ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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30話

 その日はクラス一同、散々遊び倒した。

 

 海から引き上げたら、観光街を練り歩いて。

 

 日が暮れたら、皆でわいわい騒ぎながら砂浜でバーベキュー(本場のテキサス・スタイルではない)をして――ジョセフはカッシュの飲み物に、ビーチバレーで勝負に負けた罰ゲームとして、持ってきたタバスコをぶっかけて、カッシュが口から火をふいているかの如く砂浜を走りまわったり――。

 

 楽しい時間は飛ぶように過ぎ去っていく。

 

 そして――

 

「――というわけやから、今からドローンを飛ばして白金魔導研究所の周辺を映像を収めるから、解析頼むわ。ほんなら切るで」

 

 ジョセフはガルシアにそう伝えて、準備にかかる。

 

 時分はすっかり深夜。就寝時間を大きく回り、外はすっかり暗い。

 

 大方の生徒達は、今日一日の遊び疲れで、すでに眠りについていた。

 

 ジョセフは今、別館の屋上にいた。

 

 アルベルトから情報を得ていたジョセフは、バークス=ブラウモンのことを調べるため、手始めにドローンで周辺を偵察することにしたのだ。

 

 バークス本人のことは明日、研究所見学があるので、何とか彼に接近しなければならない。もちろん、不審な動きを誰にも目撃されずに。

 

「これでよし。さぁ、小鳥ちゃん、行ってらっしゃい」

 

 組み立てたドローンを飛ばすと、ブゥ―ン、と音を鳴らしながら(あまり大きい音ではない)、白金魔導研究所の方向へ飛んでいく。

 

「さて、んじゃ、寝るとしますかね」

 

 そう言って、部屋へと戻っていった。

 

 そして次の日、研究所見学の日がやってくる。

 

 午前中に軽めの食事を取ってから、グレンと二組の生徒達は観光街の旅籠を出発。サイネリア島の中心部にある白金魔導研究所を目指し、ぞろぞろと歩き始めた。

 

 北東沿岸部の観光街周辺こそそれなりの開発と発展が進んでいるサイネリア島だが、実は島の敷地のほとんどは今もなお、手付かずの樹海であり、未知の領域である。

 

 その未知の領域の生態系は、未だに完全には掴めておらず、魔術学院や帝国大学の調査隊が定期調査に入るたびに、新種の動植物や魔獣の発見が報告されるほどだ。

 

 確実な安全が確保された島の北東沿岸部周辺と野外散策用のいくつかの例外区域を除き、島の大部分は今もなお、一般人立ち入り禁止とされている。

 

 今回の『遠征学修』の目的地である白金魔導研究所は、そんなサイネリア島のほぼ中心部に設置されている。

 

 グレン達は北東沿岸部と中央部を繋ぐ道を、島の中央を目指して延々と歩く。石畳で舗装された、樹海を貫く道の左右には鬱蒼と茂る原生林が踊っており、のびのびと手を伸ばす梢が頭上を覆い隠し、僅かな木漏れ日が道に細やかな光の切れ端を形作っている。

 

 舗装された道とはいってもフェジテのような精緻な石畳には程遠く、自然の起伏がはっきりとわかるほど残っており、石の並びも雑で、歩きにくいことこの上ない。場所によってはまったく舗装されておらず、道なき道になっている領域すらある。

 

 軍生活の長かったグレンや、現役の、しかも特殊部隊に所属している軍人であるジョセフ、田舎地方出身で学院に通うためにフェジテにやって来た数少ない例外の生徒を除き、基本的に都会っ子な生徒達は早くも音を上げ始めた。

 

「はぁー、はぁー、うぅ……」

 

「ぜぇ…ぜぇ……」

 

「おいおい、大丈夫か?リン。俺、まだ余裕あるから荷物も持とうか?」

 

「……あ、ありがとう、カッシュ君…流石、将来、冒険者志望だね……」

 

「ははっ、田舎者だけさ」

 

「テレサ。よかったら荷物持とうか?」

 

「……ありがとうございます…助かります…それにしても、ジョセフさんは強いですね……」

 

「ん?まぁ、そりゃ、向こうでは女子一人分の重さがある荷物を抱えて百キロスも歩かされたことあるからなぁ。それに比べたらまだマシよ」

 

「そ、それは…凄い、ですね……」

 

「まぁ、四十七キロスもする機関銃を担いで北部戦線を延々と歩いてたしなぁ……」

 

「……え?」

 

「え?あ、ううん!なんでもないで!?」

 

 慌てて首を振るジョセフを前に、テレサは不思議そうに首をかしげる。

 

 危ねえ、つい先の戦争のことを話すとこだった。

 

「それよりも、おーい、ウェンディ、生きてるかー?」

 

 話題を逸らすように、ジョセフは前にいるウェンディに声をかける。

 

「きぃいいい…どうして…高貴なわたくしが…このような……ッ!馬車を回しなさいな…ッ!馬車を…ッ!」

 

「お前な、こんなとこ馬車で行ってみろ。バウンドしまくるで……」

 

「ふん…随分…だらしが…ないね?…ウェンディ、君のような…お嬢様には…荷が重かった…かな?」

 

「そういう…貴方こそ…皮肉に…いつもの…キレが…なくってよ…ギイブル!」

 

「……とりあえず生きているから、大丈夫か」

 

「なんか…テレサのときとは…全然、扱いが違うのは…なぜですの……ジョセフ?」

 

「はーい、頑張れ、頑張れー」

 

 ジョセフがそう言った。その時だった。

 

「うるさいうるさいうるさいっ!」

 

 突然張り上げられた声に、ジョセフをはじめ、クラス全員が思わず足を止め、この声の主、リィエルに注目する。

 

 あの大人しいリィエルが、こんなにも敵意むき出しな激しい声を上げるなんて。

 

 信じられない、という感情が、皆、その顔にありありと表れていた。

 

「関わらないで!もう、わたしに関わらないで!いらいらするから!」

 

「……っ!?」

 

「わたしは――あなた達なんか、大嫌い!」

 

 当のリィエルは一方的に子供のようにわめき立て、システィーナの手を振り払うと、ぷいっと二人に背中を向け、肩を怒らせて歩き去っていく。

 

「……な、なんなんだ……?」

 

「あの三人って…昨日まで結構、仲…良かったよな……?」

 

「なんだかんだで打ち解けられたと思ったんだけど……」

 

「……何かあったのかしら?」

 

 ひそひそと。

 

 そんなルミア達の様子を気まずそうに窺いながら、生徒達が口々に囁き合う。

 

(やっぱり、何かあるな?)

 

 ジョセフはそんなリィエルを険しい表情で見て。

 

(彼女も目をつけた方がいいかもしれないな)

 

 今のリィエルは、何をしでかすかわからない。しばらくの間、彼女を監視する必要があるとジョセフは判断した。

 

「なぁ、先生、リィエルのこと……」

 

「………」

 

「……いや、聞かないほうがいいか……」

 

「……すまん、ジョセフ」

 

 グレンはただ気まずそうに、申し訳なさそうに、そう言った。

 

 

 

 それから二時間ほどが経過した。

 

 切り立った崖に面した道を蛇行し、谷間にかかったつり橋を渡り、冷たく透き通った水の流れる渓谷沿いに進み…一行はとうとう、白金魔導研究所へと辿り着く。

 

「…ったく、こんな僻地に研究所を建てるならもう少し、道整備しとけよ……」

 

 ジョセフはそう毒づきながら正面の研究所を見上げる。

 

 白金魔導研究所は、そのすぐ背後を切り立った崖から流れ落ちる圧巻の滝、両側を原生林に囲まれた神殿のような建物だった。研究所正門前広場は開けられており、前後左右に間隔を開けて規則正しく並んだ正方形の敷石達、疎らに生えた水生の樹木達、そして敷石と敷石の間は絶えず綺麗な水が浅く流れている。

 

 常に耳をくすぐる水の流れる音、滝つぼから常に上がる水煙が神殿の足元を微かに白く曇らせ、空に輝く太陽の光をきらきらと照リ返し、七色の虹を鮮やかに纏うその風景。観光用の景勝地としてもまったくおかしくない絶景だった。

 

「この研究所は浮世離れしてるな。こんなの連邦にはないな…いや、多分ここだけやな」

 

 目の前の現実感のない光景に、ジョセフはついそんなことを口走ってしまう。

 

「はぁ…はぁ…もうだめ……」

 

「ほれ、お疲れさん」

 

 隣ではウェンディがくたびれた様子で座り込んでおり、それをジョセフはまだ開けてない水の入ったボトルを渡す。

 

 因みに、ギイブルも完全にくたばっていた。

 

 ウェンディは、それを受け取り、口をつける。

 

「ぷはっ、ありがとうございます。おかげで生き返りましたわ」

 

「どういたしまして。あと、それやるわ」

 

 周囲では、くたびれた生徒達が座り込んだり、靴を脱いで流れる水に足をつけていたりする。

 

 リィエルは集団から少し離れた場所で、何をするでもなく立ち尽くしていた。

 

「えーと、ひぃ、ふぅ、みぃ、…ちゃんと全員いるな?はぐれた奴はいねーな?」

 

 グレンが生徒達の人数を繰り返し確認していた、その時だった。

 

「ようこそ、アルザーノ帝国魔術学院の皆様。遠路はるばるご苦労様です」

 

 グレン達の前に、ローブに身を包んだ一人の男が現れた。

 

 歳の頃、四十、五十の初老の男だ。頭の天辺はすっかり禿げ上がり、残った髪や口元に生やす髭にも白いものが見え隠れしている。だが、いかにも好々爺然しており、不思議と親しみやすい雰囲気を持っていた。

 

「私はバークス=ブラウモン。この白金魔導研究所の所長を務めさせていただいている者です」

 

「や、あんたがバークスさんか」

 

 グレンが額の汗を拭いながら背筋を正し、バークスに向き直った。

 

(あの男がバークス=ブラウモンか)

 

 ジョセフは、バークスを、気付かれないように観察する。

 

(見たところ、好々爺然としているが…はてさて、クロかシロか)

 

 さて、どう接近しようか。

 

「アルザーノ帝国魔術学院、二年次生二組の担当講師グレン=レーダスだ。本日はうちのクラスの『遠征学修』へのご協力、心から感謝します。生粋の研究型の魔術師であるバークスさんにとっちゃ、ヒヨコどもが所内をほっつき歩くなんて鬱陶しくて仕方ないでしょうが、まぁ、今日明日は我慢してください」

 

「いえいえ、いいんですよ」

 

 グレンの微妙に丁寧じゃない物言いにも機嫌を損ねず、バークスは朗らかに応じた。

 

「ここにいらっしゃる皆様がたは、帝国の将来を担う魔術師の卵達。そんな彼らの糧となり血肉となるならば、これ以上のことはございません」

 

「はは、あんた、人格者だな。俺だったら面倒くさくってやってられませんよ」

 

 グレンは苦笑いしながら肩を竦めた。

 

「それでは、早速参りましょう。グレンさん、生徒達をまとめて私の後についてきてください。私が研究所内を案内いたします」

 

「は?まさか…あんた自ら研究所見学の引率をやってくれるっていうのか!?」

 

 ぎょっとしたように、グレンがバークスを見る。

 

(ほう、所長自ら案内してくれるのか。これは手間が省けるな)

 

 ジョセフは、内心ほくそ笑む。

 

「いや、流石にそれは気が引ける…あんたも自分の魔術研究で忙しいだろうに…別にあんたが直々にやらんでも、誰か係の者でも手配してくれれば……」

 

「いいんですよ。私としても魔術の研究ばかりでは気が滅入りますし、たまには若者と触れ合うのも良いものです。それに私の権限ならば、普段は立ち入れない区画をご覧いただくこともできます。やはり我らが帝国の未来を担う若者には、最高のものを見ていただき、たくさん学んで欲しいものですから」

 

「……ま、マジっすか?まさかそこまでしてくれるは…いや、ありがとうございます、ホントに」

 

 流石のグレンも、このバークスの厚遇には恐縮せざるを得ない。

 

 それを傍で見ていたシスティーナは興奮気味にルミアに話しかけた。

 

(……やけに厚遇だな)

 

 ジョセフはやけに厚遇な扱いをするバークスを訝しむように見ていた。

 

 そして、ジョセフはバークスがグレンとのやり取りの最中、ほんの一瞬だけ、氷のような冷たい目でルミアを見ている所を見逃さなかった。

 

 

 

 バークスに引率される形で、グレンと生徒達は白金魔導研究所内を見学して回る。

 

 白金魔導研究所はまさしく『水の神殿』という形容がぴたりと当てはまるだろう。

 

 室内、通路問わず、水路が張り巡らされた所内は、とにかく、どこもかしこも清らかな水が流れ、清浄な水の匂いに満ちている。そして、建物内だというのに、樹木や植物が無節操に群生し、緑の生命力が肌で感じられるほどに空間を満たしていた。ヒカリ苔もそこかしこに生えているのだろう。薄暗いはずの建物内は窓もランプの炎もないのに、不思議なくらいに程よい明るさを保っている。そして、一定距離ごとに黒光りする石のモノリスが立ち並び、その表面を何らかの術式が走っている。複雑すぎて読み取れなかったが、恐らく所内環境を一定に保つための式だろうと、ジョセフは踏んだ。

 

「白金術…白魔術と錬金術の複合術。この術分野が主に扱うのは、皆様もご存知の通り生命そのもの。ゆえに研究には新鮮な生命マナに満たされた空間が常に必要とされます。だからこのような有様になっているのです。まぁ、少々歩きにくいのはご愛嬌」

 

 そして、バークスは研究所内にある様々な研究室を、生徒達を連れて練り歩く。

 

 辺り一面に様々な品種と効能の薬草畑が広がる、薬草品種改良を試みている部屋。

 

 岩や結晶が法陣の上に並ぶ、鉱物生命体を開発している部屋。

 

 多種多様の動植物が収められた巨大なガラスの円筒が所狭しと並ぶ、生物の肉体構造に関する研究をしている部屋。

 

 複数の動植物を掛け合わせ、合成魔獣を生み出す研究をしている部屋。

 

 巨大なモノリス型魔導演算器が何台も据えられ、人や動物などの膨大な遺伝情報や魂情報の解析を行っている部屋。

 

 ……次々と見て回ったどの研究室でも、恐らく超一流の魔術師であろう研究員達が、脇目もふらず作業や研究に没頭していた。

 

「……すげぇな」

 

「ああ…凄い」

 

「これは…圧巻ですわね」

 

 生徒達は設備と環境の関係で、普段なら見ることも触れることすらもない、まったく別分野の魔術研究の数々を前に、皆、圧倒されてしまっているようだった。

 

 ジョセフは、それを見ながら、バークスから目を離さないようにしている。

 

(これまで何回もルミアをチラ見している。しかもその時だけ、まるで人が変わったかのように冷たい目をして)

 

 単なるロリコンというわけだったら、犯罪を犯さない限り放置しておくが、どうもそういう類ではなかった。

 

(それにしても、早くここから出たいな)

 

 正直、ジョセフはあまりここにいたくなかった。

 

 ジョセフの目に映ったものは、綺麗でも神秘的でもなかった。

 

 生み出されたはいいが、結局ガラス円筒の中でしか生きられなかったという魔造生命体の標本を見学した時は、言い知れぬ不快感があった。思わず目を背けたくなるような、グロデスクな造形の命の出来損ないの標本もあった。流石に現在は凍結されているらしいが、かつては人を殺すことだけを目的とした戦争用の合成魔獣兵器を作り出す研究もあったらしい。その研究内容の概要と経緯、結末が展示室に展示されていた。

 

 生命を弄ぶ行為に対する背徳感。神を冒涜するような、傲慢な行為。ジョセフが不快に思うのも無理はなかった。

 

「……ジョセフ?」

 

 振り向くと、いつの間にか隣にいたウェンディが心配そうに声をかける。

 

「……大丈夫ですの?なんか顔色悪いですわよ?」

 

「大丈夫よ、なんか帝国も連邦も手段は違えど、同じこと考えてるんやなぁって」

 

「……なら、いいんですけど……」

 

 なにか言いたそうな顔をしながら、ウェンディは再び研究を見入る。

 

 生命の神秘追及は魔術の永遠のテーマの一つだ。いや、科学も同じか。一度その禁断の果実に触れれば、人である以上、そして魔術師、科学者である以上、どこまでも貪欲な知的好奇心はとても押さえきれない。人が生命神秘の研究の歩を止めることは、もう永劫にないのだろう。

 

 再びバークスに目を向ける。バークスはルミア達に近づき何やら話していた。

 

 一瞬、警戒したが、流石にここで仕掛けるほど彼も馬鹿ではないようだ。

 

 話の内容は、システィーナが話始めた『Project:Revive life』というかつて帝国が死者の蘇生・復活に関する研究の話をしていた。

 

 バークスがそれを説明していた、その時。

 

「『Project:Revive life』ってのはな、要するに、さっきバークスさんが言ってた生物の三要素を別のもので置き換えて、死者を復活させようという試みなんだよ」

 

 突然、なぜかグレンがバークスの言葉尻を奪うかのように割って入っていた。

 

「復活させたい人間の遺伝情報から採取した『ジーン・コード』を基に、代替肉体を錬金術的に錬成し、他者の霊魂に初期化処理を施した『アルター・エーテル』を代替霊魂とし、復活させたい人間の精神情報を『アストラル・コード』に変換して代替精神とする。そして、最終的にこの代替肉体、代替霊魂、代替精神の三要素を一つに合成し、本人を復活させる…かいつまんで話せば、そんな術式だ……」

 

「って、ちょっと、先生!説明はありがたいんですけど、今、バークスさんがお話してるでしょ!?横から割り込みなんて失礼です!」

 

「おっと、失礼。なーんか興味深い話してっから、つい……」

 

 むぅ~っと怒ってみせるシスティーナを、グレンがへらへらと宥める。

 

「あー、話の腰折っちゃってすんません、バークスさん……」

 

「いえいえ、構いませんよ。それにしても流石は学院の現役講師殿。説明が理路整然としていて、私が説明するより話が早かったでしょうな」

 

 好々爺然と笑うバークスや、苦笑いのグレン。

 

「へぇ~帝国でもそんなのやっていたんですね」

 

 ジョセフもタイミングを見計らって、話に割り込んでくる。

 

「なんか連邦の『リチャード計画』に似ていますね」

 

「おや?貴方は?」

 

「ああ、申し遅れました。今年、アメリカ連邦から留学生としてアルザーノ帝国魔術学院に来ました、ジョセフ=スペンサーです」

 

「おぉ、連邦からわざわざこちらに来ていたとは、連邦もなかなか優秀な人材をお持ちのようだ」

 

「で?ジョセフ、その『リチャード計画』ってなんだ?」

 

「科学版『Project:Revive life』っと言えばわかると思います。人間の細胞の核と卵子を結合させて胚を作り、その胚を女性の子宮に受胎させる。それにより将来は自分と同じ、いわゆるクローン人間を作り出すというものです」

 

「クローンってつまりあれか?コピー人間か?」

 

「そういうことです。違いがあるとすれば、元々死者を蘇生するという目的ではなかったため、赤ん坊から始まることぐらいですかね」

 

「で、それはどうなったの?」

 

 システィーナがおそるおそるその結末を聞く。

 

「失敗したよ。資金の面もあるし、技術的な問題もあったんだけどな、何より世間の反発も大きかった」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「あの…バークスさん……」

 

 『リチャード計画』で話題になっているのを尻目に、物思いに耽っていたルミアが、バークスに問いかける。

 

「『Project:Revive life』のことなんですけど、それって、復活って言えるんでしょうか?」

 

 ルミアの言いたいことはわかる。

 

 死者蘇生計画『Project:Revive life』。

 

 要するに、コピーとコピーとコピーを掛け合わせてコピー人間を作るということだ。コピーだらけで復活させる本人と同質のものがどこにも存在しない。

 

「確かにこの方法で蘇生させた人間は、厳密な意味で本人とは言えません。けれど、周囲の人間にとっては失ってしまったまずの人間が、寸分変わらない姿形と人格記憶を持って戻ってくる…そういう意味での有用性が唱えられたのです。これが成れば、偉大なる英雄や優秀な人材が不慮の死を迎えても、まったく同じ能力、同じ姿形を持つ者を、すぐに復活させることができる…として」

 

 ルミアは少し肌寒さを感じた。もし自分が死んだとして…自分とは違う別の自分を、システィーナがルミアとして扱って接するとするなら。もしくはその逆は。

 

 想像すればするほど、それは、どこか歪でおぞましいもののように思えてくる。

 

「あなたの不安はよくわかります。恐らくあなたが感じていることは、プロジェクトの前後を通して常に議論が重ねられたことですから。帝国国教会の司祭達ともよく討論になりました。一時はレザリア王国の聖エリサレス教会、アメリカ連邦の連邦聖公会も出張ってくる有様でした」

 

 確かにそうだろう。命は神の生み出したものであり、生き抜いた果てに死後の祝福と来世への希望を唱える新旧エリサレス教の教義を、真っ向から否定するような研究内容だ。信心深い宗教家との間に、相当の確執や混乱があっただろうとことは想像に難くない。

 

「でも、ご安心を。このプロジェクトは結論と致しましては、失敗に終わりました。なぜなら研究が進むうちに、魔術言語『ルーン』の機能限界という絶対的な問題にぶつかってしまいました。結果、プロジェクトは呆気なく破棄される運びとなったのです」

 

「……機能限界、ですか?」

 

「左様」

 

「それって、一体どういうことなんですか?当時の術式構築技術が足りなくて作れなかったとか、そういうことではないんですか?」

 

 ルミアが不思議そうに問い返す。

 

「ルミア。ルーン言語が、この世界で生み出された最初の魂が発した音色…『原初の音』に近く作られた言語だというのは覚えているな?」

 

 すると、そのルミアの疑問に応じたのはグレンだった。

 

「あ、はい。ルーンが『原初の音』に近い言語だからこそ、その詠唱には特殊な発声術が必要ですし、私達が表層意識上は意味を理解できなくても、深層意識下でちゃんと意味を理解できるんでしたよね?ただ、『原初の音』に近いと言っても、しょせん人が作った言葉だから、天使言語や竜言語と比べると、かなり杜撰だって……」

 

「ああ、そうだ。よく覚えてたな。で、話を戻すが、そのルーンを組み合わせて、魔術関数を作成し、その魔術関数を組み合わせて、魔術式を作るわけだが…ルーンじゃ、どこをどうやっても先の三要素を一つに合成する関数と式が構築できなかったんだ。これは術式構築技術の不足というわけじゃなく、ルーンという杜撰な魔術言語そのものが抱えた問題で、ルーン語のポテンシャル・スペックでは、その術式をなすことは不可能であるという証明までされちまった。これが、魔術言語ルーンの機能限界ってことだ」

 

 そこまで一気に説明して、グレンが肩を竦める。

 

「要するに、だ。どんなに腕の良い刀剣鍛冶師でも、鋼を材料にしては、鋼より剛性と靭性、共に大きく勝る真銀製の盾を叩き斬れる剣は作れないってことだ」

 

「はっはっは、なかなかお上手なたとえですな、グレン先生」

 

「それにもう一つ、致命的な問題があったな。むしろ、ジョセフが説明した『リチャード計画』よりも倫理的に大問題なやつがな」

 

 お褒めの言葉をさらりと流し、さらにグレンが淡々と言葉を続ける。

 

「復活に必要な三要素の一つ…霊魂体の代替品『アルター・エーテル』だが…これを作製するには、何の関係もない複数の他人から霊魂を抽出して加工・精錬するしか手段がなかったんだ」

 

「え!?それって…まさか……」

 

「そうだ。一人復活させようとすれば、別の誰かが何人か確実に死ぬ。こんなことが許されるはずがない。神ならぬ人間に、生きるべき者の取捨選択する権利なんてねえんだ」

 

「いやはや、グレン先生に良いとことろをすっかり持って行かれてしまいましたな。そういうわけで様々な問題が噴出し、このプロジェクトは封印されることになったのですよ」

 

 バークスはにこやかに笑いながら、しゃしゃり出てきたグレンの説明を捕捉した。

 

「まぁ、どこかの魔術結社が、このプロジェクトを盗み出し、稀代の天才錬金術師を使って、なんとか完成に漕ぎ着けた…などという眉唾ものの逸話もございますが」

 

「そう言えばありましたね、そんな噂。都市伝説レベルの話ですけど」

 

「……先生?」

 

 ルミアは、今の一瞬、グレンが深刻な表情で押し黙ったことに気付いた。

 

「……いや、なんでもないさ」

 

 ぷいっと、素っ気なくそっぽを向いてしまうグレン。

 

 ルミアは、グレンが作り出したそんな微妙な空気を払拭しようと、バークスに形だけでも質問を投げかけた。

 

「あの…これは単なる興味本位なんですけど…もし、その『Project:Revive life』を本当に成功させようとしたら…一体、何が必要になるんでしょうか?その、犠牲者の問題とかは解決したとして……」

 

「ほう?あの絶対不可能の烙印を押された『Project:Revive life』に挑みますか?」

 

「あ、いや、そういうのではなくて、本当にただの興味本位で……」

 

 慌てたようにルミアが手を振る。

 

「いいんですよ、それでも。我々はすでに魔術的な常識に深く囚われ、そういうことを足元から見つめなおす機会もなくなってしまっています。やはり、若い視点というのは、うらやましいものですな」

 

「あ、あはは…そんな……」

 

 照れたようなルミアを前に、バークスが口元に手を当て、少し考える。

 

「ふむ…そうですね…不可能と言われる『Project:Revive life』を成功させるには、大きく二種類の方法が考えられますな。まず一つは、固有魔術です」

 

「……固有魔術?」

 

「ええ、そうです。固有魔術とはその人が持つ独自の魔術特性…魂の在り方を応用した魔術です。固有魔術は往々にして理論上不可能な術式を成しあげてしまうことがある。もし、『Project:Revive life』に特化した魔術特性を持つ人物がいたのなら…その人物はきっと成功させることができるでしょう」

 

「でも、そんな人物が現れるのって、天文学的確率じゃないんですか?」

 

 思わずシスティーナが横槍を入れた。

 

「ははは、ごもっとも。そして、もう一つは…ルーン語以上に『原初の音』に近づいた魔術言語を使用すること。例えば、竜言語や天使言語。これらの言語はルーン語よりも圧倒的に『原初の音』に近い、とされています。達成の可能性は充分にあるでしょう」

 

「でも、竜言語や天使言語は、人間が魔術言語として扱えるものじゃないし……」

 

「左様。だから、竜言語や天使言語以外で、かつ人間が扱えるルーン語以上の魔術言語があれば…まぁ、この前提がそもそもおかしいですね」

 

 バークスは含むように、くっくと笑った。

 

「す、すみません。益体もないことを聞いてしまって……」

 

「いいんですよ。こうして若い人達と話をしていると、私も若返るような気がします。それもあなた達のような、とても美しいお嬢さんなら、なおさら、ね」

 

「そ、そんな……」

 

「あはは、お上手ですね、バークスさん」

 

 ルミアとシスティーナが照れたように、はにかんだ。

 

「さぁ、お話はこれくらいにして、次の部屋へ参りましょう。今日はまだまだ、あなた達にご覧になっていただきたい場所がたくさんあるのですから……」

 

 この時、ジョセフはバークスがルミアを何回も冷たい目をしながら見ているのを見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 





次で、三巻ラストです。

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