ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

173 / 230



原作15巻の試し読みが出ていたから、読んでみたら……

……これは正義、動きます、やな!


というわけで、どうぞ。


169話

 

 

 

 

 

 

 ――。

 

「≪愚者≫のグレン……まさか、これほどまでとはな」

 

 郊外――討伐隊の根拠地にて。

 

 その特務分室の礼服に身を包む魔導士は、感心したように頷いた。

 

「特務分室エリート三名を、あの≪黒い悪魔≫が相手していたとはいえ、精鋭の魔導士十五名が、雁首そろえて手も足も出なかったアルベルトを相手に、互角に立ち回っている。……信じられないな」

 

「……それで、どうです?」

 

 そんな魔導士へ、サイラスが静かに問いかけた。

 

「大丈夫だ。最早、アルベルトの我々に対するマークは完全に外れた。……グレンを相手にしては、外さざるを得なかった……というのが正しいのだろうな」

 

「つまり、貴方の魔術を使っていける……ようやく、我々も動けますね……」

 

「ああ、そうだ。こちらに注意を払っていないのならば、我が秘術にかけることは造作も無い。デルタがいるが、こんなにも月が白いならば――」

 

 ほっとしたサイラスに、その魔導士は空を見上げて頷いた。

 

 空には月。不気味に輝く銀月が、辺りを仄白く照らしている――

 

「さて。では、我々も動きましょうか……我々の真の目的のために」

 

 サイラスが、足下の”荷物”を横抱きに抱えた。

 

 それはリィエルだ。手足を拘束され、深い眠りについている。

 

「……して、例のイリアの様子は?」

 

 サイラスがそう問うと、魔導士があごをしゃくる。

 

 その先には、リィエルが保護されていた天幕があって……そこには空になった寝台と、その傍らに倒れ伏し、死んだように動かないイリアの姿があった。

 

「なるほど。ははは、彼女には、本当にご苦労様でしたとしか言いようがありませんね」

 

 そんな天幕内の様子を確認したサイラスは、残酷に微笑んで――

 

「……よし、では行きますよ……まずは、神殿までの距離を詰めましょう」

 

 魔導士と共に、夜の遺跡都市の中を密かに移動し始めた。

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

「……ついに、サイラス達が、リィエルを連れて動き始めたわ」

 

 都市区画北側。崩れかかっている古代塔の中腹。

 

 そこで密かにキャンプを張り、待機をしていたイヴが、ぼそりと呟いた。

 

 崩れかかったアーチ形通気窓から、遠見の魔術で外の様子を観察していたのだ。

 

「グレンとアルベルトの戦いの様子はどう?」

 

「……今の所は拮抗しています」

 

 二人の戦いを、同じく遠見の魔術で見守っていたシスティーナとルミアが、いかにも不安げな表情で言った。

 

「でも……やっぱり、アルベルトさんの方が一枚上手みたいです……」

 

「アルベルトさんの狙撃術と、綿密に仕掛けられた魔術罠のせいで、先生は今一歩、距離を詰め切ることができないみたいで……このままじゃじり貧です!」

 

「それはそうでしょう。だって、相手はあの≪星≫のアルベルトなのよ?」

 

 イヴも遠見の魔術の視点を切り替え、グレンの様子を見る。

 

「私だって、近距離魔術戦ならアルベルトに負けるつもりはないけど……さすがにあの距離じゃ、どうしようもないわ。それをよくもまぁ、あの男、あの手この手で凌いで……アルベルトの性格と戦い方を熟知しているからこそ、できることでしょうね」

 

 ふぅ、と息を吐き、イヴが呟く。

 

「……敵ながらサイラスは英断だったわ。対アルベルト戦を、グレン以上にこなせる男はこの世界に居ないでしょうね。……その逆もまた然りでしょうけど」

 

「だ、大丈夫でしょうか……?先生は勝てるんでしょうか……?」

 

 そんな不安を抱くシスティーナとルミア。

 

 今の彼女達は、とてつもなく複雑な気分であった。

 

 グレンに死んで欲しくない。当然だ。自分達を教え導いてくれたグレン。二人がグレンから受けた恩は、一生かかっても返しきれるかどうかわからない。大きなものだ。

 

 かと言って――やはり、アルベルトにも死んで欲しくない。グレンと比べれば、接した時間は少ないが……アルベルトにも大恩がある。自分達のために、仲間達のために、命を張ってくれた恩人なのだ。

 

 そんな二人が殺し合う姿など見たくない――

 

 それにしても、ジョセフはどこにいったのだろう?ジョセフなら、あの二人を止めてくれないだろうか?

 

 そんなことを思う二人に、イヴは鼻を鳴らして言った。

 

「さぁ?でも、あの男がやるって言って、自分が勝つことを前提にした作戦を、私達に託したんだから……私達はそれを信じるだけでしょう?不服だけど。……まぁ、せいぜい頑張りなさい、としか言いようがないわ」

 

「……そ、そうですよね……」

 

「それに、あいつは全然、諦めてないわよ。……本当に物分かりの悪い男」

 

 不安げなシスティーナ達に背を向け、イヴは階下への階段を目指して、歩き始めた。

 

「とにかく、まぁ、ぱっと見た感じ、大分、分が悪いけど、グレンが勝つことを前提に、こちらも手筈通りに動くわよ」

 

「は、はいっ!」

 

 グレンを思いつつ、システィーナとルミアもイヴを追って動き始める。

 

「ここからはタイミングが肝心よ。早過ぎても遅過ぎても駄目。……迅速に、確実に。わかるわよね?絶対に私の指示に従って頂戴。いい?」

 

「わかりました!」

 

 こうして。

 

 グレンに託されたものを背負い、イヴ、システィーナ、ルミアを動き始める――

 

 

 

 

 ――。

 

「准将。サイラス達が動きました。それに合わせてイヴさん達も」

 

 都市区画西側にて。

 

 ドローンからの映像で外の様子を観察していたアリッサが、サイラス達とイヴ達がついに動いたというのをマクシミリアンに報告する。

 

「……確認した。よし、俺達も動くか。≪星≫がサイラス達から≪愚者≫に注意を向けた今、恐らく、イヴちゃん達はサイラス達を先に神殿内部に入らせるつもりだ。俺達はイヴちゃん達の後に神殿に侵入する」

 

「そして、サイラス達がイヴさん、システィーナ、ルミアに注意を向けている内に、倒す……っちゅうことですね?」

 

 段取りを確認するジョセフに、マクシミリアンは頭を掻きながら、溜め息を吐く。

 

「まぁ、そうするつもりはなかったとはいえ、結果的にイヴちゃん達を盾に使ってしまうみたいなことになってしまうが……そこは、彼女達が殺られる前に仕留める」

 

 確かに、もの凄く申し訳ないと、イヴ達に対して心の中で頭を下げるジョセフ、アリッサ。

 

「ジョセフ、アリッサ。一応、お前らと俺との間に仮サーヴァント契約をする。あの魔導士の術を食らわないようにな。だから、絶対に俺の下から離れるなよ?タイミング的には、サイラス達がイヴちゃん達に仕掛ける直前に仕掛ける。それまでは攻撃しないように。OK?」

 

 マクシミリアンの問いに、こくりと頷くジョセフとアリッサ。

 

「よし。じゃあ動くぞ。とっとと、終わらせて、家に帰ろう」

 

「「了解」」

 

 こうして。

 

 真の任務を果たすため、マクシミリアン、ジョセフ、アリッサデルタ組も動き始めるのであった。

 

 

 

 

 ――。

 

 ――静かで、冷たい夜であった。

 

 それでいて、苛烈で、熱い夜であった。

 

 静寂、静寂、静寂の続く時折に挟まれる、衝撃、閃光。

 

 遥か遠く、誰も聞くことも叶わない、気付くことも叶わない、息遣い、闘志、広大な市をひたすら駆ける靴音。

 

 闇の向こう側、遥か彼方よりそれを見据え追う、鷹のように鋭い双眸。

 

 その目を盗み、かい潜り、闇に潜行する影。

 

 それを中心に、その周囲で密かに動き始める者達。

 

 怒号もなく、喧噪もなく。

 

 ただ時折、都市が胎動するような轟音、脆い建物が崩落する音が、夜空へ突き抜ける。

 

 それは、言うなれば、沈黙の戦場。

 

 ――戦いは続く。

 

 深海のような夜の古都の底で。

 

 かつての戦友同士の、静かなる戦いは続く。

 

 夜空の月が頂点を極め、やがて傾き始めて――

 

 それでも、静かに、熱く、譲れない戦いは続いていく――

 

 

 

 

 

 夜闇に包まれ路地裏を三人組が静かに駆ける。駆ける。駆ける――

 

 神殿付近では、時折、衝撃や閃光などが静寂を破る。

 

 マクシミリアン達はそんなことを気にも留めず、遠見の魔術でサイラス、イヴ達の動向を窺いながら、神殿に向かう。

 

 どうやら、サイラス達はアルベルトの動向を窺っており、イヴ達もまた、そのサイラス達の動向を窺いながら、移動している。

 

 建物のある一角にてマクシミリアン達は、一旦、足を止め、サイラス、イヴ、そしてアルベルトとグレンの様子を見る。

 

「ジョセフ、≪愚者≫と≪星≫との距離は?」

 

「残り400メトラ切りました。とはいえ、先ほどの≪星≫の狙撃で、東、西、南、北、北西、南東の路地裏を潰したんで、ルートは表通りに限られてしまっていますが……」

 

 そう。今、グレンはアルベルトが陣取っている神殿に向かうルートを表通り以外、潰されてしまっていた。

 

 そのため、アルベルトに接近するには、表通りを進むしかないのだが……

 

「表通りは、見通しの良い、逃げ場のないところ。そんなところを突っ切るなんて無謀よ……」

 

 アリッサの言う通り、表通りを通る場合、アルベルトの魔術狙撃の絶好の的になってしまうのだ。

 

 グレンから神殿までの距離は約400メトラ。だが、その400メトラを突っ切るには、アルベルトの魔術狙撃を浴び続けなければならないのだ。そんなの、神でもない限り無理な話である。

 

 ……いや、あと一つだけある。

 

 だが、そのルートは……

 

「……いや、無謀だ。でも、そっちの方が表通りを真っ直ぐ突き進むよりも可能性はある。……限りなく低いが……」

 

 実は、グレンとアルベルトの間には、両者を隔てるように、東西に用水路が過ぎっている。

 

 グレンと用水路までの距離は約100メトラ。

 

 その用水路を飛び越え、用水路沿いに東へ50メトラほど進めば――再び、アルベルトの”目”を切って隠れられる、闇で完全遮蔽されたトンネルの路地に到達する。

 

 そして、そこから神殿までは、地形的に狙撃不可能な路地が続く――まるで蜘蛛の糸の如きルートが、そこにはあったのだ。

 

 100+50の合計150メトラの区間……それをしのげばグレンはようやくアルベルトの元へ到達できる。

 

(だが、そこを通るっていうのは、当然、≪星≫さんも知っているはず)

 

 現に、アルベルトはいつものようにゆっくりと左手の指を前へ構える。

 

 魔術狙撃の構えだ。

 

 もし、アルベルトがグレンがそのルートを敢えて残したのであれば。

 

 そこは、グレンにとって致命的で絶望的な壁になる。アルベルトはそれを確信しているし、ジョセフも確信していた。

 

 その150メトラは、ぐれんにとっての死の領域なのだ。

 

 ジョセフはグレンの方に視点を向けると。

 

 グレンは身体能力強化の術式を魔力全開にしたのであろう。雄叫びを上げて、突風のように駆け出すのであった。

 

 雷閃が、突進してくるグレンに襲いかかる。

 

 だが、グレンには当たらない。

 

 恐らく、グレンは直感と呼吸だけで――”アルベルトならこのタイミングで、あの角度で、こういう弾道で撃ってくるであろう”――イメージだけで、かわしている。

 

 駆けながら半身を取ったグレンの胸部を、雷の光閃が音を裂いて掠める。

 

 そして、グレンは用水路までの距離を一気に詰め、跳躍。

 

 用水路を飛び越え、東へ敏速に転進。

 

 残り――50メトラ。

 

(こっから、先生はどうする?)

 

 ジョセフが固唾を呑んで見守る。

 

 すると、突然、グレンがジョセフの遠見の魔術の視界から消えた。

 

「――ッ!?」

 

 一瞬、ジョセフは何が起きたのかと、硬直するが、すぐにグレンが黒魔【タイム・アクセラレイト】を行使したのだと気付く。

 

 一時的に、自分自身を世界の物理法則から完全乖離させ、自身に流れる時間を超加速させる瞬間付呪。ただし、術の効果が切れたら加速させた時間だけ減速し、世界と自分の時間の流れのつじつまを強制的に合わせる諸刃の剣。

 

 だが、たかが数秒間とはいえ、グレンは超加速しているのである。さしものアルベルトすらも、超加速しているグレンを捉えることはできない。

 

 もちろん、その後にやってくる時間のつじつま合わせ――数秒の超減速時間が怖いが、アルベルトの”目”を切れるトンネルに入ってしまえば、どうとでもなる。

 

 超加速したグレンは、駆ける、駆ける、駆ける――

 

 アルベルトの狙撃は追いつかない、追いつけない。

 

 アルベルトの狙撃ですら、今のグレンを捉えきれない。

 

 当然だ。今のグレンは僅か数秒の間だが、光すら置き去りにできるのだ。

 

 気付けば、トンネルの入り口まで残り数メトラ。

 

(これは、行った――)

 

 ジョセフはこの時、グレンはこの賭けに勝ったと思った――

 

 

 

 

 ――が。

 

 

 

 

 どっ!

 

 

 

 

 鋭く飛来した雷閃が――グレンの左胸部に刺さっていた。

 

「――ッ!?」

 

 グレンの心臓部を穿った衝撃の威力で、グレンの身体が弾き飛ばされ、浮く。

 

 そして、盛大に上がる水柱。

 

 致命傷を負ったグレンが、水流を湛えた用水路の中へ叩き込まれるのであった――

 

 

 

 グレンとアルベルト。

 

 ≪愚者≫と≪星≫の意地をかけた勝負の決着が、今、ついたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「ジョセフ、どうなった?」

 

 マクシミリアンがグレンとアルベルトの勝負の決着を問いかける。

 

「……≪愚者≫は……≪星≫の魔術狙撃で心臓部に被弾しました」

 

 ジョセフは、今、起こったことを報告する。

 

 恐らく、あの一撃は致命傷だ。

 

 魔導士礼服の防御性能や【トライ・レジスト】で防ぎきれる威力じゃない。

 

 あれで生きていたら、最早、人間じゃない。

 

 が――アルベルトの相手は、数々の地獄の任務を生き続けてきた、グレンだ。

 

 ジョセフは一応、遠見の魔術でその周辺を観察する。

 

「…………」

 

 だが――五分が過ぎ――十分が過ぎ――

 

 グレンが沈んだ周辺一帯には、何の変化もない。

 

 グレンの身体が、浮かび上がって来ることもない。

 

「…………」

 

 やがて、そういうことなのだと納得したジョセフは、どこか沈鬱そうに目を閉じるのであった。

 

(マジかよ……)

 

 アルベルトは、グレンを殺す気で対峙していたことはジョセフも知っていた。

 

 そうでないと、神殿に容易に到達されるからだ。

 

 だから、こんなことになるのはあり得ることであった。

 

 なにはともあれ、これでアルベルトを止める者はいなくなった。

 

 アルベルトは神殿を陣取り、あとはサイラス達を仕留めるだけだ。

 

「ジョセフ……その、彼のことだが、残念だったと思う。運が悪かった。だが……」

 

「……ええ、わかってます」

 

 まだ、為すべきことがある。

 

 ジョセフは、遠見の魔術をアルベルトが陣取る神殿の天辺に向けた――

 

 ――その時であった。

 

「……え?」

 

 ジョセフは、遠見の魔術で見た光景に、思わず自分の目を疑うのであった。

 

 

 

 







今回はここまで。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。