それでは、どうぞ(笑)
「むぅ~~ッ!」
学院校舎を飛び出したリィエルが、学院敷地内を駆ける。
目指す先は学院の外だ。
(に、逃げなきゃ!とにかく、逃げなきゃ……ッ!?)
リィエルは、焦燥に任せて足を回転させ、一陣の風のように駆ける。
その脳裏に思い返されるのは、あの変なドリル歯を削られた時の、身の毛もよだつような異次元の痛みだ。
(あれが治療だなんて、絶対、嘘……あれは多分、拷問……でも、なんでグレンは、わたしに拷問を……?)
ぐるぐると混乱する頭で、リィエルは必死に考える。
(そうだ……きっと、グレンは、わたしの頭が悪いから、おしおきするつもりなんだ……ッ!)
冷静に考えれば、100%そんなことはあり得ないのだが……頭が大混乱中のリィエルに、そんなことに気を回す余裕はない。
とにかく、あんな痛みは、もうこりごり。一刻も早く、この学院から逃げなければ。
そう思って、リィエルが学院正門から、敷地の外に出ようとすると――
ばんっ!
「きゃんっ!?」
門をくぐろうとした瞬間、リィエルは不可視の壁に跳ね返されていた。
「な、何、今の……?」
学院の外に出られず、リィエルが呆気に取られていると。
「ククク……無駄だ、少女よ!」
狂気的な笑みを浮かべた男――オーウェルが、リィエルの前に現れる。
「こんなこともあろうかと、以前、学院の防御結界の制御式をハッキングし、この私が完全掌握しておいたのだッ!今やこの学院敷地内は、完全封鎖されたッ!君はもう逃れられぇげぇええぐぉおおお――ッ!?」
オーウェルの言葉は、その首にチョークスリーパーをかけたグレンによって封じられた。
「どんなことを想定してんだよ、てめぇは……ッ!?ていうか、普通に犯罪だろ、それ……ッ!?」
「い、いや……私はただ、生徒達をこの学院内に閉じ込め、その中にゾンビ型魔導人形を無数に放ち、吊り橋効果の研究をしようという、学術的に非常に崇高なる目的のために――」
「死ねぇええええええええ――ッ!!」
そのまま、グレンはオーウェルの後頭部を、バックドロップで後方の地面へと叩き付けるのであった。
そうこうしている間に、追いついた生徒達が、リィエルをわらわらと取り囲んでいく。
「悪いな、リィエルちゃん!捕まえさせてもらうぜ!」
にじり寄るカッシュが、リィエルへそう宣言する。
「そ、そんな……皆、どうして?なんで、わたしをいじめるの……?」
涙目で怯えるリィエル。
「いじめではありませんの!」
「そうですよ、虫歯は早く治さないと後々大変なことになるんですよ?」
「う、うん……だ、だから、早く治療を受けよう?……ね?」
だが、ウェンディ、テレサ、リンの必死の説得も届かない。
「やだやだやだ!あんな痛いことをして、治るわけない!皆、だましてる!」
ぶんぶんっ!と、リィエルは首を回して拒否する。
「はぁ……面倒臭い。先生、どうするんです?」
呆れたように眼鏡を押し上げるギイブルの言葉に。
「ええい、しゃらくせえ!かかれ者どもぉおおおおお――っ!」
まるで悪代官のような号令をかけるグレンであった。
それを皮切りに、生徒達が四方八方からリィエルへと飛びかかった。
「「「「うぉおおおおおお――ッ!」」」」
だが、帝国宮廷魔導士団特務分室の執行官ナンバー7≪戦車≫のリィエルの名は、伊達ではない。
リィエルは一斉に飛びかかってくる生徒達を、卓越した体捌きでひょいひょいとかわしていく。
「先生、駄目です!全然、捕まりませんっ!」
「ぐぬぬ……わかってはいたが、一筋縄ではいかんか……ッ!」
こんな時に、ジョセフとアリッサがいないのはかなり痛い。
因みに、ジョセフ達の方はというと――
「――てなわけで、そう言う形で収めといて。え、どう考えてもバレるんじゃないかって?いいから、やってッ!でないと、姉さんに殺されるからッ!お願いしますッ!」
――今回の破壊の全責任をフランクとティムになすりつけるという(セクハラ発言をしたため)ことを職員に口裏を合わせてもらおうと、ダーシャの監視の下、動いていたのであった。
まったく捕まる気配のないリィエルを前に、グレンがどうしたものかと歯噛みしていると。
「フゥハハハハハハハハハハハハ――ッ!この私に任せるがいいッ!」
早くも復活したオーウェルが、懐から石盤型魔導演算器を取り出し、それをピピピッと、見事な手捌きで操作すると――
ニョキニョキニョキ――ッ!
突然、リィエルの周囲の地面に、円形の地雷がタケノコのように無数に生え、その一帯を、足の踏み場もないほどに埋め尽くした。
「こんなこともあろうかと、学院中に地雷を仕掛けておいたのだぁあああああああああああああああああ――ッ!」
「だからさぁ――」
グレンはオーウェルの身体を逆さに抱え上げ、空高く跳躍し――その首を自分の肩口に乗せ、その両足を股裂きにしてクラッチし――
「どんな事態を想定してんだよぉおおおおおおおおおお――ッ!?」
「ギャアアアアアアアア――ッ!?」
――そのまま、激しく着地。
その衝撃で、オーウェルの背骨と首、腰、股の関節に多大なダメージを与えるのであった。
「そ、その技は『五所蹂躙絡み』……まさか使い手がいたなんて!?」
「し、システィ、詳しいね……」
戦慄に震えるシスティーナと曖昧に笑うルミアを余所に、グレンはオーウェルの身体をぽいっと捨て、リィエルに向き直った。
「とりあえず、この変態マスターの犯罪行為には目をつぶるぜ!これだけの地雷があれば、さしものリィエルも身動きは取れまい――ッ!?」
勝利を確信するグレンだったが。
どっかぁああああんっ!
「ぎゃ――っ!?」
ちゅっどぉおおおおんっ!
「ぎょええええええ――ッ!?」
「うわ――ッ!?死にたくない――ッ!?逝きたくな――」
ずっどぉおおおおおんっ!
「ごふっ……も、もし俺が死んだら……俺の部屋のベッドの下にある聖書を何も言わずに処分してくれ……」
「それは性書だろ、しっかりしろ、ルーゼルぅうううううう――ッ!?」
どっかぁああああああんっ!
そこは……突然、出現した地雷に次々とひっかかって、爆発に巻き込まれる生徒達の地獄絵図だった。
肝心のリィエルは、絶妙なバランス感覚と動物的勘で、一つたりも地雷を踏んでいない。
「デスヨネー」
脂汗をだらだらと垂らすしかない、グレンであった。
「おいっ!オーウェルッ!さっさと、あの謎の地雷どもを引っ込めやがれッ!あれじゃ意味ねーだろ!?」
「むぐぅ……し、仕方あるまい!」
オーウェルが、再び魔導演算器を操作すると、地面を埋め尽くしていた大量の地雷が綺麗さっぱり消えた(どうやら転送魔術の一種らしかった)。
「ん――っ!」
これ幸いにと、リィエルがその場から猛然と走り去っていく。
後に残されたのは、黒焦げになって気絶し、死屍累々と倒れ伏す生徒達……約十数名。
「…………」
「…………」
しばらくの間、グレンとオーウェルはそんな破滅の光景を眺めて。
「何か言い残すことはあるか?」
そんなグレンの言葉に。
「ふっ!失敗は成功の母!次ある機会には、地雷密度三倍!威力十倍にしたものを、グレン先生に披露して差し上げよう!是非、期待――」
「――するわきゃねぇだろぉおおおおおおおおおおおおお――ッ!?」
再び、グレンは『五所蹂躙絡み』の形で、オーウェルを持ち上げ、空高く跳躍するのであった――
「さぁて……んじゃ、行きましょうかね~」
所変わって、領事館のエントランスホールにて。
軍服から学院の制服に着替えたジョセフの顔は――すでに疲れ切っていた。
「ふぅ~~、終わった……」
アリッサも、虫歯の治療が終わったらしく、同じく軍服から制服に着替えてジョセフの隣を歩いていた。
結局、アリッサは虫歯をドリルで削るという想像を絶する痛みを味わわずに済んだ。
というのも、虫歯になった部分がぐらぐらしていたからドリルで削らず、麻酔をかけ、歯を抜いたのだ。
まぁ、なんやかんやでアリッサの虫歯はすんなりと解決することができた。
「はぁ、とにもかくにも……これからは菓子はあんま食べ過ぎないようにな」
「ジョセフが作ったお菓子が美味しいから、しょうがない――」
「おい、何、人のせいにしとんのじゃ」
「いひゃい」
虫歯で腫れていなかったアリッサの頬の方を、ジョセフはジト目でつねる。
「はぁ……お前ってやつは……」
ため息を吐いて、頭を掻くジョセフ。
「ねぇ、ジョセフ」
すると、アリッサがぎゅっと、ジョセフの腕に絡みつく。
「まだ次の授業まで時間があるから、ちょっと寄り道しない?」
そう言って、胸を押しつけるアリッサ。
そして――
ごちんっ!
「……バカ言わないで、さっさと行くぞ」
「……痛い……」
アリッサが何をしようとしていたのか察したジョセフが、アリッサの頭にゲンコツをかまし、アリッサは涙目で頭を押さえながら、蹲る。
「まったく……お前、あれから積極的になり過ぎでしょ……」
「女はそういうもん――」
「嘘つけッ!そんなわけないだろッ!?」
「そうかしら?ひょっとしたらウェンディもテレサも――」
「……あの二人が聞いたら、激おこだぞ、それ……それよりも、さっさと行くぞ」
呆れながら学院へ向かうジョセフ。
「……むぅ」
帰りにジョセフの部屋に押しかけてやる。
ジョセフの背中を見ながら、アリッサはそう思うのであった。
所変わって、校舎裏にて。
「はぁー……はぁー……はぁー……」
逃げてきたリィエルが、校舎の壁に手をつき、息を整えていた。
ズキリ!
「痛い……」
微かに顔をしかめるリィエル。虫歯の痛みはどんどん酷くなるばかりだ。
「ぐすっ……でも……」
リィエルが涙目で唸っていると。
「ふっふっふっ……見つけたよ、リィエル君……」
今度は怪しげな男――ツェスト男爵が悠然と、リィエルの前に現れていた。
「……む。グレンが絶対に近付いちゃ駄目って言っていた、変な人……」
警戒の色を見せ、リィエルがじりじりと後ずさりする。
「ふ、ふぉおおお……虫歯の治療を嫌がって、涙目で我慢している少女ぉ……KYWAEEE――ッ!?」
「……?」
突然、意味不明なことで興奮し始める男爵を前に、さすがのリィエルも動揺と恐怖を覚えるのであった。
「さて。こうして君の穢れない美しき涙を堪能するのもオツではあるのだが……やはり、私は紳士として、君のような可憐な少女が痛みに喘ぐのは、胸が張り裂けそうになるほど心苦しい……とうわけで、リィエル君。ご同行を願えるかね?」
「……やだ!絶対やだ!」
虫歯の治療はもちろん嫌だが、この気持ち悪い男についていくのが、生理的に無理だった。
「そうこなくっゲフンゲフン!それは残念だ……ならば、少々力尽くで言うことを聞かせるしかないね」
男爵がゆるりとステッキを構え、ぶつぶつと何事かを唱え始める。
(――呪文!?させない!)
咄嗟に、リィエルが弾丸のように前に駆け出し、男爵に体当たりしようとして――
ジュルジュルジュル――ッ!
突然、リィエルの足下から、ローブ状の何かが大量に生えて、あっという間にリィエルの全身に絡みついて縛り上げ、宙吊りにしてしまうのであった。
「な……何これ……?」
リィエルの身体に無数に巻き付いているのは、タコかイカのような触手であった。その表面にはぬるっとした粘液がたっぷり滴っており……
「き、……気持ち悪い……」
リィエルは不快感と嫌悪感に身をよじらせるしかない。
だが、無数の触手にガッチリ捕らえられたリィエルの身体は、まったく動けなくなってしまう。
「ふふふ、捕まえたよぉ……」
どこか恍惚とした表情で、そんなリィエルの姿を眺める男爵。
「うぅ……ううう~~ッ!?」
自由を奪われたリィエルが、じたばたと涙目で暴れるが、一向に逃れられそうな気配はなかった。
「さて……大人しく虫歯の治療を受けてくれる気になったかな?」
「や、やだ!それだけはやだ!」
「そうこなくっゲフンゲフン!それは残念だ……紳士としては、嫌がる少女に無理矢理……というわけにはいくまい……ここは君がその気になるまで、説得と行こう……」
男爵が、ぱちんと指を鳴らすと。
リィエルの全身に絡みつく触手が、うねうねと蠕動し始める。
ぬめる触手が、リィエルの太ももや二の腕、脇、うなじ、耳、お腹などをネチョネチョと撫であげていく――
「んうっ!?……あぅっ!?うぅ……な、何?くすぐっ……ッ!?なんか……変な感じ……ひゃんっ!?はぁ……はぁ……うぅ……」
全身を襲う妙な感触に、リィエルの身体は次第に火照っていき、息は荒げられ、悩ましげに四肢をくねらせていくのであった……
……それを傍から見れば。
リィエルは、誰も居ない空間に向かって、「くっ、殺して」だの「絶対に負けない」だの、ぶつぶつ言いながら息を荒らげ、ビクビク身悶えしているだけだった。無論、彼女を縛る触手など一本も見当たらない。
「ふっ……精神支配魔術とは、こうやるのだよ」
そんなリィエルの姿を前に、ツェスト男爵が得意げに、ドン引きのグレン達へ振り返る。
「今のリィエル君は幻覚の中で、ありもしない現実と戦っている……精神支配は、かける瞬間を悟られてはいけない。戦いが始まった瞬間に勝負がついている……それこそが基本であり理想なのだよ。わかるかね?」
「ああ、見事な手並みだ……」
それだけは感嘆したように呟くグレン。リィエルとて軍の魔導士。精神防御力は決して低いわけじゃない。正面からまともに精神支配をかけようとしても、絶対に不可能だ。
だが、ツェスト男爵は意味不明な言動でリィエルを動揺させ、その心の間隙を衝いて、眼力で精神支配を差し込んだのだ。その後の呪文詠唱は、ただのフェイクに過ぎない。
流石は、第六階梯に至った魔術師――といったところであった。
「あんたのお手柄だ、男爵。だがな……俺達が言いたいことは一つだ」
涙目で身悶えするリィエルを、ハァハァしながら眺めている男爵を。
グレンや生徒達は、そんな男爵の手足や背中を、がっしり掴んで――
「「「「倫理的にアウトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!」」」」
全身共通の魂の叫びと共に、男爵を校舎の壁に叩き付けるのであった。
「ぐぉおわぁあああああ――ッ!?な、なぜだぁ!?世界共通の紳士協定『YESロリータ、NOタッチ』を遵守していると言うのに――ッ!?」
「ドやかましい、この性犯罪者!死ねッ!マジで死ねッッッ!」
倒れ伏す男爵に、グレンがげしげしと蹴りを入れまくっていると。
「――はっ!?」
男爵の精神支配魔術を脱したリィエルが、グレン達の姿を見つけ、そのまま再び逃げ出すのであった。
「せ、先生、リィエルがまた逃げちゃいましたよ!?」
「ええい!追うぞ!者ども、俺に続けぇええええええ――ッ!!」
グレンも生き残りの生徒達を引き連れて、リィエルを追っていく――
学院校舎入り口にて。
「さぁて、なんとか間に合ったな」
ジョセフとアリッサは学院校舎に入り、二年次二組の教室に向かっていた。
「ねぇ、ジョセフ。放課後、貴方の部屋に来ていい?」
ふと、ぎゅっとジョセフの裾を掴むアリッサ。
「今日?俺の部屋に?お前……はぁ、まぁ、いいけど」
「本当に?じゃあ、今日も一緒に――」
アリッサの意図を察したジョセフが、ため息を吐きながらそう言った途端、アリッサはさっきまでの不機嫌さとは一転、機嫌が良くなった――その時。
「む~~~ッ!」
不意に、廊下の曲がり角から何かが猛然と飛び出してきて――
「ぶっ――ッ!?」
その何かに膝蹴りを喰らわされるようにアリッサの顔面にクリティカルヒットした。
「……え?」
ジョセフは一体、何が起きたのかわからず、硬直する。
そして、振り返ると、その猛然とダッシュしてアリッサと激突した何かの正体は――
「む~~~ッ!」
リィエルだった。
「リィエル?あいつ、どうしたん?」
まるで何かに追われるように逃げていったリィエルをぽかんと眺めるジョセフ。
すると――
「リ ィ エ ルゥウウウウウウウウ――ッ!」
むくり、と。起き上がったアリッサはこめかみに青筋を何本も立たせていた。
そして、無数の剣を召喚し――
「待ちなさい、リィエルゥウウウウウ――ッ!!」
そして、逃げるリィエルを追って行った。
「…………」
それを、ジョセフはポカンと呆然と眺めるしかなかった。
今回は、ここまでで(笑)