ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ(笑)


任務に愚直過ぎる男3

 

 

(……さて、ここで王女がスペンサーと共にグレン達から離れる、と……)

 

 熱く焼けた鉄鍋を振るいながら厨房に立つ件の料理人――アルベルトが鋭い視線で、厨房の奥からカウンター越しにグレン達の様子を流し見た。

 

(しかし……以前、違法な魔薬取引に手を染めた豪商の家へ、雇われ料理人として潜入した時に培った技能が役に立ったようだ。お陰で、全く違和感なく、目立たず潜入することが……)

 

「あの人、マジでスゲェぜ!違和感もスゲェけど!」

 

「ああ、注目せざるを得ないな!めちゃくちゃ目立つし!」

 

「まさにカリスマ料理人!」

 

 周囲から上がるそんな声に、アルベルトはその鋭い双眸のまま、ほんの微かに脂汗を額に浮かべて……

 

(……問題ない)

 

 そう結論した。

 

(抑、俺の料理人としての演技は完璧な筈だ。何しろ料理人とはかくあるべしと、以前読んんだ専門書に――)

 

「ところで……あの料理人って、あいつに似てるよな……」

 

「あいつって?」

 

「ほら、あの超絶的な腕を持つ料理人が裏料理界に挑んで料理バトルを繰り広げる大衆小説の主人公……ほら、あの有名な……」

 

「……ああ!ライツ=ニッヒの意欲作『神々の包丁』か!そういえば、あの主人公にそっくりだなぁ!やたらハイテンションでオーバーアクションな言動とか調理法とか!」

 

 周囲のそんな会話に。

 

(………………)

 

 なぜかアルベルトの動きが一瞬止まるが……

 

(……何はともあれ任務だ。監視させて貰うぞ、グレン)

 

 タタタタタタタタタタタ――ッ!

 

 アルベルトは腕が残像するほどの勢いで玉葱をみじん切りにしながら、集音の魔術を密かに起動させる。

 

 すると、グレン達の会話がアルベルトの耳に届き始める。

 

『そういえば、リィエル……例のルミアの件だが……ナイフの用意はしたか?』

 

『ん。用意した。けど……ルミアの……それでやるの?』

 

『ああ、そうだ。それでやる』

 

『わたしなら、もっと簡単にできる。大剣を錬成して、それでひと思いに――』

 

『必要ねーよ。そんなにたいしたことじゃない。ポイントさえ押さえれば、ナイフ一本で事足りるんだ。それに大剣でやると後始末に困る……あまり周囲を汚したくねぇ……』

 

 アルベルトの耳に入るのは、やはりどこか不穏な会話だ。

 

(どういう事だ?やはり二人は王女の命を狙っているのか?真逆……)

 

 さらに疑惑が深まる。

 

 グレンが天の智慧研究会と通じている可能性。ルミアを暗殺しようと密かに動いている可能性。

 

 ガセだ。ガセだとは信じたいが。

 

『ははは、だが、白猫……お前はこれで構わないのか?引き返すなら今だぜ?』

 

『……ふん、これは仕返しなの。むしろ今から、あの子がいざその時どんな顔するか楽しみだわ……』

 

『くく、親友を欺すなんて、お前も悪いやつだなぁ……』

 

(仕返し……復讐、だと?)

 

 聞こえてきたシスティーナの言葉に、シチューの鍋を丁寧にかき回しながら、流石のアルベルトも冷や汗を禁じ得ない。

 

(リィエルは判る……認めたくはないが……その可能性、無くはない……だが、フィーベルまで……だと?もし本当にそうだと言うのならば……おのれ……天の智慧研究会め……)

 

 ぎり、と。

 

 アルベルトが拳を握り固め……

 

「アルトさん!こっちの肉の焼き加減を見てくれ!」

 

「アルトさん!味付けはこんな感じでいいのかい!?ハーブの量は適当だが――」

 

 周囲の料理人達からそんな声が上がったその瞬間、アルベルトは大仰な動作で、ばっ!と身を翻す。

 

「ふっ!全てこの俺に任せろッ!味の帝王、食の指揮官、アルト=フレイダンにな――ッ!」

 

 集音の魔術を解除し、アルベルトは助けを求める仲間の料理人達の元へ、颯爽と向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

「あ、おっちゃん?今、大丈夫ですよ。≪星≫さんですか?いやぁ、張り切ってますよ(笑)あの変装と演技力は大したもんですが、同時に真面目過ぎて……(笑)あの料理人なんてもう……笑いに堪えるのに必死でしたよ(笑)今も、学院のどこかに変装したりとかで先生達を監視していますが、このまま泳がせちゃいます?……了解、了解。じゃ、そういうことで」

 

 

 

 

 そして、昼休み後。

 

 とある授業が終了し、ジョセフとルミアとシスティーナとリィエルが次なる授業が行われる教室へ、早々と向かった後で。

 

「……で?ルミアの件だが……そっちの準備の方はどんな感じだ?」

 

「ああ、こっちの準備は万端だぜ?」

 

「必要なものは大体揃ったかな?」

 

「後は仕掛ける時を待つだけですよ」

 

 グレンとグレンのクラスの生徒達が寄り集まり、やはりひそひそと秘密の相談をしていた。

 

(……思った以上に、例の謎の計画は進行しているらしいな……)

 

 その様子を密かに窺うアルベルトは、胸中で小さく舌打ちした。

 

(そして、察するにこのクラスの生徒達のほぼ全員が件の計画に関与している……天の智慧研究会……一体、何処までこの国に侵食している……?)

 

「時に、ウェンディさんや。……コトが終わった後の()()()の準備は万端か?」

 

「もちろんですわ。その件についてはナーブレスの手の者にお任せあれ」

 

 にやりと不敵に笑って、ウェンディがグレンの言葉に応じる。

 

「こちらはわたくしに任せ、先生達は前準備に専念してくださまし。くれぐれも手抜かりのないように……」

 

「ああ、ばれたらお仕舞いだしな」

 

(事が済んだ後の、死体処理も抜かりないという訳か……)

 

 アルベルトがウェンディを突き刺すように睨みつけながら物思う。

 

(しかし……正直、此が今回一番の誤算だ……まさか、ナーブレス公爵家まで荷担しているとは……)

 

 この衝撃的な事実に、アルベルトは顔を掌で押さえながら呻く。

 

 ウェンディ=ナーブレス。

 

 事前調査によれば、帝国古参の大貴族が一柱、領地経営の傍ら、金融業をも営むナーブレス公爵家の嫡女――生粋のお嬢様で同時に、ジョセフの幼馴染だ。

 

(帝国経済に多大な影響力を持つ公爵家まで、既に天の智慧研究会の息が掛かっていたとは……くっ!天の智慧研究会……闇が深過ぎる……)

 

 己が立ち向かう敵のあまりの底の見えなさに、流石のアルベルトも気が遠くなるような思いだ。

 

「……言っておくが、お前ら……失敗は許されねーぞ?抜かるなよ?白猫に殺されたくなかったらな」

 

「……わかってるって、先生。ここまで来て失敗とか最悪だしな」

 

 グレンの言葉に、生徒達は神妙に頷いていく。

 

(そして、首謀者はシスティーナ=フィーベルだったとはな……以前、俺に見せた精神的に脆いお嬢の姿は仮面だったというわけか?)

 

 学院で起きた先のテロ事件や遠征学修の件を考えれば、とても信じ難い話だが……アルベルトは冷徹な思考でその甘い考えを切り捨てる。

 

(いや、件の組織ならば、十分有り得る話……組織の構成員が己が正体を隠すため、自身に記憶封印や疑似人格構築魔術を施していた例などごまんとあった……目的の為ならば組織の人間すら利用し、使い捨て、殺す連中だ……希望的観測に縋る判断は早計……)

 

 ぎり、と。

 

 拳を被ぎり固めるアルベルト。

 

(だが、もしそう仮定するならば、フィーベルは組織構成員の粛清権限を持つ位階……第二団≪地位≫以上に属することが考えられる……女狐め)

 

 ちなみに。

 

 今、憤るアルベルトが潜んでいる場所は……教室の隅に設置されている掃除用具ロッカーの中であった。

 

 ロッカーの戸の隙間からグレン達の様子を窺っているのである。

 

 グレンの授業が始まる大分前から、この狭苦しいロッカーの中に潜り込み、授業中もずっと監視を続けていた甲斐が、どうやらあったようである。

 

 足がバケツに嵌まってるし、頭に傾いたモップが被さり、ドレッドヘアーのようになっているが関係ない。

 

 全ては任務が優先だ。お陰で重要な情報を入手する事ができた。

 

(問題無い)

 

 アルベルトが自分にそう言い聞かせた、その時である。

 

「ん?床が汚れちまってるな……まぁ、法陣の授業だったからな。次この教室を使うのはハー……何とか先輩だから、放置するとうっせえな……」

 

 不意に、グレンがバリバリと頭を掻きながら席を立ち……

 

「おい、お前ら。悪いがそこのロッカーから掃除用具取ってきてくれね?」

 

 グレンがアルベルトの潜むロッカーを親指でさした。

 

「面倒臭ぇけど、()()しようぜ?」

 

「ういーす」

 

「珍しいですわね?先生がそのようなことを言い出すなんて」

 

「うっせーなぁ、たまにはそーゆー時もあんのさ。今がそう、さ」

 

 そんなやり取りが交わされるのを見て、アルベルトは歯がみする。

 

(ち……感付かれたか?()()というのはそういう符丁か?)

 

 いずれにせよ、このままロッカーの戸を開けられては発見されてしまう。

 

(まだ、見つかる訳にはいかん……やむを得まい)

 

 アルベルトは黒魔【クイック・イグニッション】の呪文を呟き……

 

(……≪爆≫)

 

 ボンッ!

 

 その瞬間、一同の目の前でロッカーが爆発し、一瞬、視界が爆風と炎と煙で塞がった。

 

「どぉおわぁあああああ――ッ!?」

 

「きゃあああああ――ですわ!?」

 

「ナンデ!?ナンデ爆発すんの、このタイミングで!?」

 

 てんやわんやの大騒ぎの教室を後に、アルベルトは教室の外……裏庭を、音も気配もなく静かに歩き去って行く。

 

 実に鮮やかな離脱の手際である。

 

(どうやら、俺の存在は割れてない……杞憂だったか。いや、それとも気付いていない振り……敢えて泳がされたという可能性も……まぁいい)

 

 頭や肩に乗った雑巾を払い捨て、足に嵌まったバケツを蹴り外し、アルベルトは次なる潜伏場所に向けて歩を進め、冷静に計画を頭の中で立てる。

 

(……問題無い)

 

 そんな中。

 

「グレン=レーダス、貴様ぁ!?これは一体、何の騒ぎだ!?なっ、ロッカーが……学院の備品を壊すとは何事かァアアアッ!?」

 

「げッ!?ハーピー先輩ッ!?いや、違いますって!?こんなん俺、知らねえっすよ!?」

 

「うるさい!黙れ!貴様のこの蛮行は――」

 

「ハゲェエエエエエエエ先生がそう仕向けたということで上に報告させてもらいました。よって先生、減給らしいですよ?(笑)」

 

「――ナンデェエエエエ――ッ!?何故、私が、減給されねばならないのだぁあああああ――ッ!?」

 

「あ、なんか助かった……サンキュー、ジョセフッ!この礼は――」

 

「あ、手数料はグレン先生の今月の給料、もちろんドル決済でお願いしますね?」

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!?ナンデ!?ナンデお金取られるの!?」

 

 後にした教室から、そのような悲痛なやり取りが聞こえてきて……

 

(…………何も、問題、無い)

 

 鉄皮面を微塵も揺るがさず、アルベルトは心の中で殊更にそう強調し、そのままクールに去って行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 グレン=レーダスが、エルミアナ王女の暗殺を目論んでいる。

 

 それは最早、一笑に付すことができない状況になりつつある。疑惑は確信に変わりつつある。

 

 そんな馬鹿な。あの男に限ってそんな筈は。だが、天の智慧研究会ならば――あるいは。

 

 それでもアルベルトは、その疑惑を杞憂にしようと、淡々と潜入捜査を続けていく。グレンの行く先々に先回りし、グレンの動向を監視し続ける。

 

 だが、疑惑は晴れるどころか、深まる一方であった。

 

 そして――疑惑の晴れぬまま、ついに放課後となる。

 

 

 

 

(事態は既に退っ引きならない状況になりつつある……)

 

 人っ子一人いない学院校舎の放課後の屋上にて、沈み行く夕日を眺めながら、アルベルトは物思う。

 

 グレンが天の智慧研究会に通じている可能性。

 

 ルミア=ティンジェルを暗殺しようと画策しているという情報。

 

 聞いた当初は、節穴共の憶測と失笑したものだが……

 

(どうやら……節穴は俺の方だったらしい)

 

 最早、認めざるを得ない。

 

 本日得た情報から総合的に判断するに……グレン=レーダスは敵だ。

 

 グレンを取り巻く生徒達のほぼ全てが天の智慧研究会に関与している。

 

 信じられないが……認めたくないが……天の智慧研究会の方が、自分達よりも一枚上手だったのだ。

 

(天の智慧研究会……人を人とも思わぬ外道の組織……俺は連中を必ずやこの国から駆逐してやると決めた……如何なる犠牲を払ってでも……相手が誰であろうとも……そう、誰であろうとも、だ)

 

 冷徹に、冷酷に、冷静に。

 

 そう己に言い聞かせつつも、どこか苦悩と苦渋を滲ませたアルベルトが、己が取るべき次なる行動を思索し始めた……その時だ。

 

 ぱんっ!

 

 どこからか火薬が弾ける音。

 

「――真逆、銃声!?」

 

 猛烈に嫌な予感がアルベルトの背を駆け上がった。

 

 普通の魔術師は銃などという、無骨で無粋で神秘の欠片もない小道具を嫌う。好んで使う魔術師なんて連邦の人間ぐらいだろう。この学院で銃の扱いに長けている人間といえば、ジョセフと……グレン以外に考えられない。

 

 そして、このタイミング――

 

「ちぃ――」

 

 アルベルトは舌打ちし、集音の魔術を全力で、広域無作為に起動する。

 

 たちまち学院内のあらゆる音が、アルベルトの耳に集まり、鼓膜を破らんばかりに殴りつけてくる。

 

 だが、その大音響に耐え、アルベルトは確かにその声を拾ったのだ――

 

『そ、そんな……こんなことって……ッ!?皆、私を欺してたの!?』

 

 驚愕に震え、狼狽えるルミアの声と。

 

『はは、悪く思うなよ?まぁ、観念しな……』

 

 そのすぐ側から聞こえてくるグレンの冷酷な声を――

 

「――不覚ッ!」

 

 アルベルトが地を蹴って駆け出す。

 

(かなり計画が進行していたのは知っていた――だが、まさか件の計画を遂行するのが、今日だったとは――俺としたことが――ッ!)

 

 屋上を一気に横切り跳躍、屋上を囲む鉄柵のへりを蹴って、さらに跳躍。

 

 虚空に身を躍らせ、校舎の屋上から一気に飛び降り――

 

 同時に起動した黒魔【マジック・ロープ】で生み出した魔力のロープを放ち、手と屋上を繋ぎ――

 

 アルベルトの身体は、風を切りながら弧を描くように落下していく。

 

(音の場所から察するに、連中が王女に襲撃を仕掛けた場所は――連中の教室ッ!)

 

 振り子の機動を描いて落下するアルベルトの眼前に、中庭に面したグレンのクラスの教室の窓が迫る、迫る――ぐんぐん迫る――

 

(無事でいろ、王女よ――ッ!)

 

 そして。

 

 がっしゃああああんッ!

 

 アルベルトは窓を蹴り破って、教室の中へと突入した。

 

「「「「「――――――ッ!?」」」」」

 

 突然の乱入者へ、ルミアを取り囲む生徒達の視線が一斉に集まる中。

 

 アルベルトは受け身を取って華麗に床を転がり、その勢いで跳ね起き、身を捻って体勢を瞬時に整え、生徒達に左手の指を向けて――

 

「全員、動くなッ!」

 

 そう鋭く一喝したアルベルトの視界に飛び込んで来たものは――

 

 

 

 

 

『十六歳のお誕生日おめでとう、ルミア!』

 

 

 

 

 と、大きく書かれた垂れ幕だった。

 

「…………?」

 

 指を構えたまま油断なく、冷静に、周囲の様子を見渡すアルベルト。

 

 教室の中央に据えられた大きめのテーブルに載ったケーキ。その周囲に載せられたお菓子やジュース。

 

 それを囲むグレンやルミアや、生徒達は、突然、派手に登場したアルベルトの姿に目をぱちくりさせている。

 

「お、来た来た。こりゃまた派手に……」

 

 ただ一人、ジョセフだけはクラッカーを片手に、ニヤニヤしていたが。

 

「……あ、アルベルト?お前……こんな所で何やってんだ?」

 

 同じく手にクラッカーを構えているグレンが我に返り、元・戦友に問う。

 

「……どういうことだ?」

 

 アルベルトは微動だにしないまま、静かに問い返す。

 

「いや、どういうことって……ルミアの誕生日を祝う、サプライズ・パーティーなんだが……その……白猫が企画した……」

 

「……………………」

 

 やはり微動だにしないアルベルト。

 

 そんなアルベルトをがん無視して。

 

「ねぇ、システィーナ……もうケーキ、斬っていい?わたし、刃物の扱いは得意。だから、むしろ斬る」

 

「も、もうちょっと待っててね……」

 

 ぶんぶん、と。リィエルが小さなケーキナイフを、振り回している。

 

「……システィーナ=フィーベル。復讐とは?」

 

「はえっ!?」

 

 突然、アルベルトに鋭く睨まれて、システィーナが飛び上がる。

 

「な、何のコトかよくわかりませんけど……このパーティーのコトでしたなら、ある意味そうですけど!去年、私もルミアにこれやられたし……だから、仕返しに、今年は私がって……」

 

「……………………」

 

 固まるアルベルト。

 

「……ウェンディ=ナーブレス。後始末とは?」

 

「ひいっ!?」

 

 突然、アルベルトに鋭く睨まれて、ウェンディが飛び上がる。

 

「後始末って……このパーティーの後始末のことですの!?そ、それならウチのナーブレス家に奉仕する使用人達が手伝いに来てくれることになっていますわ!だ、だから許してくださいませッ!」

 

「……………………」

 

 さらに固まるアルベルト。

 

「……ジョセフ=スペンサー。これは一体、どういうことだ?」

 

「んー?これはですね……」

 

 アルベルトに鋭く睨まれるジョセフだが、そんなのどこ吹く風でアルベルトの元に来て、ゴニョゴニョと耳打ちする。

 

「「「「「……………………」」」」」

 

 しばらくの間、教室内に奇妙な沈黙が支配する。

 

 ……そして。

 

「ふっ」

 

 突然、アルベルトが構えを解き、クールに身を翻す。

 

「……すまない、邪魔をしたな」

 

 アルベルトはクラス一同が注目する中、足音も立てず教室の端を歩いて行き……

 

 がちゃ……ぱたん。

 

 後方の扉から、無言で出て行った。

 

「「「「「?????」」」」」

 

 意味がわからない一同はただただ、呆然とするばかりである。

 

「あの人って、先生の昔の友人のアルベルトさん……だよな?」

 

「あー、うん、まぁ……」

 

「一体、何しに来たんです?あの人……」

 

「いや、まったくわからん……」

 

 不思議そうに問いかけてくる生徒達に、グレンはため息交じりに応じる。

 

「ていうか、ジョセフ。お前、何か知ってそうな感じだが……何だったんだ?」

 

「いやぁ……先生。アルベルトさんって……本当に真面目ですよねぇ……ふ、ふふ……普段は凄く……ククッ……頼りに……ククク……なるのに……ふ、ふふふふふ……」

 

「……お前、一体、アルベルトに何を言ったんだ?」

 

 必死に笑いを堪えながら言うジョセフをジト目で見るグレン。

 

(((((ていうか、ジョセフとアルベルトさんって、一体、どういう関係なの?)))))

 

 システィーナ、ルミア、リィエル以外の生徒達が胸中でそんな疑問を持っていた。

 

 と、その時である。

 

 だだだだだだ――っ!と教室の外から駆け足の音が迫ってきて。

 

「グレン=レーダス、貴様ぁッ!?今の騒音はなんだぁ――ッ!?」

 

 ばぁんっ!と派手に扉を開いて、ハーレイが姿を現した。

 

「げぇッ!?ルーピー先輩ッ!?」

 

「貴様、ついに『ハ』すら付けなくなったな!?それは置いといて、貴様、なんだアレはッ!?」

 

 怒り心頭とばかりに、ハーレイはアルベルトが壊した窓を指さし、怒鳴りつける。

 

「窓を壊すとは――貴様は、神聖なるこの学舎を何だと思っている!?」

 

「えええええ――ッ!?アレ、俺じゃないっすよ!?」

 

「やかましいッ!貴様がやろうが、貴様の生徒がやろうが関係ない!全て現場監督の貴様の責任だッ!この失態は、きっちり上に報告させて貰うからなッ!」

 

「ぎゃああああああああ――ッ!?止めてぇええええ!?また減給になっちゃうぅううう――ッ!?見逃してくださいよ、ハゲ先輩ッ!」

 

「き、貴様ぁあああああ――ッ!?」

 

「……あ、学院長?……はい、そうです。ハーレイ先生が怒りのあまりに窓を壊してしまって……あ、わかりました。ハーレイ先生は半年分の停職処分ですね。伝えときます」

 

「アイエェエエエエエエエエエ――ッ!?ナンデ!?ナンデ私が!?ていうか、理不尽過ぎるでしょ、学院長ぉおおおおおおおお――ッ!?」

 

「で、グレン先生、給料二ヶ月分、ドル決済で」

 

「いやぁああああああああああああああ――ッ!?」

 

 ぎゃんぎゃん騒ぎ始め、ジョセフの宣告に、悲鳴を上げる二人の図。

 

 それを尻目に……

 

「ま、とにかく始めましょうか?」

 

「お、おう……」

 

 システィーナがパーティーの開始を促すのであった。

 

 

 

 

 

 そして、その夜。

 

 フェジテの何処か、ひっそりとした人知れぬ路地裏にて。

 

「……ん?グレ坊の裏切りがガセ?あー、そりゃそうじゃろう」

 

 アルベルトが事態の詳細を報告するや否や、≪隠者≫のバーナードは、あっさりそんなことを言った。

 

「あの青臭い、正義バカの甘ちゃんが、そんなことするタマかいな」

 

「……しかし、任務書によると」

 

「あん?ああ、あれ、偽造。わしが勝手に作った偽の任務書」

 

「…………」

 

「ぐっふっふ~っ!!凄く似てるじゃろ?あの軍と女王陛下の箔押し印の贋作は、わしの魂の一作と言え――」

 

 その刹那。

 

 雷光が二閃、バーナードの両耳を掠め、その背後の壁に穴を開ける。

 

 アルベルトが予唱呪文の黒魔【ライトニング・ピアス】を、二反響唱で放ったのだ。

 

「説明を要求する、翁……何故、こんなそして、その夜。

 

 フェジテの何処か、ひっそりとした人知れぬ路地裏にて。

 

「……ん?グレ坊の裏切りがガセ?あー、そりゃそうじゃろう」

 

 アルベルトが事態の詳細を報告するや否や、≪隠者≫のバーナードは、あっさりそんなことを言った。

 

「あの青臭い、正義バカの甘ちゃんが、そんなことするタマかいな」

 

「……しかし、任務書によると」

 

「あん?ああ、あれ、偽造。わしが勝手に作った偽の任務書」

 

「…………」

 

「ぐっふっふ~っ!!凄く似てるじゃろ?あの軍と女王陛下の箔押し印の贋作は、わしの魂の一作と言え――」

 

 その刹那。

 

 雷光が二閃、バーナードの両耳を掠め、その背後の壁に穴を開ける。

 

 アルベルトが予唱呪文の黒魔【ライトニング・ピアス】を、二反響唱で放ったのだ。

 

「説明を要求する、翁……何故、こんな巫山戯た真似をした?返答次第では、只では済まさんぞ……」

 

 ごごごご、と擬音が背後から聞こえてきそうな威圧感を暴力的に放ちながら、バーナードの眉間にぴたりと左手の指を合わせるアルベルト。

 

 ここなしか、そのこめかみには、冷静なアルベルトには珍しく、ぴきぴきと青筋が立っているようだ。

 

「ひょええええええッ!?待った、ちょい待った、アル坊!?無論、理由はある!お前さん、最近、根を詰め過ぎだと思ってな!」

 

 バーナードが両手を振りながら慌てて弁解を始める。

 

「王女を護衛するために、四六時中気を張り詰めてたからのう……たまには、よい息抜きになったじゃろ?件の学院で普段とは違う空気に触れて」

 

「……必要無い、そんなものは。さて、覚悟はいいか……?翁」

 

 突き放すように言うアルベルト。

 

「はぁ~~これじゃからなぁ……お前さんも、まだまだじゃのう……」

 

 だが、対するバーナードは大仰に肩を竦めてため息を吐いていた。

 

「……?どういう意味だ?」

 

「真面目なことは結構。だが、物事には緩急というものが肝要じゃ」

 

 にやりと笑うバーナード。

 

「英雄と呼ばれるほど、真に極まった武人は、平時は春風の如く穏やかな気質を纏いながら、いざ戦の空気を感じるや否や、瞬時に鬼神のそれへと変貌するという……常に油断も隙も余裕もなく気を氷のように凍てつかせ、周囲を怖がらせているようでは、まだまだ未熟……ということじゃ」

 

「…………」

 

「そんな調子では、先日のような雑魚相手ならまだしも、真の強敵が現れた時、疲弊しきって実力を発揮できん。……違うかの?」

 

「しかし……」

 

「なるほどですね~。こりゃ、勉強になります。まぁ、あんだけ気を張ってたから、おっちゃんが≪星≫さんに渡した料理小説を真に受けたり、今回の一件を只のパーティーだと見抜けなかったんちゃいますか?」

 

 不意に、アルベルトの背後からジョセフが半ば感心しながら現れる。

 

 ジョセフに痛いところを突かれ、アルベルトがやや渋い顔で押し黙り、指を引く。

 

「成る程……確かに一理ある。忠告、感謝する、翁……」

 

「そう、全てはお前さんのためだったのじゃ!決して、わしが見てて面白いからそうしたのではない!」

 

 くわっ!と。

 

 バーナードが握り拳を固めて、目を見開き、羅刹のような形相で、そう叫び――

 

 その刹那、再び、雷光がニ閃、バーナードの両耳を掠める。

 

「……お き な?」

 

「ひぃいいいいいいいいいい――ッ!?ストップ!悪かった、冗談じゃ!冗談じゃああああああ――ッ!?」

 

 真っ青になりながら後ずさり、壁に背中を押しつけるバーナード。

 

「そ、それよりも、アル坊!今からちょいと飲みにでもいかんか?お主も連日に亘る警邏任務で疲れておろうしな?わしが奢っちゃるから!」

 

「…………」

 

「護衛のころなら安心せい!わしもお主同様、この町に結界を張っておる。わしとお主の目をかいくぐれる者などおらん!」

 

 下らん、任務中だ。

 

 普段のアルベルトならば、素っ気なくそう切り捨てるところだが……

 

 アルベルトはしばらくの間、無言で考え込んで……やがて。

 

「……いいだろう。一杯だけ、付き合ってやる」

 

 そんなことを言っていた。

 

「ほう?お主も大分、緩急と余裕というものがわかってきたかの?」

 

「…………ふん」

 

「珍しいこって……それなら、今日はこの近くにアメリカ人が経営しているバーがあるんですけど、そこはどうです?お安くしときますけど」

 

 そう言い合いながら。

 

 アルベルトとバーナードとジョセフの三人は、人で賑わう表通りを目指して歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 ……因みに、ハーレイの減給と半年の停職処分は冗談です(笑)

 

 そして、グレンはロッカーの破壊と(アルベルトが破壊した)窓ガラスの破壊(アルベルトが蹴り破った)でダブルに減給されたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 






グレン、理不尽過ぎる……(笑)


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