ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


168話

 ――距離1000メトラ地点。

 

「はぁ……ッ!はぁ……ッ!はぁ……ッ!」

 

 駆ける。駆ける。夜の古代都市を、グレンが駆ける。

 

 向かって左右には、今にも倒壊しそうな程朽ち果てた古代の建造物達。

 

 その見通しの悪い路地裏を、地を蹴り、崩れた壁を飛び越え、グレンは軽快に駆け抜け続ける。

 

 風景が激流のように後方に流れていく中、グレンが物思う。

 

 頭の中に叩き込んだこの都市遺跡の地図を思い描きながら、思考する。

 

(この広大な都市遺跡――そのド真ん中に、アルベルトが陣取る”神殿”が存在する。そこまでの距離は、直線距離にして約1000メトラ……)

 

 本来ならば、もうこの地点で、グレンに勝ち目がないのだ。

 

 アルベルトは魔術狙撃の名手。

 

 グレンがどれほど距離を詰めようが、アルベルトは移動しながら、狙撃ポイントを確保しつつ、グレンを狙い撃てば良い。遊撃し続ければ良い。ただそれだけの話。

 

(だが――やつは、”神殿から動けない”!なぜなら、やつは逃亡しているんじゃねえ……”サイラスから神殿を守っている”からだ!)

 

 これはサイラスの言動、先の一戦でのジョセフの立ち回りから判断したことだ。

 

 あんな風に魔導士の小隊と三人の腕利き執行官を始末できるなら、もっと早く対処できたはず。なら、なぜ、アルベルトとデルタはあそこまで対応を遅らせ(デルタに至っては、ジョセフ以外、全然出てきてない)、神殿まで近づけさせた?

 

 それは――自分の戦域を、神殿をカバーできる範囲内に抑えるためだ。

 

 一応、アルベルト達のフェイクを疑い、念のためにシスティーナと連絡を取り合い、遺跡都市マレスについて、ある情報を入手した。

 

 その結果、十中八、九、間違いない。アルベルト達は神殿を守っている。

 

 アルベルト達は神殿から動かない。動けない。ならば――

 

(ならば――勝ち目はあるッ!)

 

 だが、目視可能なら、アルベルトは素撃ちの静物必中射程が4000メトラを超える化け物だ。2000まで近づけば、対象がかなりの速度で変速的に動く動体でも、ほぼ確実に射貫いて見せる。

 

 そもそも、結界の張り替えの隙を射貫くなどという神業をやってのける男なのだ。

 

 そんな怪物を相手に、直接姿を晒して近づくなど愚行も愚行である。

 

(なら、こうして、複雑に入り組む路地裏に身を隠しつつ、距離を詰めるしかねえ!)

 

 隠密潜行――相当大回りになるが、仕方ない。

 

(俺の固有魔術【愚者の世界】――その有効射程半径50メトラ!その範囲内に奴を捉えれば、ようやく俺に勝ちの目が出てくる!)

 

 いかなアルベルトといえども、【愚者の世界】には抗えず、魔術を封殺される。ジョセフは教科書以下だが、アルベルトは教科書通りの魔術師――固有魔術もなければ、眷属秘呪もないし、突出した秘伝魔術もない。規格化された軍用魔術しかないアルベルトに対して【愚者の世界】は圧倒的に有利だ。

 

(然る所――俺とお前の戦いは、距離の奪い合い勝負ってわけだ!)

 

 ざっ!風を巻いて、グレンは正面の丁字路を左へ曲がった。

 

 グレンが選ぶ道は、ひたすら建物や壁などで神殿からの死角になるルートばかりだ。

 

(悪く思うなよ!?このままこの地形を利用して、一気に神殿までの距離を詰めさせてもらうぜ!)

 

 

 

  

 ――。

 

(――と、お前は考えているのだろうな)

 

 対するアルベルトは、眼下の都市風景を見下ろしながら、物思う。

 

(……成る程、流石だ。まったく視認出来ん。流石にこれでは狙えない)

 

 ふっ、と。

 

 アルベルトが口元を歪める。

 

(だがな――お前がそうしてくるであろうことは、読んでいたぞ?)

 

 アルベルトが、そう考えた――その瞬間だった。

 

 向かって二時の方角。距離約900メトラ。

 

 一際高い建物の傍らで、不意に盛大な爆炎が上がり、夜空を震わせた。

 

(お前が選ぶだろうルートには、すでに無数の魔術罠を仕掛けておいた。罠でお前が死ぬなどということはあり得ないと思うが――位置を捉えた。終わりだ)

 

 アルベルトは、ぼそりと呪文を呟き、黒魔【アキュレイト・スコープ】――遠見の魔術の設定を、広域視野モードから、遠距離ポイントモードに切り替える。

 

 魔術の”目”を件の爆破ポイントへ高速で向ける。

 

 距離1000以内なら、アルベルトは射線を曲げて、遮蔽物越しにも狙撃可能。

 

 その”目”が、グレンを捉えた瞬間――グレンは終わる。

 

 だが――

 

(……居ない、だと?)

 

 

 

 

 

 

「ほぉ?そんな手でいきますか、先生」

 

 ――グレンが距離900メトラ地点にさしかかった所。

 

 ジョセフは上空に周回しているドローンから送られてくる映像を見て、呟いた。

 

 グレンは、アルベルトの”目”が探る地点とは、まったく別の路地裏を駆けていた。

 

 ズームしてみると、グレンの右手に、拳大の石を弄びながら、風のように走り続けている。

 

 やがて、グレンは正面に再び現れた丁字路を、素早く右へ曲がる。

 

 それと同時に、背後――左の道へ、手に持っていた石を、後ろ手で放った。

 

 白魔【フィジカル・ブースト】で強化されているであろう肩は、その石を信じられないほど遠くまで水平に飛ばして――

 

 そして、その直線道路のとある地点を、放った石が過ぎった――その瞬間。

 

 その地点の壁や地面に、赤い光を放つ法陣が瞬時に浮かび上がり、激しい爆炎が上がった。その一角が、魔術罠の起動による爆発で大破され、崩れ落ちていく。

 

 そんな遥か遠くの破砕音を置き去りにして、グレンは駆ける、ひたすら駆ける――

 

「≪星≫が道中、張った魔術罠を逆利用して、≪星≫の”目”を攪乱させる……≪星≫の魔術罠の張り方、隠し方、手口、傾向――もっとも長く、彼と任務を共にしてきた≪愚者≫だからこそ、なせるやり方だろうな」

 

 マクシミリアンの言う通り、やり方を熟知していないとできない方法であった。

 

 グレンは突き当りの角を左に曲がる――残り800メトラ。

 

「一気に詰める気ですね」

 

 アリッサの予想通り、グレンはさらなる魔力を【フィジカル・ブースト】――身体能力強化へと注ぎ込み、速度を稼ごうしていた。一気に詰めるつもりなのは明白であった。

 

「でも、まぁ、ずっと攪乱できるなんて、そうは問屋が卸さないわけで……」

 

 ジョセフはこれがすぐに通用しなくなるものだと物思う。

 

 なにせ、どちらも長く任務を共にしてきた元・同僚だ。

 

 それはつまり、グレンだけではなく、アルベルトも当然、グレンの手口も知っているわけなのである。

 

 そして、それは――予想通り、一気に詰めようとしていたグレンが、突然、前進を止め、脊髄反射で横の脇道へ跳び込む。

 

 ――その瞬間。

 

 ほんの半瞬前、グレンが居た場所に、空より飛来する雷の閃光が数閃、驟雨のように降り注ぎ、地を激しく突き刺しまくったのだ。

 

「まぁ、すぐに先生を捉えられるのも、やはりもっとも長く先生と共にいた≪星≫さんだからなんでしょうねぇ」

 

 当然、先の攻撃は、アルベルトの狙撃である。

 

 後、ほんの少しでも回避行動が遅れていたら、グレンは殺られていた――

 

 そんなアルベルトの攻撃に驚愕するグレンへ。

 

 空を飛来する無数の雷閃が、さらにグレンを追うように降り注いでいく――

 

 

 

 

 

 ――。

 

(ふん。最も長く、お前の戦いを援護してきてやったのは誰だと思っている?)

 

 アルベルトが、眼下の都市跡の一点を指さし、【ライトニング・ピアス】を次々と撃ち込みながら、物思う。

 

(お前の立ち回り、発送、逃げ方、身体能力、癖……全てお見通しだ)

 

 そんなアルベルトは――()()()()()()()

 

 何も見ず、闇の虚空めがけて、雷槍を放ってる。

 

(仮令見えずとも――お前はそこに居るのだろう?)

 

 ――撃つ。

 

 アルベルトの指から放たれた一閃の紫電が、鋭く、容赦なく夜闇を切り裂いた――

 

 

 

 

 

 

 ――距離800メトラ地点。

 

「クソッ!俺の罠を避ける動きの予測だけで、ここまで正確に俺を追えるのかよ!?アホか、あいつは――ッ!?」

 

 グレンは、別の迂回路地を逃走しながら、毒突いていた。

 

 さすがに、予測だけではいつまでもグレンの居場所を追うことはできず、追撃はしばらくすると無くなったが……アルベルトの怪物ぶりを、改めて再認識せざるを得ない。

 

「だが、そんな当てずっぽうが、いつまでも通用すると思うなよ!?」

 

 動揺をかみ殺し、冷静さを取り戻すグレン。

 

 別に”目”に捉えられて、狙われたというわけではないのだ。

 

 今のはグレンの罠のかわし方、騙し方を逆手に取られただけ。予測はあくまで予測に過ぎず、動きを予測されたというのなら、予測されない動きをすればいい。

 

 そういう手があると知っているなら、いくらでも誤魔化せる。

 

「やることは依然、変わらん!アルベルトの張った罠を突破しつつ、距離を詰める――それだけだ!」

 

 ざっ!グレンが路地の尽きた建物の角に背をつけ、周囲を警戒する。

 

 この先に、魔術罠が二つ仕掛けられているのを感じる――

 

「よし、次の誤魔化し方は、いくらあいつでも予測つかねえだろ……?」

 

 グレンは、懐から魔術の巻物を取り出して広げ、それを千切った。

 

 そして、それを素早く折って、紙人形を作る。

 

 それに呪文を吹き込んで……

 

「へへっ……即興の使い魔だ……行け」

 

 さしものアルベルトも、たった今、即興で作った使い捨ての人口使い魔の動きまで、予測できるはずがない。

 

 アレをダミーに、アルベルトを出し抜いてやる。

 

 グレンが行く手を塞ぐ罠に向かって、使い魔を放とうとした……その時だった。

 

「……ん?なんだありゃ?」

 

 グレンはふと、それに気付き、上を見上げた。

 

 目の前には、倒壊しかかってるが、わりと高い建物の壁が聳え立っている。

 

 その壁の一部が、奇妙なものに変質しているのだ。

 

「あれは――鏡?なんでンな所に……?」

 

 ――鏡。

 

 その単語が、場違いな者を見たグレンの脳内を一瞬、リフレインして。

 

「やっべぇええええええええええええええええ――ッ!?」

 

 間一髪、己の命の危機に気付いたグレンが、悲鳴を上げて踵を返し、今まで走ってきた路地を猛ダッシュで逃げ帰り――

 

 そんなグレンの背をうように、天空を鋭く飛来して来た雷閃が、鏡を反射して、グレンの背を襲うのであった。

 

「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!?」

 

 背後から次々と迫ってくる無数の雷閃が、逃げるグレンの頬や身体を掠める。

 

 転がって、跳ね起きて、雷閃をギリギリでかわし続けながら、グレンはひたすらその場を無様に敗走する――

 

 

 

 

 

 

「……えげつねえ……」

 

 アルベルトの手口を見て、ジョセフは顔を引きつらせながら、呟いた。

 

 そう。

 

 今、あの都市遺跡の彼方此方に、錬金【形質変化法】と【根源素配列変換】で、壁面の一部を鏡面化させた鏡が設置してある。

 

 黒魔【アキュレイト・スコープ】は、対象物が放つ光を操作して、己が視覚に捉える遠見の魔術だ。遮蔽物越しに者を見ようとすれば、何度もその光を曲げなければならず、観測するのにもの凄い魔力的、時間的負担がかかってしまう。

 

 だが、鏡があれば話は別だ。それを光を曲げる中継点とすることで、術者の負担を大幅に減らし、死角を大きくカバーすることができるのだ。

 

 おまけに、その鏡面を魔力でコーティングしておけば、【ライトニング・ピアス】の反射当てて、狙える範囲を大幅に増やすことができる。

 

 特殊な魔術は一切使っていない。学べば誰もが使える魔術で、ここまでの広域殺界を形成してまえる――それがアルベルトなのだ。

 

「――とはいえ、流石先生やな、対応が早い」

 

 ジョセフがそう呟くと。

 

 ガシャン、ガシャン……ガシャン……

 

 映像から、小さく鏡の割れる音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 ――。

 

「クソが……ッ!厄介なもん、しこたま作りやがって、あの野郎!」

 

 グレンが物陰に隠れて、銃の弾丸を再装填していた。

 

「くそっ!やたら鏡が多い地帯に追い詰められちまった……身動きが取れねえ」

 

 手慣れたグレンなら数秒で弾倉交換できる、いつもの予備弾倉は温存だ。

 

 ここは多少時間がかかるが、弾丸の手動装填法を選択。今、グレンが行っている作戦には、銃弾に飛距離とパワーも必要なので、推薬の量を調整できるこの手法がベストだ。

 

「だがな……」

 

 口に咥えた球状弾頭をその推薬を詰めた弾倉内へ、ぷっ!と吹き込み、銃身下のローディング・レバーを折って、弾丸を弾倉内部へ深く押し込む。雷管を装着する。

 

 そして、弾丸を再装填し終えたグレンは、呪文を静かに唱えた。

 

「≪沈黙せよ・静寂せよ・汝は音無しき妖精≫」

 

 黒魔【ノイズ・カット】――音声遮断魔術を、拳銃にかけたのだ。

 

 これで、拳銃の発砲音は消える――

 

「てめぇは、狙撃をてめぇの専売特許と思ってるかもしれんがな……」

 

 そして、グレンは物陰に隠れながら、銃口をそっと出して――

 

「俺だって、じじいに相当、叩き込まれたんだぜ?」

 

 ほんの僅かに顔を出し、通りの建物の配置や地形を視認、記憶する。

 

 白魔【ブレイン・アバカス】――並列思考演算魔術で、弾道と角度をビリヤードのように脳内計算しつつ、慎重に銃身を傾けて構え――引き金を引いた。

 

 ぷしゅ。

 

 銃口が火を噴き、弾丸を静かに吐き出す。

 

 放たれた弾丸は、地面や壁を、二度、三度、計算し尽くされた跳弾を起こしてジグザグと翔び――

 

 100メトラ明後日の方向に設置されてあった、鏡のど真ん中に命中し、叩き割った。

 

「どうだ?見てるか?天才狙撃手様よぉ?人間血反吐を吐いて練習すりゃ、このくらいの芸当はできるようになるんだぜ?……凡人、舐めんなってんだ」

 

 周囲を注意深く警戒しつつ、グレンは素早く移動を開始する。

 

(よし。これなら、さしものアルベルトも、俺の正確な位置は把握し難いようだな?)

 

 移動しながら、再び同じような要領で、弾丸を拳銃に装填していく――

 

(まずは、あいつの”目”を削ぐ!話はそれからだッ!)

 

 

 

 

 

 

 ――。

 

「ふっ……流石はグレン。やるな」

 

 眼下を睥睨するアルベルトが、感嘆したように呟いた。

 

 滅びた街のあちこちで、今、自分の第二の”目”が、次々と潰されていっている。

 

 だが――その口元には、常にしかめ面の彼にしては珍しく、薄い笑みを浮かんでいた。

 

「……わかっていた。お前が今回の俺の極秘任務――神殿防衛の最大障害になるだろうことはな」

 

 互いの距離は未だ遥か遠い。

 

 互いに互いの顔すら、直接目視できない。

 

 ただ、この広い戦場に互いに倒すべき存在だけが感じられる――それだけだ。

 

 使用される魔術も互いに、実にありきたりで、教科書に載っていてそうな呪文ばかり。

 

 時間を止めたり、周囲の時間の流れを遅くしたり、空間を歪めたり、視界に入れただけで焼き殺したり、神をも殺す超威力が飛び交うこともない。運命や因果律を捻じ曲げるような秘術もない。

 

 だが、これは魔術戦だ。

 

 れっきとした、掛け値なしの魔術戦なのだ。

 

(そうだ、俺はわかっていた……こうなる事は)

 

 ならば、先刻の一戦、ジョセフじゃなくて自分が出て、この展開を見越して、グレンを仕留めておくべきであったか。再起不能にしておくべきだったか。

 

 あの時は、あの三人に関しては、ジョセフの進言通りにした。

 

 手も足も出なかったとはいえ、あの三人も超一流の魔導士。ここは、ジョセフにあの三人を任せてグレンに集中した方がいいというのも一理あった。

 

 だから、ジョセフにやらせた。あの男を相手にするには、魔力は温存しといて損はない。

 

 だが、あのジョセフの進言は本当にそれだけだったのか?

 

 アルベルトに何か伝えたかったメッセージがあったのではないのか?

 

 自分には、決して譲れないものがある。だから退けない。

 

 グレンにも、決して譲れないものがある。ゆえに退かない。

 

 ならば、この激突は必至ではないか。最初からわかっていたのだ。

 

 なのに、あの時、自分が仕留めるのではなく、ジョセフをあの特務分室の三人とグレンの元に向かわせたのは――……

 

(……感傷。そして偽善。俺もまだまだ甘いということか――)

 

 その一瞬、アルベルトの脳裏に蘇った、グレンと共に戦場を駆けた記憶。

 

 この帝国の未来のために、心と感情の全てを殺したと思っていた自分に、まだこんな人間のような感情が微かにでも残っていたことに、正直、驚く。

 

 だが、人として、過去の残滓に感傷を覚えることはあっても――魔術師として、帝国軍人として、それに縋り付き、立ち止まることはない。

 

 そんなことをしていては、結局何も救えないし――いつまで経っても、この手で報いを与えてやるべき”あの男”に届かない。

 

 こうして立ち向かってくる以上、相手がかつての戦友であることを黙殺し、戦う。

 

 そして、周りの誰が何と言おうが、アルベルトにとってグレンは、殺さず等という甘い対処では、逆にこちらが喰われかねない相手だ。

 

 ゆえに、殺す気で対決する……それだけだ。

 

(さぁ、来い。グレン。俺は九を救うために一を切る。それに異を唱えるならば――俺を倒してみせろ。お前の意地を貫いてみせろ)

 

 アルベルトは、この闇に紛れて迫り来ているであろう、かつての戦友を見据えるように――眼下の闇を凝視するのであった。

 

 

 

 

 

 ――。

 

(――って、どーせ、いつものように、九を救って一を切る……とか。罪も痛みも全部自分一人で背負う、耐える……とか。そんなん思ってんだろうよ、あのバカ野郎は)

 

 周辺の鏡をあらかた処分したグレンが、路地裏を壁伝いに素早く移動し、死角から死角を伝いながら、ひた走り続ける。

 

 神殿までの距離は――700。

 

 まだまだ、果てしなく遠い。魔術罠の足止めや、狙撃を避けるための回り道をしているせいで、彼我の距離たった1000メトラが、まるで無限の距離だ。

 

 それでも、走る。走る。走り続ける――

 

(だが、なんとなく予想ついたよ。お前が起こした女王陛下暗殺未遂……それが何のためか、どういう意味を持つかな。……ったく、上の連中も連邦軍もややっこしいことしやがる)

 

 まぁ、お前がクソ外道に堕ちたわけじゃなさそうで、ほっとしたよ……

 

 とは思いつつも、心の中ですら言葉の形にしない、素直じゃないのだ。

 

(だが、気にくわねえ。あいつ……これほどの……これほどの力がありながら――)

 

 不意に、虚空がきらりと閃いた。

 

 光の雷槍が、並び立つ建物の隙間と窓の間を針のように縫って、鋭く飛来する。

 

 グレンが咄嗟に身体を捻って回転しながら跳躍すると、雷槍はグレンの頬を掠め――そして、グレンは着地と同時に、脇の一際細い路地、死角へ素早く逃げ込む。

 

 危うく難を逃れたグレンの心臓が、潰れそうなほどの緊張に悲鳴を上げていた。

 

 一体、今の一撃はどうやって、グレンの位置を割り出したのか、見当もつかない。

 

 ”アルベルトなら、あの窓と窓の隙間を絶対に狙う”――ただそれだけの経験則と判断で、反射的に回避行動を取り、それが運良く大正解だっただけだ。

 

 一瞬でも、それを疑う判断が遅れていたら、グレンは死んでいた。

 

 凄い。凄過ぎる。俺の相棒はなんて凄い奴なんだ。

 

 なのに――

 

(――これほどの力がありながら、なんでお前はそうやって、自分も傷つくことを厭わずすぐ一を切りたがるんだよ!?たまには欲張って見せろよ、ド畜生がッ!)

 

 軍時代、アルベルトと出会った当初――グレンはアルベルトのことを、冷徹な機械人間だと思っていた。効率のためなら、数字のためなら、血も涙もない無感情で無慈悲な人間だと思い込んでいた。

 

(だが、違う。お前は押し殺しているだけで、わりと”情”の人間だ。仲間が倒れれば、それを悔やみ、人々を救えなければそれを悼む……そんな当たり前の人間だ。決して無痛症の人間じゃねえ。ただ、その喪失の痛みに耐える強さがあるだけの人間だッ!)

 

 グレンが闇の彼方――恐らくこちらを見据えているだろうアルベルトを見据え返す。

 

 互いに姿の見えぬ戦場であれど、互いの存在は確かに感じられる。

 

(そんなお前が……たとえ、それが仕方ねえことだとしても……九を救うためだとしても……リィエルを切って、痛まないわけがねえだろうがッ!?)

 

 無理かもしれないが、全力で十を救いに行くべきか。

 

 あるいは、確実に九を救うために、一を切るか。

 

 そのどちらが正しいのか――その議論の結論は未だ出ていない。

 

 実際に軍時代の任務や戦場においても――グレンのやり方が上手くいった時もあれば、アルベルトのやり方が正しかったこともある。

 

(……別に構やしねーさ。そんなもん、どっちが正しいかなんて、神様じゃなきゃわからん。だが――俺は欲張りなんだ)

 

 グレンが走る。魔力を足に通して、さらに強く、力強く。

 

(お前は、目的のためなら、自分自身やリィエルが犠牲になるのもやむなしと思っているんだろ?生憎な、俺は自分を犠牲にするつもりはさらさらねーし、リィエルも守る。無論、お前だってその対象だ。……わかるか?アルベルト。この戦いは――)

 

 

 

 

 

 ――お前と俺の意地の張り合いだ――

 

 

 

 

 

 そんな思いを胸に――白く光る月の下、グレンは走り続ける。

 

 彼我の距離、約600メトラ……まだまだ、戦いの先は長い――

 

 

 

 

 

 








今回は、ここまで。
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