十五章に突入です。
182話
鐘楼の鐘が、荘厳なる音色を奏で、天を高らかに震わせていた。
仰ぎ見るに高き天井には、双子の天使を戯画的に表わしたステンドグラス。
地を照らす眩き陽の光は、その聖なるステンドグラスを通して、静穏で神秘的な光へと昇華され、薄暗い礼拝堂内に優しく降り注いでいる。
奥の内陣部には、豪奢な祭壇。
その周囲には無数の金の燭台が並んでいる。無数の蝋燭に火が灯され、息吹のような微かな空気の動きが、霊妙なる光と闇の陰影を揺らめかせている。
階下より響きて耳朶を打つは、パイプオルガンの旋律と、聖歌隊の清廉なる歌声。
”主を褒め讃えよ”――賛美の音色は、魂に直接染み入るかのようだ。
此処は、自由都市ミラーノ。ティリカ=ファリア大聖堂、第七礼拝堂。
そこの奥の祭壇前に、今、一人の男が佇んでいた。
「……”聖なるかな。聖なるかな。遍く全てを神の栄光の為に”」
男は、祭壇に聳え立つ十字の聖印へ向かって、静かに黙禱をしながら唱えた。
「”全ての事は許される。されど、全てが益になる所以には為らず。全ての事は許される。されど、全てが我らを造物するに非ず”」
誰へともなく、唱えた。
それはエリサレス新約聖書の一節――即ち、主の言葉である。
「”故に、遍く人の子らよ。己が利得より他者の利得を尊び求めよ。何故ならば――”」
そして、男はフロックコートをばさりと翻し、祭壇に背を向ける。
山高帽を深く被り直し、そっとその場を後にする。
「”この世、天と地、遍くそこに満ち充ちている物は――神の物であるが故に”」
最後にそう聖句を括って。
口元に薄く、冷たい微笑を浮かべて。
男は、そっと礼拝堂を後にする。
ある種、聖者のような崇高なる意志をその背に漲らせ、男は去って行く。
振り返ることなく、去って行く――
「な ん で、当たらないのよッ!?」
快晴の大空に、システィーナの叫びが吸い込まれていった。
広漠とした楕円形フィールドを、階段状の観客席がぐるりと囲むこの場所は、アルザーノ帝国魔術学院の魔術競技場。
観客はほとんどなく、今は閑散としている。
だが、フィールドには、複数人の生徒達の気配があり、皆、一心不乱に魔術の鍛錬に励んでいた。
彼らは、帝国の三大魔術学院から選抜された、魔術祭典帝国代表選手団。
来るべき魔術祭典の開催に備えて、特別合宿が組まれ、今、選手に選ばれた生徒達は特訓と最終調整に励んでいるのだ。
「ほいほい、まだまだ甘いよ~、システィーナ。もっと鋭くいかないと」
「ほんと、なんで当たらないの!?反応、早過ぎでしょう!?≪雷精の紫電よ≫――ッ!」
システィーナから放ってくる無数の雷閃を、ひょいひょいと軽くかわすジョセフ。
「そんな攻撃じゃ、本番危ないよ~?」
「む、むきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい――ッ!」
ジョセフに煽られ、顔を真っ赤にするシスティーナ。
魔術祭典。
かつて、北セルフォード大陸で定期的に行われていた魔術競技大会である。
参加各国から優れた若手魔術師十名で構成された代表選手団を出場させ、魔術的な試練で競い合わせ、頂点を決める世界的な祭典だ。
北セルフォード大陸の主要国家である、アルザーノ帝国とレザリア王国の冷戦状態が深刻化するにつれ、近年の開催は見送られ続けていたのだが、今回、様々な政治的思惑から、ついに何十年ぶりかに開催が決定したのである。
今回は、北セルフォード大陸諸国のみならず、新世界の二ヶ国――アメリカ連邦、クスコ帝国も今回の魔術祭典に参加する。無論、アルザーノ帝国、レザリア王国との首脳会談にも参加する。
無限ループの帝国代表選手選抜会から早二週間。
ジョセフは、帝国代表選手団の総監督に選ばれた――曰く、上層部、女王陛下に推されたグレンに、半ば強制的に――というよりも、他国の選手団の研究もグレンはしなければいけなかったため、連邦の研究の参考にするためというのもあるのだが――手伝わされていた。
そして、今、ジョセフは決闘戦フィールドで、二人の生徒とニ対一で呪文の応酬をひっきりなしに続けていた。
「そこです!≪大いなる風よ≫――ッ!」
クライトス魔術学院からの代表選手レヴィンと――
「ええい!≪雷精の紫電よ≫――ッ!」
この帝国代表選手団のメイン・ウィザードに選ばれた少女、システィーナだ。
二人は、ジョセフとそこで他の選手達とは一線を画す魔術戦の手合わせを繰り広げていた。
「よっこらせっと」
風を、雷閃をひょいひょいとよける。よける。
「くっ、あの状態からこうも簡単にかわすなんて……ッ!」
「ああ、もうっ!反則でしょう、あの機動はッ!」
「まちっと、動きを見てみてから、攻撃してみ!」
「ならば、これはどうでしょう!?≪雷精の紫電よ≫――ッ!」
「ひょ!?危なッ!?二反響唱か、いつの間に覚えたんや……?」
「ええ、イヴ先生の指導のお陰でね……」
「ふぅん?口先だけやなさそうやな。じゃあ、こっちも反撃の時間ということで……」
「――うわっ!?い、今のは時間差起動!?いつから、予唱呪文を!?」
「上から来るぞ!気を付けろ!」
「うわわわわ――ッ!?」
上から降ってくる雷閃にシスティーナとレヴィンは慌てて避けるが。
「まぁ、上は牽制なわけでして……」
「え?」
不敵に笑うジョセフに、システィーナはきょとんとするが。
まさか、と。ハッとした瞬間。
前後から、左右から、予唱呪文していた雷閃が時間差起動でシスティーナ達に襲いかかった。
「そ、そんなの、アリなのぉおおおおおおおおおおおお――ッ!?」
快晴の空に、システィーナの叫び声が再び木霊するのであった。
「ったくよぉ……」
そんな表向きは留学生、本当は現役の連邦軍の軍人に翻弄される二人の時代の寵児を、グレンは半眼で見ていた。
この二人の他に、聖リリィからはフランシーヌ、コレット、ジニーが。
アルザーノ校からは、リゼ、ジャイル、ギイブル、ハインケルなどが。
この奇跡のような粒ぞろいの精鋭。
これ、ジョセフら連邦には悪いけど、俺達帝国チームあっさり優勝しちゃうんじゃね?
グレンがそんなことを半眼で考えていると……ふと気付く。
「あれ?そいえば、
と、その時だ。
「たたた、助けてくださぁい、グレン先生ぇ~~~ッ!」
グレンの背後から、そんな情けない悲鳴が迫ってくる。
やれやれ、またか……グレンが溜め息を吐きながら振り返ると、案の定、そこには件の問題児の姿があった。
「もうダメぇ!死ぬぅ……死んじゃいますぅ~~~ッ!」
その問題児が、ばすっ!とグレンに抱きついてくる。
アルザーノ帝国魔術学院の制服を着た女子生徒だ。制服のリボンの色から判別するに、システィーナより一つ下……一年次生である。
仄かに桃色がかった、色素の薄い少女だ。エリサレス教の熱心な信者なのか、胸元には十字の聖印が下がっている。
抱きしめれば、すっぽりと腕の中に収まってしまいそうな、華奢で小柄な身体つき。
未だ童女のような幼さを残しながらもよく整った顔立ち。肌は絹のように白く滑らかで、頬はぷにぷにと柔らかく、鼻は小さくとも筋がすっきり通っている。その大きな瞳は、まるで兎の目のようにくりくりと可愛らしく、小動物的だ。
そんな少女が、その大きな瞳いっぱいに涙を溜めて、まるで久々に飼い主に再会した愛玩動物のように、グレンに縋り付いてくるのであった。
「やれやれ……まーた、お前か、マリア」
グレンは抱きついてくる少女の頭を、うんざりしたように見下ろす。
彼女の名は、マリア=ルーテル。
アルザーノ帝国魔術学院の一年次生にして、帝国代表選手団に選抜された少女。
一年次生で選ばれただけあって、卓越した魔力容量を誇り、中でも白魔術の腕前は学生離れしたものがあり、密かに注目をあつめていた才女だ。
だが、一年次生であるがゆえに、マリアは体力面や戦闘経験で劣っている。
よって、この強化合宿でマリアに課せられた課題は、基礎体力訓練や魔術戦の地稽古など、ド地味で、とてつもなくキツいメニューが主体となっている。
それゆえに――
「だって、死んじゃう!死んじゃいます!身体能力強化を維持したまま、フィールド百週なんて、私に死ねと!?酷いですよぅ!あと、後ろからついてくるアリッサ先輩が怖すぎですよぉ!」
こうやって頻繁に音を上げて、グレンに泣きついてくるのであった。
因みに、アリッサはマリアを見るように後ろについてくるのであったが、無表情で追いかけてくるため、マリアから見ればホラーじみた追いかけっこをされているような気がした。
「もう、精も根も尽き果てました……これ以上やるなら死んだ方がましです、死にたい」
「ったく、やる気ねーな!?お前、なんで代表選手団に志願したんだよ!?」
「だって、だってぇ~~ッ!」
「お前がサボってると、俺がイヴに燃やされるんだよ!?燃えたくないから、さっさと戻りやがれ!そして、死ね!」
「そ、そんなぁ~~~~ッ!」
すると、マリアはグレンから離れ、打ち拉がれたようにがっくりと崩れ落ちる。
「か弱い女の子に対して、なんて冷たい仕打ち……うぅ……これがずっと憧れていた英雄の先生の正体だったなんて……あぁ、世はなんて無情な……」
そして、マリアは目を閉じ、胸元で手を組んで十字の聖印を握りしめ、足を真っ直ぐ揃えて仰向けになった。
「”主よ、主よ、どうしてお見捨てになられたのです?せめて我が御霊を、汝の身許に……
「ウゼェエエエエエエエエエエエ――ッ!?」
チラッチラッと薄目を開けてグレンを見てくるマリアに、そう叫ぶしかない。
「あ、神は言ってます。こんなか弱い女の子を見殺しにした先生は、地獄に落ちます」
「よーし、わかった。地獄に落ちてやる。だから、お前を埋めてやる」
「ん。じゃあ、サボった罰で私が埋めてあげる」
「いやぁああああああああああああ――ッ!?アリッサ先輩厳し過ぎですよぉ!きゃああああああああああああ!?た、助けてぇええええええええ――ッ!」
寝ているマリアを押さえつけ、土を被せていくアリッサ。
涙目で暴れるマリア。
と、そこに……
「あはは、先生、アリッサ。その辺にしてあげませんか?」
大きなケトルに水を汲んだルミアが、ちょうど戻って来ていた。
「こう見えて、マリアさん、すっごく真面目に頑張ってましたよ?課せられたノルマ以上に一生懸命……それに、ほら、先生も知っていますよね?」
「いやまぁ、知ってるけどよ……なんか、こいつ、ノリが腹立つ!」
「もう先生ったら」
頬を引きつらせるグレンを見て、ルミアがくすりと笑う。
「少し早いですけど、休憩にしたらどうですか?あんまり根を詰めてもですし」
「ったく、しょーがねえなぁ。わぁーったよ、休憩にすっか……」
途端。
「ルミア先輩ぃ~~~ッ!?大好きですぅ~~~ッ!」
大歓喜して速攻で立ち上がり、ルミアの両手を取ってブンブン上下に振るマリア。
「お前、超元気じゃねえか」
そんなマリアの現金すぎる姿に、グレンは深い溜め息を吐き。
「こんなに元気なら、次は二百周で――」
「――いやぁあああああああああああ!?アリッサ先輩の鬼ぃ~~ッ!悪魔ぁ~~ッ!」
「……鬼、悪魔ってのはこういうことを言うのよ?」
「ひぃいいいいいいいいいいい!?ご、ごめんなさぁああああああああいッ!?謝りますから、その光の剣を出さないでくださいぃいいいいいいいい――ッ!?」
背後に無数の剣を召喚し、マリアに向けるアリッサに、ジャンピング土下座するマリアなのであった。
一方で――
「――くぅうううううううっ!なんで、当たらないのよぉおおおおおおお――ッ!?」
決闘戦フィールドでは、ひょいひょいと回避されて一発も当たらないジョセフに、システィーナは発狂するのであった。
今回はニューメキシコ州です。
人口210万人。州都はサンタフェ。主な都市にアルバカーキ、サンタフェ、ラスクル―セス、ロズウェルです。
愛称は、魅惑の地で、47番目に加入しました。
名前から察する通り、最初はスペインの植民地、ヌエバ・エスパーニャの一部でした。
その後、メキシコ独立戦争後の1821年にメキシコの一部として継承されます(因みにスペイン語ではヌエボ・メヒコです)。
1846年から1848年の米墨戦争と1848年のグアタルーペ・イダルゴ条約の結果、メキシコがまだ入植をほとんど進めていなかった北部地域、アメリカ合衆国南西部と呼ばれる地域とカリフォルニアをアメリカに割譲しました。その後、1853年のガズデン購入によってニューメキシコ南西部とアリゾナのヒラ川南部を獲得したことによってニューメキシコは完全にアメリカの領土になりました。
そして、1912年1月6日に合衆国議会はニューメキシコを47番目の州として昇格させました。
第二次世界大戦の間、ロスアラモスで最初の原子爆弾が設計・製造され、ソコロとアラモゴードの間にあるホワイトサンズ実験場の砂漠で最初の核実験が行われました。
中心都市はアルバカーキで、ここで行われる熱気球世界選手権は世界最大規模です。
サンタフェは州都でもあり、全米屈指の保養地です。
ロズウェルは例のUFO撃墜事件で知る人ぞ知る都市で、それまでマイナーな地方都市だったのに、一躍世界レベルで有名になりました。
無論、それを観光に活かさない手はなく、真偽の程はともかく、市内には宇宙人のモニュメントやUFO博物館なるものまであります。