ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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あと2日で12月に突入だにゃあ!


20話

 

「はぁ…はぁ…ッ!やった!とうとう追い詰めたぞッ!」

 

 クロスは息を切らせて駆けながら、ようやく勝利を確信した。

 

 狭い路地裏、自分達の駆ける先には、まったく衰えない勢いで少女を抱えて逃げ回る、あの憎き男の背中が見える。恐らく白魔【フィジカル・ブースト】の呪文で身体能力を底上げしているのだろうが、戦闘訓練を受けた自分達を相手にここまで走るペースを保てるのは、驚愕に値することである。

 

 だが、それももうここまでだ。

 

 男が走る先には、今、仲間の衛士達が先回りして陣形を組んで待ち構えている。

 

「挟み撃ちだ!今までは上手く包囲網を抜けられたが、今回ばかりはさせんッ!」

 

 やがて、逃げる男の前方に、数名の衛士達が待ち構えているのが見えてくる。

 

「止まれッ!止まらないならば、我らが魔導の威力を知ることになるだろうッ!」

 

 待ち構えていた衛士達が警告を上げる。

 

 クロスはようやくこの追跡劇が終わることを予感するが――

 

「な、何ィッ!?」

 

 男の足は止まらない。

 

 少女を抱えたまま、待ち構えていた親衛隊に向かって愚直なまでに突進する――

 

「け、警告はしたぞッ!」

 

 待ち構えていた衛士達が一斉に呪文を唱え始める。

 

「≪グレンの獅子よ・憤怒のままに・吠え狂え≫!」

 

 黒魔【ブレイズ・バースト】。熱エネルギーを圧縮凝集した火球を投げつけ、着弾と共に爆炎を広範囲にわたってまき散らす軍用の攻性呪文。魔術的防御なしに直撃を受ければ、人間など消し炭すら残らない、強力な面制圧魔術である。

 

 この狭い路地裏で数発分の【ブレイズ・バースト】など捌けるわけがない。黒魔【トライ・レジスト】を唱えられても、その防御を貫いて確実に葬り去れる。三属エネルギーを基底状態に戻して打ち消す黒魔【トライ・パニッシュ】の呪文では手数が足りない。強固な魔力障壁を展開する黒魔【フォース・シールド】の呪文では防げば足が止まり、今度は二人を追うクロス達の剣の生け贄だ。

 

 衛士達の誰もが終わりを確信し、向かい来る男に向かって火球を投げ放った。

 

 だが、その時――路地裏の固い石の壁が突如、粘土のように形を変えながら素早く動き、男と呪文を放った衛士達の間に分厚い壁を作り出す。

 

 その刹那、石壁の質感は瞬時に変化し、石の壁が水の壁と変質した瞬間、数発の火球が大量の水で構成された壁に着弾。

 

 火球を飲み込んだ水壁は一瞬で沸騰、膨張、凄まじい量の水蒸気と化して爆散し、路地裏を白い暴風となって疾走、衛士達の視界を白一色に埋め尽くした。

 

「ぐわぁああああ――ッ!?」

 

 視界の悪さと、蒸気を孕んだ熱風で衛士達の誰もが身動きを取れなくなる。

 

 やがて、視界が晴れ――当然のように男と少女の姿はなかった。

 

 ただ、最初の石壁の材料になったであろう路地裏の壁が、ごっそり消えていた。あの二人は恐らく、この穴から脱出したらしい。

 

「くそ、なんだ今のは?…まさか錬金術か?そんな馬鹿な…ッ!なんなんだ、あの錬成速度の速さは!?人間業じゃないぞ!?」

 

 まだまだ、この追跡劇は続きそうだ。

 

 辟易しながら、クロスは男の後を追う――

 

 

 

 

 

 ――。

 

 ――――。

 

『さあて、いよいよ魔術競技祭、二年次生の部も大詰め!とうとう本日のメインイベント「決闘戦」の開催ですッ!ルールは例年通り三対三の団体戦、十の参加チームによるトーナメント!見事、頂点に輝くのは果たしてどのクラスか――ッ!?』

 

 競技場の中央には円形の決闘場が構築され、その周囲に参加チームが集まっている。

 

『集うのは各クラス最強の三人!皆、クラスの名誉を背負って正々堂々と戦ってくれることでしょう!なお、皆様ご注目のグレン先生率いる二組は、この「決闘戦」で見事最後まで勝ち残れば、現在総合一位のハーレイ先生の一組に逆転勝利が可能です!さぁ、どうなる――ッ!?』

 

 これで全てが決まる。

 

 全員で個々の長所を生かして戦うのが強いのか?それとも一部の強者のみで全て戦い抜くのが強いのか。

 

 良くも悪くも注目を集めた、魔術競技祭二年次生の部、その全てがここで決まる――

 

『さぁ、いよいよ開始です。まず、トーナメント第一回戦!六組対四組!両チーム、先方選手、前へ――ッ!』

 

 

 

 

 

 一方、女王陛下のいる貴賓席周辺は、会場の盛り上がりとは裏腹に、ひたすら慌ただしかった。

 

 先ほどから貴賓席の回りには衛士達が忙しく行き交い、怒声が飛び交っている。

 

「まだか!?まだ、捕まらないのかッ!?」

 

 報告に来る衛士を、ゼーロスは苛立ち紛れに怒鳴りつけた。

 

「で、ですが…標的の逃亡を手助けしている者がおりまして、先ほどから申し上げているとおり、その男が予想以上に手強くて……ッ!」

 

「馬鹿者!件の魔術講師だろう!?たかだか、魔術師一人に後れを取るなど!貴公らはそれでも誇り高き王室親衛隊の一員なのか!?」

 

「も、申し訳ございません!」

 

「追え!なんとしてもルミア嬢を抹殺するのだ!でないと…わかるだろう!?」

 

「はっ!」

 

 すると、控えていた別の衛士がゼーロスに進言する。

 

「しかし、閣下。敵が手強いのは事実です。もはや我々のみの手に負えることではないのかもしれません。未確認ですが、連邦も動いているという情報もあります。ここはもう真実を明かし、学院側にも応援を要請――」

 

「ならぬ!」

 

 だが、ゼーロスは怒声でその意見を切り捨てる。

 

「それだけはならぬぞ!貴公、忘れたのか!?それをやれば我々はともかく、女王陛下が――それだけは絶対避けねばならぬ!」

 

「そ、そうでした…申し訳ありません!」

 

「ことが終われば、わしが全ての責任を負って自害する!わしは陛下に仇をなした反逆者としての汚名の下に果てよう!だが、陛下は!陛下だけは我々がお守りしなければならぬのだ!だから――」

 

 がくり、と。若い衛士が頭を垂れる。

 

「閣下はそこまで…わかりました。ルミア嬢とその逃亡を助ける男の捕捉を急ぎます」

 

「すまぬ…嫌な役目を押しつける。陛下の護衛の一部をそちらの増援に回す。貴公達は一刻も早く目標を捕らえるのだ。そう、全ては陛下のために――」

 

 

 

 そして、『決闘戦』では、二組が四組を始め、七組、五組、八組も打倒してしまい、とうとう、決勝戦に進出した。

 

 相手は、あの一組。誰もが心の底でどこか待ち望んていた展開が、現実になった瞬間である。

 

 先鋒戦、二組カッシュ対一組エナ。互いに死力を尽くした大接戦の末、エナの唱えた錬金【痺霧陣】がカッシュの行動を不能に追い込み、カッシュは惜敗。これで0-1。

 

「あちゃー、カッシュ負けてもうた。まぁ、やっぱり、さっきの試合で【ショック・ボルト】四発食らったらまあ無理もないわな」

 

「うん、あれは無茶だったような気がするね」

 

 ジョセフが仕方がないような顔をし、セシルは苦笑いする。

 

 続く中堅戦、二組ギイブル対一組クライス。当初、一見互角のように見えたが、時間が経過するにつれ徐々に地力の差が現れた。ギイブルの召喚【コール・エレメンタル】の呪文によって召喚されたアース・エレメンタルがその腕でクライスを完全に捕らえ、クライスが投了を宣言。これで1-1。

 

「ギイブルは錬金術が上手いんやな~。頭でっかちかと思ったけど」

 

「あはは……」

 

 全ては大将戦、二組システィーナと一組ハインケルの双肩にかかることになった。

 

「一組の方は…誰だ?」

 

「ハインケルですわ。システィーナとは常に学年首席の座を争っているほどの実力だから、正直、勝率は五分五分ですわね」

 

「……お前いつからここにいたんだ?」

 

「さっきからずっとここにいましたわよ!?」

 

 いきなり隣からウェンディの声がしたので、思わず振り向いた。

 

「ていうか、貴方最近私の扱い雑ではなくって!?」

 

「え?いつも通りやけど?」

 

「……テレサとリンとは扱いが違うような気がするのは私の気のせいと?」

 

「お、始まったなー。さて、どっちが勝つかなー」

 

「無視しないでくださいましッ!」

 

 無視するように競技フィールドへ目を向けるジョセフに、ウェンディはバシバシとジョセフの腕を叩きまくる。やだこの娘、面白い。

 

(お前ら、仲良過ぎだろ……)

 

 なぜか、そういう視線が自分のクラスの生徒達から感じているのはなんでなんだろう。

 

 特に男子生徒の一部からは殺意に似たような視線が……

 

(気にしたら負けや)

 

 とりあえず、無視する。

 

 戦況は、互角だった。システィーナの実力も学生としては凄いが、ハインケルも同等だった。

 

「あのハインケルも大概だな。流石、首席争いをしているだけあるわ」

 

 おそらくどちらも将来、優秀な魔術師になるだろう。ハインケルもそうだが、一組の今回出場していた連中は確かに実力がある。これは認めざるを得ない。

 

(だが、この流れ、勝てるな)

 

 確かにシスティーナとハインケルは互角だ。ただ、違いがあるとすれば、システィーナは先の事件で生死をやり取りする本物の魔術戦を目の当たりにしていた。

 

 たががこの一点、されどこの一点。

 

 決闘開始から四半刻。

 

 互いに手の内の呪文を尽くし、魔力が底を尽きかけた、その時。

 

 システィーナが切り札として残していたであろう、独自の改造呪文、黒魔改【ストーム・ウォール】をマナ・バイオリズムによって生じる呪文の間隙に起動し、ハインケルに通した。

 

 まったく見覚えのない呪文に不意を突かれたハインケルは、とっさに【エア・スクリーン】を張るが、広範囲に埋め尽くす風に身動きを封じられ――焦りが次なる呪文の取捨選択時間を奪い――

 

「……決まったな」

 

 そこへ駄目押しと言わんばかりに、システィーナが得意の【ゲイル・ブロウ】を唱えた。

 

 黒魔改【ストーム・ウォール】に上乗せされた【ゲイル・ブロウ】の威力は、ハインケルンが展開した強固な【エア・スクリーン】の守りを、ぎりぎりでぶち抜いて――

 

 ハインケルの身体を場外へと弾き飛ばした。

 

 ………。

 

 一瞬の静寂。そして――

 

『き、決まった――ッ!?場外だぁあああああああああ――ッ!なんと、なんとぉおおおお――ッ!?二組が、あの二組が優勝だぁあああああああ――ッ!』

 

 次の瞬間、会場は総立ちで拍手と大歓声を送っていた。

 

 もはや敵も味方も、勝者も敗者も、学年次の違いすらない。物凄い決闘を演じた両者に対する純粋な賛美の嵐だった。

 

 ただ一人、ハーレイだけが、無念そうにがっくりと肩を落としていた。

 

「お見事やな。しかし彼女、確かに実戦を目の当たりにしていたけど、成長が凄いな」

 

 ここは、ジョセフは内心、舌を巻いていた。

 

 二組の生徒達は観客席から飛び出し、次々とシスティーナにのもとに駆け寄って来る。

 

 大騒ぎする友人達に、胴上げされるシスティーナ。宙で目を白黒させて慌てるシスティーナにお構いなく、二組の生徒達は歓喜のままにシスティーナの健闘を讃える。

 

「……さてと」

 

 ジョセフはそんな光景を見て、アルベルトを見る。アルベルトもこっちを見、微かに頷いた。

 

「じゃ、行きますかね」

 

 そう一人呟き、ジョセフは観客席から立ち去った。

 

『いや、当初、誰が予想したでしょうか、この結末を!今回の魔術競技祭は展開が二転三転する非常に劇的な試合となりました!そしてこの「決闘戦」の終了をもって、本日の魔術競技祭、二年次生の部、全競技が終了した事を会場の皆様にお伝え申し上げます。ご来賓の皆様方、本日は遠方からはるばる御足労ありがとうございました!生徒諸君、本当にお疲れさまでした!それではこの後、閉会の式と表彰に移ります。実況は私、実行委員会のアースがお送りしました――』 

 

 

 

――魔術競技祭閉会式は粛々と進んだ。

 

 競技場に学院の生徒が整列し、開式の言葉から始まり、国歌斉唱、来賓の祝辞、結果発表…つつがなく、なんの滞りもなくその行程を消化していく。

 

 実にいつも通りで毎年恒例の焼き直しだ。ただ唯一違うのは盛大な番狂わせのため、いまだ生徒達が興奮気味なのと、今日は女王陛下がこの式に立ち会っていることだ。

 

 いよいよアリシアが表彰台に立った。その背後にゼーロスとセリカが控える。王室親衛隊の総隊長と学院が誇る第七階梯魔術師。護衛としては申し分ない。この瞬間、アリシアを害せる者などこの世界で誰一人いやしないだろう。

 

『それでは、今大会で顕著な成績を収めたクラスに、これから女王陛下が勲章を下賜されます。二組の代表者は前へお願いします。生徒一同、盛大な拍手を』

 

 拍手が上がる。

 

 各クラスの担当講師達から羨望のため息が漏れた。女王陛下から直々に勲章を賜る栄誉など、一生の内に一度有るか無いかの名誉だ。それもよりによって、あの二組のグレン=レーダスが。ルールに則り、正々堂々と戦って破れたとはいえ、流石に嫉妬ややっかみの気持ちは隠せないようだった。

 

 ハーレイなんか、悔しそうに歯噛みしながら、頭をガリガリと掻き毟っていた。

 

(本当にハゲになるぞ、あの人)

 

 ジョセフはどこかでそれを見ながら呆れていた。

 

 と、その時だ。

 

 拍手が疎らになっていき、次第にざわざわと会場が沸き立ち始めた。

 

 

 

「……あら、貴方達は……?」

 

 表彰台に立ったアリシアは、生徒達の間を縫って自分の前に現れたその人物達を、目を瞬かせながら見つめていた。

 

 現れたのはグレンではない。しかし、アリシアが見知っている男女である。

 

「アルベルト…?それに、リィエル……?」

 

「……来たか(あと、あいつも来てるな)」

 

 戸惑うアリシアをよそに、セリカはぽつりとそんなことを漏らしていた。

 

 かたわらに立つゼーロスが不審に思い、アリシアに耳打ちする。

 

「……陛下。そやつが二組の担当講師グレン=レーダスとやらなのですか?」

 

「いえ、違います…けど」

 

 と、その時だった。

 

「なぁ、そこのおっさん」

 

 厳めしい面構えのアルベルトが突然、似合わないくだけた口調で言い放った。

 

「いい加減、馬鹿騒ぎも終いにしようぜ」

 

「なん、だと……ッ!?」

 

 そして、アルベルトらしき男が、ぼそりと呪文を唱える。

 

 すると、男女の周囲が一瞬ぐにゃりと歪んで――

 

 再び焦点が結像し、そこに現れたのは――

 

「き、貴様らは――ッ!?」

 

 

 

「き、貴様らは一体、誰なんだ!?」

 

 その時、クロスは狼狽も露わに叫んでいた。

 

 あれから紆余曲折あって。

 

 不屈の魂と、王室親衛隊の意地をかけて、粘り強く追跡を続けて。

 

 一人、二人と戦闘不能に追い込まれても足を決して緩めずに、追って、追って――

 

 そして。

 

 ようやく、やっとのことで、今度こそ本当の本当に、標的を追い詰めたと思ったのだ。

 

 ここは狭い路地裏の行き止まり。

 

 周囲の建物の屋根の上にも先回りした衛士達が待機している。

 

 追跡に参加していた王室親衛隊の、ほぼ全戦力がここに集結しつつある。今の今まで散々してやられたが、今度の今度こそ逃げ場はない。

 

 何度も取りこぼした勝利をようやく掴んだと思った――その時だった。

 

 行き止まりに追い詰めた二人が突然、姿を変え、まったくの別人になったのだ。

 

 そのわけのわからない事態に、クロスはもう心底発狂して泣き叫びたい気分だった。

 

「もう、いいの?アルベルト」

 

「ああ。どうやら、上手く接触出来たらしい」

 

 その諸悪の根源共は、何かよくわからないことを口走っている。

 

「くそぉおおおっ!き、貴様らは一体、何者なんだぁあああああッ!?」

 

「答える必要は無いな」

 

「帝国宮廷魔導士団、特務分室所属、執行者ナンバー7『戦車』のリィエル」

 

「……………」

 

「……………」

 

 ぼそりと零れたリィエルの呟きに、その場に会した全ての人間が沈黙した。

 

「……お前、わかっているのか?俺達、お忍びの任務なのだが?そもそも俺達の隊は帝国軍の中でも特に秘匿性を重視する隊であって……」

 

「そう。わたしにはよくわからないけど」

 

 変な漫才を展開する二人を前に、我に返ったクロスが拳を震わせる。

 

「宮廷魔導士…道理で…くそ、一杯食わされたッ!?二班、三班、四班!こいつらを取り押さえろッ!残りはいったん総隊長へ報告して、本物の標的の追跡を――」

 

「しなくていい」

 

 刹那、二閃の雷光が奔った。

 

「ぎゃぁああああ――ッ!?」

 

「ぐぁあああッ!?」

 

 アルベルトが呪文詠唱なしに放った雷閃に、撃たれた衛士が倒れ伏した。

 

「い、今のは詠唱済み呪文の時間差起動…しかも、二反響唱で!?」

 

「安心しろ。手加減はした。お前達にはしばらくの間、俺達と遊んでもらう」

 

 指を突き出した格好でぴたりと静止し、冷酷淡々とアルベルトが告げた。

 

「き、貴様…この状況で…子の戦力差で抵抗するというのか!?」

 

「抵抗?違う。わたしはあなたを全員、倒――」

 

「倒さなくていい」

 

 アルベルトが、やたら好戦的なリィエルの髪を引っ張る。

 

「流石にこの戦力差は正面からやり合うには分が悪い。それに俺達の役目は陽動だ。連中を適当にあしらい、なるべく長く引き付ければ、それでいい」

 

「わかった、任せて。全員、叩き斬る」

 

 顔色を変えず、表情を微塵も揺るがさず、アルベルトは諦めたように目を閉じた。

 

「……せめて殺すな。連中は派閥こそ違えど、仲間だ。寝覚めが悪い」

 

「行く!敵を…倒す!いいいいやぁあああああ――ッ!」

 

 リィエルが身を屈めて爆ぜるように突進、地面に手を触れ、瞬時に大剣を錬成する。

 

「…………」

 

 話を何一つ聞かず敵中へ突貫する相方を冷ややかに見送りながらも、アルベルトは淡々と援護の呪文を唱え始めた。

 

 

 

 魔術競技場の中央、表彰台前に設けられた広場にて。

 

 突然、現れたルミアとグレンの姿に、ゼーロスはただただ狼狽するしかなかった。

 

「馬鹿な!?ルミア殿、貴女は今、魔術講師と共に町中にいるはず――」

 

 居合わせた観客席の来賓客や、整列している大勢の生徒達も、一体何が起きたのか、さっぱり読めず、遠巻きにその様子を眺めながら困惑にざわめいている。

 

 そんな中、もう一人の声が種明かしをした。

 

『【セルフ・イリュージョン】。彼の仲間と途中ですり替わっただけさ。存外、単純な手口だな。今頃、お前の部下はそいつらと鬼ごっこしている途中だ』

 

「な――ッ!?貴様は!?」

 

 突然グレンの横の空間が歪み、そこから全身黒ずくめの男が現れた。

 

「な――ッ!?」

 

「あ、あれは…まさか……ッ!?」

 

「く、『黒い悪魔』だ…連邦軍の化物がなぜここに……ッ!?」

 

 『黒い悪魔』が姿を現したことで、周囲はさらにざわついていく。

 

「くっ!『黒い悪魔』だとッ!?連邦も一枚噛んでいたのかッ!?親衛隊ッ!何をしている!?賊共を捕らえろッ!」

 

 ゼーロスがアリシアを背中に庇いながら指示を飛ばすと、会場を警邏していた衛士達が我に返って一斉に抜剣、グレンとルミアと『黒い悪魔』を取り押さえようと殺到する。

 

 が――

 

『引っ込んでろ、雑魚が』

 

 『黒い悪魔』のそのドスが効いた声で、衛士達の足が止まる。数ヶ月前まで三百人もの敵兵を始末した連邦軍の化物から発せられる殺気は実戦経験があまりない衛士達の足を止めるには充分すぎた。

 

 その瞬間。

 

「セリカ、頼む――ッ!」

 

 グレンが叫んだ瞬間、無数の光の線が猛速度で地面を走った。

 

 表彰台を中心に、グレン、ルミア、『黒い悪魔』、アリシア、ゼーロス、セリカの六人を取り囲むように、結界が瞬時に構築され、そびえ立つ光の障壁が結界内界と外界を切り離す。

 

 今や、グレン達に迫る衛士達は結界の外へ完全に締め出されていた。

 

「~~~~~~~~ッ!~~~~~~~ッ!?」

 

 締め出された衛士達が結界の障壁面を叩きながら何事かを叫んでいるが、その声は結界内にいるグレン達のもとには届かない。

 

「ほう?音も遮蔽する断絶結界か。ずいぶんと気が利くな、セリカ」

 

 グレンの賛辞に、セリカがにやりと笑った。

 

 いつの間にその結界を構築していたのか。前に突き出されたセリカの左掌の先には、光の線で構築された五芒星法陣が浮かび、鈴鳴りのような音を立てて駆動している――

 

 

 

 

(……やっぱり)

 

 その周囲の誰もが、女王陛下の御前で繰り広げられたその光景に、困惑と混乱を隠せない中、唯一システィーナだけはこの展開を予測していたようだった。

 

(何か様子がおかしい…とは思ってたのよ)

 

 女王陛下の貴賓席周辺が、ルミアがいなくなってから、どうにも慌ただしいと思っていた。それだけならシスティーナも特に気に留めることはなかった。

 

 しかし、システィーナの前に、あえて姿と声を変えて現れたグレンとルミア、それとその二人を引き連れてきたジョセフ。頑なに正体を隠して接しようとする二人。そして、ジョセフの目配せ。ルミアの素性と事情を知るシスティーナには、何か異常事態が起きていると容易に想像がついた。

 

(黒魔【セルフ・イリュージョン】は変身したように見せかける幻影をまとう術。直接触れればその違和感はわかるし…それにあの子の手をこの私が間違えるはずはない)

 

 だが、ここで一つ、迷いが生じる。強引に事情を聞き出すか、否かだ。

 

 ルミアは姉妹同然の親友だ。何かに巻き込まれているようなら、何がなんでも力になってあげたい。頼まれなくたって力になる。そんなの当たり前だ。

 

 だが…彼女はこう言ったのだ。

 

 ――信じて、と。

 

 助けてでもなく、関わるなでもなく…ただ、信じて、と言ったのだ。

 

 ならば――信じる。

 

 それが、彼女の親友を自負する自分の友情の形だった。

 

(でも、ルミアが私よりもあいつを頼っているのが、なんか気に入らないんだけど……)

 

 どうにも心が自分でもよくわからない感情でもやもやするが、それはさておいて、システィーナは結界の向こう側――女王陛下達に対峙する三人の姿を遠目に見つめた。

 

 システィーナには今、何が起きているのか、いまだ具体的にはわからない。結界で音を遮蔽されてしまっては、事態を把握することもできない。

 

 何一つ、わからないが――

 

(先生、ジョセフ…どうか、ルミアを助けてあげて…お願い……)

 

 ぐ、と。システィーナは胸元で祈るように、固く手を組んだ。

 

 

 

 

「セリカ殿…貴様、この期におよんで裏切るのか!?」

 

 結界を忌々しそうに睨んでいたゼーロスが、怒りに燃えてセリカに吠えかかる。

 

「………」

 

 だが、セリカは飄々とした表情で沈黙を守る。

 

「くそ、『黒い悪魔』!貴様もだ!その者が何をしようとしているのかわかっているのか!?」

 

『その前にゼーロス閣下、私は貴方に失望しました。いくら国家転覆の疑いがあるとはいえ、証拠も見せず、裁判もかけないで、女王陛下の名を騙り、罪もなき女子生徒を手にかけようとしたその蛮行。我々連邦はこの行為を許すことはできません』

 

「く――」

 

『おまけに我が国の領事館の周囲を何の理由も告げず封鎖、公務を妨害するというのはどういうつもりですかな、閣下?もし、これが連邦政府(ホワイト・ハウス)に知られたら、連邦の、今後の帝国に対する外交戦略を見直さなければならないでしょう。それをお分かりの上での行動ですかな?』

 

「くそ、なんてことだ……」

 

 ゼーロスは憤怒と焦燥をない交ぜにしながら歯噛みするしかなかった。

 

 事態を飲み込めない結界の外の者達は、呆然と目の前で起きていることを眺めるだけだ。

 

「さて、脇役共にはご退場願ったところで……」

 

 グレンは指を鳴らしながらゼーロスに向き直る。

 

「おい、おっさん。なんでこんなことをした?自分が何やったかわかってんのか?」

 

「ぐ――」

 

「陛下、僭越ながら上申させてもらうぜ。この『黒い悪魔』の言う通り、そのおっさんは陛下の名を不当に騙って、罪もない少女を手にかけようとしていた――そうだ、このルミアを、だ」

 

「………」

 

 アリシアが、グレンをじっと見つめている。

 

「陛下、安心してくれ。もう終わりだ。ルミアは無事に保護したし、陛下を拘束していた親衛隊の連中もこうして結界の外。陛下を力で押さえつける不埒な連中はもういない。そのおっさんがアホみたいに強いのは知ってるが、流石に俺とセリカ、『黒い悪魔』を同時に相手にはできねーだろ」

 

「お、おのれ…逆賊どもめ……ッ!」

 

「ばーか。逆賊はどっちだっつーの。とにかく、後は陛下が一言、下知すれば終わりだ。おっさんも、この状況で陛下直々の勅命なら聞かないわけにいかねーだろ?」

 

(やっぱり先生はわかってへんな)

 

 ジョセフは、なぜゼーロスがこんな馬鹿なことをしてまでルミアを殺害しようとしていたのか原因はわかっていた。

 

(どれ、そろそろ真相をあかさないとな)

 

『そういえば、陛下……』

 

 

 ジョセフはアリシアに問いかけるように尋ねる。

 

「……何でしょう?」

 

『そのネックレス、かなり新しいですね。新調なされたのですか?』

 

 ジョセフが発した意味不明の言葉に、ゼーロスが硬直し、グレンとルミアは目を瞬かせてこちらを見る。セリカが目を開いてニヤリと不敵に笑い、アリシアがぱっと微笑んだ。

 

「そうなんです。私の『お気に入り』です」

 

(『お気に入り』…か)

 

『なるほど、確かに綺麗ですね。しかし、少々派手ですね。差支えなければ別の物にしたほうがいいですよ?なんなら連邦から陛下に似合うものを取り寄せましょうか?』

 

 おどけたように、ジョセフは提案をしてみる。グレンは何かピンときたようだ。

 

「ふふっ、だめですよ。私はこれ、外したくありませんから。全然」

 

(この妙な言い回し…確定だな)

 

 ジョセフは目だけグレンに向ける。グレンはようやく理解したようだ。ニヤリと不敵に笑った。

 

「……了解だ、陛下」

 

 このわけのわからない事件の真相、この意味不明の状況を作った悪意の正体を。

 

「何をする…つもりだ、貴様……ッ!?」

 

 不敵に笑い始めたグレンを不気味に思い、ゼーロスが抜剣し、恫喝するように問う。

 

「決まってるだろ?陛下のネックレスを外してさし上げるのさ」

 

「なん…だと?」

 

「なぁ、おっさん。剣を納めてくれねーか?俺ならアレ、外せるんだけどな」

 

 ゼーロスの眉が吊り上がる。

 

「はったりも大概にしろ、魔術師ッ!余計な真似をするならば斬るッ!」

 

「ま、そういう反応だよなぁ…ちょい気付くの遅かった。こりゃ説得する暇もなさそうだわ…だがな…なぁ、ルミア」

 

 なんの前触れもなく名前を呼ばれて、ルミアがグレンを見る。

 

「やっぱ、お前のお袋さんは…お前のこと、愛しているよ……」

 

 そう言って。

 

 グレンがゼーロスの向こう側にいるアリシアに目配せする。

 

 アリシアが、しっかりと頷く。

 

 それを見て取ったグレンが、不意に素早く左腕を動かした。

 

 時間が――極限状態の意識が、刹那の時間を無限に引き延ばす。

 

 魔術師が魔術を振るう心臓に近い左腕。

 

 それが動作を始めたのを察知したゼーロスは、迷わず疾風のように飛び込んで来た。

 

「させん――ッ!」

 

 それは残像すら置き去りにする、人の身にありえない神速の踏み込みだった。

 

(ちっ…やっぱ速ぇ――ッ!?間に合え――ッ!)

 

 ゼーロスの踏み込みの想像を絶する速さに、グレンは冷や汗をかいて――

 

『甘い!』

 

「ぬお――ッ!?」

 

 『黒い悪魔』がいつのまにかM1911を構えて放った45口径弾二発がゼーロスの二振りの剣に中り、弾き飛ばす。

 

 その直後――

 

 ゼーロスの視界の端に、緑色の光が上から下へ、過ぎった。

 

「な――」

 

 なぜか、ゼーロスは、その緑の光を目で追っていた。

 

 緑色の光はゆっくりと地面に落ち、ちゃりん、と音を立て、一度、二度、跳ねる。

 

 その正体は、アリシアが身に着けていた翠緑の宝石のネックレス。

 

 次の瞬間、驚愕に表情を凍らせたゼーロスは、アリシアを振り返り――

 

 何かを投げ放った格好のアリシアの姿を認めて――

 

「陛下、なんてことを――ッ!?」

 

 絶望に歪んだ表情で叫び――

 

 ――それが、ゼーロスとグレン、両者の趨勢を分かつ。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 旋風一閃。

 

 その一瞬の隙に、すかさずグレンが弾けたバネの挙動で上段回し蹴りを放った。

 

「――っがぁあああああああああ――ッ!?」

 

 その威力でゼーロスが猛烈に蹴り倒され、地面を激しく転がっていく。

 

 極限意識が引き延ばしていた時の流れが正常に戻る――

 

「へっ…決まったぜ…痛てて……」

 

 グレンが勝利宣言する。

 

「いくらアンタがあの戦争を生き抜いた正真正銘の化け物だとしても、人間である以上しばらく起き上がれねえさ……」

 

「わ、わしのことなど…どうでもいいッ!」

 

 剣を杖代わりに立ち上がろうとして、それでも足腰に力が入らず失敗し、地面にくずおれながら、ゼーロスは焦燥と絶望も露に叫んだ。

 

「そ、それよりも!陛下ッ!?陛下は――ッ!?」

 

「私は大丈夫ですよ、ゼーロス」

 

「な……」

 

 鬼気迫る表情のゼーロスだったが、アリシアが朗らかにたたずむ様を見て取ると、呆然と言葉を失った。

 

「私はもう大丈夫。…大丈夫、ですから。だから、もういいんです……」

 

 アリシアはゼーロスに、優しく微笑みかける。

 

 呆気に取られるゼーロスをよそに、グレンは地面に落ちた翠緑のネックレスを忌々しげに見やりながらセリカに問う。

 

「条件起動式…条件起動型の呪い、だな?そのネックレスは呪殺具だったんだな?」

 

 セリカはにっと口の端を笑みの形に吊り上げると、ジョセフが続けた。

 

『とある条件が成立したら死の呪いが起動…そんな条件起動型の呪いは、魔術史上、散々使い古された古典的な手だ。で、今までの行動から察するに、起動条件は、「勝手に外したら装着者を殺す」、「装着から一定時間経過で装着者を殺す」、「呪いに関する情報を新たな第三者に開示したら装着者を殺す」――この三点式、条件起動型呪法が組み込まれていたんだろう。そして解呪条件は「ルミア=ティンジェルの殺害」……』

 

 ジョセフは、ふん、と。鼻を鳴らす。

 

『つまり、彼女を狙う何者かが、陛下の命を人質に仕組んだ事件だったということだ。どうです。教授?当たらずとも遠からず、でしょ?』

 

「呪いの起動条件に細かい差異はあるが…ま、ご名答。大体、そんなとこだ」

 

 ようやく言葉を発したセリカが、くっくと含むように笑った。

 

「で、女王陛下を救うために、ルミアを殺そうと王室親衛隊は暴走。そしてセリカ、お前は大方、この事件の黒幕にルミアの手助けをするなと、陛下の命を盾に釘を刺されていたんだろ?」

 

「グレン、お前ってさ。普段、鈍くて馬鹿のくせに、なんかいざとなると冴えるよな。やっぱ、お前は私の自慢の弟子だよ。それとスペンサー、お前もな。流石エヴァの息子だ」

 

 気が抜けたようにグレンはぞの場にへたり込んだ。

 

「はぁ…お前、もうちょっとマトモなヒントよこせよ…こっちはジョセフがいたとはいえ、危うく死ぬとこだったんだぞ…ったく……」

 

 嬉しそうなセリカに、グレンは毒突き、呆れ顔で頭を掻いた。

 

「でも、最終的にわかったんだからいいだろ?私はお前を『信じていた』ぞ?」

 

「ったく、白々しい…てか、ジョセフ。お前よく条件起動型の呪殺具だとわかったな?」

 

『教授が先生に言った言葉、王室親衛隊のなりふり構わぬ行動。そして、「グランツィア」での条件起動式でわかりましたよ。いや、最初はあのおっさん、ホントにボケはじめたんちゃうかと思いましたけど。あと、ティンジェル』

 

 ジョセフは、ルミアに振り返る。

 

『お前の母はやっぱり愛していたと思うぞ。何故なら、大会中、お前の無事を祈っていたからな』

 

「え……?」

 

 ジョセフの言葉に、ルミアがアリシアを見る。

 

 アリシアの視線を受け、まるで悪いことを見つけられた子供のように、あいまいに微笑み返した。

 

「貴様…一体、何を…何をした…?なぜ、呪いが発現しなかった……?」

 

 ただ一人、状況が飲み込めないゼーロスがグレンに問いかけた。

 

「悪いな、ゼーロスのおっさん。おっさんが刺そうとした左手はフェイク、本命は右手のこっちだったのさ」

 

 グレンが右手に持っている物をゼーロスに見せた。

 

 それは古めかしい一枚のカードだった。

 

「……アルカナ…?『愚者』の……?」

 

「こいつは俺の魔導器。愚者の絵柄に変換した術式を読み取ることで、俺は一定効果領域内における魔術の起動を完全封殺できる」

 

「な……?」

 

「呪いも魔術に変わりない。俺の固有魔術【愚者の世界】の影響下じゃ条件満たしても起動できねーってことさ。ま、めでたしめでたしってことで」

 

「……ぐ、『愚者』だと…?魔術の起動を…封殺……?」

 

 ゼーロスが何かに気付いたように目を見開いて、グレンを真っ直ぐ見る。

 

「う、噂に聞いたことがあるぞ…宮廷魔導士団の…まさか、貴公があの……?」

 

「さぁな?なんのことだか、俺にはサッパリ」

 

 ぷいっとグレンがゼーロスに背を向ける。

 

「さて、と。ようやくこの馬鹿騒ぎが終わって…ああいや、まだこの事件を起こした黒幕が残っているが…とりあえず、そいつは横に置いておいて、だ」

 

(まぁ、黒幕は大体想像がつくんだけどな)

 

 ジョセフは、周囲を見回し、やはり本来陛下の側についているはずのある女性がいないことに気付いた。

 

(ま、あとは『星』と『戦車』に任せるか)

 

 ジョセフは改めて周囲を見渡す。結界の外に締め出された生徒達、講師達、衛士達が、何が起きているのかまるで理解できず、困惑にどよめいているようだった。

 

『なぁ、先生……』

 

「ああ、どう説明すっかな…てか、収拾つくの?これ」

 

 事後処理の方法に、頭を悩ますグレンと、どう立ち去ったらいいのか、思案するジョセフであった。

 

 

 




次で、二巻ラストです。

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