ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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 バークス戦書くの難しいでござる。

 四巻ラストです。


38話

(ふん、馬鹿が……)

 

 ジョセフは、自分が優位に立っていると愉悦に浸かっているバークスを、嘲笑した目で見ていた。

 

(あの男、『星』が【リストリクション】を起動するためにナイフ投擲をし、俺がそれから注意を逸らすために撃ちまくっていると思っているが…大間違いだ)

 

 今、バークスは異能を発動させ、容赦なくアルベルトとジョセフを攻撃している。

 

 アルベルトとジョセフはそれを捌きながら、隙を作ったりしてナイフ投擲や射撃を繰り返している。

 

(俺達がやろうとしていることは、何てことないかなり単純なものさ。にも拘わらず、あの男は気付いていない。自分は死なないから、魔術的に縛るだろうということしか考えていない。この世の中、不死なぞ無いのにな)

 

 ジョセフは、隙ができたバークスに銃弾を放ち、バークスの首筋を撃ち貫く。

 

 そして、傷が塞がっていくのだが――

 

(確実に修復速度が落ちているな)

 

 バークスがジョセフに『発電能力』を発動し、稲妻を落とす。それを、ジョセフはひらひらと、かわしていく。

 

 このバークスという男は外道とはいえ、いや外道だからこそ研究者としては優秀だが、しょせん研究者だった。

 

 殺し合いを知らないのだ。魔術と魔術で互いが殺し合う、その程度しか思っていない。

 

(だが、実際は殺し合いは何でもアリだ。魔術も、銃も、自分が生き残り、勝つための手段でしかない)

 

 魔術を崇拝しているせいで、バークスは視野が狭くなっている。

 

 バークスはアルベルトが【リストリクション】を起動すると踏んでおり、【リストリクション】を密かに改変している。恐らく、呪的効果が自分達にフィードバックするようにしているのだろう。アルベルトもそれを気付いている。

 

 そう、アルベルトはそれをわかっていながらやっているのだ。普通、ここで疑問を持つはずなのだが、バークスはそれすら疑問に思っていない。己の力を過大評価し、アルベルトとジョセフを過小評価しているのだ。

 

(やっぱ、雑魚だわ)

 

 ジョセフはアルベルトを見る。アルベルトもわかっているのだろう、こちらを見て微かに頷く。

 

 そろそろあの男も終わりだ。

 

 

 

 

 

「……詰み、だ」

 

 ナイフ投擲を繰り返していたアルベルトはふと手を止め、そんなことを呟いた。ジョセフも射撃を止める。

 

「ほう?詰み、とは?」

 

 バークスがほくそ笑みながら問い返す。

 

「知れた事。貴様はもう終わりだ。そう言っている」

 

 その言葉には、見栄も挑発も、勝ち誇りも見下しも、ない。ただ、それが覆しようのない厳然たる事実であるがゆえにそう宣言した…そんな語り口だ。

 

 ジョセフはバークスを見て、くすくすと嘲笑している。

 

 それがバークスには、たまらなくおかしかった。

 

「ほうほう、私は終わりか!そうかそうか!」

 

 どうやらこのアルベルトという男は、先ほどからコソコソ行っていたナイフによる魔術的な小細工を、今、ようやく終えたらしい。

 

「どうやって終わりにしてくれるのかの?いやはや、若者が時折生み出す突拍子もない発想は、この老体にはとんと予想がつかんでのう…おお、怖い怖い!」

 

 バークスが周囲を見渡す。

 

 部屋の彼方此方に散らばっているナイフ。それは一見、無秩序な並びのように見えて…その向き、配置、数、全てに魔術的な意味が隠されている。

 

 そんなナイフ達で編み上げられた術式は、黒魔儀【リストリクション】――封縛の結界だ。この儀式魔術が起動すれば、バークスがこの部屋のどこにいようとも、バークスの全ての動作を魔術的に縛ることになるだろう。よくもまぁ、これほどの術式を一見無造作に散らかしたナイフだけで組み上げたものだ。それだけは褒めてやってもいい。

 

(……だが、若いなぁ、戦争犬!)

 

 敵の手の内を看破すれば、それを逆手に取るのは魔術師の定石。アルベルトのナイフ投擲、ジョセフの射撃に翻弄される振りをして、バークスも密かにアルベルトが組み上げた術式に介入、改変を行っていた。

 

(お前が満を持して、この【リストリクション】を起動する時、自由を奪われるのはこの私ではない、お前ら自身だ、戦争犬!呪的効果が術者、もしくはその味方にフィードバックするように式を改変したのだ!貴様らは露ほども気付いておらぬようだがな!)

 

 その証拠に、バークスが密かにナイフの【リストリクション】の改変を始めても、アルベルトはまったく変わらぬ調子で【リストリクション】の結界構築を続けていた。バークスの狙いに気付いていれば、何らかの反応があって然るべきなのに。

 

(さぁ、やれ!【リストリクション】を起動させろ!その時が、貴様らのその小癪な自信に溢れた透かし顔が、無様に崩れる時よ!さぁ!さぁ!さぁ!)

 

 相手の動きを縛ろうとして、逆に自分の動きが縛られてしまった時、このアルベルトという男とジョセフという生意気な少年が浮かべるだろう屈辱と絶望の表情。

 

 その一瞬を垂涎の思いで待ちわびながら、バークスが歪んだ期待に満ちた目で、二人を見下していると――

 

「アンタ何か勘違いしているようやけど……」

 

 ジョセフは、トマホークを解凍し――

 

「まぁ、ええわ」

 

 トマホークを投擲した。

 

 その一投は、先ほどのアルベルトのナイフ投擲とは比較にならない。

 

 全身のバネをしなやかに、全力で振り絞りきった乾坤一擲。

 

 疾く、速く、重く、黒光りする片手斧が横に回転しながら空気を裂いて飛ぶ。

 

「――っごぉおおおッ!?」

 

 狙い過たず、トマホークはバークスの喉元へ深々と突き刺さり、バークスを大きく仰け反らせる。血霞が一瞬華咲いて、宙を彩る。

 

「げほッ!?ごほッ!?なん、だとぉ……!?」

 

 この期に及んでトマホークを投擲?バークスはジョセフの意図がまるで読めない。

 

 アルベルトは【リストリクション】を起動しない。

 

「……忠告しておくが」

 

 戸惑うバークスに、アルベルトが死神の声色で告げる。

 

「死にたくなければ、そのトマホーク…抜かない方が懸命だぞ」

 

「何を、馬鹿な……ッ!」

 

 苛立ちに任せて、バークスは喉元に刺さるトマホークを引き抜いた。

 

「げほっ!バカめ…この私の…ごほげほごほっ『再生能力』を…忘れ、ごほっ…たかッ!?この程度の傷…げほごほっ…すぐに…塞がって……ッ!」

 

 盛大にバークスの喉元から出血が始まる。ジョセフが放ったトマホークの一撃は、バークスの頸動脈を完全に切断していたからだ。

 

 だが、バークスの言うとおり、この程度の傷ならバークスが魔薬から得た超回復能力で塞がるはずだ。何の問題もない。あるはずがない。実際、今までそうだった。

 

「げ、げはははっ!ごほぅ!ほら、見ろ…すぐに…塞がる……」

 

 だが……

 

「塞が…塞がる?傷が…塞が……」

 

 噴水のような流血の勢いが弱まることはなく……

 

「……ごほっ!?ごほごほ!?塞がら……ッ!?塞がらないぃいいいいッ!?」

 

 ……とうとう、傷が閉じることはなかった。

 

「ぎゃああああッ!?ごほぉ!?なぜだぁあああ!?ひいいいい――ッ!?」

 

 狂乱に陥るバークス。

 

 溢れる血の勢いを押し留めようと喉元を必死に押さえ、喚き散らすことしかできない。

 

「貴様も何やら妙な小細工をしていたようだが…当てが外れたな」

 

「き、貴様らぁ!?ごぼぉ!?一体、何をしたぁああああああッ!?異能に魔術で干渉など出来るはずが――ッ!?」

 

「だから、魔術なんて使っても無駄だって言ったやないですか」

 

「事此処に及んで理解出来ないか。まぁ、いい。貴様のその厄介な再生能力、件の薬物の効果に因る物だろう?」

 

 ジョセフは呆れて苦笑いしながら言い、アルベルトは心底つまらなさそうに言い捨てる。

 

「下らん。だったらその薬物、抜けばいいだけだ」

 

「……は?」

 

「抜いた血液は、その『再生能力』ですぐに補充できるやろうけど、血に溶けていた薬の濃度までが回復するわけないはずやからな。薬物による能力強化は、血中薬分濃度がある閾値を下回れば、効果を失う。……常識な話でしょ?」

 

「ば…ばかな……ッ!?」

 

 確かに言われて気付けば、つい先ほどまで自分の意思一つで自在に操れていたはずの数々の『異能』が、今は身体のどこにも微塵も感じられない。

 

「そ、それでは、先ほどまで繰り返していたナイフ投擲や銃撃の意味は……ッ!?」

 

「そのままの意味ですよ?実に単純明快なことです」

 

 魔術的な罠を張っているとか、そんなことではなくて。もっと呆れるほど単純で――

 

 いかに驚異的な再生能力といえども、まったく出血させずに傷を塞ぐのは不可能なわけで、ナイフ攻撃、銃撃で少しずつ出血させるために――

 

「そんな馬鹿な…ッ!?き、貴様らは…【リストリクション】で…ごほっ…私を捕らえよう…ッ!?していたのでは……ッ!?」

 

「は?捕らえる?何言うてるんですか?」

 

 ジョセフはゴミを見るような目で、血だまりの中に蹲るバークスを一瞥する。

 

「アンタのような外道…生かすとお思いですか?それに件の組織の情報も何も持ってない、何の益もないアンタを生かす意味はありません」

 

「あ…ごぉ…ぉおお……ッ!?」

 

「ま、苦しんで死になさいな。今まで、異能者を攫い、殺してきた報いです」

 

「死ね、貴様には聖句すら手向けん。九園にて業火に焼かれながら、永遠に懺悔しろ」

 

 そう淡々と告げるアルベルトとジョセフの姿は、まさしく片や、外典・聖曲至界暦程『地獄』――冥界第九園に君臨する『魔王』、片や、本物の『悪魔』のようだった。

 

 だが、もうバークスは出血多量で意識が朦朧としているようだった。

 

 とっくに死神の鎌に捕まった状態だ。治癒魔術は効かないし、そもそもこんなに喉を傷つけられ激しく出血していては、まともに呪文が唱えられない。頭に血も回らない状態では、精神集中や魔力を練るなど到底、不可能だ。

 

「そんな…馬鹿…な…ッ!?天に選ばれたるこの私が…ッ!?世界の祝福を受けているはずの…この私が…こんな…こんなところで……ッ!?」

 

 このあまりもの不条理、このあまりもの理不尽。どうして自分がこんな酷い目に遭わなければならないのか、死ななければならないのか、バークスはまるで理解できなかった。

 

 やがて、天の大いなる智慧を掴むべき自分がどうしてこんなことに……?

 

 バークスは己が身に突然降りかかった、あまりにも理不尽極まりない艱難辛苦と気の狂いそうなほどの絶望に、子供のように涙を流しては自問を繰り返し……

 

「ほな、さいなら」

 

「地獄でやってろ」

 

 そんな酷薄な葬送句が、バークスがこの世で聞いた最後の言葉となった。

 

 

 

 バークスを葬ったジョセフとアルベルトは、グレン、ルミア、リィエル、それと恐らくエレノアとリィエルの『兄』を名乗る人物がいると思われる中央制御室に向かう。

 

 やがて、部屋の出入り口に着くと、そこには酷い格好になっていたルミアと、ルミアの腕の中で、ぐすぐすと泣いていたリィエルの姿があり、グレンは――こちらもボロボロだったが、青髪の青年に何かをしていた。

 

「……何やってんすか?先生……」

 

「おお、ジョセフ。何をしてるかって?グレン大先生様のセンスが詰まった『作品』を作ってるのさ!」

 

「ローソクもなく花もないってば、ダサいし!」

 

 と、一時のふざけ合いをして。

 

「で、その様子だと、上手くいきましたね?」

 

「まぁ、リィエル三体にボコボコにされるわでこんな様だけどな。そっちもバークスは……」

 

「地獄に送りました」

 

「そうか……」

 

「さて…リィエル」

 

 ジョセフがリィエルに振り向くと、リィエルは肩をビクっと震わせてこっちを見る。

 

 その顔はどこか怯えている、いつもの無表情な顔ではなかった。

 

「…………」

 

 はぁ、と。ジョセフはため息をつき。

 

「帰るぞ。あいつらが待っている」

 

 ジョセフは、部屋を出ようとする。

 

「それと……」

 

 ジョセフは途中、振り返り。

 

「いつか飯を奢れ。こっちは夕飯抜きで夜通しだったんだからな」

 

 そう言うと部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 東の空も白む明け方頃。

 

 グレンとジョセフに連れられて、ルミアとリィエルが旅籠に帰ってきた。

 

 四人が四人ともボロボロの酷い格好をしていることに、待っていた一同はぎょっとしたが、無事で良かったと素直に安堵の息をつく。

 

 クラスメイト達への謝罪の言葉もそこそこに、リィエルはルミアに手を引かれて、真っ直ぐにシスティーナの下へと向かう。

 

「……悪いな、お前ら。取り敢えず、あの三人きりにしてくれや」

 

 グレンに促され、渋々システィーナ達から距離を取る、クラスメイト一同。

 

 旅籠の前庭の隅で、クラスメイト一同が遠巻きに様子を見守る中、リィエルがぼそぼそとシスティーナに向かって、何かを話している。

 

 やがて。

 

 ぱんっ!

 

 システィーナが突然リィエルの頬を平手で張った音が前庭に響き渡り、一同が思わずぎょっとするが……

 

 次の瞬間、システィーナはリィエルの小柄な身体を、固く抱きしめていた。

 

「~~~~~~ッ!~~~ッ!」

 

 システィーナが涙ぐみながら、リィエルに何事かを捲し立てている。

 

「……っ……っ!……」

 

 抱きしめられるままのリィエルも、ぼろぼろ涙を零しながら何事かを呟いている。

 

 ルミアがそんな二人の様子を微笑みながら見守っている。そんなルミアの目元にも、やっぱり大粒の涙が浮かんでいる。

 

 そんな三人の姿に。

 

 ああ、ようやく無事に終わったんだな…と。

 

 クラス一同は心からそう思っていた。

 

「野暮、だな……」

 

「ええ、野暮ですわね……」

 

「……フン」

 

 カッシュやウェンディ、ギイブルが踵を返し、それぞれの寝所に向かい始める。

 

 それに倣い、他の生徒達もぞろぞろと続き始めた。

 

「おや?どうした、お前ら。何が起こったのか…事情が気にならないのか?せっかく、お前らをうまーく丸め込むための嘘八百を苦労して考えてきてやったのに」

 

「ははっ…自分で嘘とか言ってりゃ、世話ねっすよ」

 

 肩を竦めて苦笑いするカッシュ。

 

「あの三人が元の鞘に収まった…今はそれで充分ですわ」

 

 微笑みながら、ルミア達を一瞥するウェンディ。

 

「そもそも、あの三人と先生の間に何かあったかなんて興味もありませんね。ふん、盛大な時間の無駄遣いでしたよ、まったく……」

 

 眼鏡を押し上げながら鼻を鳴らし、そっぽを向くギイブル。

 

「………」

 

 そんな去っていく生徒達の背中を見つめながら、ジョセフは今回の自分の振る舞いを振り返る。

 

 昨日の夜の行動で、ウェンディやカッシュら一部の生徒達はジョセフがただの留学生ではないと薄々勘づいているはずだ。

 

 恐らく、正体がバレるのも時間の問題だろう。

 

 嘘はいつかバレる。

 

 今は聞かないだろうが、いつかは……

 

「俺も…覚悟しとかないとな」

 

 ジョセフは人知れず、そう呟いた。

 

 かなり暗い表情を浮かべながら。

 

 

 

 ……そして。

 

 残念なことに、グレン達のクラスの遠征学修は、結局中止の運びとなった。

 

 なにしろ、白金魔導研究所所長、バークス=ブラウモンの突然の『失踪』。

 

 政府上層部より突如下った研究所の一時的な稼働停止命令と、帝国宮廷魔導士団からの何の前触れもないサイネリア島内調査探索隊――調査隊と銘打つにはどうも装備が物々しく物騒な一隊――の派遣。

 

 それと同時に勧告された、島内の全観光客、全研究員への島からの退避命令。

 

 最早、遠征学修どころの話ではなかったのである。

 

 無論、全ての真実が人々に明かされたわけではない。

 

 天の智慧研究会が裏で噛んでいたという事実は伏せられ、全ては研究所内で起きてしまった『不幸な事故』が原因であると説明された。それで納得できるにしろ、できないにしろ、今回の事件はそういう形で闇に葬られることになったのである。

 

 だが、島内には、やはりそれなりに数多くの人間がいる。

 

 一度に全員が本土へ帰還するのは不可能だ。現在、ひっきりなしに帝国本土とサイネリア島を旅客船が昼夜問わず往復しているが、全ての人間が島内から退避するにはまだまだ時間がかかり、乗船は順番待ちの状態だ。

 

 

 

 

 しかし、幸運にも、しれがグレンの生徒達に一日の空白を作った。

 

 特に予定のない、丸一日の自由時間である。

 

 そんなわけで――

 

 

 

 どこまでも青い空。燦燦と輝く太陽。焼けた白い砂浜。

 

 清らかな潮騒と共に、寄せては引き、引いては寄せ――千変万化する波の色。

 

 サイネリア島のビーチに、水着姿の少年少女達の楽しげな声が躍っている。

 

「えい」

 

 やる気のない跳躍とハエ叩きのような挙動で放たれた、リィエルの殺人スパイク。

 

 どさぁーっと、空高く上がる砂柱。砂浜に大きく口を開けるクレーター。

 

「ぎゃあああああああ――ッ!?」

 

「どぉわぁあああああああああ――ッ!?」

 

 その威力に木の葉のように蹴散らされて宙を舞う、哀れな男子生徒達……

 

「……勝った」

 

「うん、ナイスシュート!リィエル!」

 

 いつものように眠たげに、ぼそりと呟くリィエル。

 

 そのリィエルに、太陽のような笑顔のシスティーナが背後から抱きついた。

 

「システィーナのトスが良かった」

 

 システィーナに抱きつかれたリィエルは、どこか胸を張って誇らしげだ。

 

「あはは、息ぴったりだったよ、二人とも。…でも、もうちょっと手加減してあげようね?リィエル」

 

 そんなリィエルを、ルミアが苦笑いでたしなめる。

 

「くっそぉ…リィエルちゃん、強ぇ。ええい、くそ!このまま負けっぱなしでたまるか!皆!我こそと思うやつは、気絶したカイとロッドに代わって俺に続けぇ!」

 

「が、頑張れ、カッシュ~!…死なない程度にね……」

 

 砂まみれになって地面に這いつくばっていたカッシュが根性で立ち上がり、外野のセシルが曖昧に笑って声援を送る。

 

 カッシュの発破に応じて、次は俺が、僕がと、次々とクラスの男子生徒達が名乗りを上げ、即席のビーチバレーコートに参戦する。

 

 コートの外で観戦に徹していた女子生徒達が、命知らずで勇敢な男子生徒達へ、きゃいきゃい声援を送る。

 

 そんな大騒ぎのクラスメイト達の下に。

 

「もう、男子ったら…リィエルにビーチバレーで勝てるわけありませんでしょうに」

 

「それよりも、私達、まだ辛うじて開いていた店舗から西瓜を買って来ましたわ」

 

「ね…皆で西瓜割り…しよ?」

 

 呆れ顔のウェンディ、穏やかに微笑むテレサ、柄にもなく高揚しているリン…買い出し組の三人が、ちょうど戻ってきていた。

 

「お!いいねぇ、ナイスだぜ、ウェンディ!そろそろ喉も渇いてきた頃だったし、西瓜食った後で、リィエルちゃんにリベンジしてやるぜ!」

 

「……ん。受けて立つ」

 

 そんな喧騒から少し離れた場所、ヤシの木陰にて。

 

 やはり生徒達の中でただ一人、いつもの制服姿のギイブルが黙々と本を開いている。

 

 そんなギイブルの下へカッシュが駆け寄っていき、何らかのやり取りの後、ギイブルはいかにも嫌そうに、面倒臭そうに、渋々本を閉じ、重い腰を上げていた。

 

 楽しげな喧騒が絶えない、そんな賑やかな光景を前に。

 

「……成る程。これがお前の守りたかった光景が、グレン」

 

「さあな」

 

 ビーチパラソルの下で寝そべるグレンへ、アルベルトが淡々と言葉を投げていた。

 

「まぁ、こんな平和な光景は掛け値無しに尊いですからね~」

 

 制服姿のジョセフがグレンの代わりに答えるようにアルベルトに言う。

 

 アルベルトの現在の格好は、簡素なシャツにサスペンダー付きのズボン、銀縁の丸眼鏡、そして白いローブを羽織っている。いかにも研究所の研究員といった風体だ。

 

「確かに、この光景は掛け値無しに尊い。…今回ばかりは、俺はお前に謝罪せねばなるまいな。すまなかった」

 

「はっ、どうした?気持ち悪ぃな。らしくねーぞ?」

 

「……ふん」

 

 不敵に笑うグレンの前で、アルベルトは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「しかし…グレン。どう思う?」

 

 そして、アルベルトは少し声のトーンを落とし、グレンに問う。

 

「どう思うって…そりゃー、ルミアとかテレサあたりの水着姿は、やっぱ最高だなって思う。順調に成長してるし、今だから持ってる青い感じってのもいい。俺、実はあんまし年下にゃ興味ねーけど、何かに目覚めそうだ…あ、白猫はもういーや。あれは多分、将来性もゼロ――」

 

「誰 が 水 着 の 話 と 言 っ た……ッ!?」

 

 冷淡ないつも通りの声色の奥底に、近寄りがたい危険な何かを滲ませながら、アルベルトが眼下のグレンへ左手の指を突きつけていた。

 

「いいだろう。貴様の【愚者の世界】と、俺の【ライトニング・ピアス】…どちらか速いか試してみるか?」

 

「じょ、ジョークだよぉ、ジョーク!アルちゃん、ジョークだってばぁ…あは、あはは…だ、だからその物騒な指を引っ込めて欲しいなぁ……」

 

「……何やってるんですか?二人共……」

 

 真っ青になって滝のように汗を流すグレンと、その光景を見て呆れるジョセフ。

 

 本当は仲いいんじゃないのか、この二人。

 

「こ、今回の一件で例の組織との戦いに進展があるか、だろ?そんなのお前も本当はわかってんだろ?何も進展しねえよ。自信をもって断言してやる」

 

 舌打ちしながらアルベルトが指を引っ込める。

 

「まぁ、しょせん、外陣…第一団≪門≫クラスにすぎないライネル…でしたっけ?が、組織の深奥に繋がる情報なぞ持ってるわけありませんし、俺と『星』さんが始末したバークスも一緒です。あの程度の連中が情報持ってたら、今頃、帝国と組織の抗争なんて終わってますし、連邦もこうしゃしゃり出たりしませんよ。だからバークスを始末したんです」

 

「……」

 

「出てくるとすりゃ、魔術師による世界支配を目論んでいるってことと…例によって例の如く謎の『禁忌教典』とやらに対する意味不明の執着だけさ」

 

 アルベルトの片眉が釣り上がる。

 

 禁忌教典…実は帝国政府と天の智慧研究会との抗争においては、何かと出てくる言葉なのだ。

 

 デルタが帝国で活動を開始すると、その言葉は連邦政府にも知られるようになった。

 

 だが、その言葉の真の意味は現在に至るまで一切不明。それが文字通り、なんらかの書物を表すのか、別の何かの隠語なのか、一体何に使う物なのか…それすらわからない。

 

「ホントにわけわからん連中だよな…自分自身ですら『禁忌教典』とやらが、具体的になんなのかわかんねーのに、なんでそれをあんなに渇望するんだ?」

 

「呪いにも似た強烈なカリスマを励起させる暗示呪法かもしれん。組織の求心力を高め

外部の協力者を募り、それらを手駒として操りやすくするためのな」

 

「なるほど、それで末端の構成員や外部協力者には肝心要な情報を教えず、いつでもトカゲの尻尾切りができるようにってか?…やれやれ、考えれば考えるほど吐き気のする組織だぜ……」

 

 ウンザリしたように、グレンは空を仰ぐ。

 

 それは放っておき、ジョセフは一人思索する。

 

 禁忌教典。やはりジョセフには、その正体も見当もつかない。

 

 だが――

 

(それにしても、エレノアはあの時、姿を見せなかったな)

 

 結局、エレノアはバークス戦の時も、中央制御室にも姿を現さなかった。

 

(確かに地下研究室には、エレノアはいたはずだ。なのに姿を現さなかった。せっかく確保したルミアを置いて逃げるとは、彼女は一体、何を考えている?)

 

 

 ジョセフは、エレノアは重要な情報を持っている人物だと睨んでいた。もしかしたら、『禁忌教典』のことも知っているかもしれない。

 

(どちらにしろ、彼女は簡単に殺害するのは避けたほうがいい。殺すのは必要な情報を吐かせた後だ。天の智慧研究会…どちらにせよ、連中は全員殺す。第二団も、存在が伝説とまで言われる第三団の連中も全員殺す、必ず殺す。特に――)

 

 ジョセフはの脳裏に浮かぶ、去年の秋の惨劇。

 

(母さんを殺した奴には、この世のものとは思えない苦しみを味わわせて殺してやる――)

 

「……必ずこの手で」

 

 アルベルトはいつの間にか立ち去り、ルミアとなぜか顔を真っ赤にして何事か喚いているシスティーナ、そしてそれを見るグレン、人間らしくなってきたリィエルなど、ビーチが喧騒に包まれている中。

 

 ジョセフは鋭い目で遠くを見据え、誰にも聞こえないように呟いた。

 

「おーい、ジョセフ!お前も西瓜食うか~?」

 

「……はいよー。今行くで~」

 

 カッシュの声に我を返ったジョセフは西瓜を頬張ってるクラスの生徒達に向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次から五巻突入だにゃあ!!

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