ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


199話

 飛び交う。飛び交う。飛び交う。飛び交う剣に、吹き荒ぶ爆風。

 

 四方八方から津波のごとく迫り来るは、影の獣の大群。

 

 それをアリッサの振るう剣が、片端から突き刺し、斬り裂き、爆発四散させていく。

 

 渦巻く炎嵐、轟く爆炎。

 

 ありとあらゆる炎の海がアリッサの周囲を荒れ狂い、チェイスが放つ影の獣を寄せ付けない。

 

「ふ――ッ!」

 

 そんな最中、爆炎と爆炎の隙間を縫うように、影走るチェイスがアリッサへと肉薄する。

 

 二度、三度跳躍し、熱波を飛び越え、アリッサの頭上から襲いかかる。

 

 その手に握られた双剣が、アリッサへと容赦なく振るわれる。

 

 ガキンッ!そんな双剣を、アリッサが【聖光の短剣】を交差させ、受け止める。

 

 片やリーチに優れた長剣、片や短い短剣。

 

 近接戦闘はアリッサに圧倒的に不利――そう思われたが。

 

「≪神より賜りし聖なる炎よ≫」

 

「――ッ!?」

 

 アリッサが何事かを唱えると、【聖光の短剣】に光る刀身から、炎がまるで生き物のように動き始める。

 

 猛速度でチェイスの剣を伝い、その腕に燃え広がり、チェイスの身体を包み込む――

 

「ふん、私でも近接戦闘はこなせるのよ?」

 

「――クッ!?」

 

 堪らずチェイスが飛び下がる。

 

 今まで、どれだけ炎を喰らっても平然としていたチェイスが、なぜか慌てて下がる。

 

「しっ!」

 

 すかさず、アリッサが【聖光の短剣】を全身のスナップを利かせて投擲。

 

 風斬り音。闇を裂く極光の銀光。

 

「――ちぃ――ッ!」

 

 チェイスが跳躍し、そこの地面に突き立つ【聖光の短剣】。その短剣から再び炎が、地面を凄まじい速度で舐め広がって、チェイスを捉えようとする。

 

 さらに跳んで下がるチェイス。

 

 闇の魔力を身体から立ち上らせ、身体に引火した火を消し止める。

 

 そして、その隙に、アリッサはその場を移動し、チェイスとの戦いに有利な高所を取って、チェイスを見下ろしている。

 

「……やっぱりね。おかしいと思ったのよ」

 

 アリッサは腕組みし、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「普通の吸血鬼と比べたら、馬鹿みたいに頑丈だけど……”吸血鬼は炎に弱い”。それは貴方も変わらないのね?耐えられるけど、無傷というわけにはいかないようね?」

 

「…………」

 

「カラクリは見えたわ。貴方は、吸血鬼の【元素操作】の能力で、自身に触れる炎をぎりぎりで押し止めていた。それが貴方の炎に対する無敵の正体。どう?」

 

「…………」

 

 チェイスは無言。だが、それは無言の肯定であった。

 

「そんな器用で繊細なことが出来る吸血鬼は、他にいないわ。なるほど、並の魔術師じゃ何百発、炎を撃っても、マトモに貴方へ喰らわせられないでしょうね。でも、わかったら……後は、どうとでもなる」

 

 アリッサは無数の剣を自分の周囲に召喚し、眼下のチェイスへ突きつけて言った。

 

「まぁ、紅焔公――熱と炎に全てを捧げ、極めたイグナイト家に比べれば、劣っているけど……それでも、炎の操作では王国の中では優秀なのよ?レノ家は」

 

「……なるほど、君は僕にとって相性最悪の相手……天敵というわけか」

 

 チェイスは苦笑して、焼け焦げた腕を見下ろした。

 

 あっという間に傷が再生する吸血鬼の傷が、再生をしていない。

 

 アリッサの【炎熱操作】が、チェイスの【元素操作】に勝ったのだ。

 

「だが、僕とて真祖――いくら君の攻撃でも、そう簡単には落ちないよ?」

 

「知ってる」

 

「そして、聞こえるかい?」

 

 チェイスがそう促すと――

 

 アリッサの耳に、歌声が響いてくる。

 

「……この歌は――まさか、天使言語魔法【賛美歌】……ッ!?」

 

 アリッサが、フィールドの中央を見やれば。

 

 ルナが、もの凄い速度で四方八方からジョセフへ襲いかかり、激闘を繰り広げていた。

 

「あの歌を歌っている間、ルナの力は強化され、そして際限なく上昇する」

 

「……でしょうね……まったく、面倒臭い」

 

「わかるだろう?時間が経てば経つほど、こちらが有利になるんだ。つまり、僕は焦る必要はまったくない。戦力差が決定的になるまで、時間が稼ぎ続けるだけでいい」

 

「……ち」

 

 アリッサが舌打ちする。確かに、拙い状況だ。

 

 確かに、アリッサはチェイスを抑えることができる。

 

 だが、一瞬でチェイスを倒しきれる手段が、現状ない以上、長期戦は必至。

 

 時間が経てば経つほど、不利になる――

 

 ――だが。

 

「はぁ、貴方は相方が有利な状況で戦えていると思えているらしいけど……」

 

 アリッサが髪を優雅にかき上げる。

 

「私が愛する相棒は、≪黒い悪魔≫よ?そう簡単に彼女が有利になるわけないでしょう?逆に、足下掬われるんじゃないかしら?」

 

 剣の輝きが、綺麗な金髪と横顔を照らし上げる。

 

「まぁ、いいわ。こっちはこっちでやり合いましょう?ほら――行くわよ!」

 

 その瞬間、炎を纏った無数の剣がチェイスに襲いかかっていくのであった。

 

(そう、この苦戦は最初から想定済み。――ルナが【賛美歌】を歌っている以上、ジョセフが仕掛けるのは、短期決戦――)

 

 アリッサはチェイスへ油断なく身構えながら、ジョセフの戦いをちらりと流し見る――

 

 

 

 

 

 

 ――時間は前後して。

 

「はぁ!?お前、≪銀の鍵≫を使う、だぁ!?」

 

 大競技場への道中、ルミアが出した提案に、グレンは素っ頓狂な声を上げていた。

 

「はい。あの力があれば、必ず先生のお役に立てると思います」

 

「い、いや……そりゃそうだろうが……だが、あの力は……」

 

 ……危険過ぎる。

 

 あれは、本来、人間が触れてはいけない力なのだ。

 

 だが、そんな風に渋るグレンへ、ルミアが凛と言った。

 

「大丈夫です。もう、自分を蔑ろにしたりしません。先生やイヴさんを助けるために……皆を助けるために……私は、自分の希望と意思をもって、あの力を使うんです。義務や薄っぺらい自己犠牲じゃないんです。もう絶対に間違えたりしません」

 

「…………」

 

 いつになく、強く自分の意志をぶつけてくるルミアに、グレンは言葉を失う。

 

「……で?現実問題、貴女はその≪銀の鍵≫とやらを使えるの?」

 

 そんなルミアに、イヴが冷ややかに問う。

 

「グレンから聞いたけど。随分と不安定な力じゃなかったっけ?あの≪炎の船≫での戦い以来、取り出せないんじゃなかったっけ?」

 

「……正直に言えば、まだ上手く使えません。私の中に≪銀の鍵≫があることは、確かに感じられるのですが……上手く掴むことは出来ません」

 

「…………」

 

「ですが、必ず≪銀の鍵≫を再び引き出してみます!使ってみせます!お願いします、先生!私が≪銀の鍵≫を使うことを……どうか許してください!」

 

「……と、貴方の愛しい教え子は言ってるわよ?」

 

 イヴが、しかめ面で皮肉げにグレンを流し見る。

 

 グレンはしばらくの間、まっすぐ自分を見上げてくるルミアの顔を、じっと見下ろして……やがて言った。

 

「ルミア。俺達は一刻も早く【子守歌】を解かなきゃならねぇ。連中をぶっ倒して【子守歌】を止めても、明日の試合開始までに、白猫達の目が覚めなきゃ意味がねえ。……わかるな?」

 

「はい」

 

「お前が≪銀の鍵≫を取り出す練習とかに時間を取っている暇はまったくねえ。要はぶっつけ本番だ。わかるな?」

 

「はい」

 

「つまり――俺は、俺達は、お前に命を預けるわけだ。かなり、不確実であやふやなことを言っているお前にな。……それもわかるな?」

 

「……はい」

 

「……それを踏まえて。お前はそれでも、自分を信じてくれと言えるか?≪銀の鍵≫を制御して見せると誓えるか?俺達を背負うと宣言できるか?どうだ?」

 

 そんなグレンの厳しい言葉に――

 

「はいっ!絶対に、私は≪銀の鍵≫を制御してみます!先生、どうか私を信じてください!私も――先生の力になりたいんです!」

 

「…………」

 

 そんな迷いのない、強い意志を秘めたルミアの言葉を受けて。

 

 グレンは、しばらく押し黙り――

 

「ああ、わかった!俺も信じるぜ!」

 

 ――やがて、にやりと笑って応じるのであった。

 

「それだったら、急いだほうがいい。俺の部下――ジョセフとアリッサがあの化け物二人と交戦しているからな」

 

 その時、ふいに背後から男の声がした――

 

 

 

 

 

 

 

「ふ――ッ!」

 

「―――――――ッ!」

 

 激突、激突、激突――

 

 ジョセフの刀と、ルナの剣が激突乱舞する。

 

 刹那に交わされる無限の応酬。

 

 剣と刀が喰らい合う度、凄まじい衝撃音が大気を震わせる。

 

 だが――

 

「しぃ――ッ!?」

 

 徐々に、徐々にではあるが、ジョセフが押し負けている――

 

 小さいが一撃ごとに、ジョセフが後退している――

 

 身体能力が格段と強化されているジョセフだが、どんどんと、どんどんと魔力を消費していく。

 

 一方で、ルナの【賛美歌】は続いている。

 

 これだけ激しい戦いの最中でありながら、まるで途絶える気配はない。

 

 ゆえに、魔力をバカみたいに消費していくジョセフとは対照的に、ルナの力は高まって、際限なく高まって――

 

 その身から立ち上る法力は、今やジョセフを押し流して、呑み込まんとする津波のごときであった。

 

(もう勝った!絶対、勝った!私に負けはない!)

 

 確信を持って、ルナが剣を振るう。

 

 ジョセフが跳躍でかわす。

 

 ――見えている。

 

 裏回し蹴りで、逃れるジョセフを蹴り飛ばす。

 

 それを鞘で受け止めるが、吹き飛ばされるジョセフ。

 

 それを追って、ルナが翼を羽ばたかせ、滑空するようにジョセフを追撃。

 

 その速度は――最早、神速を超えた魔速。

 

(どう!?これが私の力よ!?いくら強い人間の貴方が小細工したって、絶対に敵いっこない力!歴然と存在する絶望的な力の差!)

 

 なんとか体勢を立て直すジョセフ。

 

 振り下ろされるルナの剣を、刀で受け流してかわす。

 

 ――ルナ、刹那に反転追撃。閃く剣閃、上中下段。

 

 ジョセフ、かわす、弾く、受け流す、大気がひしゃげる音。

 

 再び、鞘で受け止め、吹き飛ばされていくジョセフ――

 

(絶望するでしょ!?どうして、こんなに頑張っているのにって嫌になるでしょ!?投げたくなるでしょ!?なのに――なのに――ッ!?)

 

 ジョセフが受け身を取って、素早く立ち上がる。

 

 最早、防戦一方。

 

 だが、なぜかジョセフは余裕そうな顔で立っていた。

 

(なんで!?なんでダメージが入らないのよぉおおおおおおおお――ッ!?)

 

 その魂の吠え声を歌に変えて、ルナがジョセフへ向かって飛ぶ――

 

(なんで、ダメージが入らないのよ!?おかしいでしょ!私は天使、貴方は身体能力を強化しているとはいえ、人間!いくら強い人間である貴方であっても今の私には敵いっこないのに、もうとっくの昔に終わってもおかしくないのに!?なのに、なんで、なんで――ッ!?)

 

 激情をひたすら剣に乗せ、ジョセフへ叩き付ける、叩き付ける、叩き付ける――

 

 だが――ジョセフはそれらを一閃で弾く。

 

 普通、どう考えても≪戦天使≫に人間が敵うはずがないのに、なぜか倒せない。

 

(一体、なぜ――ッ!?)

 

 ジョセフの刀とルナの剣がぶつかり合い、至近距離で睨み合った時。

 

 不意に、ジョセフが言った。

 

「そりゃ、アンタ、絶対に捨ててはならないものを捨てているからなー」

 

(―――――――――ッ!?)

 

 まるで、ルナの心を見透かすように、ジョセフが不敵に言ったのだ。

 

「そりゃ、俺一人やったら、こんな詰んだ状況、とっくに折れてるし、戦わずに撤退しているだろうなぁ。けど、俺は、アンタとは違って一人じゃないからな」

 

(は!?一人じゃ、ないから――ッ!?)

 

 不意に、ルナの脳裏に、とある人物の言葉が蘇る――

 

 

 

 

 

 ――ルナ=フレアー。貴女が皆を守れなかったのは、貴女が弱いからです。

 

 ――大きな力を、何かなす力を得るには、代償がいるのです。

 

 ――守りたければ――覚悟をもって、孤独な怪物になりなさい。

 

 ――でなければ――本当の強さは得られません。

 

 ――貴女に人間を辞めてでも、力を得る覚悟はありますかな?

 

 

 

 

(――ふざけんな、そんなの認められるかぁあああああああああああああ――ッ!)

 

 ルナの横薙ぎ一閃が、それを交差させた刀と鞘で防いだジョセフを、吹き飛ばす。

 

 ジョセフが防御体制のまま――十数メトラを押し下げられていく。

 

 そんなジョセフへ、ルナはただの一歩で間合いを消し飛ばし、剣を繰り出す――

 

(そんなことで――そんなことで都合良く何かを為せるならッ!皆、私を置いて逝ったりなんかしないのよ――ッ!)

 

 渾身の力を込めて振り下ろされたのは、ここ一番絶大な法力が漲った剣だ。

 

 剣から溢れる法力が、世界を白く眩く灼き――最早、刀身を視認することすら困難だ。

 

(眼で見なさいッ!これが天使の力よッ!貴方達人間が、ひっくり返ったって、敵わない、絶対的で圧倒的な力――我が力ひれ伏せぇええええええええ――ッ!)

 

 だが――

 

「ふっ――ッ!」

 

 ジョセフが刀を抜き――その剣を、頭上に掲げた刀で受ける。

 

 ――衝撃音。

 

 壮絶な剣圧ジョセフを叩きのめす。

 

 普通なら、骨のいくつかにひびが入り、砕け、内臓に深刻なぃダメージが突き抜けていく。

 

(――どう!?見た!?これが私の力よ!?私が死を乗り越えて得た力!……人間に甘んじている貴方じゃ到底――)

 

 その時、ルナははっとした。

 

 交差する剣と刀と鞘越しに此方を見据えるジョセフの眼――

 

(こいつ――これでも、まったく何とも思っていない――ッ!?なんで!?)

 

 なんとかしてやる、と思っている眼だ。

 

 ここさえ凌げば必ず勝てる、と思っている眼だ。

 

 どんな困難があろうとも、自分が勝利する――そんあ信念の眼だ。

 

(これが……強い人間の眼……?)

 

 なんで、こんな絶望的な状況で、そんな眼をしていられるんだろうか?

 

 ルナが一瞬、気圧され、逡巡してしまった……その時だ。

 

 ぐわ、と。

 

 ジョセフが頭を振りかぶって――

 

「だらぁああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 猛烈な頭突きを、ルナへと浴びせる。

 

「――くっ!?」

 

 その威力でのけぞり、後方に吹き飛ばされるルナ。

 

 一瞬、歌が中断されそうになってしまうが、慌てて意識を繋ぎ、歌を再開する。

 

(こ、この――ッ!?)

 

「まぁ、勘違いしているバカ女に教えてやんよ。来いよ」

 

 そんなルナへ、ジョセフは不敵な笑いを口元に浮かべ、猛然と突進していく――

 

 

 

 

 






今回は、ここまで。
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