ラストです。それでは、どうぞ(笑)
こうして、ジョセフとイヴの、秘密の夜の仕事の日々は、ゆっくりと過ぎていき……過ぎていき……
そして、充分稼いだ二人は(一人は元々経済的に困窮していないのだが)、ここいらが潮時と来月からはこの仕事を辞めるということにした。
そして、今夜はなんかイヴの様子が少しおかしいとジョセフは思いながらもそれを聞く気にもなれず、そうこうしているうちに、ナイト・エデンの営業がいつものように始まる。
だが、その日はいつもと違って最悪だった。
「いえ、だから、何度も仰っているように、カーズ様には、当店のご利用をお控えしていただくことになっておりまして……」
「ああああーッ!うるさい、うるさい、うるさいっ!僕は客だぞ、文句あるのか!?」
ナイト・エデンの入り口付近で、支配人と男性客が揉めていた。
その男性客は、だらしない小太りの男だ。身につけているスーツや装飾品は、やたら高級品揃いである。すでに、大分、酒が入っているらしく、目の焦点も虚ろで呂律も怪しく、どうにもまともな様子ではなかった。
「カーズよ」
イヴの隣に佇むキャストの娘が、そっとイヴに耳打ちする。
「さる有力商会の会長の御曹司様。でも、当人に能力は皆無で、典型的な親の七光りのボンボン。自分はまったく働かず、親のお金で放蕩三昧」
「屑ね」
「うん。でもね……」
キャストの娘が、不意に顔をしかめた……その時だった。
「へぇ?そんなにこの僕に逆らうんだ?じゃあ仕方ないな!」
そのボンボン……カーズが指を打ち鳴らすと、カーズの周りに、フード付きマントに身を包んだ四人の男達が集まってくる。
その立ち居振る舞い、漂う魔力の気配から、イヴは一目で男達の正体を看破した。
「魔術師!」
「そうよ。カーズは、モグリの魔術師を大金はたいて四人も雇ってる。彼らは完全にカーズの犬よ。カーズに命じられた通りの暴力と破壊を周囲に振りまく……彼らに燃やされ、潰された店もあると聞くわ。この界隈で、彼に逆らえる者はいない……」
そう、魔術師と一般人との間には天と地ほどの差がある。
(まぁ……見た感じ、どいつもこいつもその身から漏れる魔力すら隠せない三流の雑魚だけど……一般人から見れば、絶対的な戦力差よね)
そんなイヴの雑感を証明するように……
「わ、わかりました!申し訳ございません!どうか当店でごゆるりとお楽しみください!だから、どうかご容赦を!」
……支配人がついに折れた。
「ははっ!わかればいいんだよ、わかれば!よぉっ!」
カーズが支配人を殴りつける。
吹き飛ばされた支配人が、気を失って床を転がっていき、周囲から悲鳴が上がった。
「……どうします?イヴさん」
すると、カーズをゴミを見るような目で見ながら、ジョセフがイヴに耳打ちする。
「わかっていると思いますが、あの四人組は三流以下の雑魚です。ですが……」
「騒ぎを起こせば、私達の正体がバレてしまう」
「ええ、特にイヴさんの場合はマズいです。ですが、このままだとあの連中が何しでかすかわかったものではありません。暴力・破壊行為を始めたら、誰かが止めないといけない」
そんなことを言うジョセフに、イヴは察する。もし、そうなった場合、ジョセフは魔術騒ぎを起こしてでも止めに入るつもりだ。
確かに、ジョセフの背後には連邦政府がいるから、まだなんとかなる。なるのだが……
「ジョセフ。貴方、それは……」
イヴがジョセフを止めようとした、その時だ。
「あー、もう、せっかく来てやったのに今日はブスばっかだな……この僕に相応しい一流の女の子は……って、おおおおおーーっ!?」
上がるカーズの下品な声。
振り返れば、カーズがイヴを指差していた。
「君!君!そこの赤毛の君!君を指名してやろう!ありがたく思いたまえ!」
「…………」
イヴを頭の天辺からつま先まで、好色そうな目で舐めるように 睨めつけてくるカーズに、イヴは腕組みしながら冷ややかな流し目を返す。
その場の誰もが固唾を呑んで、その動向を見守っている。
……やがて。
「わかりました。今宵は精一杯、おもてなしさせていただきますわ」
イヴが諦めたように一つ嘆息し、颯爽とカーズの元へと向かうのであった。
「ちょ、マジで行くんすか?」
「大丈夫よ」
「…………」
自分達が置かれている状況なだけに、ジョセフはそれ以上何も言えず、イヴの背中を黙って見送るしかない。
こうして、イヴの今夜の接待営業が始まるのであった。
(あちゃー、こりゃ大丈夫か……大丈夫じゃないな……)
別にカーズとかその取り巻きは脅威じゃない。
なにせ、特務分室の元室長、執行官ナンバー1≪魔術師≫のイヴと、現役のデルタ分遣隊、ナンバー6≪マサチューセッツ≫のジョセフがいるのだ。カーズ程度が雇った魔術師など、何百人いようが物の数ではない。その気になれば、一瞬で制圧できる。
だが、今のイヴとジョセフは素性を隠している立場なのだ。
いくらカーズ側に非があろうとも、ここで魔術絡みの騒ぎを起こせば、確実に警邏庁や学院に話がいく。
そうすれば、イヴとジョセフがこの店で働いていたことなど、すぐに上層部にバレてしまうだろう。
今でこそ、この業界で働く人達にも様々な立場や事情があり、決してバカにしていい仕事ではないのだが、求人広告のチラシを見た時のイヴの反応のように、世間一般のこの業界にたい対する偏見は強い。
ここで働いていたことがバレれば、ジョセフの場合は、まだなんとかなる。
だが、問題なのはイヴだ。
イヴの場合、せっかく学院で築いた信用や立場など、瞬時に地に墜ちる。
それだけならまだしも、最悪、懲戒免職もあり得る。
つまり、破滅だ。室長時代とは違い、今のイヴには騒ぎを自分の思い通りに収める力はない。
(騒ぎを起こせばどうなるのか、それはイヴさんが一番知っているはず。だから、ここは一時の我慢をして、あの屑を相手をするんだろうと思うんだけど……)
自分を殺し、我慢してやり過ごせば、それで丸く収まる。それは、確かに間違いない。騒ぎを起こして、破滅するよりかは、そっちの方が軽く済む場合もある。
だが、ジョセフはイヴの性格じゃ、とてもではないが、最後まで保たないと思っていた。
カーズのような男は、大抵、女を見下す傾向にある。当然、イヴに対してもそのように接するはずだ。
となると、果たしてイヴはそのような男から出る言葉、態度に耐えられるのだろうか?
あの気位が高く、口を噤んでいたが”イグナイト”という家名を出す、プライドが高い彼女が?
無理だ。最初は耐えても、逆鱗を抉られてしまえば最後。感情を制御できず、騒ぎを起こしてしまう。
(そうなったら、イヴさんはお終いや。カーズは有力商会の御曹司だから、下手したら警邏庁からはお咎めなしだが、イヴさんの場合はイグナイト家から勘当されているのも、先生から聞いている。当然、イグナイト家は知らぬ存ぜぬの態度を取るに決まっている)
じゃあ、ジョセフが割って入って止める?
それもイヴにとっては危ない。ジョセフの場合は連邦軍の軍人だから警邏庁に対しても学院に対しても、軍や政府からの圧力で穏便に事後処理を済ませることができる。だが、イヴまではさすがに庇いきれない。それこそ、帝国軍から連邦軍へ所属を変更しない限りは、だ。
(だから、俺からは手出しできない。だから……)
実は、手はあった。
なにせ、獲物が自分から来たのだから。後は、実行するだけ。
(というわけで、”呼びましょう”かね……といっても、イヴさんがブチ切れる前に来てもらうように急かさないと……)
彼らが来るまで、どうかイヴさんがキレませんように、と。ジョセフは祈りながら、袖のボタンに向かってなにやら呟くのであった。
――そして。
果たして、ジョセフのの言う通り、イヴがこれから受けることになる屈辱は、これまで誇り高く生きてきた彼女にとって、あまりにも過酷なものであった。
同じテーブルにつき、カーズと隣り合ってソファーに腰掛け、必死に接客するイヴ。
だが、そんな彼女をあざ笑うように……
「本当にわかってるの?僕の話、理解できてる?適当に相槌打ってるだけじゃない?君にはちょっと難しかったかな?ねぇ?」
「え、ええ、もちろん……」
「ほら、嘘!今、目、泳いだよ、フレアちゃん!あはは、いいんだよ、無理しなくて!女って皆、バカなんだからさ!」
「…………ッ!」
「早く!ほら、早く注いで、遅いって!指示待ち人間だな、君は!ほら、注いだら飲む!ほら、飲んで飲んで飲んで!」
「ぅ……その……これ以上は……」
「かぁ~~っ!女って本当に空気読めないなぁ~~ッ!僕、君のお客様なんだけど?君って、本当に顔だけなんだね!いやぁ参っちゃうな、あははははっ!」
「………………ッ!」
「ちょ、ちょっと……カーズさん……どこ触ってるんですか!?そ、そこは……」
「うるさいなぁ、けちけちするなよ……君、どうせ、顔と身体しか価値のない女なんだからさ……」
「……~~~~ッ!」
パワハラ、アルハラ、セクハラ……わざとやっているのかと思うくらい、ありとあらゆる屈辱がイヴを襲った。
もうこれ以上は
なにより、イヴが訴えかけるような目をジョセフに送り続けたため、左手をかざしても、そこから雷閃が放たれることはなかった。
こうして、イヴは健気に、屈辱に耐え続けていたのだが……
「よーし、決めた!今夜は君を買ってやるよ!」
そんな、女性を自分のオモチャとしか思っていないような言葉が、カーズの口から平然と突いて出た時。
「……」
もう、さしものイヴも限界だった。
「君、頭は悪いけど、顔と身体は一級品だからね!……で?いくら?」
「……当店ではそのような枕営業は行っておりません。お引き取りを」
妙に底冷えする声を放つイヴ。
(やっべ、これまじでアカンやつや……)
そんなイヴの様子に、ジョセフは最悪の事態を予想する。
だが、酒気で顔を真っ赤にしたカーズは、そんなのお構いなしに言い放った。
「ははは、ところで、君……元貴族だよね?」
「――ッ!?」
カーズの妙に鋭い指摘に、イヴが硬直する。
「ふふん、当たりぃ……僕みたいにこの界隈に精通しているとね……わかるんだよ……君みたいに落ちぶれてやってきた子はね。皆、君みたいなオーラ出してるんだ、”こんなの違う、私の居場所はここじゃない”って……」
「…………」
「ぷっ!僕ね、そんな落ちぶれた子を買うのが大好きなんだよね!君みたいなお高くとまった子が、金に困った挙句、屈辱に震えながら股を開く瞬間とか、もう最高でさ!」
「……………………」
イヴは固く拳を握りしめて俯き、黙っていると、カーズはさらに続けた。
「本当に女ってバカだよねぇ?いくら外面だけ取り繕っても、もう貴人でもなんでもないのに。それに一度落ちぶれたらもう二度と戻れない、これがこの世界の厳然たるルールだ。わかるかい?君はこの底辺で、僕みたいな強い男に媚びながら生きていくしかないんだ……ほら、媚びなよ?もし、具合が良かったら、しばらくは君を飼ってあげてもいいよ?うん?」
もう、イヴには何も聞こえない。
限界だった。握りしめた手は白くなり、きゅっと固く瞑った目尻には涙が浮かぶ。不覚にも涙を堪えられない。
なぜなら、”一度落ちぶれたら二度と戻れない”――そんなカーズの指摘は、イヴが家を勘当されて以来、ずっと抱えてきた不安だったからだ。
(もう無理ですって?私が貴族に返り咲くのが?そんなの薄々わかってる……わかってるのよ……ッ!)
だが、ここまでコケにされ、誇りを傷つけられ、黙っていられるはずがない。そこまで落ちぶれてはいない。
だとえ、家を勘当されても……自分は貴族なのだから。
”恩には報い、侮辱には剣を”
(もう、どうなってもいいわ……思い知らせてやる……ッ!)
ずっと、ひた隠していた逆鱗を的確に抉られてしまったイヴは、すでに感情の制御がまるで利かなかった。
ここで騒ぎを起こせば、イヴを襲うのは本格的な破滅だ。
でも、もうどうしようもない。
涙目になりながら、イヴは自分に残された最後の誇りを守ろうと、予唱呪文を時間差起動させ、炎を出そうとしていた――
(ヤバい、ヤバい、ヤバいって……ッ!)
こんなちっぽけでつまらない男のために、破滅に向かおうとしているイヴを見て、ジョセフはこれ以上待てないと思い、左手をカーズに差し向ようと構える。
もう待っていられない。このままだとイヴは間違いなく破滅する。
そうなったら、目覚めが悪いったらありゃしない。
とにかく、イヴが魔術絡みの騒ぎをする前に、自分が騒ぎを起こすことで少しでも、この後のことで自分に目を向けさせる必要がある。面倒だし、学院に漏れたらいろんな意味でやりにくくなるが、まだ、なんとかなる。
イヴがカーズというとるに足らない男を燃やすという惨事を引き起こす前に、ジョセフは左手をかざし予唱呪文を時間差起動させ、雷閃を生み出そうとして――
「「えっ!?」」
――だが、なぜか、イヴからは炎が、ジョセフからは雷閃は出なかった。
代わりに、ジョセフとイヴの両手は、
そして――
「ちぃーーーっす」
その代わりにやって来たのは、黒いスーツに身を包んだ、いかにもこの店にくるような客じゃない男女の一団が現れた。
先頭の男が、店内に入るなり、ずかずかとカーズとイヴ達元に向かい、どかっとテーブルの向かい側に腰掛ける。
(この男って――ッ!?)
その男――黒い肌の長身の男を、イヴは見覚えがあった。ていうか、知っている。
他の男女も見ていれば、見覚えがあるというかもう知ってる面々だった。
「……ほっ、危なかった……」
ジョセフはその一面を見て、最悪の事態は避けられたと胸をなで下ろした。
「な、なんなんだ、お前達は!?」
突然、見知らぬ一団の登場で、カーズは狼狽えながら吠えていた。
「カーズだな?お前がここにいるという情報があったから、お前に会いに来たのさ。えーっと……」
男はそう言って、懐から何かを取り出す。それは一枚の書類だった。
「えーっと……書類にはこう書いているぞ。”お前を逮捕する。罪状は……うわ、これ人の面前で言っていいのか?」
「は?逮捕?な、なぜ……」
男は書類を取り出し、それを読み上げる。カーズが呆然としていてもお構いなしだ。
「なぜって?そういや、君は先月、メリーランド州ボルティモアに『旅行』に行っていたよな?」
「――ッ!?」
男にこう指摘された途端、カーズは硬直し、顔を真っ青にする。
メリーランド州ボルティモアと聞いた途端、この一団は帝国の警邏庁の連中ではなく、連邦の警察――いや、カーズを逮捕するためにわざわざ帝国まで来たのだから、連邦捜査局の人間だということがわかった。
「だろ?で、そこで君とそこの取り巻きは……言うぞ~」
「や、やめ……ッ!」
「――器物損壊。まぁ、これくらいならまだマシだな。そして、お次は、建造物放火ッ!……しかも、その時の火災で、死者も出ているから……放火殺人だな、こりゃ……ッ!」
「ひ、ひぃ……ッ!」
ところどころ強調するかのように、顔を近付ける男に、今までの威勢はどこへやら、今のカーズはただただ怯むだけだ。
そして、どんどん読み上げられるカーズとその取り巻き達が連邦で犯した数々の罪状。
それを聞いた周りの者は……簡単に言うと、”コイツ、もう終わった”というのが正直な感想であった。
なんていうか、軽いほうからは器物損壊、脅迫。重いものは、強姦、殺人や殺人教唆まで。
とにかく、この世のありとあらゆる罪を総なめしたというほどの罪状が、読み上げられる、読み上げられる。
ここまでいくと、もうどうしようもない。父親である会長でも庇うことができないし、賄賂を使って、もみ消すとなると……軽く破産する。帝国の警邏庁でも、こんな罪状を知ったら、お咎めなしはできない。
ましてや、相手は連邦捜査局。こんな手は使えない。
「――以上だ。逮捕状で二枚いくなんて、世界でもお前が初めてかもな。もういっそのこと、この世のありとあらゆる罪を犯したって書けばよかったのに、裁判所も真面目なこって」
半分呆れ、そして、不謹慎にも感心したように肩を竦める男に、カーズは強がるように吠える。
「ぼ、僕を逮捕するのか!?そんなことしたら、僕のパパが黙っていないぞ!」
「んー?別にお宅の父親もさすがに庇いきれないし、あいにく、お宅らの商会が連邦から手を引いても構わんしな。そこまで影響ないし。ここでは、いけいけなんだろうけど、連邦ではお宅らは小さな石ころにしか過ぎないし」
カーズの父親が率いる商会は、帝国では有力だが、連邦ではそこまでじゃない。むしろ、無名だ。
そんな商会の御曹司がいくら吠えたところで、脅威にもならない。
「というわけだ。これから、あのボルティモアに行くぞ。そう、あの治安が香ばしいボルティモアに」
「く、くそっ、やれっ!やってしまえ!」
追い詰められたカーズが、周囲の四人の魔術師達に吠える。
四人の魔術師達が慌てて、呪文を唱え始めるが……
「≪遅い≫」
……四人の魔術師達は、呪文を唱えることはなかった。なぜなら、凍ってしまったから。
「な、なぁ……ッ!?」
セミロングの茶髪の女から詠唱した呪文で、凍ってしまった魔術師達を見て、カーズは腰を抜かしてしまう。
「さて……貴方には黙秘権がある。供述は、法廷で貴方に不利な証拠として用いられる事がある。貴方には弁護士の立会いを求める権利があるし、もし自分で弁護士に依頼する経済力がなければ、公選弁護人をを付けてもらう権利がある……といっても、この様じゃあ、結果は変わらんだろうがな」
「ひ!?ひぃいいいい――ッ!?な、なんなんだ、お前らは!?」
「さぁ、お遊びはここまでだ。連れて行け」
男がそう言うと、女が腰が抜けたカーズの首根っこを引っ掴み、ずるずると店外へと引き摺っていく……
「い、嫌だぁあああああああ――ッ!?あんなところには行きたくないぃいいいいい――ッ!だ、誰か助けて……助けてぇえええええええええええええ――ッ!?」
カーズの悲鳴が、みっともなく辺りに木霊するのであった。
「…………」
イヴは、一団を見た後、ジョセフに振り向く。
ジョセフは、何とかなったと、苦笑いでイヴに返すのであった。
…………。
「――あ~、危なかったぁ。もう少し、アリの姐さん達の到着が遅れていたら、イヴさん、破滅していましたよ?」
全てが終わった後。
ジョセフは店の路地裏で、イヴを相手に、ほっとした顔で話していた。
ジョセフの背後には、茶髪のセミロングの女性――ナンバー9≪ニューハンプシャー≫のアリ=デシャネルと、アリッサがいた。
「実は、連邦捜査局がカーズの逮捕に動いてましてね。何をやったのかは、あの通りなのですが、なにせ、性質の悪い奴でして。連邦捜査局が本土から帝国に派遣される矢先に、カーズは別の所で暴力・破壊行為をしていたのですが、そこの一つにアメリカ人が経営している店があったんです。で、連邦捜査局からの要請で、なるはやで逮捕することになったんです」
「…………」
「カーズの奴らは、フランクとティム達が連れて行って、まずはこの辺りの元締め(ルチアーノ家)に引き渡したわ。その後は、連邦に連行されるからここは平和になるでしょうけど……それにしても、貴女が、なんで水商売なんかを……?全然、イメージがつかないんだけど?」
「……それは」
カーズの顛末を言って、怪訝そうにイヴを見るアリに、イヴは何言ったものかと口ごもるが、やがてアリは言わなくていいと手で合図した。察したのだろうか。いずれにしろ、詮索する気はないらしい。
「そんじゃ、俺達はこれにて。明日からは、いつも通りで。んじゃ、これからも仕事があるんで」
そう言って、ジョセフ達は、イヴにくるりと背を向ける。
「あ、そうそう。あの屑の言うことは気にしないでください。イヴさんなら絶対に返り咲けるから」
「!?」
「なんで、イグナイト家から勘当されたのか、詳しくはわからないし、事情もよくわからないですけど、目の前のことに精一杯頑張っていましたし。一度や二度の挫折があったとしても、いつか必ず、皆、イヴさんのことを見直すと思います。あるいは、返り咲いて、今のイグナイト家を変えることができるかもしれません。ちゅうわけで、お先に失礼します」
最後にそう言い残し、ジョセフはイヴの前から去って行く。
「待って、ジョセフ」
そんなジョセフを、イヴは呼び止める。
「?」
「……本当にありがとう。さっきのも、貴方が動いていなかったら、私は破滅していたわ」
そんなイヴに、ジョセフはきょとんとして、そして――
「……明日は、爆弾が降ってくるんじゃないかな?」
そう苦笑いするのであった。
こうして、ジョセフとイヴという珍しい組み合わせで始まった副業は、終わりを告げることになった。
――後日。
「ジョセフ?あ、貴方、目の隈、酷くありません?昨日は寝ました?」
二年次二組の教室内にて、机に突っ伏してグロッキー状態になっているジョセフに、ウェンディが心配そうに声をかけていた。
「今日は朝から、居眠りしていましたし。本当に大丈夫なんですの?具合が悪かったら、医務室に行ったほうがいいんじゃないですの?」
「大丈夫……昨日、ちょっと遅くまで仕事していたから、それで、ね」
まるで死にかけの状態になっていたジョセフが、机に突っ伏し、ウェンディは心配そうに顔を覗き込む。一方でアリッサも朝から全く起きず、テレサがゆさゆさと起こそうとする。
あまりの目の隈の酷さに、午前中の授業はまともに受けられていない状態であった。
「えーと、確か……仕事が終わったのが……日付が変わっての3時に終わって……そっから、家に帰って……寝たのが4時で……起きたのが5時……うん、大丈夫。1時間は寝ているから。……あ、今日のお昼、どうしよう……」
「え?それって、寝たっていることになるの?え、それほぼ寝てないんじゃ……?ていうか、段々と壊れてきてない?ジョセフ」
「はぁ……仕方ありませんわね……無理に起こしても、アレですし、ノートをまとめておいておきますわ」
システィーナが、頬を引きつらせながらそう言い、ウェンディがため息を吐きながら、言っていた、その時だった。
どんっ!机に突っ伏すジョセフの顔のすぐ傍に、バスケットが置かれた。
「?」
ジョセフが見上げれば……そこにいつの間にか、実に不機嫌そうなイヴが立っていた。ジト目でジョセフのことを見下ろしている。
「あれ?イヴさん?」
「どうしてここに……」
そんなシスティーナ達の言葉には答えず、イヴはジョセフに言った。
「”恩には報い”……昨日まで無茶に付き合ってくれたお礼よ」
「…………」
「まぁ、貴方のおかげで、色々となんとかなりそうだし?……まぁ、礼は言っておくわ。ありがと」
「……え?」
一方的にそう言い捨てて、くるりと身を翻して去って行くイヴ。
「え?い、一体……え?」
そんなイヴの意外過ぎる様子に、システィーナはもちろん、ルミアも他の生徒達も目をぱちくりするしかなく……
「はぁ……相変わらずなこって……ぐえッ!?」
「じょ、ジョセフ!あ、ああああ、貴方、本当にイヴさんと何していたんですの!?まさか、いかがわしいことを……ッ!いかがわしいことを……ッ!?さぁ、観念して言ってくださいましっ!ジョセフッ!」
「ちょ、ウェンディ!?貴女、ジョセフの首絞めてるからッ!死んじゃう!ジョセフが死んじゃうからッ!落ち着いてッ!?」
苦笑いするジョセフに、ウェンディがぐるぐるお目々になってジョセフの首に細腕を回し、なにやらのたうちまわり、それをシスティーナが慌てて止めに入る。
「ふふっ、そうですよ、ウェンディ。ほら、深呼吸して、深呼吸」
「すーはー」
「ぅ……く、苦しい……胸が……潰れる……」
「貴女こそ落ち着いて、テレサ!?今、話しかけてるのはウェンディじゃなくてリィエルよ!あと、両手!両手にめっちゃ力入ってる!?アリッサを机に押し付けちゃってるから!本人、苦しそうにしているから!?二人とも落ち着いて!?」
聖母のようにニコニコ顔でリィエルに諭し、アリッサを押さえつけてしまっているテレサもご乱心しているなど。
イヴの意外過ぎる行動に、ジョセフの周りは、騒乱状態になるのであった。
因みに、バスケットの中身……イヴがジョセフへ渡した弁当のメニューは『塩茹でパスタ・ソースなし』。
それを見て、ジョセフは機会あったら料理教えようかな?と、それを見ながら思うのであった。
次回は、ジョセフが超甘えん坊になります(笑)
番外編のネタ募集で投稿されたネタです(笑)