番外編です。
第2回の人気投票でイヴが1位になったので、それを記念して今回はイヴの行動にジョセフが巻き込まれるという話です(笑)
「ねぇねぇ、見て見て!」
「きゃーっ!イヴ教官よ!」
休み時間、アルザーノ帝国魔術学院校舎内の廊下にて、生徒達が黄色い声を上げてざわめき始める。
そこには、その場の生徒達の視線を一身に集める娘の姿があった。
イヴだ。帝国宮廷魔導士団特務分室の元室長であり、今はこの学院に新設された『軍事教練』の授業を一手に引き受ける特別講師。
そんなイヴが、その鮮やかな赤髪を闇に輝き燃える炎のように揺らし、自信に満ちた足取りで、廊下を颯爽と歩いていた。
「はぁ~、素敵……いつ見ても、惚れ惚れしちゃうくらい完璧よね!身なりも、立ち振る舞いも!」
「当然よ!だって、イヴさんはさる高貴な家の出身なんですもの!」
女子生徒達も……
「それだけじゃねえよ!超美人で、スタイルも抜群、おまけに知的!」
「炎を自在に操って戦う姿も、まるで戦女神か何かみたいに格好良いし!」
「鬼教官だけど、どこか優しいし、教え方も上手いし!」
「完璧だぜ!完璧超人ってまさにイヴさんのためにある言葉だぜ!」
男子生徒達も……
「はぁ……あれほどの女性には出会ったことがない……なんとか彼女にお近づきになりたいんですが……」
「高嶺の花が過ぎますよ、ラインハルト先生……我々には、とても……」
同僚の男性教授陣達も。
誰もが羨望と憧れと称賛の眼で、イヴを遠く見つめている。
「けっ……皆、あんな女のどこがいいっていうんだ?」
そして、そんなイヴを眺めながら、廊下の壁に背を預けるグレンは、ふて腐れていた。
「あーあー、服に化粧に香水、装飾品……いつもいつも嫌味たらしく、高級品で固めてくれちゃってまぁ!」
「もうっ!先生ったら!いくら先生が今月厳しいからって、イヴさんに当たらないでくださいっ!」
システィーナがグレンを咎める。
「うるせぇ!わりと餓死が現実的になってきた今の俺の気持ちが、お前にわかるか!?何かバイトしないとマジで死ねるわ!」
「まぁ、リィエルのもあるけど、大半は先生がバカしての減俸ですからね~。あとギャンブルとか。自業自得といえば自業自得なんですよね~。それはそうと先生、バイトなら連邦軍に……」
「死ぬわ!それこそマジで死ねる自信あるわ!戦死傷率が帝国軍よりも突出して多い連邦軍に入ったら、確実に死ねるわ!」
さらりとジョセフからの世界一危険な軍隊の入隊の誘いを、強い拒否反応で返すグレン。
「はぁ……それと先生、講師のバイトは基本、禁止ですからね!?わかってるんですか!?また減俸されたいんですか!?」
そんなグレンは、とある木の枝を齧っていた。
学院敷地内で取れるこの枝は、シロッテと言って、噛めば樹液に含まれるある程度の糖分を摂取できる。
諸事情により万年金欠病のグレンにとっては生命線となる枝であり、貧困と惨めさの象徴であった。
「それにしても、あのイヴさんがここまで慕われるなんて……最初は強烈な印象を持たれたなと思ったから……いやぁ、よかった、よかった」
「強烈な印象って?」
「ドS女」
「すっごいシンプルでストレートで言ったわね!?」
どこか安堵した表情で、どストレートに言うジョセフに、システィーナが頬を引きつらせている中。
「けっ!けっ!どうせあの女、生まれてこのかた、金に苦労したことなんてないんだろうよ!あーあ、金持ちは羨ましいぜーっ!」
グレンは、相変わらず拗ねてふて腐れていた。
すると――
「聞き捨てならないわね」
グレンの前を通り過ぎようとしていたイヴが、グレンの前で足を止め、グレンを冷ややかに流し見た。
「今の私は、イグナイト公爵家の公女でもなんでもないわ。ただのイヴよ。それでも私と貴方にここまでの違いがあるのは、ただひたすら人間としての”格”の差よ。わかる?」
「ぐ、この、言わせておけば……」
「ふっ、無様ね、グレン。そんな枝を噛んで恥ずかしくないわけ?人間というものは、その意識の高さと在り方が、そのまま自然と外面となって現れるものなの。人をやっかむ暇があったら、まず自分を省みなさい」
そう、つんと言い捨て、イヴはその場を颯爽と去って行く。
「あ の 女ぁ~~ッ!」
「でも、ド正論ですよね」
グレンが悔しそうに地団駄を踏み、システィーナが呆れたように、ぼそりと呟いた。
「でも、イヴさんって本当に凄いよね……憧れちゃうなぁ」
「うん……普段、どんな生活してるんだろうね、イヴさん」
傍で叫くグレンを放置し、システィーナとルミアが、尊敬と羨望の目でイヴの背中を見送る。
「きっと凄い豪邸に住んでいるんだろうな~、使用人とかたくさん使って」
「ふふ、そうだよね、イヴさん、そんなイメージだよね」
「ん……わたしにはよくわからないけど、イヴは多分、すごい」
リィエルがこくこくと頷く。
「けっ!けっ!けーっ!」
グレンはひたすら、拗ねてふて腐れており。
「んー……確かに、そういうイメージあるんだけど、なんかなぁ……」
ジョセフは、少し首を傾げながらイヴを見送るのであった。
そして。
「あと、ジョセフ。貴方、後で私の部屋に来なさい」
「あ、やべ、聞かれてしもたわ」
突然の呼び出しに、ジョセフはさっきのイヴの強烈な印象をどストレートに纏めた言葉を聞かれたと思い、ぺちん、と。自分の頭を叩くのであった。
――そして、時は変わって。
イヴに呼び出されたジョセフは、イヴがいる部屋に向かっていた。
「さぁて、どんなありがたーいお言葉が待っているのやら……」
ドS女って言わずに、色々と面白い女性と言えばよかったと、ジョセフが後悔しながら扉の前に立ち、ドアをノックしようとすると。
「……これ、帰ったら洗濯しなきゃ……」
ふと、扉越しからイヴのそんな言葉が聞こえてきた。
(……ん?)
一体、どうしたのか?と、ジョセフは首を傾げるが――
「イヴさん?入りますよ?」
ノックしてジョセフは、イヴの部屋に入る。
そこには、確かにイヴがいたのだが――
「……浴室の
(……んん?)
なにやらぶつぶつ言うイヴの言葉に、ジョセフは首を傾げる。
(洗濯とか石炭代って、なんで、そんなのイヴさんが気にしなきゃいけないんだ?)
因みに、イヴはジョセフの存在に気付いていない。
「……食事では、パスタがまだあるし……パスタって、コスパがいいのよね。同じ値段のパンより摂取熱量が多いのは助かるわ……」
「…………」
イヴの言葉に、もしかしてと思い始めるジョセフ。
「あ……でも、塩、残り少ないわね。塩をけちると美味しく茹で上がらないし……でも……」
(もしかして……)
「オリーブも空だった……」
これは、もしかして……
今までのイヴの言葉を聞いて、ジョセフがなにか確信を持った、その時――
「もう嫌!こんな生活!」
がんっ!イヴは涙目で机を叩くのであった。
「な ん で、この私がパスタを茹でるのに使う塩の量で、いちいち気を揉まなきゃ――」
涙目で叫くイヴは、ここでようやく目の前にジョセフが立っていたことに気付いた。
「…………」
固まるイヴ。
当然、今までの話は全部ジョセフに聞かれたわけで。
「……あの、もう一回出直しますね?」
そう、ジョセフが立ち去ろうとすると。
がしっ!と、イヴはジョセフの左腕を力強く掴んだ。
――逃がさないといわんばかしの力強さで。
「……了解」
睨み付けてくるイヴの意図を察したジョセフは、こくこくと頷くしかなかったのであった。
――そして。
「あー、なるほどですね。そりゃ、災難なこって」
他の人には口外しないとイヴに約束(脅迫)されたジョセフは、イヴの事情を聞いて、同情していた。
そう、今のイヴの私生活は――とても貧乏だった。
軍時代のイヴは、イグナイト公爵家の公女様であった。お金に困ったことなど一度もない。
だが、今は勘当された身だ。両親が亡くなり、伯爵家時代の莫大な財産を引き継いだジョセフとは違い、自由に使えるお金など限られている。
当然、生活レベルは庶民クラスに落とさないといけないのだが……
「くっ、私は貴族よ!洋服代に化粧代……身なりにだけは、手を抜くわけにはいかないの……ッ!」
「いや、多少抜かないと、ヤバいですよ?いくらなんでも……」
「うるさいわね!元・フリーダム貴族!」
「えぇ……」
とはいえ、バカをやったり(リィエルが原因なのもあるが)、無駄遣いしているグレンとは違い、イヴの給料は階級が下がったとはいえ、一人なら普通に生活できるレベルの給料である(庶民クラスに落とせば)。
もちろん、軍人だから他の講師陣のように研究費に自身の給料を注ぎ込んでカツカツにはならないはずなのだが。
たとえ、落ちぶれようとも、外面だけは完璧でありたい。
そんな彼女の見栄っ張りな願望が、市井の一人に落ちた今、完全に足を引っ張っていた。イヴが望む身なりの維持には、大金がかかるのだ。
「とはいえ、私も成長したわ!この生活が始まったばかりの頃は何も知らなくて、下々の連中から毟り取られるばっかりだったけど!今は生活必需品の相場も覚えたし、値切り交渉も上手くなった!少し心苦しいけど、ブラックマーケット街で高級品を安く手に入れることも覚えたわ!」
「おぉう……」
イヴ=イグナイト。またはイヴ=ディストーレ。
どれほどクールで、女子から尊敬されている女性でも、そこは貴族の女性らしく、世間知らずな公女様であった。
そんなイヴが、なんとかこの領域に到達できたのは、涙ぐましい努力と散財の賜物であった。
「なんとか外面だけは完璧に取り繕いながら、生活できるようになったわ……だけど、今月、どうしよう?」
そして、それに思い至り、イヴは頭を抱えて溜め息を吐くのであった。
「……はい?え?イヴさん、もしかして今月のお金、もうないんですか?」
そんなイヴに、ジョセフがそう問うと、イヴは力なくこくんと頷いた。
そう、今月ばかりは拙い。
色々とあって、お金がない。来月からは上手く回していけるはずだが、今月ばかりは本当にピンチだ。
そして、最悪なことに、今月はまだ始まったばかりなのだ……
「このままじゃ、私も近いうち、グレンみたいにシロッテ生活……?うぅ……嫌よ、あんな惨めな姿!そこには落ちたくない!で、でも……」
「え、えーと、イヴさん……良かったウチが援助しましょうか?」
そんな悲哀に満ちた表情のイヴに、見かねたジョセフが経済的な援助を申し出るが――
「それも嫌よ!そんなの、まるで私が貴方に従属しているみたいになるじゃない!そんなの、私の誇りが許さないわよ!」
「いや、今、誇りとかそんなこと言うてる場合じゃないでしょう!?」
「うるさい!とにかく、嫌なのよ!」
「めんどくせぇ誇りだな!?」
机を挟んでそう言い合うイヴとジョセフ。
そんな中、ジョセフが机の上に置いてあった新聞を流し見る。
その新聞の中にチラシみたいなものが入っていることに気付いた。
「ん?なんや、これ?」
ジョセフは何気なく、そのチラシを手に取り、机に広げて文面に目を通してみると……
「高級キャバレークラブ『ナイト・エデン』?キャストの女性募集?」
そのチラシの文面をイヴが読む。
このチラシはどうやら、求人広告らしい。
「いわゆる水商売っていうやつね……ふん!汚らわしい!」
イヴが憎々しげにそのチラシを睨み付け、吐き捨てる。
「つまらない男に媚び売って、色目使って接待する……よくこんな誇りの欠片もない仕事できるわね!?私ならこんな仕事、死んでもしないわ!こんな風に誇りを投げ売りするくらいなら、飢えて死んだ方がマシよ!」
激高するイヴ。
「いや、貴女はもう少し誇りを投げ売りましょう?このままだと心配なんですけど……」
そんなイヴをジト目で呟くジョセフ。
だが。
「何よ!どうせ給料って、激安の端金に決まって――……」
そのチラシの下端に記載されていたその給金額は……
「……えっ?こんなに貰えるの?」
……イヴを思わず硬直させるには、充分過ぎるほどであった。
「へぇ、この金額はニューヨークの水商売の額に匹敵するぐらいですね。かなり待遇良いですよ……って、イヴさん?」
ジョセフが思わず感心するように言って、イヴを見るが。
「……………………」
先程までの激高ぶりはどこへやら。
イヴは、じっとその給金額を半眼で見つめている。ただ、ひたすら見つめ続けるのであった。
そして――
「……ジョセフ」
「……はい?」
なんか猛烈に嫌な予感を感じながらも、返事するジョセフ。
「……こうなったら、貴方も共犯よ。貴方も付き合いなさい」
「……拒否権は?」
「あるわけないでしょ」
「………………」
なんかスイッチが入ってしまったイヴに、あ、これは完全に巻き込まれたとジョセフはこの時、悟るのであった。
今回は、ここまでで
それと、活動報告に書いてありますが、第16章は原作17巻が発売されるまで一旦、執筆を止めたいと思います(その代わり、番外編を書きたいと思います)。