それでは、どうぞ。
――この辺りを境に、イヴの快進撃は始まった。
誰に対しても物怖じせず、媚は売らず、おまけに気位も高いけど、まるで旧来の友人のように話しやすい……ジョセフがグレンとイヴのやり取りや普段の態度を見て思ったことをまとめてプロデュースした、そんなイヴのキャラが受けたのである。
「成る程、至言ね。流石は大商会の会長様だわ。言うことが違うわね……ふふ、本音よ?嘘だと思う?」
今が押せ押せの有力商会の会長の自慢話を相手にしても……
「はぁ……部下に噛み付かれたからって、いちいち腐らないの、まったく……はいはい、話なら聞いてあげるわ。後、ちょっと部下の馴らし方のコツも教えてあげるわ」
部下との付き合い方に悩む官僚の愚痴を相手にしても……
イヴは誰を接待しても、余裕溢れる立ち振る舞いで、颯爽と捌いていく。
ぼっち属性とはいっても、イヴはかつて特務分室室長として、軍の上層部や政府高官ら海千山千の連中と渡り合って来た”出来る女”だ。おまけに、イヴは見識が広く知的で、もともと有識者層が多いこの店の客のどんな話題にも深くついていける。受けないはずがない。元々、普段のツンとした性格を引っ込めてしまえばこの業界で成功する素地はあったのだ。
やがて接待に慣れ、指名を取れるようになって、心に余裕もできたのか、イヴの笑顔も自然と増えた。
時折、店内に花咲くイヴの笑顔はまるで女神の微笑で、その一角だけ明るく光が満ちるかのようだ。
そんなイヴの笑顔を一目見るため、イヴに魅せられた男性客達が店へと足繁く通い、イヴを指名しては、お金を落としていく。
そして、そんなイヴの多大な売り上げは、ジョセフの手腕に依るところも大きかった。
「どうも~、フレアちゃんと盛り上がっているとこ、失礼しますね、紳士様♪」
「ジョシュア!?」
イヴが男性客と会話で盛り上がっている最中、その会話の切れ目へ絶妙に割って入るジョセフ。
目を瞬かせているイヴを余所に、ジョセフが逞しく営業をかける。
「さてさて~、紳士様。ここら辺で一つ、高いお酒でかっ飛ばしませんかねぇ?こちらで高貴で可愛いフレアちゃんに、ちょおっと、いいとこ見せちゃいましょうよ!?お、行く!?本当に行っちゃいます!?さすが紳士様、お目が高いですッ!男らしいですッ!尊敬しますッ!憧れますッ!支配人ッ!ロマンコーツの二十年もの、ボトルでオーダー入りましたぁ~ッ!はい、皆、高潔で気前の良い紳士様に拍手、拍手~~~~ッ!」
ジョセフがアドリブで派手にアピールすると、店内のスタッフ達が総立ちで拍手して、場を盛り上げる。乗せられて注文した紳士も満更でもないようで、頭を掻いて苦笑している。
場が沸き立つ中、イヴにウィンクするジョセフ。よくやるわ……と半ば呆れながらも苦笑を返すイヴ。
極めて珍しい二人三脚で、イヴの指名数と人気は最早、とどまるところを知らず、この界隈での知名度も上がっていく。
だが、人気が上がれば、当然、トラブルも増えていく――
「あの……ギオンさん?す、少し近過ぎるわ。もうちょっと離れて……」
「ぐふふ、いいではないか、いいではないか!フレアちゅわん!」
「きゃっ!い、今、貴方、背中を触って……太股もッ!?」
「いいではないか!フレアちゅわぁん!もっと一緒に盛り上がろうよ~っ!ぐへへへ……」
「ちょっと、や、止め……」
「お客様……」
「ッ!?」
「じょ、ジョシュア……?」
「当店では、キャストへのお触りは固く禁止されています。それを守っていただかないと……お相手変更になりますよ?」(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ)
「ひぃ!?ごめんなさい!」
「ほっ……ありがとう、ジョシュア……助かったわ」
「いえいえ」
このように、イヴが酒癖の悪い客に絡まれることもあったし――
「ほら、イヴさん。水です。落ち着いてゆっくり飲んでください。……大丈夫ですか?」
「う、うぅ……大丈夫じゃない……」
「はぁ、あの客、完全に貴女を酔い潰すつもりでしたよ……あんなのには付き合わなくてもいいんですよ?」
「……ごめん、ジョセフ、助かったわ……貴方が強引に、私をあの場から連れ出してくれなかったら、私……」
「気にしなくていいですよ。イヴさんはしばらくここで休んでください。客の相手は、ウチが他のキャストの娘に協力を仰いで、なんとかしておきますから」
「……いつも、世話になるわね……」
「今は貴女の従者ですから」
「……もう……バカ……」
このように下心丸出しの客に、イヴが酔い潰されてしまうこともあった。
だが、そんなトラブルの都度、ジョセフが手厚くフォローを入れる。
イヴもジョセフがフォローしてくれるからこそ、のびのびと安心して接待に専念できた。
そして、瞬く間に時は流れ――
「お疲れ様でした」
ある日の閉店後。閑散とした店の中で、ジョセフとイヴが二人きりで小さく打ち上げをしていた。
「良かったですね、イヴさん。ナイト・エデンの売り上げNo.1ですよ?」
「……自分でも信じられないわ」
テーブルを挟んで向き合うジョセフとイヴ。お祝いのシャンパン(ジョセフは十五なので、法的に問題ない。てか、連邦にいた頃、ちょくちょく飲んでいた)を注いだグラスを、二人で小さく打ち鳴らす。
最初は、個人的な理由であれ初めて組んでいた時、どこかよそよそしい所があったが、今やすっかり仕事仲間として打ち解けていた。
「きっと、貴方のおかげね、ジョセフ」
「何言ってんですか、イヴさんの実力じゃないですか」
「それでもお礼を言わせて。私、貴方がいなかったら、とっくに辞めてたかクビになってたわ」
「そうでしょうか?イヴさんって頭良いし、強かですよ?それに、ウチはただアドバイスしていただけですし――……」
互いに穏やかに微笑み合い、ちびちびとシャンパンを傾けながら、二人は会話を弾ませていく。
……。
「それに、元はと言えば、私が貴方を巻き込んだみたいなものだし……最初はあんなに渋っていたのに、最近は、やけに乗り気じゃない?どうしてなのよ?」
「別に……ただ、やっていく内に楽しくなってきただけの話です」
まぁ、事情が変わったんだけど……と、ジョセフは心の中でそう思いながら、そう言う。
「にしても……最初は可愛げなくて、本当にやっていけるのか……まぁ、一時は現実になりましたけど、案外、可愛げあるじゃないですか」
「ふん、何よ。貴方こそ、嫌々ながらもここまで付き合ってくれてるじゃない。今時珍しいわよ、そんな良い男」
「これが良い男なんだろうか……うーん、よくわからない……」
ジョセフがそう曖昧に笑っている中、酒の力も手伝って、イヴは段々とフランクになっていく。
「本当よ。あのロクでなしとは違うわ。機転が利くし、紳士で優しいし」
「紳士でもないし、優しくもないですよー。悪ふざけする悪ガキですよー」
……フランクになっていく。
「でも、何かあったら必ず女の子を助けるじゃない。特にウェンディとか。ねぇ、貴方、ウェンディのことどう思っているのよ?」
「どうって、まぁ、幼馴染ですし?とても大切な幼馴染というか……」
「それって、好きってこと?」
「ち、違いますよ!?」
……フランクになっていく。
「でも、グレン先生も、中々いい男だと思いますよ?そりゃ、ロクでもないことしますけど、いざという時は生徒達を守ってますし。あんな騒動が続きゃ、並の男なら逃げ出しますよ」
「ふん、そうかしら?私には冷たい扱いするし、デリカシーなさ過ぎだし。でも、そんな男にシスティーナとルミアとリィエルは懐いているのよね。なんでなのかしら?」
「なんででしょうかね?まぁ、システィーナは自分が先生に懐いているなんて、今は絶対に認めたくないでしょうけど」
…………フランクになっていく。
やがて、酒の入るまま、くたりと脱力してきたイヴが、ジョセフへ熱っぽい流し目を送っていた。
「この世の中、本当にロクな男がいやしないわ。でも、そうね……ジョセフ……あの三人の女の子が貴方に懐くのも無理はないわ」
「三人?もしかして、ウェンディとテレサとアリッサですか?まぁ、やたらと絡むウェンディとアリッサはともかく、テレサも最近絡んではきますけど、懐いているんですかね?」
「……鈍いわよ、勿体ない」
「そういうイヴさんだって……引く手数多っぽそうな気がしますけど」
「そうかしら?そういう浮いた話、私には縁がなさそうな気がするけど」
「だって、今のイヴさん、元々美人だし」
ここまで、フランクになって来て。
二人とも、ふと我に返る。
グラスを傾ける手を止める。
今までの会話を振り返る。
「…………」
「…………」
お互い、一体何言っているんだ?
そう思った途端、なんともくすぐったい沈黙がその場を支配し……
「ちょ……ちょっと、ウチ、今日は飲み過ぎちゃったみたいです!あ、あはははは……」
「そ、そうね!わ、私もちょっと飲み過ぎたみたいね!うん!」
「そ、そろそろ、上がりましょうか!?」
「そ、そうしましょう!明日も早いんだし!」
二人は頬を赤らめ、慌てたように後片付けをし、その場はお開きになるのであった。
――次の日、学院にて。
「――最近、イヴさんと何やっているか、だって?」
「ええ、そうですわ」
校舎のとある廊下の一角にて、ウェンディがジョセフに最近の動きについて問い詰めていた。
もちろん、テレサもアリッサもセットです。
「最近、ジョセフって放課後にイヴさんの所に行っていますよね?もう学院中の中では噂になっているわ。だから、私もウェンディもアリッサも気になっていて……」
「…………」
テレサが続いてそう言い、アリッサは何か事情を知っているのか、珍しく黙ったままだ。
確かに、ここ最近、自分を見ては何かヒソヒソ声が聞こえているような気を、ジョセフは感じていた。
「噂って、一体どんな噂なん?」
ジョセフ自身、あんまり気にしなかったが、
「それは……その……あ、貴方とイヴさんが……」
「……俺とイヴさんが?」
ウェンディさん、なんでそんなに頬を赤くしているんですかね?ん?こいつのこの反応を見る限り、まさか……
「……貴方とイヴさんがですね……つ、つ、つ……」
「…………」
あ、なんとなく予想がついた。
と、ジョセフがそう思った途端、ウェンディの背後からなにやらどす黒いオーラが現れ始めて(因みに、テレサからも)……
「……付き合っているんですの?」
……先ほどの頬を赤らめていたウェンディはどこへやら。一転して怖いぐらい無表情でそう聞いてくる。
(……誰や、そんな噂流した奴は……)
悪いことはしない、今すぐ出てこいや。寛容な心で50口径乱射の刑に処してやる。
「……んなわけあるかい」
はぁ、と。溜め息を吐き、テレサからの圧に少し戸惑いながらも、こう返した。
「あのな、俺がイヴさんに呼ばれているのはな、『軍事教練』の件で、いろいろと相談を受けているからや」
「『軍事教練』の?」
そう、と、ジョセフは頷き、話を続ける。
「イヴさんって、こうやって教官として本格的に教えるのは初めてだからな、お前らにもわかりやすく、かつ、充実した授業にするために、俺を呼んでいるわけ。ほら、俺は帝国軍じゃなくて連邦軍だけど、参考にはなるだろうし、それに……地獄も経験しているし」
「それは……そうですわね……」
「だから、付き合っているとか、そんなのはないから……ていうか、イヴさんってむしろグレン先生の方じゃない?だって、ほら……」
そう言って、ジョセフが指差す方向に三人娘が目をやれば――
「お前って、本当に嫌な女だなっ!」
「ふんっ!貴方って、本当に最低最悪のロクでなし男ねっ!」
校舎の廊下にて、グレンとイヴが、またいつものように、大喧嘩していた。
「まーた、グレン先生とイヴさんだわ……二人とも飽きないなぁ」
「ん。グレンとイヴ、喧嘩ばっかり」
それをどう止めたものかと、システィーナとリィエルが半眼で眺めている。
「……な?」
「喧嘩するほど仲が良い、とはこのことでしょうね」
ぎゃんぎゃん言い合う二人を呆れながら見て言うジョセフに、テレサも呆れながらそう言う。
「……ならいいのですけれど……はぁ、それにしても、飽きませんわね」
ウェンディは何か言いたげな表情で呟くと、やれ行き遅れのお局様ルート確定だ、やれ寂しい喪男人生確定だと言い合うグレンとイヴの姿を呆れながら眺める。
すると、ジョセフはアリッサに近寄り、誰にも聞こえないように話す。
「で、アリッサ……件の人物の尻尾は掴めた?」
「……件の人なら、夕方から夜にかけては貴方とイヴさんがいるところによく出没しているらしいわ。取り巻きを連れては好きにやりまくっているらしいけど」
「マジか……となると、あの店にも――」
「来るでしょうね。大丈夫?派手に暴れられないでしょう?」
「暴れる必要はないさ」
心配そうに見つめるアリッサに、ジョセフはさらりとそう言う。
「そう……でも、ジョセフ。本当にあの噂は違うの?」
「違うって言ってるじゃん」
ジョセフとイヴの噂を改めて否定するジョセフ。
否定したのだが。
「ふーん。まぁ、もしイヴさんと付き合っていたら……ねぇ?」
徐々に、アリッサの背後から黒いオーラが現れ始める。
ていうか、アリッサの空色の目が完全に獲物を見るような目をしている。もし、噂が本当ならば、背後から襲うわよと言わんばかしの圧を、アリッサはジョセフに向けるのであった。
因みに、グレンとイヴの喧嘩を、システィーナは呆れて眺めていたのだが。
彼女――ルミアだけは違っていた。
「な、なんだろう……この状況、何かすごく嫌な予感がする!」
乙女的な第六感で何かを察し、額に脂汗を浮かべている。
「ど、どうしたの?ルミア」
そんなルミアを前に、システィーナは不思議そうに小首を傾げるしかないのであった。
今回はここまでで