ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


167話

 

 

 

 

 ――。

 

「……ぜ、全滅……ですか……?」

 

 ――マレスから南端に築かれた討伐隊根拠地の天幕内にて。

 

 グレンからそう報告を受けたサイラスは、さすがに動揺を隠せないようであった。

 

「ああ。善戦とか、接戦とか、そんな言葉もおこがましいぜ。……()()()。俺達はジョセフとアルベルトたった二人に、ボッコボコのケッチョンケチョンだ」

 

 グレンが草臥れたように肩を竦める。

 

「回収したあの三馬鹿や一般魔導士達の命に別状はなかったが、法医呪文でも一日、二日で癒えきる負傷じゃねえ。おまけにあの三馬鹿に至っては、ご丁寧に霊絡――第三霊域を至近距離で射貫かれてやがる。……魔術師としちゃ、もう再起不能だな」

 

 帝国宮廷魔導士団の精鋭を相手に、この二人で圧倒的な戦果だ。

 

 そして、ジョセフは、軍人、外道魔術師などの殺傷ならば躊躇わないが、それ以外の殺傷は行わない主義なのだろう。あの三人を殺さなかったのは、”魔術師としては殺し、残りの人生を無為に過ごすがいい”ということ。

 

 表向きは連邦からの留学生とはいえ自分の教え子の規格外さに、グレンは溜め息しか出ない。

 

「……で?どうすんだよ?」

 

「なんてことでしょう……ジョセフ=スペンサー……その圧倒的な武勇は、北部戦線での噂には聞いていましたが……まさかこれほどとは……」

 

 表情を険しくしたサイラスが、顔を掌で押さえて呻いた。

 

「アルベルトの野郎は相変わらず、件の神殿に陣取っているぜ。……あいつら、一体、なんなんだろうな?”お前らを迎え撃つ”というより、”お前らから神殿を守っている”……そんな感じに見えるんだが……俺の気のせいか?」

 

 グレンもグレンなりに状況から、色々と推察し、だんだんと不自然さが見えてきた。

 

 ゆえに、今、切り込んだことは、わりと今回の事件の核心部である……グレンは、そう確信している。

 

 だが、当然、サイラスはそれに答えず、表情の揺らぎを一瞬で直す。いつも通り余裕溢れるにこやかな表情を取り繕い、グレンに向き直った。

 

「いやはや参りました。ですが、私の判断は正しかった。貴方を連れてきて本当に良かったですよ……≪愚者≫のグレンさん?」

 

「…………」

 

「最早、アルベルトとの戦いで頼れるのは貴方しかいません。もちろん、あのアルベルトと――不本意ですがジョセフ=スペンサーを片付けてくれますよね?」

 

「……アホか。俺にあの規格外の化け物達を相手できると思ってるのか?お前の虎の子の三馬鹿ですら、その一人に対し手も足も出なかったんだぞ?」

 

 グレンはもう呆れ果てたように、言うしかない。

 

「撤退を進言する。この討伐任務は失敗だ。ジョセフがいるってことは十中八九、他のデルタの連中も絶対いる。一度、帝都に退いて、部隊を再編成――」

 

「なりません」

 

 だが、グレンの至極真っ当な判断は即・却下された。

 

「なんとしても、今回の討伐でアルベルトを撃破するのです。失敗は許されない」

 

「…………」

 

「貴方はやるしかない。……リィエルのために。そうでしょう?」

 

 渋るグレンは、天幕の隅の寝台で死人のように眠るリィエルを見やる。

 

 そして、ジョセフが言った言葉――”蒼天十字団”。この状況に、まるで噛み合わない言葉がグレンの心に突き刺さっている。

 

「良いのですか?恐らく、リィエルはもう長くは保ちませんよ?ですよね、イリア」

 

「は、はい……」

 

 サイラスの問いに、リィエルを看るイリアが苦悩の表情で応じた。

 

「徐々に、リィエルの生命反応が弱くなっています」

 

「ま、マジか?イリア……」

 

 動揺を隠せないグレンの問いに、イリアが申し訳なさそうに頷いた。

 

「はい。恐らくエーテル乖離症が進行し、供給されるマナ量が、抜けるマナ量に追いつかなくなりつつあります」

 

「くそっ!他は!?エーテル乖離症は、他の魔術的疾患も誘発すると聞く!他に何か霊魂に異常はないか!?どんな些細なことでもいい、気付いたことは!?」

 

「いえ、今の所は、何も。でも、一刻も早く心霊手術を行わないことには……ッ!」

 

 すると、イリアはサイラスを怒りの表情で睨み付け、叫んだ。

 

「サイラス室長!もういい加減にしてくださいっ!先輩に対する人質とか、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんですっ!リィエルは仲間でしょう!?お願いですから、霊域図版を――ッ!」

 

「なりません」

 

 だが、サイラスは、イリアの懇願をけんもほろろに却下した。

 

「ああ、そうそう、念のために、霊域図版を得たいがために、ここで、この私を殺す……というのはナシですよ?私に危害を加えれば、確実に霊域図版は永遠に入手不可能になる……とだけは言っておきましょう。詳細は伏せますがね。……試してみますか?」

 

「…………ッ!」

 

 ぎり、と。グレンは手の骨が折れんばかりに、拳を握り締める。

 

「そう睨まないでください。貴方がアルベルトを倒せば、霊域図版を譲渡する……それが契約です。お互い約束は果たしましょう、グレンさん。信頼とはそういうものですから」

 

 状況は絶望的。もはや、グレンは致命的な結末に向かって転がり落ちるだけだ。

 

 だが――

 

(おぼろげながら、見えてきたものもある……)

 

 なぜか神殿に陣取って動こうとしないアルベルト。そんなアルベルトをなぜかこんな場所で保護・合流している連邦軍。なぜか連れて来られたリィエル。なぜかリィエルの霊域図版を持っているサイラス。なぜか今回の遠征で、頑なにアルベルトを討伐することを望むサイラス。

 

 併せて、今回の事件における、()()()()()()

 

()()がもし、俺の予想通りなら……この一件、突破口は――ある!)

 

 と、なると。

 

 後は、グレンがアルベルト――場合によってはジョセフに勝てるか、否か、それに全てがかかっている。

 

 グレンは、寝息を立てているリィエルを、もう一度見る。

 

「グレ、ン……、みん……な……」

 

 何か良い夢を見ているのか、今のリィエルは比較的安らかだ。

 

 グレンは、そんなリィエルを囲むシスティーナやルミアのことを思い浮かべる。

 

 リィエルを心底思っていた、二組の生徒達の顔を思い浮かべる。

 

 

 

 ――お願い……します……せめて、あの子だけは……幸せに生きる道を……

 

 

 

 かつて、グレンへ自分達の願いを託した、哀しい兄妹達のことを思い浮かべる。

 

 本当に大切なものを守り抜きたいのならば……先生も覚悟を決めてください。

 

 リィエルの日頃の行いを呆れながらも、一緒にいた一人の男子生徒の言葉が、妙に脳裏にリフレインしている。

 

(どっちみち……やるしか、ねえか)

 

 何もしなければ、全てを失う。

 

 ならば、せめて何かを選択して拾わなければならない。

 

 今のグレンを明るく照らしてくれる……あの優しい日向の世界を守るためにも。

 

「ふふふ……ようやく”その気”になってくれましたか?」

 

 そんなサイラスの言葉を無視して。

 

「イリア……引き続き、リィエルを頼んだぞ?」

 

「は、はい……任せてくださいっ!リィエルは絶対に私が守ります!先輩……ど、どうかご武運を!」

 

 そう言って、グレンはその天幕を出て行くのであった……。

 

 

 

 

 

 グレンが冷たい風の吹き荒ぶ、夜の遺跡都市を歩いて行く。

 

 無数に並ぶ建造物の陰影が織りなす、影絵のような世界を歩いて行く。

 

 今のグレンは魔導士礼服に身を包み、全身に武器や魔道具を仕込んだ完全武装だ。

 

 遠距離魔術狙撃を警戒し、その射線から身を隠すように、グレンは寂れた狭い路地裏を慎重な足取りで歩いて行く。

 

 やがて……

 

(……ここが、死線(デッド・ライン)だろうな)

 

 これ以上進めば、アルベルトが仕掛けてくる――そんなポイントに辿り着く。

 

 ジョセフは――恐らく、仕掛けてこないだろう。彼の口ぶりから見て、あの三人を倒した後はアルベルトに任せているはずだ。

 

 グレンは、おもむろに懐から半割れの宝石……通信魔導器を取り出し、秘匿回線を起動した。魔導士達が全滅した今、最早、傍受もクソもない。

 

「……聞こえるか?イヴ」

 

 声を潜めてそう問いかけ、しばらくの沈黙の後……

 

『……ええ、聞こえてるわ、グレン』

 

 耳に当てた通信魔導器から、イヴの声が聞こえてくる。

 

「まず、単刀直入に聞くぜ。……件の結果は、どうだった?」

 

『……、……ビンゴよ。全部、貴方の言うとおりだったわ』

 

 途端、グレンが苦々しく、されど不敵に頬をつり上げた。

 

「なるほど。やはり、ジョセフが言わんとしていたのは、そういうことか」

 

『まったく……あの時、貴方が軍用符丁信号を、歯の打ち鳴らし音で送って、例の妙な指示を密かに出してきた時は……貴方の頭がついに狂ったかと思ったわ』

 

「へっ。ようやく、リィエルを救う突破口が見えたってわけだ。サイラスの野郎、アルベルトが狙いじゃねえ。アルベルトを討って手柄を立てるなんざ、大嘘だ。ジョセフもデルタの他の連中も、それを知っていた。こりゃ本当に、ルミアや白猫がいなきゃ完全に詰みだった。サンキュって伝えておいてくれ」

 

 グレンがそんな風に言うと、イヴが呆れたように返した。

 

『それにしても、よく、こんなに少ない状況証拠から見破った……とまでは言わずとも、感づいたわね、グレン。……正直、私は今でもこんなこと信じられない。そんなことを為せる魔術師なんて……本当に存在するの?』

 

「言ったろ?理論的には可能さ。なら、実践はどんなに困難でも不可能じゃない」

 

『……常識を超えているわ。この術者も、貴方の魔術知識と発想力も』

 

 通信魔導器から、感心したような、それでいてグレンに自分を一枚上回られたことを悔しがるような……そんな複雑な感情が入り交じったイヴの声が漏れてくる。

 

『貴方って、普段は鈍いくせに……本当に、ここ大一番で鋭いのね』

 

「何、俺だってまったく気がつかなかったさ。完っ壁に騙されていた。だがな……」

 

 グレンは目を細め、拳を握り固めた。

 

「あいつは、絶対に踏み入っちゃならねぇ領域に踏み入った。絶対に許しておけねえ」

 

『…………』

 

 しばらくの間、イヴは押し黙り、やがて窘めるように言葉を続ける。

 

『……あまり熱くならないことね。冷静に』

 

「わかってるさ。残念ながら、野郎に落とし前をつけるのは俺の役じゃねえしな。だが、お前こそ抜かるなよ?多分、ジョセフ達も来ると思うし、手の内を看破しても、野郎はきっと手強いぞ?」

 

『……ふん。誰に物言ってるのよ?』

 

「さぁて、突破口は見つけた。ジョセフが仕掛けてこない今、俺がアルベルトに勝てるかどうか……だな」

 

『そこが一番、重要なんだけど。……わかってるの?』

 

 イヴの呆れたような物言いが、叱咤するようにグレンの耳朶を叩く。

 

『もし、貴方が負けて、倒れるようなことがあったら――……』

 

 何かを言いかけて、口ごもるイヴに、

 

「そうだな、俺がアルベルトを排除できなきゃ、サイラスは動かない。当然、お前らも動けない。結果、リィエルもアルベルトも救えない。あの頭の固いアルベルトは、俺の説得なぞ、どーせ聞きゃしない。つまり……俺の戦果に全てがかかってるわけだ。……はっ、やってやるさ……刺し違えてもな。安心しろ、そこは心配すんな」

 

 グレンが決意と覚悟を決めた表情で、そう言い切る。

 

 だが。

 

『……馬鹿、そうじゃないわよ』

 

「は?そうじゃないって……何が?」

 

『…………』

 

 グレンが問い返すと、どうにも不機嫌そうなイヴの沈黙が伝わってくる。

 

「……ん?あれ?ひょっとして……お前、俺のことを心配――」

 

 グレンが、何気なくそう聞き返そうとすると。

 

 ぷつんっ!通信は何の前触れもなく、一方的に切られてしまった。

 

「ったく、何なんだよ?あいつ。……まぁいいや」

 

 通信魔導器をポケットにしまい、グレンはその場で軽く準備体操を始める。

 

 やがて、身体が温まって来ると。

 

「さて……そろそろ、動くか」

 

 グレンは、闇の中、遥か遠き神殿の方角を、静かに見据えた。

 

 この地点からアルベルトが陣取る神殿まで、直線距離にして約1000メトラ。

 

 だが、この距離は、標的が遮蔽物に隠れていても、アルベルトがあの手この手で狙撃を仕掛けてくる死の距離だ。

 

 この距離を、いかに0にするかが、この戦いの肝となる。

 

「軍時代……お前と俺の模擬魔術戦の戦績はどうだったかな。何戦何敗だったかな……確か俺、一回もお前に勝ったことね―からな……」

 

 昔を思い起こしながら、一つゆっくりと深呼吸して。

 

「だから、そろそろ一つ白星もらうぜッ!アルベルトッ!」

 

 そう気迫を入れて、叫んで。

 

 グレンは、夜闇の中を疾風のように駆け出すのであった。

 

 

 

 

 そして、その一方――マレス西端に密かに建てられたテントにて。

 

 一部、崩れた壁から漏れてくる夜風を受けながら、ジョセフ、マクシミリアン、アリッサは深海のごとく昏い都市を眺めながら、時を待っていた。

 

 そろそろ、グレンがアルベルトに仕掛けてくる頃合いだ。

 

 そして、サイラス達もその後に動いてくるはずだ。

 

 ジョセフ達は、サイラス達が動くのを待っていた。

 

「……にしても、いいんですか?≪星≫の援護をしなくても」

 

 そんな中、アリッサが疑問を口にする。

 

「≪星≫と≪愚者≫が交戦したら、神殿の守りはガラ空きになりますが?」

 

「それでいい。まぁ、サイラスが≪愚者≫を引き連れてきた時点でそうするしかない」

 

 対するマクシミリアンは、何か考え事をしながらそう返す。

 

「≪星≫と≪愚者≫。どちらも手の内を知っているから、どうしてもサイラスの方には注意が向かなくなる。そこで、敢えてサイラス達を神殿内におびき寄せ、そこで決める。最も脅威な人物に近づかなくてはいけないが、やるしかない」

 

 本当は、アルベルトが神殿を陣取っていたのは、サイラス達が神殿に着くのを阻止するため、睨みをきかせた方がいいのだが、グレンを引き連れたとなっては、そうするしか方法がない。

 

 出来れば、あの魔導士には近づきたくはないのだが、仕方がない。サイラス達の計画を阻止しなければならない。

 

「そろそろ、始まるぞ。お前ら、いつでも動けるように準備しとけ。それまでは待機だ」

 

 闇を見据えるマクシミリアンが、虚空に向きながら、ジョセフとアリッサに指示する。

 

 そして、それから少し時間が経ち――アルベルトとグレンの死闘が始まったのであった――

 

 

 

 









今回はここまで。
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