ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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段ボールがうじゃうじゃ


26話

 

「で…こうなって…ここの元素配列式をマルキオス演算展開して…こう。…で、こうやって算出した火素、水素、土素、気素、霊素の根源素属性値の各戻り値を…こっちに…こんな感じで根源素を再配列していって…物資を再構築……」

 

 放課後。

 

 数人の生徒達がリィエルの席に寄り集まり、その生徒達が注目する中、眠たげな目のリィエルが羽根ペンを紙面に走らせていく。紙の上には複雑極まりない元素配列変換の錬成式と、それを制御する魔術式が、何枚にも渡ってびっしりと記載されている。

 

 リィエルの錬金術――高速武器錬成の魔術式だった。

 

 本日の最後の授業だった錬金術の授業の後、教室に残った生徒達が雑談していると、リィエルが初日に見せたこの術のことが話題に上がり、なし崩し的にリィエルに解説してもらうことになったのである。

 

「……わかった?」

 

 淡々と説明を終えたリィエルが羽根ペンを止め、淡々と呟く。

 

「おう、まったくわからん」

 

 途中から理解することを完全放棄していたカッシュが、やたら爽やかに言った。

 

「リィエルって、凄いね…私も途中から何をやってるのか全然わからなくなっちゃたよ……」

 

 ルミアも苦笑いでカッシュに同意する。

 

 その場に集まった、大方の生徒達がカッシュやルミアのような雑感を抱いていた。

 

「凄すぎる……」

 

「凄すぎるんやけど…これは……」

 

「なんてこと…この術式、誰が作ったの……?」

 

 座学だけは優秀なセシルや、学年でもトップクラスの成績優秀者であるシスティーナ、連邦で科学と比例して魔術が全体的に衰退していく中で唯一、盛んな錬金術を学んでいたジョセフなど、ある程度は辛うじて理解できる数少ない生徒達は驚愕に顔を強張らせていた。

 

 この三人にしても、魔術公式と魔術関数そのものを一からルーンで組み立てるグレンのマニアックな授業を受けていなければ、そのある程度すらも理解できなかっただろう。

 

「恐れ入ったよ…ウーツ鋼の大剣をどうやって、あんなに素早く錬成していたのか不思議でしょうがなかったけど…まさか魔術言語ルーンの仕様に存在するバグすら利用していたなんて……」

 

 感服しきったような表情のセシル。その額には脂汗が浮かんでいた。

 

 ウーツ鋼とは、鋼の元素配列構造内に、一定周期で炭素の層構造を配列することによって、通常の鋼より圧倒的に優れた剛性・靭性を持たせた特殊鋼材だ。

 

 帝国内でもウーツ鋼を工業的に生産できる鍛造技術者の数はとても少なく、年間生産量はごく僅かなため、錬金術による魔術的な手法でのウーツ鋼の錬成法が研究されている。

 

 しかし、錬成物の永続的な固定が難しく、再現は一時的であり、しかもその配列構造の複雑怪奇さから、錬成に恐ろしく時間がかかる…というのが、今の帝国魔術学会のウーツ鋼錬成に関する研究の常識だ。

 

 ちなみに連邦でもウーツ鋼の生産量が少ないため、これを使った兵器、工業製品はかなり高価な製品になってしまうほど、貴重な鋼材だ。

 

 リィエルの術式も錬成物の永続的な固定ができないという欠陥を抱えてはいるが、なにしろ錬成速度が文字通り桁違いである。これは単純に驚異的なことだ。

 

 だが、もしこの術式を学会で発表をしても、恐らく、そんなことは机上の空論であり不可能だ、と一笑に付されるだけだろう――実際にリィエルが行使している姿を目の当たりにでもしない限り。そのくらい馬鹿げた理論の上に成り立つ錬成法だったのである。

 

「道理で帝国軍にも配備されていない術式だと思ったよ……」

 

「連邦軍にもないな。もっともこんな術式、絶対に配備されないだろうがな」

 

 セシルが感嘆の息を吐き、ジョセフはこれを険しい表情で術式が書かれた紙を見る。

 

 決して技術的な問題ではないのだが。

 

「リィエル…貴女、いつもこんなことやってるの?」

 

 そして、システィーナが険しい表情でリィエルを問い詰める。

 

「これ一歩間違ったら、脳内演算処理がオーバーフローして、廃人確定よ?」

 

「……そうなの?」

 

「そうよ!」

 

「……知らなかった」

 

 システィーナの指摘に、なんの感慨もなくリィエルが呟く。

 

 その眠たげな無表情に驚愕も恐怖も微塵もない。

 

「まったく…それにしてもなんなのよ、この深層意識野のデタラメな使わせ方は!術者の安全のことなんかまるで考慮さてないじゃない!?術者なんて使い捨てだーっていう、術式製作者の意図が透けて見えるわ!」

 

 そう、これは安全面で考えるとかなり危険なのである。もし、これを採用したら、廃人続出である。

 

 憤慨したように、システィーナは背後のウェンディを振り返る。

 

「ねぇ、貴女もそう思うわよね!ウェンディ!?」

 

「……え?」

 

 話を振られ、それまでリィエルの説明を前に呆然としていたウェンディが我に返る。

 

「そ、そうですわね!まったくその通りですわ!このような術者を慮らない式は、貴族的ではありません…私には初めからわかっていましたわ!」

 

(大丈夫か?)

 

 その時、なぜかウェンディは額に脂汗を浮かべ、言葉の歯切れが悪かった。

 

「まぁまぁ」

 

 そして、熱くなりかけているシスティーナを宥めるように、ルミアが言った。

 

「とにかく、そんな難しい術を使いこなしているリィエルは凄いってことだよね?」

 

「たくさん練習したから」

 

「よ、よく死ななかったわね……」

 

 こともなげに言うリィエルに、システィーナは頬を引きつらせた。

 

(しかし、リィエルは一体、どこでこれを学んだんだ?)

 

 帝国軍に配備されていない術式を、リィエルはさも自分の手足の如く扱っている。

 

 一体、彼女は何者なのだろうか。そんな疑問がジョセフの中で芽生えはじめていた。

 

「皆、真似しちゃだめよ?この術式を使いこなすには、錬金術に対する圧倒的な天賦のセンスがいるわ。ここまでくるともう、これ、リィエルの固有魔術みたいなものよ」

 

 システィーナは場をまとめにかかる。

 

「真似なんてできるわけねーだろ……」

 

「多分、リィエル以外の誰にもできないよ……」

 

「廃人確定の術式をわざわざするという考えはないわ……」

 

「ま、まぁ、私ならやってできなくはないでしょうけど…ふ、ふふん、そんな優雅さの欠片もない非貴族的な術式…私に相応しくありませんわ!」

 

「…………」

 

 お前、本当はわかってねえだろ、と。ジョセフがジト目でウェンディを見ていた。

 

 と、その時だ。

 

 がたん!と誰かが荒々しく席を立つ者が、教室内に大音響で響き渡った。

 

「……ギイブル?」

 

 音を立てた主は、リィエルから少し離れた場所の席に、今まで一同の話の中に加わらず、一人じっと腰かけていたギイブルだった。

 

「お、おい、ギイブル。どうしたんだよ?突然……」

 

「……帰る。君達もそんな風に遊んでいる暇があったら、帰って魔術の勉強に励むべきなんじゃないか?」

 

 どこか苛立ったようにそんなことを言いながら、ギイブルは荒々しく鞄に教科書やらノートやら」の荷物を詰め込み始めた。

 

「はぁ?お前、んな言い方はねーだろうが……」

 

 ギイブルの鼻持ちならない物言いに慣れているカッシュは、呆れたように頭を掻く。

 

「ふん」

 

 だが、それに応じず、ギイブルが踵を返して歩き去ろうとした、その瞬間。

 

 くい、と。ギイブルの後ろ袖が引っ張られた。

 

「なっ…き、君は……ッ!?」

 

 振り返って、その袖を引っ張った主を見て、ギイブルが驚愕に目を見開く。

 

 袖を引っ張ったのは、いつの間にかギイブルに接近していたリィエルだ。

 

 音も気配もない、まるで瞬間移動のようなその挙動に、一同が狐につままれたかのように目を瞬かせる。

 

「……これ」

 

 リィエルが掌に一本の羽根ペンを載せて、ギイブルに差し出す。

 

「落とした」

 

「~~~~ッ!」

 

 敵意で頭を真っ赤にしたギイブルは差し出された羽根ペンをひったくるように奪い取ると、大股で歩き去り、荒々しく教室を出て行った。

 

「……?」

 

 リィエルは手を差し出した格好のまま、彫像のように固まっている。

 

 後に残された生徒達は、ぽかんとするしかない。

 

「なんなの?あいつ」

 

 システィーナが戸惑い半分、苛立ち半分にぼやく。

 

「そういえば、あの方、リィエルがこのクラスにいらっしゃって以来、やけにカリカリしていたような気がしますわね……」

 

「ははっ…実はあいつ、リィエルちゃんの錬金術が凄すぎて嫉妬してんじゃねーか?」

 

「や、やめときなよ、カッシュ。それ、案外図星かもしれないよ?ギイブル、錬金術には絶対の自信があったんだもの…システィーナにも負けないって」

 

(まぁ、システィーナやルミアのおかけで、比較的にすんなりと溶け込めているが、誰も彼もがそう簡単に受け入れてくれるわけがない。最初の俺のようにな)

 

 ジョセフも最初は、二組はそうでもなかったが、他の講師達やクラスの生徒達から敵意を向けられていた。

 

 学院の中には連邦に対してあんまりいい印象を持っていなかったのもあるのだろう。その度に実力を見せて黙らせてきたし、魔術競技祭以降はすっかり敵意を向けられることはなくなった。

 

 それにリィエルの能力は規格外だ。おそらく魔術戦で彼女に勝てる者はいない。

 

 ジョセフも正直、かなり厳しいと自覚していた。それこそ、『黒い悪魔』として本気で勝負しない限り。

 

 しかも、生徒達にとっては、圧倒的に上回る相手が、初等魔術もロクに扱えないと劣等生と来た。これは魔術師のプライドを傷つけるには充分なことだった。

 

「まぁ…こればかしは、時間が解決するしかないな……」

 

「……?何か言ったか?」

 

 カッシュが問いかける。

 

「いや、ウチも最初はまぁー嫌われていたなーって……」

 

「そういや、他の講師達には目の敵にされていたね…今はないらしけど」

 

 セシルも当時のことを思い出し、曖昧に笑う。

 

 そうこう話しているうちに、一連の話が終わったので、皆で一緒に帰ることにした。

 

 

 

 

「ただいまー、って誰もおらへんけどただいまー」

 

 自分の部屋に帰ってきたジョセフは、鞄を放り投げると、ベットにそのまま寝るように倒れた。

 

 ジョセフの部屋はベットと、机など最低限の物しかない、生活感があまりない部屋だった。

 

 いつ任務で死ぬのかわからないから、いつでも身辺整理ができるようにと考えた結果だった。

 

 ベットで寝転がっていると、ぶーッ、ぶーッ、と。通信機が震えていた。通信機を取り、ジョセフは耳に当てる。発信元は誰かわかっていた。

 

「どうしました?大佐」

 

『おー、生きていたか?』

 

「死んでいたら、今こうして通話できてないですよ……」

 

 通信機からは、二十代半ば過ぎの男の声が聞こえる。

 

『まぁ、それはそうだな。ところで、学院爆破テロ未遂、そして、魔術競技祭の一連の騒動。ご苦労だった』

 

「ありがとうございます。まぁ、連中が政府の中枢にまで入り込んでいるっていうのは衝撃的でしたが」

 

『確かにな。手段を問わないというが今まで以上に慎重に動かないといけないな。で、そっちはどうだ?』

 

「先週、ルミア=ティンジェルの護衛として特務分室から一人派遣されました」

 

『ルミア=ティンジェル、と言えばこの二つの騒動の渦中にいた女子生徒か』

 

 大佐と呼ばれた男は何かを考えるかのように押し黙り。

 

『彼女は何者なんだ?ジョセフ、知っているだろう?』

 

「ええ、彼女は――」

 

 ジョセフは大佐に、三年前に流行り病で亡くなったとされるエルミアナ王女であるということを告げる。

 

『異能者だったとは…しかし、理解できないな』

 

「私もそう思っています。異能者は連中なら他を当たることは難しくないのですが、それに『星』からは生死を問わない。とのことです」

 

『何かがある。ということだな?』

 

「恐らく。いずれにしろ、今後も彼女を狙ってくるのは充分にあり得ることですので、注視したいと思います」

 

『ああ、そうしてくれ。で、一体誰が派遣されたんだ?』

 

「『戦車』のリィエル=レイフォードです」

 

 それを聞いた瞬間、大佐は一瞬黙り。

 

『……それ、大丈夫なのか?』

 

「……だとしたらよかったんですけどね……」

 

 そしてジョセフは、これまでのリィエルがやらかしたことを大佐に話していく。

 

『……他に人材はいただろう……』

 

 通信機越しに大佐が頭を抱える姿が目に浮かぶ。

 

「『法皇』とかがいたと思うんですけどね…多分、本命がいると思います」

 

『だろうな。でなきゃ相当狂っている人選だぞこれ……』

 

 大佐は軽くため息を吐き。

 

『まぁ、とにかく状況はわかった。今後も特務分室と協力しながら任務にあたってくれ』

 

「了解」

 

『それと…かつての幼馴染には会ったか?』

 

「はい、相変わらずでしたよ」

 

『そうか…ならいい。通信切るぞ』

 

「了解」

 

 大佐がそう言うと、通信が切れる音がした。

 

 ジョセフは、通信機を机に置き、ベットに横になる。

 

 そして、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 リィエルはアホの子
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