それでは、どうぞ。
魔術祭典。かつて、北セルフォード大陸の諸国間で行われていた、世界的な魔術競技会だ。参加各国から、魔術師十名で構成された代表選手団を出場させ、いくつかの魔術的試練に挑むことで競い合う、世界的な祭典である。
無論、国が保有する魔導の技術は、軍事や国防に関わる重要なものだ。おいそれと他国の前で晒してよいものではない。
しかし、だからこそ行う意味がある。
この魔術祭典は、参加各国で恒久なる平穏と安寧を願う”平和の祭典”なのである。
しかし、この魔術祭典、北セルフォード大陸の主要国家であるアルザーノ帝国とレザリア王国が冷戦状態に突入してから、何十年も開催されていなかった。
そんな祭典がなぜ、来月に開催されたのかというと、アルザーノ帝国とレザリア王国が関係改善のために首脳会談を開催されることが決まったからである。
この急転直下な会談に、アルザーノ帝国、レザリア王国だけではなく、大洋を挟んだ二大国家、アメリカ連邦とクスコ帝国も参加し、四大国家間の会談を開催される運びとなった。無論、連邦もクスコ帝国も魔術祭典に参加することになっていた。
そして――
聖リリィ校、クライトス校の生徒達を出迎えた後、両校の生徒達は学生会館の大広間へと通された。本日はそこで、顔合わせの交流歓迎会があるのだ。
無論、学院側の生徒達が全て参加することはできないので、参加できる生徒は代表選手候補に選ばれた二十名と、一般生徒達の中からくじ引きで選ばれた生徒達だけだ。
それでも、大広間には総勢二百人近い人数が集まり、かなり大規模な歓迎会となっている。アルザーノ帝国魔術学院・生徒会執行部の生徒会長リゼ=フィルマーが、その辣腕をフル活用して尽力し、盛大な歓迎会が企画されたのだ。
立食形式パーティー会場に並ぶ調度品や料理の数々は、かつての社交舞踏会(ジョセフは出席していなかった)もかくやと言わんばかりの豪勢さであった。
「――というわけで、えー、諸君等は同じく、我らが帝国の未来と栄光を担う同志であるからして、えー、今は確かに代表選手の枠を争い合う敵同士であるが、それは切磋琢磨であることを理解し、えー、だからこそ、全てが終わった後は手を取り合って、お互い協力して、えー、世界を舞台に戦い抜けるよう、お互いを尊敬、尊重し合い、えー―」
(話が長いし、何が言いたいのかわからない。そこは、短くしたほうがええって)
明日から行われる代表選手選抜会の審査員を務めるため、帝国政府から駆けつけた女王補佐官エドワルド卿の壮絶長い退屈な訓示も、やっと終わって。
「それでは、今夜はゆるりとご歓談ください。よい一時を」
最後に、魔術学院側の代表生徒リゼの短い締めで、交流歓迎会は始まるのであった――
(さて、クライトス校の連中はどこにいるかな?)
そんな前回のループでの、歓迎会に降り立ち、ジョセフはクライトス校の集団を探すため周囲を見渡す。
因みに、ジョセフの存在は周りには見えてないらしく、誰もジョセフに気を留めなかった。
交流歓迎会の一角にすえられたテーブルには、二組の生徒達が集まっている。
アルザーノ魔術学院側の代表選手候補に選ばれた、システィーナ、ウェンディ、ギイブル、カッシュの四人が、二組の生徒達に囲まれていた。
かつて落ちこぼれクラスと揶揄されていた――らしいクラスから、四人も出ていることに二組の生徒達はどこか浮かれているような雰囲気を醸し出している。
(まぁ、先生とイヴさんにもっとも多く長く教えを受けていたわけだから、当然っていやぁ、当然かもな)
それでも、二十人中四人も選出したのは、割合的には多い方だろう。
特に、システィーナはもちろん、ギイブル、ウェンディなら、十分に代表選手入りを狙えるだろう。この農家の三男生まれで三人よりも、魔術の修練が遅れているというハンデがあるものの、センスがあり、ワンチャンスあるとジョセフは思っている。
(――なのに、知らずの内にループに陥っているなんて……)
そんなジョセフの先には――
「おおっとぉう?ギイブルにシスティーナ!お前達は余裕だなぁ!?なんだ?やっぱり、お前らは当然のように代表選手入りを狙ってんのかぁ?」
「当然だね。僕は絶対に十人の代表選手に選ばれてやる。僕はこの帝国でのし上がって、家族に良い暮らしをさせてやるんだ。これは僕の力を周囲に示す絶好のチャンスだ」
「ええ、私にも夢や信念があるわ。勝負は水物だし、何が起きるかわからないけど、積極的に代表選手入りを狙っていくわ!」
「さっすが、ギイブルにシスティーナ!この学院でもトップクラスの成績優秀者様達は言うことが違うわ~、羨ましいぜ!な!?ウェンディ!?」
「わ、わたくしも、あのお二方には少々劣りますがトップクラスですわよ!?わたくしが貴方側の人間であるみたいに言わないでくださいましっ!わたくしだって、もちろん、代表選手入りを狙っていますわ!わたくしは、誇り高きナーブレスの家名を背負っているのです!なればこそ、わたくしは華麗に――」
「でも、ウェンディだしなぁ」
「絶対、ここ一番でポカするよね。……ウェンディだし」
「むっきぃいいいいいいいいいいいいいいいいい――ッ!?」
「まぁ、カッシュ。こいつが俺達の期待を裏切ったことなんてないからな。安心と信頼の実績を誇っているからな」
「ジョセフぅううううう――ッ!?貴方、そこに直りなさいッ!こら、逃げないでくださいましっ!」
そんなことも露知らずに、二組の面々(そこには、ウェンディに追いかけられて逃げ回るジョセフもいる)はいつものように大騒ぎしていのだ。
胸が痛い。
特に幼馴染が代表選手候補に選ばれた時は、嬉しかったし、代表に選ばれるのが楽しみだった。
彼女のためなら、サポートぐらいは喜んでするつもりだった。
(なのに……こんなアホな事に巻き込まれて……マジでこの黒幕は何考えてやがる?)
あまりにも意味不明な状況に、ジョセフは頭を抱えた。
そして、ジョセフが頭を抱えていた……その時。
「「せ・ん、せぇ~~~ッ!」」
突然、グレンの方から黄色い声が上がり、何者かが駆け寄って来る気配が迫ってきていた。
「な、なん……どぅうおわぁああああああああああああああああああああああ――ッ!」
グレンが反応するよりも早く、その気配はタックルするように、抱きついてきた。
「スノリア以来ですの!グレン先生っ!」
「あっはははははは――っ!会いたかったぜ~~っ!」
「げぇ!?お前ら!?」
グレンに抱きついたのは、フランシーヌにコレット……聖リリィ校の生徒達だ。
「「「「きゃあああああああ~~っ!先生ぃ~~ッ!」」」」
そして、どどどどどどっ!と、聖リリィ校のその他の生徒達が大挙してグレンに押し寄せ、グレンを津波のごとく呑み込んでいく……
「きゃあ!きゃあ!先生よ!レーン先生よぉ!」
「また、先生に会えるなんて感激ぃ!」
「頑張って候補入りした甲斐がありましたわ~っ!」
「ちょ、待て!?お前ら落ち着けぇ、うぎゃああああああああああ――ッ!?」
何事かと呆気に取られる二組生徒達の前で、もみくちゃにされるグレン。
その後、グレンはジニーと髪の毛を少し伸ばしたエルザに、助けを求めるが、ジニーは発情期の雌猫を止めることを諦め、エルザは腰に吊った刀を抜こうとすると――
「エルザ」
「り、リィエル!?」
リィエルを見た途端、周囲に鋭く冷たく張り詰めた武人の空気はあっという間に氷解し、今度はふわふわと浮ついた甘ったるい空気が急速に発生し始める。
がしゃん、と。エルザの手から力なく零れ落ちる刀……東方剣士の魂。
「エルザ……会いたかった」
「……り、リィエル……わ、私も……ずっと、貴女に会いたかった……の」
「……ん。なんとなくわかる。エルザ、すごく強くなった」
「うん……私もわかるよ。リィエル……貴女はもっと素敵な女の子になったね……」
「……?エルザ?」
「ああ、リィエル……」
「おい、そこ!生産性のないラブコメは後にしてくれ!頼むからぁ!?」
なんか、色々とエルザが危険領域に入ってしまい、グレンのことなどそっちのけになってしまう。
そんなこんなで、聖リリィ校タイフーンに巻き込まれていくと――
「ちょっと!そこ!何やってるの!?」
「私達の先生に乱暴しないでください!」
すると、まるで亡者の群れのようにグレンへ取り縋る聖リリィ校の女子生徒達の前に、二人の少女がこめかみに青筋を立てて颯爽と現れる。
――まるで、バカみたいに、アホみたいに、下らないことで大騒ぎを始める聖リリィ校と二組の生徒達。
そして――
「「「「戦争じゃああああああああああああああああああああああ――ッ!」」」」
ついに大戦争が始まった。
そうこうしている内に、他の学年やクラスの候補者達が、続々と乱闘に加わる。
(そう、バカげていて、下らない……けど、今、こうして見たら、とてもかけがえのない時間)
そんな様子を、ジョセフは眺める。
すると。
「≪お静かに≫」
改変一節詠唱が、小さく、それでいて力強く響いた。
「――ッ!?」
次の瞬間、会場の床一面に魔力の線が走り、巨大な魔術法陣が形成される。
そして、その魔術法陣から大量の蔦が生えて出現し、暴れ回る生徒達を片端から搦め捕って、雁字搦めに拘束していく――
(あの男は)
ジョセフは、改変一節詠唱で魔術を起動した、男子生徒を見る。
その身に纏う制服は――クライトス魔術学院のものだ。
柔らかな金髪、貴族然とした佇まい、まるで彫像のように整った甘く美しい顔立ち。いかにも夢見がちな乙女が、思わず溜め息を漏らしてしまいそうなほどの美少年だ。
「せっかくの歓迎会です。今宵はもっとお互い、穏やかに交流を楽しみましょう――なにせ、貴方達が楽しめるのは、今日が最後なのですから」
そう言って、その少年は不敵に笑い、無様に拘束された一同を睥睨するのであった。
(思い出した。凄まじい魔術の技量と魔力容量――とてもではないが、学生レベルとしてはトップクラスであろう、この男の名は――)
「レヴィン=クライトス」
誰かが、ぼそりとそう呟くが、誰も反応できない。
(レヴィン=クライトス……クライトス分家の御曹司……クライトス主家筋レオスの従兄弟。レオスに負けず劣らずの天才的な魔術の才の持ち主と謳われ、レオス亡き今、クライトスの次期当主の座にもっとも近いとされる男……)
クライトス家。この家名を聞いてジョセフは、あまりロクな思い出がなかったと溜め息を吐いた。
(クライトス家……現在、この家は主家筋とクライトス魔術学院を設立した三男坊から続く分家筋の間で後継者争いを起こしているいわくつきの家だ。前はグラハム、そして息子のレオスがいたから、主家と分家の均衡は保っていたが、グラハムが、続いてレオスが亡くなった今、主家筋は分家筋に押されている形になっている。……いや、ほとんどの確率で次期当主は分家筋……レヴィンがなる可能性が高い)
ジョセフは、この時、何か臭いなと目を細めた。
(まさか、な)
そう、ジョセフが今回のループの背景に心当たりがある中。
「正直、がっかりですね。今宵、ここには帝国中からもっとも優秀な生徒達が集まってくる……と聞いていたのですが。まさか、この程度の小技で気圧されるなんて」
そんな、レヴィンの言葉に、誰もがむっとする。
だが、誰も反論はできない。
「正直、僕にはライバルがいません。共に限界を競える……切磋琢磨できる好敵手がいないんです……昔からね。ここに来れば、そんな心躍らせてくれる御方に出会えるかと思っていたのですが……しょせんは儚い夢でしたか」
そんなレヴィンを前に。
システィーナがルミアを抱えて、レヴィンの前に現れ、術式介入で消滅させて周辺の生徒達をまとめて縛めていた蔦を消滅させた。
あの一瞬、咄嗟に疾風脚で跳び、あの蔦地獄からただ一人、逃れたのだ(ジョセフ、アリッサ、リン、リゼ、ジャイルは無事だった)。
そんな中。
(……ん?)
ふと、そんな様子を余所にジョセフは周囲を見る時に気付いた。
とある身なりの良い老人の傍らに侍る女子生徒が、システィーナを遠くからじっと見つめている。
あの老人は確か、クライトス魔術学院の学院長ゲイソン=ル=クライトス。
そして、その傍らに佇む、金髪を三つ編みに纏めた女子生徒は、その制服の造形から察するにクライトス校の生徒であるようだ。その顔立ちは心なしかレヴィンと似ており、レヴィン同様、非常に美しく整っている。
(彼女は?)
ジョセフは、その女子生徒を見つめる。
隣にいるゲイソンの傍に佇んでいるのだから、クライトス家の人間なのだろうか。
それに、彼女はあの時のフラッシュバックで見覚えがあった。
と、なると。
(彼女が……エレンか?)
ジョセフは女子生徒――エレンを見て、目を細める。
(そういえば……レオスには妹が一人、いたな……確か名前は……
ジョセフは、以前、レオスの身辺調査で得た情報を思い出す。
だが。
(なぜだ?)
ジョセフはなぜ、エレンが代表選手選抜会にいるのか、疑問に思っていた。
エルザのように付き添いできたというのも考えられるが、この様子から見るとそうは思えない。
となると、代表選手候補でここに来ているということになる。
だが、ジョセフはそこに疑問を持っていた。
(レヴィンはあの技量から見て、代表選手候補に選ばれているのは理解出来る。だが、エレンの場合、レオスやレヴィンとは違い、
そう、本来は代表選手候補に出られるほどのレベルじゃないのだ。
クライトス分家出身のレヴィン。
クライトス主家筋出身のエレン。
そして、クライトス家。
今、この家は主家筋と分家筋との間で次期当主の座を巡って内紛状態である。
(このループが起きている背景……存外、この家が関わっているかもしれんな)
少なくとも、エレンのシスティーナと張り合うまでの異常なまでの成長も見る限り、エレンが今回の突破口なのは明白だ。
(ここで、仮説。もしエレンがこの事態を引き起こしている黒幕であるならば……)
だが、そうとなると……
(いや、今はエレンを――って、うん?)
ジョセフはエレンから時計のような物がちらりと見えた。
懐中時計みたいな形で結構古い。高級な時計だということは間違いない。
(あの時計……なんか見たことあるような……実物ではなく、母からの話とか本かなにかで)
ジョセフはその時計を見て、目を細める。
エヴァは魔導考古学に興味があり、ボストンに居た頃も、そういう話は本を開きながらよく見せていたものだ。
だから、その影響か、システィーナ、エヴァ程でもないが、それなりに知識がある。
(……これは、調べる必要があるな)
あの空間の狭間に戻り、学院の附属図書館の地下書庫区画に行く必要がある。
あそこは、封印書庫のはずだったが……まぁ、そこはこのなんでもありの刀でなんとかしよう。
とにかく。
(……一人でしかも誰も頼れる奴がいないが、やるしかない。それしか今は方法がないエレンの背後を調べながら、あの時計を調べる……時間がかかるな)
だが、ぐずぐずもしていられない。
ジョセフは次の行動を決めると、歓迎会の扉を開け、空間の狭間に戻るのであった。
今回は、ここまで。