ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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 西郷どんが来週で終わる…


33話

 …………。

 

 ……。

 

 どれくらい歩いただろうか。

 

 昨日、大雪が降ったためか、辺り一面銀世界だった。一歩一歩踏むたび、ブーツが少し沈む。

 

 ジョセフが所属する、第七軍第十二歩兵師団第八大隊は、野営地から数十キロスある町の攻略を命じられていた。

 

 そこを攻略し、補給基地としての役割を持たせるためだ。

 

 第八大隊は現在、徒歩で町を目指していた。この大雪のため、兵員輸送車で行軍するのは難しかったからだ。

 

 砲兵も同様の理由で前線の到着に遅れている。砲撃支援は望めないだろう。

 

 頼りになるのは迫撃砲ぐらいしかなかった。

 

 野営地を発って数時間が過ぎた、その時。

 

「町が見えたぞ」

 

 一人の兵士がそう声を上げる。

 

 見れば、一キロスも切っていただろうと思うが、平原にぽつんとあるようにその町はあった。規模は決して大都市ではないが、補給基地としては困らないぐらいの、そこそこ大きな町だ。

 

 その姿をみた瞬間、迫撃砲を担いだ兵士達は、支援砲撃をしやすい地点を探し散開する。

 

 ジョセフもM1903の薬室内に弾が装填されているのか確認し、銃剣を着剣する。

 

 だが、この町はどこか妙だった。

 

 静かすぎるのだ。

 

 まず人がいなかった。確かに誰かがこちらの動きを見て、住民を退避させたのならまだしも、軍すらいない、まさにもぬけの空のような状態だった。

 

 おかしい、と誰もが思った、その時。

 

 町の方から一人の人影が出てきた。

 

「……子供?」

 

 ジョセフが訝しむように見て、つぶやく。

 

 見た感じ、年齢は十歳になったばかりのような、ほんの子供だ。服装から見るにこの町の住人だろう。

 

 他にも子供や女性がぞろぞろと出てくる。

 

 保護を求めているのだろうかと考えたが、違うと、子供の手元を見て確信した。

 

 その子供の手には鉈のような物が握られていたからだ。他の住民もシャベルやら、包丁、麺棒などで武装している。

 

「おいおい…正気か?」

 

 対するこちらは一人の兵士が冗談だろって顔をして、苦笑いしていた。他の兵士も全員笑っている。

 

 一般人、それも女性や子供が現役の軍人に敵うはずがない。ましてや、レザリア王国軍に見捨てられているのにもかかわらずだ。

 

 士官が武器を捨て投降するように勧告する。しかし、住民は止まらない。

 

 まるでそこに自分の意思がないような、誰かの言われるがままにこちらに歩いてきていた。

 

 もう一回勧告する。それでも止まらない。

 

 苛立っていたのか、最後通告だと警告し勧告する。それでも止まらない。

 

(様子がおかしい)

 

 ジョセフは、何か違和感を感じていた。普通だったら、何人か逃げるはずなのに誰も逃げないのだ。

 

「警告はしたぞ」

 

 苛立たしげに士官はそう言い放ち、M1911を構える。警告したとは言え、距離の関係上、威嚇射撃をするつもりだ。

 

 これで逃げてくれれば――

 

 誰もが思うその気持ちを思い、士官が引き金を引き――

 

 銃声が木霊し――

 

 そして――

 

 悪夢が始まった。

 

 

 

 

 …………。

 

 ……。

 

 

「――そう、わかった」

 

 システィーナ達に割り当てられた部屋で、ジョセフはガルシアからリィエルが最後にいた地点を伝えられ、通信機を切る。

 

 グレンの方へ向くと、儀式は終わっていたのか、淡いランプの光が照らしている。

 

 息はしている。どうやら成功したようだ。

 

 システィーナは膨大な魔力を消費したのか、疲労困憊といった様相でグレンのベッドにもたれかかり、静かに寝息を立てていた。

 

「……う」

 

 途端にグレンが目を覚ます。

 

「……夢…か……」

 

 一体何の夢を見ていたのか、ジョセフにはわからないが、グレンは強引に起きようとしている。

 

「ここ…は…?ぐぅ……っ!?」

 

 あれだけ瀕死の重傷を負っていたのだから、当然といえば当然なのだが、無理矢理起きたため、激痛がきたのだろう顔をしかめている。

 

「づっ…痛ぅ……ッ!」

 

 グレンは今、上半身裸で、胸部には包帯が巻かれていた。

 

「……ふん、息を吹き返したか」

 

 突然、いかにも苛立ち混じりの忌々しそうな声がかかってくる。

 

「相変わらず憎たらしい程、しぶとい奴だ、お前は」

 

 グレンが声の方向へ目を向けると、そこには腕を組んで壁に背を預けるアルベルトの姿があった。眉間に皺を寄せ、その不機嫌さを隠そうともしていない。

 

「なんだよ、そりゃ…暗に死ねとでも言いたげだな」

 

「その方が清々するんだがな、俺としては」

 

「ま、生きていて良かったじゃないですか。心配してましたよ、先生」

 

 後ろを振り向くとジョセフが苦笑いで二人のやりとりを聞いていた。

 

 アルベルトのこんなつれない物言いはいつものことなんだろう。さっきまでかつての同僚を救うのに必死だったのだから。

 

「俺は…リィエルのアホに斬られて…そうか、お前が助けてくれたのか……」

 

「礼ならそこのフィーベルに言え」

 

 僅かに顎をしゃくり、アルベルトは淡々と言葉を続ける。

 

「その娘がいなければ、俺の白魔儀【リヴァイヴァ―】等、成功しなかった」

 

「なっ!?【リヴァイヴァ―】だと!?いくらお前でも【リヴァイヴァ―】なんて大がかりな魔術儀式、絶対的に魔力が足りな…あ、そうか、それでコイツか」

 

 一瞬、納得しかけたように、グレンがシスティーナの寝顔は見るが……

 

「……いや、待て、アルベルト。それでもおかしいぞ。白猫の魔力があったとしても、焼け石に水しゃねーか?本来、数人がかりで行う儀式なんだしな……」

 

「え?マジですか?数人でやる魔術儀式をシスティーナの魔力だけで……」

 

 ジョセフもシスティーナの魔力容量の多さに驚愕する。

 

「気付いてないのか?この娘が今、顕在的に使用可能な魔力容量は確かに然程でもないようだが…潜在的な魔力容量は恐らく俺以上だ」

 

 アルベルトよりも魔力容量が多いということは、システィーナは特務分室のエース一人分以上の容量を少なくとも持っていることになる。

 

「ま…マジかよ……」

 

 アルベルトは下らない冗談や世辞の類を言う男ではない。

 

 アルベルトがそうと言うなら、紛れもなくそれは事実なのだろう。

 

「いや、まぁ、薄々凄ぇやつだな、とは思っちゃいたが…白猫…お前、本当に凄ぇやつだったんだな…生意気だけど」

 

「お前が特別に眼をかけるだけの事はある。成る程、確かにこの娘は鍛えれば化けるだろう…王女を守る『戦力』として期待出来るかもな」

 

 確かに、このまま鍛えれば、彼女はデルタ、特務分室の連中に匹敵する戦力になることは間違いない。

 

「馬鹿野郎…そんなんじゃねえよ、こいつは……」

 

 グレンは複雑な表情でシスティーナの寝顔を眺めた。

 

 しばらくしてグレンはベッドから降り、ベッドにもたれかかるように眠っているシスティーナを横抱きに抱え上げ、ベッドの上にそっと横たえる。

 

 そして。

 

 しばらくの沈黙の後。

 

「状況…説明してくれるか?」

 

 とりあえず気持ちの整理をつけたのか、グレンが顔を上げ、アルベルトを見据えた。

 

「いいだろう」

 

 いよいよ話を本題へと切り替える。

 

「と、言っても状況はそれほど複雑じゃない。リィエルが帝国宮廷魔導士団を裏切って、お前に危害を加えた。俺が天の智慧研究会の外道魔術師エレノア=シャーレットに足止めを喰らっている間に、リィエルはルミアを誘拐、姿を消した。それだけだ」

 

「マジかよ」

 

 ジョセフはエレノアという名前を聞いただけで、気持ちがげんなりしていた。

 

 大方、予想通りだったが、エレノア…この間の事件で話に聞いたあの元・女王側近。あの女が出てくるとは…少なくとも敵戦力はリィエルとエレノアがいるということになる。

 

 あの超一流の魔導士であるアルベルトを足止めできるのだ。かなり手強い相手だ。

 

「……リィエルのアホはルミアをどこに連れて行った?」

 

「不覚だが見失った」

 

 淡々と事務的にアルベルトが応じる。

 

「それなら、大方の場所は知ってます」

 

「マジか!?どこだ?」

 

 ジョセフの言葉にグレンが目を見開いてジョセフを見る。

 

「リィエルは島の中央部に向かいました。と言っても、樹海のど真ん中で消えたんですけどね」

 

「ていうか、なんでわかるんだ?」

 

「リィエルが飛び出した後、ルミアに腕時計を渡していたんです。位置情報発信装置付きのですね。んでリィエルがルミアを連れ去った瞬間、ドローンが追跡していたんです」

 

「遠見の魔術――【アキュレイト・スコープ】よりも便利じゃねえか」

 

 アルベルトがリィエルの観測に使っていた遠見の魔術【アキュレイト・スコープ】は光操作による遠隔視により、指定座標の観測地点が発する光を曲げて、術者の視覚に届ける術だ。対象指定魔術ではなく座標指定魔術のため、一旦観測対象を見失うと再補足が非常に困難になる。

 

 ぶっちゃけ【アキュレイト・スコープ】は望遠鏡を覗いているようなもので、死角に隠れられると観測はできなくなるが、ドローンは、物体から発信している信号を追跡すればいいので、死角に隠れられたとしても追跡ができる。信号源が破壊、もしくは地下深くに入らないかぎりは。

 

 それに【アキュレイト・スコープ】は観測地点が発する光が、いかなる曲げ方をしても決して届かない状況…例えば真っ暗闇の中や、完全に光を遮断された建物の内側等の遠隔視は不可能だ。おまけにこの術を誤魔化す魔術も多い。いずれにせよ、遠見の魔術でリィエを再補足する事は、ほぼ難しかったのである。

 

 ドローンの場合、隠密性は【アキュレイト・スコープ】よりも劣るが、リィエルは全く気付かなかったため、大方の場所が割れたのである。といっても、その周辺にいる話であって、ピンポイントでわかるわけではないのだが。

 

「俺からも一つ聞かせて貰おう」

 

「……なんだ?」

 

「リィエルの事だ。あいつは何故、裏切った」

 

 これはジョセフがもっとも頭を悩ませているこの騒動の最大の謎だ。

 

 リィエルはグレンを慕っているというよりは依存に近い状態だということはジョセフはわかっていた。なのに、そのグレンに危害を加えたのである。

 

「……『兄貴』、だよ」

 

 ぽつりとグレンが呟く。

 

 兄貴?

 

 ジョセフは首を傾げる。

 

「『あいつの兄貴が現れやがった』…と言ったら、お前ならわかるだろう?」

 

「成る程な。案の定、お前が後送りにしてきた事のツケが回ったという事か」

 

 後送りしたツケ?

 

 ますますわからない。

 

 アルベルトの弾劾するような物言いに、グレンは気まずそうに眼を逸らす。

 

「だから俺はあの娘…リィエルに気を付けろと言った。抑、何時かこうなるかもしれない危険性は、二年前、お前があの娘を拾ってきた時点で分かっていた筈だ」

 

(つまりリィエルはグレンが二年前に拾ってきたというわけか。それに爆弾も抱えていた。それが『兄』が現れたことで爆発したんか……)

 

 だが、確かリィエルの兄はもう……ウェンディが家族のことについて質問した時のことを思い出す。

 

「くそっ、なんの申し開きもできねえが…ちょっと待てよ。お前、その言い草じゃ、連中が今回の『遠征学修』で何かを仕掛けてくる可能性について最初から知っていたっていうことか!?」

 

「………」

 

 アルベルトが沈黙し、ジョセフが語り始める。

 

「先生、今回の騒動は、白金魔導研究所の所長、バークス=ブラウモンが天の智慧研究会と繋がっている可能性があります。今日の研究所見学の時、バークスがルミアを何回も冷たい目で見ていましたし、リィエルが最後にいた地点はこの白金魔導研究所の近くなんです」

 

「バークス=ブラウモンが!?マジか!?」

 

「当初としては可能性は限りなくゼロに近い可能性だったが…嫌な予感は的確に当たるものだな」

 

「……おい、テメェ…だったらなぜ、シーホークで俺に接触してきたあの時…バークスが組織に通じている可能性があることを俺に話さなかった……ッ!?」

 

 そして、グレンが怒りの灯った眼で、アルベルトを睨みつける。

 

「バークスがもしクロだったら…今回の『遠征学修』でルミアを撒き餌にすりゃ、連中はバークスを唆して必ず何かを仕掛けてくる。だとしたら、ルミアの傍らにいるあのリィエルを利用しない手はない…だから『気をつけろ』。そういうことだったのか?」

 

「そうだ」

 

「今回の一件…軍の連中にとっちゃ、上手く何か釣れることを期待した『釣り』じゃない…かなり確信をもって行った『釣り』だったっていうのかよ……ッ!?」

 

「その通りだ。…だが、かつてお前がリィエルの真実を意図的に改竄して上に報告したため、何も知らない軍上層部にとっては、リィエルの裏切りは誤算だったろうがな」

 

 責めるようなアルベルトの言葉に、グレンが苦々しく歯噛みする。

 

 ルミアを撒き餌にし、不用意な仕掛けをしてくるバークスを、アルベルトとリィエル、場合によっては連邦軍を使って搦め捕る…軍が想定していたのは、そういう作戦だったのだ。だから、グレンには気をつけろしか伝えず、ジョセフにはバークスが行動を起こす可能性があると情報提供をしたのもそういうことなのだろう。

 

 だが、軍上層部は知らなかった…リィエルに爆弾が存在することを。グレンに拾われた――話を聞く限り、恐らく天の智慧研究会に囚われていたのかもしれない――魔術師だが、帝国宮廷魔導士団によって保護され、今は完全にこちら側の手駒になった…その程度の認識だったのだ。

 

 リィエルの裏切りを予想するには、今までのリィエルの戦果…件の組織に与え続けた損害が、あまりにも華々しすぎたため、予想なんてできる筈がなかった。

 

「くっ…なぜ、止めなかった、アルベルト……ッ!?」

 

 グレンはアルベルトにそう問う。

 

「言われなくとも、俺はこの作戦に従事する人事の変更を何度も要請した。だが、あの軍上層部が一度決定した事項を覆すと思うか?」

 

「……それは……ッ!」

 

「それに、俺とお前しか知らないリィエルの真実を暴露すれば…リィエルは無期封印刑か、魔術実験用のモルモットだ。それで良かったのか?」

 

「……そんなことは……ッ!」

 

 グレンは頭を押さえ、固く目を瞑りながら懊悩するしかない。

 

「……最後に一つ、聞かせてくれ……」

 

「何だ?」

 

「……その確信犯的『釣り』、女王陛下の指示のわけねーよな?軍の独断か?」

 

「御名答だ」

 

「――ふっざけんなぁあああ――ッ!?」

 

 気付けば、とうとう激情を堪えきれなくなったグレンが、アルベルトの胸倉を掴み上げて、怒鳴っていた。

 

「お前らの都合に、あいつらを巻き込むんじゃねえよ!?ゼロに限りなく近いけどその可能性がある、その情報一つ流してくれりゃこんなことには――ッ!?」

 

「黙れ。俺とてこんなやり方は気に食わん」

 

 アルベルトの凄まじい形相に、思わずグレンは気圧された。

 

「こんな命令を下す軍上層部の連中も屑。そして、それに黙って従う俺も屑だ。否定はしない」

 

 それは外に向かう怒りではない。

 

 内に向かう怒り。己の不甲斐なさに対する激しい憤りを殺した表情だ。

 

「だが、連邦が加勢しているとはいえ、年々彼の組織の勢力が増しているのは事実。政府側が手詰まりなのも事実だ。あの邪悪極まりない外道の組織だけは、如何なる犠牲を払ってでも絶対に潰さねばならない。帝国のために、帝国に生きる人々の未来のためにな、仮令、後世、悪と罵られようと俺は絶対に妥協しない」

 

(この男……)

 

 ジョセフはアルベルトが単に冷淡な男ではないと認識した。

 

 このアルベルトという男は、誰よりも苛烈で報われない正義と信念を貫く男なのだ。

 

 己が魂の向かう先が地獄だと理解して尚、その歩みを止めない茨の道を行く聖者。

 

 九を救うために一を切ることを割り切り、かつ、それを善と正当化する偽善者じみたことも絶対にしない。必要悪の正義を貫きつつも、己が手で重ねた犠牲の重圧と罪悪感に耐えてみせる偽悪者だ。その常に頑なまでに一貫な姿勢をジョセフは恐れていた。

 

 今まで会った者の中で、絶対敵に回したくない男だと。

 

「……くそっ!」

 

 グレンはアルベルトを突き飛ばすように手を離し、毒突いた。いや、毒突くしかなかった。

 

「さて、話の続きだ」

 

 素知らぬ顔で乱れた胸元を整えながら、アルベルトは淡々と言葉を続ける。

 

「実は連中の潜伏場所の目星は付けている。恐らく連中は見つかる筈が無いと高を括っているだろうがな」

 

「……ちっ。相変わらず抜け目ねえな…嫌なヤロウだ」

 

「俺と『黒い悪魔』はこれから王女を奪還しに行く訳だが…間違いなくリィエルと敵対するだろう」

 

 リィエルという言葉に、グレンの眉が反応する。

 

「こうなった以上、俺は容赦しない。リィエルが俺の行く手を阻むというならば、俺は力を持って奴を排除する…いや、言い方が温いな。殺す、だ」

 

 そうするしかないだろう。

 

「……待てよ」

 

 グレンがアルベルトを烈火の目で睨みつけ、固く言い放つ。

 

「何だ?」

 

「俺も連れて行け。まずはアイツと話をさせろ」

 

「………」

 

「アイツは『勘違い』をしてんだよ。で、ちょっと魔が差しちゃってつい、こんなオイタやらかしちまっただけだ。それを正して連れ戻す。…それが二年前、アイツを拾った俺の責任だ。そうだろう?」

 

「ふん。『兄』が現れたんだろう?あの女が今更、お前の言葉を聞くか?」

 

(『星』の言う通り、リィエルのことだ、今更先生の話を聞くとは思えない。彼女は自分というものが存在しない。『兄』という他者依存に陥っている。今まで、先生を『兄』と認識していたから何とかなったものの、もうその認識がなくなった今……)

 

 どうすることもできない。

 

 ジョセフは覚悟を決めてリィエルを殺害しなければならない。恐らく、ルミア、システィーナがこの事を聞いたら、恐らく悲しむだろう。もしかしたらアルベルトとジョセフを責めるかもしれない。

 

 だが――

 

「聞かせる!聞かせるんだよ!ゲンコツごちごち入れて、無理矢理にでも聞かせるんだよッ!じゃねえと…アイツが、あまりにも哀れ過ぎるじゃねえか……ッ!」

 

 喉奥から搾り出されるようなグレンの言葉に、アルベルトは鼻を鳴らした。

 

「お前はまだ、あの二人に肩入れするのか?いつまでその『正義の魔法使い』ごっこを続けるつもりだ?」

 

「……ッ!?」

 

「お前が帝国宮廷魔導士団を去った理由…薄々予想は付いている。お前は現実を理解していながら、同時に理想も捨てきれず、時に敵にすら手を差し伸べずにはいられない真性の甘ったれだ。あの世界で何時か破綻するのは分かり切っていた」

 

「そ、それは…すまないと…思って……」

 

「勘違いするな。別にそんなお前を否定はしない。誰もが魔術の現実に諦観し、心を磨り減らす世界だ。お前みたいな『諦めの悪い』魔術師が一人くらい居てもいい。寧ろ早々に見切りをつけた俺にとって、お前のその泥臭い生き様は疎ましく思う反面、眩しくもあった。だがな……」

 

 一呼吸置き、アルベルトは鋭い猛禽のような眼で、グレンを射貫く。

 

「お前は、逃げた」

 

「!」

 

「お前自身の身勝手な都合で、共に肩を並べて戦う戦友達を捨てて逃げた。しかも何一つ語る事なく、だ。今回のリィエルの裏切りとて間接的には、お前が軍から逃げた事が原因だ。さらに言えば、かつてのお前が自己満足の良心で肝心な情報を伏せたのが原因だ。違うか?」

 

「そ、それは……」

 

「そんなお前に、俺の戦闘方針を不利になる方向へ変更させる権利があるのか?今更、リィエルを救う資格があるのか?答えろ、グレン=レーダス」

 

「ねえよ。権利や資格なんざねえ」

 

 開き直りにも似たグレンの即答に、アルベルトの眉に端がつり上がる。

 

「ああ、そうだ、お前の言うとおりだ、まったくもってド正論だよ、ド畜生!だから、これは完璧に俺の個人的な我が儘だ。気に食わなきゃ、殴るなりブチ殺すなり好きにしろよ。だが、それでも俺はリィエルを見捨てねえぞ……ッ!?」

 

「……話にならんな。餓鬼か貴様は」

 

「ガキで結構だ!あいつは…リィエルはまだ戻ってこれるんだッ!可能性があるのに可能性を切り捨てる利口な大人になんか、俺は一生なれねえよ!それに……もう、切り離せねえんだよ、リィエルは」

 

「………」

 

「お前らのくだらねー目論見で、下手にリィエルをあいつらの中に交ぜちまったせいで…あいつらにとってもリィエルは必要になっちまった…それを今さら、奪うのか?そんな残酷なこと、あいつらに受け入れろと?ふざけんなよ……ッ!?」

 

「……先生……」

 

 グレンはアルベルトへ掴みかからんばかりの勢いでまくし立てていく。

 

「あいつらを泣かせるような真似だけは絶対、許さねえ。帝国の未来?任務?はっ…知るか、ボケ!権利や資格なんざ知ったこっちゃない、これは俺の意地だ!『正義の魔法使い』なんつーくっだらない夢はとっくに破れたがな…それを差っ引いても譲れねえものっつーのがあんだよ!?」

 

「ふん、一体、何様の心算だ?貴様」

 

「俺は――あいつらの教師だッ!」

 

 一際、語気の強いグレンの叫びに、アルベルトが押し黙る。

 

「リィエルだって…今は、俺の生徒なんだ…ッ!だから……ッ!」

 

 しん、と。しばらくの間、重苦しい静寂が辺りを支配する。

 

 だが、グレンの噛みつくような視線をさらりと流し、アルベルトは冷淡に言い捨てた。

 

「成る程、変わらんな、お前は。心を叩き折られて少しは現実を見るようになったかと期待したが、本質的にお前は全然、変わっていない。まったくもって忌々しい話だ」

 

 そして――

 

「だが、だからこそ…俺はお前に期待するのかもしれないが」

 

 アルベルトが突然、バネが弾けたように動き、グレンの頬を拳で激しく殴りつけた。

 

 嵐の如き勢いで、容赦なく振り抜かれるアルベルトの拳。

 

 どぱぁん、と肉を叩く鈍い音が、室内に木霊する。

 

「ぐぁっ!?」

 

 その勢いでグレンは背後の壁に叩き付けられ、崩れ落ちる。

 

「俺に何も言わず帝国宮廷魔導士団を去った落とし前は、これで勘弁してやる」

 

 そして。アルベルトはただひたすら冷徹酷薄な眼で、床に倒れ伏したグレンを見下ろしながら懐に手を入れ、何かを取り出し、それをグレンの傍らに放った。

 

 ごとりと床に転がり、黒光りするそれは一挺の銃だった。古めかしい意匠の、もう連邦軍では使われていないパーカッション式回転弾倉拳銃。銃身には幾つかのルーン文字が刻まれている。

 

「この銃は…≪ペネトレイター≫……ッ!?」

 

 グレンはアルベルトの意図が読めないらしく、呆然と銃を眺めている。

 

「条件は二つだ」

 

 アルベルトはあくまで事務的に、淡々と告げる。

 

「一つ、俺はあくまで王女の救出を最優先させて貰う。裏切り者を任務より優先する程、俺はお人好しでは無い。二つ、状況がリィエルの排除を余儀なくした場合、俺は容赦なくリィエルを討つ。その時、文句は受け付けん」

 

「……アルベルト?」

 

「以上二点について俺の邪魔をしない限り、リィエルはお前に任せる」

 

 一方的にそう言い捨てて、アルベルトはグレンに背を向けた。

 

「………」

 

 しばらくの間、沈黙が漂う。

 

 アルベルトの言葉。それは一聴、任務を至上とした冷淡で薄情な物言いに聞こえる。

 

 だが――

 

「……ははっ」

 

 不意に、グレンは口の端に滲んだ血を拭いながら、笑いを零した。

 

「?」

 

 ジョセフはグレンの突然の笑いに困惑する。

 

「はは、はははっ!そういえば、お前そういう奴だったな……」

 

 銃を拾い、グレンは不敵な笑みを浮かべながら、よろよろと立ち上がる。

 

「要は、なんだかんだでお前もリィエルのこと気にかけてたんだな?まぁ、そりゃそうだ。お前、敵に対しては一片の容赦も慈悲の欠片もないが、一度、仲間と認めたやつに対しちゃ結構、義理堅いしな……」

 

「………」

 

「俺を試すようなこと言ったり、なんだかんだでリィエルの真実を上に黙ってくれたり…任務バカのお前がここまでするっつーことは、だ。…ったく、お前も少しは素直になれよ。任務、任務、任務、任務、息苦しくねーか?」

 

「黙れ。問題児とはいえ、このままみすみすリィエルという『戦力』を失うのは帝国軍にとっての損失と判断した迄だ。…他意はない」

 

 冷たくそう言い残し、アルベルトはグレンを放置して部屋の外へと出て行く。

 

「へ―いへい、そうですね。そういうことにしておきますかね。はぁ~、…ったく面倒臭ぇヤロウだぜ……」

 

 憎まれ口を叩きながら、グレンはベッドの椅子にかけてあったシャツの袖に腕を通し、クラバットを締め直し、ローブをばさりと肩に羽織った。銃の状態を簡単に点検して背中のベルトにさし、愚者のアルカナを確かめる。

 

「まったく…ヒヤヒヤしましたよ」

 

 ジョセフは黙ってグレンをアルベルトのやりとりを聞いていたが、どうやらルミアもリィエルも連れ戻すということにしたらしい。

 

「要はルミアもリィエルも連れ戻す、ということでいいんですね?」

 

「ああ、どちらも連れ戻す。ジョセフ、力を貸してくれ」

 

「『星』からも協力を要請されているので、言われずともそうしますよ。ただ、状況によってはリィエルは容赦しないので…失敗しないでくださいよ」

 

「任せておけ」

 

 グレンはそう言うと、システィーナを見て。

 

「また、お前に助けられちまったか…ありがとうな、システィーナ」

 

 グレンは、眠るシスティーナの頭をくしゃりと撫で、じっと優しい目で見つめる。

 

 すると。

 

 無意識にその視線と感触を感じたのか。

 

 眠りが浅かったのか。

 

 はたまた、あるいは偶然か。

 

「……せん…せい……」

 

 システィーナが、かすかに身じろきをして……

 

「……ル…ミアを…助けて…お願…い……」

 

 そんな、寝言を、呟いていた。

 

 システィーナの目尻に光るものを見たグレンの表情は、柄にもなく真摯で真剣なものへと変貌して…そして。

 

「……任せろ」

 

 ただ一言、力強くそう言い残して。

 

「んじゃ、行きましょうかね」

 

 グレンは踵を返し、決意を感じさせる足取りで、ジョセフはそれを付いて行くよう部屋の外へと出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はサウスカロライナ州です。

人口490万人。州都はコロンビア。主な都市にグリーンビル、コロンビア、チャールストン、マートルビーチ。

愛称は、パルメットヤシの州です。

独立13州の一つで8番目に加入しました。

イギリスで最初に独立を宣言した植民地でした。

カロライナの由来は、イングランド国王チャールズ2世の父、チャールズ1世の栄誉を讃えて命名されました(チャールズのラテン語読みはカロルス、それを英語読みにすると、カロラス。そしてカロライナ)。

南北戦争では、アメリカ合衆国から最初に脱退した州でもあります。

ノースカロライナと比較すると、まだまだ発展途上ですが、それでも近年は温暖で過ごしやすく災害が少ない環境ゆえに、グリーンビルを中心に人口増加が続いています。沿岸のチャールストンは古き良きアメリカの色が濃く残る港町で観光地として人気が高いです。かつては奴隷貿易の港らしかったんですが、そこはお構いなしです。

以上!!

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