ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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チェストー


29話

 ある者達は、夜遅くまで心ゆくまで遊びながら談笑に耽り、またある者達は夜を徹して激しい闘争を繰り広げ、またある者達は明日に備えて早々に休み…それぞれの遠征学修の夜が徹していく。

 

 そして――

 

 

 

 どこまでも青い空。燦燦と輝く太陽。焼けた白い砂浜。

 

 清らかな潮騒と共に、寄せては引き、引いては寄せ――千変万化する波の色。

 

 そんなサイネリア島のビーチに複数の少年少女達の姿があった。

 

 グレンのクラスの生徒達である。

 

「やっほー、システィ~」

 

 ばしゃりと、水着姿のルミアが海の中から姿を現す。

 

 青と白のストライプが可愛らしい、ビキニの水着姿。

 

 その優美な曲線を描く艶めかしいボディラインを伝い滴る水。

 

 潮風に乗って舞い上がる水飛沫が太陽の光を受けてきらきらと輝き、手を振って無邪気に笑うルミアを美しく彩った。

 

「水が気持ちいいよ!システィもリィエルもおいでよ!」

 

「うん!わかったわ!今、行く!」

 

 砂浜の一角に寄せ集めていた皆の荷物を整理していたシスティーナは、自分の身体をすっぽり包んでいて丈長のタオルをばさりと取り払った。

 

 不意に露になる、控えめなカーブのラインが清楚な、そのスレンダーな肢体。

 

 腰に巻かれた花柄のパレオがお洒落な、セパレートの水着姿。

 

 明るい太陽の下に、透き通るように白く、張りのある健康的な肌が惜しげもなく晒される。その白磁の肌はただ、眩くて――

 

 たたたたっと、水着姿のシスティーナが元気よく、ルミアが泳いでいる場所へ向かって砂浜を駆けていく。

 

 そして、波打ち際で膝を抱えるように座り込んで、波の押し引きをじっと見つめているリィエルのそばで立ち止まり、リィエルに手を伸ばす。

 

 リィエルも水着姿だが、ルミア達のような華やかな水着とは異なり、リィエルはなんの飾り気もない、地味で野暮ったい濃紺のワンピース水着(学院の水泳教練用水着)だ。だが、システィーナ以上に平坦な身体のリィエルが着用すると、その平坦な線がよりいっそう強調され、逆にルミア達とはまた違った。幼さゆえの清廉な魅力を発揮し始める。

 

「ほら!一緒に泳ごう?リィエル」

 

「……ん」

 

 しばらく、リィエルは差し出された手をじっと見つめて…やがて、おずおずとシスティーナの手を取り、立ち上がった。

 

 そして、システィーナに手を引かれるがままに、海の中へと入っていく。

 

 ざぶざぶと、白い宝石のように波がしぶいた。

 

「ルミア、リィエル、ちゃんと【トライ・レジスト】付呪してる?」

 

「それはもちろん。…焼けるのはちょっと嫌だもんね」

 

「わたしはやってない。…面倒だから」

 

 ぼそりとそんなことを呟くリィエルに、システィーナが即座に説教する。

 

「ダメよ、リィエル!面倒臭がらないで、ちゃんと付呪しておかなきゃ!」

 

「……肌が焼けるくらい問題ない」

 

「それじゃせっかくの綺麗な肌が台無しよ、もったいない。焼くにしたって、ちゃんと薬塗らないと肌が傷むだけだし…ほら、私が符呪してあげるから、じっとしてて」

 

「……ん」

 

 そして、そんな三人の下に、さらに……

 

「そこのお三方!私達と一緒にビーチバレーにでも興じませんー?」

 

「その…皆で遊べば、きっと楽しいよ……」

 

 てにボールを抱えた、とてもバランスの良いプロポーションのウェンディと、背丈の小柄さのわりには、そこそこ良好な成長を見せているリンまでやってきて――当然、二人とも水着姿で――

 

 そんな中――

 

 一人の男子生徒、ジョセフはある人物と接触していた。

 

「やっぱり本命は貴方でしたか、『星』さん」

 

 ジョセフはルミアの護衛の本命と思われる『星』、アルベルトと接触していた。

 

「……久しぶりだな、『黒い悪魔』」

 

「リィエルは囮で、本命は貴方、ルミアの護衛がザルだと見せかけて、接近してきた敵を始末する。ということですか」

 

「大方、その通りだ。ああも分かりやすく杜撰な護衛が就くことで、襲撃側の仕掛けも杜撰になる事を期待したものだ。件の王女、本命の護衛は――俺だ。軍でも一部の者しか知らない正真正銘の極秘任務。比較的、遠距離から王女の周辺警備を行い、敵の不用意な仕掛けを一早く察知、密かに対処。何とか連中の尻尾を逆に掴むことが出来れば、と期待した作戦だ。まぁ、件の組織を相手に、こんな小細工が通用するとはとても思えんがな」

 

「気休め、いや、今はそれしか手の打ちようがないのか……」

 

 だが、それでも、実際の戦力配分的には事実上、特務分室のエース級の魔導士が二人(一人は圧倒的に護衛任務に適していないが)。表向き市井の民草一人を護衛する戦力としては破格の処置と言える。敵も味方も無限に戦力があるわけではないのだ。

 

「なるほどですね、そういうことならリィエルを護衛に起用した理由は納得できますね」

 

 ジョセフは納得し、今、ビーチバレーをしているリィエルを見る。

 

 因みに、ジョセフとアルベルトは目立たないよう、ヤシの木の木陰にいた。

 

 服装は、ジョセフは制服姿、アルベルトは簡素なTシャツに、ズボン、銀縁の眼鏡というカジュアルな服装の観光客に扮していた。

 

「で、連中動きますかね?」

 

 ジョセフはアルベルトを見ずにそう問う。アルベルトもこちらを見ていない。

 

「……白金魔導研究所所長、バークス=ブラウモン」

 

「白金魔導研究所?明日ウチ達が行くとこの所長が?」

 

「帝国保安局情報調査室から上がってきた極秘内定調査によると、白金魔導研究所関連の資金の流れに微かな違和感があった。…上手く帳尻を合わせているようだがな。それでその微かな資金の齟齬を辿り、その関係周辺を徹底的に洗ったところ、浮き彫りになったのが白金魔導研究所所長バークス=ブラウモンが件の組織…天の智慧研究会と密かに繋がっている可能性だ。とはいえ、可能性は今のところ限りなくゼロだが」

 

「ゼロだが、先の騒動でも一番可能性が低かった、エレノア=シャーレットが天の智慧研究会の密偵だった件もある。目をつけた方が良さそうだな。あと、白金魔導研究所周辺も調べておくか」

 

 そう言って、動こうかとした、その時だ。

 

「ジョセフ?こんなところにいたんですの?」

 

 ウェンディがこちらを見つけて駆け寄ってくる。

 

「あら?その方は?」

 

「あぁ、なるほど、こっちに行けば観光街に戻れるということですね?」

 

「そうです、そうです。ほな、道中お気をつけて」

 

「ええ、ありがとうございます。では、失礼」

 

 今までの冷たい声が一転、アルベルトが陽気な声でそう言い、立ち去る。ジョセフも変装してまで護衛していると知ってからか、瞬時に合わせる。

 

「迷った観光客が道を尋ねてきたから、それに答えてただけよ。それよりも、似合ってんな、水着」

 

「ふふん、当然ですわ。私の目に狂いはありませんわ」

 

 褒められたのが嬉しかったのか、ウェンディは胸を張って誇ったように言う。

 

「んで、どないしたん?皆で遊んでいたんじゃなかったの?」

 

「それがですね。これから皆でビーチバレーを興じようっていう話になりましてですね…貴方も一緒にどうです?」

 

「ビーチバレーか……」

 

 ジョセフは、そう言いながら、グレンの方を見ると、グレンもルミア達に誘われている。

 

「そうだな…せっかくだし、そうしますか」

 

 この後すぐにガルシアに頼もうとしたのだが、それは後にしても遅くはないだろう。

 

 それに、ジョセフはこれが強制的なものだと悟っていた。

 

 何故なら自分の右手をウェンディが握っているからだ。この場合、ウェンディによる強制参加だということをジョセフは学んでいた。

 

「ふふ、それでは、参りましょうか」

 

 ウェンディはジョセフの了承を聞き上機嫌になり、ジョセフの右手を引っ張るようにビーチへ駆け出した。

 

「ちょ、そんなに引っ張らなくても逃げないよ~」

 

 

 

 そして。

 

 砂浜に作られた、即席のビーチバレー場にて。

 

「どぉりゃぁああああああああああああ――ッ!」

 

 ネットを大きく上回る見事な跳躍、弓なりにしならせた身体から、グレンは全身のバネを余すことなく振るい、右腕を宙のボールへと叩きつける。

 

 刹那、敵陣へ容赦なく打ち込まれた弾丸スパイク。

 

 ロッドがブロックに飛ぶが、そのスパイクはブロックの上から打ち込まれている。

 

 咄嗟に、打ち込まれたスパイクにカイが飛びつこうとするが、当然、届かない。

 

「≪見えざる――」

 

 セシルがボールの着弾地点を指差し、白魔【サイ・テレキネシス】――遠隔物体操作の呪文を唱えて、そのスパイクを拾おうとするが、それも間に合わない。

 

 ボールは砂浜を激しく爆ぜるさせる勢いで、コート内をバウンドするのであった。

 

「ゲームセット!先生のチームの勝利です!」

 

「――っしゃおらぁ!?どぉだぁああ――ッ!?」

 

「うーん、先生のチーム、強いなぁ……」

 

 審判を務めたルミアの宣言に、グレンがガッツポーズをし、セシルが苦笑いする。

 

「うーん、何だろう?なーんか、連邦のビーチバレーとは違うような…あれか?帝国だから魔術が入っちゃうのだろうか?」

 

 ジョセフはその光景を、苦笑いで見る。

 

 ビーチバレーは、連邦西海岸にあるカリフォルニア州サンタモニカが発祥のビーチレジャーである。それが、東海岸、そして大洋を超え、帝国に伝わったのだが魔導大国である以上、こうなってしまうのかもしれない。

 

 因みに、普通のバレーボールも連邦東海岸にあるマサチューセッツ州ホルヨークが発祥である。

 

「――って、なんで僕までこんなことをやってるんだ!?」

 

 いつの間にかビーチバレーに組み込まれていたギイブルの叫びが、砂浜に木霊した。

 

 アタッカーとサポーターとレシーバーの三人一組で一チーム。ポジションは一ゲームごとにローテーションで、レシーバーのターンの人は白魔【サイ・テレキネシス】で相手のスパイクを拾ってもよい…それが魔術学院式のビーチバレーのルールだ。

 

 因みに、ジョセフはウェンディとリンの三人一組で、アルフ、ビックス、シーサーのチームと対戦したが、ジョセフがとにかくアウトぎりぎりのラインを狙って、スパイクを打っていたので、勝利している。

 

 そして次は、グレン、システィーナ、ギイブルのチームともう一方のチームが対戦することになっているのだが。

 

「うわぁ、ありゃ、チートチームじゃねえか」

 

 ジョセフはグレン達と対戦するチームを見る。

 

 一人目は、人間離れした身体能力を誇るリィエル。

 

 二人目は、リィエルを除けば、クラスでジョセフに次ぐ運動能力に優れるカッシュ。

 

 そして三人目は、恐らくこっちの方が強敵である。

 

「お手柔らかに頼みますね?」

 

 と、グレン達に手を合わせて柔らかく微笑む、クラスのおっとりお姉さん、テレサである。

 

 一見、運動とは無縁そうな少女だが、白魔【サイ・テレキネシス】のようなサイキック系白魔術の腕前はクラスでも随一で、先の魔術競技祭では大活躍だったし、このビーチバレーでもテレサがレシーバーを務めた際は、まだ一度も得点を許していない。

 

 それになぜか男子生徒はテレサがスパイクを打つたび、なにも為す術もなくやられてしまうのだ。

 

「何で男子は為す術もなくやられるのかな?」

 

 ジョセフは思わず不思議そうに首をかしげる。

 

 それを

 

(うっそだろ、お前!?)

 

 と男子が目を見開いて聞いており。

 

(ジョセフ君、女の子に興味ないのかな?)

 

 女子は複雑そうにそれを聞いた。

 

 原因は、テレサの体形がまだ十五、六歳の少女とは、とても思えないくらい健やかに魅惑的に、かつ豊満に育っており、それが跳んだり跳ねたりする度、そのモデル顔負けのメリハリの利いたカーブを描く肢体はなんかもう色々わがまますぎるためなのだが。

 

 なぜ、ジョセフがここまで鈍感なのかというと、デルタの中に、テレサ並みの体形の女性がいるためで、それに慣れてしまっているということである。流石に、身体を押しつけられたリ、そういったのは慣れていないのだが。

 

 ……そんなこんなで、グレン達のチームと、テレサ達のチームの試合が始まった。

 

「先生!」

 

 システィーナが、しなやかに身体を伸ばしてトスを上げる。

 

「しゃおらっ!死ねぇええええええええ――ッ!?」

 

 すかさずグレンが跳躍し、やはり大人げない全力のスパイクを敵陣に打ち込む。

 

 だが――

 

「≪見えざる手よ≫――ッ!」

 

 テレサがボールを指差し、呪文を唱えると、ボールは砂浜を叩く直前ぎりぎりで、ふわりと頭上に上がり――

 

「げっ!?また拾われた!?」

 

「リィエルちゃん、行けッ!」

 

 悠然とカッシュがトスを上げて――さすが運動が得意なカッシュのトスは絶妙で――

 

 やる気なさげに、リィエルがそれに合わせて跳んで――

 

「えい」

 

 ずどごむっ!と、ボールがひしゃげる鈍い音。

 

 どざぁあああ――ッ!と、盛大に空高く上がる砂柱。

 

 気付けば、グレン側のコートのど真ん中に、ボールが半分以上めり込んでいた。

 

「……あんなの食らったら、両腕粉砕骨折やで」

 

 頬を引きつらせるジョセフ。

 

 リィエルを中心に大はしゃぎなカッシュ達とは裏腹に、グレンの所はお通夜状態だった。

 

 システィーナが苦笑いで諦めかけた瞬間、ギイブルが意外なことに熱くなっていた。普段はどんなに冷静で皮肉屋な彼も、まだ卵とはいえ、やはり魔術師だった。

 

 そのうち、リィエルのクセを見抜いたギイブルはコートのど真ん中に全力で注意し、そして、【サイ・テレキネシス】でリィエルのスパイクを捕まり、油断していたカッシュ達の反応が遅れて――

 

「先生、お願い!」

 

 その隙にシスティーナが素早くトスを上げて――

 

「どっせぇえええい――ッ!」

 

 グレンが跳躍し、スパイクを打ち込む。

 

 上がる砂煙と共に、グレンの放ったスパイクがコートを叩いた。

 

「おお、やるやん!ギイブル」

 

 ジョセフはこのワンプレイの立役者である、ギイブルを賞賛した。

 

「なんや、なんやかんや言いながら、こういう一面もあるんやなぁ」

 

 グレンに親指をたてられ、つれなくそっぽを向くギイブルに、感慨深げにジョセフは呟いた。

 

 

 

 そして――

 

「おらぁあああ――ッ!かかって来いやぁあああ――ッ!ジョセフッ!」

 

「野郎!ぶっ殺してやらぁあああ――ッ!」

 

 あの試合の後、グレン達のチームとジョセフ達のチームの対戦で、グレンとジョセフはなぜか物騒な言葉を飛ばしながら、スパイク合戦を繰り広げていた。

 

 

 

 




 普通のバレーでリィエルを出したら、中国女子バレー代表の選手も真っ青になるだろうなぁ

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