ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ


186話

 

 

 

 

 北セルフォード大陸には、様々な国家が存在する。

 

 中でも大陸南東部には、自治権を持つ様々な文化・政治形態の都市国家がひしめき合い、それらが『セリア同盟』と呼ばれる一つの連合国家を形成している。

 

 そんな自由都市国家連盟『セリア同盟』の中で、一際、大きな力を持つ都市がある。

 

 それが、自由都市ミラーノ。

 

アルザーノ帝国から見て南東、レザリア王国から見て南西に位置するこの都市は、北セルフォード大陸の東西交易の主要中継点として栄えてきたという歴史を持つ。

 

 また、隣接してながら『竜の背骨』によって隔てられるアルザーノ帝国とレザリア王国を、間接的に中継する政治的緩衝地帯であり、さらにはエリサレス新教と旧教が入り交じる宗教的緩衝地帯でもある。

 

 伝統的に、魔術祭典はこの自由都市ミラーノにて行われ続けて来たのだ――

 

「……うへぇ、こりゃ凄いとこで……」

 

「ええ、ボルチモアよりも、断然いいわ……」

 

「……いや、あそことここを比べるくらいなら、ニューヨークと比べた方がええと思うけどな……それでも、これは……」

 

 フェジテから、槍騎兵に乗って、三日間の空の旅を終えて。

 

 ジョセフとアリッサがミラーノ入りして開口一番、二人は、ミラーノの活気に半ば押されかけていた。

 

 因みに、マクシミリアンは到着後すぐ連邦領事館に向かったため、ここで一旦別れることになった。

 

 二人はこれから、連邦代表選手団が宿泊するホテルへ向かう予定だ。

 

「確か、ミラーノって――」

 

「ああ、ミラーノは二百年前に起きた、魔導大戦の最終決戦地だった所だ」

 

 ジョセフはそう言いながら、歩き出し、話を続ける。

 

「あの時は、アルザーノ帝国も、レザリア王国も、セリア同盟も、東方諸国も……この大陸全ての国々が手を取り合って邪神と戦い、世界滅亡の危機に立ち向かって……だからこそ、平和の祭典たる魔術祭典が開催され続けてきたんだ」

 

「まぁ、魔導大戦が終わった後は、掌を返すように帝国と王国は対立しているけど」

 

「……それが、人間なんだろうよ」

 

 この時、ジョセフはアリッサの顔に一瞬、影がさしていたのを見逃さなかった。

 

(……無理もないか)

 

 アリッサの生い立ちとこれまでの経緯を知っているジョセフは、物思う。

 

 アリッサはレザリア人だ。

 

 しかし、連邦との戦争で末期、両親は処刑され、アリッサは着の身着のまま連邦軍に保護されている。

 

 そして、今、デルタに所属し、最近ジョセフと組んでいる。

 

 そんな過去があるから、できれば、レザリア王国との人間とは出来れば会いたくないというのは無理もない。

 

 ましてや、今回は聖エリサレス教会強硬派の動きが不穏な動きがあるから、魔術祭典で連中が仕掛けないか、監視する任務があるのだ。

 

「……大丈夫か?」

 

「ジョセフ?」

 

 だから、ジョセフ今回はアリッサの傍にいようと決めていた。

 

「その、お前、過去が過去だから、今回の任務がその……相手が――」

 

「……大丈夫よ、大丈夫」

 

 ジョセフが何か言いかけようとした、その時。アリッサはそんなジョセフを安心させるように言う。

 

「もう大丈夫だから、あの時は皆いなくなって、私だけ孤独だと思っていたけど、今は貴方がいるから」

 

 そう言うと、ジョセフの肩に寄り添うアリッサ。

 

「……でも、貴方が私と結ばれれば、もう何の文句もないけど」

 

「……お前な」

 

 さらりと迫ってくるアリッサに、ジョセフは表向きは呆れて半眼になっていた。

 

 だが、内心では――

 

(やっぱり、アリッサ、お前……)

 

 アリッサがジョセフに抱いている好意、それがウェンディとテレサ(テレサの場合は、ある時に直接言われた)とは違う本質を持っていると思っていた。

 

 ウェンディとテレサの場合は、単純にジョセフに好意を抱いてる。だから、もしこの二人を選べと言われたらそんなに深く悩む必要はない。どちらかを選んだとしても、拗れる可能性は低い。

 

 だが、アリッサの場合は――もちろん、好意もあるのだがそれ以上に――

 

(アリッサの場合は、どこか依存しているような感じもあるんだよな……俺に依存している。そんな感じ)

 

 無理もない。あんな形で両親を失い、今まで仲が良かった友人も国外逃亡でいなくなってしまった。一度、何もかも失ってしまったアリッサにとって、殺される直前で助けられ、その後もデルタの中では一番任務を組んでおり、そして、境遇がどこか似ているジョセフに依存するのもあり得ないことではない。

 

 アリッサはそれを自覚しているのかどうかはわからない。だが、好意と依存が入り混じっているのが本質なのだろうとジョセフは思った。

 

 もし、ウェンディとくっつけば(ジョセフはウェンディに好意を持っているし、それをあの時に言っている)、必然的にアリッサから離れなければならない。軍を辞めなければならないし、ウェンディはナーブレス公爵家の次期当主。仮に、学院を卒業した後、ジョセフが婿養子という形で結婚するならば――元々、スペンサー家とナーブレス家の親密な関係から見てもあり得なくはない。むしろ、一発OKしそうだし、彼女の両親は――ジョセフは連邦から帝国に帰らなければならない。

 

 だが、そうなった時のアリッサの反応が怖かった。

 

 確かに、ジョセフが辞めようと、デルタには姉みたいな存在であるダーシャがいるし、他の連中ともそこまで疎遠というわけではない。

 

 だが、かつてスノリアに行く前のダーシャの言葉を聞く限り、それだけでは済まなさそうな気がした。

 

 何がどうなるのか、今はわからないが、なんか拗れそうな気がするのだ。

 

(……別にこいつが俺に好意を持っていてもかまわない。むしろ、嬉しくないということはない。だが、俺に対する彼女の依存心……これだけはなんとかしないと……)

 

 そう物思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――ジョセフ、わたくし、貴方のことを本気で想っているのですよ。

 

 ――もうこの気持ち、抑えきれないですの。

 

 ――だから、ジョセフ……今、ここでわたくしと……もう、貴方がわたくししか見れないように――

 

 

 

 

 

 ――貴方のことが好きなのはウェンディとアリッサだけではないのですよ?

 

 ――私も好きなの。一回、諦めかけたけど、好きなの。こんな気持ち初めてよ、ジョセフ。

 

 ――私を選んで、ジョセフ。もう、貴方と一緒にいたい。

 

 ――そのためなら……貴方が私に振り向かせるためならば……私は――

 

 

 

 

 

「……ジョセフ?」

 

「……ん?」

 

 アリッサの声で、ふと、思い出してしまったあの二人の関係を迫ってきた記憶から現実に帰ってくるジョセフ。

 

 そう、あの時、二人に迫られていて、それから――

 

 いや、今、そんなことを思い出すのは止めようと、ぶんぶん頭を振ると、ジョセフはミラーノ街並みを見渡す。

 

 自由都市ミラーノ……ここは東西の文化交流点であり、都市を挙げて芸術家達を保護・活動を奨励しているため、その街並みは華やかに洗練されていた。

 

 都市を構成する建物は、最新の建築様式で建てられ、変化に富んだアーケードが多様される様は、まさに絢爛華美だ。

 

 煌びやかな天使像や聖母像があちこちに設置されている大通り。そこを行き交う人々の衣装をとてもお洒落だ。街中に響くピアノやバイオリンの音色は絶えることなく、そこかしこの道ばたで、若い画家達がキャンバスを立てて絵を描いている。

 

 北のルータス大河から引かれた美しい水路が、街中を血脈のように走り、水路をゴンドラが行き来している。水路にかかる全ての石橋に、壮麗なる宗教彫刻が施され、橋巡りだけで日を潰せるだろう。

 

 久々に開催される魔術祭典への期待に、海外からの観光客達の数も非常に多く、街は賑わいに賑わっていた。

 

「それにしても、まぁ、聖堂や寺院が多いこって……」

 

 エリサレス教の新教旧教の宗教的緩衝地であるがゆえ、やたら聖堂や寺院が多いのもこのミラーノの特徴だ。著名な建築士達が腕を競って建立したバロック調宗教的建造物は、どれもこれもが豪奢で荘厳な威風を誇るもので、寺院巡りをするだけで一ヶ月は経ってしまうだろう。

 

 もっとも――

 

「まぁ、でもやっぱりなぁ。ここまで聖堂と寺院はないけど、ニューヨークに住んでいる身としてはなぁ」

 

「そうね、そこまで驚かないかも」

 

 ニューヨークという世界有数の巨大都市に住んでいる・行ったことがある二人にとってはそこまでではなかったのだが。

 

「で、あれが今回の首脳会談の会場ですか……」

 

 ジョセフは視線を、都市の中心部に、まるで天にまで届きそうな一際巨大な宗教的建造物に向けた。

 

 ティリカ=ファリア大聖堂。ミラーノ最大の聖堂だ。

 

「あの場所で、今回の首脳会談……大統領と女王陛下、教皇と皇帝が話し合うらしいな」

 

 ジョセフは大聖堂を遠い目で眺めながら、呟いた。

 

「今回の首脳会談が成功すれば、向こう十年の確実な平和が約束される。それだけに、失敗は許されないだろうな……」

 

「大統領にとっても、次の大統領選での再選に弾みがつくし」

 

「まぁ、それもあるな」

 

 そういうことを言える限り、そこまで心配する必要は今のところ、ない。

 

「まぁ、連邦もちと敵が多いからな。一旦、ここで北セルフォード大陸の方を落ち着かせようというつもりなのだろうよ」

 

「帝国とも一定の関係を深めることに成功したから、そこまで慌てる必要はない、ということね?」

 

「だろうよ」

 

 それにしても、レザリア王国強硬派の連中。

 

 あの連中がいつどこで、何をしでかすのか、今のところ見当もつかない。

 

(大事にならなければいいんだか……)

 

 何も起こらないというのは、今までの経験上、考えられなかったが、それでも、ジョセフはこれ以上面倒事が起きて欲しくないと密かに祈るのであった。

 

 

 

 

 

 一方、グレン達の方は、予定していたホテルへと到着していた。

 

 魔術祭典運営委員会から、各国の選手団ごとに指定分配され、一つの建物が貸し切りとなっているホテルだ。

 

 ここが、魔術祭典開催中のグレン達専用の拠点となるのである――

 

「すげぇ……こないだ泊まったシャトー・スノリアに負けず劣らずスゲェ……」

 

 ホテルを見上げるグレンは、半眼で唖然と呻くしかなかった。

 

 ミラーノの一等地を贅沢に使った、その貴族城館のような豪奢なホテルは、やっぱり、グレンをドン引きさせるのであった。

 

「本来は、富裕層のミラーノ観光客向けに造られた公営の高級ホテルらしいわね」

 

「え?こ、これ、マジで俺達帝国代表の貸し切りなの?」

 

 つんとすましたイブの言葉に、たちまち萎縮し始める小市民なグレンである。

 

「ま、マジで一人一部屋OKなの?な、何かのギャグか冗談だと思ってんですけど?そ、そもそも、僕みたいな下賤で卑しい平民が、かようにハイソな場所に寝泊まりさせていただくなんて……」

 

「バカね。私達は帝国代表選手団――帝国の代表。言わば”公賓”よ?このくらいの待遇は当然でしょう?」

 

 まったく普段通りに振る舞い、さっさとホテルの入口へと向かうイヴ。

 

「でもさー、ここ、三つ星っていうわりにはイマイチだよなー?」

 

「その通りですの!なんか、わたくし達、足下見られていません!?」

 

「あはは、仕方ないわよ。なんだかんだ、私達って、学生だからね」

 

「私はシスティと一緒に泊まれるなら、どこだって大丈夫だよ!」

 

「あー、それにしても掃除が大変そうな屋敷ですねー、くわばらくわばら」

 

 それに、コレット、フランシーヌ、システィーナ、エレン、ジニーが、やはりまったくいつも通りの振る舞いのままに続き……

 

「ふっ、趣味の悪い、下品なホテルですね。まぁ、地方の成金都市のセンスなんてこんなものでしょう」

 

「その点は私も同意ですわ。こういう趣向の家は食傷気味といいますか……もっと装飾を抑えた質実剛健な屋敷の方が落ち着くんですけどね」

 

「ほう?リゼ。君、なかなか話がわかるじゃないか」

 

「…………」

 

 そんな会話をしながら、レヴィンとリゼ、そして、無言のハインケルがその後に続く。

 

 皆、グレンのように恐縮など微塵もしていない。

 

(ちょっと、ちょっと、奥さん……うち、上流階級(ブルジョワ)ども多くありませんこと?)

 

 疎外感に打ちのめされたグレンが、それを半眼で見送っていると……

 

「…………」

 

「…………」

 

 後には、ギイブルとジャイルが取り残されていた。

 

 片や平民出身の苦学生、片や没落弱小貴族の三男坊。自分達にとっては、あまりにも場違いすぎるホテルを前に、額に脂汗を垂らして硬直していた。

 

 グレンはうんうんと頷きながら、ギイブルとジャイルの間に割って入り、二人の首に腕を回して、にっこりと太陽のように笑い、親指を立てて見せる。

 

「ナ・カーマ!」

 

「……気持ちはわかりますが、やめてくれませんかね?」

 

「殴るぞ、このアホ講師」

 

「まーまー、いいから行こうぜ、お前ら!」

 

 あからさまに嫌そうなギイブルとジャイルに腕を回したまま、グレンが嬉しそうにホテルに向かって意気揚々と歩いて行く。

 

「もう、先生ったら」

 

 ルミアは苦笑いしながら、そんなグレンの後をついていくのであった。

 

「うぅ~、ルミア先輩~、私達、本当にこんな場所に泊まって大丈夫なんですかぁ?」

 

 そんなルミアの手を、マリアがおどおどと握っている。

 

 どうやら、マリアも庶民組であるらしかった。

 

「あはは、大丈夫だよ。だって、正式に招待されているんだもの」

 

「うぅ~、それはわかってますけどぉ……なぁんか気が引けちゃいます……だって、私、普段は、フェジテのとある修道院に下宿させてもらっている身ですし……」

 

「修道院に下宿?あれ?マリアって……」

 

 ルミアがマリアの家庭事情について尋ねようとした、その時であった。

 

「おおおおい!ルミア~ッ!マリア~ッ!お前らも早く来いよ――ッ!俺()と一緒にさぁ!俺 () と!」

 

「”達”を強調しないでくれませんかね……」

 

「ウゼェ……」

 

 そんな声が聞こえてきて、くすりと笑うルミア。

 

「とりあえず、行こっか、マリア」

 

「は、はいぃ……」

 

 騒がしいグレン達を追うように、ルミアとマリアは駆け出すのであった。

 

 

 

 






ここまでです。
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