が
そう言いながら、ジョセフは目を細めるのであった。
切りがいいからここまで。
感想をお待ーちしています。