それでは、どうぞ。
一年前、連邦がレザリア王国との戦争状態に突入した時、ジョセフは後に史上最も凄惨な戦場となる北部戦線に赴く前のこと。
荷物を纏めて家を出ようとした時、見送りに来た『連邦の狂犬』に言われた言葉がある。
”戦場では常に常識が通じるとは思うな。むしろ、非常識がまかり通るところだと思え”
その言葉は、軍学校時代から常に口酸っぱく言われている言葉だったから、わかっているとばかりに頷いていた――実際は、そこまで理解できていなかったのが戦場で実感したのだが。
確かに常識的なセオリー通りに上手くいったことはあるが、それ以上にあの戦場では当時のジョセフでは考えられなかったことのほうが多かった。
末期に差し掛かったレザリア王国の『捨て石作戦』がもっとも典型的な一例だ。
それ以外にも数多くの”非常識”な実戦を見たジョセフにとってハラサの妙なもたつきが、ただもたついていたわけではないことはすぐにわかった。
なぜなら、この試合のルールは単純にメイン・ウィザードを戦闘不能にすればいいのだから。そして、それに対して作戦の立て方に制限はかけられていない。
そして、ハラサは常識的なセオリーで仕掛けてきた帝国代表に対して、非常識で対抗してきたのも、ジョセフにとっては特に驚くことでもなかった。隣で頭を抱える人が敵に対してずっとやってきたから尚更だ。
(さて、どうする、システィーナ?)
まぁ、あんな状態になったらやるべきことは一つしかないけど、っと。ジョセフは断絶結界に閉じ込められ、アディルと一対一で相手する羽目になったシスティーナを眺めるのであった。
結界の向こう側で始まった、そんな二人の激闘を前に。
「だぁあああああああ――ッ!?これ、もう、どうすんだよ!?」
「壊れる気が全然しませんわ!」
コレットとフランシーヌが、魔闘術やマルアハで、結界の壁を殴りつけている。
だが、まるでびくともしない。
「……解呪も出来そうにねえな、こりゃ。単純に頑丈ってわけじゃなさそうだ」
「まるで”破れないって、最初から決まっている”ような……こんな変な魔術、初めてです」
ジャイルとマリアも、苦虫を噛み潰したような顔だ。
「≪賢者の瞳よ・万の理を見定めよ・我が前にその大いなる智慧を示せ≫……」
だが、先程からぶつぶつと唱えていたリゼだけが、冷静に言った。
「……解析が終わりました。大丈夫、突破できますよ」
黒魔【ファンクション・アナライズ】で、アディルの結界の解析を行っていたのだ。
「おお、マジか!?流石、リゼ姐さん!?」
「この世界の魔術に”絶対”はありません。この結界も同様です。この強すぎる断絶結界を維持するため、遠隔的に結界を制御しているサブ術者が、わりと近い場所にいるはずだと、解析結果から判断しました。その術者を叩けば……」
「結界は壊れるってことですか!?なら、早速――」
マリア達が浮き足立って動こうとした……その時であった。
「させないわ」
そんな凛とした言葉と共に。
空から、炎の塊が、一同の頭上へ次々と降り注いでいった。
咄嗟に散開して、それを避ける帝国選手団の面々。
「な――ッ!?」
「へっ、来やがったか!」
見上げれば、崖の上に数名の人影が見える。
その衣装から察するに――アディルの仲間達だ。
「アディルの邪魔はさせない。貴方達の相手は私がするわ」
美しい黒髪と褐色の肌の少女が、リゼ達を真っ直ぐ見下ろしていた。
「……なるほど、セオリー通り分断したのが裏目に出ましたね」
「へっ!いいだろ!やってやらぁあああああああ――ッ!?」
俄然、燃えてきたらしいコレット。試合前のおどおどした様子はどこへやら。
獰猛に笑って魔力を全開、魔闘術で拳に爆炎を灯し、獣のような俊敏さで、崖を駆け上がっていくのであった。
「さぁ、行ってください!ですの!」
フランシーヌも手を広げて、背中に翼を備えたマルアハを召喚。
コレットの後を追わせるように、放つ。
「ち――あの猪女共が」
「わ、わわわ!コレット先輩にフランシーヌ先輩!?突撃は不味いですよぉ!?」
「ケース4です!全体指揮はシスティーナから私が引き継ぎます!各人、エレメントで敵の迎撃を!索敵班は合流を急いで!二人のフォロー、行きますよ!」
咄嗟の状況判断で指揮を引き継いだリゼが、通信魔術で方面に指示を出す。
混沌とした戦いの火蓋が、今、切って落とされるのであった。
ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!
観客席の観客達は、皆、総立ちで大歓声を上げていた。
ハラサのアディルが実行した、大胆不敵ながら見事な戦略。
ハラサが完全にアルザーノ帝国を食った……そう思わせてからの、リゼの冷静なる立て直し。戦況は刻一刻と変化し、今、どちらが優位なのかまるでわからない。
そして、方々で繰り広げられる高度な魔術戦。
特に、システィーナとアディルの、最早、学生という領分を超えた戦い。
どこを切って見ても、見応えと興奮しかない戦いに、観客達の熱狂は留まることを知らなかった。
「あのアディルとかいうやつ、アホかよ……いくらなんでも、大将が単騎で、敵の大将の首を取りにいくとか……発想がぶっ飛びすぎてるだろ……」
「何言うてはるんですか先生。ああいう嫌な戦術を、今までやってきたんですよ?先生は」
「ふん、ああいうのってやられると嫌でしょ?貴方がずっとやってきたことよ?」
頭を押さえるグレンへ、ジョセフが呆れたように、イヴが皮肉げに言った。
「なんだよ、お前ら?なんか含みがあるな」
「「別に」」
まあ、それは置いといて。
グレンは、頭上に投射されるフィールドの展開を凝視する。
「し、システィ!?そこ!後ろ!きゃあああああ!?あっ!そうだよ、やったぁああああああああ――ッ!?行っけぇえええええ――ッ!?きゃあああ!」
隣のレズ化してしまっているかもしれないエレンがとにかく、きゃーきゃーうるさいが、それは全力で無視して。
「…………」
グレンは表情を硬くして、アディルと魔術戦を繰り広げるシスティーナを見る。
アディルは、言うまでもなく強敵だ。
正直……押されている。あのシスティーナが圧倒されている。
頭上に描く星図に、奇妙な韻を踏む呪文……アディルが振るう、体験したことのない魔術に、戸惑っている。
いつ、勝負がついてもおかしくない。
「……大丈夫ですよ」
そんなグレンへ、ルミアが囁くように言った。
「システィは先生が大切に育てた、先生の自慢の弟子なんですもの……システィは絶対に先生の思いに応えてくれる……そんな子です」
「る、ルミア……」
「私は先生を信じています。だから、そんな先生が鍛えたシスティのことも信じられるんです。だから……先生もシスティの力を信じてあげてください」
「……ああ、そうだな……誰よりも他に、俺が信じてやらねえとな……」
そう言って、グレンはいかなる結果に終わろうとも見届ける覚悟で、しっかり頭上を見上げるのであった。
誰もが固唾を呑んで見守る中、白熱の戦いは続いていく。
真正面から、近距離魔術戦を展開するシスティーナ、アディル。
高所という有利なポジションを取り、ハラサの選手達を迎撃すべく奮闘する、リゼ、ジャイル、コレット、フランシーヌ、マリア。
そして、それを救援しようと、レヴィン、ギイブル、ジニー、ハインケルが、襲い来る魔獣を蹴散らしながら、現場へ急行する。
本当にどちらに勝負が傾くか、わからなかった――
――その頃。
大競技場の某所にて。
「……そろそろかな」
一人、そこに佇むその男は、ぽつんとそんなことを呟いていた。
「さて……君には恨みはないし、悪くは思うが……脱落してもらうよ。システィーナ=フィーベル」
その男は、その全身に不穏な魔力を立ち上がらせ、遥か遠くを見据えるのであった――
「……遅い」
アルザーノ帝国とハラサの、どちらが勝つのか全くわからない試合に観客が空前絶後の大盛り上がりをしている中。
連邦代表選手団が陣取っている観客席の一席に腰かけているアリッサは、苛立ちながらそう呟いていた。
「先生とイヴさんに話に行くがてら、システィーナ達――特にマリアの様子を見に行って、すぐに戻ってくると言っていたのに、なんでこんなに時間がかかるのよ、もう……」
グレンとイヴ、帝国代表選手団がいる待機室に行ったきり、なかなか戻って来ないジョセフ。しかも、すでに試合が始まってからけっこう時間が経っているので、かなりの時間戻ってきていない。
「むぅ、魔術祭典のこの期間は、あの二人に邪魔されずに優位に立てるのに、その本人がいないとどうしようもないじゃない」
昨夜、あれだけ情熱的な情事をしていたのに、まだ足りないのか、アリッサは頬を膨らませていた。
まぁ、いつかは戻ってくるし、ひょっとしたらグレン達のもとにいて、そこから第十三聖伐実行隊の動きを監視しているのかもしれない。
どっちにしても、あの二人がいないからそこまで焦る必要はないのだが、アリッサはなぜか嫌な予感がして胸騒ぎしており、落ち着かない。
なんか、なんか信じられないことかもしれないが、あの二人がいそうな気が、女の勘がそう告げているのだ。
「でも、あの子達はフェジテにいるのよ?まさか、学院を抜け出してまでジョセフの元に来ているなんて、そんなわけないわ。……危険領域に入ってても、そこまでする子達じゃないはず……」
自分も危険領域に入っているのに、そんなことを呟くアリッサ。
ま、まぁ大丈夫だろうと、アリッサはそう考えながらも、この女の勘が間違いだったと思い観客席を見渡す。
確か、グレン達が陣取っている観客席はあの方角だったはず。
「あ、いた……え?」
すぐにグレンを見つけ、案の定、イヴとルミア、エレンと共にいたジョセフを見つけ――アリッサは固まった。
確かに、アリッサの予想通り、ジョセフはグレンとイヴ、ルミア、エレンと一緒にいた。
これは別にアリッサにとっては問題はなかった。
問題は、グレン達の後ろで応援している一団。そこには――
「――なんで、ウェンディとテレサがいるの!?ていうか、カッシュ達も!?え!?なんで!?」
女の勘が的中してしまい――できれば、的中してほしくなかった――アリッサは珍しく狼狽えていた。
だって、帝国代表選手団に同行していたわけじゃないし、そもそも学院も応援として生徒達を派遣しているわけじゃないし。だから、フェジテにいるものだと思っていた。
だが、何回も見返しても、そこにはジョセフが好き過ぎて、危険領域に入っている二人の少女がいたのだ。
「ま、まさか……カッシュ達って休学届を出して、応援に来たんじゃ……ッ!ウェンディとテレサも……」
完全に失念していた。
代表選手に選ばれていなくても、正当な理由であれば休学届を提出して応援に来ることも可能なのだ。
ましてや、ただでさえ、引きこもりやすいアルザーノ帝国魔術学院の生徒ならば、見聞を広げるという意味で休学してまで魔術祭典を見ることもできる。
アリッサはそこを今、ようやく気付いた。
まぁ、なにはともあれ、アリッサはジョセフとウェンディとテレサを交互に見やる。
時たま、ジョセフはこっそりと抜け出そうとするのだが――
ずるずる。
それをしようとするたびに、ずるずると帝国代表選手団のところに引きずり込まれていっている。
よく見ると、一人の少女がジョセフに向けて指を向けているのが見えた。
「テレサ!?あの子、【サイ・テレキネシス】でジョセフを捕まえているの!?どんだけ、好きなのよ!?ていうか、色々危険な状態になっているわよ、テレサ!?」
そのうち、ジョセフを拘束して自分の側から離れないようにしそう、あの子。
ウェンディとテレサもだが、自分も危険領域に入っていることに気付いていないアリッサが、このままではいけないと思案していた……その時だった。
「――ッ!?」
ふと、頭上の投射映像を見る。
そこには、断絶結界を維持していると見られるハラサの選手が映っていた。
アディルがシスティーナに対し、一対一に持ち込んで一気に勝負しよう仕掛けてきた作戦。その要となるこの断絶結界のあまりにも強固な硬さは、誰かが結界を維持するために後方か、もしくは見つかりにくいところにいるのはアリッサは瞬時にわかっていた。そして、映像に映っている彼が、結界維持要員だろう。
別に、これを見たからといってアリッサにとってはなんとも思わなかった。
だが、アリッサが今までの色恋の思考が吹っ飛び、その映像を凝視していたのは、その彼の後ろから急速に接近していた魔獣がいたからだ。
この試合では、魔獣がそこかしこに召喚されており、自分のテリトリーに入った選手を攻撃する。
だが、言い換えればテリトリーに入らなければ大抵の魔獣をやり過ごせる。
今、投射映像に映っていて、結界維持要員のところに猛然と接近してくる魔獣もその一種なのだが。
「……えっ?」
投射映像の中で起きた出来事に、アリッサは硬直する。
その魔獣は、ハラサの結界維持要員を竜の咆哮で倒したのだ。
何度も言うが、大抵の魔獣は自分のテリトリーに人間が侵入しない限り、攻撃してこない。
ハラサの結界維持要員を倒した魔獣――
学生が相手するにはあまりにも荷が勝ち過ぎる銀の飛竜だが、実は草食で、自分の巣に近付く侵入者以外には、滅多に牙を剥いたりしない。
ハラサの結界維持要員は緒戦からそこにいたため、銀の飛竜の領域に入ったとは考えにくい。領域にはいっているならば、とっくの昔にやられており、ハラサの作戦はおじゃんになっている。
(銀の飛竜のこの動き……おかしい。おかしすぎるわ)
この明らかにおかしい飛竜の動きに、アリッサは銀の飛竜の動きを見る。
すると、銀の飛竜は自分の領域にとは真逆の方角に飛び立った。
そこには――
(システィーナとアディルがいるところ……?……ッ!?まさか……ッ!?)
突然、結界が破れ、何が起きたのかわからず、立ち尽くしている二人のところに猛然と向かっている銀の飛竜。
その行動に嫌な予感を感じたアリッサ。
そして――その嫌な予感は当たった。
地響きを轟かせながら、銀の飛竜は二人の前に君臨し、鎌首をもたげて、二人を見下ろしていた。
そして、銀の飛竜はまるでアディルなど最初から眼中にないとばかしにシスティーナをまっすぐ見下ろし――
――その巨躯からは信じられないほどの俊敏さで、システィーナに飛びかかり、襲いかかってきたのだ――
咄嗟に、システィーナは黒魔【ラピッド・ストリーム】を連続起動。
疾風脚で、銀の飛竜の丸太のような双牙の一撃から、跳び下がって逃れる。
それは気まぐれかと思いきや、銀の飛竜の獲物を狙う冷たく鋭い蒼眼は、撃風を纏って距離を取るシスティーナの動きを、完全に追っていて――
銀の飛竜は背中の翼を大きく力強くはばたかせ、周囲に暴風を巻き起こしながら、システィーナを追って、飛びかかっていく。
アリッサは、この時、連中が仕掛けてきたと確信した。
「第十三聖伐実行隊……一体、どうやって……?」
額に冷や汗を滲ませながら、アリッサは周囲の観客席を見渡すのであった。
今回はアリゾナ州です。
人口680万人。州都はフェニックス。主な都市にフェニックス、ツーソン、ユマです。
愛称はグランドキャニオンの州で、48番目に加入しました。
愛称の通り、世界遺産のグランド・キャニオンがある州。
1990年代までは、ハイテク産業の発展に追いついていなかったですが、今日ではハイテク産業の一大拠点となっており、カリフォルニア州からの企業流入が著しい州です。
この州も、元はスペインからどくりつしたメキシコの領土だったのですが、米墨戦争の結果、アメリカの領土になりました。
当初はニューメキシコ準州の一部でしたが、1861年3月16日にニューメキシコ準州の南部が分離してアメリカ連合国の準州になったため、1862年2月24日にアリゾナ準州が設立されました。
1912年2月14日に48番目の州に昇格。これで大陸のアメリカの領土拡大活動が終わりました。
アリゾナ州は大陸アメリカの中では最後に昇格した州になりました。
メキシコからの移民が多い砂漠地帯の州で、砂漠の大都市フェニックスがあります。
また、雨が少ないためにMLBなどのプロスポーツチームのキャンプ地としても知られます(NPBでは北海道日本ハムファイターズだけがアリゾナでキャンプを行っている)。
ゴルフも盛ん。世界一の大峡谷、グランド・キャニオンや全米屈指の保養地セドナもこの州にあります。
乾燥しているからまだ人間には耐えられるものの、非常に高温になることもしばしばで、フェニックスでは何度か気温50度を突破しています(2017年には52度に達しましたが、それでも歴代4位だったらしい……1位は何度なの?)