それでは、どうぞ
――――。
――ジョセフはひたすら歩く。
ジョセフが降り立った場所は、まったく見知らぬ世界。
見渡す限り、無限に広がる草原と遠く山々が連なる世界だ。
前方には緩くうねるような街道が、地平線の果てまで続いている。
ジョセフはその街道をずっと真っ直ぐ歩く。ひたすら歩く。
(そう。冷静に考えてみりゃ、エレンは、繰り返しを辞めなかったんじゃない。
ジョセフはエヴァから聞いた≪ル=キルの時計≫の情報を思い出しながら、今回の事態の裏側をまとめていく。
(俺は、当初、エレンがこのループを引き起こしている黒幕だと思っていた。周回記憶を引き継いでいるということがエレンが黒幕だと思い込んでいたんだ。……だから、その背後に隠れていた真の黒幕に気付かなかった)
エレンがこの一週間のループの黒幕である。これは、一見正しいように見えるが、実はおかしくて間違いだった。
なぜなら――
(さっきも思った通り、五千回もループして、しかも周回記憶を主観で百年近くも引き継いでいたんだ。普通の人間ならもうとっくにイカれている。つまり、エレンは自身の自由意思で繰り返すことはできない。となると――)
エレン以外の第三者が、このループを操作していることになる。
しかも、誰でも操作できるわけではない。操作できるのは、恐らくクライトスの人間だけだろう。
そうなると、必然的に二人に絞られる。
クライトス分家出身のレヴィンと、エレンの祖父であり、クライトス魔術学院学院長で、クライトス家現当主――つまり主家筋のゲイソン。この二人だ。
そして、ジョセフはレヴィンの可能性を消去していた。そもそも、レヴィンはシスティーナと並び、メイン・ウィザードに近いし、クライトス家でもレオスが亡くなった今、次期当主に近いのである。というより、エレンに塩を送るような真似は絶対にしない。
と、なると。誰がループするように操作しているのか。あと一人しかいない。
ゲイソン=ル=クライトス。
彼こそがエレンにメイン・ウィザードを取らせるまで、一週間をループさせた真の黒幕であった。
動機は、恐らく、クライトス家の次期当主の座を巡る争いだろう。それしかない。
(現に、クライトス主家はグラハムとレオスがいなくなった途端、レヴィンを擁する分家に押されている。いや、ほぼほぼ趨勢は決している。彼に対抗できる者なんて主家にはもういない。レヴィンが不幸にも死なない限りは、主家が分家に有利に立つことは……ない)
だが、ゲイソンは諦められなかった。
青い血で流れている主家に対し、赤い血が混ざっている分家に次期当主の座を渡したくなかったのだ。
片や才能偏重主義であり、片や血筋で判断する。要するに、老害、我が儘な老害なのだ。
(そんなゲイソンは、ある時、≪ル=キルの時計≫を見て、こう思った。これを使って、自分の思い通りの結果になるまで繰り返せばいいのではないのかと……しかも、近い内に、魔術祭典の代表選手選抜会がある。そして、自分達には出来損ないだが、エレンがいるではないか、と。そして、ル=キルの時計を持たせて、五千回も繰り返させたんだ。竜頭は自分で持って操作し、しかも、エレンにだけ周回記憶を引き継がせて)
ゲイソンが欲しいのは、”エレンがメイン・ウィザードに選ばれた”その事実だけ。
途中過程の記憶なんかどうでもいい。むしろ精神衛生的には必要ない。
(ゲイソンはこの選抜会の七日目で、自分の望む結果が出るまで竜頭を操作して、時間を巻き戻し続ける。最終的に、ゲイソンの前に登場する、たった一つの現実は……”エレンがメイン・ウィザードに選ばれた瞬間”。一見、回りくどいが、彼にとっては非常に妙手だった。なにせ、周回の記憶を継承しないゲイソン視点では、たった七日で全てが理想の形で終わるんだ。手間暇かけて汚い裏回しをする必要も、事故に見せかけて誰かを排除する必要もない。孫娘だけが、己の与り知らぬところで、地獄の苦しみを味わうことに目を瞑ればな……)
吐き気がする。
一体、ゲイソンは自分の孫娘をなんだと思っているんだ?
ジョセフはまず一回、ゲイソンに会って”お話”をしてから、エレンの下に向かうという方針を立てた。
(とはいえ、繰り返していく内に、誰かがエレンの異変に気付く可能性がある。そして、そいつが誰かに言いふらす可能性もな。……効率よく続けるためには、これをなんとかしないといけない。そこで、ゲイソンはル=キルの時計に二つの条件を設定した。それは、”エレンを妨害する者を殺害”。そして、”ループの情報を得た第三者を殺害”……この二つの条件を設定した。当然、殺害したらその時点でループをするという設定もな)
そうすれば、妨害を受けて止められる事態はないはずだ。
(メイン・ウィザードは、大変名誉なものだ。それをクライトス主家のエレンが獲得すれば、それだけで主家は分家に対して、優位を得られると思っているのだろうが……とんでもない大馬鹿野郎だ)
いずれにせよ、標的はゲイソンだ。
この男を秘密裏に拘束し、尋問する。場合によっては拷問紛いも辞さない。
アリッサは……情報が第三者が得た場合に殺害される恐れがある――つまり、アリッサが殺されるからできない。
単独でやるしかない。
(それに、ル=キルの攻撃にも気をつけないと……あの”滅びの風”にかすりっても一発アウトだからな……)
そう、問題はル=キルがもたらす”滅びの風”だ。
あれは、あらゆる防御系呪文の盲点を突いていると言っていい。
いかなる魔力障壁も防御付呪も、基本は”遮断”に”強化”……防御そのものが相手からの攻撃に触れること自体は、決して避けられないのだ。
滅びの風は、そんな防御自体を根っこから滅ぼす最強の攻撃なのだ。
つまり、防御呪文を唱えたところで無駄であり、かわすしかないということだ。
(どういう原理でそうなっているのか……まぁ、ぶっ飛んでいる魔法遺産だし、考えてもしゃーない。要は触れなければいいわけで……いや、自分で言っててアレやけど、ヘヴィ過ぎませんかね?)
そうこうしている内に、ジョセフが街道を歩き続けると、世界が白熱していく。
「さぁ、本番だ。ル=キルにはそろそろご退場願いましょうかね」
真っ白に、真っ白に白熱していく――
そして――
――。
「……、……ん?」
ジョセフはふと目を覚ます。
目を擦り、頭を上げると、そこは懐かしの風景があった。
そこは、いつもの教室。
いつものようにルミアとリィエルが居て、ウェンディとアリッサなどが居て。
(久々に見たなぁ)
ジョセフは元の世界に戻ってこれたのだと、ひとまず胸を撫で下ろした。
まぁ、ル=キルを倒さないと、本当の意味で元に戻らないのだが。
一方、教壇では――
「先生っ!先生っ!先生!先生って!あれ?」
「…………」
システィーナが寝ているグレンを起こそうとしていたが、起きていることに気付き――
「お、起きてたんですね?気がつきませんでした、あはは……」
気まずそうに愛想笑いしていた。
(……ん?先生、もしかして、ナムルスと接触できた?)
ジョセフは、グレンが神妙な顔つきで、必死に考えているのを見て、物思う。
それに、システィーナも、なぜかしきりに自分の手を気にしては、ちらちらとグレンと見比べているなど、様子がおかしい。
(もし、ナムルスと接触していたら、事情を話した方がいいか?それとも――)
狭間の空間に投げ飛ばされて以降、グレンと接触できなかったジョセフは機を窺ってグレンに話そうとする。
知っているかどうか保証はない。
だが、あの様子だと、今回の奇妙な事態を知っているようなそんな態度なのだ。
システィーナの場合は、わからない。
そもそも、ジョセフが狭間の空間を投げ飛ばされたため、グレン達がどうなっていたのか、まったくわからない。
(もし、二人が知っているなら……頼りになるんだけどなぁ)
ジョセフがそう思っている一方で――
グレンはちらりと、傍らに立つシスティーナを縋るように見上げる。
「……えーと?先生、どうかしました?私の顔に何かついてます?」
グレンと目が合って、目を瞬かせるシスティーナ。
「……なんでもねえよ」
グレンはそう言って――
「――ああ、クソ……一体、どうしたらいいんだ!?このままじゃ――ッ!」
グレンが頭を抱えて、机に突っ伏した。
(あの様子だと、先生は知っていて、システィーナは知らない、ということなのか?)
ジョセフがそう物思うと。
「ジョセフ?」
「?」
ふいに、袖を掴まれたので振り向くと。
そこには、ウェンディがなにやら物言いたそうな、心配してそうな顔でジョセフを見つめていた。
「なんか思い詰めたような顔でしたけど……なんかありましたの?先生もなにか思い詰めたような顔ですし……」
「…………」
なんて言おうかとジョセフが考え込んだ、その時であった。
「やっぱり……先生は、何かと戦っているんですね……?」
「え?」
「ただの白昼夢だと思ってたんですけど……先生のそのただならぬ様子だと、どうやら、そういうわけではなさそうですね……理屈は全然、わかりませんが」
「は?お、おい、白猫?白昼夢?お前、一体、何を言ってるんだ……?」
(どういうこと?何があったんだ?)
あまりに想定外のシスティーナの展開に、グレンは辟易し、ジョセフが戸惑っていると……
「先生……ちょっといいですか?」
システィーナが突然、グレンの手を取って、引き始めたのだ。
「お、おい……?」
「ちょっと、私とお話しましょう」
すると、呆気に取られるジョセフやルミアやリィエル、二組の生徒達が見守る中、グレンはシスティーナに手を引かれるまま、教室の外へと連れて行かれるのであった。
(……え?一体、どういうこと?この展開……いや、それよりも……)
ジョセフは、とりあえずゲイソンから話しを引き出すことに今は専念することにした。
(一体、全体、どういうことだ?)
教室から廊下に出たジョセフは、今回のシスティーナの行動に首を傾げる。
あの時のグレンの反応から見て、グレンは一週間が繰り返されているということを、多分ナムルスから聞かされているのか、認識しているのに対して、システィーナはそれを認識していない。
そして、グレンは恐らくシスティーナには言っていない。言ったら、システィーナが殺されることを知っているからだろう。
(システィーナは前回の記憶が少し残っているのか?こんなに長くループしたから?そもそも、どうして俺が記憶を残すようになったのかなんてわからないのに……多分、先生も)
一体、どういう理屈になっているんだ?
そう疑問に思いながら、ジョセフがある所に向かおうとすると。
「ジョセフ」
ふいに、背後から馴染みのある声がした、その時。
ぐいっと、袖を引っ張られる。
「え?」
ジョセフは引っ張られるとは思っておらず、引っ張られながら振り向くと。
ウェンディがジョセフの袖を引っ張っていたのだ。
「お、おい……?」
ウェンディに導かれて辿り着いた場所は、人気のない廊下の一角であった。
「一体、どうしたんだ?ウェンディ」
すると。
「……本当に何かあったんですの?ジョセフ。何か隠してません?」
「…………」
ジョセフは気まずそうに頭をかいて、目をそらす。
実際、どう言おうかと悩んでいた。
本当のことを言えば、ウェンディが殺される可能性がある。
いくらループしているとはいえ、これがラスト・ループの可能性もあるし、なにより、幼馴染が死ぬところは見たくない。
「ジョセフ……もう、前みたいに隠してどっかに行ってほしくはありませんの。だから、話して欲しいんですの。一体、何が起きているんですの?」
訴えるような表情を、真っ直ぐ向けてくるウェンディ。
その青い瞳を見て、ジョセフはふと、幼いことを思い出す。
そして、ふっ、と。彼女の目を見た。
その顔は今までの思い詰めたような顔ではなく、優しい顔であった。
「ウェンディ」
そう言って、クシャっと。
ジョセフはウェンディの頭に手を乗せ、優しく撫でる。
「……ん」
撫でられて目を細めるウェンディ。
「悪いな。今は詳しいことは言えんねんけど、ちょいと用が入ってしまってな。それを片付けないといけないねん。軍の仕事ではなく、個人的な面でな」
「個人的な?」
「そう、個人的な」
そう、ジョセフが言うと。
ジョセフはウェンディの肩を掴んで、自分の方に抱き寄せた。
「へ!?ちょ――ッ!?」
「まぁ、そういうことだから、お前はとりあえず代表選手の選抜会に専念してくれ。大丈夫、心配はいらないから」
抱き寄せられたウェンディは硬直していたが、やがて、自身の両腕をジョセフの腰に回し、抱きしめる。
「ねぇ、ジョセフ。私――」
そして、ウェンディは何か口走ろうとするが。
「どった?」
「いえ、また今度にしますわ。それよりも、さっきの話、わかりましたわ。その件は貴方に任せます。私は選抜会に専念しますから。だから、必ず無事に終わらせてくださいまし。約束ですわよ?」
「ん。約束する。必ず、先生と一緒になんとかするから」
さらにぎゅっと、抱きしめるウェンディに、ジョセフそれに応えるかのように抱きしめるのであった。
こうして、恐らく最後の選抜会が始まった。
だが、その選抜会に、システィーナの姿はなかった。
そして、エレンの姿もなかった――
今回はここまでで