ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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 さあ、今回のリィエルはなにをやらかすんでしょうか?




24話

 

 今、二組は学院の魔術競技場にいる。

 

 あれからハミガキコ先生が決闘をグレンに申し込もうと息巻き、それをグレンがなんとか丸め込み、リィエルとの関係についての誤解を舌先三寸なんとか解いていた。

 

 一連の騒動で思わぬ時間を浪費し、本日の授業予定が大幅に狂ってしまったため、グレンは仕方なく予定を変更し、魔術の実践授業を急遽行うことにしたのだ。

 

 それと、外に出て皆と一緒に身体を動かすことでリィエルが早くクラスの皆に受け入れてもらえるようにと、グレンなりに配慮したのだろう。それにクラスに上手く馴染めれば、ルミアの護衛もやりやすくなる。

 

 幸い、他のクラスは使用していなかったため、思う存分、魔術が撃てるものである。

 

 ジョセフも連邦にいた頃は、あちこちに射撃場があったので、そこでストレス発散していたが、帝国にはないので、ストレス発散にも丁度いいだろう。

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

 広々と広がる競技場に、システィーナの凛と通る呪文が響いた。

 

 勢いよく身体を開いて前方に伸ばされた左手の指先から、一条の紫電が迸る。

 

 システィーナの放った雷閃は約二百メトラの距離を飛翔し、その先に据えられた人型のブロンズ製ゴーレムへと真っ直ぐに迫った。

 

 そのゴーレムには、頭、胸、両足、両腕の六ケ所に円形の的が設置されている。

 

 そして、システィーナの雷閃は正確無比にゴーレムの頭の的を射貫き――その的に小さなコインのような穴を綺麗に空けた。

 

「やったわ!」

 

 思わず小さくガッツポーズをするシスティーナ。

 

 おおお、とシスティーナの実技を見守っていた生徒達から感嘆の声が上がる。

 

「スゲェ…さすがシスティーナ……」

 

「やっぱ、名門のお嬢様は違うわ……」

 

 賞賛の視線と言葉を背中で受け流しながら、システィーナはルミアのもとへ戻った。

 

「凄い、システィ!六発撃って、全部の的に当たったね!」

 

 システィーナを迎えたルミアは、まるで自分のことのように、嬉しそうに言った。

 

 因みにルミアの成績は六分の三。取った的は、右手と胸の的、そして狙いが外れて偶然当たった左足の的の三つである。

 

「ほう、やるな、白猫。この距離で六発全弾命中は普通にすげぇぞ」

 

 グレンが感心したように手元のボードに結果を書き込んでいく。

 

 システィーナはグレンの褒め言葉に一瞬、嬉しそうに表情を輝かせ、その後すぐに不機嫌そうにそっぽを向いた。その頬には心なしか赤みが差していた。

 

(ふーん、システィーナって先生のこと……)

 

 そんなシスティーナをジョセフは少し微笑ましく見ていた。本人は気付いていないらしいが。

 

 そして隣では。

 

「くぅううう…こ、これで勝ったとは思わないことですわ!システィーナ!」

 

 ウェンディが悔しそうにハンカチを噛みながらシスティーナを睨みつける。

 

 因みにウェンディの成績は六分の五。調子良く次々と的に当てていったのだが、最後一発、撃つ瞬間にくしゃみをしてしまったのだ。

 

 この時、ジョセフは思った。これは最早、彼女の才能であると。

 

「納得いきませんッ!あんなの納得いきませんわ!先生、やり直しを要求します!私が本来の実力を出し切ればシスティーナに負けるはずがありませんわッ!」

 

「いや、何回やっても同じやろ。というわけで次、ウチですね~」

 

「おう、というわけだから後でな、ドジっ娘」

 

「きぃいいいい――っ!」

 

 ヒステリーを起こしたウェンディをよそに、ジョセフは狙撃の定位置へ歩いていく。

 

「さて、と」

 

 定位置についたジョセフはウェンディを見る。彼女はこちらをまるで「全弾命中は許しませんわよ」と言わんばかしに睨みつけている。

 

 そんなウェンディを見てジョセフはニヤリと口の端を吊り上げ、そして呪文を唱える。

 

「≪ウェンディの・ドジは・最早才能である≫六連射ッ!」

 

「ブッ――」

 

 ジョセフの唱えた呪文に一部の生徒とグレンは吹いた。

 

 ジョセフの左手の指先から雷閃が立て続けに六本射出し、全弾、ゴーレムのそれぞれの的に命中した。

 

「よし、六分の六」

 

 ジョセフは元の場所に戻る。 ウェンディは顔を真っ赤にしながら、口をパクパクさせている。

 

 そんなウェンディを見て、ジョセフは。

 

 ドヤァ。

 

「ムキィイイイイ――ッ!」

 

 ウェンディはジョセフの肩を掴むと、がくがくがくっ、と、ジョセフをシェイクする。

 

「なんで私よりも多く当てているんですの!?ていうか、さっきの呪文は何ですの!?」

 

「心配するな、ウェンディ。人生そんなもんやで」

 

「納得いきませんッ!納得いきませんわ!」

 

「ウェンディ…それ以上やったら…ジョセフ君が……」

 

 ウェンディはそう叫びながら、ジョセフを激しくシェイクする。そしてリンがおろおろしながら、ウェンディを宥める。

 

「システィーナに続いて、ジョセフも全弾命中か。呪文がなんかアレだったけどな。ほら、次。カッシュの番だぜ?」

 

「お、おす!」

 

 因みに生徒達の意識には、最早グレンとリィエルの浮いた話のことなどないようであった。

 

 自由に魔術の腕を競える場においては、そんなものは二の次、皆、夢中で魔術狙撃の腕前を振るっていた。

 

「えーと…六分のゼロ…どれも惜しいんだけどなぁ…おい、カッシュ、お前、ちょっと集中力足りねーんじゃねーのかぁ……?」

 

「あ、あれぇ…?おかしいなぁ……?」

 

 実技を終えて、結果の振るわなかったカッシュがすごすごと引き下がっていく。

 

「まぁ、あんだけ寄せられるだけセンスは悪くないから、これからの練習次第だな」

 

 一応、フォローを入れながら、グレンは手元のボードに結果を書き込んでいく。

 

「う…精進します……」

 

 この間の魔術競技祭で、決闘戦では大活躍した剛毅で大柄な少年が、柄にもなくしょげている様子が微笑ましくて、くすくすとクラス中から笑いが零れる。

 

「やっぱり雑な性格の君には、こういう繊細な魔術実技は荷が重かったかな?」

 

「う、うるせー、ほっとけ!喧嘩売ってんのかテメェ!?」

 

 眼鏡を押し上げるギイブルの冷笑に、カッシュが不貞腐れたように怒鳴りかかる。

 

「か、カッシュ、落ち着いて!?ギイブルもそんな言い方は……」

 

 その間に挟まれた女顔の小柄な少年セシルがこっちもおろおろとしていた。一匹狼なギイブルと、社交性の高いカッシュ。まるで対照的な二人のこんな喧嘩のようなやりとりは、クラスでは日常茶飯事だ。

 

 が、カッシュ自身にはそんなギイブルを心底疎ましがっているような雰囲気はない。仲が良いんだが、悪いんだが、いまいちよくわからない二人なのであった。

 

「……ったく、そういうお前はどうなんだ、ギイブル?ん?そういうからには自信あるんだろうな?」

 

「ふん。まぁ、黙って見てればいいさ」

 

「おーい、次、ギイブル。お前だ、行け」

 

 ちょうどグレンに呼ばれて、ギイブルが狙撃の定位置へ悠然と歩いていった。

 

 ………。

 

 ……そして。

 

「くそ、ギイブルのやつ、六分の六かよ…相変わらず憎たらしいほど良い腕前だぜ」

 

「システィーナに次ぐ成績第二位は伊達じゃないね……」

 

 悔しげにカッシュがぼやき、セシルが感心したように応じる。

 

 この程度は当然だろう?

 

 そんな感情が透けて見える表情を浮かべながら、ギイブルが競技を終えていた。

 

「ふむ……」

 

 そして、グレンはギイブルの結果を手元のボードに記録しながら、今までの生徒達の成績をざっと再確認する。

 

 システィーナやギイブルは流石だと言っていい。

 

 ジョセフの場合は、普段一発ずつなのを、六連射したり、八連射など連射ができ、それを全弾命中しているあたり、システィーナやギイブルを超えている。

 

 

 一発外したがウェンディも優秀だ。今回の結果のように、ウェンディはどこか要所で抜けていて、どん臭いが、普段通りにやれば前者三人に並んだはずである。

 

 グレンのクラスは、この四人が総合成績的にも特に突出している傾向がある。

 

 後はほぼどんぐりの背比べと言っていい。その他の生徒は大体、六分の三が平均的な領域といったところだ。ルミアもこの領域に入っている。彼女は白魔術――特に法医呪文系を得意としているが、それ以外は無難なレベル、といったところである。

 

 意外だったのはセシルで、六分の五。基本的に座学は優秀だが、魔術の実践は苦手とする生徒だったのだが、この間の魔術競技祭の一件以来、魔術狙撃に関してだけはめきめきと実力をつけている。読書に発揮する高い集中力が利いているのだろう。

 

 問題は、セシルと同じく実践を苦手とするリンで、六分の一。撃つ瞬間に目を瞑ってしまっていては当たるものも当たらないだろう。

 

「さて…いよいよこの実技の目玉生徒の登場かな?」

 

 あれからウェンディにかなりシェイクされていたジョセフは、ようやく解放され、その目玉の生徒に目を向けた。

 

 クラス中の生徒達もその生徒に視線を向けた。

 

 遠くでは、的の交換役の生徒がゴーレムに取り付けられた的の交換を終えたらしく、手を振り上げて合図をしていた。

 

 その合図を見て取ったグレンが、最後の生徒に言葉をかける。

 

「よし、リィエル。お前の番だ。やれ」

 

「……ん」

 

「いいか?同じ的を狙ったらダメだぞ?一つの的につき、狙っていいのは一回だけ、とりあえず今回はそういうルールだ。わかってるな?」

 

「ん、わかった。攻性呪文だあの的を壊せばいい。そうでしょ?」

 

「おう、そうだ」

 

「任せて」

 

 グレンの促しを受けて、リィエルが定位置に立った。

 

「さて…お手並み拝見としますかね」

 

「リィエルちゃんはどのくらい当たるかな」

 

「いや、案外、物凄い使い手かもよ?あの子、常にクールで集中力高そうだし……」

 

「そう言えば、帝国軍への入隊を目指しているとか言ってたな……」

 

 リィエルの立ち振る舞いを、クラス中が見守っている。

 

 当然と言えば、当然だ。やって来た新しい仲間が、いかなる実力を持っているのか…気にならないはずがない。ジョセフもそれを経験している。

 

 クラス中の注目を一心に集めながら、リィエルは遥か二百メトラ先に設置されたゴーレムを、やはり眠たげに見据えて――

 

「≪雷精よ・紫電の衝撃を以て・撃ち倒せ≫」

 

 ぼそぼそと呪文を唱え、棒立ちのまま、どうにも杓子定規な動きで前方を指差し――

 

 紫電が二百メトラの空間を走る。

 

 だが、その紫電は的どころが、ゴーレムそのものを大きく右に外して飛んでいった。

 

「「「「………………」」」」

 

 微妙な沈黙が、クラス中を包み込んでいった。

 

「うっそだろ……」

 

 ジョセフもさすがに呆然とするしかない。

 

 もう、この一射を見ただけでわかる。リィエルの魔術狙撃の技量は、このクラスの中ではぶっちぎりワースト一位だ。

 

「≪雷精よ・紫電の衝撃を以て・撃ち倒せ≫」

 

 クラスに漂うそんな微妙な空気にもめげず、リィエルは淡々と呪文を唱える。

 

 今度はゴーレムの左側を大きく外れて、雷閃が飛んでいく。

 

 掠るどころか、的に寄る気配すらない。

 

 途端に、クラス中の視線が値踏みするような視線から、小さな子供を見守るような優しい視線になった。

 

「リィエルちゃん、リラックス、リラックス!」

 

「ちょっと固くなり過ぎですわ。もっとこう、しなやかに腕を伸ばして……」

 

「頑張れー、まだ、四回残ってるぞー」

 

「ははっ、良かったね、カッシュ。君とタメを張れるのが出るかもよ?」

 

「……お前、そんなに俺が嫌いか?ギイブル……」

 

 リィエルのチャレンジは続く。

 

 だが、結果はどうにも振るわない。

 

 空に飛んでいったり、地面に刺さったり…クラスの生徒達のアドバイスを受けても、リィエルの【ショック・ボルト】の呪文はゴーレムに掠る気配すら見せない。

 

 そして、とうとう残すは六回目――最後の一射になってしまった。

 

「……よく生き残れたな今まで……」

 

 ジョセフは呆れたように呟いた。もうある意味凄いことである。

 

 ひょっとしたら、リィエルは大剣を出して振り回すしか能がないような感じがする。

 

 そして、リィエルはグレンに振り向き何かを呟いていた。

 

 しばらくグレンが訝しむような表情をしながら、いくつかやりとりをした後、二百メトラ先のゴーレムに再び向き直る。

 

 

 なんか嫌な予感がするのだが……

 

「頑張れ!まだ最後一発があるぞー」

 

「最後まで諦めるなよー」

 

 クラス中の生温かい声援を受けながら、リィエルは呪文を唱えた。

 

「≪万象に希う・我が腕手に・十字の剣を≫」

 

 ばちん、と。リィエルが身を屈めて触れた地面に紫電が走る。

 

 次の瞬間――

 

「「「「な、なんだぁあああああ――ッ!?」」」」

 

 リィエルの両手に長大な十字架型の大剣が出現し――その足元には十字架型の窪みが出来上がっていた。

 

 錬金術による高速錬成で、競技場の地面の土から鋼の大剣を瞬時に作り出したのである。

 

「ちょちょちょちょちょッ!?あいつ何やろうとしてんねん!?」

 

 ジョセフ止めに入ろうとするが――

 

 リィエルは大剣を頭上に大きく振りかぶって――

 

「いいいいいやぁあああああ――ッ!」

 

 乾坤一擲の気合と共に、たんっ、と地面を蹴って――

 

 リィエルは身の丈を超える大剣を、全身のバネを存分に振るって――投擲する。

 

 ひゅごお、と空気を引き裂いて投じられた大剣は、嵐のように縦回転しながら二百メトラの距離を一瞬で消し飛ばし――

 

 ドカンッ!と凄まじい破砕音を立てて、大剣がゴーレムの胴を貫き――

 

 次の瞬間、ゴーレムはバラバラに砕け散って四散した。

 

 無論、ゴーレムに設置されていた六つの的は、全て跡形もなく粉々である。

 

「「「「………………」」」」

 

 クラス中の生徒達が目を剥き、口をあんぐり開けて硬直する中……

 

「……ん。六分の六」

 

 リィエルは眠たげな表情を崩さぬも、どこか得意げに、ぼそりと呟いていた。

 

「……何か違う。絶対何か違う。違う、そうじゃない……」

 

 ジョセフは呆れ果てたように天を仰ぐ。

 

 案の定、クラス中の生徒達はがリィエルを見て怯えている。

 

 ウェンディとさっきまで宥めていたリンはジョセフの背中に隠れるように怯えている。テレサもそこまでではなくても、心なしか袖をつかんでいる。

 

 せっかく、クラスと交流できるように取り計らったグレンの思惑が台無しである。

 

 そんなこんなで。

 

 リィエルと、グレンが担当する二組のクラスの生徒達との顔見せは終わったのだった。

 

 

 




原作五巻を読んで思ったことは、最後にジャティスとグレンの戦闘シーンがありますが、だいぶ前に(たぶん、十年前ぐらいに)放送された「ブラック・キャット」を思い出しました。

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