それでは、どうぞ。
次の日。
「…………」
朝。ジョセフは目を覚ますとともに、自分の身体が重いことに気付く。
重いと、口を出してしまったら殺されるから、決して口には出さない。
「……確か、別々に寝るっていう話だったんだが……」
起き上がろうにも起き上がれず、ジョセフは横になったまま呟く。
その重い物――少女がジョセフの上に折り重なり寝息を立てているのを、ジョセフは見て――
「……なぜか、一緒に寝ている形になっているんですが……これ、どうすればいいん?」
夜、少女――ウェンディがキスをしながらジョセフを押し倒した後、しばらくキスを交わし――疲れたのか、二人はそのまま寝てしまったのだ。
時間はまだ午前4時。
「……すぅ」
一体、何の夢を見ているのか、ウェンディの寝顔は微笑んでいるような気がした。
そんな寝顔ですやすや眠っているので。
「……このままにしとくか」
やれやれと、ジョセフは苦笑いするのであった。
因みに。
この後、ウェンディが起きた直後、扉を開けたメイドが、ジョセフの上にウェンディが折り重なっている姿を目撃したため、大騒ぎになった。
ウェンディが、ジョセフを誘惑して押し倒している。そういう情報がたちまち家中に広がり、ジョセフとウェンディは朝から火消しに躍起になるのであった。
まぁ、今日のナーブレス家は賑やかであった。
そして――
アルザーノ校、聖リリィ校、クライトス校の代表選手候補総勢六十名が、座学試験の会場――魔術学院校舎・本館にある大講義室へと集められていた。
一方で、ジョセフはウェンディと一旦、別れて一人であるリストに目を通していた。
それは連邦代表選手団のリストとであった。
実は、ジョセフは連邦代表のマネージャーとして、魔術祭典に行くことになっていた。
向こうの総監督が、「確か、アルザーノ帝国には連邦の留学生がいるだろ?……連れてこいやっ!」という鶴の一声でジョセフは連邦代表と共に魔術祭典に臨むことになっていた。
無論、アリッサもである。
許可もマクシミリアンからちゃんと取っている。
もっとも、別の目的もあるというのは言うまでもないのだが。
「どれどれ……アルザーノ系が四人、レザリア系が二人、ドラグリア系が二人、東方系が一人、ネイティブが一人……東海岸出身は多いが、今回は西海岸出身もいるな。二人、アラバマとルイジアナ出身でそれ以外は、マサチューセッツ、ニューヨーク、ペンシルヴァニア、オレゴン、カリフォルニア……これは面白いな」
ジョセフは連邦らしい多様な面々を揃えているリストを見て、そう言う。
「さて、連邦代表のマネージャーに任された今、やることは一つでして……」
それは他国の代表選手団を研究することである。
といっても、ジョセフが研究するのは言うまでもなくアルザーノ帝国である。
なんせ、帝国代表の中にはアルザーノ校の連中も必ず入るであろうから、当然、ジョセフに任せられるわけなのだが。
(連邦代表は魔術祭典で帝国代表と当たる可能性は高いと試算している。当然だ、帝国は魔導大国だからな。そして、レザリア、クスコ……この二ヶ国も当たる可能性は高い)
特に帝国代表とはいずれ、当たることになるから、対策は急務であった。
帝国と連邦。旧宗主国と旧植民地。魔導技術では主家筋と分家筋。
(……面白い。当たったらこれほど盛り上がる試合はない)
そう思いながら、魔術祭典のこれからに思いを馳せていると。
「ジョセフ?何を見ているんですか?」
ふと、背後から声がしたので振り返ると――
「――ああ、テレサか。んにゃ、ちと連邦代表団のリストを見ていてな」
「リスト?」
「そう、今度の魔術祭典で連邦代表団のマネージャーとして、アリッサともども引っ張られたんよ」
「そうなんですね。ふふっ、お疲れ様です」
そう言うと、そのリストを覗き込むように、テレサがジョセフの肩越しに見る――
「…………」
――その際に、身体を密着させているのか、柔らかい二つの何かがの感触が背中に伝わってくる。
(……最近、テレサの様子がおかしい)
ジョセフはその柔らかい感触から意識を逸らすように、最近のテレサの様子について物思う。
そう、最近のテレサ、皆がいる前ではそうではないが、ジョセフと二人きりの時、やたらと近いのだ。
まるで誘惑しているような、そんな感じである。
リィエルのエーテル乖離症の後、最初はそんなに気にはならなかったが、最近、あまりにも身体を密着させることが多いので、流石に気になってきたのだ。
(……まさか、な)
いや、流石にそれはないと思いながらも(実際、そうなのだが)、一方でそうだったら、気がない異性にするか
という疑問を感じていた。
(テレサ……一体、どうしたんだ?)
相変わらず密着してリストを肩越しに見ているテレサに、ジョセフは物思うのであった。
「お前ら、お疲れさん」
美味しそうな匂いの漂う、学院の学生食堂にて。
並ぶ長テーブルの一角に陣取ったグレンは、山盛りの肉団子パスタにフォークを突き刺しながら、自分の周辺に座る生徒達に言った。
グレンの周辺には、システィーナ、ギイブル、カッシュ、ウェンディら、座学試験を受けた二組の代表候補達だけでなく、ジョセフやアリッサ、ルミアやリィエル、テレサやリン、セシル、ロッドにカイらも集い、皆で遅めの昼食を取りつつ、システィーナ達を労っている。
「いやぁー……マジ、むっかしかったすよ、先生……なんすか?アレ」
「本当ですわね。先生の常日頃、知恵を重視する授業を受けてなかったら、まったく太刀打ちできませんでしたわ」
カッシュとウェンディが疲れたように息を吐いた。
「貴方はどうでしたの?ギイブル」
「まぁ、それなりには」
「くっ……いかにも手応えありという感じですわね」
眼鏡を押し上げ、そっけなく応じるギイブルに、ウェンディがジト目を返す。
「でも……皆……それなりに良さそうで、良かった」
「まぁ、お疲れさん、お前ら。カッシュが意外にもピンピンしてるけど」
「うん、そうだよね。ひょっとしたら、カッシュなんて試験終わった後、可哀想になるくらいもの凄く落ち込んじゃってるかな~なんて、心配してたし」
「ったく、言ってくれるなぁ、お前ら」
リンやジョセフ、セシルの言葉に、カッシュが苦笑いしながら応じた。
「大体、可哀想になるくらいもの凄く落ち込んでいるのは、そこに居るだろ!」
カッシュが指を差した方向には――
「駄目だ……終わった……多分、終わったっぽい……ぶつぶつ……」
「あ、あんなのずるいですの!反則ですの!抗議!抗議いたしますわ!高貴なる貴族たるわたくしをなんだと思っていますの!?」
「はぁ~……だから、脳筋な修行だけではなく、もっと頭を鍛えろと何度も」
同じテーブルの一角に、コレットやフランシーヌ、ジニー……聖リリィ組が居た。
「えーと……もう聞くまでもないと思うが……お前ら、試験どうだった?」
「き、聞くなぁああああああ――ッ!」
「アルザーノ校の殿方には、優しさが足りませんわーっ!」
カッシュが恐る恐る聞くと、コレットやフランシーヌが大騒ぎし始める。
元々、彼女達リリィ組は、グレンを昼食に誘うためにやってきたのだが、色々(
そして、少々世間知らずで鼻っ柱が高く、やや暴走癖があるアホお嬢様達とはいえ、根っこは悪い娘達ではない。なんだかんだで二組の生徒達と打ち解けてきたようである。
「つか、お前らは、あんなん解けるの!?マジで!?」
「嘘ですわよね!?嘘って言ってくださいですの!」
そんなコレットとフランシーヌの涙の問いかけに。
「ま、俺はそんなに、座学の成績は良い方じゃねーから……まぁ半分くらい?」
と、頭をかいて苦笑しながらカッシュ。
「はぁ、今日はあまり調子良くありませんでしたわ。七割くらいでしょうか?」
と、少し落ち込みながらウェンディ。
「余裕だろ、あの程度」
と、いつものように冷淡にギイブル。
「ええい、アルザーノ校は化け物かよ!?」
「この……インテリ集団め……」
ぐぬぬと、コレットとフランシーヌは歯噛みするのであった。
すると意外にも、ここでギイブルが、少し口惜しそうに発言した。
「でも、まぁ……最後の問題は難しかったな。不覚だが、あれだけはまったく太刀打ちできなかった。……システィーナはどうなんだ?」
「最後の問題?ああ、アレ?時間と空間の想定極値の思考実験問題?ああー、私もあれには出も足も出なかったわ……」
すると、小さなスコーンを控えめにかじつシスティーナも、悔しそうに言った。
「そうか、君でも駄目だったのか。まぁ、アレは明らかに次元が違いすぎる。……問題を作った人の悪意を感じるよ」
「だ、だよな!?」
すると、そんなギイブルの言葉に、コレットやフランシーヌが反応する。
「あの最後の問題!アタシ、問題の意味すらわかんなかった!」
「ええ、わたくしもですの!」
「まったく……あの問題さえなかったらなぁ~~ッ!」
「その通りですの!あの問題さえなければ……ですの!」
「貴女達じゃ、結果はかわらないっしょ。……あ、ここのプリン美味しいですね」
そして、ジニーがお約束のようにぼそりと毒を吐くのであった。
因みに、リィエルは……
「はい、リィエル。あーん」
「あーん。もぐもぐ」
「どう?リィエル。……美味しいですか?」
「ん。おいしい。……エルザも、あーんする?」
「え?えええっ!?だ、駄目です、リィエル!そんなの私、死んじゃいます!」
「……?なんで?」
……と、向こうのテーブルでエルザと向かい合って相席し、顔をバラ色にして幸せそうに舞い上がっているエルザを相手に、二人だけの世界を作っていた。
そうしている間にも、二組の生徒達と聖リリィの生徒達は、楽しそうに談笑していた。
その中で、ジョセフは連邦代表団のリストを見て、各選手の資料を見て、データを頭の中に叩き込む。
「ジョセフ、それは?」
すると、システィーナが気付き、ジョセフが開いているリストを見ようとするが。
「トップシークレットや、システィーナ」
ぱたんと閉じてしまい、ジョセフがにやりと不敵に笑いながら言うのであった。
「これは、今度の魔術祭典の連邦代表団のリストや。せやから、最初の1ページは見てもいいけど、さっきのは詳細なデータが入っていたからな」
「ふーん、まぁ、そういうことなら……って、なんで、ジョセフがそれを持っているのよ?」
一瞬納得しかけるシスティーナだが、ふと、そう疑問に思うと。
「そりゃ、俺とアリッサは連邦代表団のマネージャーとして行くことになったからな。……帝国のこと知っているやろっという理由で……」
はぁ、っと。溜め息を吐きながらジョセフは資料の最初のページを見た。
「まぁ、ひょっとしたらお前らとも当たる可能性はあるからな。いや、絶対当たるわ」
「ふーん。で、貴方は私達、帝国代表選手団の研究をして対策を立てなければならないと?」
「そういうこと。……まぁ、悪く思わんでくれ。これも仕事だ」
「むぅ。なんか複雑な気分だわ」
なんか、こうも堂々と余所の代表選手団から研究されるのがなんとも言えないのか、いかにも複雑な表情をするシスティーナ。
「ま、逆に考えるなら、大会まで手の内を見せないようにすればええ話しさ」
「……貴方相手に隠せる自信がないんだけと」
「そこは魔術師らしく、な?魔術師は騎士じゃないんやで?」
頬を引きつらせるシスティーナに、ジョセフは不敵に笑うのであった。
「まぁ、お前は自信を持て。あんだけ修羅場をくぐったんだ。今のお前は世界に通用すると俺は思うから。たとえ、連邦とぶつかってもな。ま、今は連邦や他国の代表選手団のことは考えるな。今、お前が為すべきことは祖父がなったメイン・ウィザードになることだろう?だったら、今はそれに専念しろ」
「……そうね。今は連邦とかそんなことよりも、代表入り――メイン・ウィザードにならなきゃ何も始まらないわ。ありがとう、ジョセフ。貴方のおかげで、集中できそうだわ」
「そりゃ、よかった」
「でも、そう簡単に手の内は見せないわよ?いくら貴方でも、連邦には手の内を見せてたまるもんですか」
「ほう?じゃあ、見せるように仕向けなきゃいけないなぁ?というわけで、代表選手に選ばれた場合、俺と模擬魔術戦な?」
「ちょっ!?貴方と模擬魔術戦!?」
「あぁ、でも、もしお前が俺に勝ったら、これ見せてやってもいいかなぁ?どうしようかなぁ?うん?」
「ぐぬぬぬ……い、いいわよ!勝負してやろうじゃない!私が勝ったら、それ見せてもらうからね!」
「よっしゃ、商談成立や。分析されないように気をつけろよ?」
こうして。
帝国代表選手団の研究をするジョセフに、システィーナはジョセフに勝ったら、連邦代表選手団のデータが載っている資料を見るということで、選抜会後の模擬魔術戦の約束をするのであった。
そして、次の日
この四日目から四日間行われる『総当たり魔術決闘戦』が行われる。
それが始める前のこと。
「うぅ……緊張してきましたわ」
「お前な……」
今さら緊張してきたウェンディに、苦笑いするジョセフ。
「ねぇ、ジョセフ……」
不安そうな顔で袖を掴むウェンディ。
そんなウェンディの頭をくしゃっと撫でるジョセフ。
「前から言っているけど、お前はシスティーナ、ギイブルに次いで、技量が高いんや。この代表選手候補の中でも、トップレベルでな」
「それはわかってますけど……」
「……大丈夫。お前なら行けるから……だから、落ち着いていけや」
「ジョセフ……」
そう言ってウェンディは上目遣いでジョセフを見る。
(うん、この表情、アレして欲しいんやな)
そんなウェンディを見て、ジョセフは苦笑いして――
――唇を重ねた。
告白された時や、泊った時に交わし合ったあの時のキスとは違う、軽いキス。
まぁ、誰も見ていないから大丈夫なはず……多分。
「…………」
軽くキスをし、二人は同時に離す。
「……落ち着いた?」
「ええ、大丈夫ですわ」
すると、今まで、緊張していたのは嘘のように落ち着いているウェンディを見て、ジョセフは優しい表情をする。
「……そろそろやろ?」
「ええ。……行ってきますわ」
そう言って、会場に向かうウェンディをジョセフは見送るのであった。
「「…………」」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――ッ!
そんなジョセフとウェンディの様子を、背後に黒いオーラを背後に纏った二人の少女が見ていた。
「「ふふふふふふふふふ……」」
そんな二人にジョセフは脂汗を垂らしながら、全力で知らない振りをするのであった。
そして――
――。
「……ウェンディ」
魔術祭典代表選手選抜会が終わった後、北地区にあるカフェにて。
ジョセフは苦笑いしていた。
ジョセフの視線の先には――
「…………」
机に力なく突っ伏しているウェンディがいた。
撃沈している。
まぁ、何があったのかはだいたいお察しなのだが、あの魔術決闘戦でウェンディは良いところまで行っていた。
ジョセフの言うとおり、システィーナ、ギイブルに次ぐ技量の持ち主であるウェンディ。
確かに、技量は高かったのだが、元々の性分が災いし、凡ミスが目立っていたのだ。
そのため、技量が高いにもかかわらず、勝率が50%と、あまり振るわなかったのだ。
だから、結果はお察しの通りである。
「……ジョセフ、わたくし……」
「まぁ、頑張ったよ。よくやったよ」
そんな風に慰めるジョセフに、突っ伏していたウェンディが顔を上げる。
その顔はきょとんとしていた。
「いや、そんなきょとんとした顔せんくても……」
え?そんなこと言うの意外。というような顔をするウェンディにジョセフは心外だとばかりに言う。
「いえ、貴方のことだから、弄ってくると思って――」
「……お前、俺の事なんだと思っているん……?」
いや、確かにわかるけど。気持ちはわかるけど、流石に心外ですよ、ウェンディさん。
ジョセフは内心そう思いながら、紅茶を飲んだ。
「あんなに一生懸命な姿を見てるんだから、弄るわけないやろ」
呆れながら、そう言うジョセフ。
「まぁ、確かに結果はアレやったけど……それでも、さすがウチの幼馴染やなって思ったよ。それぐらい……まぁ、かっこよかった……と思うけど、なんか文句あります!?」
「なんで、半ギレになってるんですの!?」
わざと半ギレ風に言うジョセフに、突っ込むウェンディ。
そして、くすりと笑い。
「……ありがとうございます。ジョセフ」
先の落ち込みはどこにいったのか、一転して微笑むウェンディに。
「……別に?思ったことを言っただけだし?」
途端に照れくさそうにそっぽを向くジョセフ。
まぁ、代表に今一歩届かなかったウェンディだが、今の自分の実力の立ち位置と、そして今後の課題(ドジっていうある意味難しい課題もあるが)を、この選抜会で再認識すことができ、非常に有意義な選抜会を過ごすことが出来たであろう。
「さぁ、なんか頼みますか~。なんでもええで?」
「ふふっ、では、お言葉に甘えて――」
すっかり機嫌がよくなったウェンディにジョセフは穏やかな表情で見ながら、注文を取るのであった。
「……いや、うん……まぁ、なんでも頼んでもいいって言ったけど……」
テーブルの上に並べられたものを見て、ジョセフは俺の財布大丈夫かと中身を確認しながら、頬を引きつらせるのであった。
ここまで。
次から十五章に入ります。