十五章のラストです。
「はぁ~~終わったぁ~~」
夜のミラーノを、ジョセフはアリッサと並んで歩きながら、溜め息を吐いている。
その後ろを、グレン達が、ついて行く。
「もう、今回のでええわ。マジででギリギリやったぞ、マジで……」
「本当、もう二度と御免だわ。次からは先生達に任せようかしら?」
「それがええ」
「おい、ジョセフ、アリッサ。お前らは俺に死ねと言ってんのか……?」
うんざりしたようなジョセフのぼやきに、アリッサは同意して、グレンに丸投げしようと言い、グレンが頬を引きつらせる。
「いや、大丈夫でしょ、先生なら」
「ええ、槍が降ろうが、戦車に轢かれようが、生きていそうだし」
「お前らは、俺のこと不死身だと思ってません!?死ぬわ!ぺちゃんこになるわ!」
「大丈夫ですよ、先生。先生に何かあっても、皆忘れませんから。……三秒間は」
「全っ然、大丈夫じゃないし、酷くない!?このグレン大先生様のお陰であいつら成長したのに、三秒間経ったら忘れちゃうの!?酷くない!?」
「先生、人生そんなもんです」
「そんな人生嫌だぁあああああああああああああ――ッ!?」
「あははは……」
そんなジョセフとアリッサとグレンの様子をルミアは苦笑いするしかない。
「にしても、准将。さっきのは助かりました。【賛美歌】の発動を妨害してくれたおかげで、なんとか勝ちました」
「別に構わんよ。それよりも、二人ともよくやった。あの化け物連中に勝てたのはお前らの作戦が良かったからだ。本当によくやった」
礼を言うジョセフに、マクシミリアンは二人を労うのであった。
そして、そのままグレン達と別れ――グレンには試合開始前にはシスティーナ達は目覚めると伝えた――自分達のホテルに戻る。
「ところで、ファイス司教枢機卿に会えましたか?」
「ああ、それなら途中でグレン=レーダスに合流出来てな……道中、彼に話を聞いたみたら、ファイス司教枢機卿はグレン達の元へ来たらしい」
「ファイス司教枢機卿が、先生達が泊っているホテルに、ですか?」
なんで、ファイスのような人物がわざわざそんなところに?
怪訝そうな顔をするジョセフに、マクシミリアンは淡々と言う。
「どうやら、第十三聖伐実行隊は他の聖堂騎士団とは異なり、ファイス司教枢機卿直接の指揮下にある部隊らしい。実は、その部隊と連絡が突然つかなくなったということをグレンに伝えにきたらしい」
「と、なると、今回の黒幕は――」
「ああ、アーチボルト枢機卿だろうよ。目的は、首脳会談の破談――帝国代表選手団の脱落で帝国の心証を下げる……ということらしいが」
「……やっぱり弱いし、回りくどくないですか?」
アリッサの疑問に、マクシミリアンは頷く。
「ああ、ファイス司教枢機卿はそう言っていたらしいが、今回の件でわかったのは、アーチボルトはそれで帝国の心証を下げるというよりも、帝国代表選手団自体に狙いがあるのは確かだということだ。なぜかはわからんが、どうやら帝国代表の中に、アーチボルトが第十三聖伐実行隊をファイスから奪ってまでも欲しい連中がいるようだ」
「……因みに、向こうでは先生とイヴさんとルミア以外誰が起きていられましたか?」
ふと、帝国側でグレン達の他に起きていられた人をジョセフがマクシミリアンに問うと。
「……ファイス司教枢機卿とアルザーノ帝国魔術学院一年次生で帝国代表選手の一人であるマリア=ルーテル。この二人だけだ。システィーナ=フィーベルと他の代表選手、それと、お前さんの幼馴染を含めた連中は眠らされたよ――ま、それも試合開始前には目を覚めるだろうから心配はいらないが」
マリア=ルーテルという名がマクシミリアンの口から出た瞬間、ジョセフとアリッサは目を細める。
「准将、それって……」
「お前達も察しただろうが、マリアが起きていられることがおかしいのは俺とシュタイナーも同じだ。ルミア=ティンジェル並みに精神防御が元から高くない限り、学生では防ぐのは不可能だ。だが、それが出来たっていうことは……いや、ファイス司教枢機卿が守ったっていう説もあり得るが、もしそうなら……」
マクシミリアンがぶつぶつ言うと、やがて、二人に振り向く。
「ジョセフ、アリッサ……お前らは帝国代表選手団――特に
そして、マクシミリアンはジョセフとアリッサにそう言い、二人は頷くのであった。
べしゃっ!
チェイスの顔に、ワインが激しくかけられる。
「この愚か者がッッ!帝国代表選手団を脱落させろと命令しただろうがッ!」
空のワイングラスを床に叩きつけ、烈火の如く怒るのはアーチボルト枢機卿だ。
そのあまりもの激憤のためだろうか?アーチボルトの顔色は、すこぶる悪かった。
「……面目次第もありません」
その灰色の髪を、深紅に染めるに任せ、チェイスが淡々と謝罪する。
「しかも、よりにもよってあの連邦という田舎者風情共に惨敗だとぉ……ッ!?お前……ッ!何のために、お前のような穢らわしい吸血鬼を生かしてやっていると思っているんだ!?この役立たずがぁ……ッ!?」
と、その時だ。
「――ぐっ!?うぅ――ッ!?」
突然、チェイスが左胸を押さえて、悶絶し始めた。
「ちぇ、チェイス!?」
ルナが顔色を真っ青にして、心臓を押さえて蹲るチェイスに駆け寄る。
「苦しいか?苦しいだろう?どうだい?君の心臓に撃ち込まれ、最早、決して抜けない≪ヨトの釘≫の神威の味は……?」
見れば、アーチボルトの手には、一本の金槌が握られていた。その金槌の表面には何らかの聖句が刻まれており、神々しい光を放っていた。
「――が、ぁ、ぁああああああああああああああああああ――ッ!?」
その金槌の輝きの応じるように、チェイスは悶え苦しんでいく。その身体からぶすぶすと焼け焦げたような煙が上がっていく。
「このまま……無能は真っ白な灰にして、滅ぼしてやろうか?ん?」
「ま、待ってください、アーチボルト枢機卿ッ!?」
すると、ルナが目尻に涙を浮かべて、アーチボルトの足下へ平伏した。
「わ、私が悪いんです!私が連邦軍を甘く見たから!失敗は私の責任なんです!私はどうしてくれてもいいから、何でもしますから!だ、だから……お願いします!チェイスを殺さないで!私の最後の家族を殺さないで!お願いします!お願いします!」
「る、ル……ナ……ぅ、ぐぅううううう……ッ!?」
何度も何度も、必死に懇願するルナ。
それを止めようとするも、指一本、言葉一つ紡げないチェイス。
そんな二人を、残酷な表情で見下ろすアーチボルト枢機卿。
だが――その時だった。
「……その辺にしときなよ、アーチボルト」
なんだか、やけに気安い声が、部屋の隅から聞こえてきた。
「まだ、その二人にはやって欲しいことがあるんだ……ここで潰すのは得策じゃない」
山高帽を目深く被り、丈長のフロックコートを身に纏った青年だ。
部屋の隅の、高級ワインボトルとグラスが置かれたテーブルについている。
だが、青年がグラスで飲んでいるのはワインではなく、傍のピッチャーに注がれている葡萄ジュースであった。
そして、その一角は、夜闇のカーテンが色濃くかかっており……青年の詳細な容姿は闇に隠れて、判別出来そうになかった。
「おお、我が友よ!」
アーチボルトが、謎の青年の言葉を受け、両手を広げる。
途端、金槌に刻まれた聖句の光がふっと消え……
「が、は――ッ!はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
「ちぇ、チェイス……しっかり……しっかりして!」
チェイスを蝕む滅びの苦痛は、ようやくなりを潜めるのであった。
「しかし……友よ。大丈夫なのだろうか?このままでは計画に支障が……」
「安心しなよ。この程度は”
くっくっく、と。闇のカーテンの向こう側で青年が嗤う――
「確かに、僕達がことを起こすタイミングはシビアだ。魔術祭典決勝戦と、首脳会談の開始時間は、ほぼ同時刻予定――他国の立会人達の都合もあり、最早、変更不可能。
僕らの目的のためには、首脳会談の場でヒューネラル教皇聖下とファイス司教枢機卿を暗殺すると同時に、件の少女を手中に収める必要がある。
首脳会談より早く、その少女を押さえれば、流石のアリシア七世も首脳会談を断念せざるを得ず、暗殺が実行できない。首脳会談より遅く――暗殺後にその少女を押さえようとすれば、今度は随行した帝国軍が厳戒態勢となって、誘拐が非常に困難。
……そう、狙うべきタイミングは、同時。暗殺と件の少女誘拐はあくまで同時に行わければならない……速やかに、電撃的に。ああ、実に厄介な話さ」
「そうだ……そのために、僕らは首脳会談が始まる前に、帝国代表選手団を脱落させなければならなかった……なぜなら、大競技場には断絶結界がある。試合中は外部から選手に直接出が出せないからだ」
「ああ、そうさ。ゆえに、僕達が件の彼女を押さえる計画は、彼女が試合場の外にいることが前提とされている……つまり、帝国代表が決勝まで勝ち進むことになれば、暗殺と同時に誘拐を行うということが、不可能になってしまうんだ……」
「だからこそ、その前に、確実に、帝国選手団を脱落させねばならなかったのに、この役立たず共め……ッ!?」
怒りをぶり返し、アーチボルトが金槌を掲げる。
「……や、やめ……ッ!?」
無意味とわかっていても、ルナは蹲るチェイスを庇うように抱きしめるしかなくて――
「……はは、大丈夫さ。安心しなよ」
そんな二人を救ったのは、謎の青年であった。
「そう切羽詰まらなくてもいい、アーチボルト。実は、もし、帝国代表選手団が決勝戦に進んでも、きちんと件の少女を押さえる方法を、僕はちゃんと考えてあるんだ……」
「ほ、本当なのか!?」
「ああ、本当さ」
驚愕に目を剥くアーチボルトへ、青年は穏やかに言った。
「
「そんなこと、あるはずかない!そうか……そうだったのか、流石だな!そこの使えない犬共とはわけが違うな!」
たちまちアーチボルトが上機嫌でまくし立てる。
「そうだ、あの邪悪なる天の智慧研究会のエレノアの誘いに乗り、利用することを決めたのも、君のアドバイス……君の存在あってこそのものだッ!私と君で、あの忌々しい研究会を出し抜き、全てを……≪信仰兵器≫を手にする……そうだな!?」
「ああ、勿論だよ。あの邪悪な研究会の連中は鏖にすべき……それが正義だからね」
「はははははは!君は相変わらずだな!?」
「お褒めに与り恐悦至極……だ」
暗闇の中で、にぃ……と薄ら寒く微笑む青年。愉快そうに嗤うアーチボルト。
その時、ルナはただただ愕然としていた。
このアートボルトという男……とにかく疑り深く、用心深く、そして、人を信用しないことで有名だ。
ことを起こす時は、必ず人質を取る。自分達もそうであるように。アーチボルトの周りの側近達は皆、大なり小なり何らかの弱みや人質を握られているのだ。
なのに――アーチボルトの、この青年に対する無限の信頼ぶりはなんだ?
たまたま意気投合した、と言われてしまえば、それまでなのだが……そのどうにも歪で奇妙な関係性に、ルナは得体の知れない恐怖感や嫌悪感を禁じ得なかった。
(そもそも、こいつ……一体、何者なの!?)
ルナは、暗闇の向こうでほくそ笑む青年を鋭く睨み付ける。
思えば、ルナにとっての急所である存在、チェイス。
そのチェイスの心臓に撃ち込まれている”楔”――≪ヨトの釘≫。
その制御権限を、ルナから奪ったのは、他でもないこの青年だ。
お陰で、ルナはアーチボルトの言いなりにならざるを得なくなってしまった。
(ただの人間に、なんで、そんなことが出来るのよ……ッ!?)
その青年は、あまりにも得体が知れなさすぎた。底が見えなさすぎた。
その青年の瞳の奥の深淵を覗き込めば、まるで此方が搦め捕られ、引きずり込まれる……そんな錯覚と恐怖をすら覚える。人でありながら人を外れたような存在。
(私は一度死んで、力を得る代わりに人を辞めた……人外の怪物となることを代償に、人に有り得ない絶大なる力を手に入れた……だから、私の方が、こいつより強い。生物の規格として、私はこいつを上回っているのだから)
それは間違いない。間違いないはずなのだ。
(なのに――なぜ、私はこいつに勝てる気がしないの!?戦って勝つビジョンがまったく思い浮かばないの!?)
チェイスの≪ヨトの釘≫の有無は関係ない。
その簡単なことが、なぜか、ルナはちっともイメージ出来ないのだ――
(なんでよ……ッ!?この男にしろ、≪黒い悪魔≫にしろ……どうして、私の方が圧倒的に強いはずなのに……ッ!それだけじゃない……なんでこう何もかも、ままならないの……ッ!?私は守るために、こういう理不尽に抗うために力を手に入れたのにッ!)
そんなルナの内心を見透かすように。
「しょせん、君はただの化け物だ。人間じゃない。なら、僕や
青年は、蔑むように、冷ややかに言った。
「ただ強いだけの君なんて弱いよ。正直……僕は、昔の弱い君の方がよっぽど、僕にとって強敵だったと思うね。くっくっく……」
「――ッ!?」
「さて、君達には、もう少し働いてもらいたいんだが……いいかな?」
そんなルナの焦燥や困惑を知ってか知らずか。
青年は、穏やかに微笑みながら、立ち上がる。
闇に隠れていたその姿が、燭台の火に照らされ、露になる――
「ふっ……動くのか?
「……ああ。任せてくれ」
アーチボルトの言葉を受けて、青年――ジャティス=ロウファンは、薄ら寒く微笑むのであった。
「い、いつまでも、この私が大人しく言うことを聞くとでもッ!?言っておくけど、私の方が強いのよ……ッ!?私がその気になれば、貴方達なんて――」
そんなジャティスへ、ルナが精一杯、噛みつくように吠えるが。
「ああ、聞くよ?この状況を後、何万回繰り返しても、君は僕の言うことを聞く。君は最後の心の砦であるチェイスだけは切れない。……”読んでる”よ」
なけなしの虚勢と脅しも通じない。ルナは、がくりと膝を折るしかない。
駄目だ、従ってはならない。この青年の言いなりになっては、取り返しのつかないことが起きてしまう。そんな確信があるのに……どうしようもない。
「というわけで、一手打つよ。……大丈夫、大丈夫、悪いようにはしない。僕の言うとおりにしていれば、きっと上手くいく……上手くいくさ……くくくく……」
ジャティスは微笑む。
そんなルナを見下ろし、嘲笑うように微笑み続けるのであった――
生徒のために戦う、グレン。
帝国の未来を憂う、アリシア七世。
虎視眈々と野心を燃やす、イグナイト卿。
帝国と連邦との和平を望む、ファイス司教枢機卿と教皇ヒューネラル。
そんな彼らを狙う殺意と悪意、アーチボルト枢機卿。
暗躍する天の智慧研究会の外道魔術師、エレノア。
首輪をつけられ、自由を奪われた、ルナとチェイス。
そして――ジャティスと――
――そんな様々な思惑を、不気味なほどに静観し、ひっそりと動くアレン連邦中央情報局長官。
今、様々な意思と思惑が複雑に絡み合い、一つの絵図面に向けて収束する。
それが、どのような絵柄を描き出すのか?最後に笑うのは一体、誰か?
それは、神のみぞ知るのであった――
これにて、十五章は終わりです。
次は、原作十六巻が出て以降になります(多分、来年)。
それまで、本編の投稿はここまでですが、その間、新たに番外編と、現在進行形で投稿しているR-18作品を進めようかと思います。
最新刊が出てきて手に入れたら、本編の投稿を再開したいと思います。
それまで、待って頂けたら幸いです。
というわけで、ここまでです。