ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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12月に突入いたしました。




23話

 

「と、言うわけで…だ」

 

 所変わって。

 

 アルザーノ帝国魔術学院、二年次生二組の教室にて。

 

「本日から、新しくお前らの学友となるリィエル=レイフォードだ。まぁ、仲良くしてやってくれ」

 

 グレンがリィエルを連れて教室に姿を現すと、おお、と生徒達の声が上がった。クラスの生徒達――特に男子生徒――は教壇の横に立った新しい仲間の姿に色めき立つ。

 

「おぉ……」

 

「……か、可憐だ」

 

「うわぁ、綺麗な髪……」

 

「なんだかお人形さんみたいな子ね……」

 

 お人形。確かにそれはリィエルの容姿を的確に表しているのかもしれない。

 

 リィエルは肉体年齢的にはこのクラスの生徒達とほぼ同い年なのだが、どうにも年齢以上に童顔で、しかも小柄なので年齢より幼く見える。髪の色は非常に珍しい淡青色、その瑠璃色の瞳は常に眠たげに細められており、感情の色はまったく見せない。だが、その相貌は実に端麗であり、無駄な身じろぎ一つない、まるで彫像のように静謐なその佇まいは確かに人形という評価が妥当だ。

 

 ただ、当の本人は自分の卓越した容姿になど、まったく興味がないのだろう。伸び放題の髪には櫛すら通されておらず、うなじあたりで一部を適当な紐で括って背中に垂らしているだけ。誰もが羨むような、その蒼く美しい髪の扱いは酷く雑だった。

 

 だが、、それを差し引いても――

 

「め、滅茶苦茶可愛い子だよなぁ、リィエルちゃんって……」

 

「つーか、このクラスの女子、全体的にレベル高過ぎだろ……」

 

「決めた。俺、無派閥だったけどリィエルちゃん派になるぜ…カイ、お前もどうだ?」

 

「あぁ、そうだなロッド…俺もリィエルちゃん派になるわ……」

 

「ふん…俺はウェンディ様以外眼中にないぜ!例え、ジョセフがいるとしても依然、変わりなくッ!」

 

「そこ!男子うるさい!」

 

 案の定と言えば案の定だが、新しい編入生――しかも容姿が人並み外れて優れている少女を――を前に、教室内は男子生徒を中心に、ざわざわと騒がしくなりつつあった。

 

(まぁ、確かに何も喋らず、何もしなければ、美人だよなぁ。何もしなければ)

 

 そう、口を開かず黙って佇んでいればの話だが。

 

「あー、まぁ、とにかくだ」

 

 グレンはざわめくクラスの生徒達の注意を強引に集めた。

 

「お前らも新しい仲間のことは気になるだろうし、まずはリィエルに自己紹介でもしてもらおうか。つーわけで、リィエル」

 

 すると、クラス中が静まり返り、注目がリィエルに一斉に集まった。

 

 そして、リィエルの言葉に傾聴しようとする。

 

 ……のだが。

 

「………………………………………………………………」

 

 ……沈黙。

 

(何か嫌な予感がするのだが)

 

 クラス中の視線が集まっているというのに、リィエルは眠たげな無表情を一片たりとも揺らすことなく、じっと押し黙っている。

 

 次第に気まずい沈黙がクラスを支配していく。

 

「……って、おい」

 

 その気まずさに耐えられなくなったグレンがリィエルの頭を横から指で小突く。

 

「聞こえなかったのか?それともわざとか?」

 

「……?」

 

 ほんの少しだけ、不思議そうにリィエルがちらりとグレンを流し見た。

 

「あの…頼むから自己紹介してくれませんかね?間が持たないんですけど?」

 

「……なんで?わたしのことを紹介してどうするの?」

 

「いいからやれ!頼むから!お決まりっつーか、定番っつーか、そういうもんなんだよ!こういう場合!」

 

「……そう。わかった」

 

 微かに頷き、リィエルが一歩前に出る。

 

 そして。

 

「……リィエル=レイフォード」

 

 ぽつりと呟いて、ほんの少しだけ頭を下げた。

 

「………………………………………………………………」

 

 ……沈黙。

 

「……おい、続きは?」

 

「……もう終わった」

 

 さらに数秒間の沈黙。

 

 そして。

 

「名前しか紹介してねえだろうがッ!?てか、名前の紹介は最初に俺がやったっつーの!?ふざけてんのか!?どんな思春期真っ最中で『斜に構えまくったクールなオレかっけー』的なガキでも、もうちょっとマシな自己紹介するわ――ッ!?」

 

(いや、これだけで終わらせたほうがいいかもしれない……)

 

 がくがくがくっ!と、グレンはリィエルの頭を両手で鷲掴んで前後にシェイクする。

 

 クラスの生徒達は呆気に取られて――ジョセフだけ頭を抱えて――その意味不明漫才を見守っている。

 

「でも、グレン。何を言えばいいかわからない」

 

「なんでもいいんだよ、趣味でも特技でも!とにかく皆がお前のことを知れるように、お前自身のことを適当に話せるだけ話しときゃいいんだよ!」

 

「……そう。わかった」

 

(いやいや、それはマズいって先生!)

 

 ジョセフは心の中でやめた方がいいと直感で感じた。絶対口に出してはいけないことを言いそうな気がする。

 

 リィエルは微かに頷き、改めて一歩前に出る。

 

「……リィエル=レイフォード。帝国軍が一翼、帝国宮廷魔導士団、特務分室所属。軍階は従騎士長。コードネームは『戦車』、今回の任務は……」

 

「だあぁあああああああああ――ッ!あぁあああああああああ――ッ!」

 

(やっぱり言いやがったよ、この子ッ!)

 

 突如、グレンが奇声を上げてリィエルを横抱きにかっさらい、猛速度で教室の外へ飛び出していった。

 

「えーと、リィエルちゃん。今、なんて……?」

 

「うーん、よく聞こえなかったけど…帝国軍がどう、とか……?」

 

 グレンの変な叫び声のせいで、生徒達は小声のリィエルが何を言っていたか、さっぱり聞き取れなかったようだ。

 

 そんな生徒達を他所に、教室の外からは「このアホ!」だの、「お前何考えてやがんだ!?」だの、グレンの怒声が聞こえてくる。

 

(めっちゃ不安だ……)

 

 ジョセフは、かなり顔を真っ青にして汗が流れている。

 

(そのうち、ウチの正体バラしそうで怖いんやけど!?バラシてみ、一瞬で皆引くで!?いや、ウチおられんことになるわ!もし、バラシたら、道連れに壁に磔てM1917の餌食にしちゃる!)

 

 そして、たっぷり数分後。

 

 教室の外で何やら言い合いっこしていた二人がようやく戻ってきて……

 

「……将来、帝国軍への入隊を目指し、魔術を学ぶためにこの学院にやってきた、ということになった。出身地は…ええと、イテリア地方…?年齢は多分、十五。趣味は…確か…読書。特技は…ええと、なんて言えばいいんだっけ?グレン」

 

「俺に聞くな」

 

 ぴきぴき、とグレンがこめかみを震わせながら呻いていた。

 

(何で疑問形が入っているんだ?あと多分って何だ、多分って……)

 

 この半端ないやっつけ取り繕い感に、クラスの生徒達は唖然としている。

 

 そんな中、グレンは困惑渦巻くクラスの空気を強引に無視し、話を進めようとする。

 

「とまぁ、リィエル=レイフォードさんでした!あはは、いやぁ、実にどこにでもいるごくごく普通の生徒だよなぁ!お前ら、この平凡でごくごく普通極まりない、むしろ普通過ぎてつまんないリィエルとこれから仲良くしろよ?では、早速今日の授業を……」

 

(はぁ、やっと……)

 

「一つだけ、よろしいでしょうか?」

 

 終わらなかった。

 

(ちょッ、おまッ!?)

 

 生徒達の一人が手を挙げる。ツインテールのお嬢様、ウェンディだ。

 

「私、リィエルさんについて一つ疑問が御座いますわ。質問よろしくって?」

 

「あー、ここに来るまでの長旅でリィエルは疲れているはずだ。疲れているよな?疲れているに決まっている。うん。だから、そういうことはまた今度にしてやって……」

 

 露骨に嫌そうな顔して、グレンが流そうとするが……

 

「……ん。なんでも聞いて」

 

「お前はね!ちょっとは空気読んでくれませんかねぇ!?それとも何か!?俺に恨みでもあんの!?」

 

 即座に肯定したリィエルに、グレンは頭を掻き毟って天井を仰いだ。

 

「差し障りなければ教えていただきたいのですけど。貴女、イテリア地方から来たって仰りましたが、貴女のご家族の方はどうされているんですの?」

 

「!」

 

「……家族?」

 

 その問いに、グレンが微かに目を見開き、リィエルがほんの少し眉を動かす。

 

(……?先生?)

 

「……兄が…いた…けど」

 

「そう、お兄様がいらっしゃるの。ふふっ、なんていう御方ですか?今、どこにいらっしゃるんですの?何をされている方なのでしょうか?」

 

(……リィエル?何か様子がおかしい)

 

 ウェンディの質問は別段不自然なものではない。

 

 家族に関する質問は、自己紹介をすれば普通に出てくる定番の質問だ。

 

 だが、なぜかリィエルは、その問いに虚を突かれたかのように硬直し……

 

「兄の…名前は……」

 

 少し眉根を寄せ、こめかみに手を当ててリィエルが答えようとして……

 

 微かに震える唇を動かし、迷ったように言葉を紡ごうとして……

 

「名前、は………名前…………な、まえ………」

 

 それでもなぜか、リィエルが名前を言い淀んでいた。

 

 眉間にしわを寄せて俯くリィエルのその相貌はどこか苦しげで……

 

「すまん。家族に関する質問だけは避けてやってくれ」

 

 珍しく深刻な表情をしたグレンが、割って入った。

 

「実はこいつには今、身寄りはいない。……それで察してやってくれないか?」

 

「えっ!?そんな…でも、確かに『いる』じゃなく『いた』と…も、申し訳御座いませんわ、リィエルさん。私ったら何も知らなくて…決してそんなつもりでは……」

 

 たちまち恐縮したように目を伏せ、ウェンディがリィエルに謝罪する。

 

(先生…何か隠してるな)

 

 ジョセフはリィエルには何かあると感じた。そして、グレンはそれを知っている。

 

「……大丈夫?問題ない」

 

 ぽつりと呟くように応じるリィエル。どこか納得いかないような、戸惑っているような表情が、珍しくその能面に見え隠れしていた。

 

「じゃ、じゃあさ!」

 

 そんな、どこかぎこちなくなったクラスの空気を吹き飛ばさんと、勇者が手を挙げる。クラスの兄貴分役、カッシュだ。

 

「リィエルちゃんとグレン先生って、どういう関係なんですか?なんかその、知り合いっぽいし、すげえ親しそうだし、ここは一つ、是非とも教えてほしいなぁー?」

 

 カッシュの質問は、今、このクラスの全員の胸中(特に男子)を代弁したものだった。

 

「あ、そうそう、それそれ。それは私も気になっていましたわ!」

 

「やっぱそうだよなぁ?ここはキッチリ聞かせていただかねーとなぁ?」

 

「さっきから、どう見てもただの知り合いとかじゃなさそうだし……」

 

 そんなカッシュの振りにクラスも努めて乗ったのだろう。

 

 再び、クラスが喧騒に包まれ始める。

 

「……わたしと、グレンの関係?」

 

(うわぁ、一番言いにくい質問来やがった)

 

 グレンとリィエルは軍時代の同僚だ。しかし、グレンはジョセフとシスティーナ、ルミア以外の生徒には話していない。

 

 どう言えばいいのか迷っているのだろう。グレンが言葉を詰まらせた、その時。

 

「グレンはわたしのすべて。わたしはグレンのために生きると決めた」

 

 その一瞬で、グレンはバッサリと致命傷を負わされた。

 

「ちょ――ッ!?リィエル、おま――」

 

 ぎょっとしたグレンが否定する暇もなく――

 

「きゃああああああ――ッ!大胆~ッ!情熱的~ッ!」

 

「ぐわぁあああッ!出会って一目で恋に落ちて、もう失恋だぁああああ――ッ!?」

 

 上がる女子生徒の黄色い声と、男子生徒の悲鳴で教室は大混乱に陥った。

 

「禁断の関係!先生と生徒の禁断の関係よ~ッ!きゃーっ!きゃーっ!」

 

「……先生と生徒がデキているのは、倫理的な問題としていかがなものかと」

 

「へぇ。やるなぁー、先生!なぁ、ジョセフもそう思うだろ?」

 

「せやなー、やるなー(うん、まぁ、なんとかなったわ)」

 

「な、何を仰ってるの、ジョセフ、カッシュさんッ!?これは問題!問題ですわ――ッ!」

 

「そう言いながらお前、すんげえ目、キラキラしてんなぁ……」

 

「ちくしょう、先生よぉ…アンタのことはなんだかんだで尊敬してたが…キレちまったよ…久々になぁ…表出ろやぁああああ――ッ!?(号泣)」

 

「夜道、背中に気をつけろやぁああああ――ッ!?(号泣)」

 

 禁断の恋愛に盛り上がる女子生徒達。禁断の恋愛を問題視する優等生陣。なんとか身バレせずに済んだ連邦の留学生。リィエルとお近づきになりたかった大半の男子の怨嗟の渦。生徒達は、それぞれが想像力の翼が羽ばたくままにグレンとリィエルの爛れた関係を邪推し、言いたい放題の大騒ぎだ。

 

 そして――

 

「やかましいぞ、グレン=レーダスッ!貴様、何、バカ騒ぎさせておるかッ!?私の授業の妨害のつもりか!?おのれぇ、貴様、どこまで私をぉおおおお――ッ!?」

 

 隣のクラス、一組の担当講師このハゲェ先生までが血相を変えて駆け込んできて――

 

 ……もう、とても収拾はつきそうになかった。

 

(もう無茶苦茶や……)

 

「だぁあああああッ!?もう!どうしてこうなるんだぁあああああ――ッ!?」

 

 ジョセフは頭を抱え(これで何回目だろうか)、グレンの魂の叫びが学院内に響き渡る。

 

 そして、その阿鼻叫喚の地獄絵図の中、ただ一人。

 

「……?」

 

 リィエルだけが不思議そうに、その様子をぼんやり眺めていた。

 

 

 




 このシーンは笑いながら読んでいました(笑)

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