ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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 そろそろ大掃除が待っている



18話

 

 

 学院生徒達で賑わう魔術競技場――その観客席を通う通路の一角にて。

 

 黒を基調とした揃いのスーツと外套に身を包む、奇妙な男女の二人組がいた。

 

 一人は二十歳ほどの青年だった。藍色が勝った長い黒髪の奥から、鷹のように鋭い双眸が覗いている。すらりとした長身で痩せ肉だが骨太。その物腰は、落ち着いていると称するよりはむしろ冷淡さを色濃く感じさせ、ナイフのように触れてはならない致命的な鋭さをどこかに隠している――そんな雰囲気の男である。

 

 もう一人はまだ十代半ばの少女だった。ろくに櫛も通されてない伸び放題の青髪を後ろ髪だけうなじの辺りで雑に括り、印象的な瑠璃色の瞳は常に眠たげに細められている。華奢で小柄なその肢体や、精巧に整ったその細面はアンティーク・ドールを想起させる。笑えばさぞかし魅力的に映るのだろうが、その相貌には表情という表情が死滅しており、いかなる感情の欠片すらも読み取れない。

 

 二人が着用する外套は要所要所を金属板やリベット、護りの刻印ルーンなどで補強されており、明らかに魔術戦用のローブであることがわかる。

 

 そんな二人の姿は、学院の生徒達で賑わう観客席において特に異彩を放っていた。衣装もそうだが、何より身に纏う雰囲気が明らかに堅気のものではない。

 

 だが、奇妙なことに、その二人に対して奇異の視線が集まることはない。まるで二人が道端に落ちている石であるかのように、その存在が気に留まらないようだった。

 

「――グレン、だな」

 

 ぼそり、と。青年は冷淡に呟いた。

 

「……ん。どう見てもグレン」

 

 それに応じるように、少女も感情の色が見えない呟きをこぼす。

 

「それと、あの少年…連邦陸軍第1特殊部隊デルタ分遣隊、ナンバー6、≪マサチューセッツ≫のジョセフ=スペンサーだな」

 

「そう。わたしにはよくわからないけど」

 

「だろうな」

 

 青年はそう言った。

 

 二人の視線が注がれる先には、たった今、『精神防御』の終わった中央競技フィールド上で、金髪と銀髪の少女二人に挟まれて何か言い合いをしているグレンの姿と、それを半ば呆れながら眺めているジョセフの姿があった。

 

「俺達に何も言わずに去って行ったと思ったら…こんな所に居たとはな」

 

 青年が冷酷に獲物を見定める猛禽のような目でそう言うと、青年の隣の少女は無言で音もなく、グレン達がいる中央のフィールドに向かって歩き始めた。

 

「待て」

 

 威嚇するような固い声と共に青年は手を伸ばし、少女の後ろ髪を無慈悲に掴む。

 

 がくん、と少女の頭が引っ張られ、後ろに傾いた。

 

「……何をするの?アルベルト」

 

 無表情のまま、少しも感情をにじませず、少女が青年に問う。

 

「それは俺の台詞だ。何をする気だ?リィエル」

 

 青年は青年で、その険しい猛禽の表情のまま、端的に問い返す。

 

 すると、リィエルと呼ばれた少女はさも当然とばかりにこう答えた。

 

「決まってる。…グレンと決着をつけに行く」

 

 ぐい、と。青年――アルベルトは掴んだリィエルの後ろ髪をさらに引っ張った。

 

「痛い。どうして引っ張るの?」

 

 言葉とは裏腹に、まったく痛くなさそうに、リィエルは淡々と応じた。

 

「余計な事はするな。任務を忘れたのか?」

 

「任務?」

 

 リィエルが少し考え込むように間を置いて。

 

「……グレンと決着をつけること?」

 

「…………」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙る。二人の間に沈黙が流れる。

 

「……今回、俺達に与えられた任務は二つ。その内の一つは、今、女王陛下の護衛を務める王室親衛隊の監視だ」

 

「なぜ?彼らはわたし達の仲間」

 

「俺達は一枚岩では無い。王室直系派、王室傍系派、反王室派、過激極右派、保守的封建主義者、マクベス的革新主義左派、帝国教会右派、親連邦保守派、反連邦保守派、反連邦派…さらに、それぞれに青い血側と赤い血側…アルザーノ帝国は様々な思想主義と派閥が渦巻く混沌の魔窟だ」

 

「そう。わたしにはよくわからないけど」

 

「だろうな」

 

 また、二人の間に沈黙が流れる。

 

「右派の筆頭、王室親衛隊に最近不穏な動きがあるとの情報が入った。異能者差別に対する新しい法案が円卓会で閣議されるようになって特に顕著になったとの事だ」

 

「どうして?」

 

「世間一般的に、異能者は悪魔の生まれ変わりだと信じられている。そして、法は女王陛下の名の下に発令されるものだ。つまり、異能者を女王の名の下に法的に保護する事は神聖なる王室の威光に傷がつく、と考えているからだ」

 

「そう。わたしにはよくわからないけど」

 

「だろうな」

 

 さらに、二人の間に沈黙が流れる。

 

「よって、俺達は王室親衛隊を監視している。その確率は限りなくゼロに近いが、今回の陛下の学院訪問を機に、連中は陛下に対し、何等かの行動を起こす可能性がある。もし、そんな事態になれば、政府上層部の派閥争いに重大な影響を及ぼす事になるだろう」

 

「なるほど、わかった」

 

 リィエルは一つ頷いて、合点といったように言った。

 

「話をまとめると、わたしはグレンと決着をつけなければいけない…そういうこと?」

 

「……………」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙る。再び二人の間に沈黙が流れる。

 

「……ん。頑張ってくる」

 

「頑張るな」

 

 再び歩き始めたリィエルの後ろ髪を、アルベルトが再び容赦なく引っ張った。

 

「アルベルトはグレンに会いたくないの?」

 

 二度邪魔されたリィエルが、淡々と問う。

 

「……知れた事を。あの男には色々と言いたい事がある」

 

 アルベルトは言葉尻に怒気を滲ませて言った。

 

「そう。なら、わたしがグレンをボコる。アルベルトは色々と言いたいことを言えばいい」

 

「だから、待てと言っている。俺達はあいつに会わない方がいい」

 

「なぜ?」

 

「久々、あいつの姿を見てわかった。あいつの居るべき世界は…やはり俺達が居るような血に濡れた闇の世界ではなかったらしい」

 

 二人は再び競技場に目を向ける。何があったのか、グレンが銀髪の少女の足下で土下座いている。金髪の少女が何かを言いながら銀髪の少女をなだめているようだ。

 

「あいつの居るべき場所は、彼処だ。眩い光が当たるあの場所こそ、恐らくグレンという男が真に生きていける場所なのだろう」

 

「女の子の足下が?それはなんとも面妖」

 

「…………」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙る。さらに二人の間に沈黙が流れる。

 

「……?」

 

 リィエルはそんなアルベルトの様子に、ほんの少しだけ小首を傾げて……

 

 結局、奇妙な沈黙が二人の間に流れていった。

 

 

 

 魔術競技祭は午前の部と午後の部に分かれており、その間に小一時間ほどの昼休みが入る。競技場に集まっていた生徒達は学院内の学食に行く者、学院外の外食店に赴く者、あるいは弁当を用意してきた者と分かれて、ぞろぞろと移動し始めていた。

 

 グレンのクラスの生徒達もいったん解散し、昼食のために各自分かれて移動し始めている。

 

「眠い、眠い、眠い、眠い眠い眠い眠い眠い眠いねむ~い」

 

 ジョセフは眠いを連呼しながら、安眠できる場所を探していた。

 

 なにしろ、徹夜続きで、ロクに眠れなかったのだから、競技が終わった後、眠気がどっときたのだ。

 

 とりあえず、中庭になら今は人がいないはずなので、そこで適当な場所で寝ようとした、その時だ。

 

「ん?」

 

 ジョセフはその時、グレンとルミア、それと女性がそこにいた。

 

「ど、ど、どうしてアナタのような高貴なお方が、下々の者のたむろするこのような場所に、護衛もなしで――ッ!?」

 

 グレンは突然現れたであろうその女性の前に、ひたすら恐縮していた。

 

「あ、いえ、その、さっきは無礼なことを言って申し訳ございませんでした――ッ!」

 

 いつもの横柄で傍若無人な態度はどこへやら。

 

 グレンは畏まって片膝をつき、その場に恭しく平伏する。

 

「あの人は、まさか女王陛下か?」

 

 ジョセフは、その女性を見て、そしてグレンの態度を見てそう推察した。

 

 ルミアは呆然と立ち尽くしている。

 

 だとしたら、おそらくそうなのだろう。

 

「あら?」

 

 女性はジョセフの存在に気付いたのか、こちらに振り向く。

 

「貴方は、もしかして……?」

 

 女性は、ジョセフの姿を見て――いや、正確にはその面影を見て言う。

 

「お初にお目にかかります、陛下。ジョセフ=スペンサーと申します」

 

 ジョセフはそう言うと平伏せず、頭を下げる。

 

「スペンサー…あの、エヴァの……?」

 

 ジョセフは頷く。

 

「ああ、やっぱり。ふふ、顔が貴方のお母様に似ていましたから」

 

「お、おいジョセフ。この人、女王陛下!なぜ護衛なしでいるのかわからんけど、女王陛下だからな!」

 

「いや、知ってますよ、先生」

 

 そりゃ、女王陛下がここに来るときに見たのだから。

 

「いや、そうじゃなくてだな――」

 

「ふふ、それよりも、お顔を上げてくださいな、グレン。今日の私は帝国女王アリシア七世ではありません。帝国の一市民、アリシアなのですから。さぁ、ほら、立って」

 

「いや、そうは言ってもその…し、失礼します……」

 

 グレンは恐る恐る立ち上がって、恐縮する。

 

「ふふっ。一年ぶりですね、グレン。お元気でしたか?」

 

「あ、はい、そりゃもう。へ、陛下はお変わりないようで……」

 

「……貴方にはずっと謝りたいと思っていました」

 

 ふと、アリシアは目を伏せた。

 

「あ、謝る…って、そんな……」

 

「貴方は私のために、そして、この国のために必死に尽くしてくださったのに…あのような不名誉な形で帝国宮廷魔導士団を除隊させることになってしまって…本当に我が身の不甲斐なさと申し訳なさには言葉もありません」

 

「いえいえ、全然、気にしてませんって!いや、ホントです!ていうか、俺ってぶっちゃけ仕事が嫌になったから辞めただけの単なるヘタレですから!マジで!」

 

 ぶんぶんと頭を掌を左右に振りながら、グレンはアリシアの謝罪を固辞する。

 

「そうですね…私は貴方に頼るばかりで、貴方の辛さや苦しみをわかってあげられなかった…女王失格ですね。思えば三年前のあの時も……」

 

「いやいやいやいや!?俺みたいな社会不適合者に女王たるあなたが頭下げちゃダメですって!?誰かに見られたらどうするんですか!?」

 

 グレンが戦々恐々と周囲を見渡す。都合の良いことに――いささか都合が良過ぎる気もするが――周囲には誰もいなかったが、グレンは気が気ではなかった。

 

「それと…ジョセフ」

 

 アリシアはジョセフに振り向く。

 

 ジョセフは恐縮しているグレンとは違い、そのままたたずんでいる。

 

「こうして顔を合わせるのは初めてですね。ふふ、ホント、顔が母親に似てますね」

 

 アリシアはジョセフの顔を見て、まるで懐かしい友人を見るような目で見ている。

 

「貴方の母、エヴァとは学院の生徒として通っていた頃、よく一緒にいました。あの時はお互いやんちゃしてて…ああ、懐かしい」

 

「陛下の事は母から聞いていました。普段は茶目っ気のある人だが、強く、優しく、聡明なお方だったと……」

 

「あら、エヴァったらそんな大袈裟に言って」

 

 アリシアはかつての親友がそんな高評価をしていたという話を聞き、少し照れくさそうに微笑んでいた。

 

「で、陛下…その、今日はどういった御用向きで……?」

 

 不意に、グレンが用件を尋ねる。

 

「ふふ、そうですね。今日は……」

 

 アリシアは視線をグレンの横にいる人物に合わせる。

 

 その視線が捕らえた先に、呆然と立ち尽くしているルミアがいた。

 

「……お久しぶりですね、エルミアナ」

 

 そんなルミアに、アリシアは優しく語りかけた。

 

「……………」

 

 ルミアは無言でアリシアの首元に視線をさまよわせる。そこに翠緑の宝石が納まった金細工のネックレスがかけられているのを確認すると、なぜかルミアは目を伏せた。

 

「元気でしたか?あらあら、久方見ないうちに、ずいぶんと背が伸びましたね。ふふ、それに凄く綺麗になったわ。まるで若い頃の私みたい、なぁんて♪」

 

「……ぁ…ぅ……」

 

「フィーベル家の皆様との生活はどうですか?何か不自由はありませんか?食事はちゃんと食べていますか?育ち盛りなんだから無理な減量とかしちゃだめですよ?それと、いくら忙しくても、お風呂にはちゃんと毎日入らないとだめよ?貴女は嫁入り前の娘なのですから、きちんとしておかないと……」

 

「………ぁ…そ、その……」

 

 硬直するルミアをよそに、アリシアは本当に嬉しそうに言葉を連ねていく。

 

「あぁ、夢みたい。またこうして貴女と言葉を交わすことができるなんて……」

 

 そして、感極まったアリシアは、ルミアに触れようと手を伸ばす。

 

「エルミアナ……」

 

 だが――

 

「……お言葉ですが、陛下」

 

 ルミアはアリシアの手から逃げるように、片膝をついて平伏した。

 

「!」

 

「陛下は…その、失礼ですが人違いをされておられます」

 

 ルミアがぼそりと呟いた言葉に、今まで嬉しそうだったアリシアが凍りついた。

 

「私はルミア=ティンジェルと申します。恐れ多くも陛下は私を、三年前に御崩御なされたエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下と混同されておられます。日頃の政務でお疲れかと存じ上げます。どうかご自愛なされますよう……」

 

「………」

 

 慇懃に紡がれるルミアの言葉に、アリシアもグレンもジョセフも気まずそうに押し黙った。

 

「……そう、ですね」

 

 そして、アリシアは寂しそうに薄く微笑み、目を伏せた。

 

「あの子は…エルミアナは三年前、流行病にかかって亡くなったのでしたね…あらあら、私ったらどうしてこんな勘違いをしてしまったのでしょう?ふふ、歳は取りたくないものですね……」

 

 そんなアリシアの哀愁漂う言葉に、グレンとジョセフは複雑な表情で頭を掻く。

 

 ルミアは淡々と言葉を続ける。

 

「勘違いとはいえ、このような卑賤な赤い血の民草に過ぎぬ我が身に、ご気さくにお声をかけていただき、陛下の広く慈愛あふれる御心には感謝の言葉もありません……」

 

「いえいえ、こちらこそ、不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありません」

 

 しばらくの間、重たい沈黙が周囲を支配する。

 

 ルミアは何も言わない。アリシアは何か言おうとして口を開きかけ…そして、諦めたかのように口を閉ざす。その繰り返しだった。

 

 そして――

 

「……そろそろ、時間ですね」

 

 未練を振り切るように、アリシアはグレンを振り返った。

 

「グレン。エル――…ルミアを、よろしくお願いしますね?」

 

「……わかりました、陛下」

 

 そして、ジョセフに振り返り。

 

「ジョセフも、ルミアをお願いします」

 

「……了解しました」

 

 グレンが何か物言いたげな表情で見送る中、アリシアは静かに去って行った。

 

 やがてアリシアの姿が、中庭から見えなくなる。

 

「………」

 

 その場に恭しく平伏したままのルミアはついぞ一度も、去り行くその背中に目を向けることはなかった……。

 

 

 

 

 女王アリシア七世が、貴賓席に戻る途中、王室親衛隊、総隊長ゼーロスが数名の衛士を連れて、アリシアを軟禁状態にしたのはそれからしばらく経ってのことである。

 

 

 

 

 

「……信じられんな」

 

 言葉とは裏腹に、アルベルトは冷静沈着そのものの声色で、淡々と告げた。

 

「どうしたの?遠見の魔術で何を見たの?」

 

「王室親衛隊が――動いた」

 

「……?それは動くでしょう?彼らも生きた人間なのだから」

 

「……………」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙る。二人の間に沈黙が流れる。

 

「……王室親衛隊は、武力をもって女王陛下を本格的に監視下に置いた。これは事実上の軟禁状態と考えていい。しかし、総隊長ゼーロス…短慮を起こすような人物では無かったと記憶していたが、認識を改める必要があるようだ」

 

「そう」

 

 それを聞いたリィエルが早速、迷わず歩き始める。

 

「何処へ行く気だ?」

 

 そんなリィエルの後ろ髪を、アルベルトは手を伸ばして掴んだ。

 

「決まってる。敵は、わたしが全部斬る」

 

「待て。相手が多過ぎる。幾らお前でも無理だ」

 

「敵の戦力の方が上だというなら、こちらがそれを上回ればいいだけ」

 

「援軍を呼ぶ気か?」

 

「ううん、気合い」

 

「……………」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙る。また二人の間に沈黙が流れる。

 

「……帝国王室親衛隊は直系右派の筆頭、女王陛下に最も忠義厚き者達だ。陛下に直接的な危害を加えるとは考えられん。この行動には必ず何等かの思惑があるはず。俺達は連中のこの無謀な行動の裏に隠された意図を探り、事態を収拾すべく行動すべきだ」

 

「そう。わたしにはよくわからないけど」

 

「だろうな」

 

 沈黙。少女の後ろ髪を掴む男、という奇妙な構図で二人が静止している。

 

 そして、先に口火を切ったのはリィエルだった。

 

「作戦を考えた。わたしが正面から敵に突っ込む。アルベルトはわたしの後に正面から突っ込んで」

 

「…………」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙る。

 

 いつものように、二人の間に沈黙が流れた。

 

 

 

 魔術競技祭、午後の部が始まった。

 

 午後の部最初の競技は、念動系の物体操作術による『遠隔重量上げ』だった。白魔【サイ・テレキネシス】の呪文で、鉛の詰まった袋を触れずに空中へ持ち上げる競技である。より重い袋を浮かせることができた選手に多くの得点が入るルールだ。

 

 そんな中、ジョセフは先の『殲滅戦』でかなり疲れたため(あと徹夜による寝不足)、学院敷地内の南西端の人気がいない所で寝ていた。そして、今、目が覚めた。

 

「んーーーッ!」

 

 ジョセフは本日二度目の大きな伸びをする。

 

「さて、行くかね…って、あれは、先生とティンジェル?何やってるんだ…って、まぁなんとなくわかるんだけど」

 

 恐らく、先のアリシアの件だろう。

 

 前方に、グレンとルミアが競技場に向かって歩き始めた。

 

 だが――

 

「……ん?」

 

 ジョセフは二人の先に奇妙な集団が、現れていることに気付いた。

 

 その集団は全員が全員、身体の要所を守る軽甲冑に身を包み、緋色に染め上げられた陣羽織を羽織り、腰には細剣を佩剣している。

 

 その数、総勢五騎。

 

 ジョセフや連邦の人なら、連邦軍の服装と比べるとけっこう陳腐な服装に見える集団は、弧を描くような陣形を組み、通りの向こうから、足早にグレン達に向かっていく。

 

「あれは、王室親衛隊?何やってるんだ?」

 

 帝国軍の精鋭中の精鋭。最も女王陛下に忠義厚い者達で構成された、王室一族を何よりも優先して護衛する、王室の守護神――それが王室親衛隊だ。

 

 ゆえに王室親衛隊は今回の女王陛下の学院訪問の際、当然のように女王の近辺警邏と護衛を務めているはずなのだが――

 

「何で王室親衛隊がここにおるん?」

 

 ジョセフが訝しむように親衛隊を見ていると、二人を見た途端、囲むように、音もない足捌きで素早く散開した。

 

「!」

 

 ジョセフはこれがただ事ではないと直感で感じた。そして、ジョセフの予想通り、衛士達は弾けたバネのように一斉に抜剣し、ルミアにその剣先を突きつけていた。

 

「おいおいおいおい、一体何のつもりや?」

 

 ジョセフがルミアが危険な状態だと認識していた時、グレンがルミアを庇うように前に出て、衛士達に威嚇していた。

 

 そして――

 

「傾聴せよ。我らは女王の意思の代行者である」

 

 一隊の隊長格らしい衛士は、ジョセフにも聞こえるほど、朗々と宣言した。

 

「ルミア=ティンジェル。恐れ多くもアリシア七世女王陛下を密かに亡き者にせんと画策し、国家転覆を企てたその罪、もはや弁明の余地なし!よって貴殿を不敬罪および国家反逆罪によって発見次第、その場で即、手討ちとせよ。これは女王陛下の勅命である!」

 

 あまりにも現実離れした、その現実に。

 

 グレンとルミアは凍りつくしかなかった。

 

「はぁ?何をわけ分からんこと言うとんねん、あの衛士は!?」

 

 ジョセフはその宣言を、唖然として聞いていた。

 

「証拠も見せんと、即その場で処刑ってアホかいな!?レザリア王国も真っ青になるほどのコトやぞ?連邦やったらアタマおかしいって言われるわ!」

 

 そんな中、グレンが衛士の隊長格に抗議している。グレンも同じことを考えたのだろう。

 

(そもそも、女王陛下の勅命って、ホントに陛下が下したのか?)

 

 ジョセフは先の中庭でアリシアが護衛も付けずにルミアに会いに行ったことを振り返る。

 

(あんなに嬉しそうに話しかけていたのに、いきなり殺せって言うはずがない。もし、それが本当やったら、頭おかしいで。いや、マジで)

 

 しばらくすると、ルミアが自己犠牲をしようとし、グレンはそれを止めるが、さらに衛士に追い詰められる。

 

「これはマズいな。動くしかないか」

 

 ジョセフは制服姿のままだと不味いので、黒い羽根を振りかざし――

 

 全身黒ずくめの姿――『黒い悪魔』に変わった。

 

 そして、続け様に三枚の羽根を取り出し、そこから、トマホーク二振りとM1911をサプレッサーを付けた状態で取り出し、衛士達に向かった。

 

 

 

 

 

 状況は完全にグレン達は不利だ。

 

 気付けば。目にも留まらぬ早業で五振りの剣が、四方からグレンの首筋や喉元に突きつけられている。

 

「……う」

 

 思わずグレンは言葉に詰まった。

 

 この五人の衛士は確かに相当の練度な上に連携が完璧だ。距離があったなら、一対一だったならまだ話は違っていただろうが、この一足一刀の間合いで、回避に必要な空間を同時に全てが塞がれていてはどうしようもなかった。

 

「虚勢はよくないな。この間合いで魔術師ごときに何ができる?そもそも、我らは耐魔術装備に身を固めている。我々には、お前達お得意の三属攻性呪文も精神汚染呪文もそう簡単には通らん。それでもやるのか?己が身一つで、我ら五人の精鋭と?」

 

 この距離、この状況では確かに何もできない。相打ち覚悟の三属攻性呪文や精神汚染呪文で一人か二人は倒せても、残る衛士達に串刺しにされるだろう。

 

 それでは、ルミアを救うことはできない。

 

 と、その時だ――

 

『つまり、魔術以外なら簡単に通る、ということだな?例えばこれとかな』

 

「何?」

 

 衛士達が振り返るとそこには黒ずくめの人物が、拳銃を構えて立っていた。傍には衛士の一人が倒れてる。

 

「な、貴様は!?」

 

 隊長格の衛士が、グレンから黒ずくめの人物に剣を振り向ける。他の三人も同様に振り向ける。

 

 ルミアとグレンは目を見開いていた。

 

(ジョセフ!?近くにいたのか?いや、だがこれで……)

 

「なぜ『黒い悪魔』がいる!?連邦軍が学院敷地内にいるなんて聞いてないぞ!?」 

 

 状況は変わった。

 

 衛士達も今目の前にいる相手を知っているのだろう。ジョセフこと『黒い悪魔』が目の前に現れたことにより浮足立ってる。しかも一人、音を立てずに倒されている。

 

 グレンはジョセフに目配せする。

 

(先生、頼んだで)

 

(ああ、目閉じてろ)

 

「ルミア、目を閉じてろ!」

 

 ルミアはとりあえず目を閉じる。

 

 そして――

 

 しゅぱっ、と。

 

 衛士の頭上で何かが爆ぜるような音が鳴り響いた。

 

「うぎゃぁあああああああああああ――ッ!?」

 

 衛士の耳を刺すような悲鳴が響き渡る。

 

 目を開くと。

 

「うぁ、ああぁ…ッ!?目が、目がぁ~ッ!」

 

「うう…み、見えない…何も見えない……ッ!」

 

 そこには、剣を取り落として目を押さえ、もだえ苦しむ衛士達の姿だった。そして、目を押さえて狼狽えている衛士達を一瞥する。

 

 グレンが起動した魔術は黒魔【フラッシュ・ライト】。強烈な閃光を放ち、相手の目を眩ませる護身用の初等呪文である。もちろん、殺傷能力は皆無だが――

 

 そして、ジョセフは悶えている衛士に、一発ずつ撃ち込む。一人、また一人と沈黙していく。

 

「き、貴様らぁ~ッ!こ、小賢しい真似を……ッ!?」

 

 最後に残った隊長格の衛士が手探りで取り落とした剣を拾い上げ、構える。まだ視力が回復していないのか、完全に及び腰だ。

 

『ふん、お前ら、実戦を経験していないな?三属攻性呪文も、精神汚染呪文も効かないなら、それ以外でやればいい。そんな物に過信しているとは、お先が知れているな』

 

「くっ、貴様、我らを侮辱するということは、すなわち女王へいが……ッ!?」

 

 言い終わる前に、ジョセフが放った銃弾が衛士に当たり倒れ伏した。

 

「おい、ジョセフ!?お前、いくら何でも……」

 

「ジョ、ジョセフ君…なんて、ことを…王室親衛隊に手を上げる…なんて……」

 

 グレンはジョセフが衛士を殺したことに凍りつき。ルミアは事の重大さを把握し、ジョセフに固く震える声で問い詰める。

 

『……いくら何でも殺してませんよ。麻酔弾で眠らせただけです』

 

 グレンは倒れた一人の衛士をよく見ると、寝息を立てていた。

 

「マジか…てっきり殺したかと思ったぜ……」

 

「そういう問題じゃないです!二人とも何を考えているんですか!?これじゃ、先生達まで国家反逆罪に問われてしまいます!」

 

「あー、うん、その…ヤバいな」

 

 グレンが頬を引きつらせて脂汗を垂らしていた。

 

 後先を考えていなかったのである。

 

「早くここから離れてください!こんなところ、誰かに見つかったら――」

 

『もう遅い』

 

「いたぞ――ッ!?あそこだ――ッ!?」

 

 突如、新たなる第三者の怒声が響き渡った。

 

 見れば向こうから、新手の衛士達がこちらに向かって駆け寄って来ていた。

 

「み、見ろ!同士達が殺られているぞ!?」

 

「おのれ、大罪人に与する不届き物め!我らが剣の錆にしてくれるッ!」

 

「待て、あれは…『黒い悪魔』がいるぞ!連邦が裏で糸を引いているのか!?」

 

「構わんッ!志半ばで倒れた同法の無念、必ず晴らしてみせる!」

 

 しかも良い感じに勘違いされてしまったらしく、衛士達は妙に殺気立ち、もはやどうすることもできなさそうだった。

 

『……素人共が』

 

「キミ達、人の話は最後まで聞きましょうって、お母さんに習わなかった!?」

 

 迫り来る衛士達が一斉に抜剣する姿に、グレンが頬を引きつらせつて青ざめ、ジョセフはため息をついた。

 

「ど、どうするんですか!?このままじゃ先生達が――」

 

「そうするもこうするも――」

 

「きゃっ!?」

 

『逃げるに決まってるだろ、援護する。あとで合流する』

 

 グレンはルミアを横抱きに抱えると、学院を囲む鉄柵に向かって駆けだした。

 

「≪三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし≫ッ!」

 

 そして、三節のルーンで呪文を唱えながら跳躍。

 

 すると、人の脚力ではありえない高さまで、二人の体が空へと舞い上がった。

 

 黒魔【グラビティ・コントロール】。グレンは重力操作の呪文で自身にかかる重力を弱め、体重を羽のように軽くしたのだ。

 

 ルミアを抱えたグレンは学院を囲む鉄柵を大きく飛び越え、学院の外へ。

 

 そして呪文を解除しつつ、着地と同時に、そのまま市街の方へ猛然と走り始めた。

 

「に、逃げたぞッ!?」

 

「追え!逆賊を…ぎゃぁあああああああ――ッ!?」

 

 背後から叫び声やら悲鳴が聞こえてくるが、いちいち振り返っている暇はない。

 

「ああ、もう、ちっくしょう!どうして次から次へと厄介ごとばっかり!?だから俺は働くなんて嫌だったんだぁあああ――ッ!?ええい、引きこもり万歳――ッ!」

 

 激流のように後方へ流れていく光景の中、グレンの悲痛で切実な叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 王室親衛隊をなんとかまいたジョセフは、魔術学院と学生街があるフェジテ北地区から、一般住宅街がある西地区へ向かった。

 

 グレンを援護して鉄柵を飛び越え、西地区へ逃がしたあと、ジョセフはフラッシュ・バンを使って再び目を眩ませ、まいた後、一旦、制服姿に戻り、正門から出て、再び、黒ずくめ姿になりグレン達と合流する予定だった。

 

(それにしても連中、一体どうしちまっだんだ?)

 

 ジョセフは今回起きた王室親衛隊の一部と思われる暴走が何故起きたのか考えてみる。

 

(まず、時系列的に見て、女王陛下がルミアに会いに行き、去った後、突然陛下の勅命ということでルミアは殺害されそうになった)

 

 王室親衛隊が何故勅命(本当かどうかわからない)を出してまでルミアを殺害しようとしていたのか。

 

(連中は、総隊長であるゼーロスの統率の下、動いている。その規律はかなり固いと聞く。となると、今回は一部の暴走で起きた可能性が低い。それに、新手もルミアを探していた。あんな大規模な捜索をしているとなると、ゼーロスは知らないはずがない。でも、止めに入らなかったということは……)

 

 王室親衛隊は、恐らくゼーロスの指示でルミアを殺害しようとしている。

 

(だが、そうなると何故だ?何故、今なんだ?)

 

 ゼーロスは、女王アリシア七世に古くから仕えている側近中の側近だ。当然、ルミアの素性を知っているはずだ。彼女が異能者だということも。

 

(もしそれだとしても今更感がありすぎる。そんなんだったら追放せずに最初から殺せばいいはずだ。なのに今、それも騒ぎになる可能性があるのに殺害しようとしている。まるで今日中に殺害しなければならないかのような)

 

 どう考えても不自然である。

 

(あのゼーロスがここまで短慮を起こすようなほど何かあったのか、あるいはボケているのか、いずれにせよ不自然すぎる)

 

 ジョセフがとある人気のない路地裏を通ろうとした、その時――

 

「きゃん!?」

 

 一人の青髪の少女が大剣をグレンに振り下ろそうとした時、青年から放たれた黒魔【ライトニング・ピアス】が、彼女の後頭部に刺さりどさりと倒れ、地面でぴくぴくと痙攣していた。

 

『…………』

 

 ジョセフは何が起きたのかわからず、黙りながら、その少女を見下ろす。

 

 この服装は、まさか――

 

『この服装、帝国宮廷魔導士団特務分室の連中だな?』

 

「そうだ。貴様は、連邦陸軍対テロ特殊部隊『デルタ』、ナンバー6、コードネーム『マサチューセッツ』、ジョセフ=スペンサーだな?」

 

『そうか、お前が執行者ナンバー17「星」のアルベルトだな?そして彼女が執行者ナンバー7「戦車」のリィエルだな?』

 

 ジョセフは、地面でぴくぴくしているリィエルを一瞥し、アルベルトと対峙する。

 

 特務分室とデルタ――

 

 両者の実力は拮抗しており、人数こそデルタが多いものの、全面衝突すれば、間違いなくフェジテは焼け野原になるだろう。

 

『お宅らも、彼女を殺害しにきたのか?』

 

「…場所を変える。俺について来い」

 

 アルベルトはジョセフの質問に答えることなく、リィエルを引きずりながら路地裏の奥へと歩いていく。

 

 状況が読めず、グレンとルミアとジョセフは顔を見合わせて、素直に頷くしかなかった。

 

 そして――

 

「このお馬鹿!お前、一体、何考えてるんだ!?」

 

 フェジテ西地区にある路地裏の、さらに奥まった場所で、グレンの叫びが響き渡った。

 

「俺が現役時代のときにお預けになった勝負の決着をつけたかっただとぉ!?時と場合と状況を考えろ、このアホ!脳筋!おかげで死ぬトコだったわ!」

 

「……むぅ」

 

 受けた【ライトニング・ピアス】の威力が相当、手加減されたことや、生来の頑丈さも手伝ったのだろう。もうすっかり回復したリィエルが感情の起伏に乏しい表情を、ほんの少しだけ、しょんぼりさせていた。

 

「せ、先生…その方達は……?」

 

 ルミアは少し離れた場所で、不安と戸惑いの表情をリィエルとアルベルトに向けている。

 

「あー、こいつら俺の帝国軍時代の同僚だ。信頼できる連中だから安心…できるはずねーよな、さっきの光景見た後じゃな……」

 

「そうね、町中でいきなり軍用の攻性呪文を撃つなんて。うかつよ、アルベルト。どうやらあなた、その子に怖がられ――」

 

「オ マ エ だ よ!お前ッ!」

 

 グレンはリィエルの頭を両手で鷲掴みにし、がくがくと激しくシェイクする。

 

「……ったく、お前はちっとも変わらんな…はぁ……」

 

 その眠たげな表情を微塵も崩さず、ゼンマイ仕掛けのメトロノームのように左右にふらふら揺れるリィエルを尻目に、グレンは深いため息を吐いた。

 

「で、状況はどうなんです?『星』さん?」

 

 マスクを下にずらしたジョセフは、アルベルトに状況の説明を求める。

 

「状況はとても深刻だ、『黒い悪魔』。それよりも…話の続き、いいか?グレン」

 

「す、すまん。頼む」

 

 アルベルトの態度は久方ぶりに再会した仲間へ向けられるものとしては、どこか冷ややかだ。グレンは気まずさを覚えながらそれに応じた。

 

「俺が遠見の魔術や使い魔によって収拾した情報によると、王室親衛隊は女王陛下を自分達の監視下に置き、そこの娘――ルミア嬢を始末するために独断で動いている」

 

「やはり、組織的に動いているか…どう考えても無茶苦茶なこと言ってたしな」

 

「ああ、連中、絶対ありえない命令でっち上げてるからな。で?女王陛下の身の回りは今、どんな感じだ?」

 

「陛下自身は普通に競技場の貴賓席に居る。但し、その周囲一帯を王室親衛隊の上位幹部陣を中核とした精鋭が、隙無く完全に取り囲んでいる。身動きは取れない様だ。おまけに今はその周囲はいかなる者も近づけさせない厳戒態勢…突破は至難の業だな」

 

「セリカはどうしたんだ?ほら、元・特務分室のナンバー21」

 

「女王陛下の傍らに居る。だが、何も行動を起こす心算はないように見える」

 

「わっかんねーなぁ。セリカなら、いくらでも女王陛下を守って切り抜けられるはずなんだけどなぁ…王室親衛隊がルミアを特に狙う理由、わかるか?」

 

「詳細は不明だ。只、お前の話の通りそのルミア嬢が、あの噂の『廃棄王女』だとするなら…何処かでそれを聞きつけた王室親衛隊が、王室の名誉を守るために、忠誠心を暴走させ、その娘を始末しようとしている…と、考えられなくもない、がな」

 

「だが、それは無理があり過ぎだ。人の口には戸を立てられんと言うから、漏れたその機密情報をどっかで得たというのはアリだとしても、女王陛下がいる、今、このタイミングで、不敬罪を犯してまでコトを起こす意味がまったくわからん」

 

「確かにな。やるなら、密かにやればいいだけの話だ」

 

「……もしくは、女王陛下の身に何か起きるのかもしれないという考えは?」

 

「ジョセフ、それはどういうことだ?」

 

「連中、まるで今日中に始末しないとマズいことが起きるのか、かなり焦っていたしな。親衛隊が動くのは、良かれ悪かれ王室のために行動している。その線も考えられる。先生、アルフォネア教授とは連絡をとったのですか?」

 

「ああ、だが、セリカの連中、まるで意味不明なことを言いやがった。『私には何もできない、言えないんだ』とか、『この状況を打破できるのはお前だけだ』とか。ああ、さっぱりわからん!とりあえず、女王陛下の前に来い、だそうだ」

 

「先生だけ、この状況を突破できる、か」

 

 ジョセフは、セリカがグレンに対して言った言葉を考えてみる。

 

(確かなことは教授は動けないし、自分の口からは言えないと先生に言った。つまり、言ったら何かマズいことが起きると遠回しに言っている気がする。そして、グレン先生にしかできないこと…ん?そういえば)

 

「なぁ、ティンジェル。お前、陛下に会った時、胸元を見た途端、俯いたよな。あれは何故だ?」

 

「え?えーと、それは…私のこのお揃いのロケットをつけていなくて、別のネックレスをつけていたから、それで…」

 

「ああ、確かにいつものロケットつけてなかったな。それがどうしたって言うんだ?」

 

(いつもつけていたのに、今日だけ別のネックレスをつけていた?)

 

――この状況を打破できるのはお前だけだ。

 

 セリカがグレンに対して言った言葉がジョセフの頭の中に反復する。

 

「まさか……」

 

 ジョセフの頭の中でパズルのピースが埋まっていく。

 

 セリカが動けないし、言えない。陛下は、普段はルミアのお揃いのロケットを身につけているのに、今日だけ、別のネックレス、そしてこの状況はグレンしか打破できないこと。

 

 何故、王室親衛隊が勅命をでっち上げ、騒ぎを起こしかねないことをやってまでルミアを殺害しようとしているのか。

 

 ジョセフの頭の中のパズルが完成しようとした、その時だった。

 

「もういい。考えても仕方がないこともある」

 

 思索の膠着状態にしびれを切らしたのか、突然リィエルが三人の間に割って入る。

 

「……いや、お前はもう少し、考えような?」

 

「だから、わたしは状況を打破する作戦を考えた。グレンと『黒い悪魔』がいるなら、もう少し高度な作戦が可能」

 

「ほう?言ってみろ」

 

「まず、わたしが敵に正面から突っ込む。次にグレンが敵に正面から突っ込む。そして、『黒い悪魔』が敵に正面から突っ込む。最後にアルベルトが敵に正面から突っ込めばいい。…どう?」

 

「お前はいい加減、その脳筋思考をどうにかしろっての!?」

 

「痛い」

 

 呆れたグレンはリィエルの脳天を鷲掴みし、ぎりぎりと万力のように力を込めた。

 

「……バカかな?」

 

 もはや作戦ではない。

 

 ジョセフは呆れてしまう。

 

「お前が居なくなった後の俺の苦労、少しは理解したか?」

 

 淡々と放たれるアルベルトの言葉の端々には、どこか確実に棘があった。

 

「……うん、ごめん。マジごめん」

 

「お前が何も言わずに俺達のもとから去った理由、今は聞かん。帰って来い、とも言わん。だが…いつか話せ。それがお前の通すべき筋だ」

 

「……ああ」

 

 グレンを一瞥することもなく一方的に投げ放たれるアルベルトの言葉に、グレンは珍しく神妙に頷いた。

 

「そして、いつかわたしと決着をつけること。それがあなたの通すべき筋」

 

「嫌だよ!?」

 

 なぜ、彼女はそこまでグレンの決着に拘るのだろうか。

 

 諦めないリィエルに、グレンはうんざりしながら突っ込みを入れた。

 

「そう。いつか決着をつけるのは嫌、と。なら、今――」

 

「なんでそうなるんだ、勘弁してくれ!?ひぃいいっ!?よ、寄るな!?」

 

 リィエルが錬金術で錬成した大剣を構えて、無表情でじりじりにじり寄ってくる。

 

 グレンは冷や汗を滝のように流しながら、戦々恐々と後ずさりしていた。

 

「ええい!大体、お前、なんでそんなに俺との決着に拘るんだ!?」

 

「魔術師同士の決闘は勝者が敗者に要求を一つ通せる…そう聞いた」

 

「ああ、そんなカビ臭い伝統があったな!それがどうした!?」

 

「……それは」

 

 やけくそ気味に投げられたグレンの問いに、リィエルは一瞬、言葉に詰まって。

 

「……グレンに、…どうしても、帰ってきて欲しかった、…から」

 

 常に一切の感情の色を見せなかったリィエルの表情が、消え入るような声でそう呟いたその時だけ、微かに憂いに彩られた…ような気がした。

 

「……ちっ、このバカ。それで俺が死んだら本末転倒だろうが……」

 

「グレンがあの程度の攻撃で死ぬわけない」

 

「お前なぁ……」

 

 そんなグレン達の様子を見守っていたルミアがくすりと笑った。

 

「アルベルトさんに、リィエルさん…でしたっけ?ふふ、良い方達なんですね?」

 

「はぁ?良い奴?こいつらが?冗談……」

 

 もはや、グレンはため息しか出ない。

 

「まぁ、いい。それよりもジョセフ、さっき何か言いかけていなかったか?」

 

「いや、まだ推測の域でしかないので、とりあえず、まずは先生とティンジェルが女王陛下に面会しなければ、話が進みません」

 

「そうだな。女王陛下に直接面会すれば、それがこの状況の突破口になるはずだ。俺はなんとか上手く、陛下の前に立たなければならない」

 

「その根拠はなんだ?グレン」

 

「さあな?ただ、セリカがそうしろと言った。アイツはケチで意地悪だが、意味のないことは絶対に言わない。俺が女王陛下の前に立つことには必ずなんらかの意味があるはずだ。どの道、このままじゃ物量差でジリ貧、それに賭ける」

 

「信じて良いのか?」

 

「少なくとも、俺は信じられるね」

 

「……わかった。お前がそう言うのなら、俺も信じよう」

 

 アルベルトが静かに目を閉じて頷いた。

 

「そいで、先生達を女王陛下の前に立たせるとして…ウチら三人はどう動けばいいんですか?」

 

「そうだな――」

 

 グレンが少し、考え込んで…アルベルトとリィエルとジョセフにとある提案をした。

 

 




今回は、ウェストバージニア州です。(すんげえ久々)

人口180万人。州都はチャールストン。主な都市にチャールストン、モーガンタウンです。

愛称は、山岳の州です。

35番目に合衆国に加入しました。

元々はバージニア州の一部でしたが、南北戦争でバージニア州が南部連合に属した際、西側の奴隷制度反対の層が分離し、独立しました。

アパラチア山脈の北側に位置する州です。
森林や自然公園が多い田舎の州です。目立った大都市もないし、かつては炭鉱で栄えたのであちこちに炭鉱都市が点在しています。
とりあえず地味な州です。

映画「耳をすませば」の主題歌であるカントリーロードで歌われている内容はウェストバージニア州を舞台にしています。

ゲームでもfallout76のトレイラーに使われている曲でもあるので、もしかしたら、fallout76の舞台はウェストバージニア州かもしれません。(因みに前作の舞台はボストンです)

以上!
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