ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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163話

 

 ――古代都市遺跡マレス。

 

 アルザーノ帝国の東の国境付近、人里を遠く離れた山間部に、ひっそりと隠れ潜むように存在する広大な古代遺跡だ。その都市規模としてはフェジテにも匹敵するだろう。

 

 そんなマレスの存在する山間地域は、通称”竜の背骨”とも呼ばれる、山脈が連なる高標高地であり、アルザーノ帝国とレザリア王国を隔てる壁の一つでもある。

 

 その一帯は、気候と霊脈の関係によって緑が少なく、荒れた岩肌と岩山に、背の低いシダ植物や苔が群生している。標高が高いゆえに空気も薄い。無数の渓谷や切り立つ崖、難所の多い山脈が行く手を阻み、人の足では、出るのも入るのも容易ではない。

 

 古代人は、どうしてこんな辺鄙な場所に、こんな大規模な都市を構えたのか……構えることができたのか。その魔導考古学的解釈には諸説があるが、ここでは割愛する。

 

 四方を絶壁のような山々に囲まれたマレスは、中央にある一際、台形型の巨大な石造り神殿を中心に、小さな窓を備えた塔や住居、石造りの建物達が無数に並んでいる。大通りらしい大通りはなく、路地はまるで迷路のように複雑に入り組んでいる。用水路が、そんな迷路じみた都市内を幾つか走り、それが区画を区切っているようだ。地下水脈を利用しているためか、その用水路だけは恐らく当時のまま、清らかな水の流れを湛えていた。

 

 そんな都市遺跡マレスの中央にある、台形型の神殿。

 

 その天辺に――その男は静かに佇んでいた。

 

「…………」

 

 アルベルトだ。

 

 この神殿は、起伏の上下が激しい山間の中でも高台に築かれており、その天辺――屋上からはマレスの街並みを眼下に一望できる。

 

 そんな場所に屹然と佇み、アルベルトは静かに瞑想していた。

 

「……そろそろ、か」

 

 やがて、誰へともなくぼそりと呟いて、アルベルトが目を開く。

 

 時分は暮れなずむ黄昏時。紅に金を混ぜた強烈な色彩が古き都市を焦がしている。

 

 西の空を遠く見やれば、沈む太陽が山の稜線を真っ赤に燃え上がらせており、東の空には昏い夜が侵食を始めている。

 

 無風。凪が支配するその空間は、まるで時が止まったかのようであった。

 

 と、佇んでいるアルベルトの下に。

 

「ここにいましたか、≪星≫さん」

 

 一人の少年がアルベルトの下へ歩み寄って来ていた。

 

 ジョセフだ。

 

「連中、そろそろ来るやさかい。グレン先生を引き連れてな。多分、サイラスの不審な行動に勘づいている」

 

 ジョセフは、サイラス率いる討伐隊が迫ってくるというのを報告する。

 

「…………」

 

「まぁ、ウチはあの三人を相手にするさかい。≪星≫さんは、先生の相手をお願いします」

 

「…………」

 

 ジョセフが淡々と言葉を連ねる中、アルベルトは夕日の赤光が我が身を焼くに任せ、ちらりと、己が左手を見る。

 

 手袋を半分めくると、その手の甲には、吐き気を催すような禍々しい魔術法陣が、血のように紅い魔術顔料で描かれていた。

 

 この法陣は、アルベルトがある目的のために用意したものだ。アルベルトがこの法陣を呪文で起動させることで、とある儀式魔術が己が身に発動するようになっている。

 

「……≪星≫さん、それ……」

 

「……できれば、使いたくないがな」

 

 その法陣を、アルベルトはしばらくの間、鋭い瞳で見据え、手袋を元に戻す。

 

 その鷹のような目を、再び遥か空の彼方――焼け爛れた西へと向ける。

 

「さぁ、来い」

 

 そんな淡々とした呟きが、時の止まったような凪の中へ霧散するのであった。

 

 

 

 

 

 ――その日の、日の入り。

 

 空を行軍していたグレンら遠征討伐隊は、”竜の背骨”の隙間に、ひっそりと隠れるように存在する古代遺跡都市マレスへと到達していた。

 

 ここに至るまで、グレンは、サイラスがリィエルに何らかのアクションを取るかもと、常に神経を張って警戒していたが……それもない。

 

 イリアが看るリィエルの容態も、魔術学院から遠隔的に潤沢なマナを供給されているためか、決して芳しくないが、比較的安定している。

 

 ここまで順調で何もないと、逆に拍子抜けしてしまうぐれんであった。

 

「まぁ、何にせよ……ここがマレスか」

 

 マレスに入るなり、グレンは疲労と溜め息交じりに呟いた。

 

 遠征討伐隊は、アルベルトの対空迎撃狙撃を警戒し、マレス手前の山脈の一角で神鳳を降り、下山する形でマレスの南端から侵入したのだ。

 

 そのマレス南端の一角――崩れかかった城壁と建物の陰となる小さな広場に、討伐隊は天幕を張り、結界を張って、根拠地を張っていく。

 

 それを尻目に、グレンは遺跡都市の様子を物陰から窺った。

 

「やれやれ……噂にゃきいていたが、酷ぇ場所だな、ここは」

 

 通常の古代遺跡とは異なり、古代人の謎の魔導技術『霊素被膜処理』は為されていないらしい。立ち並ぶ建物はどれも、長き時の流れの果てに苔生して風化し、崩れかけだ。

 

 そして、都市内には白骨化した遺体が無数に散らばっている。かつての住人達の成れの果てだ。一帯の土壌が石灰質のためか、風化して土に還らず化石となったのだ。

 

 かつて、ここで一体、何があったのか……倒れる古代人達の遺体は、見渡す限り延々と続き、まるでこの都市遺跡一つが巨大な墓標のようであった。

 

(辛気臭ぇ場所だな、おい……)

 

 気を取り直して、グレンは遠見の魔術――黒魔【アキュレイト・スコープ】を起動し、己の視覚を遥か彼方へと飛ばす。グレンが視界を飛ばした先は、都市遺跡マレスの中央にあるという巨大な台形型神殿――通称、”復活の神殿”だ。

 

 グレンが閉じた左の瞼の裏側に、その神殿を見下ろした光景が投射される。この神殿にだけは『霊素被膜処理』がされているらしく、風化もせず、苔生やすこともなく、恐らく当時のままでそこに在った。

 

(サイラスの状況説明によれば、アルベルトはこの神殿に陣取っているらしいが……?)

 

 物は試しの気持ちで、グレンはその神殿へと魔術的な視覚を近付け、その周囲の様子をざっと窺ってみる。すると――

 

(……マジか?)

 

 居た。アルベルトが神殿の天辺の屋上に、堂々と佇んでいたのだ。

 

 そして、その隣には、もう一人の人物がアルベルトに何かを伝えている。誰かまではわからないが、恐らく、男性だ。

 

 軍服を見て、帝国軍ではない。となると、今、アルベルトの隣に居るのは――

 

(……連邦軍か……おいおい、連中、俺達よりも一足先にアルベルトの所にいるじゃねえか。どうすんだよ、これ……)

 

 内心、悪態をついた途端、アルベルトが本当に女王陛下暗殺という暴虐を企て、軍に追われていること、連邦軍に保護、そして連邦に亡命をしようとしていること、自分達がそんなアルベルトを討伐しに来たことを、グレンは強く実感する。

 

 だが、同時にどうしても解せない。今までは激動する周囲の状況に流されるまま、気に留める暇もなかったのだが……改めて考えると、こんなに妙な話もない。

 

(事実の真偽はとりあえず置いといて……現在のアルベルトは女王陛下暗殺未遂事件を引き起こし、仲間を殺して逃亡中の重罪人だ。なのに、なぜこんな場所に逃げ込んだ?)

 

 考えてみれば考えてみるほど、解せない話である。

 

(軍の追撃を避けるなら、帝国各地を転々としながら逃亡した方がいい。その方がよほど国外逃亡の目処も立つだろう。ましてや、連邦に亡命するなら、西海岸で連中の海軍がいるんだから、こんなところに逃げ込む必要はないはずだ。なのに、なぜ、こんな逃げ場のない辺境に逃げ込んで、あまつさえ留まってる?デルタもなぜここでアルベルトと合流した?まるで俺達が来るのを待ち構えているみてえじゃねえか?)

 

 グレンは、サイラスが周囲の討伐隊の隊員達に色々と指示を出している様を、流し目で盗み見る。

 

(事此処に至り、きな臭さは最大級だな……あいつ、一体、何を隠してやがる?)

 

 そして、築かれた天幕の一つへ、担架に乗せられたリィエルがイリアに先導されて運び込まれている様子を、グレンは痛ましい表情で見送る。

 

 早くなんとかしてやりたいが……今のグレンには、どうすることもできない。

 

(それはともかく、イヴ達もこのマレスのどっかに潜んでいるはずだが……)

 

 グレンと別行動で動くイヴ達は、予定通りなら、先回りして、すでにこの古代都市遺跡のどこかで身を潜めていいるはずだった。

 

(……さて……()()()……()()()()()()……)

 

 グレンが、遠く離れたいけ好かない同僚に、そう心の中で祈っていると。

 

「さて、それでは皆さん。準備は整いました。十五分後に一号天幕へ集合してください」

 

 サイラスが、討伐隊員達へ、比較的大規模なメイン天幕へと召集をかける。

 

 恐らく、アルベルト討伐作戦会議を早速、始めるのだろう。

 

 グレンも重苦しい気分で、それに参加する。参加せざるを得ないのであった。

 

 

 

 

 

 ……アルベルト討伐作戦会議は、つつがなく終了した。

 

 その作戦内容は、基本にして単純。

 

 アルベルトが、現在、陣取っているという”復活の神殿”。

 

 平団員から抽出した精鋭魔導士達を中心に編成した本隊が、魔術的防衛陣地を固めつつ正面から圧力をかけてその神殿へと進軍し、その間に特務分室のファーガス、ニコル、シャルロッテ……そして、ついでのグレンで編成される別動隊が、側面からアルベルトへ奇襲をかける、というものだ。

 

 イリアやサイラスらは、本陣待機――根拠地の防衛に専念。

 

 何かヤバい薬や魔術を使って、無理矢理リィエルを戦わせようというなら、それこそ死を覚悟して、ここで暴れてやるつもりだったが……それもなかった。

 

 リィエルはイリアの介護保護の下、本陣で待機命令。本当に一体、何のためにリィエルをわざわざここまで連れてきたのか……最後まで心底わからなかった。

 

「そもそも、だ。そんな単純な作戦が、アルベルトに通用するわけないだろ。それに、一人だけとはいえ、デルタの連中までいやがる。あいつらのことだ、一人だけというわけがねえ。他にも何人かいるはずだ」

 

 と、グレンが別案の提唱を何度も進言したが、その悉くは却下された。

 

 ファーガス、ニコル、シャルロッテが、ひたすらグレンの発言を妨害・否定するのだ。

 

 考え過ぎ、あり得ない。裏読みし過ぎ、臆病、的外れだ、不可能、目標を過大評価している……エース格のこの三人の発言力は強く、グレンの意見は何一つ通らない。

 

 まあ、わからなくもない。相手一人――+デルタ――に対し、精鋭の魔導士が十五名、特務分室が三名+一。明らかに過剰戦力だ。デルタもそんなに大規模な人数を出せないだろうから、恐らく、数人だ。したがって、ここまで明確な戦力差があれば、数に任せて囲んで圧殺するのが一番、確実である。そもそも、件の特務分室の三人が、相手がどんな出方をしようが、最早、この状況で負けるはずがないと信じ切っている。

 

 グレンすらも、三人の執行官の実力も文字通り痛いほど思い知り、いくらなんでも負けることはない、この作戦でも充分かも……と思い始めている。

 

 おまけに、直接そう言及したわけではないが、サイラスにとって、アルベルトの討伐自体は、どうも必須ではなく、最悪、アルベルトが陣取っている”再生の神殿”を制圧しさえすれば、それ良い……言葉の端々にそう考えている節がある。

 

(……一体、なんなんだ?ますます、わけがわからねえ……)

 

 今回の事件、考えれば考えるほど、どつぼに嵌まっていくようであった。

 

「それでは皆さん。作戦開始です。……幸運を祈ります」

 

 こうして。

 

 疑問が渦巻き、わからないことだらけのまま――戦いは始まるのであった。

 

 

 

 日が完全に沈み、夜の来訪と共に吹き始めた風の中。一際、高い崩れかけの建物の尖塔の天辺に。

 

「お、来た来た」

 

 一人のベレー帽姿の少年の姿が、月を背後に背負ってこちらに向かってきている四人の魔導士達を見下ろしていた。

 

 四人の魔導士達を見下ろしながら、少年は通信機を取り出して呟いた。

 

「ああ、俺です。……はい、では、始めましょうか」

 

 少年は通信機越しにそう呟くのであった――

 

 

 

 

 ――。

 

 

 

 

 ――本隊と別動隊は、定期的に通信魔術で連絡を取り合いながら、完璧なる連携を取って、互いに中央の神殿を目指し、順調に進軍していった。

 

 グレンの祈りも届かず、アルベルトに動く気配はまったくない。

 

 おまけに、デルタはどこにいったのか、アルベルトの傍らにいないし、ここまでまったく遭遇していない。

 

 最早、討伐隊が最高形でアルベルトとの戦いに挑めるのは確実になりつつあった。

 

「ははは……噂の≪星≫もたいしたことねえなぁ?おまけに、デルタの連中、尻尾を巻いて逃げたのか、どこにもいねえ」

 

「……戦術って概念がないらしいね」

 

「がっかりですわ。もっと楽しませてくれるかと思っていましたのに」

 

 恐らく、そう思っているのは、最早、この特務分室の三人だけではないだろう。

 

 本隊の魔導士達の誰もが”楽勝”と思い始めているはずだ。それだけ、アルベルトはこの状況では最もやってはならない”待ち”、デルタは”逃げ”――愚策を打ち続けていたのだ。

 

(嘘だろ、アルベルト……一体どうした?お前とデルタの連中のようなやつがどうして、こんな……?)

 

 グレンも信じられなかった。 

 

 グレンの知るアルベルトとデルタなら、もうとっくに何らかの手を打っているはずだった。

 

(なぜだ?一体、なぜ――?)

 

 アルベルトとデルタの考えがまるで読めず、グレンがそんな疑問を反芻するしかない……

 

 ……そんな時であった。

 

「……ん?」

 

 先頭を駆けるファーガスが、突然、首を傾げいてた。

 

「なんだ……?突然、本隊と連絡が取れなくなりやがったぞ?」

 

 状況が――密かに動き始めていた。

 

「あれ?おかしいね?三分前まではちゃんと応対していたのに」

 

「緊急事態があれば、即座に連絡する手はずでしょう?何もなにのに連絡だけなくなるというのも変ですわね……」

 

 その時、グレンは最早、確信に近い直感で言った。

 

「恐らく本隊は全滅だ。妙に対応が遅かったが、あの野郎がついに仕掛けて来やがった」

 

 そんな深刻なグレンの表情に、ファーガス達が頭の可哀想な者を見るような目で、グレンを振り返る。

 

「はぁ?何言ってんだ?お前、一体、どうやってだよ?」

 

「今の本隊に、彼の唯一の取り柄である魔術狙撃は通らないって、もう忘れたの?」

 

「それに、どうやって三分で全滅させたっていうんでしょうか?私達には遠く及ばないとはいえ、本隊の彼らも宮廷魔導士団の精鋭なのですよ?こちらに連絡を入れる暇もなく全滅するだなんてありえませんわ。もっと物をよく考えて発言してくださいませ」

 

「…………」

 

 そう言われてしまっては、グレンに反論はできない。アルベルトがどうやって、デルタも逃げ出したという、詰み一歩手前の状況で、本隊を全滅させたのか――まるで見当もつかないのだ。

 

 だが、アルベルトは何かを仕掛けてきた。それだけは間違いなかった。

 

「まぁ、通信魔導器の不調か何かだろ?開発部もいい加減だな、おい」

 

「でも、いいんじゃない?ぶっちゃけ、本隊と連携を取る必要もないしね」

 

「ええ、最初から、私達三人がいれば充分な任務でしたもの」

 

「…………」

 

 どこまでも事態を楽観する三人を前に、グレンが押し黙った――

 

 ――まさに、その時だった。

 

「本隊はすでに壊滅しましたわ、四人方様。あれで精鋭だなんて、笑わせないでくださいまし」

 

 不意に、どこからか――少年のふざけたような口調がグレン達の頭上に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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