ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

それでは、どうぞ。


任務に愚直過ぎる男

 

 それは草木も眠る深夜の出来事。

 

 今宵は月もなく、街路灯の火もとうに落とされ、塗り潰されたような暗闇がフェジテの街を支配している。

 

 そんなフェジテの何処か、人知れぬ路地裏にて。

 

 突如、ごうと激しく火柱が燃え上がり、赤く燃え立つ焔が暗闇を灼いた。

 

「ヒャッハ――ッ!やったぜぇ!」

 

 黒いローブ――天の智慧研究会の礼服――に身を包んだ外道魔術師の男が、歓喜の叫びを上げた。

 

「仕留めた!あの≪星≫を仕留めたぞぉ――ッ!」

 

 男が放った獄炎の魔術が、己が前に立ちはだかった敵――帝国軍の魔導士を、ついに火達磨にしたのである。

 

 事実、今、男の眼前にそびえ立つ火柱の中には、その魔導士の影が閉じ込められ、揺らめいている。

 

 もう逃げられない。俺の勝ちだ。

 

「ヒャハハハ!噂の特務分室のエース様も大したことないなぁ――ッ!」

 

 完全に隠形していたはずの自分の前に、件の魔導士があっさりと現れた時は、心底、肝が冷えたが……終わってみれば実に大したことがない。

 

「いいぜぇ!あの≪星≫のアルベルトを仕留めたとなりゃあ、俺様の組織内での評価もうなぎ登りだ!そして、このままあのルミア=ティンジェルを手に入れれば――」

 

 男がそこまで言いかけた、その時。

 

 とっ!

 

 何処からか飛来してきた一条の雷閃が、ほんの刹那、闇を斬り裂き、その男の頭部を正確無比に刺し貫き――

 

 そのまま、男の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 男が永遠の眠りへと叩き落とされた場所から、およそ三千メトラほど離れた一際高い時計塔の天辺にて。

 

「……ふん」

 

 帝国宮廷魔導士団、特務分室執行官ナンバー17≪星≫のアルベルトは、眼下の暗黒に染まる虚空へ突き出していた左手の指をゆっくりと下ろす。

 

「自分が相手していたものは、光操作によって作り出された幻影……それにすら気付けぬとは、勝負以前の問題だ」

 

 遥か彼方、深淵の暗闇の先を鋭く突き刺すように見据えながら、アルベルトが誰へともなく呟いた。

 

「そうだろう?≪黒い悪魔≫」

 

 すると。

 

「……幻影で狙撃地点まで誘導して、仕留める……相変わらず神業なんですけど?なにをどうやったら、そんな神業ができるようになるんやら……」

 

 アルベルトの背後には、十五、六の少年がいつの間にか立っていた。

 

 アルベルトとは違い、黒のロングコートに身を包んだその少年は、ジョセフ……連邦陸軍第一特殊部隊デルタ分遣隊所属で、今はアルザーノ帝国魔術学院の留学生としてフェジテを中心に活動している連邦軍の軍人であった。

 

「大した事はない。何せ、これだけ接敵しているのだからな」

 

「チョットオニイサン、ナニイッテイルノカワカラナイナ」

 

 片言でそう言うジョセフ。

 

「距離三千メトラ級の魔術狙撃をそんな風に言えるのは、世界広しといえどもアンタぐらいしかいませんよ……そろそろ自分が超人だってこと自覚してくださいよ、ホントに」

 

「用件は何だ?≪黒い悪魔≫」

 

 アルベルトはジョセフに背を向けたまま、突き離すように鋭く問う。

 

「貴様が真逆、只、狙撃の見物に来た……そんな筈はあるまい?」

 

「相変わらずビジネスライクなんですから……まぁ、ええわ」

 

 ジョセフが一通の書状を懐から取り出すと、それをアルベルトの背中へと放る。

 

 アルベルトはそれを目で追いもせずに必要最小限の動作で受け取り、封蝋を解いて広げ、文面に目を通す。

 

「…………ッ!」

 

 その途端、アルベルトの鷹のように鋭い目が、さらに鋭くなった。

 

「≪隠者≫のおっちゃんから次の任務、ということです。んじゃ、そういうわけで」

 

「……待て、ジョセフ=スペンサー」

 

 アルベルトの声色には、底冷えするような何かが混じり始めている。

 

「以下の真偽関係を調査せよ……『グレン=レーダスが天の智慧研究会と通じている可能性』……『現在、ルミア=ティンジェルを暗殺しようと暗躍している可能性』……この巫山戯(ふざけ)た情報の出所は何処だ?」

 

「さぁ?どーせ、お宅の軍の情報部か帝国保安局情報調査室……もしくは連邦中央情報局からじゃないですか?うちらには関係のない話です」

 

「ち……節穴共め。地獄へ落ちろ」

 

 忌々しげに舌打ちしながら、アルベルトは予唱呪文を時間差起動する。

 

 すると、書面は一瞬で燃え尽き、この世から完全消滅した。

 

「まぁ、言いたいことはわかりますよ。やけど、相手は天の智慧研究会。『まさか、この人物が件の組織の――?』なんてこと、一度や二度だけじゃないですし。エレノア=シャーレットがいい例じゃないですか」

 

「…………」

 

「こんな情報が上がってしまった以上、一度、調査はする必要があります。……俺もおっちゃんも杞憂だと信じたいけど……最近の先生の行動を見るとなぁ……」

 

「心中は察する」

 

 軍を辞めて教師となったグレンと、件の組織が仕掛けてきた騒動に今まで共に対処してきたのが、ジョセフだ。表向きは教師と教え子の関係でも、いざという時はお互い頼りになる存在なのである。

 

「≪星≫さん、胸糞悪い任務だとは思うけど……」

 

「是非も無い。任務として下された以上、遂行する……完璧にな。それだけだ」

 

 冷徹にそう言い放つアルベルト。

 

「まぁ、俺もルミアの近くにいて、先生のことを見ますわ……というわけで、よろしくです」

 

 ジョセフの言葉を背中で受け。

  

 アルベルトは屋根を蹴り、時計塔の天辺から飛び降りるのであった……。

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 優しい陽光が降り注ぎ、小鳥が囀る爽やかな早朝。アルザーノ帝国魔術学院へと続く通学路にて。

 

「あ、先生、おはようございます」

 

 ルミアが嬉しそうに笑い、手を振っていた。

 

 その笑顔が向けられる先には、いかにも『俺、眠いです、不機嫌です』といった按配のグレンが、交差点で待っていたルミア達の元へ、のそのそのろのろと向かってきていた。

 

「……おはようさん……相っ変わらずお前ら早ぇのな……」

 

 ふぁああ、と欠伸をかみ殺しながらグレンがぼやく。

 

「ルミアと白猫はともかく、リィエル……お前まで早いのは意外だぜ」

 

「ん。だって、早く、ルミアとシスティーナに会いたいから」

 

「……そうかい」

 

 いつものように無表情で素っ気ないそんなリィエルの様子に、グレンはほんの少しだけ優しい表情になる。

 

「ちょっと、先生!遅いです!」

 

 そして、システィーナがリィエルとグレンの間に、ずい、と割って入り、グレンに詰め寄った。

 

「結構、時間に余裕があったのに、もうぎりぎりじゃない!先生は大人として、もっと時間に余裕を持った行動を心がけるべきです!」

 

「あー、っさい、うっさい……」

 

 面倒臭そうに耳を塞ぐグレン。

 

「だったら、俺のことなんか置いて、先に行けばいーじゃねーか?ルミアの護衛ならリィエルで十分だろ」

 

「そ、それはそうかも、じれませんけど……そ、その……ルミアがどうしても貴方を待つって聞かないから……」

 

 システィーナが目を泳がせてしどろもどろに弁解すると。

 

 相変わらず眠たげな無表情のリィエルが、ほんの少し小首を傾げた。

 

「……?ルミアはそんなこと言ってない。言ってたのはシス――むぐっ」

 

「わぁあああ――っ!?リィエル、ストップぅううう――っ!?」

 

 何か言いかけたリィエルの口を、システィーナが慌てて両手で塞ぎ、ぎゃーぎゃー騒ぎ始める。

 

 そんな親友の姿をくすくす笑いながら見守るルミア。

 

「ったく、朝っぱらから元気なやつらだなぁ……ほら、行くぞ……ふぁあ……眠……有休とろうかしらん……」

 

「あ、そうだ、先生」

 

 緩みきったグレンの隣に並んだルミアが、思い出したように言った。

 

「今日は私が皆の分のお弁当作ったんですけど、たくさん作ってきたので、よかったら今日のお昼、先生もご一緒にいかがですが?」

 

「お?いいのか?」

 

「その……私、まだ料理は練習中で、システィほど上手じゃないですけど……もし、それでもよかったら……」

 

 上目遣いで恐る恐る尋ねてくるルミアに、グレンはにかっと歯を見せ……

 

「さんきゅ、ルミア。メシ代が浮いて助かるぜ。喜んでお相伴にあずからせていただくわ。楽しみにしてるぜ?」

 

 途端、ルミアは、ぱっと花が咲いたように笑うのであった。

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 ……そんな賑やかで楽しげなグレン達から、やや離れた場所にて。

 

(……今のところ、特に問題は無し)

 

 グレン達からはちょうど死角になって見えない路地裏の入り口付近に、アルベルトの姿があった。

 

(やはり例の一件は誤情報……いや、結論を出すのはまだ早いか……)

 

 一方。

 

 表通りを行き交う街の人々は皆一様に、路地裏に潜むアルベルトの姿を、ちらちらと見ている。

 

「いやぁねぇ……ここ最近、景気が悪かったせいかしら……?」

 

「ここフェジテではそういうのは無縁だと思っていたのに……」

 

「ママー、あの人、何してるのー?」

 

「しっ……指さしちゃいけません」

 

 そして、ひそひそとそんな会話を交わしている。

 

 なぜなら――今のアルベルトの姿は、薄汚れたボロボロのシャツにズボンにジャケット、ぼさぼさの髪に無精髭、汚れた新聞紙を地面に敷き、その上に力なく座り込んで、だらりと路地裏の壁に背を預けている、といった悲惨な姿だからだ。

 

 普段のアルベルトの、見る者の背筋を凍てつかせるような雰囲気や姿は、最早どこにもない。

 

 今のアルベルトはどこをどう見ても、完璧に、だたの浮浪者だ。

 

 アルベルトを魔導士の密偵だと疑う人間など、いるはずもなかった。

 

(……む。連中、そろそろ学院に向かうらしいな)

 

 見るも無残なみすぼらしい格好をしながらも、アルベルトのその眼光だけは獲物を狙う鷹のように鋭利だ。

 

(見失う訳にはいくまい……俺もそろそろ動くか)

 

 と、アルベルトがその場を発った、その時であった。

 

「兄さん、兄さん……」

 

 一人の優しそうな老婆がアルベルトに近寄り、声をかけていた。

 

「兄さん……これよかったら食べてくんなされ……」

 

 老婆は優しく微笑みながら、アルベルトにパンの入った籠を差し出す。

 

「む?……いえ、これは……」

 

「あはは、ちょっと焼きすぎちゃってね……ご近所様にお裾分けしていたところなのさ。さぁ、遠慮はいらないよ」

 

「……いえ、受け取るわけにはいきません。お心遣い感謝します」

 

 丁寧に固辞し、アルベルトがグレン達を追おうとすると。

 

「かぁ~~っ!気に入った!ナリはボロでも心は錦か!」

 

 今度は中年のいかにも肉体労働者な男がアルベルトの元へやってきて、その肩をばんばん叩いてくる。

 

「おい、兄ちゃん。アンタ、なかなかガタイはいいし、何より目が死んでねえ。このまま腐らせておくのも惜しい……どうだい?ウチの工場で働かねーか?」

 

「いや……そんな事までお世話になる訳には。何れ自分自身の手でけりをつけますから、お構いなく」

 

 対応しながら、アルベルトがちらりとグレン達を見る。

 

 グレン達の姿はどんどん遠ざかっていく。今にも見失いそうだ。

 

「………………」

 

 アルベルトはいつものしかめっ面にも似た表情で、グレン達の背中を無言で見送る。

 

 一方、そんなアルベルトの態度を奥ゆかし、心意気天晴れな若者と周辺の住人達が、アルベルトの元へと続々と集まってくる。

 

「頑張ってね!」

 

「兄さん、今は不景気かもしれないけど、負けるなよ!」

 

「ほれ!これはこの辺りの求人広告だ!アンタにあげるよ!」

 

「駄目だったら中央区の労務庁の庁舎に行ってみるといいよ!兄さんならきっと仕事が見つかるよ!」

 

 そして。

 

「……………………」

 

 アルベルトは無言。

 

 ひたすら、無言。

 

 やがて、アルベルトを励ます住人達が、全て去って行き、周囲から人の気配が完全に失せた後で。

 

 ばっ!

 

 アルベルトは一気に変装を解く。

 

 空に舞う、数々の変装グッズ。

 

 たちまち露になるのは、外道魔術師達にとっては地獄からの使者にも等しい魔導士礼服。

 

「さて、行くか」

 

 グレン達の姿はもうとっくに見失ったが……問題無い。連中の行く先はわかっているのだから。

 

(しかし、この俺としたことが端からこの体たらく……一体、何が原因だ?)

 

 アルベルトは斬りつけるような鋭い双眸のまま、しばし熟考し。

 

(ふむ……四方や、俺の演技力が足りなかったか?……不覚)

 

 そう結論して。

 

 アルベルトはグレン達を追って、学院への道を急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 一方。

 

「……真面目だねぇ、≪星≫さんは」

 

「……?何か言いました?」

 

 そんなアルベルトを、ドローンを使って様子を見ていたジョセフが呟き、隣にいたウェンディが小首を傾げる。

 

「いや、お前のドジは天才的だなぁって」

 

「はぁ!?」

 

「昨日の昼休みだって、何もないところで躓いて高級料亭の入り口でダイナミック入店していたし」

 

「なんですってぇ!?」

 

 と、昨日のことを思い出したウェンディが顔を真っ赤にして、ジョセフをがくがくとシェイクするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







原作16巻は18日に発売されるらしいので、本編は2月ぐらいか少し前に再開する予定です。

改めて、今年もよろしくお願いします。
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