ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


159話

 

 

 

 話は少し遡って。

 

 グレンが超一流の魔導士達を相手に、絶望的な気分で、それでも諦めず、愚者のアルカナを引き抜こうとしたところ。

 

 その時、その場に、さらなる異常事態が起きたのだ。

 

「双方、そこまでです」

 

 ぐにゃり……と。目に見える世界の全てが揺らいだ。

 

 結果、その場、全ての人間の上下左右の方向感覚と重力感覚が狂い、まともに立つのも困難になる。これではとても戦闘行動など不可能で、動きを止めざるを得なくなる。

 

「……これは……なんだッ!?」

 

「ちっ……」

 

 グレンの驚愕と魔導士達の舌打ちが響く。

 

 やがて、歪み揺らいでいた世界は、少しずつ元のあるべき形へと再結像していく。

 

 ふと気付けば、グレンと魔導士達の間に、魔導士礼服に身を包む一人の少女がいた。

 

 グレンと同い年か、一、二歳ほど年下の少女だ。人懐っこい顔立ち、後頭部で一つにまとめた長い髪は明るい亜麻色。前髪の隙間に輝く金色の瞳はくりくりと可愛らしい。軍属らしからぬ華奢で小柄な身体だが、頼りなさは微塵もなく、屹然としている。

 

「お久しぶりです、グレン先輩!」

 

 少女が、にっこりとグレンへと笑いかけた。

 

 グレンはしばらくの間、その少女を唖然と直視し……

 

「……い、イ、リ、ア……?イリア……お前――≪月≫のイリアか!?」

 

「はいっ!貴方の可愛い可愛い後輩!帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー18≪月≫のイリア=イルージュ!ここに推参しました!」

 

 イリアが、グレンに向かってウィンクし、ビシッと敬礼をする。

 

 と。

 

「いやぁ、ありがとうございます、イリア。やはり貴女は優秀だ」

 

 今度は一人の男が、扉から室内へゆっくりと入室し、グレンの前に立った。

 

「……ッ!」

 

 すると、イリアは急に押し黙り、警戒するようにその男を睨みつつ、下がった。

 

「まったく……我らは軍人。血気盛んは大変、結構。だが、ここではいけませんよ。ここは神聖なる学び舎であり、さらには静謐を尊ぶ医務室なのですから」

 

 その男は、同じく魔導士礼服に身を包む、二十代後半の魔導士であった。

 

 長い金髪に、ひょろりとした長身痩躯。いかにも人の良さげな風貌に眼鏡をかけ、穏やかに微笑んでいる。一見、うだつの上がらなそうな優男だが、その佇まいに隙はない。見る者が見れば、男が雲の上の実力者であることが瞬時にわかる。

 

 その証拠に、男が何事かを呟きながらさっと手を振れば、稲妻の魔術で拘束されていたカッシュ達が、一瞬で解放されてしまう。

 

「いやはや、少し席を外している間に、私の部下達が、多大なるご迷惑をおかけしてしまったようで本当に申し訳ありません、グレンさん……いや、≪愚者≫のグレン」

 

 慇懃に一礼しながら、そんなことを言う男に、グレンは眉を顰めた。

 

「……何者だ、てめぇ?なぜ、俺を知ってる?」

 

「はは、申し遅れました、本来ならば守秘義務があるのですが、今は互いの信頼が肝要。何分火急のことゆえに、今回は特例で名乗り、身分を明かしましょう」

 

 そして、男は名乗った。

 

「私は、サイラス=シュマッハ。より貴方に通りよく名乗るのであれば……帝国軍百騎長、帝国宮廷魔導士団特務分室室長、執行官ナンバー1≪魔術師≫のサイラス、とでも」

 

 途端、殴られたような衝撃がグレンを襲った。

 

(特務分室!?まさか、こいつら――全員、特務分室の執行官か!?)

 

 冷や汗を背中に感じながら、魔導士達を見据えるグレン。

 

 イリアを除き、全員グレンの知らない顔ぶれだが、補充要員でも入ったのだろうか?

 

(しかも、こいつ、≪魔術師≫のナンバーを名乗りやがった。つまりイヴの後釜!?)

 

 通常、≪魔術師≫のナンバーを拝命できるのは、イグナイト家の者だけだ。

 

 特例なのか、それとも別の理由があるのか、いずれにせよ、特務分室のナンバー1、即ち室長を名乗れるということは、とんでもない実力を持つことだけは確実だ。

 

(くそ、特務分室の執行官が五人も!一体、何しに来やがったんだ、こいつら!?)

 

 この異常過ぎる事態に、グレンが思わず唾を飲んで身を固くしていると。

 

「ははは……そうあまり身構えないでください、グレンさん。私達は別に、貴方と争いに来たわけではないのです」

 

 サイラスは、どこまでも穏やかに言った。

 

「は?身構えるな?リィエルと生徒達に、ンな仕打ちしといて、よく言うな?どう考えても友好的とは思えねえぞ?」

 

「いやはや手厳しい。確かに仰る通り。その件については……特に守るべき市民たる生徒達に手を上げたことに関しては、弁明のしようもありません。どうも、私は部下達に舐められているようでして。まぁ、それはさておき本題に入りましょう」

 

 どっちが舐めているのか。サイラスは部下の失態を特に咎めることなく、ニコニコしながら話を切り返した。フェジテ最悪の三日間で会った、連邦軍のマクシミリアンという男とは違い、妙に、人の癇に障る笑顔であった。

 

「では早速。グレンさん、いえ、元≪愚者≫のグレン。そして、≪戦車≫のリィエル。私は特務分室室長として、その両名に命令を下します」

 

 一同が固唾を呑んで見守る中、サイラスは堂々と宣言した。

 

「まず、グレン正騎士。我が百騎長軍階と緊急特例九号に基づき、執行官ナンバー0≪愚者≫として、貴方に一時的な軍への帰参を命じます」

 

「はぁ?」

 

「そして、リィエル従騎士長。貴女のルミア護衛任務を一時的に解きます。帰参したグレン正騎士と共に、女王陛下勅命の特殊任務に従事するように」

 

 ここまでで、グレンを唖然とさせるには、すでに充分であったが……

 

「そして、その特殊任務とは……女王陛下暗殺を企て、現在逃亡中の逆賊、元・執行官ナンバー17≪星≫のアルベルト=フレイザーのアメリカ連邦への亡命の阻止・討伐です」

 

 ……ここまで来ると、最早、絶句するしかなかった。

 

(は?アルベルト?……アルベルトが女王陛下の……暗殺?しかも、連邦への亡命?)

 

 グレンの思考処理が色々と追いつかないまま、サイラスは続ける。

 

「ええ。幸い陛下の暗殺は未遂に終わりましたが、その際、特務分室にも多大な被害が出ましてね……≪法皇≫のクリストフ、≪隠者≫のバーナードの両名が陛下を守り、アルベルトの魔の手にかかって戦死いたしました。我々は女王陛下のためにも、散っていった仲間のためにも、彼を許すことはできず、是が非でも報いを与えねばなりません」

 

「…………」

 

「しかし、アルベルトは強い。下手をするとこちらが狩られかねない。しかも、連邦に亡命するためか、連邦陸軍第一特殊部隊デルタ分遣隊も彼に接触・亡命の手助けをするために動いている。我々はなんとしてもこれを阻止するため、彼らよりも先にアルベルトを討伐しなければならない。ならば、彼とデルタと最も多く任務を共にし、彼と彼らの手口と能力をよく熟知している者の協力は必須。……”協力”していただけますね?≪愚者≫のグレン?」

 

 ニコニコと。どこまでも穏やかに、朗らかにグレンへ微笑むサイラス。

 

「実は下心を明かせばですね。私も室長という分不相応な身分になってしまったばかりに、軍内では未だ肩身が狭くて……ここら辺で是非とも、大きな実績が欲しいのです。あのアルベルトを討伐できれば、それはもの凄い戦果になります。それに、連邦軍に先んじれば、今後の連邦との付き合いでも有効なカードになりますからね。だから……」

 

「……わからねえ。色々言っている意味がわからねえ」

 

 やっとのことでグレンが絞り出した言葉は、子供のような理解の拒絶であった。

 

「何?アルベルトが女王陛下の暗殺を目論んだ?クリストフとじじいが死んだ?連邦が動いている?それで、俺とリィエルにアルベルトを討伐しろ?お前、一体、何言ってやがる?いい加減にしろよ、このクソ忙しい時に……」

 

「おや?理解できませんでしたか?ははは、おかしいですね……可能な限り、要点を押さえて簡潔に、端的にお話ししたつもりなのですが」

 

 すると、サイラスは肩を竦めて恐縮そうに微笑む。

 

「いやはや、実はね。グレンさん。私、昔から話が長くてくどいと周囲から散々説教されていまして……それを直すよう常日頃、気をつけるようにしてはいるのですが――」

 

 やけに癇に障る口上を無視して、グレンは猛然とサイラスの胸ぐらを掴み上げた。

 

「うるせぇ、黙れッ!ふざっけんなッ!?あのクソ真面目野郎が陛下の暗殺!?ンなことあるわけねえだろッ!?ふかしやがってぇ――ッ!?」

 

「ううむ……しかし、これはれっきとした事実、なのですが。それに、現に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まるでグレンの恫喝に動じず、困ったように肩を寄せるサイラス。

 

 サイラスの言葉に、生徒達は今、気付いた。 

 

 ジョセフと、アリッサは……どこいった?

 

 そう、ジョセフとアリッサは、いつの間にか姿を消していたのである。

 

 いや、今はそれよりも。

 

「うるせえッ!よしんば、それが事実だったとしてもだ!俺はともかく、リィエルに戦えってどういうことだ!?戦える状態じゃねえって見りゃわかんだろ!?ああ!?」

 

「ええ、そうですね。()()()()()()()()()()()()()

 

 その瞬間、聖人君子然と微笑むサイラスが――豹変した。

 

「リィエルは連れて行きます。その方が、グレンさんも命令に従う気になるでしょう?」

 

 気付けばサイラスは、どこまでも冷酷に冷え切った奈落の目をしていた。

 

「俺に対する人質ってことか!?俺にどうしても従軍させるために……ッ!?」

 

「理解が早くて助かりますよ。なにせ、貴方は一筋縄ではいかない人だ。タダでは私の命令に従わないでしょう?私は貴方の能力を買っているのです。貴方ならば、アルベルト討伐に大いに貢献してくれるはずです。もう一度言います。これは命令なのです」

 

 最早、グレンは怒りのあまり、言葉を失うしかなかった。

 

 そんなグレンを前に、イリアは悔いるように目を閉じ、部屋の隅で沈黙を守る。

 

 そして、三人の魔導士達は、狼狽えるグレンを見て、蔑むような含み笑いをしていた。

 

「……お、お前らぁ……ッ!?」

 

 地獄の業火に身を焦がすような怒りが、グレンの全身を燃え上がらせた。

 

 この不可解な事態も。この信じがたい現状も。最早、何もかもがうんざりだ。

 

 グレンが拳を激情で握り固める。この一週間、堪えていた激情と鬱憤を一気に噴出させ、致命的な結末に向かって突っ走ろうとする――まさにその時だった。

 

「……落ち着きなさい、グレン」

 

 その場に火の粉がはららと散るような錯覚。そんな鮮やかな炎髪をかき上げて登場した娘が、爆発寸前のグレンをぎりぎりで押し止めていた。

 

 

「はぁ……なるほど。相棒の貴方がいちいちこれじゃ、アルベルトの苦労が窺えるわ」

 

「イヴ!?」

 

 魔術講師のローブをばさりとはためかせ、腕組みしたうイヴがグレンの隣に並んでいた。

 

「……それにしても、軍の特権を笠に着ての強制従軍命令……見てて気分が悪いわね。……私、こんなことしてたんだ……最悪」

 

「い、イヴさん……ッ!?」

 

「……、久しぶりね、イリア。でも、今は貴女と話している暇はないの」

 

 イブの登場に驚くイリアを一瞥し、イヴはサイラスを改めて流し見る。

 

 すると、サイラスはイヴに向き直って言った。

 

「ああ、いらしていたのですか。お噂はかねがね。お互いこの立場となってから、直接お会いするのは初めてですので改めて……私、この度、貴女の後任を拝命奉った特務分室、新室長サイラス=シュマッハ。……以後、お見知りおきを、()室長」

 

「前口上はいいわ、本題に入るわよ」

 

 ちっ、忌々しそうに舌打ちして、イヴはサイラスを睨み付けた。

 

「もし、グレンをそのアルベルト討伐?に、連れて行きたいなら……取引よ」

 

「!」

 

「リィエルの霊域図版……()()()()()()()()。サイラス=シュマッハ」

 

 イヴのあまりにも予想外な言葉に、その場の誰もが呆気に取られ、イヴに注目する。

 

「は?お、おい……イヴ……?一体、そりゃどういう……?」

 

 意味がわからず動揺するグレンへ、イヴは”私に任せて”と視線で訴え、さらに言葉を続けていった。

 

「まったく、貴方の方から出向いてくれるなんて、捜す手間が省けて良かったわ。サイラス、貴方なら持ってるのでしょう?リィエルの霊域図版くらい。別に貴重でもなんでもないデータのはず。そのくらい正当な労働報酬よ。出しなさい」

 

「ふむ……イヴさん。……貴女、一体、どこまで知っているのです?」

 

 すると、サイラスはその柔和な微笑みを崩さず、瞳だけを僅かに冷たく、刃のように鋭くしながら、そう返す。

 

「イグナイトが、ひたすら他者を出し抜いて功を重ねるために築き上げた秘密の情報網を知らないの?まぁ、私は室長剥奪と共に、ほとんど失ったけど。それでも、私が独自に築き上げた糸だけは、まだ何本か残ってる……と、だけ言っておくわ」

 

「………………」

 

「それとも、件のシオン・ライブラリーを、今から慌てて証拠隠滅に処分する?それもいいけど、この程度の取引に応じるのと、どちらが貴方にとっての”得”かしらね?」

 

 サイラスはそんなイヴをしばらくの間、品定めするかのように見つめ……

 

「……なるほど、さすがはイグナイトの。いやはや、こうしてお会いしてみると、ますます解せない。なぜ、貴女の父上は、貴女のような優秀な御方を切ってしまわれたのか」

 

「うるさい、放っておきなさい!それよりも取引に応じるの、どうなの!?」

 

 イヴが激昂して再度問うと、何かを面白がるように、サイラスは首を傾けた。

 

「はて?取引とは、互いの手札や戦力が拮抗し、対等である時のみ成立する契約のことを指します。私と貴女達……よく見てください。これでは戦力が違い過ぎる」

 

 サイラスが肩を竦めると、イリアを除く三人の特務分室の魔導士達が、威嚇するように一歩、前へ出た。

 

「今の貴女が持ちかけた取引に、私どもが応じる理由はどこにも……」

 

「ハ。戦力が拮抗?手札が対等?貴方、何か勘違いしてない?」

 

 サイラスの言葉に、イヴが鼻で笑って応じる。

 

 すると、一人の女が靴音を鳴らして、医務室内に幽鬼の如く姿を現わしていた。

 

 セリカだ。眉根に皺を寄せ、もの凄く不機嫌そうである。もの凄く。

 

 イヴの如き小娘に、いいように使われるのは我慢ならない。が、グレンのために今は我慢してやる、後で覚えてろ……いかにもそんな一触即発の雰囲気だ。

 

「――ッ!?」

 

 そして、その瞬間、その場の魔導士達の間に、明らかな緊張が走った。

 

「なるほど。元≪世界≫のセリカ=アルフォネア……この学院には彼女が居ましたね」

 

 サイラスは参りましたと言わんばかりに、肩を竦めた。

 

「情報によれば、度重なる無理が祟って弱体化……長期戦が不可能とありますが、短期戦に限れば、まだ恐るべき力を発揮できるのでしょう。これは参った、正直ここで戦って、我々が負けることはないでしょうが……アルベルト討伐……最悪、デルタとの交戦を前に、余計な被害はこちらも避けたいところ。……ああいや、本当にお上手な御方だ。これでは、私はイヴさんの取引を受けざるを得ません。ははは、一本取られました。素晴らしい。そして、なんていう聡明な女性だ。美しいし、度胸もある。貴女とは是非、一度ゆっくりお食事でも……」

 

「却下よ」

 

 すると、残念そうにサイラスは苦笑いし、呆けているグレンへ向き直った。

 

「ははは、フラれてしまいました。どうにも私は昔から女性受けが悪くて……私は貴方のような男性が羨ましい。機会があれば、是非とも秘訣をご教授願いたいものです」

 

 グレンの隣のイヴや後ろのセリカをちらりと見回し、サイラスは穏やかに笑った。

 

「さて。聞いての通りです、グレンさん。詳しい出所は極秘なので、あえて明言を避けますが……もし、私の命令に従い、アルベルト討伐に参陣していただけるのであれば……そうですね、リィエルの霊域図版を貴方に譲渡しましょう。……どうでしょうか?彼女の霊域図版が喉から手が出るほど欲しいのでしょう?まぁ、万が一にも、貴方がアルベルトとの戦いを放棄して逃げ出さないよう、リィエルには同行していただきますがね。それがこの取引に際し、こちらが提示する絶対条件です」

 

「――ッ!?」

 

 その言葉に、グレンは目を見開いた。未だ混乱や困惑は冷めやらない。

 

「……多分、この辺りが潮時だわ。これ以上押したら、交渉そのものが破綻する」

 

 そんなグレンにだけ聞こえるように、イヴが道を示すように呟いた。

 

「私にできるのはここまでよ、グレン。後は貴方の決断。取引を受ければ、リィエルを救えるかもしれない。でも、甘っちょろい貴方には、相当に酷な展開が待ってるはず」

 

「イヴ……お前……?」

 

「……無理強いはしないわ。別に、私は私で好きにやっただけ。私を先生と慕ってくれた生徒達が、涙に暮れるのを見たら寝覚めが悪くなるし。だから、この状況を最大限利用して、私にできることをした。それだけ。……貴方の決断に不平不満は言わないわ」

 

 言いたいことだけ言って、そっぽを向いてしまうイヴ。

 

 そして、グレンが振り返れば、グレンを注視している生徒達がいる。

 

 皆、一様に当惑を色濃く浮かべ――ウェンディにいたってはサイラスの言葉を聞いて、最悪、グレンとジョセフ、アリッサが交戦するのではないかと真っ青な顔になっている――、それでもグレンに縋るような、それでいて申し訳ないような……そんな複雑な表情をしている。

 

「せ、先生……」

 

 出入り口付近に佇んでいるシスティーナとルミア、どうしたらいいのかわからないといった表情で、グレンを見守っている。

 

 はっきり言って、グレンにも、この状況は何がなんだかわからない。

 

 どうして、このサイラスという男がリィエルの霊域図版を持っているのか、なぜアルベルトが女王陛下暗殺を企てたのか。そして、なぜ連邦がアルベルトを保護するために動いているのか。何もかも、判断材料がなさ過ぎる。

 

 だが、リィエルを救いたくば――今は、このサイラスとの取引に応じるしかない。

 

 アルベルトは本当に、女王陛下暗殺を企て、実行したのか?

 

 もし、企てたとして、俺は本当にあいつと戦えるのか?

 

 リィエルとアルベルト、二人を天秤にかけて戦うことができるのか?

 

 いや、二人だけじゃない。もし、デルタが先にアルベルトと合流していたら?

 

 当然、そこには、ジョセフとアリッサもいるし、フェジテ最悪の三日間で鉄騎剛将アセロ=イエロを玩具のごとく遊んでいたマクシミリアンもいるはずだ。最悪、デルタとも戦わなければならない。

 

 その時、俺は本当にこいつら――特にジョセフとアリッサと戦えるのか?

 

 正直、今から頭が痛くなってくるほど、迷いは尽きない。

 

 だけど――何もしない、立ち止まるという選択だけはできない。

 

 それは、何もかもが悪化して、何もかも救えない最悪の一手だ。

 

 だからこそ――

 

「わかった。……受けてやる。アルベルト討伐に参加してやる……クソがッ!」

 

 死中に活。いつものように、戦いの中で真実と最善手を探りつつ、最悪の極限状態の中から可能な限りの良い結末を勝ち取るしかない。これは試練なのだ。

 

 その日――グレンは、魔導士礼服の袖に、再び腕を通すことを決意するのであった。

 

 

 

 

 

「先生も≪星≫さんの討伐に参加した。……まぁ、ここまでは予想通り」

 

「それに、イヴさんのお陰で、サイラスがリィエルの霊域図版を持っていることもわかった……間違いないわ、彼らが標的ね」

 

「ああ、そうなるな。だが、イリアの動きには注意しろよ。俺は、彼女がかなり怪しい」

 

 ジョセフは映像を見ながら、イリアを見つめる。

 

「……サイラスよりも?」

 

「ああ、むしろ、サイラスもあの三人の魔導士達も……少なくとも、全員踊らされているような気がする。なんかこう……背後にこれを利用して動いている誰かがいる……証拠はないけど」

 

 ジョセフは、アリッサにそう言うと、溜息を吐く。

 

 アリッサはそれを瞬時に察した。

 

 恐らく、ウェンディのことだろう。グレンが決断する時、彼女は顔を真っ青にしており、テレサとリンに宥められていたのだ。そのテレサもウェンディと同じことを考えていたのだろう、身体が震えているような気がした。

 

 そりゃそうだろう。幼馴染が女王陛下を暗殺した逆賊を保護するためにいなくなったのと、最悪、グレンと交戦――つまり、殺し合いをするかもしれないのだから、その心情たるや無理もないのである。

 

 そして、ジョセフはそれに罪悪感を感じている。悪意があってやってるわけではないのだが、それでも幼馴染にあんな顔をさせたくはなかった。

 

 あの時、ジョセフは改めてウェンディを守ると約束したのに。守るどころが、泣かせてしまっている。

 

(ジョセフ……やっぱり貴方は……)

 

 そんなジョセフにアリッサは、複雑な表情をし、やがて、この時は彼を支えようと決心しジョセフに寄り添う。

 

「アリッサ?」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 アリッサはそう言ってジョセフを抱きしめる。

 

 服越しに伝わるそれぞれの体温。アリッサはそれを感じ、ジョセフの唇に自分の唇を重ねる。

 

「――ッ!?」

 

 ジョセフは相変わらずびっくりするが、アリッサは構わず、唇を重ね続ける。

 

 そして、しばらく経った後、唇を離し、ジョセフと向き合う。

 

「私がいるから……だから、今は任務に集中しましょう?」

 

「……お前、キスしてからそれ言う?」

 

「だって、キスしたかったんだもん」

 

「お前なぁ……」

 

 むしろ、お前が集中しろよと言わんばかしに呆れるジョセフ。

 

 そして、アリッサはもう一度キスをする。

 

 しばらくの間、二人は長く、熱く、激しい、情熱的なキスを味わうのであった。

 

 

 

 

 





アリッサ、ここぞという時に仕掛ける(笑)どんな事態でも仕掛ける(笑)


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