今、競技場では『殲滅戦』が繰り広げられていた。
各クラスから選ばれた選りすぐりの生徒達が存分に魔術の腕を振るい、魔術戦を激しく繰り広げていた。
そのフィールドの状態を観客席ではある一人の生徒を注目し、歓声を上げていた。
正確には、彼の戦い方に注目して、歓声を上げていた。
『ああっとぉ!?八組と六組の選手がここで脱落だぁああああああ――ッ!』
鬱蒼と茂る森の中で、ついさっきまで魔術戦を繰り広げた六組と八組の生徒が、どこからともなく撃ってきた【ショック・ボルト】に被弾し、脱落する。
どこからともなく撃たれる恐怖、敵は正面だけではない、一時的に組んで敵を撃破しても今度はその生徒と撃ち合う。そんな今まで味わったことのないスリルを選手たちは味わっていた。
その中で。
『さっきの【ショック・ボルト】を撃ったのは、二組のジョセフ君!彼はこれですでに四名倒してる!いやぁ、これは凄い!』
「す、すごい……」
「こんな短時間で四人も倒すなんて……」
観客席にいる二組のクラスの生徒達はジョセフの戦いぶりを唖然として見守っていた。
(そりゃそうだろ。現役の軍人がたかが学生に負けるわけねーだろ)
一方、グレンは今までの結果を見て当然の結果と思いながら、眺めている。
ましてや従軍経験者なら尚更、学生では歯が立たない。
「まぁ、こういう競技はアメリカ人の独壇場っていうか、とにかく連中は『勝ち』にこだわるんだ。もちろん、ルールに反しない範囲でな。連邦の競争社会の中で『勝つ』ことがどれだけ自分に利益をもたらすのか連中はそれをわかってるのさ」
「そ、そうなの?」
ん、とグレンは頷いた。
「あいつはとにかく勝ち方を知っているっつーか、まぁとにかく手段を選ばない。たとえ周りが卑怯だと騒いでも、『そんなの知らん』っていう感じでどこ吹く風だ。まぁ、とにかく図太い神経の持ち主というか…そういう意味では確かにアメリカ人だ。そういうやつにこの競技で敵う奴はなかなかいやしない」
「そ、それで彼をこの競技に……」
システィーナはこれまでのジョセフの行動を思い出す。言われてみれば、確かに誰もやらないこと、やらないほうがいいことをジョセフは平然とやってのけていたのだ。他の講師が眉を顰めようとも。
「結果が良ければそいでええやろ?」
と言ってまったく意に介さなかった。
「しっかし、まぁ、なんだ……」
グレンは呆れ顔で、ジョセフの戦いぶりを見る。
「……さすがに俺もあの発想はなかったというか、そもそもできないというか…いや、俺も魔術師らしくないと自分でも思っているが、あいつは俺以上に魔術師らしくないな…うん」
これは流石のグレンも予想がつかなかったらしい。
「なぁ、カッシュ…あれ、できるか……?」
「ははは…何を言ってるんだカイ。あんなのできたら、苦労なんてしねえよ」
なんかすごいものを見たような顔でカイがカッシュに聞き、カッシュは悟りを開いたかのような顔でそう答える。
「だってよ……」
そう、二組の生徒達、否、今、競技場にいる全員がジョセフに対し、思っていること。それは――
「「「「――木の上を走るなんて、んなことできるかぁああああああああああああ――ッ!」」」」
そう、ジョセフは木の枝を、まるで道を走るかのように駆けていたのだ。
競技が開始されたのと同時に、ジョセフは木を登り、枝の上を駆け、木から木へ飛び移り、木の上から【ショック・ボルト】で四人倒していたのだ。
ジョセフは一旦、木の幹に寄りかかるように止まり辺りを見回す。
※ここからはジョセフ=スペンサーの遊びと二組の生徒達の反応をお楽しみください。
「あいつ…やっぱり魔術師らしくねー……」
「あ、ジョセフ君が木から飛び降りたよ!」
「遂に地上を…って速ぇえええええ――ッ!?」
「しかもこれ…二人組のところに…確か三組と九組の選手のところに向かってません?」
「逃げてぇええええええ――ッ!二人共今すぐ逃げてぇええええええええ――ッ!」
「あぁ…二人共、【ショック・ボルト】の餌食に……」
「こ、これで六人かよ…やべえな……」
「残りの三人組がジョセフを狙い始めましたわよ!」
「うへぇ、あいつら一気にジョセフを潰す気だ……」
「一組と四組と五組…どれも優秀な人達ばかりなんだけど…大丈夫か……?」
「ん~まぁ、なんだかんだいって大丈夫じゃね?」
「うん、ジョセフ、めちゃくちゃ煽ってるね」
「いや、煽るなよ!」
「三人とも…かなり怒ってるよ……」
「それでも煽り続けるアメリカ人の鑑」
「でも…躱してますね」
「そして、さらに煽るという……」
「……遊んでますわね……」
「……遊んでるわね」
「いや、三人、めっちゃ本気出してるのに、それでも遊んでられるって……」
「そして、三人の周りをぐるぐる回りながら煽るジョセフ」
「『ねぇ、本気になっても当たらないってどんな気持ち?ねぇねぇどんな気持ち?』みたいな顔してるんですけど……」
「いや、だから煽るなよ!」
「屈伸まで始めたよ……」
「これは酷い」
「『竹書房ゥァア゛』って言ってるねー」
「何だよ、竹書房ゥァア゛って!?」
「『下手くそなんだよ!バーカ!ヴァーカッ!』」
「悪口が完全に子供レベルな件について……」
「『ほらほら!かかって来いよ!タマ無し野郎ッ!』」
「口悪ッ!?」
「……ジョセフって、元・貴族の子息だよね?」
「連邦に行くと口が悪くなるのかな?」
「ハーレイ先生、顔中、青筋だらけになってるよ……」
「そうなるよな……」
「お?ジョセフの動きが止まったぞ」
「……もしかして、そろそろ本気を……?」
「あー、なんかすごい飽きたって顔してるな。あれ……」
「さて、どう決着をつける気なんだろうか…って……」
「「「「えぇええええええええええええええええええ――ッ!?」」」」
「なんじゃありゃぁああああああああああ――ッ!?」
「三人組の周りに無数の【ショック・ボルト】が!?」
「もしかして、煽っていながら、これを仕掛けていたの!?」
「あ――」
「…………」
「…………」
「「「「………………………………………」」」」
「……終わりましたわね」
「終わりましたね……」
「なんか…うん…すっげぇあっけない終わり方だったなぁ……」
「えっと…とりあえず、これ、ジョセフ君の勝ちだよね……?」
「そうだな……」
「ハーレイ先生、真っ白になってるよ……」
「……なんか、疲れたわ」
「ええ…疲れましたわ……」
本来は喜ぶべきなのに、二組の生徒達はどっと疲れがきた。
「終わったで~、生き残ったで~…って、皆えらい疲れてんな。どうしたん?」
一方、終わって戻ってきたジョセフは、なぜか疲れていたクラスメート達を見て、不思議そうに首を傾げていた。
魔術競技祭、午前の部、最後の競技が始まる前の空き時間にて。
「ねぇ、先生……」
その時、気が気ではなかったシスティーナは、隣でだらしなく腰かける――主にジョセフが原因で――グレンへ不安そうに声をかけた。
「その…今からでも、ルミアを他の子に変えない?」
「はぁ……?」
いかにも、お前何言ってんの?みたいな表情をシスティーナに向けるグレン。
「だって、あの子の競技は……」
システィーナは中央のフィールドに目を向ける。そこには次の競技に備えて待機する生徒達の姿があった。出場者は十人、等間隔で円を描くように定位置に並んでいる。その中の一人に、やや緊張した面持ちでたたずむルミアがいる。
「『精神防御』…やっぱり、こんな過酷な競技、あの子には無理よ……ッ!」
システィーナは必死にグレンへ訴えかけるが、グレンはどこ吹く風だ。
競技『精神防御』。精神汚染攻撃への対処法は魔術師の必須技能の一つであり、この競技はその能力を競うためのものである。具体的には精神作用系の呪文を、白魔【マインド・アップ】と呼ばれる自己精神強化の術を用いて耐えるという形で競わされる。そして、少しずつ受ける精神汚染呪文の威力は上がっていき、最終的に正常な精神状態を保って残った者が勝者となる敗者脱落方式の耐久勝負だ。
「見てよ!他のクラスの出場者は皆、男の子じゃない!女の子はルミアだけよ!?」
システィーナの指摘通り、いかにも精神的にタフそうな男子生徒達が揃い踏みする中、ルミアだけが紅一点だ。
「お、おい…見ろよ…大丈夫なのか……?」
「女の子がこの競技に出場するなんて……」
「あのクラスの担当講師は一体、何、考えてるんだ……?」
そんなルミアの姿に違和感を覚えているのは、システィーナだけではないらしい。観客席の四方から戸惑いの声が上がっていた。
そんな空気を読めてないのか、あるいは読んでいるのか。
ルミアは困惑の視線を一身に集めながらも、観客席に座る自分のクラスメイト達に向かって小さく手を振りながら、にこにこと笑っていた。
「ははっ…あなたもひどい人だ、先生」
グレンの背後から皮肉げな笑いと言葉が上がった。システィーナがちらりと横目を向ければ、そこには口の端にひねた笑みを浮かべるギイブルが座っていた。
「あなたは去年の競技祭の時、この学院にいなかったから、この競技の過酷さを知らなくても無理はないのでしょうがね。この『精神防御』…去年は軽度の精神崩壊を起こして三日間くらい寝込む者が続出したんですよ?そんなことも調べてないんですかね?」
「………」
グレンは無言だった。
「それにほら、見てくださいよ。彼女の隣を」
ギイブルはルミアの右隣にいる生徒を指差す。
そこにはやたら迫力のある生徒がいた。魔術師らしからぬがっしりとした体格はルミアの二回り三回りも大きい。赤く染めた髪に、日焼けした浅黒い肌。顔立ちは常に何かに苛立っているかのような強面、夜道で不意に出会った女子供の誰もが泣いてしまうこと請け合いだ。指輪やネックレス、ピアスにブレスレットなど、なんの魔術的効果もない銀細工のアクセサリを体の至る所に身につけており、制服の袖はまくりあげられ、肩に入れ墨の入った筋肉質な腕がさらされている。
道を歩けば、往来の札付きチンピラすら避けて歩きそうな、威圧感と迫力をまとうその生徒の名は――
「五組のジャイル。没落貴族や商家の次男三男が集まる不良チームの頭だの、暴力事件を起こしてよく警備官のお世話になっているだの、色々と悪い噂が絶えない生徒さ」
ふん、とギイブルは忌々しそうに鼻を鳴らした。
「だが、それでも彼は去年の『精神防御』の勝者だ。他の追随を許さぬほどの大差をつけた、ね。やれやれ、素行はともかく精神力の強さだけは本物らしい」
「た、確かに…気合入ってそうな人だしなぁ……」
システィーナが納得したようにうめく。基本、誰もがインテリ然と澄ましているこの学院の生徒達の中で、ジャイルの異彩ぶりは見ていて目眩がするほどだ。
「ま、彼のことはさておいて、です。先生、くらなんでもこの競技に初出場のルミアを彼にぶつけるのは酷なんじゃないですかね?」
「………」
「事実、いくつかのクラスはジャイルが出場するというだけでこの競技を捨てにかかっている。ハーレイ先生の一組に至っては、この競技に限り足手まといの成績下位者を特別に送り込んでいる始末だ。まぁ、合理的な判断ですね。この競技は一位抜けの人にしか得点が入りませんし、下手に主力を送り込んで壊されてしまったらたまりませんから」
「………」
「まさか…とは思いますが。先生、彼女…ひょっとして捨て石のつもりですか?」
そんなギイブルの言葉に、システィーナがはっとしたようにグレンの横顔を見る。
グレンは手を組んで顎をのせ、両肘を両膝の上にのせた格好で沈黙を保っている。
「ああ、なるほど。彼女は治癒系の白魔術は得意ですが、それ以外はそうでもない…そこそこ、こなしはしますがね。今回、治癒系の呪文が役に立つような競技がない以上、他の戦力温存のために、彼女をここで使うのは実に合理的だ……」
「…………」
「ははっ、いやいや、たいした戦術眼ですよ、先生。吐き気がしますがね」
グレンは無言。先ほどから何も言わずに目を閉じたまま、だ。
その沈黙は…何よりも雄弁な肯定なのではないだろうか。
「先生…嘘、ですよね?先生に限って、そんなことするわけないですよね……?」
システィーナが不安げにグレンに呼びかける。
だが、グレンが返答する気配はない。グレンのことを信じてはいるつもりではあるが、その態度はどうにも不安にさせられる。
「……と、まぁ、ギイブルのあまりにも的外れな推察を聞いたところで……」
その時、不意にそう言ったのはジョセフだった。ジョセフの声に、システィーナとギイブルが振り返る。
「的外れとはどういうことだい?ジョセフ」
「そのまんまの意味です」
ジョセフはギイブルに対し、そう言うと。
「さて――」
ジョセフはグレンの前に出て――
「お昼ですよ~」
「ぎゃぁああああああ――ッ!?」
ジョセフはグレンのこめかみに両手をグーにし、グリグリグリグリ、としていき、グレンは悲鳴を上げる。
グレンはいつの間にか盛大に眠りこけており、人の話など何一つ聞いちゃいなかった。
システィーナとギイブルが頬を引きつりながら、絶句している。
「な、何しやがるんだ、ジョセフッ!せっかく人が節約待機モード入ってんのに!?」
「うるさい!わけのわかんないこと言わないでッ!」
グレンがジョセフにぎゃんぎゃんと吠えながら抗議すると、我に返ったシスティーナは遠くにいるルミアを指差し、まくし立てる。
「それよりも、今のギイブルの話、本当なんですか!?本当にルミアを戦術的な捨て石としてこの競技に送ったんですか!?」
「はぁ……?」
「もしそうだったら…いくら先生でも、私、絶対に許さないんだから……ッ!」
微かな怒りと戸惑いに肩を震わせ、システィーナが必死にグレンを睨みつけてくる。
「……話がまったく読めんが」
グレンは面倒臭そうに頭をがりがりと掻いて、言った。
「ルミアが捨て石?…はぁ?お前ら、何言ってんの?」
「え?」
(捨て石?んなわけねぇだろ)
ジョセフはギイブルの推察を胸中で鼻で笑いながら、一蹴していた。
そもそも、グレンは本気で勝ちにいくと言っている。そのため、全部の種目ではそれぞれの長所を活かした生徒を出場させている。
そう、捨て石なんていう考えはないのだ。
それに、やはり地力の差は一組と比べると、かなりあるというのに、捨て石なんていうのはかなり無駄な行為なのだ。
『あー、あー、音響術式テス、テス。えー、時間になりましたので、ただ今より「精神防御」の競技、開始します!』
響き渡る実況の音声に、観客席から歓声が上がる。
『ではでは、今年もこの方にお出まし願いましょう!はい!学院の魔術教授、精神作用系魔術の権威!第六階梯、ツェスト男爵です!』
すると、参加生徒達が組んでいる円陣の中心に、突如どろんと煙が巻き起こり、燕尾服にシルクハット、髭といった伊達姿の中年男性が現れた。
「ふっ、紳士淑女の皆さん、ご機嫌よう。ツェスト=ノワール男爵です」
比較的紳士な短距離転移魔術で、芝居げたっぷりに現れた男が一礼する。
「さて、それでは早速、競技を開始しよう。選手諸君、今年はどこまでこの私の華麗なる魔技に耐えられるかな……?」
ごくり、と。参加選手達の何人かが唾を呑んだ。
『それでは第一ラウンド、スタート!ツェスト男爵お願いします!』
「それではまず、小手調べに恒例の【スリープ・サウンド】の呪文あたりから始めてみようか…いくぞ!」
こうして、『精神防御』の競技が始まった。
「≪身体に憩いを・心に安らぎを・その瞼は落ちよ≫」
ツェストが白魔【スリープ・サウンド】の呪文を唱える。
「≪我が御霊よ・悪しき意思より・我が識守りたまえ≫」
同時に、生徒達が対抗呪文として白魔【マインド・アップ】を唱えていく。
生徒達が呪文を完成させた直後、ツェストが自分を取り囲む十人の生徒へ、等威力で一斉に術をかけた。音叉を叩いたような音が波紋のように周囲に染み渡っていった。
呪文の威力が場に拡散していき――
『ね、寝た――ッ!?第一ラウンドでいきなり脱落したのは一組、ハーレイ先生のクラスだぁあああああ――ッ!?』
地べたに倒れ伏してぐっすりお眠りになった生徒に、観客の失笑が集まった。
『ちょ、これ完全に捨て駒だ――ッ!?やる気なさ過ぎでしょハーレイ先生ッ!?』
「うーむ、私としては、もうちょっと耐えて欲しかったのだがね……」
『まぁ、去年の覇者、五組のジャイル君がいますからねー、きっと主力温存作戦でしょう。彼の勝利がもう決まっているようなものですから、イマイチ盛り上がりも欠けますしね。というわけで、実況の僕としては、紅一点、二組のルミアちゃんがどこまで残れるか…これが見所だと思うんですけど、どうです?男爵?』
「ふっ、そうだな。可憐な少女がどこまで私の精神操作呪文に耐えてくれるか、いたいけな少女の心をどのように汚染し尽くしてやるか、実に楽しみだ…ふひ、ふひひ……」
男爵が気持ち悪い薄ら笑いを浮かべながら、ルミアを一瞥する。
「……おい」
それを聞いたジョセフは、顔を引きつりながらそう言う。
流石のルミアも、これは脂汗を垂らして思わず一歩引いていた。
『うわぁ…ここで男爵、まさかの嫌な性癖大暴露…ていうか、男爵ってまさかそういう変態的な人だったんですか?』
「何を言うか、私は断じて変態ではないッ!私はただ、喪心しちゃったり、心が病んじゃったり、混乱しちゃったり、恐慌を起こしちゃったりした女の子の姿に、魂が打ち震えるような興奮を覚えるだけだッ!」
『変態だァアアアアアアアアアアアア――ッ!?』
あいつ、クビにしよう。学院長リックが密かにそう心に決めたことも露知らず、男爵は次々と威力を高めながら精神操作系呪文を唱えていき、生徒達も必死に【マインド・アップ】を唱えて対抗し、ラウンドは着々と進んでいった。
「ツェスト男爵の白魔【コンフュ―ジョン・マインド】の呪文、決まった――ッ!?うわぁ、やばい!?八組の選手耐えきれなかったぁあああ――ッ!?」
「あばばばばばばばばばば…暑い!暑い!」
「ぎゃああああ――ッ!?ちょっと君!男子生徒に脱がれても私はちっとも嬉しくないのだが!?どうせならルミア君――」
『おい、やめろ!少しは欲望隠せよ、このバカ男爵!救護班、早く八組の人連れてって!精神浄化!精神浄化!』
「連邦だったら、わいせつ容疑で逮捕だな……」
「次は白魔【マリオネット・ワーク】だ!皆を私の操り人形にしてせんじよう!さぁ、踊れ!」
『ぷっ!だっははは――ッ!?耐えきれなかった十組の選手、踊りだした――ッ!ていうか男にセクシーダンス躍らせんな、バカ男爵!キモいんだよッ!?』
「彼、ベガスのばゲイバーで人気者になるんだろうなー(棒)」
「……ちっ」
『ちょ、男爵、アンタ何、ルミアちゃんの方見て舌打ちしてんの!?いい加減にしろよこの変態エロ親父ッ!?』
「おまわりさん、この人です」
吹き荒れる精神汚染呪文の嵐。大方の予想通り『精神防御』の競技は去年同様、阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を成し始めていた。
だが、盛り上がる競技フィールドとは裏腹に、当初、観客席は冷めていた。なにしろ傍目には地味な競技だし、何より結果がもう見えているのだ。
五組のジャイルが勝つ。それが大方の予想であり、実際、どんどん威力が高まる精神汚染呪文を前に、ジャイルは冷めた目で平然と立っている。
「だ、男爵…俺、実は男爵のことがずっと好きで……」
「ぎゃああああ――ッ!?嫌ぁああああ――ッ!?じ、蕁麻疹がぁあああッ!?」
『く、腐ったぁああああ――ッ!?男爵の下心全開の白魔【チャーム・マインド】!ド裏目だぁああああ――ッ!?ていうか、ホント誰かなんとかしろよ、この変態犯罪貴族!救護班はとりあえず精神浄化!ついでに男爵の頭も浄化したれ!早く!』
「……こりゃ、どこも女子を出したくないわな」
「今度は白魔【ファンタズマル・フォース】の呪文で、名状し難き冒涜的な何かの幻影を見せてしんぜよう!我が秘奥が見せる宇宙的脅威、存分におののくがよい!」
「ぁあああああああああ――ッ!?嫌だぁあああああああああ――ッ!?」
「うわぁああああ――っ!?やめろぉお!?それだけはヤメロォオオ――ッ!?」
「ああ、窓に!?窓にィ――ッ!?」
『正気を失い、狂気にのたうつ選手達!ちょ、やり過ぎでしょ男爵!?救護班、精神浄化急いで!ていうか毎年思うんだけど、なんでこの競技、禁止になんないの!?』
「それは変態男爵がいるからです」
だが、ラウンドが進んでいくうちに、ざわざわと観客席はどよめき始めた。
この過酷な競技、真っ先に脱落すると思っていた二組のルミアがいつまでも残っている。しかも他の選手達のように頭をかきむしったり、爪を噛みながら必死に耐えようとしているわけではなく、平然としているのだ。まるでその隣のジャイルのように。
あれ?ひょっとして…まさか?
観客席の生徒達の疑念はだんだん大きくなっていき――
それは次第に期待へと変わっていき――
「アァアアアアアアアアッ!?、”!#$$%%ッ!?アアアアアァアアアアアアアア$#%$$”#$――ッ!?オワァ!オワァ!オワァアアアアアアアアア――ッ!?」
『九組いきなり両手で地面を叩きながら奇声を上げ脱落――ッ!?なんと、誰が予想したでしょうかこの展開――ッ!?これで五組代表ジャイル君と、二組代表ルミアちゃんの一騎討ちだぁあああああ――ッ!?』
この予想外の展開にいつの間にか観客達は盛り上がり、今、大歓声を上げていた。
「う、うそ……」
観客席でルミアを見守っていたシスティーナは唖然としていた。
「こ、こんなことが…ここまで強かったのか…彼女……」
常に冷めた態度を崩さないギイブルも動揺を隠せないようだった。
そんな二人を他所に。
(白魔【マインド・アップ】は、素の精神力を強化させるだけの呪文だ。元々の精神防御力が強い者ほど…肝が据わっている奴ほど大きな効果がある。そこで、精神力がずば抜けて強い、ルミアが適任っちゅうことや。彼女は平時でも常に死の覚悟ができている。こんな奴は軍にもなかなかいやしない。それが彼女の強みでもあり、同時に危うい面でもあるのだが……)
ジョセフは、そう内心で呟く。
「しっかし、あのジャイルという奴も大概やないですか?一体、どういう修羅場潜って来たんですかね?」
ジョセフは呆れ顔で、ルミアと同じく平然とその場に残り続けるジャイルを見る。
「まったくだ…ルミアに任せりゃ楽勝だと思ったんだがな。仕方ない、万が一の時は……」
ジョセフの言葉に同調するグレンは、親友を夢中で応援するシスティーナのかたわら、一人静かに覚悟を固めていた。
一方、競技フィールド上では、この予想外の展開に男爵も困惑気味だった。
(まぁ、そりゃ困惑するよな……)
心身共に屈強なジャイルはともかく、傍から見れば、可憐でか弱い少女がここまで残るとは思っていなかったのだろう。
(実際、男爵はふざけたことを言っていたが、本気でやってなかったとはいえ、手ェ抜いてなかったしな)
『とうとう来ました!第二十七ラウンドからは【マインド・ブレイク】だ――ッ!?子の呪文はあらゆる思考力を一時的に破壊する、精神操作系の白魔術の中では最も高度で危険な呪文の一つ!下手をすると相手を一瞬で廃人に追いやってしまうこともある恐怖の呪文だぁあああああ――ッ!?』
(マジかよ…いや男爵もそこまでは強く唱えないだろうし……)
ジョセフがそう思っていた時、ツェスト男爵が粛々と【マインド・ブレイク】を唱えた。
応じて、ルミアとジャイルも【マインド・アップ】を唱える。
男爵の呪文が起動し、キーンとかん高い金属音が辺りに響き渡って……
「それでも、結構強いな~。ありゃ男爵、ちょい本気になってるだろ……」
それでも、ルミアとジャイルの意識は一瞬、返答に間があったが、しっかりしていた。
『なんと【マインド・ブレイク】すら耐えたぁあああ――ッ!?凄い!この二人は本当に凄いぞぉおおお――ッ!?』
この熱い展開に、どっと沸き立つ観客席。
(いや、あれ、けっこう強めだったぞ?それでも立ってられるって、どんだけ、肝強いんねん)
流石のジョセフも、これには舌を巻いていた。
戦争経験者ならともかく、二人とも戦争なんて経験していないにも拘わらず、この精神の強さである。
舌を巻かずにはいられなかった。
そうこうしている内に、第二十八ラウンド、二十九、三十、とラウンド数が上がっていくがそれでも二人は耐える。
そして――第三十一ラウンド。膠着状態だった戦況に変化が訪れた。
『ああ――ッとぉおおお!?ここでルミアちゃんがよろめいたぁあああ――ッ!?』
初期と比べるとかなり威力が上がった【マインド・ブレイク】の呪文によって、喪心を引き起こす金属音が辺りに一際強く、鳴り響いた瞬間。
とうとう、【マインド・アップ】の守りを貫通したのだろうか。
ぐらり、とルミアの体が傾いていた。
「ルミアッ!?」
バランスを崩し、がくりと片膝を折って無言でうつむいているルミアに、システィーナが叫ぶ。
『一方、ジャイル君はまったく動じず仁王立ちしたまま!こ、これは流石に決まったかぁあああ――ッ!?』
「うっそだろ!?あいつどんだけ強いねん!?」
ジョセフは仁王立ちしているジャイルに、改めて舌を巻く。
そして、競技フィールドでは――
『な、なんとぉおおお――ッ!?続行です、続行――ッ!?まだまだ勝負の行方はわからない――ッ!?』
競技フィールドを見ると、ルミアがよろつきながらではあるが、立ち上がっていた。
「先生、これ以上やったら……」
「ああ、ここいらが潮時か……」
ジョセフがグレンにルミアの状態を危惧すると、グレンはルミアの下に向かう。
実況のアナウンスに観客達が総出で大歓声を上げた。紅一点だった少女の最後の奮闘に会場のテンションは最高潮だった。ここまで来ると、誰もが見てみたいのだろう――可憐な少女が屈強な男に勝つその光景を。
会場の期待が渦巻き、それに応じるように実況が声を張り上げ――
『では!張り切って行きましょう!次は第三十二――』
「棄権だ!」
突然、上がったその叫びに、会場が水を打ったように、しん、と静まり返った。
『え、えーと?今、なんておっしゃいましたか?二組の担当講師グレン先生……』
「棄権だ、棄権。二組は第三十一ラウンドクリア時点で棄権だ。何度も言わせんな」
微妙な沈黙が競技場全体に流れていく。
『な、なんと…二組のルミアちゃん、棄権…これはまた、あっけない幕切れ……』
実況が残念そうに呟いた、次の瞬間。
ふざけんな、最後まで勝負させてあげろ、ひっこめ馬鹿講師!
嵐のような大ブーイングが観客席から巻き起こった。
だが、そんなだいひんしゅくの空気をまったく意に介さず、グレンは突然終わった勝負に放心するルミアの頭に手をのせ、ねぎらいの言葉をかけていた。
「まさか、あのジャイルってやつ、ここまでやるとはなぁ…あれ、もう不良の域を超え取るで」
「ええ、本当に何の修羅場をくぐり抜けたらあんな風になるのよ……」
ジョセフは、仁王立ちをしているジャイルを一瞥し、システィーナもジャイルの肝の強さに頬を引きつっていた。
「あ~あ、ティンジェル、しゅんとしちゃって」
「無理もないわよ。クラスの優勝に貢献したかったし、それで張り切ってたし」
「それにしても、ジャイルはいつまで仁王立ちしてるんだ?」
「確かに…なんか様子が変ね」
落ち込むルミアとグレンを見て、ジョセフとシスティーナは再びジャイルの方を見ると、あれからずっと仁王立ちしているジャイルを不思議そうに見て、首を傾げていた。
そうこうしているうちに、実況の話題は勝者インタビューに移ったようだった。観客の意識を、なんとかブーイングからそらそうと実況は必死のようだ。
『えー、それでは、去年に続いて見事、「精神防御」の勝負を制した五組代表ジャイル君。何か一言お願いします』
実況がそう言った後、ツェスト男爵がジャイルに呼びかけるが反応がない。
「あれ?」
まったく微動だにせず終始無言を貫くジャイルに、ジョセフは不審に思う。
それは男爵も同じで、不審に思いジャイルの顔を覗き込む。
その途端、男爵の顔色が変わる。
『おや?どうかしましたか?男爵』
「じゃ、ジャイル君はすでに――」
『え?ジャイル君がどうしたんですか?』
「た、立ったまま気絶している――」
『……は?』
今の今までグレンに対するブーイングの嵐だった場内が、再び静まり返る。
「……はい?」
ジョセフもまさかの展開に、目を点にする。
「東方の、どこぞの僧兵かな?」
『えーと?ということは……?』
「……ルミア君の勝ちだろう。棄権したとはいえ、第三十一ラウンドをクリアできなかったジャイル君に対し、ルミア君は一応、クリアはしたからね」
数瞬の間。そして――
『……な、なんとぉおおおお――ッ!?なんというどんでん返し!この勝負を制したのは紅一点、二組のルミアちゃんだったぁああああ――ッ!?』
再び爆音のような大歓声が渦巻いた。
「……マジかよ」
ジョセフはまさかの、そのまさかの展開に目を白黒させていた。
システィーナはルミアの下に駆け寄り、体当たりするかのように抱きついていた。
他の、二組の生徒達も観客席から飛び降り、一直線に駆け寄って来てルミアを囲み、その健闘を次々と口早に讃えていく。
「あるぇ~?俺の時は讃えるどころか、皆疲れていたような顔していたのに、この差は一体なんなんだろう?」
ジョセフは自分も優勝に貢献するような活躍したのに、ルミアとこの扱いの差は何?という複雑な気持ちを抱きながら、一人でそう呟き。
「ま、いっか」
やがてそう考え、遠巻きにその様子を眺める。
そして、ルミアは――
「ありがとう、みんな!」
嬉しそうに笑っていたのだった。
それは何一つ曇りも憂いもない、花のような笑顔だった――
眠いでござる
こうして、ジャイルは、武蔵坊ジャイルに改名しました。(笑)
九組の選手は、キーボード・クラッシャーになりました(笑)