ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


184話

 

 

 そこは、時が止まったような静謐な空間だった。

 

 絨毯、絵画、箪笥……品の良い調度品が適度に配置され、四方を書架に囲まれた、薄暗い寝室である。

 

 サイドテーブルに設置された燭台の淡い明かりが、安楽椅子に身を任せる女の姿を闇から浮かび上がらせている。

 

 この薄闇の中にありて尚、鮮烈に目を灼く豪奢な金髪、思わずぞっとするほど精緻に整った魔性の美貌。黒いゴシックドレスに包んだ艶美な肢体。

 

 セリカ=アルフォネア。

 

 セリカは、ストールを肩にかけ、無言で本を読んでいる。

 

 その傍らには天蓋付きのベッドがあり、一人の幼い少女が静かに眠っている。

 

 本を読むセリカと眠る少女……その部屋はそれだけで完結し、完全なる調和の取れた空間であった。

 

 と、その時。

 

 こん、こん……そんな完全調和を破る、ノックの音。

 

「セリカ、入るぞ」

 

 寝室の扉を開いて入って来たのはグレンであった。旅支度中なのか、小脇には本やら服やら色々と抱えている。

 

「つーわけで、こないだも言ったけどさ。俺、明日からフェジテを空けるから」

 

「ああ、件の魔術祭典だろ?ふっ、行ってこい。……頑張れよ?」

 

 セリカが本を閉じ、グレンを流し見る。

 

「しっかし、代表選手団の総監督とは……お前も出世したなぁ?お母さん、感激」

 

「うっせ!こんな出世はいらん!とにかく、俺いねーから、お前、色々と気をつけろよ!?今のお前は、その……あんま身体、強くねーんだからな?」

 

「やれやれ……息子にこうも心配されるとは。私も歳を食ったな……」

 

「ば!違ぇーよ!?お前じゃなくて、お前が無茶やらかした時、巻き込まれる周囲の心配してんだよ!要は、大人しくしてろってこった!」

 

 いつも通りの遠慮ないやり取りをしつつ、グレンは視線を横に滑らせる。

 

「それにしても……こいつ、本当に目を覚まさねーな?」

 

 グレンが注視したのは、ベッドの上で静かな寝息を立てる幼い少女だ。

 

 以前、白銀竜と戦ったスノリアのアヴェスタ山峰で拾った謎の少女。もうかなり時間が経つというのに、目を覚ます気配はまるでない。

 

「ま、こっちはこっちで気長にやるさ。私も休職中だしな」

 

 だが、セリカは特に気に留める風もなく、あっけらかんとしていた。

 

「ところで……件の魔術祭典、開催地は自由都市ミラーノだっけ?」

 

「ああ、そうだ。あの有名なミラーノだ。ある意味、海外旅行だ。羨ましいか?」

 

 グレンがからかい半分にセリカを煽ろうとするが。

 

「ミラーノか……なるほど、ミラーノねぇ……」

 

 なぜか、セリカは遠い目で、何かを思い返すように呟いていた。

 

「ん?ミラーノがどうかしたか?」

 

「は?お前、わからんのか?ミラーノは昔、私が……」

 

 と、セリカが何事かを言いかけて……

 

「ま、いっか。それこそ昔の話だし」

 

 ……不意に思い直して、口を閉ざすのであった。

 

「……?なんだかよくわからんが、後はよろしく頼むぞ?」

 

「ああ、任せろ。お前も海外旅行、楽しんで来るといいさ」

 

「旅行じゃねーんだが……まぁいい、お土産期待してろ」

 

 そんなやり取りをしつつ。

 

 グレンは、セリカの部屋を去って行くのであった。

 

 

 

 

 

 ――夜が明けて、早朝。

 

「で、今回の首脳会談、上手くいくんすかね?」

 

 フェジテにある連邦の領事館にて。

 

 そこには、いつもの軍服姿のジョセフとアリッサとマクシミリアンがいた。

 

 ジョセフは、向かいの席に座っているマクシミリアンに、今回の首脳会談について問いかけていた。

 

 因みに、アリッサはジョセフの隣でお船を漕いでいる。

 

「……上手くいけば、向こう十年の平和はこの北セルフォード大陸に齎されることは確かだからな。上手くいく、いかないというよりも、そうしなければならないだろうな」

 

「でも、それやったら連邦にとっては、いささか都合が悪いような気がするんですが?そりゃ、王国との首脳会談で、先の戦争の行方不明者の捜索を行えるように交渉できたとしても。……元々、連邦が帝国に目を向けたのも、この大陸に自身の影響力を広めるためでしょう?」

 

 そう、ジョセフの言うとおり、今まで北セルフォード大陸に目を向けていなかった連邦が突然、目を向けて帝国と接近したのは、この大陸に自国の影響力を高めるため。帝国はその橋頭堡になるはずであった。

 

 そして、その大義名分は、レザリア王国の脅威から帝国を守るためという大義名分を掲げてきていたのだ。

 

 実際、これはあながち嘘八百ではない。もし、帝国が王国に併合されようものなら、連邦は大洋を挟んでいるとはいえ、直接、王国と対峙する羽目になる――魔導大国である帝国の技術を接収した王国が、だ。

 

 だから、それを避けるためには、帝国を連邦と王国の緩衝地とし、そのために連邦は帝国を支援する。それが、今までの、やり方だった。

 

 つまり、要は、連邦にとっては、帝国と王国の仲は犬猿の仲でいた方が――あわよくば、共倒れしてしまえば、自国の影響力を尚更、北セルフォード大陸に拡大させることができるのだ。だが、今回の首脳会談でもし、帝国と王国の関係が改善されたら……連邦の今までの支援や外交の意義はなくなってしまう恐れがある。

 

 それなのに、今回の帝国と王国の首脳会談には、連邦は懸念を表明しないばかりか、南に位置する隣国、クスコ帝国共々、四大国での首脳会談に踏み切ってしまったのである。

 

「確かに、今回の首脳会談が成功すれば、連邦軍がこの大陸にいる意義はかなり薄れる。……むしろ、邪魔になってくるだろうな。にもかかわらず今回の首脳会談……政府も馬鹿じゃない。何か、考えがあってしているものだと思っている」

 

 背もたれに身を預けるマクシミリアンはそう言って。

 

「ま、俺達は軍人であって、政治家じゃない。たとえ、その首脳会談の結果がどうなろうと、俺達にはどうしようもできない」

 

「……それも、そうですね」

 

 考えても仕方がない、と。ジョセフは頭を切り替える。

 

「んで、実際、反対派の妨害とかはあり得ますか?」

 

「……少なくとも、連邦とアルザーノ帝国、クスコ帝国の反対派については特に不穏な動きはない。だが……」

 

 マクシミリアンは、ある国の名をそこには出さなかった。

 

「レザリア王国の場合は、穏健派が強硬派を抑えきれているのかどうか……あそこは、今の教皇が穏健派とはいえ、教皇庁の連中の約半数が強硬派だ」

 

「まぁ、4年前の選挙で現教皇が選出された時は、奇跡って揶揄されていましたからね。……もっとも、先の戦争では強硬派を抑えきれなかったらしいですけど」

 

 だからこそ、今回の首脳会談と魔術祭典はレザリア王国――とりわけ強硬派の連中を警戒せねばないらない。妨害をした時――それこそ、女王陛下と大統領を暗殺したり、逆に穏健派の中で大きな影響力を持っている教皇を暗殺して、帝国・連邦に濡れ衣を着させたりする可能性もなきしにもあらず、である。

 

「ま、そういうことだ。そこで、お前とアリッサは連邦代表選手団のマネージャーとして魔術祭典で不穏な動きがないか見てくれ。俺とシュタイナーは首脳会談の方を見る」

 

「了解」

 

「いいか、連中の目的は、帝国の武力併合だ。この会談が失敗した場合、レザリアの穏健派の力は弱体化する。そうなったら、強硬派が権力を握るであろう。そうなったら――」

 

「戦争を起こす気ですか?帝国のバックに連邦がいるのに?」

 

「ああ、恐らくは、なんらかの手を打つはず。それこそ、クスコ帝国を味方に引き入れたり、もしくは……南部諸州の離反の工作を行ったりしてな」

 

「……そうなったら、確かに、帝国に全力を傾ける訳にはいきませんね」

 

 特に、南部諸州が離反した場合。北部諸州はそれを当然、認めない。

 

 これが話し合いで解決すればいいのだが、昨今の南部諸州のデモや暴動を見ると、とてもではないが話し合いで解決できそうにない。

 

 ならば、残された方法は、武力による解決しかない。つまり、内戦だ。

 

 連邦が内戦状態に陥ったら、帝国を助ける余裕はなくなる。

 

 武力併合を狙っている教皇庁強硬派にとって、これほど良いタイミングはないはずだ。帝国に仕掛けてくる可能性は、ぐんと上がる。

 

 とにかく、この会談は必ず成功させないと、帝国と連邦にとってとてつもない試練が待ち受けているのは確かだ。

 

「……まぁ、そういうこった。……んじゃ、そろそろミラーノに行きましょうかね」

 

「そうですね。おい、アリッサ、起きろ」

 

 マクシミリアンは席を立ち、ジョセフは隣でお船を漕いでいるアリッサを起こす。

 

 そして、ジョセフとアリッサ、マクシミリアン(シュタイナーは現地で合流)は連れ立って、自由都市ミラーノへ行くのであった。

 

 

 

 

 

 

「……おい、アリッサ」

 

「……何?」

 

「くっつきすぎだ。離れてくれ。動きにくい」

 

「……ジョセフが良いって言ったじゃん」

 

「俺、一言も言っていないんだけど?」

 

「心の中で言っているわよ」

 

「それはお前の独自解釈だろうが……」

 

「まぁ、すきなんだから仕方がない」

 

「仕方がないで済ますんな!」

 

「それと、ジョセフ。多分、宿泊先で貴方の部屋に襲撃するから、覚悟しといて」

 

 ……誰か、この好き過ぎて暴走している少女を止めてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 レザリア王国。

 

 北セルフォード大陸の中央北部に、広大な国土を持つ王政国家である。

 

 大陸北西端にあるアルザーノ帝国から見れば、南北に延々と延びる”竜の背骨”と呼ばれる超高度山脈帯を隔てて東側に位置し、その国土面積はおよそ三~四倍。

 

 セントへレス、エノキア、アルフスタ、カラート、ハンベリー、ドラクロス、イエリアルの七領から成り、北方は亜寒帯、南方は温帯の気候区に属し、国教はエリサレス教カノン派(旧教)。

 

 国家の体裁としては、王と各地方領主の関係が、統治権の保護と主君への忠誠の関係で結ばれた伝統的封建制を取っているが、その実態は異なる。

 

 王国民の冠婚葬祭に深く浸透し、強固な信仰基盤を作り上げているエリサレス教カノン派――俗に言う”旧教”。それを統括する聖エリサレス教会教皇庁が強大な力を持ち、王家や各地方領主の政務を監督・代行する、事実上の中央集権的宗教国家である。

 

 そんな聖エリサレス教会教皇庁のお膝元たる、教会領イエリアル。

 

 その首都、聖都ファルネリアの中央には、世界最大級の教会堂建築にて、教皇庁の総本山たる聖フィリポ大聖堂がある。

 

 今、そこの礼拝議事堂では、教皇庁の最高決定機関である枢機卿会の有力者達が集い、朝から平行線の議論を続けていた。

 

「私は反対だッ!まさか、貴方は本当に、今度の魔術祭典における首脳会談で、あの帝国と連邦と和平を結ぶおつもりなのかッ!?」

 

 有力枢機卿の一人――アーチボルト=アンビス枢機卿が、机を激しく叩いて叫び、その周囲の枢機卿達も口々に続く。

 

「やつらは、堕落した異端者だッッッ!悪魔の手先だッッッ!」

 

「そうだ!連中の誤った信仰も正さず、対等なる平和条約など言語道断ッ!」

 

 すると、アーチボルト達とは反対側の席に座るファイス=カーディス司教枢機卿が、静かに立ち上がった。

 

 ファイス司教枢機卿は、質素なカソックに身を包んだ美しい男であった。

 

 流れるような金髪、古典彫刻のように整った顔立ち。きめ細やかな肌。齢四十を超える男とは、とても思えない美丈夫である

 

「ええ、その通りです」

 

 まるでコラールのような涼やかな声で、ファイスは言った。

 

「今度の首脳会談で、帝国・連邦と王国の確執は終わりにします。これからは、旧教も新教も関係ありません。互いに手を取り合うべき時代となったのです」

 

「馬鹿なッ!あの異端者共に聖伐を与えてやることこそ、神の御心ッッッ!」

 

「貴様は神の御遺思に逆らうというのか!?」

 

 そんな風に大騒ぎする、強硬派の枢機卿達へ。

 

「”心なき者は、神がお裁きになるだろう。人が人を裁いてはならない”」

 

 ファイスは、聖書の一節を引用し、冷静に反論する。

 

「……我々は神ではありませんよ?グレイブ枢機卿」

 

「この融和派の若造がぁああああああ――ッ!」

 

 それを皮切りに、その場は最早、収拾のつかない宗教議論の場と化した。

 

 強硬派の司祭や枢機卿達の誰もが、顔を真っ赤にして聖書解釈を喚き立てている。

 

 国策を問う議論の場として、まったく不毛であることこの上なかった。

 

 そんな彼らへ、ファイス司教枢機卿は粘り強く訴えかける。

 

「何度でも言いますが、我々は信仰を重視するあまり、無茶な鎖国、国交断絶、宗教浄化政策、戦争政策を長年取り続け、最早、国家として完全に行き詰りつつあります。

 すでに、レザリア王家や領主達には権威も統治能力もなく、この国を導いていけるのは我等が教皇庁だけ。だが、それも限界が見えています。ましてや、先の連邦との戦争での敗戦から我が国は――被害が甚大だった北部はまだ戦禍からの復興の目処が全くたっていません。だからこそ、これからの時代は、信仰を異にする他国との協調や協力が必要不可欠。そのためにはまず――」

 

「うるさい、黙れ!そんなことより、神と信仰に殉ずる方が重要なのだッッッ!」

 

「そうだ!それに、そんな些細な問題、帝国を併合し、クスコ帝国と共に連邦を叩き潰せば即座に解決するッ!」

 

「然り!なればこそ、国民達にさらなる”お布施”を募り、十字軍の再編を――」

 

(なぜ、それが無理だと理解できないのでしょう?このご老輩達は……)

 

 ファイスは、その美しい細面に疲れを色濃く浮かべ、溜め息を吐いた。

 

 確かに、王国には、帝国の三倍の領土、三倍の人口がある。

 

 基本、戦争とは数。ごく単純に考えれば、圧勝である。

 

 だが、帝国には優れた指導者と優れた魔導技術、精強なる軍隊、連邦と並び世界を牽引する圧倒的な経済力、そして――あの六英雄が一人、セリカ=アルフォネアがいる。

 

 連邦に至っては、確かにセリカのような人材はいないが、王国の一.五倍の領土、人口は二倍である。

 

 そして、これまた優れた指導者と優れた政治体制、帝国譲りの優れた魔導技術、一部の分野で最先端をいく工業技術、世界最強で有数の規模を誇る軍隊、帝国の五倍も誇る頭一つ抜きんでた経済力。

 

 こんな国に戦争を仕掛けるなんて、自殺行為も同然だ。

 

 連邦の隣国であるクスコ帝国は、確かに大国ではあるが、国内の政治の腐敗、違法薬物、汚職等が蔓延しており、ガタガタである。

 

 さらに政権がコロコロ変わるほどの政情不安定なクスコ帝国は、とてもではないが頼りにはならない。

 

(無論、こちらにもセリカに抗しうる()()()()がいますが……戦争の趨勢はたった一人か二人の英雄によって決まるものではありません。それは、連邦との戦争で身を持って知ったはずです。今の疲弊しきった王国と、飛ぶ鳥を落とす勢いの帝国がぶつかれば、両国ともただでは済まない……共倒れは確実……そして、そこを連邦は必ず突いてきて着実にこの大陸の影響力を広めてくる……)

 

 だから、なのだ。

 

 ファイスは、この大恩あるレザリア王国を救うため、教皇庁の中では異端中の異端である”融和派”を標榜し、今まで密かに工作活動を続けてきた。

 

 水面下で密かに、アルザーノ帝国女王アリシア七世と連絡を取り合い、和平・協調路線の道を模索し続けて来た。アリシア七世を経由して、アメリカ連邦大統領であるフランクリン=ポークとも模索し続けて来た。なんとしても帝国を武力併合したい強硬派の罠に嵌められ、危うく異端審問にかけられかけたり、暗殺されかかったことも、一度や二度ではない。

 

(ですが、ようやく……ようやく私の悲願が形になりつつある……)

 

「皆様、ご静粛に」

 

 その時、議長席に座る一人の男の言葉に、紛糾していた会場がまるで水を打ったかのように静まりかえる。

 

 声を発したのは、一際、豪奢な司祭服に身を包んだ老人であった。

 

 老境にありながら、しっかりとした体格、いかにも好々爺然とした穏やかな表情、長年に亘って積んだ徳が、内面から滲み出るような人物であった。

 

「私は、ファイス=カーディス司教枢機卿の案を支持します。飢えるよりも信じよと説く父はおりません。そして、この和平が成ったとしても、我等の尊き信仰になんら障りはありません。……全ては主のお導きのままに」

 

「……フュ、フューネラル教皇聖下……ッ!?」

 

 そう、この好々爺然とした老人こそ、聖エリサレス教会教皇庁の最高指導者、教皇フューネラル=ハウザー。

 

 今から約八年前に枢機卿に着任し、その卓越した能力と人徳で枢機卿会内における力と発言力を高め、四年前の教皇選挙(コンクラーベ)で見事、教皇の座を勝ち取った傑物である。

 

 ファイスを筆頭とする最近の融和派の躍進は、この教皇フューネラルの理解を得られたことがとても大きい。

 

 聖エリサレス教皇庁内において、教皇は絶大な権限と影響力を持つ。

 

 教皇フューネラルが、ファイス司教枢機卿についたことで、この場の議論の趨勢は決したのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回は、ここまでで。
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