ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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次でラストになると思います。


178話

 

 

 

 

「しかし、今回の選抜会……本当にレベルが高いですな!」

 

 四日目から始まった、第三の試験――総当たり模擬魔術戦。

 

 代表候補の生徒達の白熱した試合を、魔術競技場の貴賓席より見守っていたエドワルド卿は、嬉しそうに言った。

 

「やはり、女王陛下の政策は正しかった!帝国の未来を担う優秀な若者達が、こんなにも集っている光景を目の当たりにできるとは……このエドワルド卿、感激の極み!」

 

 すると、聖リリィ校の学院長ローナが微笑みながら応じた。

 

「ふふ、そうですね……そして、やはりアルザーノ校には特に優秀な方々が多く集まっておられますね。中でも目立つのはリゼ=フィルマー、ジャイル=ウルファート、ギイブル=ウィズダン……あのマリア=ルーテルも一年次生にしてはなかなか……」

 

「いやいや、聖リリィ校も負けてはおりませぬぞ?コレット=フリーダ、フランシーヌ=エカティーナ、ジニー=キサラギ……将来が楽しみな才の持ち主達です」

 

 アルザーノ帝国魔術学院長リックも、そう返して聖リリィ組を褒め称える。

 

「ふふ、ありがとうございます、本当は、エルザ=ヴィ―リフという子も出場させたかったのですが……実は軍からスカウトがかかってしまって……」

 

「なんと!軍から!?それは名誉なことですなぁ、おめでとうございます!」

 

「しかし……そんな生徒達の中でも、クライトス校のレヴィン=クライトスは、やはり、一つ頭が抜けておりますな……いやぁ、末恐ろしい若者がいたものです」

 

「そうですなぁ、どうやら、メイン・ウィザードの座は、レヴィン=クライトスと、リゼ=フィルマーの一騎打ちになりそうですなぁ、ゲイソン殿?……ゲイソン殿?」

 

 エドワルド卿が、クライトス校学院長ゲイソンに声をかけるが……

 

 そこには、なぜかゲイソンの姿はなかった。

 

「おや?ゲイソン殿はどこに?さっきまでここにいたはずなのだが……」

 

 ゲイソンがいないことに、エドワルド卿、リック、ローナは不思議そうに顔を見合わせるのであった。

 

「おほん!と、ところで……一つ気になることがあるのだが……」

 

 微妙な空気を払わんと、エドワルド卿が切り出す。

 

「確か、システィーナ=フィーベルという、今回の選抜会でNo.1の期待株がいたはずだが……彼女は一体、どこへ行ったのかね?どうも姿が見えなようだが……?」

 

「それが……彼女は突然、選抜会を辞退してしまったのですよ、卿」

 

「なんと!?」

 

 申し訳なさそうなリックに、エドワルド卿が憤った。

 

「なんて嘆かわしい!自ら魔術祭典への出場権を投げ捨てるとは!これが帝国の名誉と栄光を担う重要で崇高な役目だということを、理解していないのか!?」

 

「その話は、私も小耳に挟みましたわ」

 

 すると、ローナが口を挟んだ。

 

「候補の生徒達の噂によれば……なんでも、その生徒は、とある魔術講師と一緒に、朝から晩まで図書館に籠もり、何らかの魔術の研究を行っているそうですが」

 

「ぐぬぬぬ!勉強熱心なのは良いが!時と場合によるだろう!?」

 

 ますます、頑固なエドワルド卿の怒りに拍車がかかる。

 

「まったくもって嘆かわしい、最近の若者は!我らが若い頃はそうではなかった!もっと、祖国のために何が出来るかを、皆が皆、常に考え、時に己を滅して――」

 

 すると、そんなエドワルド卿をリックが宥める。

 

「まぁまぁ、エドワルド卿。きっと何か事情があるのでしょう。それに、その魔術講師とは……きっと卿もご存じ、我が校の英雄殿なのです」

 

「何だと!?まさか、フェジテのみならず女王陛下も救った、あの――ッ!?」

 

 それを聞いたエドワルド卿が、目を剥いて絶句する。

 

「はい。そんな彼が一見、不敬とも不遜とも取れる行動を取っている……そうせざるを得ない何かがあるのやもしれません」

 

 どこか自信に満ちた表情で、リックは穏やかに言った。

 

「どの道、この帝国の未来にとって悪いことにはなりますまい。どうか、今回だけは、年長者の器をもちまして、彼らの若気の至りを許していただけませぬかな?」

 

「むむむむむ……」

 

 すると、エドワルド卿は、これ以上、何を言うことができず。

 

 ただ、複雑な表情で、唸るだけであった。

 

 

 

 

 

 そして――時間は飛ぶように過ぎていく――

 

 

 

 

 ――七日目。

 

 最終日となって、より盛り上がる模擬魔術戦が、魔術競技場で行われている。

 

 そんな遠い喧噪を微かに感じながら、エレンは魔術学院校舎屋上から、黄昏に燃えるフェジテの街並みをぼんやりと眺めていた。

 

 日が……沈む。ゆっくりと沈んでいく。

 

 ちょうど、あの日が完全に沈みきる頃、選抜会は終了し、学院アリーナで代表選手の発表会が行われる。

 

 そして――その発表を起点に、全てがまた元に戻る。

 

 最早、どうすることもできないエレンには、ただただ絶望しかなかった。

 

「泣カナイデ、えれん……」

 

 そんなエレンを、ル=キルが背後から抱きしめている。

 

 ル=キルの掌には、くるくると魔力を漲らせて回転する竜頭……ル=キルの時計の制御はゲイソンではなく、このル=キルの手にあった。

 

「一緒ニ、繰リ返シマショウ、大丈夫……怖ナイカラ……繰リ返セバ、アノ御方ニ、何時カ会エルノ……ダカラ、一緒ニ、繰リ返シマショウ……」

 

「嫌だ……」

 

 わかっていたが、このエレンに憑いた怪物は、もうとっくに頭が壊れいている。会話は何一つ成立しない。そして、もうエレンはこの怪物の言いなりになるしかない。

 

 エレンは、魔術競技場を遠目に見やる。

 

 未来への希望と活気に満ちあふれた、あの競技場を。

 

 自分は、そんな未来を完全に閉ざしてしまったのだ。

 

 あの希望が向かう先は、もうどこにもないのだ――

 

「ごめんなさい……」

 

 口をついて出た言葉はただただ、悔恨だった。

 

 祖父ゲイソンだけを責められるものか。

 

 自分だって、心の底のどこかで、こんな姑息な手段で、輝かしい未来と栄光を掴もうとした……そんな思いがまったくなかったとは言い切れない。

 

 自分勝手な願望で、ここいる全ての人間達の未来を奪ってしまったのだ。

 

 これから延々と繰り返される閉じた一週間の中で、エレンはただただ謝罪することしかできないのだ。それこそ永遠に。

 

「ごめんなさい、皆……ごめんなさい、システィーナ……ッ!私は――……」

 

 鉄柵に縋り付くエレンが、燃える黄昏に向かって、ひたすら涙を流し、謝罪の言葉を繰り返していた……その時だった。

 

 がちゃ……背後で扉が開かれる音。屋上へゆっくり入って来る気配。

 

 エレンが、力なく振り返る。

 

 案の定、そこに居たのは、繰り返す一週間の中で、何度も顔を合わせたグレン。

 

 もう一人は、会ったことがない男子生徒で、茶髪に一度見たら忘れないであろう金目銀目のオッドアイの少年。

 

 そして、もう一人は――

 

 ――。

 

 

 

 

 ――わぁ、すごい、すごい!システィ、すごい!

 

 ――もう、そんな魔術が使えるんだ!すごいなぁ!

 

 ――システィって、私と同い年なのに、本当にすごいね!いいなぁ!

 

 ――私もがんばれば……いつか、システィみたいになれるかなぁ……?

 

 ――ありがとう!私、がんばるね!うん、絶対にがんばる!私も、レオス兄さんやシスティみたいな、すごい魔術師に、きっとなるね!

 

 ――だから、その時は――また、会おうね、システィ……――

 

 

 

 

「……どうした?大丈夫か?」

 

 気遣うようなグレンの言葉に、システィーナはふと我に返った。

 

 在りし日を彷徨っていたシスティーナの意識が、現在へと帰還する。

 

 システィーナの目の前には、屋上へと出る扉があった。

 

「やっぱ、疲れたか?悪いな、ちょっと最近、無茶させたからな……」

 

「いえ、大丈夫です。少し、昔を思い出していただけですから」

 

 軽く頭を振り、システィーナは己に活を入れる。

 

 すると、そこに。

 

「お二人で抜け駆けしちゃって……一体、何するつもりだったんです?まぁ、言わなくてもわかりますけど」

 

 背後から声がしたので、二人が振り返ると、そこにはジョセフが立っていた。

 

「ジョセフ?お前、なんでここに……?」

 

 グレンが目を瞬かせていると。

 

「……事情はナムルスから聞きました。詳しいことはシスティーナがいるので言えませんが、あの後、自分なりに調べて、ここに来たということです。あと、ゲイソンのジジイには大人しくするようにお話してきましたから」

 

 システィーナに聞こえないように、ジョセフはグレンにそう囁く。

 

「……そうか。だったら……わかってるよな?」

 

「ええ、だからここにいるのです」

 

 グレンの言葉に、ジョセフは頷きながらそう言う。

 

「えーと、二人とも何か私に隠しているような気がするし、気になりますが……行きましょう、先生、ジョセフ」

 

「ああ」

 

「うぃ」

 

 がちゃ……グレンは、屋上への扉をゆっくりと押し開いた。

 

 すると、煌々と夕日に燃え上がる広漠とした屋上が、強烈に目を灼いた。

 

「わ――ッ!?」

 

 叩き付けてくる爆風が、システィーナの髪を嬲り、衣服を揺らす。

 

 とある少女の背中に、見るも悍ましい異形の怪物が絡みついている。

 

「あの夢の通りだわ……あの悍ましい怪物……そして……」

 

 システィーナは、その怪物が取り憑いているいる少女を真っ直ぐに見据えた。

 

「……久しぶりね、エレン。貴女を助けるためにやって来たわ」

 

 エレンは何も答えない。ただ、気まずそうに目をそらすだけだった。

 

「先生が何も教えてくれないから、詳しい事情はわからない。ただ、私が聞かされているのは、貴女の危機と、その怪物を倒さなければならないということだけ」

 

「…………」

 

「待ってて、エレン。今すぐ、そんな怪物やっつけてあげるから。私と先生とジョセフでね」

 

 すると、ここでエレンがわなわなと口を開いた。

 

「どうして?システィーナ……貴女、なんでここにいるの?」

 

「なんでって……」

 

「今、貴女は選抜戦に出場しているはず!なのに、なぜ……?なんで、貴女は大切な選抜会を放棄して、こんな所にいるの!?祖父の背中を追う貴女にとって、この選抜会は、何物にも代えがたいもののはずなのに――ッ!」

 

「…………」

 

 エレンの悲痛な叫びに、システィーナはただ黙って応じるだけだ。

 

 そんなシスティーナへ、エレンが訴えかけるように続ける。

 

「私、貴女に酷いことを言ったのに……貴女を傷つけたのに……なのになんで……?」

 

「ごめん、エレン。正直言うと……貴女の言っている意味が全然わからないわ。だって、貴女とは今、この時が、本当に久しぶりの再会のはずなんだもの」

 

 いまいち事情が呑み込めないシスティーナは、困ったように頭をかく。

 

「私の知らない所で色々あったのは間違いなさそうね。でも、”貴女がピンチだ”……それだけで、私がここに立っている理由は十二分に過ぎるの。わかる?」

 

「だ、だから、なんで!?なんで、私なんかを助けに――ッ!?」

 

「だって、友達じゃない?私達」

 

「あ……」

 

 システィーナのその言葉は、エレンにとっての福音だった。

 

 何千回と繰り返し、何千回と自分の前に絶望的な壁として立ちはだかったシスティーナ。

 

 次第に、望まぬうちにシスティーナを逆恨みし、抱きたくない憎悪を燃やし、最早、原初とは別人と化してしまったエレン。

 

 そのシスティーナの一言が、何千回もの繰り返しで化石と化したエレンの心を優しく溶かしていく。憎悪と嫉妬に炙られ、ひび割れ、乾ききった心に、急速に潤いが取り戻されていく。延々と経過した長き時間が巻き戻っていく。

 

 気付けば――

 

「し、システィ……ぐすっ……ひっく……システィ……ごめん、ごめんね……」

 

 ――エレンの昏く鬱屈した顔の険はまるで嘘のように失せ、そこにはただ、辛さと後悔で顔を歪めて泣きじゃくる、一人の少女がいた。

 

 そんなエレンの姿に、システィーナは口元に優しげな笑みを浮かべる。

 

 そして、呼吸と共に、静かに魔力を高め始めた。

 

「行きますよ、先生!ジョセフ!二人の動きにも合わせてみせますから!思う存分、やっちゃってくださいっ!」

 

「へっ、言うようになったじゃねか!頼りにしてるぜ?()()

 

「へぇ?随分前に出たねぇ」

 

 そう言い合って。

 

 グレンが前に出て、システィーナはその背後を守るように立ち、ジョセフはその中間に立って、構えるのであった。

 

「待って!待ってくださいっ!三人共!」

 

 そんなグレンとジョセフとシスティーナの動きに、エレンがぎょっとして叫んだ。

 

「まさか……本当にこの怪物と戦うつもりなんですか!?」

 

「そうに決まってんだろ。つーか、ぶっ倒さねえとヤベーし」

 

「無茶な……先生、貴方、この怪物の力を見たでしょう!?この人を超えた異次元の力……勝てると思っているんですか!?」

 

「生憎な、俺達は、そんなのより余程ヤバい連中とずっと戦い続けてきてんだ」

 

「戦い続けてきた……?」

 

「ああ、そうさ。はっ、滅びの風?確かにそいつは厄介だが、もう対策済みだ。魔術師は騎士じゃねえ。魔術師が戦いに挑む時は勝算がある時だぜ」

 

「た、対策……ッ!?一体、どうやって……ッ!?」

 

 わけがわからないと、今度はエレンはシスティーナに向き直る。

 

 だが、グレンの隣に立つシスティーナの姿は自信に満ちていた。

 

「大丈夫よ、エレン。私、先生と一緒に、新しい魔術を作ってきたの。……選抜会を棄権してね」

 

「はぁ!?棄権!?」

 

「私には、今まで先生と一緒に積んだ、とても大きな土台があるわ。それさえあれば、この一週間で、そんな怪物に対策する魔術を編み出すくらい、わけないんだから!」

 

 システィーナは、自慢の髪を得意げにかきあげ、力強く笑った。

 

「まだまだ、魔術師として完成には程遠いけど……でも、貴女は救ってみせる!」

 

 エレンはそんな、威風堂々たるシスティーナの姿を、遠く眩しいもののように、ぼんやりと見つめるだけだ。

 

「――と、いうわけで……ル=キルさんよ」

 

 ジョセフは刀を召喚して、不敵に笑った。

 

「もう閉店時間なんで、そろそろお家に帰らないとねぇ……このふざけた繰り返し、終わらせてもらうで」

 

 すると、そんなグレン達の敵意、戦意を感じ取ったのか。

 

 今までだらりとエレンに絡みつくだけだったル=キルが、不意に反応したのだ。

 

『敵性反応、検知。状況るーぷしーけんすニ重大ナ悪影響ヲ及ボス、不確定要素ト判断……処刑もーどニ移行シマス。――≪滅ビノ風≫行使機能――発動』

 

 途端、ル=キルの掌にある竜頭が、もう回転を始め――背中の翼がばさりと広がった。

 

「――滅びの風!?」

 

 エレンが絶望の声を上げた。

 

 そう”滅びの風”。かの風を前に、あらゆるものは滅びを逃れられない。

 

 絶対必滅の、呪われた風――

 

「逃げて!三人ともッ!お願いだから――」

 

「うるせぇ!逃げた先に一体、何があるってんだよ!?白猫、ジョセフ、行くぜ!」

 

「はいっ!」

 

「はいよ」

 

 ル=キルが容赦なく翼を羽ばたかせた。

 

 今までグレンとイブを殺したような力を絞った、小さな空気弾を飛ばすような羽ばたきではない。

 

 エレン以外のあらゆるものを吹き飛ばそうと荒れ狂う、渦巻く嵐だ。

 

 世界が――崩壊する。

 

 ル=キルとエレンを中心に、渦巻く風が、あらゆるものを存在崩壊させていく。

 

 放射状に、屋上の床がぼろぼろの灰燼と化していき……それがグレンとジョセフとシスティーナをも呑み込まんと迫る。

 

 ――だが。

 

 システィーナは両手を広げ――叫んだ。

 

「≪我に従え・風の民よ・我は風統べる姫なり≫!」

 

 瞬間、システィーナの足下に魔力の光が迸り、魔術法陣が展開され、それがシスティーナを軸に回転し始める。

 

「いっけぇえええええええええええええええ――ッ!」

 

 そして、システィーナが何かを分けるように両手を大きく広げると――

 

 猛然と迫って来る滅びの風が二つに分かれ、グレンとジョセフとシスティーナを避けたのだ。

 

「な――」

 

 その現象に、エレンは目を剥くしかない。

 

「へっ……上出来だ」

 

(……そういうことか。だから、先生はシスティーナを連れてきたんか)

 

 システィーナお得意の改変呪文、黒魔改【ストーム・ウォール】。

 

 そのさらなる発展改変形――名付けて、黒魔改弐【ストーム・グラスパー】。

 

 その場における、風の完全支配を行う術であり、その術の効果中、システィーナはその場のあらゆる風の流れを知覚し、風を支配できる。

 

 致命的な風攻撃を使うル=キル対策に、グレンとシスティーナが壱週間の突貫工事で編み出した術。イブの指導を受けることで、システィーナの魔術師としての地力が大幅に上がった今だからこそ、習得できた術だ。

 

 システィーナの魔術特性【流転の加速・支配】。天才が天才たる所以。

 

 『変化』より強い概念である『流転』、黙っていても行われる変化を、加速させ、支配できるという。世界に変化をもたらす魔術師の申し子みたいな魔術特性。

 

 ほぼ全ての黒魔術に相性が良く、風のように各種パラメータが次々と変化し続ける魔術に、特に相性が良い。それが今、猛烈に開花し始めていた。

 

(だが、相当の無茶をさせちまったが……)

 

 グレンはシスティーナの寝不足気味の横顔をちらりと見て思った。

 

 でも、なぜかシスティーナは泣き言一つ言わず、グレンの無茶な術開発に最後まで、付き合ってくれたのだ。詳しい真実も話せなかったというのに。

 

 本当に、この小生意気な銀髪の少女には、昔から頭が下がる一方だ。

 

「成る程……風そのものは気圧差で発生する空気の流れに過ぎない。滅びの風と大層な名がついていても所詮は風……”当たったら一発アウトみたいな物”を、その風に飛ばしているだけ。だったら、それに触れなければいいってわけですね!?」

 

「ああ、そうだ!”触れたものを滅ぼす何か”に触れなきゃどうにでもなるんだよッ!」

 

「ドヤってるところ悪いんですけど、この術、すっごく魔力を食うですからね!そんなに長く展開できませんからね!?無駄口叩いている暇ないんですからね!?」

 

 そんな、どこか緊張感のないやりとりをしているグレンとジョセフとシスティーナ。

 

 そして、エレンは風を支配するシスティーナを、まるで信じられないものを見るかのように呆然と見つめるしかない。

 

「……システィーナ……貴女……」

 

「大丈夫よ、エレン。今、すぐに貴女を助けてあげるから!」

  

 その瞬間。ル=キルがさらに、翼をはためかせ、爆風を巻き起こす。

 

 滅びの風が、正面からグレンとジョセフとシスティーナを猛然と殴りつけてくる。

 

 その後を追うように、次々灰燼と化していく屋上――

 

「はぁあああああああああ――ッ!」

 

 だが、それはしょせん、風。いかに恐ろしい威力を内包していたとしても、風の支配者となったシスティーナの前には、児戯同然。

 

 滅びの爆風は分断され、その方向性を曲げられ、あらぬ方向へと流されていく。

 

 だが、度重なる損壊が降り積もった結果だろう。

 

 学院の校舎が、灰燼と化しながら、ついにがらがらと崩れ落ちていく――

 

「ふ――ッ!」

 

 しかし、システィーナがさっと手を振ると、崩れ落ちる校舎と共に落下しつつあったグレンとジョセフとシスティーナを、下から激風が突き上げた。

 

 二人の落下が、その指向性ある風の勢いで、非常に緩やかになる。

 

 システィーナが【ストーム・グラスパー】で風を操り、風の足場を作ったのだ。

 

「ギ――」

 

 一方、ル=キルはエレンを抱きかかえ、飛んだ。

 

 翼をはためかせて、天高く空を駆け、グレンとジョセフとシスティーナの頭上を取る。

 

 再び、滅びの風を叩き付けんと、翼を大きく振りかぶるが――

 

「させんよ」

 

 ジョセフが鯉口を切り、居合で虚空を斬る。

 

 すると、切っ先から生まれた衝撃波が発生して――

 

 最初の衝撃波がル=キルに向かっていく。

 

 その後、すぐに二振り、三振りと衝撃波生み出し――

 

 三発の衝撃波がル=キルを切りつけ、切り刻む。

 

「グガァアアアアアアアアアアアアア――ッ!?」

 

 上がるル=キルの苦悶の悲鳴。

 

「ひっ!?」

 

 ル=キルに抱きかかえられるエレンも、思わず身を竦めるが。

 

 ――なんという完璧な狙いか。

 

 三発の衝撃波がなます斬りにしたのは、ル=キルだけだ。

 

 エレンには切り傷一つ無い。

 

「グ、ギギギ……」

 

 無数の部品をボロボロと零しながら、ル=キルは空でがくがくと震え始める。

 

「凄い……なんていう精度――」

 

「白猫ッ!俺が出る!アレ、頼むぜッ!」

 

「はいっ!先生ッ!」

 

「んじゃ、俺は援護しますかね」

 

 途端、グレンの身体が、足下に炸裂した爆風に突き上げられ、猛然と浮上した。

 

「ぅおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 グレンが空中を蹴る、蹴る、蹴る。

 

 蹴る都度、グレンの足下に爆風が巻き起こる。それを推進力に、システィーナの風を足場に、グレンはル=キルへと向かって、空高くカッ飛んで行く。

 

 それは、黒魔【ラピッド・ストリーム】の改変強化呪文。

 

 名付けて、黒魔改【スウィフト・ストリーム】。自分ではなく他者へと遠隔的に【ラピッド・ストリーム】をかける術だ。

 

 グレンはこれの連続起動――疾風脚で、ル=キルへと突貫したのだ。

 

 グレン自身は疾風脚を使えないが、黒魔【ラピッド・ストリーム】の制御をシスティーナが遠隔的にやり、そこにグレンの体術が合わさるなら別だ。

 

 言わば、グレンはシスティーナと二人三脚で、疾風脚を使えるようになったのだ。

 

「ギ――排除――排除――ッ!?」

 

 迎撃とばかりに、ル=キルが翼を羽ばたかせ、眼下のグレンへ滅びの風を叩き付ける。

 

 その滅びの風が、弧を描いて旋回し、左右から、上下から、グレンへと襲いかかる。

 

 だが――

 

「――ふ」

 

 システィーナがまるで指揮者のようにおさっと指を振れば、滅びの風はそれに従うように明後日の方向へと流れる向きを変え、捌かれてしまう。

 

 黒魔改弐【ストーム・グラスパー】による風の支配力は絶大だった。

 

 ならば、と。ル=キルは翼を大きく広げた。

 

 その途端、翼から大量の羽根がまき散らされ、周囲に散開。

 

 それらが、一斉に、空を駆け上がってくるグレンへ向かって飛んでいき、殺到する。

 

 今度は、物理攻撃だ。

 

 恐らく、その羽根にすら逃れ得ぬ”滅び”が乗っているに違いない。

 

 だが、そんな”見えている”攻撃は――

 

「はっ!手詰まりか!?」

 

 急上昇、急旋回、急転換、急回転、急転進――

 

 グレンが疾風脚で空を縦横無尽に駆け回り、その悉くをかわしてしまう。

 

 まるで空に踊るような、そのグレンの変幻自在な三次元機動。

 

 簡単にやっているように見えるが、実は想像以上に難度の高い芸当だ。

 

 何せ、グレンは自身で【ラピッド・ストリーム】を起動しているわけじゃない。

 

 グレンが空を蹴るタイミングと、システィーナが【スウィフト・ストリーム】を起動するタイミングが少しでもズレれば、グレンの失速失墜は免れない。

 

 たとえ、他の誰もが【スウィフト・ストリーム】を習得したとしても、他者にこうも容易く疾風脚を使わせることなど出来やしないだろう。

 

 だが、グレンとシスティーナは、それを当然のようにやっている。

 

 それ即ち、グレンとシスティーナが最早、阿吽の呼吸の域にあることに他ならない。

 

「はいはいはいはいッ!人に物を投げつけちゃいけないって、親に教わったでしょう!?」

 

 たまにグレンがかわしきれない攻撃は、ジョセフの斬撃から生じた衝撃波が、その悉くを切り払い、叩き落とす。

 

「サンキューなっ!ジョセフ!」

 

 そうしている間にも、グレンは、風を足場に空を蹴る、蹴る、蹴り上がる。

 

 ル=キルは、そんなグレンから逃げるように、さらに上昇、上昇――

 

 だが、システィーナのアシストによる疾風脚の方が、速い。

 

 グレンは、遥か上空のル=キルへ、みるみるうちに迫っていく――

 

「先生!私にできるのはここまでです!後は――」

 

「ああ、わかってる!任せろ!」

 

 グレンはそう叫び、一際力強く疾風脚で跳んで、迫り来る羽根の弾幕を跳び越えた。

 

 そして、さらに空を蹴って上昇――ル=キルを真っ直ぐ見据える。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 そう、システィーナの風の魔術は確かに凄まじいが、伝説の神の眷属を相手にしては、決定力がない。傷つけることはできても、滅ぼすことはできない。

 

 そして、改変呪文は最適化されていないゆえに莫大な魔力を食う。もしシスティーナ以外の魔術師が、こんなバカげた呪文の撃ち方をしていれば、とっくに枯渇だ。

 

 だが――グレン達にはあるのだ。神をも殺しうる一刺しが――

 

「≪0の専心≫――ッ!」

 

 その時、グレンが古式回転拳銃の撃鉄を引きながら、何事か呪文を呟いた。

 

 どくん……途端、その拳銃に、何か不穏な魔力が胎動した。

 

「年貢の納め時だぜ、ポンコツ神様よぉ!」

 

「ちょっと!最後まで油断したら駄目ですからね!?」

 

「……本当に、相変わらずだなぁ、この二人は……」

 

 そしてシスティーナ自身も、最早、息を吸うレベルで行使できる疾風脚で空を飛び、グレンの後を追う。ジョセフも同様に疾風脚で空を飛ぶ。

 

 叩き付けるような滅びの風。我武者羅に展開する滅びの羽根。

 

 ル=キルの苦し紛れの攻撃から、ジョセフの刀から発した衝撃波がグレンを守る。

 

 ル=キルはエレンを抱きかかえたまま、さらに逃げるように空高く上昇し――

 

 システィーナの風のアシストを受けたグレンが、どこまでもそれに追い縋る――

 

 どこまでも――どこまでも――皆で天の頂を目指すかのように――

 

 そして――……

 

 眼下で風を自在に操ってル=キルを圧倒するシスティーナ。

 

 そんな、かつての友人の姿に、エレンがただただ思うことは、これしかなかった。

 

「凄い……私の友達は……なんて凄い子なの……」

 

 システィーナが凄い子だというのは、本当に昔からわかっていたのだ。

 

 まだ、優しい父グラハムが存命で、ナルシストだけど頼もしい兄レオスも居たあの頃。

 

 たまの休暇で、父の友人レナードに連れられて、遊びに来ていたシスティーナ。

 

 思えば、子供の頃から、システィーナは本当に凄い子だったのだ。

 

 低く狭い空と貧弱な翼しか持たない、凡人の自分とは違う。

 

 どこまでも高く広い大空と、それを翔ける力強い翼――それを持つシスティーナを、自分はいつも羨望と憧憬の眼差しで見つめていた。

 

 兄レオスとシスティーナの仲が良かったので、自分はおまけみたいな扱いだったけど……兄レオスを取られてしまうのが悔しくて、やっかんだこともあったけど……

 

 自分にとって、システィーナは憧れの英雄だったのだ。

 

 彼女のようになれたら、とずっと思っていた。

 

 彼女のようになりたい、とずっと思っていた。

 

 父グラハムが早世し、兄レオスも不慮の事故で亡くなり、家の重責と掟に縛られるようになり、鳥籠に囚われて飛べなくなり、ますますそう思うようになった。

 

 果てなき空を、強い翼を、自分は強く望むようになったのだ。

 

(だから、私は――お祖父様の口車に乗り、あの時計を手に取った……)

 

 ゲイソンだけを責めることはできない。この状況は自分が招いたことでもあるのだ。

 

(でも……私はこれだけのことをやっても……まだ、囚われている)

 

 エレンは自分に抱き絡みつく、ル=キルの腕を見下ろす。

 

 そして――改めてシスティーナを見る。

 

「システィーナ!これ以上斬撃を使ったら俺の魔力が保たない。先生の援護頼めるか?」

 

「任せてッ!先生ッ!」

 

 眼下で自在に空を駆けるシスティーナ。

 

 強き風、鋭い風、優しい風……ありとあらゆる風を操り、グレンを守る。

 

 黄昏に燃える銀髪を棚引かせ、自由に空を舞うその様は――エレンが羨望し、憧れたものの体現であった――

 

「ああ、貴女はいいなぁ、システィ……」

 

 その尊い姿に、エレンはポロリと涙を零した。

 

『排除!排除!排除ォ――ッ!』

 

 背後で、ル=キルがやかましくがなり立て、最早、戦術も何もなく、ボロボロ崩れる翼を滅茶苦茶に羽ばたかせ、滅びの風を吹かせ続けるが――もう、無意味だ。

 

 システィーナの、どこまでも追い縋る黒魔改【ブレード・ダンサー】に切り刻まれ、最早、何もできない。

 

「私は……貴女みたいになりたかった……ずっと、貴女みたになりかたかった……」

 

 でも、無理なのだ。

 

 何千回繰り返しても……憧れの空には、指すら届かなかった。

 

「……やっぱり、私には空なんてないの?そんなものを望んではいけなかったの?ねぇ、システィ……」

 

 すると。

 

「ンなこたぁ、ねえさ」

 

 不意に、頭上から気怠けな声が降ってきた。

 

 ――グレンだ。

 

 ついにル=キルの頭上を取ったグレンが、天より舞い降りてくる。

 

 その右手には、黄昏に燃える一丁の拳銃。

 

「お前にもあるじゃねえか……システィーナが……いや、この世界の誰もがまだ到達してねえ、未知の空がよ」

 

「未知の空……?嘘よ、そんなものが私にはあるはずが――」

 

「あるさ。”未来”という名の空がな」

 

「――ッ!?」

 

 エレンが目を見開いた瞬間。

 

 舞い降りてきたグレンが拳銃を突き下ろし、ル=キルの額に銃口を押し当てた。

 

「そのためには――この”籠”を出ねえと……なっ!」

 

 そして、引き金を引いた。

 

 火を噴く銃口。咆哮する銃声。ル=キルの頭部を通り抜ける弾丸。

 

 固有魔術【愚者の一刺し】――発動。

 

 零距離射撃で放たれた必滅の魔弾が、ル=キルの存在本質を、ズタズタに引き裂いていた。

 

「ァ――……」

 

 そのままル=キルは、力を失ったようにエレンを手放して、墜落。

 

 そして、墜落しながら、その身体はマナの粒子になって分解されていき……

 

 ……あまりにも呆気なく消滅していくのであった。

 

「エレン――ッ!」

 

 投げ出されたエレンを、空を駆け抜けて来たシスティーナが空中で抱き止める。

 

「し、システィ……?」

 

 

「エレン!うん、今回は、結局、最後まで何が何だかよくわからなかったけど……とにかくエレンが無事でよかった!」

 

 至近距離で、太陽のような笑顔を浮かべるシスティーナ。

 

 しばらくの間、エレンは呆けたように、システィーナの顔を見つめていたが……

 

 やがて、エレンはシスティーナに、ぎゅっと抱きついて。

 

「……システィ……うぅ……システィ……私……私ぃ……ぐすっ……ひっく……」

 

 ただただ、子供のように泣きじゃくる。

 

 あまりにも長かった、これまでの苦難の道のりを、全て涙にして吐き出すように、ただただ、エレンは慟哭するのであった。

 

「さて……これで終わりですかね?」

 

「ああ……これで今回の騒動も仕舞いのようだ……」

 

 指向性の風が突き上げ、緩やかに落下するグレンとジョセフが改めて空を見ると。

 

 周囲の風景がゆっくりと回転し始めている。ゆっくりと。ゆっくりと。

 

 その回転の角速度は、みるみるうちに加速していき――

 

 やがて、あまりの速さに風景が引き延ばされ、視覚的に認識できなくなっていく――

 

「な、……なんですか、これ!?何が起きてるんです!?」

 

 徐々に暗くなる世界で、システィーナが慌てたように問うが。

 

「大丈夫。大丈夫。問題ねーよ。繰り返すループで歪みきった時空が、ル=キルが消滅したことによって、あるべき元の形に戻っていってるんだろ?多分」

 

「はぁ!?繰り返すループ?時空の歪み?一体全体、何が何だかさっぱりわからないですっ!と、とにかく、大丈夫なんですよね!?」

 

「ああ。そこは信じろ」

 

「もう!二人とも、後でちゃんと全部、説明してくださいよね!?」

 

「んー、まぁ、いいけど……全てが元に戻った時、システィーナって……ていうか、俺達もなんですけど、このこと覚えているんですかね……?うーむ……?」

 

「何か言った!?」

 

 そんないつものようなやりとりをしつつ。

 

 世界は、暗転していく。

 

 全てが、闇へと染まっていく。

 

 しかし、そんな異常事態に恐怖を覚えることは、不思議となく。

 

 むしろ、やっとこれから始まる……そんな希望に満ちた不思議な予感と共に。

 

 世界は――完全なる闇の中へと閉ざされていくのであった。

 

 そして、全てが闇に落ちる、ほんの微かな前……

 

「システィ……」

 

「……何?エレン」

 

「ありがとう……私を助けてくれて」

 

「バカね。当たり前でしょ?私達、友達じゃない?」

 

「うん、そうだね……そうだよね……私、そんな単純なことも見失って……」

 

 そして、エレンはようやく、全ての陰や険の取れた、穏やかな笑みを浮かべて、初めて心から笑うのであった。

 

「次、会う時は……正々堂々競い合おうね、システィ」

 

「……うん……受けて立つわ。負けないわよ」

 

 そんな言葉を交わし合って。

 

 二人は抱き合いながら、にっこり笑い合って。

 

 そして――

 

 ――……

 

 

 

 

 

 





切りのいいところが中々見つからず、1万字超えてしまった……

というわけで、ここまで。
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