ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


187話

 

 

 

 ホテルにチェックインした後、一行は水路のゴンドラと、コーチ馬車を使って、都市北西部へと向かう。

 

 程なくして、グレン達の前に現れたのは、アルザーノ帝国魔術学院の魔術競技場などとは比べ物にならないほどの規模の、豪奢な石造りの円形競技場だ。

 

 セリカ=エリエーテ大競技場。

 

 自由都市ミラーノが誇るその大競技場は、かつて連綿と魔術祭典が開催され続け、数多の若き魔術師達が腕を競い合ってきた、由緒ある場所だ。

 

 話によれば、かつて二百年前の魔導大戦で、最後に残った二人の英雄が、邪神との最終決戦に挑んだ跡地に建てられたものであるらしい。

 

(やれやれ……ひょっとしなくても、この名前の由来って……?)

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、グレン達は、来賓口から大競技場の中へと進入する。

 

 各種手続きを済ませると、一同は控え室へと通された。

 

 そこは大部屋であり、各国の選手や監督達がすでに集まっていた。

 

 これから、開会セレモニーの事前説明と、打ち合わせがあるらしい。

 

 そして、場には、早くも独特の緊張感とピリピリした空気が張り詰めていた。

 

 なにせ、自国のチーム以外、ここに居るのは全員、世界の頂点を目指して競い合う敵同士。国の威信をかけてこの場に立つ以上、無理のない話であった。

 

「はぁ~~、こいつらマジになりすぎだろ……」

 

 そんな中、ただ一人、グレンだけが緊張感のないことをぼやいて、欠伸交じりに頭をかいてうんざりしていた。

 

「まったく……先生って、本当にマイペースなんだから」

 

「ふふ、羨ましい限りですわ」

 

「ある意味、ここにいる誰よりも大物ですね」

 

 そんなグレンを見て、システィーナ、リゼ、ギイブルが苦笑する。

 

「頼もしい限りじゃないですか。彼女達のように緊張で無様を晒すより余程良い」

 

「……ふん」

 

 そして、レヴィンとジャイルが呆れたように視線を向けた先では……

 

「ど、どの方も強そうですわ……ッ!こ、これが世界ですの……ッ!?」

 

「ば、バカ野郎、フランシーヌ!び、び、ビビってんじゃねーぞ!?ちなみに、あたしは全然、まったくビビってないからな!本当だからなッ!?」

 

「はぁー、まったくらしくない……いつもの女を投げ捨てたような図太さはどこ行ったんです?ほら、落ち着いて深呼吸です。ひっひっふー」

 

 ひたすらビビりまくっているフランシーヌとコレットを、いつも通りのジニーが鬱陶しげに宥めていた。

 

 そんな帝国代表選手団の生徒達の衣装は、いつもの制服と違っていた。

 

 黒と白を基調とする、質実剛健な意匠のコートローブ姿で統一されている。これが、魔術祭典における伝統的な帝国礼装であるらしかった。

 

「でも……かつて、お祖父様もこのローブを着たのね……」

 

 システィーナが感慨深げに、自分の纏うローブを見下ろす。

 

「ふふっ、システィ、その姿、とっても似合ってるよ」

 

「本当です!システィーナ先輩の綺麗な銀髪がすっごく映えてます!私、ノーマルだけど、先輩になら抱かれちゃってもいいです!」

 

「あはは、ありがとう、ルミア、マリア」

 

「ダメ!マリアさん!システィ、取っちゃダメだからねッ!?」

 

「あの……エレン?あまりリアクションに困る言動はしないで……」

 

 そんな姦しい女性陣を尻目に。

 

(ったく、いつでもどこでもうるせえ連中だぜ……)

 

 グレンは、欠伸交じりにすっとぼけた振りをしながら、油断なく周囲を探っていた。

 

 国ごとに固まって待機している他国の選手団の生徒達を、ちらりとちらりと盗み見て行く。

 

 他国の選手団達も、周囲の実力を推し量るように窺っており、その場はさしずめ視線だけで交わされる戦場のようになっていた。

 

(しかし――これが、世界か)

 

 内心冷や汗を掻きながら、グレンは周囲の様子を探っていた。

 

 それぞれの国の礼服に包んだ、若き魔術師達。

 

 こうして遠くから霊的な視覚を働かせて、その魔力を軽く推し量るだけで、誰も彼もが恐るべき才覚を秘めていることがわかる。

 

(あの特徴的な赤いローブは、セリア同盟の大魔術ギルド学校の礼服か?あの露出多めの衣装と入れ墨は……確か、南東密林国家の呪術大学の連中……あっちの、あの白いローブはドルイドだな……えーと国名は確か……?)

 

 まるで、世界の魔術師達の見本市みたいな有様であった。

 

(今回の魔術祭典に参加するのは、北大陸の主要八ヶ国と、新世界から連邦、クスコ帝国の二大国。祭典の最大規模時は、十五ヶ国が参戦したらしいから……ここにいる連中は、まだまだ氷山の一角というわけか)

 

 なんていうか、世界は広い。それを改めて実感させられる。

 

(……そういや、連邦の代表選手団はどこだ?連中のことだから、かなり早く見つかるはずなんだが……)

 

 グレンが連邦の代表選手団を探すと。

 

「お探しですか?先生」

 

「うぉッ!?」

 

 突然、グレンの視界からひょこっと、見慣れた人物が映り、グレンは思わず後ずさりする。

 

 グレンの前に現れたのは、ジョセフであった。

 

 ジョセフもいつもの制服ではなく、軍服姿であった。

 

「お前、脅かすなよ……で、お前一人なのか?」

 

「いえ、来てますよ。代表選手の連中も」

 

 ジョセフが指差す方に視線を移すと。

 

 そこには、青と白を基調にしたコートローブ姿という帝国代表選手団と衣装が似ている一団がいた。様々な肌の色をした選手達を見て、誰もがあれが連邦代表選手団だということを認識する。

 

 アルザーノ系、レザリア系、ドラグリア系、東方系、そして、新世界の先住民系。

 

 こうやって見ると、多民族国家である連邦ならでは民族の見本市みたいな面々だった。

 

「なーんていうか、うん、お前とこも、レベル高ーな」

 

「まぁ、陸軍を主体に、海兵隊、海軍の学校からそれぞれ優秀な生徒達を選出していますからね」

 

 これは、とんでもない強敵になりそうだな、と。グレンは連邦代表選手団を見る。

 

(うーん……あいつら、あっさり優勝すんじゃね?とか自惚れだったな……これほどレベルが高いんじゃ、一回戦であっさりボロ負けなんてことも……)

 

 グレンがそんな焦燥を覚えていると。

 

「……安心なさい、大丈夫よ」

 

 グレンの隣に立つイヴが、腕組みしてそっぽを向きながら、不意に言った。

 

「あの子達は、絶対に通用するわ。少なくとも貴方が懸念しているような、無様なことには決してならない。少しは貴方が鍛えたあの子達の力を信じなさい」

 

「!」

 

 心の内を見透かされるような事を言われ、グレンはイヴを唖然と見つめる。

 

「な、何よ……?何か文句あるわけ?」

 

「いや、別に……ただ、お前……マジで誰だよ……?」

 

「はぁ!?」

 

「最近、マジであの冷酷嫁き遅れヒス女だったお前と、今のお前が重ならねぇ……」

 

「なんですってぇ!?」

 

 イブがグレンの胸ぐらを掴み上げ、いつものように口喧嘩が始まるのであった。

 

「ほんと、この二人はもう……」

 

 その光景を、ジョセフは呆れて見ていた。

 

 

 

 

 と、そんなグレン達のやり取りを尻目に。

 

「……貴方が、アルザーノ帝国のメイン・ウィザード様でしょうか?」

 

 一人の少女が、流暢な共通語でシスティーナに話しかけていた。

 

 艶やかな黒髪と黒瞳が特徴的な美少女だ。

 

 システィーナが書物で得た知識と照らし合わせるに、この少女が纏う特徴的な衣装は、小袖、差袴、狩衣と呼ばれる物。

 

 東方の、陰陽師と呼ばれる魔術師達の正装だ。

 

「私、サクヤ=コノハと申します。日輪の国出身です。天帝陰陽寮の若手代表として、この度、メイン・ウィザードを務めさせていただきます。どうかお見知りおきを」

 

 しゃなりと丁寧に一礼する黒髪の少女、サクヤ。

 

 国元では相当良家のお嬢様なのだろう。文化は違えど、貴人の雰囲気が隠しきれないほどサクヤからは滲み出ていた。

 

「ええと……私はシスティーナ=フィーベル……ええと、サクヤさん?なぜ、私がメイン・ウィザードだとわかったんですか?」

 

「そりゃあ、君だけ”格が違う”からさ」

 

 戸惑うシスティーナの背に、今度は悪戯っぽい響きのある少年の声がかかった。

 

 振り返れば、そこには頭にターバン、全身をマントで包んだ、浅黒い肌のエキゾチックな美少年が穏やかな笑みを浮かべて佇んでいた。

 

「貴方は……?」

 

「申し遅れたね。俺はアディル=アルハザッド。ハラサ――ああ、君達が恐らく砂漠の国と呼ぶ、占星天文塔のメイン・ウィザードを務めさせてもらっている」

 

 唐突に近付いてきた二人に、システィーナは戸惑いを隠せない。

 

 そんなシスティーナに、二人は穏やかに話しかける。

 

「魔術祭典は、究極的なメイン・ウィザード同士の戦い……といっても過言ではありません。もちろん、それだけでもありませんが」

 

「つまり、これから俺達が、己が国の威信をかけて競い合う相手が、どこの国のどういうやつなのか……知りたいってのが人情じゃないかな?」

 

「確かに、私達は頂点を目指す敵同士……かと言って、ただ競い合って終わり……ではあまりにも寂しいでしょう?」

 

「なにせ、せっかくの機会なんだしね」

 

 この時、システィーナは猛烈に直感した。

 

(この人達……強いわ)

 

 その内に秘められた強大な魔力、この張り詰めた雰囲気の中で、敵と交流を持とうとするこの余裕、この胆力、揺るぎなき自信、強者の雰囲気。

 

 その力は未知数で、自分の力がこの人達に通用するのか、勝てるのか、実際に戦ってみるまで、まるでわかりそうになかった。

 

(これが……世界!かつて、お祖父様が見た光景!)

 

 不思議と昂揚する気分と共に、武者震いを覚えながら、システィーナはらしくなく不敵に笑った。

 

「そうですね。せっかくの機会ですものね。時間までお話でも……」

 

 この流れに身を任せ、システィーナが積極的に親睦を深めようとすると。

 

「ふん……この穢らわしい異端者どもが」

 

 まるで吐き捨てるような言葉が、システィーナの背中に突き刺さっていた。

 

 振り返れば、一人のやせすぎて顔色の悪い少年が立っている。

 

 後ろにひっつめた髪。侮蔑と嫌悪が籠もった昏い瞳。胸に下げられた十字の聖印、小脇に抱えた聖書、黒い詰襟型の僧服に身を包む。その姿は――

 

(ファルネリア統一神学校の生徒!?つまり、アルザーノ帝国の仇敵であるレザリア王国の代表!)

 

 システィーナの表情に、違った意味での緊張が走った。

 

「やれやれ、お前が、勝手な教義を作って至高神に泥を塗った、裏切り者のアルザーノの連中か……予想通り、隠しきれない悪徳が顔に出ている。この場で聖伐されない幸運を、神に感謝して欲しいな」

 

「なっ……ッ!?」

 

 このいきなりの壮絶な侮辱に、システィーナは呆気に取られるしかない。

 

(くっ!我慢我慢……私は知ってるわ……旧教の一部偏執的な信者に、こういう連中がいるってこと……)

 

 あまりにも他宗教に対して排他的で閉鎖的な、レザリア王国ならではの存在だ。

 

 帝国では、そういった連中を蔑みを込めて”狂信者”と呼ぶ。

 

「まぁ、異端者は異端者同士で仲良くやっているがいいさ。ああ、こんな悪魔の手先の群れの中で待ってろなんて、気分が悪いったらありゃしない」

 

 システィーナが反論せず押し黙るのをいいことに、僧服の少年は遠慮がない。

 

 たちまち、その場の雰囲気が悪くなっていく。

 

 すると。

 

「そこに、旧教の人間がいました。旧教の人間の顔を見た私はこう言いました。”君がレザリアの人間かい?予想通り、隠しきれない病気が顔に出ている。この場で死なない幸運を、神に感謝して欲しいな”」

 

 僧服の少年が背後からおちゃらけたような声が、最悪な雰囲気の中で響いた。

 

 システィーナ達が振り返ると、体格の良い、健康的な少年立っていた。

 

 青を基調としたロングコートで統一された少年は、僧服の少年を冷ややかな嘲笑を込めた目で見ている。背後の集団――その少年は恐らくこの選手団なのだろう――はくすくすと嘲笑している。

 

 その少年達の姿は――

 

(連邦の代表選手団!?つまり、彼は、陸軍、海軍、海兵隊のどちらかの生徒なの!?)

 

 アメリカ連邦とレザリア王国。

 

 今、もっとも顔を合わせたらマズいことになりそうな、その二ヶ国の代表選手が対峙するその場面に、システィーナだけでなく周囲の人達も緊張が走る。

 

「ふん……だれかと思えば、この世界でもっとも堕落したアメリカの連中か……この、世界の癌め」

 

「なんとでも言えばええさね。それよりも、お宅、顔が悪いなぁ?うん?今のうちに辞退したほうがええんちゃう?でないと、清掃係が苦労してまうやないかい。それだけでなく、この競技場、下手したら”事故物件”になってしまうで?あ、それも神の御意思で事故物件になってまうんやったな、失礼、失礼」

 

 くすくすくすくす。

 

 睨んで来る僧服の少年などどこ吹く風か、連邦の少年は侮蔑・皮肉を込めて遠慮なく物言う。彼の仲間は、くすくすと笑う。

 

「……どうやら、君は、よっぽど聖伐されたいらしいね。至高神を侮辱するなど万死に値する」

 

 侮辱されたのが我慢ならなかったのか、僧服の少年が聖書を開く。

 

「はっ……要は、とっとと失せろ、時代遅れの負け犬め。なんなら、お前が大好きな神に会わせてやろうか?あぁ?」

 

 ホルスターから、拳銃を取り出す連邦の少年。

 

 これが、世界最高クラスの若手魔術師達の力か。

 

 二人の間に、壮絶な殺気と圧力が漲り、会場全体の気温が氷点下まで下がった。

 

 ――本気で殺る気だ。次の瞬間、この二人は本気で殺し合う。

 

 それだけではない。これに触発されたかのように、連邦、王国の代表選手団が、聖書を、拳銃を出して構える。

 

 今まで修羅場を潜り抜けてきた経験から、システィーナは瞬時にそれを察する。

 

(システィーナさん!)

 

(ええ、止めなきゃ――ッ!)

 

 視線で意図を交わし合い、サクヤが符を抜き、システィーナが呪文を唱えようとして。

 

 まさに、一触触発――その瞬間であった。

 

「≪そこまで≫」

 

 いつの間にか。

 

 本当に、いつの間にか――聖書と拳銃が、両者の手から弾きだされる。

 

 二人の間には、軍服を着た少年がやれやれと呆れたような顔で、二人を見ていた。

 

 ジョセフだ。

 

「……やれやれ」

 

 それを見て、グレンが足に込めていた力を抜き、イヴも掲げていた右腕を降ろす。

 

「まったく……お前ら、ちったぁ、血の気が多過ぎやしないかい?今は平和の祭典の開会セレモニーの打ち合わせをやるんや。そんな矢先に、何、殺し合いをしようとしてんねん。アホちゃうか、なぁ、アレックス?」

 

「じょ、ジョセフ中尉!?」

 

 青のロングコートの少年――アレックスが、ジョセフに何か言いかけようとするが。

 

「……は、はい。少し頭に血が上ってしまいました。……すみません」

 

 何を言っても言い訳になってしまうと思ったのか、肩を落ち込ませて呟いた。

 

 一方で――

 

「――ジョセフ?……なるほど、お前がジョセフ=スペンサーか……我等が聖エリサレス教の最悪の敵で本物の悪魔……『黒い悪魔』のジョセフ=スペンサーか!?」

 

 弾かれた聖書を拾い上げるや否や、僧服の少年は、ジョセフを殺意を持った目で睨んでいた。

 

 『黒い悪魔』。それを聞いただけで、その場はざわめいていた。

 

 なにせ、レザリア王国だけではなく、周辺諸国――北セルフォード大陸諸国でも『黒い悪魔』という連邦軍の化け物の存在は知れ渡っていた。

 

「……あー、こりゃ、顔を隠しといたほうが良かったか?」

 

 対するジョセフは、そんな視線をどこ吹く風で、頭をかく。

 

「貴様さえ、貴様さえいなければッ!あの戦争で、至高神の加護があった我々はお前ら連邦風情に負けることはなかったのだッ!我等が神の正義を穢したその罪、ここで――」

 

 僧服の少年は憎悪に満ちた目で、ジョセフを睨み、非難し、そして、聖書を開く。

 

「……はぁ、まったく、俺も大分嫌われているこって……」

 

 一方のジョセフは、溜め息を吐き――そして、不敵に笑った。

 

「でも、まぁ、俺が手を出すまでもなさそうだな」

 

 そう言った、その時。

 

「お止めなさい」

 

 いつの間にか。

 

 本当に、いつの間にか――一人の司祭が、ジョセフと僧服の少年の間に割って入り、僧服の少年の腕を掴んで止めていた。

 

(え!?この人……いつの間に!?気配なんて欠片も――ッ!?)

 

 何が起きたのかわからず、システィーナがひたすら動揺していると。

 

「マルコフ。彼の言うとおり、魔術祭典は平和の祭典なのです。なのに、このような私闘は本末転倒です。”己を愛するかの如くに、隣人を愛すべし”……主の教えを忘れましたか?」

 

「……ファイス司教枢機卿猊下ッ!」

 

 僧服の少年――マルコフが、どこか非難するような目で、現れた司祭を睨んでいた。

 

(ファイス……今回の四大国首脳会談の、王国側参列者の一人か。なぜ、ここに?)

 

 そんなグレンの疑問を余所に、ファイスはジョセフとアレックスに向かって深々と頭を下げる。

 

「……こちら側に非礼があったようですね。本当に申し訳ありませんでした」

 

「いえいえ、こちらも、彼らが血気盛んなもんで。……ご迷惑をおかけしていまい、申し訳ございません」

 

 ジョセフもアレックスに頭を下げるように、手で合図し、深々と頭を下げる。

 

 その場がざわめいていた。

 

 あり得ない光景であった。なんと、あのエリサレス旧教の枢機卿ともあろう人物が、他宗派の人間、しかも、最近、戦果を交えて最悪の関係である連邦の人間に、不倶戴天の仇敵同士である連邦と王国の人間が、お互い頭を下げたのだから。

 

(お、おい、イヴ……見たか……?)

 

(え、ええ……信じられないわ……)

 

 その光景には、グレンもイヴも唖然とするしかない。

 

「猊下ッ!?なぜです!?なぜ、あんな憎き敵であるアメリカ人共に頭を下げるのですか!我等が神の正義は――ッ!」

 

 マルコフが、糾弾の叫びを上げるが。

 

「黙りなさい」

 

 ファイスの有無を言わせない迫力の叱責に、悔しげに押し黙るしかない。

 

 そして、未だ動揺と困惑が冷めやらぬ会場を見渡し、ファイスは穏やかに言った。

 

「さて、才気に溢れる若き魔術師の皆さん。遠路はるばる、今回の魔術祭典にご参加いただき、真にありがとうございます。皆様のご活躍とご健闘が、これからの世界をより良い方向へと導く礎となることを、私は願っております。早速ですが――」

 

 こうして。

 

 ファイスの穏やかで大人の対応によって、場を包んでいた緊迫感は解かれる。

 

 そして、開会セレモニーについての説明と打ち合わせが始まるのであった。

 

(ったく、冷や冷やさせやがるぜ……旧教側にも、まともなやつが居て良かったよ)

 

 グレンが額の汗を拭った、その時だった。

 

「あ、あれ……?あの人……」

 

 少し離れた位置に立っていたマリアが、ぼそりと呟くのが、グレンの耳に入った。

 

 ちらりと見れば、マリアは、一同の前で式典について説明するファイスのことを、呆けたようにじっと見つめていた。

 

「…………」

 

 心此処にあらずとばかりに、呆然と見つめ続けるのであった。

 

 

 

 

 







ここまでで。
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