サバゲ―で、全身筋肉痛なう…………
それでは、どうぞ。
空に髑髏のように不気味に白い月が輝く真夜中。
周囲を鏡のように影絵のような山々に囲まれた、湖畔に帝国軍は野営をしている。
その野営地を囲む森の中にて。
「准将。野営地をカモフラージュしてきましたよ……って、二人とも何見てんです?」
ジョセフが野営地のカモフラージュの完了の報告をしに来たところ、マクシミリアンとアリッサが伏せながら、双眼鏡で何かを眺めている。
鬱蒼と茂る森の中にあるぽっかりとした空間に、四人の人影があった。
何かあったのだろうか?
ジョセフも二人にならい、伏せて帝国軍の野営地を双眼鏡で見てみる。
すると――
「うひゃあ……先生、ボッコボコやん……」
双眼鏡から目を離さず、ジョセフは思わず呻いてしまう。
双眼鏡に一体、何が映し出されていたのかというと、グレンが例の三人の魔導士達に模擬戦なのかなんなのかを仕掛けられていたのだ。
果たして、グレンは、一人の魔導士――体格がやけにデカい魔導士にボロ負けの様相を呈していた。
「あの三人の魔導士――何者なんですかね?」
ジョセフは、グレンと体格のデカい魔導士との戦闘を見ながら、マクシミリアンに問いかける。
「今、≪愚者≫と戦っているのは、特務分室執行官ナンバー8≪剛毅≫のファーガス=ストレガー」
マクシミリアンはそう答える。
一方、野営地では、ファーガスがその巨体に見合わぬ――いや、人間の常識を超えるスピードでグレンを殴り倒しまくっていた。
「あれ、多分、弾速の域に達してますよね?300から400ぐらい」
「まぁ、ガバど同等か、少し速いぐらいか。しかも、見た目に違わず力もある。……もっとも、
期待外れだったみたいな声で言うマクシミリアン。
そして、しばらくすると、今度は赤毛の少年魔導士がファーガスと交代するようにグレンの前に立っていた。
「で、彼が、特務分室執行官ナンバー19≪太陽≫のニコル=ソーレス」
そうマクシミリアンが赤毛の少年魔導士――ニコルを淡々と紹介していると。
ニコルの頭上に巨大な暗黒色の太陽が、夜闇を塗り潰さんばかりに黒く輝いていた。
そして、グレンはそれが出現した途端、がくりと片膝を折る。
「ふーん、ありゃ弱体化ですかね。えらい派手なんですけど」
「まぁ、弱体化、一種の結界魔術だな。どうやらあの黒太陽の下にいる敵対者は身体能力と魔術威力を著しく制限されるらしい」
「ふーん、そうなんですね。で、その隙に敵を仕留める、と」
「……でも、あれ、
「ああ。下らない手品だし、
グレンが防戦一方とは裏腹に、マクシミリアン達はどこか冷めた目で見ている。
そんな感じで、グレンは一方的にやられていく。
そして。
不意に、光が、溢れる神々しい光が、その場に満ちる呪いを悉く打ち消すかのように輝いている。
頭上の太陽が消え去り、代わりに昼間のように眩いばかりの光が広がり満ちていく。
「ヒュー」
ジョセフは口笛を吹きながら、それを眺める。
そして、金髪の妙齢の女性魔導士が手を組んで膝をついて空を仰ぎながら、何かを呟いていた。
彼女の頭上より眩い光が降り注ぎ、周囲の闇という闇を潜め、祓っているのだ。
そして、そんな女性魔導士の背後に、何者かがいる。
それは――天使であった。
「彼女は特務分室執行官ナンバー14≪節制≫のシャルロッテ=アンジェ」
そんな女性魔導士――シャルロッテを相変わらず淡々と紹介するマクシミリアン。
「炎に燃える大鎌――あれ、≪断罪の天使≫アトスですかね?」
「もしかしなくても、≪断罪の天使≫アトスだな」
これにはさすがのマクシミリアン達も目を見開く。
エリサレス聖書で語られる真名持ちの大天使達は、第一位:熾天使、第二位:主天使、第三位:権天使の三つの天井三位階に分かれるとされる。
件の≪断罪の天使≫アトスは、その第二位:主天使。魔女や悪魔、堕天使等といった、神に背を向けた存在を滅ぼす権能を持った天使であった。
「あれを、召喚したんですね。でも、あれ受肉の維持に魔力めっちゃ食うんじゃないですか?」
ジョセフの疑問はもっともであった。
『意識の帳』の向こう側に存在する偉大なる概念存在を、この世界に召喚して受肉させ、その絶大なる力を振るう――確かにそんな魔術は、あるにはある。
だが、間違いなく儀式魔術だ。
それも、その儀式魔術専用に人生を費やして訓練を積んだ何十人、何百人という魔術師を動員し、何日も要する儀式魔術である。たった一人で、なし得るものではないのだが。
「!」
その≪断罪の天使≫アトスが……祈りを捧げるシャルロッテに……背中からその内側へ入っていく。――降りていく。
「マジかよ……」
呆気に取られるジョセフの前で、どんどんアトスはシャルロッテの中に入っていき……侵食同化していく。
やがて――ばっ!とシャルロッテの背中に広がる、光で形成された三体六翼。
その手に燃え上がる炎の大鎌。
シャルロッテが――天使の姿へと変貌していた。
「ありゃ、憑依召喚、ですかね?」
「んー?まぁ、ちょっと違うかもな。まず、大天使ほどの強大な概念存在を、自分の身に降ろすことなど在り得ない。だが、現に彼女はそれが出来ている」
「と、なると、あれは、憑依召喚ではなく……?」
「恐らくは、固有魔術であり、彼女の魔術特性なのかもしれんな」
なるほど、それなら納得がいく。……あまりにも禁呪に近いかもしれないが。
「にしても、まぁ、派手に振り回しますね~、彼女」
ジョセフは双眼鏡を除きながら、シャルロッテの戦いぶりを見ていた。
彼女の戦いぶりは、圧倒的だった。
大鎌を振るうとその刃風から超高熱の猛烈な炎が巻き起こったり。
炎嵐の着弾地点に、天を衝かんばかりの火柱が上がり、そこを中心に波紋のように炎が燃え広がったり。
とにかく、炎をまき散らしまくっていた。大鎌を振り回しまくっていた。
……そう。
「さて、我らが大鎌を使っているジョセフ中尉に聞きたいが、どうだ?彼女の戦いぶりは」
「いや……正直に言っていいですか?」
「構わんよ」
「……あんなもんなんですかね?すっごい、
「……まぁ、その程度だろうよ」
そう、たった
そして、しばらくの沈黙を挟んで。
「……さて、ジョセフ、アリッサ。彼らの戦い方を見て、どう思った?……と、いっても、お前らの顔を見れば大体わかるけど」
マクシミリアンが二人に振り返ると、二人は退屈そうな顔をしていた。
なんか、期待外れ、評判倒れ、見掛け倒し……そんな顔だ。
「いやぁ、どう思うって言われましてもねぇ……」
「はっきり言いますけど……」
ジョセフとアリッサは互いに顔を見合わせて、そして。
「「
異口同音に口を揃えて言った。
「ああ、あの三人は弱い、弱過ぎる。≪愚者≫相手にはあそこまで圧倒的な戦いをしていたが、≪星≫には勝てないだろうな。もちろん、俺達にも、だ」
単純過ぎ、中途半端、見かけの割には強くない。
これが、マクシミリアン、ジョセフ、アリッサが導き出したファーガス、ニコル、シャルロッテに対しての評価だった。
完全に、特務分室室長時代のイヴを越えての低評価である。
「さて、というわけで明日≪星≫の下に合流すべくマレスへ急行するわけだが……」
もう、あの三人についてはこれ以上話すことはないと、マクシミリアンは明日の予定について話し始める。
「ジョセフ、お前は≪星≫と連絡を取れ。そして、あの三人に撤退するように勧告するんだ。あの三人が撤退したら、そのままに。もし、それでも来るというのであれば……交戦を許可する。とりま、こちらからは手を出さないように」
「了解です」
「アリッサは、それまでは俺と待機だ。ジョセフと合流次第、サイラスとイリアを片付ける。いいか、あの三人は弱いが、イリアはあの面々の中では、
イリアの名を出した時だけ、いつになく真剣に話すマクシミリアンに、ジョセフとアリッサはいつになく真剣に頷くのであった。
一方――グレン達の野営地から、北へ5キロス。
満天の星の下、高く切り立つ崖の天辺、その淵瀬にて。
「あああああっ!もうッ!本当に腹立つわッ!」
地面に置かれたイヴの水晶玉から、宙へ映し出される映像と音声を視聴していたシスティーナが、大層ご立腹な様子で地団駄を踏んでいた。
先行するグレン達を、密かに後追いしていたシスティーナ達は、この空に近い場所を今夜の野営地と決め、野宿をしていた。
そして、今のグレンは相変わらず、イヴの使い魔だ。グレンが見切した情報はイヴへ送られている。こんな回りくどいやり方で情報共有をするのは、さすがに軍の部隊内で通信魔導器を使えば、部隊内の誰かに傍受される可能性があるからだ。
ただ、イヴは通常の使い魔とやるように、グレンと直接、視覚共有・感覚共有するのはキモいと言い張ってそれをせず、その情報を水晶玉で受け取り、宙に投射するようにしている。こうすれば、システィーナやルミアも見られるので一石二鳥ではあった。
「何なのよ、あの三人!?信じられないッ!あんな人達が、本当に特務分室だっていうの!?ああもう、思い出しただけで腹が立つ!」
そして、当然、特務分室の三人のグレンに対する暴虐も、リィエルが瀕死の状態にもかかわらず止めに入ったところも、そして、イリアも止めに入ったところも、システィーナ達は目の当たりにしてしまっていた。その場に居合わせたら、容赦なく平手打ちを見舞っていただろう……そんな剣幕でシスティーナは激昂し続けていた。
「システィ、もう抑えて。私も腹立たしくは思うけど、ここで起こっても仕方ないよ。今は先生とリィエルが無事だったことを素直に喜ぼう?ね?」
だが、そう言ってシスティーナを宥めるルミアも、複雑で険しい表情をしている。やはり、内心では腸が煮えくりかえるような思いなのだろう。
そして、彼女達二人の後方で、静かに腕組みして佇むイヴが冷ややかに言った。
「ルミアの言う通りよ。今、ここで吠えても何にもならないわ。体力の無駄よ。抑えなさい。感情の制御は魔術師の基本でしょう?」
「……あっ……はい……すみません」
そう言われて、システィーナはようやく我に返って引き下がり、俯いていた。
「そ、それにしても……≪月≫のイリアさん?あの人みたいな人が、先生の傍らに居てくれて良かったね?システィ」
少し落ち込むシスティーナを気遣うように、ルミアが言葉をかける。
「そうね……イリアさんは話がわかる人みたいだし……先生に協力してくれるって言ってくれているし……どうやら、頼もしい味方と考えてもよっそうだわ。けど……」
システィーナは、虚空に投射された映像の中で、グレンと談笑するイリアの姿をぼんやりと眺めていた。グレン視点で見たイリアの姿が、先ほどからずっと映し出され、グレンとイリアが親しげに話しているシーンが、さっきからずっと続いている。
グレン視点のイリアは、とても笑顔が多く、楽しげで……そして嬉しそうであった。
(こんな状況で、そんなこと考えている場合じゃないって、わかるんだけど……)
どうにもモヤモヤする。グレンに対するイリアの距離感は、どうもただの仕事仲間や元・同僚に対するものではない……そんな気がする。こんな状況なのに、そんなことが気になってしまう、自分の能天気な思春期乙女思考回路が心底嫌になってしまう。
おまけに、システィーナ達が覗くグレン視点では、グレンはちらちらとイリアの横顔を盗み見ており、なんだかグレンが満更でもなさそうなのが、もの凄く気になる。
(駄目よ……駄目。もっと真剣にならなきゃ……)
感情を制御しきれないシスティーナが、自己嫌悪に陥っていた……その時だった。
「……グレン?」
イヴが何かに気付いたように、投射される映像を凝視する。
「イヴさん?どうしたんですか?」
ルミアが映像とイヴを、交互に見比べる。
映像は、グレン視点でイリアと普通に談笑しているだけ。システィーナやルミアにとって、どこかもやもやする光景を延々と展開している……それだけである。
だが、ふと二人は気付いた。
グレンから送られている音声に……時折、変な音が小さく交るのだ。
かち、かち……かち。かちかち……かち。
「……あれ?これ、何の音?ノイズ?」
「黙って」
不思議そうに首を傾げるシスティーナを黙らせ、イヴは映像を凝視し続ける――
そして――同時刻。
「……どうでしたか?≪愚者≫のグレンは?」
夜分遅く、自分の天幕内を訪れた三つの気配に、サイラスは振り返らずに問う。
「はっ……まったく話にならねえよ。何だ、あの雑魚」
やって来たのはファーガス、ニコル、シャルロッテの三人であった。
「ねぇ、サイラス室長。……本当に彼は、たった三年であれだけの戦果を上げたの?」
「信じられませんよね。さすがに記録改竄を疑ってしまいます」
「つーか、あの腕でよく死ななかったな?やつが殺った連中の中には、ヤバいのがごろごろいやがったていうのに……」
「あのレイク=フォーエンハイムやジン=ガニスも下したって、信じられないよね?」
「ですが、事実です」
サイラスは、携行用の組み立て式の椅子とテーブルにつき、その上に広げた何らかの羊皮紙の絵図面に向き合っている。複雑な法陣やルーンの羅列が描かれたそれに、サイラスは何かを書き連ね、調整する作業を黙々と行っていた。
「彼には、土壇場の窮地で不可能を可能にする何かがある。これが意外とバカにならないのですよ。偶然が二度続けば奇跡でしょうが、三度続けば必然……その英雄とは、力の強弱ではなく、そういった運命的な何かを引き寄せられるか否か、ですから」
「はっ……くだらねえ。女子供が喜びそうな話だ」
「絶対に、失敗は許されぬ今回の任務……まぁ、≪皇帝≫と≪黒い悪魔≫、連邦軍でも最強クラスのこの二人から高評価されている彼です。保険程度に、彼へ期待をかけるのは良いことでしょう?」
すると、ファーガスがいかにも不機嫌そうにサイラスを睨み付けた。
「お前……まさか、俺達がアルベルト程度に負けるとでも……思ってるのか?」
「いえいえ。そんなことは」
サイラスは微笑みを崩さぬまま、頭を振った。
「今の貴方達は、間違いなく帝国軍最強クラスの魔導士です。それが三人も集まって、アルベルトただ一人を倒せぬわけがない。ただ――」
「――ただ?」
「我らの悲願を達成するには、今回、確実にアルベルトを排除しなければならない。例え、連邦軍に先を越されたとしても排除しなければならない。そこに万が一の失敗も許されない。だから言ったでしょう?保険だと」
「ま、確かにグレン先輩は、もっとも多くアルベルトさんと任務を共にしたから、彼の弱点や戦法も熟知している。何かの役に立つこともあるかもって、そういうことだよね?」
ニコルの言葉に、サイラスは頷いた。
「ええ。最近、私達の古巣回りに不穏な動きもある。……我々の後ろ盾であるイグナイト卿も一体、どこまで信用して良いのやら。だからこそ、我々は我々の力で、己が立場を盤石にする必要があるんですよ」
ふと、作業の手を止め、サイラスは椅子を回して三人へ振り向いた。
「新≪魔術師≫であるこの私、サイラス。≪剛毅≫のファーガス、≪太陽≫のニコル、≪節制≫のシャルロッテ……そして、≪
昏い極寒の笑みを浮かべ――サイラスが嗤う。
「さて……件の準備の進行度は、どうですかな?」
そして、そんなことをサイラスが天幕の隅に向かって問いかける。
「……問題ない」
すると、氷のように冷ややかな言葉が返ってきた。
そこには、特務分室の礼服に身を包んだ人物が、いつの間にか影のように佇んでいた。
新しい顔だ。
今の今まで、サイラス率いる討伐隊の中には、影も形もなかった人物である。
だが、その人物は嫌われているのだろう。≪剛毅≫も、≪太陽≫も、≪節制≫も、その人物の存在を認識した途端、とてつもなく嫌そうな表情をした。
それをまるで意に介さず、その人物は言葉を淡々と連ねる。
「最終調整は滞りなく進行している。予定通り条件が揃えば……かの英雄も、この世界に復活させることができるだろう」
「そうですか、それは何よりです」
その報告に、サイラスは満足そうに微笑んだ。
「イヴ室長の時代は終わりました。これからの特務分室の中核を担うのは我々。常に日陰で虐げられてきた我々こそが、表舞台で輝かしき栄光の道を牛耳るのです。彼の組織とも繋がりのある我々に最早、栄興以外の道など――ない」
そんなサイラスの力強い言葉に、ファーガスも、ニコルも、シャルロッテも不可思議な熱狂に燃えた目で頷く。
「せいぜい、各人ぬかりの無いように。明日にはマレスに到達します。決戦です。あの忌々しい≪星≫のアルベルト=フレイザーを……ここで確実に始末するのです」
…………。
楽しげに談笑しつつ、眠るリィエルの前で決意を固めるグレンとイリア。
新生特務分室の面々の能力を分析し、一足早くマレスへ向かう、マクシミリアン、ジョセフ、アリッサ。
何かをやきもきしているシスティーナにルミア、そしてグレンから送られてくる感情情報の投影映像を注視するイヴ。
人知れぬ闇の中で、己が企みを動かしつつあるサイラス達。
様々な思惑を飲み込んで――
――その日の夜は、静かに更けていくのであった。
今回はここまでで。