ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ(笑)


虫歯がある帝国の脳筋少女と連邦の脳筋少女がぶつかるとこうなります(笑)5

 さらに所変わって、学院校舎内のハーレイの研究室にて。

 

「なんだ、この駄作は!?貴様らは一体、何年魔術をやっていると思っているッ!?ええい、書き直せッ!」

 

 ハーレイが先ほどレポートを提出してきた生徒達数名に、そのレポートを突き返し、説教をしていた。

 

「文献調査も考察も甘すぎるッ!貴様ら、魔術を舐めているのか!?」

 

「す、すみません……」

 

「改善点と貴様らが読むべき文献の目録をつけておいたッ!それを隅々まで熟読して、明日の朝までに仕上げろッ!わかったな!?」

 

「「「「は、はいっ!」」」」

 

「それと!私はこれから次の学会の発表論文の執筆で忙しいッ!絶対に他の生徒達をこの部屋に近付けるなよ!?いいなッ!?」

 

「「「「わ、わかりましたぁッ!」」」」

 

 蜘蛛の子を散らすように退散していく生徒達。

 

「まったく、どいつもこいつも……」

 

 ハーレイが、しんと静まりかえった研究室内で、苛立たしげに息を吐く。

 

「…………」

 

 だが、しばらくすると、ハーレイは妙にきょろきょろと周囲を見回し、扉の外や窓の外の様子を窺い、誰も居ないことを確認する。

 

「……よし」

 

 そして、ハーレイは執務机の引き出しの中から何かを取りだし、机の上に置いた。

 

「ふぅ……さっきはいきなり生徒達が押しかけて来て、慌てて片付けたから、崩れていないか不安だったが……どうやら大丈夫だったようだな?」

 

 それは、瓶の中に精巧な船の模型が入ったボトルシップだ。その瓶の中の船の模型はまだ未完成だったが……

 

 ハーレイは長いピンセットで、模型の小さな部品を摘み、瓶の中へと差し入れ、模型を組み立て始める。

 

「も、もう少しで完成だ……」

 

 魔術でやれば、組み立てには恐らく一時間もかからないだろう。だが、あえて魔術なしで、自らの手と道具のみで、何日もかけて組み上げていく。

 

 この作りは、ハーレイの唯一の趣味であった。

 

 無駄は嫌いだ、排除すべきだ、と公言するハーレイにとっては、絶対、周囲に知られたくない秘密であった。

 

 そして……ハーレイの一ヶ月越しの努力が……ついに実る。

 

「……や、やった!」

 

 先ほどはもう少しというところで、生徒達のせいで中断されてしまい、つい苛立ってしまったが……もうそれは吹き飛んでしまった。やはりこの達成感は何ものにも代え難い。

 

 そして、今回のボトルシップは大作だった。船の模型の大きさも、部品の数も、精巧さも完成度も、今までのものとは比較にならない。

 

「ぉおおお……つ、ついに……」

 

 常に眉間に皺を寄せる神経質なあのハーレイが、この時ばかりは、まるで子供のような表情で、完成したボトルシップを眺めていると……

 

 どがぁああああああんっ!

 

 ハーレイの研究室の壁がいきなり倒壊し、何者かが飛び込んでくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 どがっしゃああああああんっ!

 

 誰かの悲鳴と、破壊音が学院校舎内に響き渡る。

 

「先生、今の悲鳴って……ッ!?」

 

「ああ、ハンドボール先輩の研究室からだッ!」

 

「確か、リィエルちゃんはあの方向に逃げていったよな!?」

 

「だとしたら――おい、お前らッ!行くぞッ!」

 

 グレン達は、ハーレイの研究室に大急ぎで向かう。

 

 そして、ハーレイの研究室に辿り着いたグレン達が見た光景は――

 

「なっ――ッ!?」

 

 ハーレイの研究室内は、悲惨な光景になっていた。

 

 壁が倒壊し、本棚が倒れ、積んであった論文の山が崩れ、机と椅子が乱暴に蹴散らされ、窓ガラスが割れ……

 

「一体、何が……」

 

 そして極めつけは、ハーレイが壁にめり込んでしまい、プリケツをさらしたまま壁のオブジェと化していた。

 

「何があったの、ハー先輩ぃいいいいいいい――ッ!?」

 

 どこからどう見ても、リィエルが逃げ込んで暴れたとは思えない光景に、グレンは叫んだ。

 

「いや、マジで何があったの!?どう見ても、リィエルだけが原因じゃないよな、これ!?」

 

 そうグレンが頭を抱えると。

 

「せ、先生!この剣って――ッ!」

 

 すると、ルミアが、研究室の一角に突き刺さっていた剣を見て指さす。

 

 その剣はグレン、システィーナにも見覚えがあった。

 

「この剣は、アリッサのやつかッ!?」

 

「ええ!となると、もしかして、ジョセフとアリッサって、すでにこの学院に――」

 

 もし、ジョセフ達が帰ってきたとなると、リィエルを捕獲するのが格段と楽になる。

 

 ようやく希望が見えた(アリッサの剣がハーレイの研究室で刺さっているのが、気になるが)――その時だ。

 

 ちゅっどおおおおおおおんっ!

 

「うぎゃぁあああああああああああ――ッ!?」

 

 どっかぁああああああああああんっ!

 

「ひぇええええええええええ――ッ!」

 

 学院校舎内のあちこちから爆発音や悲鳴が響き渡った。

 

「な、なんだッ!?」

 

 あちこちで破壊音と悲鳴が響き渡り、グレン達が戦いていると。

 

 どっかぁああああああんっ!

 

 ちょうどグレン達の真下にある学院校舎の壁がぶち破られ、そこから一人の少女が逃げ出すように飛び出し、彼女を追うように自身の周囲に剣を召喚した少女が飛び出していた。

 

 リィエルとアリッサだ。

 

 アリッサから猛然と逃げるリィエルをこめかみに青筋を立てまくって、無数の剣を召喚してはリィエルに向けて飛ばすアリッサ。

 

 そんなただならぬ追いかけっこを演じながら、二人は前庭に向かっていく。

 

 ていうか、今のアリッサって、もしかして……

 

「……あの、先生?アリッサって、もしかして……?」

 

 なんか、猛烈に嫌な予感がしたシスティーナが、グレンに向くと。

 

「ふっ……その前に、俺がまだ軍にいた時に聞いた話を、お前らに聞かせよう」

 

 すると、グレンはまるで悟りを開いたかのような、似合わないほどの聖人の顔をして、生徒達に語りかけた。

 

「それはな……もし、特務分室とデルタがマジでぶつかったらどうなるかって話なんだが……」

 

 そう切り出したグレンに、生徒達は固唾を呑んで耳を傾ける。

 

 ……同時に、なんか嫌な予感も感じて。

 

「まず、特務分室一人とデルタ一人がぶつかった場合……その場所は更地になる」

 

「…………」

 

 なんだろう。今、さらっとヤバいこと言わなかった?

 

「特務分室半数とデルタ半数がぶつかった場合、フェジテ程度の都市ならば半分は軽く更地になる」

 

「…………」

 

 段々と、青ざめていく生徒達。

 

「そして、特務分室とデルタが全面衝突した場合……フェジテ程度の都市は地図上からなくなる」

 

 爽やかな顔でさらりと言うグレン。

 

「えっと……先生、つまり、それって……」

 

 脂汗をだらだらと流しながら青ざめているシスティーナが、恐る恐る聞くと。

 

「つまりだ、白猫……」

 

 グレンは目を閉じる。しばらく目を閉じて――

 

 かっ!と目を見開いて――

 

「全ッ然、大丈夫じゃねえ!今すぐ止めねえと、ここ、更地になっちゃうッ!」

 

「ですよねぇ――ッ!」

 

 そう叫ぶグレンに、システィーナが頭を抱える。

 

「ええい、今すぐ止めに前庭に向かうぞッ!更地になるとかマジで洒落にならーんッ!!」

 

「で、でも、どうやって止めるんですか!?あの状態で止められる人なんて、ジョセフ以外いませんよ!?」

 

「ですよねぇッ!仕方ねえ、誰かジョセフを探せッ!そして、前庭に連れて来いッ!残りはリィエル捕獲とアリッサを止めに行くぞッ!」

 

 正直、めっちゃ怖いが、ジョセフを探しに行った一部の生徒達を除き、グレン達はリィエルとアリッサが向かった前庭に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「んんんんん――ッ!」

 

 逃げる、ひたすら逃げる。

 

 背後からは――

 

「リィエルゥウウウ――ッ!待ちなさいぃいいいいい――ッ!」

 

 完全にブチ切れ状態のアリッサが、剣を召喚して猛然と追いかけてくる。

 

「止まれと、言ってるでしょ、この脳筋バカぁああああああ――ッ!!」

 

「んんん――ッ!!」

 

 剣が飛んできて、刹那、爆発する。

 

 それを何とかギリギリで躱すリィエル。

 

 そんな、カーチェイスならぬ、ヒューマンチェイスが学院敷地内で繰り広げられ、被害が多発していく――

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

「なんで、止まらないのよ!?いい加減、止まりなさいよ!?」

 

「いやだ!絶対いやだ!」

 

「ええい、止まれって言ってるでしょ!」

 

 ちゅどぉおおおおおおおおおおん――ッ!

 

「いやだ!痛いから、絶対いやだ!」

 

「はぁ!?痛いのはこっちよ!突然、顔面に膝蹴り喰らったのよ!貴女に!いいから、止まりなさい!」

 

「やだやだやだやだぁああああああ――ッ!!」

 

 そんな風に、デスレースをリィエルとアリッサが繰り広げている中。

 

「……先生」

 

「……どうした、白猫?」

 

「これ……止められるんですか?」

 

「あ、あはは……」

 

 グレンとシスティーナは呆然と見つめ、ルミアは苦笑いするしかなかった。

 

「「「「…………」」」」

 

 カッシュ、ウェンディ、ギイブル、セシル、テレサ、リン――他の生徒達も、戦場になってしまった光景をぽかんと見るしかない。

 

「どうすんの、これ……?」

 

 止めないと、学院が更地になる。

 

 だが、止められるのかというと多分、無理である。

 

 システィーナが、そんなことを思っていると。

 

「ええい、このままじゃ放置したら、俺の給料が減っちゃうッ!いや、すでにヤバいことになっているけど、このままじゃ、永遠にシロッテ生活じゃあああ――ッ!?」

 

 このままだと永遠のシロッテ生活が待っていると、考えただけでも絶望しかない状況を想像したのか、グレンは意を決して、帝国と連邦の脳筋少女達の間に割って入る。

 

「リィエル!お前、いい加減に虫歯の治療を受けろッ!そして――」

 

 だが、そう言い終わらない内に――

 

「こうなったら、無理にでも止めてやるッ!」

 

 最早、ガキ切れ状態のアリッサには、グレンは目に入っていないらしく、剣をリィエルに向かって飛ばす。

 

 剣はリィエルの周りに次々と刺さる、そして、爆発する。

 

 そこには、運悪くグレンがいて――

 

 ちゅっどぉおおおおおおおおおおおおおおおん――ッ!

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 爆発をまともに食らったグレンが、お空高くへかっ飛ばされていき――

 

 そして、生徒達の前に落っこちてきて、頭から地面へIN。無様なプリケツを晒していた。

 

「せ、先生!?」

 

「し、しっかりしてください、先生!」

 

 慌てて、グレンの元に駆けつけるシスティーナとルミア。

 

 一方、リィエルは、爆発をなんとか躱していた。

 

「だいたい、なんで逃げ回っているのよ!?」

 

「逃げないと、グレン達に捕まるッ!虫歯の治療、絶対いやだ!」

 

「はぁ!?そんなのさっさと治療しなさいよ!ていうか、まさか、そのまま放置する気!?」

 

「痛いの、絶対やだ!だから、治さない!」

 

「いや、だから治しなさいよ!?」

 

 リィエルに至極真っ当なツッコミを入れるアリッサ。

 

 だが、そんな常識、今のリィエルが聞き入れるはずがなかった。

 

「いやだ!あんな痛いの、治療じゃない!きっと、グレンはわたしが頭悪いからっておしおきをしようとしているに決まっているの!」

 

「どこをどう考えたら、そんな結論になるのよ!?」

 

「やめてって、何度も言ったのに……グレン、無理矢理、言うことを聞かせようとする……わたしのためって言ってるけど、絶対、嘘」

 

「それは、貴女が治療を頑なに拒否するからでしょうがッ!あと、それ、絶対嘘じゃないと思うんですけど!?」

 

「嘘!だって、本当に痛かった!死ぬかと思った!」

 

「死ぬほど痛いわよ、虫歯って!私だって、今日、虫歯の治療をしたわよ!だから、貴女も大人しく受けなさいッ!ていうか、そのまま、放置しても痛みは酷くなるばかりよ!」

 

「でも、グレンは、クラスのみんなにも命令して、わたしを捕まえようとしてる。わたしが言うこと聞かないから」

 

「そこは、言うことを聞けぇッ!!」

 

 そう言い合いながら、追いかけっこを演じる二人。

 

 ああ、アリッサがキレている理由がわかった。

 

 虫歯が発覚→不機嫌になる→虫歯を治療(その前に、ダーシャと領事館で大暴れしているが)→リィエルの膝蹴り→ぶち切れ→現在に至る。

 

 ということを、生徒達はようやく理解した。

 

「で、でも、どうするのよ!?これ」

 

「このままじゃ、いつまでたっても、リィエルの治療ができない……」

 

 ようやくグレンを引っこ抜いた、システィーナとルミアが、狼狽える。

 

「ジョセフはまだなの!?ていうか、どこにいるのよ!?」

 

 もうこの状態を止められるのは、ジョセフかセリカぐらいしかいないのだが、ジョセフはまだ見つかってないのか、一向に来る気配がない。

 

 最強の第七階梯であるセリカも、今日はアルザーノ帝国教導省が、帝国各地に存在する各教育機関から代表者を集め、行った『合同教員研修』で魔術学院の代表として、長期出張だ。確か、今日帰ってくるはずだが、まだ帰ってきていない。

 

 この二人が不在な今、どう止めようかと、システィーナが頭をフル回転して考えていた、その時だ。

 

「アリッサも、グレンと同じ、おしおきするなら……斬るッ!」

 

 追いかけ回され、追い詰められたのか、リィエルがくるりと回れ右し、大剣を高速錬成する。

 

「だから……ああもうッ!いいわ。このまま黙らせてあげる」

 

 アリッサも周囲に無数の剣を召喚する。

 

 そして、一撃で決めるつもりなのだろう。二人は真正面から互いに突撃する。

 

「いいいいいいいいいいいいいいいいやぁああああああああああああああああああああああああ――ッ!」

 

「はぁああああああああああああああああああああああ――ッ!」

 

「ま、まずいわ……ッ!ちょっと、二人ともッ!落ち着いてッ!」

 

「システィッ!?だめ、危ない――ッ!」

 

 このままでは、危険だと感じたシスティーナが、我が身を顧みず、止めに入ろうとする。

 

 だが、完全に頭に血が上った二人に、システィーナの存在は気付かない。

 

 彼我の距離はどんどん縮まる。

 

 システィーナが止めに入るが、どう見ても、止められるとは思えない。

 

 頭に血が上ったあまり、大剣と剣を振り回し、そして止めに入った女子生徒に怪我を負わすという惨事が形成されそうになった……その時だ。

 

 不意に、リィエルの背後から何かの物体がリィエルを追い越し、アリッサに向かって飛んでいき――

 

「ぶ――ッ!?」

 

 再び――今度はリィエルの飛び蹴りではなく、上手く形成された板のような物に下に車輪が四つ付いた物体がアリッサの顔面に直撃。

 

 そのまま、アリッサは仰向けに地面に倒れ、気絶する。

 

「――ッ!?」

 

 相手が突然、倒れ、気絶したため、リィエルは急に止まるが。

 

 がしっ!

 

 今度は、背後から両肩を掴まれるリィエル。

 

「な――ッ!?」

 

 いつの間に背後に立たれたのか、リィエルが振り返ろうとするが。

 

 ぐるんっ!

 

 途端、景色が突然変わり、やがて、上下逆転する。

 

「てぇやッ!」

 

「きゃんッ!」

 

 そして、リィエルは地面に叩き付けられ、気絶した。

 

「……え?」

 

 突然、二人が気絶したことで、何が起きたのかわからず、硬直するシスティーナ。

 

 他の生徒達も、目を点にする。

 

 すると。

 

「やれやれ……今日はなんでこんなに忙しいんですかね……」

 

 リィエルに背負い投げをした少年が、手をぱんぱんとはたき、ため息を吐いていた。

 

 システィーナがその少年に目を向けると。

 

「ジョセフッ!?」

 

 ジョセフがいかにも心底疲れ果てたような顔で立っていた。

 

「ったく、リィエルはなぜか逃げていたし、そのおかげでアリッサが膝蹴りを喰らって、キレて、追いかけ回すし、本当にもう……ていうか、なんでリィエルは逃げ回ってたん?」

 

「あ、えーと、それは――」

 

 リィエルがなぜ逃げ回っていたのか聞くジョセフに、システィーナはとりあえず、昼休みからの経緯を話し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

「ああ、そういうこと。虫歯の治療で、あまりの痛さに逃げ出してしまったのね……それは、災難なこって……」

 

 事情を聞いたジョセフが、周囲を見回す。

 

 美しい草木が整然と植えられていた前庭は……完全に不毛な焦土と化している。

 

「はぁ……虫歯一つで、なんでこんなことに……?」

 

 一方のシスティーナも、心底疲れ果てていた。

 

「まぁ……これでようやくリィエルに虫歯の治療を受けさせることができるだろうよ……本当に手間がかかる……」

 

 ジョセフは、さきの背負い投げで気絶していたリィエルへと歩み寄り、足で揺り起こす。

 

「おい、リィエル。起きろ」

 

 しばらくすると。

 

「……ん……?ぅ……」

 

 リィエルが、朦朧とする意識のまま、のそりと身を起こし――

 

「……もご?……ぺっ」

 

 小さな石ころのような何かを、口から吐き出していた。

 

「ん?」

 

 ジョセフはリィエルが吐き出したものに気付き、拾い上げる。

 

 それは――

 

「これ……歯だな」

 

「えっ!?」

 

 システィーナが素っ頓狂な声を上げ、ジョセフの元に駆け寄る。

 

 よく見れば、確かに歯――しかも、虫歯であった。

 

「ふーん……元々、根が弱っていた歯だ……さっきの衝撃で取れたな?」

 

 そう言って、ジョセフはリィエルの前に屈み込み、その口を開けさせる。

 

「ほれ、あーん……ふむ?お、リィエル、お前は運が良い!」

 

「ど、どうしたの、ジョセフ君?」

 

「いや、さっき取れた虫歯、どうやら乳歯だったらしくてな」

 

「え?乳歯?」

 

「ほんの少しだけど、その下から新しい歯が生えかかっている。他にも虫歯らしい虫歯はないし……歯の治療はいらんな」

 

 システィーナとルミアが、交互にリィエルの口を覗き込めば……確かにジョセフの言うとおり、新しい歯が少し生えかかっている。

 

「もう、歯を削らなくてもいいの?痛いことしなくていいの?」

 

「ああ、大丈夫だろうよ」

 

「そう……ん……良かった……」

 

 ほっとしたように、どこか嬉しそうに頷くリィエル。

 

 だが――

 

「な、なんだよ……」

 

「これだけ追いかけ回して……このオチですか……?」

 

「な、なんか……凄く体力を消耗したような気がしますわ……」

 

「あ、あはは……」

 

 まさに骨折り損のくたびれ儲け。

 

 あれからリィエルを追いまくっていたのに、ジョセフが来てから、一瞬で珍騒動が終わってしまったという現実に。

 

 二組の生徒達は心底疲れ切ったように座り込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――後日。

 

 この珍騒動の総責任者として、グレンには、数々の校内器物損壊や生徒の(主にリィエルとアリッサ)の監督不行き届きに対する始末書の執筆と無慈悲なる減俸が課された。

 

 当然、グレンは再びシロッテ生活に戻るのであった(永遠にシロッテ生活は避けられたが)。

 

 因みに、領事館のダーシャとアリッサの暴走による破壊行為は、フランクとティムがアリッサに対するセクハラ発言が発端であったため、フランクとティムは始末書と無慈悲な減俸を課されるのであった。

 

 そして、リィエルが食後、熱心に歯磨きをする姿が見られるようになったのは、最早、言うまでもない。

 

 一方、アリッサはあの珍騒動の後の放課後、ジョセフの部屋に押しかけようとしたのだが、ウェンディとテレサもジョセフの部屋に押しかけるという結果になってしまったため、本来の目的を果たすことができなかったのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうそう。

 

「おい……ジョセフ=スペンサー。貴様に、話が――」

 

「ああん、なんて?」

 

「だから、貴様に話が――」

 

「ああん、ホイホイチャーハン?」

 

「き、貴様ぁ……ッ!くっ!グレン=レーダスッ!そもそも、貴様の監督が――」

 

「ああん、ホイホイチャーハン?」

 

「貴様らぁあああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 そして、ハイハイチャーハン先生が自身の大事な毛根にダメージを与えながら、掻きむしりまくっていたということもお忘れなく。

 

 

 







ホイホイチャーハン?

ここまでで(笑)

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