新型コロナの感染拡大が続く中、ずっと家に引きこもるのは辛い今日この頃。
気分転換に3密しなければ、どこか人が少ない所に行ってみようかなと思うけど、これって、自分が住んでいる所が田舎だからこそできる話であって、東京などの大都市じゃ車ない人は特に難しいなと思ってしまいました。
なにはともあれ、皆さんも体調にお気をつけて……
それでは、どうぞ。
――そして。
「……――というわけで、彼女が今日からこの『ナイト・エデン』のキャストの一員として働くことになったフレア君だ。皆、よろしく頼むよ」
「ふ、フレアです、よろしく……うぅ……なんで私がこんなことに……?」
高級キャバレークラブ『ナイト・エデン』店内にて、スタッフ一同に紹介されているイヴ――源氏名『フレア』の姿があった。
背に腹を代えられない。ついに彼女は誇りを投げ捨てたのである。
ナイト・エデンとは、上流階級層の男性を主な客層にした、会員制の接待飲食営業店だ。
来店した男性客が、キャストと呼ばれる女性従業員を指名し、その娘に接待させるという方式の店だ。
高級と名がつくだけあって、このナイト・エデン店内のホールはとても広く、高級感に溢れている。ソファーやガラステーブル等の調度品一つとっても、とても一般人が手を出せるような代物ではない。提供される酒や料理も一流のものばかりだ。
店内ホールの奥にはステージがあり、歌手やピアニスト、ダンサーが交代で芸を披露しては、男性客の目を楽しませている。
当然、男性客の接待を直接担当するキャスト達の質は、そこらのパブやナイトクラブとは比較にならない。皆一様に華やかなドレスと装飾品で身を包んだ一流の美女ばかり。
だが、そんなキャスト達の中にあっても、イヴの存在は一際強く輝いていた。鮮やかな真紅のドレスに身を包んだイヴの妖艶な美しさは、他の娘達とは一線を画していたのである。
「あ、あの子が噂の……?」
「ええ、そうよ。あの審美眼でうるさい支配人が一目で、逆に採用を懇願したっていう……」
「凄い子が入ってきたわね……」
その場の誰もが、イヴの圧倒的な存在感と美貌の前に気後れし、困惑している。
イヴが元々身に纏う、貴人としての格や気品も相まって、今のイヴは誰もが思わず溜め息を吐いてしまう、絶世の美女となっていたのだ。
もっとも――
(く、屈辱……屈辱だわ……ッ!この私が……この私がぁ……ッ!こんな……こんなぁ……)
――当のイヴは、生活苦からとはいえ、こんな仕事をしなければならない事態に、必死に涙と震えを堪えている状態ではあったが。
(でも、背に腹は代えられない……おまけにこんな副業、身バレしたら一発アウト……だから、今の私には『相貌失認化の魔術』を施してあるわ)
この魔術は暗示系の白魔術であり、これをかけておくと、人から見た今のイヴの姿と、記憶の中のイヴの姿が一致しなくなる。要するに、素顔を晒して、知り合いに見つかっても、決してイヴだとはバレない術。万が一の事態に備えての予防線であった(というか、学院の教授陣の何人かが通ってても不思議ではない)。
(まぁ、私ほどの魔術師ともなれば、知り合いの誰かがこんな術使ってても、一発で見破るんだけど……それよりも問題は、この術が魔力の変動に弱くて、私が何か魔術を行使すれば、たちまち解けてしまうってことね)
つまり、このクラブ内にいる間、イヴは魔術を使用できない。
(そこが不安だけど……まぁ、なんとか上手くやっていくしかないわ)
そんなことを考えていると。
「さて、新スタッフの紹介も終わったところで、もうすぐ開店だ。皆、今日もよろしく頼むよ」
支配人が、スタッフ達の前で挨拶をし、それに応じてスタッフ達が開店に向けてキビキビと動き始める。
「フレア君。君はこの業界は初めてだそうだから、色々と慣れないこともあるだろう。だが、安心したまえ」
そして、支配人はどこか不安げなイヴを安心させるように言うと、人の名前を呼んだ。
「ジョシュア君!ジョシュア君!」
「はいは~い、店長、なんでございましょうか?」
イヴの前に、燕尾服を少し着崩した、やる気のなさげな茶髪の青年がやって来る。
だが、支配人はそんな青年の態度は特に気にせず、イヴに言った。
「彼はジョシュア君。最近入ったばかりだが、非常に有能なボーイだよ。この店では、男性客を接待するキャストをボーイが陰で補佐する方式だ。フレア君には彼を専任でつけよう。何か困ったことがあったら、遠慮なく彼を頼りたまえ」
「はぁ……」
気のない返事をして、青年をちらりと一瞥するイヴ。
「ジョシュア君も、フレア君が安心して仕事に専念できるよう、頼んだよ」
「お任せくださいな、店長」
青年――ジョシュアの返事に満足そうに頷き、支配人は去って行く。
「さて……そういうわけで、ここまで巻き込んだ責任、後で取ってもらいますからね、イヴさん」
そして、ジョシュアはイヴに近付き、こそこそと耳元でそう呟いた。
「……ふん、そもそも、貴方があの話を聞かなければ、こうはならなかったのよ」
「……さいで」
支配人がいなくなった途端、普段の態度に戻ったイヴに、ジョシュアはこの野郎……という目で苦笑いするのであった。
(はぁ……あの放課後でいきなりスイッチ入ったイヴさんに巻き込まれるんなんてね……ドS女って言ったのがそもそもの発端なんかな……)
その時、ボーイの青年――ジョシュアは、密かにそんなことを考えていた。
(イヴさんがあまりの金欠で学院には秘密に始めたこの仕事、イヴさんから先に入って偵察しろって言われたからなぁ……やれやれだ)
そう、このボーイのジョシュア、その正体は――なんとジョセフであった。
(この仕事って、未成年はあかんし、そんなこと学院に知られたら面倒になるから、≪セルフ・イリュージョン≫で誤魔化して、経歴詐称しまくって入ったんだけど。まぁ、デルタや中央情報局や連邦捜査局などの連中のように本格的に捜査しない限りバレることはないから、そこは安心ね)
なんか、ここに入るまでに無駄に入念に準備していたジョセフであった。
そして、ジョセフは自分に任された新人のキャスト……フレア……もとい、イヴをじっくり観察する。
(しっかし、普段見ていても思ったけど、えらい美人やな、イヴさんって)
当のイヴは、さきほどのツンとした態度はどこへやら。その芙蓉のかんばせをどこか陰らせ、心ここにあらずといった感じで目を伏せて、時折、周囲へ視線を彷徨わせている。
(まぁ、不安ですよね~。当然、この業界初めてだし、無理もないか。にしても、この立ち振る舞いに気品……何も知らない人が見たら”ワケあり”の高貴な家のお嬢様にしか見えないわな)
もっとも、この業界、”ワケあり”じゃない人の方が少ないのだが。
「じゃ、イヴ……フレア!」
ジョセフが声をかけると、イヴはびくっと肩を震わせ、ジョセフを不安げに流し見る。
「いや、ビビり過ぎでしょ……今のは、周りの連中に不審に思われないようにするためですよ」
「べっ、別に、ビビってなんかないし……」
「はぁ……安心してください。ここは高級店です。客層は上品な連中ばかりだし、いわゆる”枕営業”は厳禁されてます。……でないと、店の品位に響きますし」
「まっ!?まく……らッ!?」
枕営業という言葉を聞いた途端、顔を赤らめ、どもるイヴ。
「……いや、それ、システィーナやウェンディ達が聞いたら、そういう反応するでしょうけど……」
どんだけ初心で世間知らずなんだと呆れつつも、ジョセフはイヴを励ました。
「とにかく、何かトラブっても、ウチがなんとかしますから、まぁ、気楽にいきましょう?イヴさん」
「……わ、わかったわ。よろしく、ジョセフ……」
すると、イヴはぼそぼそと呟いて、ぎこちなく頷く。
こうして、ジョセフとイヴの、レアな組み合わせでの妙な仕事関係が始まるのであった。
――そんなこんなで、数日後。
ナイト・エデン店内にて。
キャストの娘達が、ガンガン指名され、客と一緒にテーブルにつき、忙しそうに接待している中。
「暇ね」
「ですね」
手持ちぶさたで呆然と立ち尽くしているイヴの切ない姿と、その隣でイヴに対するある不安が現実になったという顔をしているジョセフの姿があった。
開店当初こそ、イヴはその類い希な容姿で人を惹きつけ、多くの指名を取ったものの、今は誰も見向きもしない。
「一体、なぜ……?この私が、こんな……こんな惨めな……ッ!」
「いや、ぶっちゃけ、イヴさん、面白くないですもん」
屈辱に身を震わせている涙目のイヴへ、ジョセフが呆れたように言った。
そう、この業界。あくまで”接待”が重要だ。外見だけでいつまでも売れるほど、甘い業界ではないのだ。
「なんか人間じゃなくて、人形を相手しているみたいというか?客が何を話しても、”ふん”とか、”そう”とか、”別に”とか……一緒に酒飲んで面白いわけないでしょ?イヴさん、接待が仕事って忘れてるでしょ?」
「……ぐ」
「おまけに、いつも何かに苛ついているようなしかめっ面してて、可愛げがないっていうか……軍や学院ならそれでも通用しますけど、ここじゃ通用しないどころか、仇となってますよ」
「うるっさいわね!余計なお世話よ!」
かーっ!と怒りに任せて、イヴがジョセフへと吠えかかる。
「はいはい、つまんない女でごめんなさいね!他の子達みたいに、色目使ったり、媚び売ったり……そんなの私には無理よ!どうせ私はつまんなくて可愛げのない女よ!悪い!?」
すると、ジョセフはそんなイヴを横目で流し見る。
「……な、何よ?」
「いえ……」
訝しむイヴに、ジョセフは物思うように言った。
「……まぁ、本来なら、イヴさんはこんなところにいるべき人じゃないですから。プライドが許さないでしょう?」
「ふん!そうよ、その通りよ!私はイグ――……」
つい家名を出しかけて、慌てて口を噤むイヴ。
それを、横目で流し見て、何か物思うジョセフ。
「まぁ、今はとにかくそれを忘れることかと。一体、何を悩んでいるのか、俺にはわかりませんが、今はご自身の金欠を解決するために稼がないと。雌伏の時ですよ」
「そう……だけど。でも、どうすればいいのよ?自分でもわかってるけど、私、あんまり可愛くない性格だし……人に媚び売るのも下手だし……」
(んー、そういう不器用な所がイヴさんらしいといえばイヴさんらしいけど……)
すると、そんな自信なさげなイヴへ、ジョセフはしばらく考え込み、そしてさらりと提案した。
「別に媚売るのが接待じゃないんですが。そうですねぇ、色々あると思いますが……まずはもっと笑った方がいいと思いますよ?イヴさんって、すごい美人ですから」
「びっ!?」
「ただでさえ、美人過ぎて学院では近寄り難そうな雰囲気持ってますし……まぁ、二組の連中だけはすっげぇ懐いてますけど。まずは笑ってみましょうよ。イヴさんなら、きっとそれするだけで格段と違うと思いますよ」
にやりと笑いかけるジョセフ。
すると、面と向かって美人と褒められ、ほんの少しだけ頬を赤くしていたイヴが、やがて溜め息を吐いて返す。
「何?口説いているわけ?」
「んなわけないじゃないですか、相変わらずなんだから……そんなことよりも、稼がないと、金欠解決しませんよ?なんだったら、本当に援助しましょうか?」
「それだけは絶対に嫌よ。プライドってもんがあるし」
「プライドだけじゃ、やっていけませんよ。世の中強かにいかないと」
「本当、そういう考えはあの男とそっくりね……」
呆れたように肩を竦め、苦笑いするしかないイヴ。
「はぁ~~、なんか、貴方とはなしていると、なけなしのプライドにしがみついて肩肘張ってるのが、バカバカしくなってくるわ」
そんなイヴの姿を見たジョセフが、ふっと笑みを浮かべる。
「……大分、表情が柔らかくなりましたね?肩の力抜けてますよ」
「え?……そうかしら」
「ええ、今までのイヴさんって、学院の時以上に近寄りがたいオーラ放ってましたから。そんだけ、表情が柔らかくなると、そろそろ……」
と、その時だ。
「フレアさんっ!」
キャストの娘が、イヴの元へと駆け寄って来る。
「ご指名が入りましたよ?十番テーブルのあの方です!」
キャストが指差す先を見れば、身なりの良い老紳士がイヴに向かって、微笑みながら手を振っているのが見えた。
「え?私?なんで急に?しかもあの人って、確かこの店の常連で、凄い上客の……?」
「ほらほら、行ってきなさいな、フレア」
ジョセフがイヴ(他のキャストの前ではフレアと呼ぶ)の背中をぐいっと押した。
「難しく考える必要はありませんよ。相手が誰であろうと、アホ男を軽くあしらうくらいのつもりで話してきなっせ。さっきみたいに」
「貴方を相手にしてるつもりで?」
「それくらいが、丁度良いと思います」
「わ、わかったわ……やってみる」
すると、イヴがおずおずとテーブルへと向かう。
だが、ふと、足を止めて、イヴはジョセフを振り返らずに言った。
「そ、その……ありがと、ジョセフ」
「……え?今……え?あの、イヴさんからありがとの言葉が出てきた……?え?マジで?明日、槍が降ってくるんじゃ……」
「う、うるさい!バカ!」
特務分室室長の時代は、社交舞踏会の前に会っただけのイヴとジョセフ。
その後、結果的にはなんとかなったものの、社交舞踏会とフェジテ最悪の三日間の失態で室長を解任され、『軍事教練』の特別講師として学院に赴任した後は、グレン、システィーナ、ルミア、リィエル等と一緒に見かけることはあるが、曲がりなりにもこうやって二人でいるのが極めて珍しい、そんな二人組。
そんな二人組だが、二人の間に流れる空気は、そんなに悪くはなかった。
今回は、ここまでで。