ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


171話

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃――

 

「グレンさんとアルベルトの様子はどうでしょうか?」

 

「……問題ない。連中は殺し合っている。……ふっ、哀れな者達だ。立場が変われば、かつての戦友同士といえどもこうなるか。同情を禁じ得ないな」

 

 グレンとアルベルトが激しく戦う隙を突いて。

 

 サイラスと魔導士は、中央の神殿内部へと侵入していた。

 

「そうですか。万が一、グレンさんが裏切った時は、このリィエルを凍結封印保存して回収し、次の機会を狙おうかとも思っていましたが」

 

「まぁ、貴方にはシオン・ライブラリーがあるし、後ろ盾もある。それも不可能というわけではない。……できれば、差したくない手ではあるが」

 

「どうしても、折角のリィエルの貴重な霊魂が、エーテル乖離症の影響で劣化しますからね。ですが……最早、その心配もなさそうです」

 

「いずれにせよ、急いだ方がいい。アルベルトが優勢だ。さすがに年季と才覚の差が現れ始めている。グレンも今しばらく保つだろうが、時間は限られてはいるだろう。デルタもそろそろ嗅ぎつけて、こちらに向かって来るはずだ」

 

「ええ。それでは、手早く済ませましょうか」

 

「そうだな。この時のため、素体……リィエルに全ての前処理は済ませた。そう手間はかからん」

 

 やがて、二人が神殿内の通路を抜けると……そこには部屋があった。

 

 ドーム状の祭儀室だ。床、天上、壁――その全てに、天球図を模したような奇妙で複雑な紋様が描かれ、古代ルーン文字がびっしりと並んでいる。

 

 そして――そんな部屋の中央に祭壇があった。

 

 その左右に黒いモノリスが聳え立っている。

 

 サイラスは両手に抱えていた、死んだように眠るリィエルを祭壇の上に横たえた。

 

 そして、右のモノリスの前に立ち、慣れた手つきで、その表面上に令呪を書き連ねていく。すると、祭壇部屋の何かが起動し――周囲の紋様に魔力が走った。

 

「起動完了……素体と遺跡機能を霊的に接続してください」

 

「了解。……、……霊的接続完了」

 

 左のモノリスに立った魔導士も、手早くモノリスを操作し、作業を完了する。

 

「件のアストラル・コード……『Source:Sword Princess』は?」

 

「すでに、その素体(リィエル)導入(インストール)済みだ。……時間は充分過ぎるほどあったからな」

 

「では、後は上書き作業のみですね。これで、ついに、かの英雄が、この現世に降臨する……『Project:Revive Life』……その計画の知られざる最終段階へと到達するッ!」

 

 サイラスは懐から魔晶石を取り出した。それを祭壇上に横たわるリィエルの胸部に載せると、その魔晶石は、ずぶずぶとその体内へと埋没していった。

 

 そして、サイラスは呪文を高らかに唱えた。

 

「≪魂紋認証・入力≫――≪限定封印・解凍≫――≪霊域図版・展開≫ッ!」

 

 すると、その魔晶石が埋まったリィエルの胸部から、無数の光の線が四方八方に放たれ――それが虚空を縦横無尽に走り、交差し、絡みあい――一見、樹にも似た複雑怪奇で神秘的な紋様図が、リィエルを中心とした空間に、三次元立体的に展開される。

 

「ふふ、いつ見ても美しい……完璧な霊域図版だ――」

 

 サイラスが陶酔したように、その霊域図版を見つめる。

 

「全ての生命、全ての世界に分枝派生する万物の根源――『原初の魂』。この霊域図版が象る霊魂は、その『原初の魂』が、初めて”人間”へと派生した時の、言わば『原初人類の形』。今の我々の霊魂など、全てこれの派生……劣化霊魂に過ぎません。……まぁ、見る人が見なければ、ただ複雑怪奇なだけの霊域図版ですがね」

 

「錬金術師シオン=レイフォード……やはり稀代の天才か。『Project:Revive Life』を成しただけはある。その課程で、原初人類の霊魂の複製に至っていたとはな」

 

「あるいは、人の身でいずれ禁忌教典に至れたのは、彼だったのかもしれませんね」

 

 やがて、サイラスは我に返り、己が為すべきことを思い出す。

 

「では、早速始めましょう――英霊再臨の儀を!心霊手術、開始ですッ!」

 

 そして、サイラスが両手を構えて祭壇の上に乗せたリィエルに向き直り、相方の魔導士がモノリスに向き合い、操作を始めようとした――その時であった。

 

 

 

 

 焦熱の業炎が、サイラスと魔導士の前に立つモノリスに燃え上がった。

 

 

 

 

「なぁ――ッ!?」

 

 咄嗟に飛び下がったサイラスが、目を剥いた。

 

 モノリスを包む圧倒的な火勢と熱気が、容赦なく肌を焦がす。

 

 古代人の遺跡や遺物には、疑似霊素被膜処理が施してあるものが存在する。

 

 この”復活の神殿”には、その疑似霊素被膜処理が成されているため、炎に包まれても決して破壊されることはないが―――これでは作業ができない。

 

 そして。

 

「……そこまでよ」

 

 かつん、と。

 

 祭儀室に、冷ややかな靴音と声が響き渡った。

 

「ふん。ようやく出したわね、霊域図版を。なるほど……個人に唯一無二の魂紋を鍵に……そういう形で封印して隠し持っていたわけ?ええ、この時を待っていたわ」

 

 出入り口に現れたその人影が、颯爽とコートを翻し、サイラス達へ歩み寄る。

 

「リィエルを、貴方達の好きにはさせないわ!」

 

「リィエルを返してください!」

 

 そして、通路奥から駆け寄ってきた新たな二人の少女が、その人影の左右に並び立つ。

 

「あ、貴女は――イヴ!?イヴ=イグナイト!?」

 

「それに、その制服は……あの学院の……ッ!?」

 

 そう、サイラスの前に現れたのは、イヴ、システィーナ、ルミアだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「”ディストーレよ。今はね”って、言いそうだな」

 

「ってか、言ってますし」

 

 その頃、祭儀室の出入り口付近にて。

 

 マクシミリアン達は、イヴ達に遅れるように神殿に侵入し、今、ここで待機していた。

 

「……にしても、本当に恐ろしいですよね。≪月≫のイリアは」

 

「……だな。あれは最早、()()()()()()

 

 ジョセフとマクシミリアンが言っている先には。

 

「サイラス室長!一体、何を企んでいるんですか!?一体、貴方はリィエルをどうする気なんですか!?」

 

 目を怒らせて、サイラスに向き直っていたイリアの姿があった。

 

 因みに、イリアはマクシミリアン達を通過して祭儀室に入ったのだが、全く気付いていない。

 

 すると――

 

「ねぇ、イリア」

 

 イブは無表情で、そんなイリアの肩に、ぽんと手を置いた。

 

「な、なんですか、イヴさん?」

 

()()()()()()()――()()()()()

 

「え?」

 

()()()()()()……()()?」

 

 イヴがそう、ぼそりと呟いた――その瞬間であった。

 

 ぼっ!イリアの全身が突然、激しい火柱に包まれ、燃え上がった。

 

 炎熱呪文を時間差起動したのだ。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 耳を劈くようなイリアの断末魔の絶叫が、ドーム状はおろか、この通路まで反響する。

 

 だが、そんなあまりにも残酷で凄惨な光景を想像できるにもかかわらず、マクシミリアン達は何も思わない。

 

 なぜなら――

 

「あの”可愛い後輩”のイリアは幻術で作り出した、いわば、()()()()()()()()()イリアはサイラスの側にいるあの魔導士だろう。……いや、それすらも()()()()()()()()()

 

 マクシミリアンは、そう呟いた。

 

「だが、本当にあの幻術は恐ろしい。いや、あれ、もう幻術じゃなくて、捏造だからな」

 

「イリアの固有魔術【月読ノ揺リ籠(ムーン・クレイドル)】でしたっけ?」

 

 ん、と。マクシミリアンは頷く。

 

「【月読ノ揺リ籠(ムーン・クレイドル)】。現実を塗り替える究極の幻術。夜空に輝く月の光を触媒にして発動し、人ではなく、世界そのものへ幻術をかけることが可能。それにより、()()()()()()をこの世界へ生み出し、その幻に付随する人々の認識や記憶すらも捏造し、自在に弄れる。もう無茶苦茶だな、これ」

 

 こればかしは、マクシミリアンも驚くほかない。

 

 通常の幻術は、人の精神へかけて、その精神を催眠支配し、虚構の幻を見せる。あくまで術をかける対象は、”個人の人間”だ。対象が個人なので、どんなに現実性のある幻を見せても、それは結局、その個人が見ているだけの虚構の幻に過ぎない。

 

 だが、【月読ノ揺リ籠(ムーン・クレイドル)】は、この世界そのものにかけ、世界を騙す幻術らしい。世界そのものを騙せば、それは最早、”現実”でしかない。ゆえに生み出した幻は実体を伴う。

 

 そして、魔導第一法則『等価対応の法則』――「大宇宙即ち世界は、小宇宙即ち人と等価に対応している」、「互いの変化は常に互いに変化を及ぼし合う」――騙された世界に存在する人間は、この魔術法則により、その幻が揺るぎない現実となる。

 

 人の精神を直接的に支配することなく、根本的な世界への認識を操作してのける。

 

 それが【月読ノ揺リ籠(ムーン・クレイドル)】という術だったのである。

 

 確かに、無茶苦茶だ。

 

「世界は矛盾を許さない。世界の根底を揺るがす改変は不可能でしょうが、人を一人捏造し、世界を騙しきることくらいは、魔力が続く限りできる。……あの”可愛い後輩のイリア”は、イヴさん達を欺き、先生を操るための虚像だったってわけですね?」

 

「その通り」

 

 ホント、滅茶苦茶じゃねえか――ジョセフは溜め息を吐く。

 

「だが、それをあの≪愚者≫は見破った。……この場合、イリアは一つだけミスをしてしまった」

 

 そう。ただ一つ、イリアは大きなミスをしてしまっていたのだ。だから、グレンに見破られていたし、それを聞いたイヴも見破ることが出来たのだ。

 

 それは――

 

「ええ、セラ=シルヴァース――≪女帝≫を出してしまったのがまずかった。彼女は≪女帝≫のことを人伝の情報しか知らなかった。先生にとっては軍時代、≪女帝≫の存在は自分を支えてくれる唯一の存在でした。彼女に纏わる記憶は神聖不可侵なものだったはずです。それを、イリアは……土足で踏みにじってしまった」

 

「先生の信用を得るためだったとはいえ、書類上でしか≪女帝≫を知らないイリアが生み出した”後輩のイリア”は、ペラペラだったんでしょうね。真に苦楽を共にした≪女帝≫と、媚びた捏造のイリア。どうしても先生の中で同格にはならなかった……イリアが作り出した虚構の現実に、先生の違和感が勝った」

 

 ジョセフの言葉を継ぐように、アリッサが言うと、マクシミリアンはご名答だと言わんばかりに頷いた。

 

「確かに、【月読ノ揺リ籠(ムーン・クレイドル)】は恐ろしい幻術だ。言わば、世界中の皆で共有して使う辞書の一部を、こっそりさりげなく書き換えるようなものだ。それに気付かなければ、そのまま間違った意味を引いてしまうが、それに気付いてしまえば、認識と看破は容易い。要するに、嘘はバレるもんだ」

 

 とまぁ、話はここまでとして――と、マクシミリアンはこっそりと祭儀室の中を覗く。

 

 室内では、サイラスが自分が蒼天十字団団長だと名乗り、『Project:Revive Life』のことについてご高説を始めていた――

 

 その姿に、マクシミリアンは思わず吹きそうになってしまう。

 

「連中……いやぁ、ああいう悪人を遊ぶのは面白いな、ジョセフ?」

 

「……准将って、時たまエグいことしますよね。もう完全にハマっちゃってますよ?あれ」

 

 吹き出すのを堪えているマクシミリアンに、ジョセフは苦笑いしながら、祭儀室を覗く。

 

 そこには、サイラスが、イヴ、システィーナ、ルミアにご高説していた。

 

 特になにか変わったところはない。

 

 ……サイラス達はそう()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()

 

「……イリアもイリアなんですけど、准将も准将です」

 

 そんなマクシミリアンを、ジト目で見る、アリッサと()()()()()()()()()()

 

「いや、君達、そんな目で見ないでくれる……?俺も、好きでやっているんじゃないんだよ?日頃のストレスが溜まってエグいことしちゃろうかとか、そんなこと思ったことないからね?ね?だから、その目で見るの、やめよう?ほら、ラブ&ピースだよ、ラブ&ピース」

 

「この状態のどこが、ラブ&ピースなんですか?あと、本音が出てますからね」

 

 こんな状況にもかかわらず、アホなことを言うマクシミリアンとツッコむジョセフ。

 

「さて……そろそろだな。サイラスのご高説という時間稼ぎをした今、そろそろ仕掛けてくるぞ、奴さん」

 

 話題を変えるように、マクシミリアンがそう言うと。

 

 

 

 

 

 がっしゃああああああああああああああああんっ!

 

 

 

 

 まるで、硝子が割れ砕けるような音がした。

 

「仕掛けてきましたね。イリアが三人に対して、幻術をしかけました」

 

「だろう?もうとっくに儀式は始まっていた。≪戦車≫のアストラル・コード書き換え作業は始まっていたんだ」

 

 マクシミリアンは特に動揺することもなく、淡々と言い、再び、祭儀室を覗く。

 

 すると、祭壇へ駆け寄ろうとしていたイヴ達が、がくん、と。目を虚ろな状態になって、その場に跪いてしまう。

 

 【月読ノ揺リ籠(ムーン・クレイドル)】の術にかかったのだ。

 

「【月読ノ揺リ籠(ムーン・クレイドル)】は世界を騙すだけではない。普通の幻術同様、人の精神支配もまた可能だ。もちろん、この場合、月光の触媒は必要ない。さて、俺達もそろそろ奴さんに()()()()()するために、動くか……準備は?」

 

「いつでも行けますよ、准将」

 

 マクシミリアンの問いに、ジョセフは応え、アリッサ()は頷く。

 

 一方、祭儀室内では。

 

 サイラスが、虚ろな目のまま動かないイヴ達の元へ悠然と歩み寄る。イヴ達は動けない。動く気配もない。

 

 そして、ナイフを、ぎらりと引き抜いた。

 

 それを、イヴの頭上で振り上げて――

 

「我が栄光の礎となって、死ねぇえええええええええええええええええええ――ッ!」

 

 ――一切の容赦なく、イヴの後頭部へ振り下ろすのであった。

 

「ほいじゃあ、仕上げにかかって、≪戦車≫を救って、さっさと家に帰って寝ましょう」

 

 マクシミリアンはそう言うと、立ち上がり、祭儀室の中に入っていくのであった。

 

 

 

 

 





今回は、ここまで。
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