ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


190話

「結論を言いますと――」

 

 その女性は、すっと席を立ち上がり、決然とした意志を以て宣言した。

 

「――いかなる脅しがあろうとも、帝国代表選手団を魔術祭典から辞退させることは、このアルザーノ帝国女王アリシア七世が許可しません」

 

「…………」

 

「お、お母さん……」

 

 その女性――アリシア七世の言葉に、グレンとルミアは静かに押し黙った。

 

 ここは、自由都市ミラーノに設けられた、アルザーノ帝国領事館。

 

 グレンは今、密かにアルザーノ帝国女王アリシア七世と謁見中であった。

 

「私が挑む、今回の帝国と連邦、王国とクスコ帝国の首脳会談は、長きに亘る両陣営の確執を解消し、平和の礎となる重要な会談……この日、この時のために、莫大な予算と時間を費やして来ました。失敗は万が一にも許されないのです」

 

「…………」

 

「ですが、首脳会談に参列する我々側にも、向こう側にも、この融和策の反対派が多く存在します。実際に、会談が成功するか否かは、未だ不透明。むしろ、少しでも会談を破談にさせる隙を、四ヶ国の反対派が窺い合っているような状況なのです。

 そんなギリギリの中、”この平和の祭典から、帝国側は選手団を辞退させた”、”実は、帝国側にその気はないのでは?”……そんな”つまらない事”で、足を引っ張られるわけにはいかないんです」

 

「…………」

 

 グレンはちらりと、淡々と冷酷に語るアリシア七世の手を見た。

 

 その嫋やかな手は、青白く堅く握りしめられ、微かに震えていた。

 

「今度の会談が成功すれば、少なくとも十年の戦争なき完全平和を、我が帝国民に約束することができます。ゆえに、私はアルザーノ帝国女王として、貴方達、帝国代表選手団に命じます。”たとえ、いかなる危険があろうとも、参加せよ”と」

 

 と、そこまで、冷徹な一施政者の仮面を被っていたアリシア七世が、不意に、苦悩に満ちた表情となって、溜め息を吐き……椅子にがっくりと腰を下ろした。

 

「…………私は……きっと、地獄に落ちますね……」

 

「そ、そんなことは……ッ!」

 

 ルミアが慌てて否定しようとするが、アリシア七世は力なく頭を振った。

 

「……いえ、わかっています。私は、母親としても……人としても失格です。だけど……私はそれでも、やらなければならないんです……それが間違いだとしても……」

 

「……国を守る女王としては、何も間違ってないっすよ」

 

 今まで、黙ってアリシア七世の話を聞いていたグレンは、強く言った。

  

 そうだった。改めて、グレンは思い出したのだ。

 

 普段、自分達が、何も考えず、当たり前のように過ごしていた日常、当たり前のように享受していた戦争のない平和な時間。それらは全て、この女王陛下の血反吐を吐くような苦悩と尽力の上に成り立っていたものだということを。

 

 こうやって、女王陛下は長年、いつ戦争が勃発するやも知れない状況から、平和な時間を少しずつ、少しずつ、削り出し続けて来たのだ――自分の心血を注ぎ魂を擦り削って。

 

「俺、やっぱ、貴女が女王陛下で良かったと思います」

 

「そうですよ、お母さん……」

 

「グレン……エルミアナ……ごめんなさい……そして、ありがとう……」

 

 そんなグレンやルミアの言葉に、アリシアは力なく微笑み、そして、次の瞬間、毅然と立ち上がり、決意と共に言った。

 

「私の護衛兵力の一部を代表選手団に回します。なんとしても、選手団を守りきってあげてください、グレン」

 

 そんな、アリシアの言葉に。

 

「そりゃー、お勧めは出来んのう、アリシアちゃん」

 

 やたらガタイの良い老人がおどけながら言った。

 

「恐れながら、陛下。反対派の、もっとも確実な会談の破談方法は”陛下の暗殺”です。ただでさえ、クスコ帝国・レザリア王国側を刺激しないよう、我々は随行兵力を絞っているのです」

 

 少女と見まがうような線の細い美少年がそれに続く。

 

「これ以上の戦力低下はのう……ちと、こう……」

 

 老人は困ったように頭をかいて。

 

「…………」

 

 鷹のように鋭い瞳の青年が無言で部屋の隅に佇み、経緯を見守っていた。

 

 魔導士礼服に身を包むその三人は、帝国宮廷魔導士団特務分室の≪隠者≫のバーナード、≪法皇≫のクリストフ、そして≪星≫のアルベルトであった。

 

 現在、アリシア直近の護衛を務めている者達だ。

 

 グレン、ルミア、女王陛下の極秘会見であることも相俟って、今、この部屋には彼ら六人以外に誰もいなかった。

 

「……子供に命を懸けさせているのです。私が懸けなくてどうするのですか?」

 

 だが、バーナード達の諫めにも、アリシアは怯まず、決意と共に言った。

 

「それに……私は、貴方達を信じていますから」

 

 そんな風に、穏やかに微笑むアリシアに。

 

「やれやれー、しゃーないわい。アリシアちゃんはわしらできっちり守ってやるかの」

 

「ありがたきお言葉です、陛下。この身に代えても、御身を」

 

「……必ずや」

 

 バーナード、クリストフ、アルベルトがそれぞれに応えるのであった。

 

「しかし、グレン。お前、また、随分と厄介な相手に絡まれたな」

 

 そして、アルベルトが、グレンを鋭く見据えて言った。

 

第十三聖伐実行隊(ラスト・クルセイダース)……敵対するとしたら、これ以上最悪の相手は他に無い」

 

 あのアルベルトをして、ここまで言わせることに驚き、ルミアが口を開く。

 

「あの、アルベルトさん……あの人達って、そんなに凄い人達なんですか?」

 

「凄い人達ってレベルじゃないわ、ルミア。彼らは最早、人外よ」

 

 すると、アルベルトに代わり、聞き覚えのある少女の声がしたので、ルミアが振り返ると。

 

 扉には、四人の黒いロングコートに身を包んだ四人組が、立っていた。

 

 この四人は、グレンもルミアも、女王陛下特務分室の面々も知っている四人組であった。

 

「アリッサッ!?ジョセフ君ッ!?」

 

 そこにいたのは、ジョセフ、アリッサ、それと、マクシミリアンとその側近シュタイナーの姿がそこにあった。

 

「第十三聖伐実行隊……聖エリサレス教会教皇庁が誇る聖堂騎士団の中でも、最強の処刑部隊よ……たった二人からなる隊だけど」

 

「たった、二人……?」

 

「そう。たった二人の部隊なのに、何百、何千騎からなる他の部隊を押しのけて、そう呼ばれるの。だから人外なのよ」

 

「ああ、あの二人に、あの戦争で二人の優秀な部下を失ったな……そして、ジョセフとアリッサにそれぞれ≪マサチューセッツ≫、≪メリーランド≫を与えたんだ。あの二人を相手にするには、それなりの損害を覚悟する必要がある」

 

「くそ、ふざけやがって……教皇庁に文句入れてやろうぜ!?」

 

 すると、グレンが苛ついたように、至極真っ当な意見を出す。

 

「てめーんとこのイカレ隊が、こんな大舞台で喧嘩売ってきたんだ……こりゃ、完全に100%向こう側の責任問題だろ?誰がどう見たって――」

 

「無理です」

 

 だが、アリッサがそんなグレンの意見をあっさりと切って捨てた。

 

「それが出来るなら苦労はしませんよ。そもそも、教皇庁の聖堂騎士団に、第十三聖伐実行隊なんて存在していないんですから」

 

「はぁ!?そりゃどういうことだ――ッ!?現に――」

 

「先生、気付かないんですか?”十三”……神の子を十字架刑に追いやった裏切り者、第十三使徒ユーダの数字。エリサレス教にとっては究極の忌み数です。正義の体現たる聖堂騎士団に、邪悪な”十三”を冠する部隊を存在する筈が無い。故に――存在しない十三……邪悪なんて、あの聖堂騎士団自体、邪悪よ。私からしたら……」

 

「存在しない部隊――ってわけかよ……」

 

 グレンが苦虫を噛み潰したような顔で呻く。

 

「抗議を入れても、知らぬ、存ぜぬで突っぱねられるだけです。連中をとっ捕まえて、決定的な証拠でも掴まない限りは……」

 

「無理ゲー過ぎるわ!」

 

 グレンは頭を抱えるしかなかった。

 

「なぁ、アリッサ……レノ家って確か、聖堂騎士団の幹部を輩出していた家柄だろ?せめて、第十三聖伐実行隊のメンバー……ルナ、チェイスについて、何かわからねーか?素性とか能力とか」

 

「……ええ、知ってますよ?」

 

 すると、アリッサは淡々と言う――

 

「聖エリサレス教会教皇庁聖堂騎士団にルナ=フレアー、チェイス=フォスターは()()()()。……()()()に戦死してますけど」

 

 ――戦死という衝撃の事実を告げる。

 

「四年前……現・教皇フューネラルが、教皇選挙で奇跡の勝利を収めた頃か」

 

「それはどーでもいいが、戦死!?なんだそりゃ!?連中、ピンピンしてたぞ!?」

 

「それに、チェイス=フォスターは、確かに聖堂騎士団でもその名を馳せた凄腕中の凄腕――エース格です」

 

「だろうな。めっちゃ強者の風格だったよ。マジでやり合いたくねえ」

 

「ですが、ルナ=フレアーは、聖堂騎士団としては三流……落ちこぼれの騎士でした」

 

「……おい、どう考えてもあり得ないこと言ってるぞ、アリッサ。そんな弱ぇ奴が、なんで第十三聖伐実行隊張ってんだよ?つーか、ルナが弱ぇ?お前とジョセフも対峙してたろ!?プレッシャーだけで死ぬかと思ったわ!」

 

「……なんで、死んだ彼女と彼がいるのか……説明できるとしたら、アレしか……でも、アレなら()()()()()()()()()()()()確率的にあり得ない」

 

 何やらぶつぶつと呟くアリッサ。

 

 重苦しい雰囲気の一同へ、アリシアが言った。

 

「話を戻しましょう。一体、何故、第十三聖伐実行隊が、帝国選手団の出場辞退を要求したのかは、わかりません。王国側の和平反対派が暴走し、帝国選手団を辞退させることによって、首脳会談における帝国の心証を下げるため……と、一応、素直に読んではみましたが、少し理由としては弱いのも事実なのです」

 

「そうじゃのう……それだけなら、もっと効果的なやりようが、他にいくらでもあつはずじゃしのう……うーむ……」

 

「それに、聖堂騎士団……あの噂の異端絶殺機関が、警告だけで済ますってのも妙ですね……所構わず見敵必殺・悪即斬ってのが、彼らの千年変わらぬ教理なのですが」

 

「あの……私達が出場すると困るっていうのもおかしくないですか?ひょっとして、この魔術祭典の場に居て欲しくない人物が、私達の中に居るのでは……?」

 

「だとしたら誰なんだ?一番、その関連で怪しいのがルミア、お前のはずなんだが……お前は選手じゃねーし、そもそも連中、お前に対しては、まるで無関心だったぜ?」

 

 アリシア、バーナード、クリストフ、ルミア、グレンが次々と考察するが、どれも憶測の域を出ず、決定打はない。

 

 一方で、マクシミリアンはルミアの憶測を聞くと、シュタイナーに何やら耳打ちすると、シュタイナーは静かに頷き、退出した。

 

「その事と関係しているのかどうかは今はわからないが、実は、女王陛下にも、ここにいる者にも一度耳に入れておきたい話があります、陛下」

 

 そして、マクシミリアンは第十三聖伐実行隊の謎の行動に頭を悩ませているグレン達一同に言った。

 

 すると、マクシミリアンはアリシアの元に歩み寄り、書類を渡す。

 

 それを受け取り、読んでいくアリシアは段々と目を細めていく。

 

「……これについて、連邦政府は?」

 

「我々は領事館で安全保障会議を開き、首脳会談・魔術祭典開催中に強硬派が事を起こすのを防ぐため、身辺警護、連中の動きを探って未然に防ぐという方針で動くことになりました。そして、今後、教皇庁強硬派の動きを連邦と帝国で共有することも。今回はそのために、極秘会談の途中でしたが、こうして陛下の元に参った次第です」

 

「……そうですか。……わかりました」

 

 そう言って、書類から目を離す。

 

「第十三聖伐実行隊からの帝国選手団の出場辞退の要求と、聖エリサレス教会教皇庁強硬派の不穏な動き……彼らが目的はなんなのか、今は何もわかりません。とにかく、帝国・連邦と王国・クスコ帝国の首脳会談が無事に終わるまで、帝国代表選手団を守り抜くこと……これが肝要です」

 

 そして、アリシアが統括するように、グレンへ言った。

 

「グレン。軍を退役した貴方にこんなことを頼むのは、本当に申し訳なく……私にそんなことを言う資格などないことは重々承知ですが……どうか、生徒達を、帝国の未来を担う若者達を守ってあげてください……よろしくお願いします」

 

 そして、世界に名高き大国のトップであるアリシアが、たかだか平民の一教師に、深々と頭を下げるのであった。

 

「おあッ!?だから、陛下が俺みたいなゴミに頭下げちゃダメですって!?」

 

 グレンが慌てて、首をブンブン振った。

 

「大丈夫です、わかってますって!陛下は陛下の戦場で頑張ってください!俺は俺の戦場で頑張りますから!」

 

「グレン……」

 

「それに……巨視的に見れば、陛下の戦いの勝利が、俺の生徒達の未来を守ることに繋がるんですから!俺達の目指すものは、きっと同じなはずっすよ!なーに、厄介事はいつものことっすよ!もう慣れてますから!ははは!」

 

「……ありがとうございます……貴方がいてくれて、本当に良かった……」

 

 そんなグレンの言葉に。

 

 アリシアは、本当に穏やかに、優しげに微笑むのであった。

 

「……エルミアナ、こちらに」

 

「はい。なんですか?お母さん」

 

 アリシアはルミアを傍によせ、ひそひそとルミアに耳打ちをする。

 

「彼を……グレンをよろしく頼みます」

 

「!」

 

「貴女の異能は、彼が強大な敵に立ち向かう時、大きな力となり得るでしょう。縁を切って上に、実の娘にこんなことを頼むのは、やはり母親失格ですが……それでも、どうか、彼の力になってあげてください……お願いします」

 

「は、はいっ!わかりました!お任せください!陛下!」

 

 力強く、元気いっぱいに返事するルミア。

 

「エルミアナ……貴女の母親であったこと……私は誇りに思います」 

 

 そんなルミアを慈しむように見つめ、やがて、アリシアは悪戯っぽく言った。

 

「……ところで、エルミアナ。グレンとはどこまで進んでいますか?」

 

「え?」

 

「ふふっ、彼、女の子の気持ちに鈍いから……貴女から強引に誘惑して押し倒すくらいでちょうど良いと思いますよ?先に事実さえ作ってしまえば、貴女の勝ちです」

 

 にやにやしながら、何かとんでもないことをのたまうアリシア。

 

「お、おおお、お母さん!?な、な、何を言って――ッ!?」

 

 たちまち、ぼんっ!と真っ赤に沸騰して、あわあわし始めるルミア。

 

「……ん?どうした?ルミア。陛下に何を言われたんだ……?」

 

「な、な、なんでもない!?なんでもないんですッ!あは、あはははっ!」

 

 そんな、微笑ましい光景を。

 

 バーナード、クリストフ、アルベルト、マクシミリアンはどこか穏やかな様子で見守るのであった――

 

「…………」

 

「…………」

 

 ――隣の少年を獲物を見るような目で見る少女と、その少女からどうやって逃げようか、逃げたとしても、壮絶な追いかけっこが始まると予感していた少年を除いて、バーナード、クリストフ、アルベルト、マクシミリアンはどこか穏やかな様子で見も守るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ここまでで。
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