それでは、どうぞ。
こうして、開会セレモニーの事前打ち合わせはつつがなく終了。
程なくして、ついに魔術祭典開催の運びとなった。
楕円形のフィールドをぐるりと囲む観客席には、世界中から集まった観光客達が、ひしめき合い、活気と熱気に包まれていた。空にはひっきりなしに派手な花火が打ち上げられ、その音すら聞こえぬ大歓声――音の大洪水だ。
なにせ、魔術祭典が開催されるのはもう何十年かぶりだ。
久々の開催ということで、今回は規模こそ縮小気味だが、代わりに連邦とクスコ帝国という新世界の二大国が参加することで、人々の祭典に対する期待は計り知れないものがあるようであった。
やがて、フィールドで始まるショータイム。
何百人からなるダンサーやサーカスが、次々と芸を披露していく。
それが終わると、パレードと共に、各国の代表選手団が入場し、会場の歓声ボルテージがまた一段階上がった。
かしこまった様子で歩くシスティーナ達の姿が遠目に見える。
かつてない大舞台に、流石に緊張したらしいフランシーヌが躓き、コレットを巻き込んで転んで、会場から笑いが上がった。
そんなちょっとしたハプニングがありつつも。
各国代表選集団は、観客達に顔を見せるように、フィールドを一周し、中央に整列。
やがて、式典が始まり、魔術祭典組織運営委員会会長、自由都市ミラーノ市長、各国来賓による、開会宣言やスピーチなどが始まる。
そんな最中、なんとアルザーノ帝国のアリシア七世女王陛下と、レザリア王国の聖エリサレス教会教皇庁フューネラル=ハウザー教皇聖下と、アメリカ連邦の大統領フランクリン=ポークと、クスコ帝国のマクシミリアーノ1世皇帝陛下が、大衆の前で握手を交わし合うというパフォーマンスまであった。
当然と言えば、当然で。
そして、あまりにも信じられないと言えば、信じられない光景で。
時代の変革の予感に、会場は騒然となっていた。
「……ここまで、何の動きもないっと……それにしても、開催前に連邦と王国の乱闘騒ぎで中止ってなんて羽目にならんで、マジで良かったわ……中止になってたら、連邦と王国の心証ズタボロになってたで」
「お疲れ様、ジョセフ」
熱狂する人でごった返し、賑わいに賑わう観客席の一角にて。
ジョセフは脱力したように腰掛け、開会セレモニーの推移をぼんやりと眺めていた。
そんなジョセフの左隣に座るアリッサも、ほっとしたように、遠い場所で粛々とスピーチを行うアリシア七世の姿を見ている。
今のジョセフとアリッサは二人きりだ。
ウェンディとテレサは、ミラーノには来ておらず、今頃アルザーノ帝国魔術学院にいる。
そんな感じで、ジョセフと二人きりになれた――しかも、最終日まであの二人に邪魔されない幸運に若干テンションが上がりながら、アリッサはジョセフと一緒に、開会セレモニーを見守っていた。
「上手くいくと……いいね」
「……そうだな」
限られた時間、限られた資金で開催された、これだけの規模の祭典なのだ。
アリシア七世が、フューネラル教皇聖下が、フランクリン大統領が、マクシミリアーノ1世皇帝陛下が、各国のそれぞれの関係者各位が、それぞれの思惑があるとはいえどれほど心血と魂を込めて、この日、この時を作り上げたのか……政治や政務に疎いジョセフですら痛いほどわかる。
全ては平和のために。それぞれの国の民のために。
(それに……あの話がまとまれば、あいつらが帰って来る)
ジョセフは、今回の首脳会談で連邦と王国の間で、あの戦争の北部戦線に遺された連邦軍兵士の遺体、行方不明者の捜索が行われるようになれば。
あの戦争の終結から半年あまり。未だにそれぞれの故郷に帰って来ていない兵士が無言とはいえ、帰ってくるのだ。もちろん、ジョセフの友人も。
やっと。……ようやっと。
ジョセフはそうしみじみと思うと同時に――ふと、隣にいるアリッサを見る。
そして、複雑そうな顔をする。
たとえ、首脳会談が成功して十年の平和が実現したとしても、彼女の両親は――
(――名誉は回復されるだろう。けど、もう、生き返ることは、ない。もちろん、こいつのい友人も再会できたとしても、前みたいな仲に戻れるのは、難しい……)
なんか、アリッサには何の慰めにもならないような気がする。
なんとも言えない、切なくなってきた……その時であった。
「ジョセフ」
アリッサが不意に、ある所に視線を向け、警戒するようにジョセフに声をかけた。
ジョセフがアリッサが見ている場所を見ると。
「……ん?」
とある観客席の一角の辺り。
なにか、おかしい。
見ると、開会式を見ている観客達である。
だが、ジョセフとアリッサにはその背後で知らない何かが起きているのを察知した。
「……お客さんだ、アリッサ。恐らくは――」
「――ええ。あの
そう言って、ジョセフ達は密かに席を立ち、その異常事態になっている場所へ向かうのであった――
「くっ……何が目的だ……?俺達に何の用だ……ッ!?」
グレンは脂汗を滝のように流しながら、喉奥から絞り出すように二人組に問いかけていた。
今、グレンの前には一組の男女がいる。
闇を焼き払い、天から後光が差すような神々しい金髪のグレンとそう歳の変わらない少女。
もう一人は、燃え尽きた灰のような色の髪、血色のない青白い肌、真紅の瞳、身に纏う闇色のコート……そんな黒ずくめの青年がルミアの後頭部に、指先一本で触れていた。
一方、ルミアは――
「~~~ッ!?――ッ!」
一体、いかなる術理なのか、たったそれだけで、ルミアは金縛りにあったように動けなくなり、言葉を失っていた。
こんな規格外の化け物が、同時に二人も揃って、まるで勝てる気がしない、空前絶後の怪物二人。
グレンは今、そんな絶体絶命の窮地に陥っていた。
「あら、ごめんなさいね、ちょっと脅かし過ぎちゃったかしら?」
すると、女性が冷笑した。
「私にとって、貴方程度の男の首を上げることなど、ミサで整体パンを切るよりも造作もないこと。でもね、私達、いくら貴方達が救済の余地もない異端者だからといって、別に今、直接どうこうする気はないのよ……寛大なる主の慈悲に感謝なさい?」
悔しげに舌を打ち鳴らすグレン。
だが、こんな状況ではどうこうすることもできない。
「私はね……貴方に”頼み”があるの。帝国代表選手団の総監督さん?」
何もかもお見通しというわけらしい。
「……頼み……だと?」
「そう……明日から、魔術祭典の試合、始まるわよね?」
「それがどうした……ッ!?」
「貴方達、帝国選手団……
女性の意味不明な要求に、グレンは呆気に取られた。
「なんだと?」
「正直、困るのよね……貴方達が試合に勝ち残るとさぁ?」
そして、どこまでも酷薄な笑みで凄むように告げる。
「ふざ、けるなよ……てめぇ……ッ!?」
「あら?ここまで追い込んで、まだそんな口がきけるんだ?弱っちいくせに、意外と骨があるのね。でも……」
ほんの少し、意外そうに眼を瞬かせて。
女性は動けないグレンの耳元へ唇をよせ、囁いた。
「後ろの教え子さん……可愛いでしょう?……壊されたくはないよね?」
「てめぇ………ッ!」
「一つ教えてあげるわ。そこのチェイスは、そういう可愛い女の子を切り刻んで血を啜るのが大好きな変態よ?どう?そんなの嫌でしょう?……ま、私は、異端者のクソ雑巾どもが一人死のうが百人死のうが、知ったことじゃないけどね?ふふふ……」
「や、野郎ォ……ッ!」
恐怖と絶望に打ちのめされていたグレンの魂が、怒りによって焼き入れされ、猛然と沸騰再生、激情を噴火させる。
だが――それでもどうしようもない状況に、グレンが歯噛みしていると。
ごッ!
唐突に巻き起こった猛火が、観客達を巻き込んでグレンや女性達を呑み込んでいた。
だが、グレンやルミア、観客達には火傷の一つもない。
今のはなんだ?と観客達が目を瞬かせて、周囲をキョロキョロしている。
(この、嫌見たらしいまでに完璧に制御された炎は――ッ!?)
「グレン、構えなさいッ!援護するわッ!」
イヴだ。観客席を横断する通路にイヴが現れ、こちらを見下ろしている。
そして、女性と、チェイスと呼ばれた黒ずくめの青年は、グレンの上方、イヴの立つ通路の二十メトラ先に、いつの間にか移動していた。
「へぇ?あの赤髪の女……帝国にも居るじゃない?
そして、ルナはイヴとグレンに向かって、余裕の佇まいで聖剣を構えた。
「いいわよ?遊んであげる。貴方達、平和ボケした軟弱な帝国人に、格の違いってのを教えてあげるわ……」
たちまち、グレン、イヴ、ルミアの顔に緊張が走るが――
「いや、ルナ。潮時だ」
チェイスが、そんなルナを引き留めていた。
「結界が保たない。あの女性の炎で、結界にかなりのヒビが入った。……これ以上の荒事を起こせば、観客達にバレる。それに――」
すると。
「やーれやれ、あの僧服のガキんちょといい、アンタ達といい、なんなん?毎回どこかとケンカ売らんと気が済まんわけ?アンタ達、レザリアの連中は。信仰を重視したあまり、頭の中、お子ちゃまになってるで、お子ちゃまに」
背後から、二人組の男女がルナ達の背後に立っていた。
「ジョセフ、アリッサッ!?」
ジョセフは刀を召喚し、アリッサは背後に無数の光の剣を召喚し、ルナ達に向ける。
「……デルタの連中に嗅ぎ付けられてしまった。さすがに、連中と殺り合うのはマズい」
すると。
「……わかってるわよ。……ふん、まったく、抜け目ない女とアメリカ人どもだこと」
どこか不服そうだが、ルナは素直に聞き入れ、剣を納めていた。
「とりあえず警告はしたわよ、監督さん?もし、辞退しなかったら、貴方達にきっと不幸が降り掛かると予言するわ。……じゃあね」
そして、そう言い残して。
ルナは、チェイスが足下に展開した沼のような影の中へ潜るように、姿を消していくのであった。
「……はぁ……ッ!」
グレンは、二人の気配が完全に去ったことを確信すると、詰まっていた息を吐く。
同時に、遠ざかっていた周囲の爆音が復活し、グレンの耳を再び殴りつけていた。
「先生!だ、大丈夫ですか!?」
「グレン、今の連中は何者?どう見ても只者じゃなかったけど」
「アリッサ。やっぱり、あの二人組は――」
「ええ、間違いない。先生、なんであの二人が?」
そんなグレンの下へ、顔を蒼白にしたルミアと、険しい表情のイヴとジョセフとアリッサがやって来る。
「……後で説明するぜ……まぁ、一つ確実に言えることは……」
グレンは銃をしまい、忌々しげに会場を見下ろした。
今、様々な式次第が終了し、聖地アルケナから多くのランナーがリレーで運んできた聖火が、競技場北側の縁に据えられた巨大な祭壇に灯されようとしている。
開会式のクライマックスだ。
「まーた、厄介事ってわけだ。長年確執を続けて来た王国・クスコ帝国と帝国・連邦……ようやく成った和平の首脳会談が行われる今回の魔術祭典……その裏で、なぜか俺達を妨害しようと動く、教会の異端狩りの切り札ども……あまりにも、きな臭ぇ」
「……切り札?まさか――?」
イヴが息を呑むのを尻目に、グレンは確信と共に言い捨てた。
「ああ、この魔術祭典……何かが起きるぜ?」
そんなグレンの言葉は。
祭壇に灯された聖火が煌々と辺りを照らし始めると共に巻き起こった、本日一番の大歓声の洪水に押し流され、消えていく。
波乱と激動の魔術祭典。その幕開けであった――
今回はここまでで。