ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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最新刊が出るまでの、初めての番外編です。

では、どうぞ。


番外編
記憶を忘れた幼馴染


 

 

 

 

 

 それは、とある日の医務室にて。

 

「……こないだ、ちらっと教えたとおり、これは、人の記憶にさようする魔術的薬効をもつ草だ……」

 

 なぜか服は見るも無惨にズタボロ。全身ひっかき傷と痣だらけなグレンが解説する。

 

「特に、自分や人間関係についての記憶に深く作用して、それを封印……要するに、忘れさせてしまうわけだ。元々失恋した人が、想い人のことを忘れるために利用した、といわれている」

 

 システィーナが心配そうにグレンを見る。

 

「先生……その、ずっとこのまま、ということはないですよね?そんなの……」

 

 システィーナがちらりとベッドの上に不安げに腰かける少女を流し見る。

 

「大丈夫だ。安心しろって」

 

 そんなシスティーナに、グレンは力強く笑った。

 

「言ったろ?忘レナ草の作用は記憶の()()じゃなくて()()……つまり、一時的に思い出せないだけで、お前らのことを完全に忘れたわけじゃない」

 

「えっ?それじゃあ……」

 

 グレンの言葉に、システィーナがぱっと表情を明るくする。

 

「ああ。解毒して、何か切っ掛けがあれば綺麗に全部思い出し、元通りさ」

 

「よ、良かったぁ……」

 

 システィーナがほっと胸を撫で下ろした、その時。

 

 がちゃり、と。医務室の扉が開き、そこにルミアに連れてこられた少年が人一倍心配した顔で入ってきた。

 

「まぁ、解毒儀式はセリカとセシリア先生に任せるとして……何か切っ掛けを与えられることで少しでも記憶を戻せることができるやつがいるとしたら、こいつが一番だろ?」

 

 その少年を見て、グレンは不敵に笑う。

 

 その少年は――

 

「先生、本当なん?ていうか、一体、何があったん?」

 

 ジョセフであった。

 

 一体、何があったのかと言うと。

 

 事の発端は、女子更衣室で起きた。

 

 次の授業のために着替えていたところ、突然――

 

「嫌ッ!嫌ぁあああ――ッ!?来ないでッ!近寄らないでッ!?」

 

 着替えの最中だったのだろうか……半裸のウェンディが部屋の隅で、震えながら身を縮め、泣き叫んだのだ。

 

 突然のわけのわからない事態に、着替えていた女子生徒達は入り口付近に固まり、どうすればいいのかわからずおろおろしているばかりだ。

 

「こ、ここはどこ!?あ、貴女達は一体、誰なんですの!?」

 

 突然、わけのわからないことを言って取り乱し始めたウェンディ。

 

 そこに、悲鳴を聞きつけたグレンがダッシュで駆けつけ、中に入ってきたのだ。

 

「一体、何があった!?」

 

「わからないの!私達、次の授業のために着替えてたら、突然、ウェンディがわけのわからないことを言って取り乱し始めて……」

 

 すると、下の下着一枚残して、完全にすっぽんぽん姿のリィエルが、つと、一つのロッカーを指す。

 

 グレンは、ウェンディに割り当てられたロッカーを見ると。

 

「あ、あれは……ッ!?」

 

 グレンは、開かれたロッカーの中に不自然に放り込まれている草を、驚愕の目で凝視した。

 

 それが、忘レナ草だったのだ。ウェンディはこれの香気を吸ってしまったのだ。

 

「忘レナ草……まさかコレの香気を吸ったのかッ!?」

 

「わ、忘レナ草……って、こないだ先生が授業で教えてくれた、あの?」

 

「ああ。とりあえず、今はウェンディを落ち着かせてやらねーと……それと、ジョセフも呼んできてくれ」

 

 と。グレンは普段、強気なのが、今は見る影もなく、一人外に放り出され、不安と恐怖に怯えて震える生まれたての子猫のようになっているウェンディをなんとか落ち着かせたのだ。

 

 ――因みに、グレンはようやっと自分が女子更衣室にいて、女子生徒達がまだ着替えている途中だと気付き、気が動転していた女子生徒達も我に返って……同時に致命的な激情がふつふつ煮え滾り、高まりつつあった。

 

 まぁ、今回の場合、グレンは決して悪気があったわけではなく悲鳴を聞いて駆けつけた結果、こうなっただけなのだが――

 

 ――そんなの問答無用といわんばかしに、ぐわっ!と、更衣室中の女子生徒達が、まるで津波のようにグレンへ殺到し――思わず目を覆いたくなるような、凄惨な校内暴力事件が勃発するのであった。

 

 

 

 

 

 

「……で、現在に至るってわけだが……」

 

「……えっと、まぁ……ドンマイです、先生」

 

 ボロボロになっているグレンを見て、ジョセフは頬を引きつらせながら、今までの経緯を聞いていた。

 

 そして、ジョセフはちらりとベッドの上に不安げに腰かけるウェンディを流し見る。

 

 大急ぎで医務室に入ったせいか、まるで知らない人が押しかけて来た時のような不安げな表情でジョセフを見つめるウェンディ。

 

(マジかよ……)

 

 どうやら、幼馴染が忘レナ草で本当に記憶を封印されてしまったというのは本当だと察し、ジョセフは苦々しく顔をしかめる。

 

 どうしたものかと、ジョセフはグレンを見て――やがて、ウェンディの元へ歩み寄る。

 

 いつもよりも、そっと慎重に。怖がらないように。

 

「……誰?貴方は誰なんですの!?こ、来ないでッ!?来ないでくださいましッ!?」

 

「…………」

 

 わかっている。わかってはいるのだが、実際に幼馴染にこう言われるとかなり精神的にこたえる。

 

 だが――

 

「……大丈夫、大丈夫だから、怖くない。俺はお前の味方だから。だから、大丈夫」

 

 怖がるウェンディに、まるで初対面の子供に接するかのような態度を取るジョセフ。

 

「そ、そんなのわからない……だってわたくしは貴方のことなんか知らない……」

 

「OK、OK……んじゃ……」

 

「ひっ……ッ!?」

 

 微笑みながら(心の中では、あまりの拒絶反応に号泣寸前になっている)、ジョセフは左手をウェンディへと伸ばし……ウェンディはさらに怯えて……

 

 ぱちんっ!と指を鳴らすと、突如、ジョセフの伸ばした手に、一輪の花が咲いた。

 

「……えっ?」

 

「どうぞ、お嬢様、お近づきの印に、な」

 

 にっこりと笑って、ウェンディへ花を差し出すジョセフ。

 

 思わず目をぱちくりし、それを受け取ってしまうウェンディ。

 

 今は思い出させようと必死になりたいという気持ちがあるが、ここは焦りは禁物。無理にすると、パニックになって収拾がつかなくなる。

 

 だから、まずはウェンディを落ち着かせることに専念することにした。

 

「……大丈夫だから、落ち着いて。大丈夫。ここにはお前に危害を加えようとする悪いやつはいないから。もし、いたら……大丈夫、俺がいるから。守っちゃる……だから、ウチを信じてくれんかな?」

 

「………………」

 

 ウェンディは、しばらく呆けたように、受け取った花と穏やかな笑みを浮かべるジョセフを見比べて……

 

 やがて、こくんと不安げに頷いた。

 

「ふぅ……これでよし、と……」

 

「……お前、目から何かが溢れているぞ?」

 

 ようやっと落ち着かせたジョセフの目からは何かが溢れており、ぞれをグレン達は頬を引きつらせる。

 

 まぁ、幼馴染から突然、「貴方、誰?」などと言われ、しかも「来ないで」と言われたら相当ショックなことである。

 

「あ、あの……ジョセフ?」

 

「大丈夫よ、ジズディーナ?泣いてなんかいないよ?本当よ?」

 

「……どこからどう見ても、泣いているようにしか見えないんだけど……ていうか、私の名前、濁音がつきすぎなんだけど?」

 

 なんか、ジョセフの言動がおかしくなっていそうな気がするんだけど?と、システィーナ。

 

 そのうち、聞いたことがない言語でまくし立てまくりそうな気がする。

 

「……で、先生。これって、言うまでもなく人為的ですよね?」

 

「だろうよ。……諸状況から察するに、ウェンディに忘レナ草を故意に吸わせた不届き者がいるのは間違いないんだが……」

 

「でも、なんでウェンディがこんな目に遭わないといけないのでしょうか?」

 

「うーん、確かに彼女、少々高飛車な面もあるけどこんなことされるほど恨まれることってあったかしら?入学当初は酷かったけど……」

 

「マジか?せやけど、仮に入学当初の性格が災いして恨みを持つ者がいたとしても、今やるか?明らかに今更感がするんだけど?よっぽどこいつが恨まれるような事をしない限りじゃないと……」

 

 はっきりとした動機がわからず、苦々しくジョセフが呟くと、ウェンディが側に立つジョセフの袖をぎゅっと掴んだ。

 

「……ん?ああ、ごめん。えーと……」

 

「えっと、その……あの、その……」

 

 何やら言いたそうな顔で見るウェンディだが、何を言えばいいのかわからず、俯いてしまう。

 

 ジョセフはそれを見て頭を掻き、そして、ウェンディと同じ目線になるように屈んで言った。

 

「えーっと……まずは……俺の名前は、ジョセフなんだけど――思い出せるかな?」

 

 ゆっくりと、まくし立てるような威圧感を感じさせないように言葉を選んで言うジョセフ。

 

「ジョセフ……駄目……駄目なんです……ッ!」

 

 突如、ウェンディが気を昂ぶらせ、ぶんぶんと頭を振り始める。

 

「私、貴方なんか知らない!私が何者なのか……ッ!貴方が誰なのか、全然、わからない……ッ!怖い……怖いんです……ッ!」

 

 ウェンディが激しく取り乱しかけた……そんな時。

 

「よーしよし、落ち着こうな」

 

 ジョセフが優しげな声で言い、ウェンディの頭をくしゃりと撫でた。

 

 因みに、この時のジョセフのメンタルは――ズタボロであった。

 

「あ、あの……ジョセフ?大丈夫よね?発狂しないわよね?」

 

 今にも号泣寸前なジョセフを、心配そうにみるシスティーナ。

 

「あ……」

 

 途端、ウェンディは黙り、ジョセフを見つめる。その手はジョセフの袖をより強く握りしめる。

 

「そうだよなぁ、忘レナ草は、ダウン系に作用する。とどのつまり、精神的に物凄く気分が沈んで不安になっちまうんだったよな~……焦って記憶を押し付けるんじゃなくて、こういう手合いは……」

 

 ジョセフはぶつぶつと呟き、そしてウェンディを見て穏やかに話しかけた。

 

「今のは気にしなくていい。それに無理に思い出そうとしなくてもいい。大丈夫だから」

 

「その……貴方は……?」

 

「さっきも言ったが、俺はジョセフって言うんだ。まぁ、お前の味方さ。後ろにいる四人もそうなんだが、今は気にしなくてもいいからな」

 

「『ジョセフ』……」

 

「そして、お前のことを『ウェンディ』って呼んでいい?お前の名前なんだけど……ほら、互いに呼び名がないと色々と不便でしょ?どう?」

 

「は、はい……わかり……ました」

 

 不安げな表情は相変わらずだが、我を失いかけていたウェンディが、なんとか平静を取り戻していた。

 

「これで、よし……と。それにしても、おっかしいなぁ?目から溢れるものが……」

 

「やっぱり、大丈夫じゃないかも……」

 

「ねぇ、ルミア……ジョセフ、泣いているけど」

 

「うーん、まぁ、わからないでもないかなぁ……うん」

 

 顔を覆って涙溢れているジョセフに、ルミアとシステーナは複雑そうな顔で見る(リィエルはいつも通り)。

 

 と、その時。

 

「グレン」

 

 がらりと扉を開き、セリカが医務室内に入ってくる。

 

「よう、セリカ。そっちの解毒儀式の準備はどうだ?」

 

「それがな……儀式の準備中にセシリアのやつ、いつもの発作を起こして、盛大に血を吐き散らして倒れてな」

 

 セリカがため息を吐く。

 

「ああ、セシリア先生、今日は風邪気味だったからな……」

 

 セシリアは腕の良い法医師なのだが……極度の病弱虚弱体質で、たまにこういうことがあるから困る。

 

「大量の血に塗れた法陣の中心に、吐血したセシリアが生け贄のように倒れている姿を目の当たりにした時は、何の悪魔召喚儀式かと思ったよ……」

 

「うわぁ……」

 

 光景が容易に想像つくから怖い。

 

「てなわけで、儀式の準備にはまだまだ時間がかかる。法陣を一から作り直さにゃならんし、セシリアの復活を待つ必要もある」

 

「しゃーない。何にせよ、まず『忘レナ草』の毒を抜かなきゃ話にならんしな……」

 

「そんなの、困る」

 

 すると意外なことに、ここで食ってかかったのは、リィエルだった。

 

「ジョセフの悲しい姿を見てると、システィーナとルミアが心配する。わたしも……なんか胸が痛い。なんとかならないの?セリカ」

 

 これまた意外なことに、セリカとリィエルの二人はよく絡むことが多い。どういうわけか与り知らぬが、互いに『他人の気がしない』とのことだった。

 

「そうだな……毒を抜いて、自然に記憶が戻るのを待つ他には……」

 

 セリカはちらりと、ジョセフと、その服の袖を掴むウェンディを見て、にやりと悪戯っぽく笑い……

 

「強いショックを与えることだな!」

 

 そんなことをのたまった。

 

「ちょ――」

 

「……え?」

 

「リィエル。これは古今東西伝統的な記憶喪失改善法でな、強い物理的衝撃を与えることで治すという、実にお約束な治療法なんだ」

 

「そうなの?」

 

「そう」

 

「そう、じゃねえよ!?セリカ、てめぇ一体何を言って――」

 

 グレンが制止する間もなく。

 

「わかった。そんな簡単なことで、ウェンディが元に戻るなら」

 

 言うが早いか、リィエルはお得意の高速武器錬成で、大剣を生成し――

 

「きゃあッ!?た、助け――」

 

「大丈夫!峰打ちだから!」

 

 当然のように怯えまくるウェンディに向かって、リィエルが大剣を振りかざして駆けだし――

 

 刹那、ジョセフがウェンディを背中に庇うように割って入り、瞬時にリィエルの腕と胸倉を掴み、足を払って、投げ飛ばす。

 

 がっしゃーん!リィエルの身体は医務室の窓を突き破って、冗談のようにぴょーんと飛んでいった。

 

 因みにここ、三階である。

 

「ああっ!?リィエル――っ!」

 

 窓際に慌てて駆け寄るルミア。

 

「……教授、一体、何の真似です?リィエルにあんなこと吹き込んだら、どうなるかわかってます?ん?いくら教授でも、許されざる――」

 

 一方、投げ飛ばしたリィエルなど欠片も心配してないジョセフは、ふら~っと立ち上がり、拳銃を展開してセリカに構えようとするが……

 

 ひし、と。背中に柔らかい感触を不意に覚え、ジョセフは口をつぐみ、拳銃を慌ててしまう。

 

「こ、怖かった……ありがとうございます……『ジョセフ』……」

 

 ジョセフの背中に抱きついてくるウェンディ。

 

 ジョセフは首だけ振り返って苦々しく見下ろし、セリカをジト目で睨む。

 

「……これが狙いで?」

 

「まーな。あの手の薬物で情緒不安定になった時、もっとも情緒を安定させる有効な手段は『心の支え』を一本作ってやること……だろ?」

 

「そりゃ、そうですけど……もっとマシなやり方あったんじゃないんですか?あれじゃ流石にリィエルも怒るでしょ……」

 

「そうだな……あの子にはちょっと悪いことをしてしまった。後で、苺タルトをたくさん奢ってやるか……許してくれるといいんだが」

 

「あ、絶対、大丈夫だわ、それ」

 

 そして、その荒療治の効果はてきめんだったらしい。

 

「その……『ジョセフ』……」

 

「ん?」

 

「ええと……私を守る……あの言葉は本当なのですね……」

 

「え?ああ、うん……まぁ」

 

「その……貴方がどなたなのか、まだ思い出せませんけど……どうかよろしくお願いしますわ……『ジョセフ』……」

 

 どうやらジョセフにはすっかり気を許したらしい。ウェンディは頬を赤らめながら、ぼそぼそとそんなことを呟き……

 

「う、うん……よろしく……うん……」

 

 そんなウェンディに、どうにも調子が狂うジョセフであった。

 

 

 

 

 

 







今回はここまでで
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