それでは、どうぞ。
ハラサ代表選手団との激闘を制した、その夜。
アメリカ連邦代表選手団が宿泊しているホテルにて――
「――以上が、今回のアルザーノ帝国とハラサの試合の中で起きた、教皇庁強硬派の仕業と見られる妨害行為です」
そこは、ホテル内のとある監督の部屋。
高級感溢れるテーブルに、ジョセフは向かい側に挟んで座っている老人に、今回の試合の妨害のことを話していた。
その老人は、顔に傷がついており、今は軍の一線から退いているものの、彼の鋭い眼は相対する者の足をすくませ、一瞬動けないほどの眼。
齢七十行くか行かないかの双眸にもかかわらず、座っているだけで威厳が溢れている老人の前で、ジョセフは普段と変わらない感じで接している。
多分、この畏怖と敬意溢れる老人にこんな感じで接することができるのは、この世界の中でジョセフとセリカぐらいだろう。
その老人は、四十年前の奉神戦争で、連邦海外遠征軍の騎兵隊を率いて、迫り来るレザリア王国軍を相手に暴れ回り、≪連邦の狂犬≫と呼ばれ、帝国・連邦と王国の戦争を終わらせるのに貢献した男。
退役した今でもかつての部下からは親しみを込めて”
フランシス=ブラッドレー。
≪連邦の狂犬≫と呼ばれ、ジョセフの師であり、両親が亡き後の父親のような人物。
そして、連邦代表選手団の総監督であった。
「まぁ、連中がこんなところで諦めるわけがないので、引き続き第十三聖伐実行隊を監視するつもりです。……連中、随分と好戦的なこって……」
「ふん……背後にいる強硬派の連中は所詮、自ら戦場に出ることはない。だから、威勢の良いことを言い、現実から乖離していることを平気にのたまい、兵士に犠牲を強要するのだ。所詮、安全な所で喚き散らす腰抜けよ」
これからも、第十三聖伐実行隊の行動を聞くと、フランシスは忌々しげに鼻を鳴らし、教皇庁強硬派の面々についてそう吐き捨てる。
「とはいえ、そんな連中が無視できない力を持っているのも事実です。実際、止めないと――」
「――戦争か。……狂信者共め」
嫌悪も露わに吐き捨てるフランシス。
フランシスはこういう人種は大がつくほど嫌いだった。
自分は安全な場所で神やらなんやらと偉そうにご高説するくせに、自分の手は汚さないでいる。
自分は安全な場所にいて威勢のいいことを言い、多くの若者が犠牲になる。そんなことを平然とする人間はとにかく嫌いで、軽蔑しているのだ。
この場合だと、アーチボルト卿などの教皇庁強硬派の面々が特にそれに当てはまるだろう。
かつての奉神戦争で自ら前線に立って、騎兵隊を率いて暴れ回っていたフランシスから見れば、強硬派の行動は反吐が出るものであった。
「にしても、連中がなぜ帝国代表選手団をあの連中を自陣に引き入れてまで脱落させるのか……ここが、いまいち理解できません」
「ふむ。辞退するように脅迫したことや妨害行為をしたということは、連中――強硬派にとっては帝国代表が魔術祭典の試合に出ていることに何らかの不都合があるということだろう」
「つまり、帝国代表の中に、試合に出てもらったら困る選手がいるっていうことですか?」
「然り」
そうなると一体、誰なのかということになるのだが……
「実は、准将が帝国代表選手の身辺調査を後方に命じていたのですが、特に何か気になる経緯の持ち主はいませんでした。……一人を除いて」
「……その一人とは?」
「その一人は出身はレザリア王国なんですが、小さい頃、実家である教会からアルザーノ帝国の旧教系の修道院に引き渡されているんです。まぁ、事実上の捨て子ですね」
「ふむ……」
フランシスは、机の上に置いてあった普段愛用しているタバコを手に取り、ライターで火をつけてタバコを吸う。
タバコ特有の香りがジョセフの鼻につく。
「……しかし、妙だな」
そして、フランシスはある疑問を口にした。
それはフランシスのみならず、ジョセフも、マクシミリアン達も――その選手の生い立ちを知っている者は必ず疑問に思うことだった。
「なぜ、その選手は幼少の頃にレザリアの修道院ではなく隣国の――しかも、犬猿の仲であるアルザーノ帝国の旧教系の修道院に預けられたんだ?普通に預けるのなら、国内の修道院でも良かったはずだ。ましてや、帝国内の旧教系はあまり評判は良くない。それなのに、わざわざ帝国の修道院に預けられた理由は一体、何だ?」
「まぁ、国外の修道院に預けに行くということは、よっぽどの理由がないとしないですからね。……考えられるとしたら――」
「その選手がレザリア王国内にいるのがマズいから、国外にした、か」
まぁ、他にも理由はあるかもしれないし、存外、大したことない理由なのかもしれない。
「第十三聖伐実行隊――背後にいる強硬派が帝国選手団の脱落にこだわっている限り、狙いが代表選手の誰かに狙いをつけているかもしれません。辞退させることで帝国の心証を下げ、首脳会談をおじゃんにさせるという説も考えられますが、それだと理由としては弱いですし、遠回しすぎるんです。それだったら人質をとるとか他にもやりようがありますし、わざわざあの化け物組を使って――それも、女王陛下にではなく、グレン先生に警告するのは一見、もっともらしいんですがおかしいんです」
「帝国代表選手団の中に、強硬派――恐らく、アーチボルトが喉から手が出るほど欲しい選手がいる、ということか」
タバコを吸いながら、フランシスは天井を見上げる。
「……いずれにせよ、首脳会談と魔術祭典の裏で連中は何か事を起こそうとしているのは確かだろう。それも、この期間中にな。その間に、連中が何をしようとしているのか、それを分析し、阻止しなければならない」
「ええ、その通りです。とりあえず、まずは第十三聖伐実行隊を指揮しているはずの人物に会い、指揮下にある部隊の行動について確認してみようと思います」
そう言うと、ジョセフは席を立って部屋を出ようとする。
「ジョセフ、わかっているとは思うが――」
「――”状況は常にありとあらゆる事を想定せよ。どんな状況でもあり得ないことはない”ですよね?」
フランシスの言葉を先んじるように、ジョセフはそう言う。
その言葉は、軍学校時代に耳にタコができるほど聞かされていた言葉だ。
「うむ。特にこのような敵の目論見がまったくはっきりせず、見えない時は特にな……」
「了解しました」
≪連邦の狂犬≫のアドバイスを聞き、ジョセフはベレー帽を手に取り、部屋を出ようとする。
その時。
「それよりも、ジョセフ。向こうでの生活はどうだ?」
ジョセフのアルザーノ帝国魔術学院での学院生活(もう、正体は軍人であることは二組の生徒達全員にバレているが、それでも表向きは留学生である)のことを聞くフランシス。
「向こうのですか?まぁ、それなりに楽しんでますよ」
ジョセフはフランシスに振り返りながら言う。
フランシスの顔を見ると、その表情は今までよりも少しばかし穏やかな表情になっていた。≪連邦の狂犬≫とうイメージからは想像できないことだが、歳を取っているのと息子同然の弟子だからこそ向けられる表情なのかもしれない。
「だろうな。北部戦線から帰って来て、帝国に行く前の頃よりも大分、生き生きしている。あの時のお前は心が荒んでいるようにも見えたからな」
「そうでしたか?」
「お前がそう思っていないだけで、周りからはそう見えていたわい」
そう苦笑いするフランシス。
北部戦線から帰って来たジョセフは、本人は自覚がなかったが、フランシスの言う通り、まるで周りのことを冷淡に見ているような、どこか心が荒んでいるようにも見えたのだ。
今はそれがなくなっているということは、学院での生活は上手くいっていることの証左なのだろう。
「……まぁ、周りがお人好しなもんでね」
ふと、二組での日常を思い出したジョセフが、苦笑いしながらそう言い、ベレー帽を被る。
「では、行ってきます」
そう言い残して、ジョセフはフランシスの部屋を出るのであった。
向かう先は聖エリサレス教会教皇庁の融和派の主要人物の元だ。
「にしても、身体中が痛ぇ……」
フランシスの部屋から出てホールに向かう中、ジョセフは肩を回しながら呟いていた。
チェイスの妨害行動を阻止した後に起こった、アリッサとテレサの絶対に真似してはいけない綱引きがかれこれ五分くらい続いたのだ。
おかげで身体の節々が痛い。
俺、その内誰かに背中刺されかねないような……いや、むしろ、灰すら遺されないような……
「……といっても、なぁ……こうなったのも――」
元々とはいえ、自分のこの煮え切らない態度がこういったことになっているような気がする。いや、気がするんじゃなくて実際そうなのだろう。
「はぁ……」
実際、はっきりすべきなのだろうが、アリッサの心情が頭を過る。
アリッサの依存に近いジョセフの好意。この”依存”をなんとかしないと、とにかくその後が怖い気がするのだ――冗談ではなく本当に。
なるべく早くしたほうがいいはずなんだが、一体どうすればいいのかジョセフ自身、手探り状態なのが現状だ。
「……どうしたものか」
ジョセフが溜め息を吐きながら歩いていた、その時。
「ジョセフ」
ふと、顔を上げればそこにはマクシミリアンがいた。
他にも、アリッサとシュタイナーがいる。どうやら、ホールに着いていたらしい。
「どうしたんだ?やけに疲れたような顔して」
「何でもありませんよ、何でも……」
実際は何でもなくはないのだが……
「で、これから教皇庁融和派の主要人物に会いに行くんですよね?ファイス=カーディス司教枢機卿に」
「そう、ファイス司教枢機卿……聖エリサレス教会教皇庁融和派の筆頭で、今回の首脳会談での王国側の参列者の一人。第十三聖伐実行隊のことを知っているかどうかはわからないが、それでも事情聴取してみる価値はある。もしかしたらこの裏事情に心当たりがあるかもしれないからな」
「もし心当たりがあるなら、そこからアーチボルトの目論見がわかるかもしれない、ということですね?」
「そういうことだ」
第十三聖伐実行隊は、存在しない部隊。
その指揮系統は謎に包まれている。誰が糸を引いていてもおかしくはない。
今回会うファイスもその内の一人なのかもしれないのだ――融和派で今回の首脳会談を、平和を願う人物ではあるが。
もちろん、強硬派筆頭のアーチボルト枢機卿という可能性も捨てていない。むしろ、こっちのほうが可能性大だ。
だが、強硬派の筆頭――しかも、露骨に帝国と連邦を敵視しているこの男に会って事情聴取することなど到底できるわけがない。
そこで、可能性が低いが教皇庁の事情をよく知っていてかつ、第十三聖伐実行隊を指揮する権限がありそうな人物で比較的接触できそうな人物――それがファイス司教枢機卿なのだ。
「アーチボルト枢機卿。証拠はないが、黒幕が彼である可能性が高い。動機だって首脳会談の破談など十分すぎるほどある。彼が今回の首脳会談を潰したいと思うのも無理はないよ」
「……まぁ、破談して得をするのは他ならないアーチボルトですからね」
よほど、強硬派は戦争――時に帝国と戦争がしたいらしい。
王国をあれほど完膚なきまでに叩きのめした連邦が背後にいるにも拘わらず、である。
「ファイス司教枢機卿が仮に、第十三聖伐実行隊の指揮はなくとも、アーチボルトが何を企んでいるのか、心当たりがあるかもしれないし、もしかしたらアーチボルトの企みを阻止するための協力をしてくれるかもしれない。いずれにせよ、王国内での協力者が出来たらなにかと都合がいいということだ。それじゃ、行くか」
「行くって、まさか王国領事館にですか?アメリカ人を歓迎しますかね?」
「まぁ、歓迎はしないだろうから、こっそり忍び込んで別の場所に指定してそこで話そうと思う。と、その前にグレンとイヴちゃんのどちらかも連れて行くために一回、帝国代表選手団が泊っているホテルに――」
マクシミリアンがそう言ってジョセフ達を連れて出ようとした――その時であった。
キン――
鋭い耳鳴りと共に――世界が変わった。
「…………ッ!?」
ジョセフは思わず耳を押さえる。
歌が。歌が聞こえる――
どこからともなく、歌が――聞こえる。
――La...LaLaLa,LaLa...Ah,LaLaLa,Laha...♪
意味がまったく取れない、得体の知れない言語の歌だ。
なのに――意味がわかる。その歌が何を歌っているのか理解できてしまう。
「……ち……ッ!?」
ジョセフは瞬時にこれがヤバイものであることを理解した。理屈ではない、本能でだ。
そして、咄嗟に白魔【マインド・アップ】を唱える。
――ALa...EleEleLaLaLa,Lala...AhAa,LaLaLa,LaLa...♪
「……はぁッ……ッ!」
なんとか精神的抵抗に成功したジョセフが辺りを見回す。
「お前ら、無事か……?」
隣ではマクシミリアンが少し足下がふらついていたが、意識をしっかり保ち、アリッサとシュタイナーに呼びかける。
「ええ、なんとか」
「問題ありません、准将。しかし――」
アリッサとシュタイナーも意識を保っている。
だが――
「……なんですか……これ……?」
ジョセフが自分達の周囲を見て、愕然と呻く。
このホールには、ジョセフ達だけではなくホテルのスタッフなどもいたのだが。
そのスタッフ達の誰もが、突然糸が切れて動かなくなってしまった人形のように、不自然で不可解な眠りに落ちているのであった。
「これは……一体、何が……?」
――La...LaLaLa,Lala...Ah,ALaLaLa,Laha...LuLaLa...♪
そして、あの歌はずっと響き続けている。
「……この歌は、もしかして子守歌の一種なんじゃないか?とにかく、何者かが仕掛けているのは確かだな……しかし、この聞き慣れない言語は――」
「准将、これは、
「――ッ!?これが、天使言語――ッ!?」
ジョセフは息を呑む。
天使言語は、竜言語同様、人間には扱えない魔術言語だ。
(そんな人間には扱えない天使言語を平然と使っている……あーあ、これもしかしてもしなくても……)
「天使言語は、この全宇宙で最初に生まれた存在『原初の魂』が発した音――原初の音により近い音。連邦や帝国、王国などが使うどの魔術より、根本的に強力です。
それによって歌われる天使言語魔法は、恐らく高射程で強力無比。狙った相手にピンポイントに歌を届けることも、広域を無差別に制圧することも可能……そして、一度歌に囚われてしまえば、術者をなんとかしない限り――絶対に逃れられません」
確かに、今も響き続けている歌は、今や誰かが歌っているより、心の中に残る山彦……魂の中で自動的にリフレインしているかのようだ。
「この【子守歌】は、陥っている時間が長ければ長いほど深く眠ります。早く術者を叩かないと、目覚めるのは一週間後……などという事態にもなりかねません」
「はぁ~、まったく面倒臭いこって。それよりも、アリッサ。そこまで知っているのは――」
「聖堂騎士団――ていうよりも、聖エリサレス教会に所属している人間なら一度は聞いたことがある話だと思います」
あぁ、なるほどね。っと、ジョセフ、マクシミリアン、シュタイナーはアリッサの言葉で下手人がわかった。
こんなことをする人間なんざ、あの連中しかいない。
「第十三聖伐実行隊……この期に及んで形振り構わず来たな」
そう言って肩を竦めるマクシミリアン。
となると、狙いは――
「連中はグレン先生に”辞退してくれって”言ってましたよ……となると、帝国代表選手団を明日の試合開始まで眠らせておくということでしょう」
「だろうな。試合は、メイン・ウィザードの参戦が絶対必須条件……このまま、システィーナちゃんが試合開始まで目を覚まさなければ、帝国代表は自動的に不戦敗で脱落する。……俺達も眠らせにかかったのは、途中で邪魔者が入らないようにするため、ということだ」
となると、グレン達も無事では済まないはずだ。
下手したら、全員眠っているのかもしれない。
無事だとしたら、イヴかルミアの二人か、あるいは――
「とはいえ、これで連中の狙いは何なのかある程度は絞れた。アーチボルトは首脳会談への圧力というよりも、
「いずれにせよ、これ、止めた方がええかもしれませんね。だって、これ、なんやかんや言って連邦代表にも弊害来てますよ?」
「ああ、ついでに連邦も脱落させようということかもしれないな。帝国と連邦が仲良く脱落ってのは笑えない話だな。ということで、だ」
ぱん!と手を打ち、一同に振り返るマクシミリアン。
「二手に別れよう。俺とシュタイナーは、帝国代表が泊っているホテルに向かい、奴さんの様子を見てくる。ジョセフ、アリッサ。お前ら二人は、第十三聖伐実行隊を見つけ、そして、この退屈そうな歌を止めてくれ。俺達も用が済み次第、お前たの所に向かう。本当は一つ一つ対処した方が確実だが、時間がない。危険を承知で同時並行で行う。何か質問は?」
これからの方針を言ったマクシミリアンに質問をする人間は――いなかった。
「よし、じゃあとっとと終わらせよう。まったく、連中は本当にどこかとケンカ売らないと気が済まないんかねぇ?」
「准将も俺と同じことを言ってぼやかないでくださいよ」
そうぼやくマクシミリアンと、ジト目で返すジョセフ。
そして、マクシミリアンとシュタイナーはグレン達が寝泊まりしているホテルへ、ジョセフとアリッサはこの騒動の元凶――第十三聖伐実行隊を止めるために、夜の街へと飛び出すのであった。
今回はここまでで