それでは、どうぞ。
一方、その頃――
「グレンさんとアルベルトの様子はどうでしょうか?」
「……問題ない。連中は殺し合っている。……ふっ、哀れな者達だ。立場が変われば、かつての戦友同士といえどもこうなるか。同情を禁じ得ないな」
グレンとアルベルトが激しく戦う隙を突いて。
サイラスと魔導士は、中央の神殿内部へと侵入していた。
「そうですか。万が一、グレンさんが裏切った時は、このリィエルを凍結封印保存して回収し、次の機会を狙おうかとも思っていましたが」
「まぁ、貴方にはシオン・ライブラリーがあるし、後ろ盾もある。それも不可能というわけではない。……できれば、差したくない手ではあるが」
「どうしても、折角のリィエルの貴重な霊魂が、エーテル乖離症の影響で劣化しますからね。ですが……最早、その心配もなさそうです」
「いずれにせよ、急いだ方がいい。アルベルトが優勢だ。さすがに年季と才覚の差が現れ始めている。グレンも今しばらく保つだろうが、時間は限られてはいるだろう。デルタもそろそろ嗅ぎつけて、こちらに向かって来るはずだ」
「ええ。それでは、手早く済ませましょうか」
「そうだな。この時のため、素体……リィエルに全ての前処理は済ませた。そう手間はかからん」
やがて、二人が神殿内の通路を抜けると……そこには部屋があった。
ドーム状の祭儀室だ。床、天上、壁――その全てに、天球図を模したような奇妙で複雑な紋様が描かれ、古代ルーン文字がびっしりと並んでいる。
そして――そんな部屋の中央に祭壇があった。
その左右に黒いモノリスが聳え立っている。
サイラスは両手に抱えていた、死んだように眠るリィエルを祭壇の上に横たえた。
そして、右のモノリスの前に立ち、慣れた手つきで、その表面上に令呪を書き連ねていく。すると、祭壇部屋の何かが起動し――周囲の紋様に魔力が走った。
「起動完了……素体と遺跡機能を霊的に接続してください」
「了解。……、……霊的接続完了」
左のモノリスに立った魔導士も、手早くモノリスを操作し、作業を完了する。
「件のアストラル・コード……『Source:Sword Princess』は?」
「すでに、その
「では、後は上書き作業のみですね。これで、ついに、かの英雄が、この現世に降臨する……『Project:Revive Life』……その計画の知られざる最終段階へと到達するッ!」
サイラスは懐から魔晶石を取り出した。それを祭壇上に横たわるリィエルの胸部に載せると、その魔晶石は、ずぶずぶとその体内へと埋没していった。
そして、サイラスは呪文を高らかに唱えた。
「≪魂紋認証・入力≫――≪限定封印・解凍≫――≪霊域図版・展開≫ッ!」
すると、その魔晶石が埋まったリィエルの胸部から、無数の光の線が四方八方に放たれ――それが虚空を縦横無尽に走り、交差し、絡みあい――一見、樹にも似た複雑怪奇で神秘的な紋様図が、リィエルを中心とした空間に、三次元立体的に展開される。
「ふふ、いつ見ても美しい……完璧な霊域図版だ――」
サイラスが陶酔したように、その霊域図版を見つめる。
「全ての生命、全ての世界に分枝派生する万物の根源――『原初の魂』。この霊域図版が象る霊魂は、その『原初の魂』が、初めて”人間”へと派生した時の、言わば『原初人類の形』。今の我々の霊魂など、全てこれの派生……劣化霊魂に過ぎません。……まぁ、見る人が見なければ、ただ複雑怪奇なだけの霊域図版ですがね」
「錬金術師シオン=レイフォード……やはり稀代の天才か。『Project:Revive Life』を成しただけはある。その課程で、原初人類の霊魂の複製に至っていたとはな」
「あるいは、人の身でいずれ禁忌教典に至れたのは、彼だったのかもしれませんね」
やがて、サイラスは我に返り、己が為すべきことを思い出す。
「では、早速始めましょう――英霊再臨の儀を!心霊手術、開始ですッ!」
そして、サイラスが両手を構えて祭壇の上に乗せたリィエルに向き直り、相方の魔導士がモノリスに向き合い、操作を始めようとした――その時であった。
焦熱の業炎が、サイラスと魔導士の前に立つモノリスに燃え上がった。
「なぁ――ッ!?」
咄嗟に飛び下がったサイラスが、目を剥いた。
モノリスを包む圧倒的な火勢と熱気が、容赦なく肌を焦がす。
古代人の遺跡や遺物には、疑似霊素被膜処理が施してあるものが存在する。
この”復活の神殿”には、その疑似霊素被膜処理が成されているため、炎に包まれても決して破壊されることはないが―――これでは作業ができない。
そして。
「……そこまでよ」
かつん、と。
祭儀室に、冷ややかな靴音と声が響き渡った。
「ふん。ようやく出したわね、霊域図版を。なるほど……個人に唯一無二の魂紋を鍵に……そういう形で封印して隠し持っていたわけ?ええ、この時を待っていたわ」
出入り口に現れたその人影が、颯爽とコートを翻し、サイラス達へ歩み寄る。
「リィエルを、貴方達の好きにはさせないわ!」
「リィエルを返してください!」
そして、通路奥から駆け寄ってきた新たな二人の少女が、その人影の左右に並び立つ。
「あ、貴女は――イヴ!?イヴ=イグナイト!?」
「それに、その制服は……あの学院の……ッ!?」
そう、サイラスの前に現れたのは、イヴ、システィーナ、ルミアだったのだ。
「”ディストーレよ。今はね”って、言いそうだな」
「ってか、言ってますし」
その頃、祭儀室の出入り口付近にて。
マクシミリアン達は、イヴ達に遅れるように神殿に侵入し、今、ここで待機していた。
「……にしても、本当に恐ろしいですよね。≪月≫のイリアは」
「……だな。あれは最早、
ジョセフとマクシミリアンが言っている先には。
「サイラス室長!一体、何を企んでいるんですか!?一体、貴方はリィエルをどうする気なんですか!?」
目を怒らせて、サイラスに向き直っていたイリアの姿があった。
因みに、イリアはマクシミリアン達を通過して祭儀室に入ったのだが、全く気付いていない。
すると――
「ねぇ、イリア」
イブは無表情で、そんなイリアの肩に、ぽんと手を置いた。
「な、なんですか、イヴさん?」
「
「え?」
「
イヴがそう、ぼそりと呟いた――その瞬間であった。
ぼっ!イリアの全身が突然、激しい火柱に包まれ、燃え上がった。
炎熱呪文を時間差起動したのだ。
「きゃあああああああああああああああああああああああ――ッ!?」
耳を劈くようなイリアの断末魔の絶叫が、ドーム状はおろか、この通路まで反響する。
だが、そんなあまりにも残酷で凄惨な光景を想像できるにもかかわらず、マクシミリアン達は何も思わない。
なぜなら――
「あの”可愛い後輩”のイリアは幻術で作り出した、いわば、
マクシミリアンは、そう呟いた。
「だが、本当にあの幻術は恐ろしい。いや、あれ、もう幻術じゃなくて、捏造だからな」
「イリアの固有魔術【
ん、と。マクシミリアンは頷く。
「【
こればかしは、マクシミリアンも驚くほかない。
通常の幻術は、人の精神へかけて、その精神を催眠支配し、虚構の幻を見せる。あくまで術をかける対象は、”個人の人間”だ。対象が個人なので、どんなに現実性のある幻を見せても、それは結局、その個人が見ているだけの虚構の幻に過ぎない。
だが、【
そして、魔導第一法則『等価対応の法則』――「大宇宙即ち世界は、小宇宙即ち人と等価に対応している」、「互いの変化は常に互いに変化を及ぼし合う」――騙された世界に存在する人間は、この魔術法則により、その幻が揺るぎない現実となる。
人の精神を直接的に支配することなく、根本的な世界への認識を操作してのける。
それが【
確かに、無茶苦茶だ。
「世界は矛盾を許さない。世界の根底を揺るがす改変は不可能でしょうが、人を一人捏造し、世界を騙しきることくらいは、魔力が続く限りできる。……あの”可愛い後輩のイリア”は、イヴさん達を欺き、先生を操るための虚像だったってわけですね?」
「その通り」
ホント、滅茶苦茶じゃねえか――ジョセフは溜め息を吐く。
「だが、それをあの≪愚者≫は見破った。……この場合、イリアは一つだけミスをしてしまった」
そう。ただ一つ、イリアは大きなミスをしてしまっていたのだ。だから、グレンに見破られていたし、それを聞いたイヴも見破ることが出来たのだ。
それは――
「ええ、セラ=シルヴァース――≪女帝≫を出してしまったのがまずかった。彼女は≪女帝≫のことを人伝の情報しか知らなかった。先生にとっては軍時代、≪女帝≫の存在は自分を支えてくれる唯一の存在でした。彼女に纏わる記憶は神聖不可侵なものだったはずです。それを、イリアは……土足で踏みにじってしまった」
「先生の信用を得るためだったとはいえ、書類上でしか≪女帝≫を知らないイリアが生み出した”後輩のイリア”は、ペラペラだったんでしょうね。真に苦楽を共にした≪女帝≫と、媚びた捏造のイリア。どうしても先生の中で同格にはならなかった……イリアが作り出した虚構の現実に、先生の違和感が勝った」
ジョセフの言葉を継ぐように、アリッサが言うと、マクシミリアンはご名答だと言わんばかりに頷いた。
「確かに、【
とまぁ、話はここまでとして――と、マクシミリアンはこっそりと祭儀室の中を覗く。
室内では、サイラスが自分が蒼天十字団団長だと名乗り、『Project:Revive Life』のことについてご高説を始めていた――
その姿に、マクシミリアンは思わず吹きそうになってしまう。
「連中……いやぁ、ああいう悪人を遊ぶのは面白いな、ジョセフ?」
「……准将って、時たまエグいことしますよね。もう完全にハマっちゃってますよ?あれ」
吹き出すのを堪えているマクシミリアンに、ジョセフは苦笑いしながら、祭儀室を覗く。
そこには、サイラスが、イヴ、システィーナ、ルミアにご高説していた。
特になにか変わったところはない。
……サイラス達はそう
「……イリアもイリアなんですけど、准将も准将です」
そんなマクシミリアンを、ジト目で見る、アリッサと
「いや、君達、そんな目で見ないでくれる……?俺も、好きでやっているんじゃないんだよ?日頃のストレスが溜まってエグいことしちゃろうかとか、そんなこと思ったことないからね?ね?だから、その目で見るの、やめよう?ほら、ラブ&ピースだよ、ラブ&ピース」
「この状態のどこが、ラブ&ピースなんですか?あと、本音が出てますからね」
こんな状況にもかかわらず、アホなことを言うマクシミリアンとツッコむジョセフ。
「さて……そろそろだな。サイラスのご高説という時間稼ぎをした今、そろそろ仕掛けてくるぞ、奴さん」
話題を変えるように、マクシミリアンがそう言うと。
がっしゃああああああああああああああああんっ!
まるで、硝子が割れ砕けるような音がした。
「仕掛けてきましたね。イリアが三人に対して、幻術をしかけました」
「だろう?もうとっくに儀式は始まっていた。≪戦車≫のアストラル・コード書き換え作業は始まっていたんだ」
マクシミリアンは特に動揺することもなく、淡々と言い、再び、祭儀室を覗く。
すると、祭壇へ駆け寄ろうとしていたイヴ達が、がくん、と。目を虚ろな状態になって、その場に跪いてしまう。
【
「【
「いつでも行けますよ、准将」
マクシミリアンの問いに、ジョセフは応え、アリッサ
一方、祭儀室内では。
サイラスが、虚ろな目のまま動かないイヴ達の元へ悠然と歩み寄る。イヴ達は動けない。動く気配もない。
そして、ナイフを、ぎらりと引き抜いた。
それを、イヴの頭上で振り上げて――
「我が栄光の礎となって、死ねぇえええええええええええええええええええ――ッ!」
――一切の容赦なく、イヴの後頭部へ振り下ろすのであった。
「ほいじゃあ、仕上げにかかって、≪戦車≫を救って、さっさと家に帰って寝ましょう」
マクシミリアンはそう言うと、立ち上がり、祭儀室の中に入っていくのであった。
今回は、ここまで。