えらいことになった。
あの後、レオスとシスティーナが教室を出て、レオスが結婚の申し込みをしたのだが、グレンが割って入り、システィーナがグレンと恋人関係にあるという盛大な爆弾宣言をしてしまい、グレンとレオスがシスティーナを賭けて、決闘するという話になってしまったのである。
ルミア曰く、システィーナはメルガリウスの天空城の謎を解き明かすまで結婚するつもりはないと断ったのだが、レオスがそれを一方的に否定し、女性の幸せは家庭の中にあると結婚を迫ったことから、この流れになってしまったのである。
グレンがレオスに対して喧嘩を売った、次の日。
グレンとレオスが、とある女子生徒の伴侶の座を賭けて決闘する…その噂は瞬く間に学院中へと知れ渡ることになった。
「おいおい、まじかよ…?あの問題講師が、また何かやらかすのか……?」
「実は、レオス先生とシスティーナは、両親が決めた正式な許嫁同士らしいぜ……?」
「な、なるほど…二人とも名家出身だからな…有り得る話だ……」
「要するに、グレン先生の横紙破りかよ…み、みっともねぇ……」
「逆玉の輿を狙ってるんだってさ…あの人らしいや……」
「許嫁のレオス先生はいいとして、一教師が女子生徒に手を出すなよ……」
「グレン先生、頑張ってぇ…レオス様をあんな女に渡さないでぇ……」
「そんなことより一人の女性を巡って、二人の男性が争うなんて!きゃーっ!きゃーっ!ロマンよぉーっ!」
以来、学院内の話題はこの決闘話で持ちきりだ。
グレンとレオス、どちらが勝つか。どんな決闘方式で勝負を決するのか。二人の動向に否応なく注目は集まっていく。
そして――
「……魔導戦術演習?」
授業時間の合間の休み時間。
グレンの下にやってきたレオスが提示した決闘方式に、グレンは眉をひそめていた。
「ええ。今、私が臨時で必修授業を担当しているクラスと、貴方の担当しているクラス、今度、魔導戦術演習の合同授業があるでしょう?それで決着をつけましょう」
「つまり、魔術講師…指導者としての手腕で勝負する…ってことか?」
「……まぁ、平たく言えばそうなりますね」
魔術そのものを学ぶのではなく、魔術師同士の戦いにおける基礎的な戦闘理論や、魔術を使用した戦術、戦闘技能を学ぶ魔導戦術理論という授業がある。魔導戦術演習とは、読んで字の如く魔導戦術論の演習授業だ。
生徒同士で一対一の模擬魔術戦を行わせたり、ゴーレムを相手に魔術で戦わせたりと、戦闘能力的な意味においての、魔術師の実力向上を図る授業である。
「私と貴方、どちらがシスティーナに相応しい男か決めるには最適な方法でしょう?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、レオス!」
そのやりとりを聞いていたシスティーナが慌てて割って入る。
「それは不公平よ!だって今度の魔導戦術演習は――魔導兵団戦じゃない!」
魔導兵団戦。魔術師の集団戦を生徒達に経験させる――いわば、実戦場における魔術師の戦術的な心構えを学ぶための模擬魔術戦――魔導兵の軍事演習のようなものだ。
この模擬戦において、生徒達はクラスごとに一つの魔導兵部隊となって、担当講師の指揮下で動き、他のクラスの講師が指揮する部隊と集団戦をすることになる。
帝国政府は、魔術師を諸外国に対する潜在的な戦力とも捉えており、いざ国難の際には学院の魔術師の卵達すら戦力として扱うことも視野に入れている。無論、そうなった例は少ないが、例えば四十年前の『奉神戦争』では、戦争の末期には魔術学院から有志の学徒出陣があり、連邦が参戦したのもあるがそのおかげで辛うじて勝利を拾えたとも言われている。
そういった理由で、アルザーノ帝国魔術学院の授業では、良くも悪くも魔導兵団戦のカリキュラムが組まれており、特に男子生徒には必修となっている。
そして、システィーナがこの魔導兵団戦を不公平と言った最大の理由は――
「魔導兵団戦なんて――貴方の専門分野じゃない、レオス!」
システィーナの指摘に、レオスが薄く微笑んだ。
軍用魔術の研究は、何も高い殺傷能力を持つ戦争用の呪文を開発・改良するだけではない。呪文の運用法や魔導兵の戦術・戦略に関する研究も含まれている。
つまり、常日頃それを専門に研究しているレオスに、圧倒的に有利な条件と言えた。
「何か問題でも?決闘のルールを決める優先権は決闘の受理側にあります。それに得手不得手はあるかもしれませんが、条件そのものは互いに平等、違いますか?」
「そ、それはそうだけど……」
システィーナは押し黙るグレンと余裕の表情のレオスを、交互に見比べた。
レオスは明らかに勝ちに来ている。
決闘の受理側であることをいいことに、自分に有利なルールを提示している。
だが。
「いいぜ、それで受けて立ってやる」
「せ、先生……」
グレンの即答に、システィーナは戸惑いを隠せない。
「ふふ、なかなか剛毅な御方ですね。てっきり、ごねると思いましたが」
「はっ、お前の土俵でお前をボコってやらねーと、どーせ俺が勝っても、お前、白猫のこと諦めねーだろ?」
「……精々、後悔しないでくださいね?」
ほんの少し、表情の端に不愉快そうなものを浮かべ、レオスが踵を返していく。
その場に居合わせ、遠巻きにその様子を眺めていた生徒達ははらはらしながら、レオスの背中を見送っていた――
――で。
そんなこんなで、グレンが担当する二組のクラスにて。
「俺が見事、白猫とくっついて逆玉の輿、夢の無職引きこもり生活をゲットするために――今からお前らに魔導兵団戦の特別授業を行う!」
「「「「ふっざけんなぁああああああああああああ――ッ!?」」」」
教壇に立つや否や、突然の授業内容変更を宣言したグレンに、当然クラス中が非難轟々となった。
もう少しオブラートに包むという考えはないのだろうか。
「俺達を巻き込まないでさいよ!?」
「そうだそうだ!ちゃんと授業しろーッ!」
ぶいぶい文句を言う生徒達。
当然である。本来の時間割ならば、これから始まるのは黒魔術の授業なのだから。
「ええい、うっさい!各必修授業の進行は担当講師の裁量に任されているんだぞ!?」
「う……」
「いやぁ、俺も本当はお前らを巻き込むようなことしたくねーんだけど…そいえば、ちょうど黒魔術の授業はちょおっと進んでて、魔導戦術論の授業はちょおっと遅れているなぁ…ここは仕方なく、予定を変更するしかないなぁ…あくまで、仕 方 な く」
「さすが先生…普通の講師は絶対しないことを平然とやってのける……」
「そこに痺れないし、憧れない……」
「なんかもう、必死過ぎる…そんなに逆玉の輿がいいんですか……?」
最早、呆れ果て、諦めきった顔の生徒達。
システィーナに到っては、顔を怒りで真っ赤に染めてぶるぶると震えていた。
だが一応、グレンの言うことにも一理あるので、説教はできないようである。
そんな中。
(逆玉の輿なんて嘘つけ…本当はシスティーナの夢を一方的に否定されたからそれに腹が立ったんだろうに)
ジョセフは苦笑いでグレンを見る。
そもそも、そんなのセリカに聞かれたら、もしくは実行したらグレンは消し炭にされるだろう。
本当に素直じゃない講師である。
「ふん。先生の決闘の行方になど興味ありませんが…どうせ無駄ですよ」
冷ややかな言葉が、ざわめく教室内に冷や水を浴びせる。
丸眼鏡をかけ、皮肉げな冷笑(彼はこれがスタンダードのようである)を浮かべる男子生徒――ギイブルだ。
「ほう…無理、とは?」
「だって、このクラスには、僕とかシスティーナとか、ジョセフとかウェンディとか、戦力として使える魔術師が数えるほどしかいませんよね?この模擬戦で使用可能な呪文は決まっていますから、インチキ錬金術一辺倒のリィエルは戦力になりませんし」
ギイブルのいつもの遠慮ない物言いに、クラス一同、むっとするが、それはある意味事実だ。
グレンの担当する二組のクラスの生徒達は、ごく一部を除いて、どんぐりの背比べだ。
一方、レオスが臨時で担当しているクラスは成績優秀者達が集まっており、ハーレイの担当クラスに次ぐとされている。
さらに、この魔導兵団戦は魔術競技祭のように個々の尖った分野で競えるものではなく、全員、同条件で、同じ競い合いに挑まなければならない。
ゆえに、そんなクラスと模擬軍団戦をやったところで勝負にならない…というのがギイブルのみならず、グレンのクラスの生徒一同の共通見解であった。
一人を除いて。
だが。
「なーに言ってんだ。現時点で、このクラスでジョセフ以外、使い物になるやつなんか一人もいねーよ。ぶっちゃけ、お前みてーなやつが一番、使えん」
「な――」
グレンにばっさりと切り返され、ギイブルは口をぱくぱくさせた。
同時にクラス中がどよめく。ギイブルはこのクラスにおいてはシスティーナに次ぐ第二位の成績優秀者で、学年全体から見ても相当上位に入るほどだ。
そんなギイブルが一番使えない――謎の物言いに、否応なくグレンへと注目が集まる。
そして、ジョセフはにやっと笑っている。
「やっぱ、ジョセフはわかってるな。まぁ、集団戦なんて連邦軍の十八番だしな。今、帝国軍が連邦軍とやりあったらまず勝てないくらいな。いやマジで」
グレンがにやっと笑うと、生徒達の視線はジョセフに注目する。ジョセフはくすくすと笑うだけだ。
「さて、さっそく魔導兵団戦…戦場における魔術師の戦い方、心得ってやつを教えようかと思うんだが…まず、始めに。お前らは多分、盛大に勘違いしてる」
生徒達の注視の中、グレンが肩を竦める。
「魔術師の戦場に――英雄はいない」
そんな宣言から、グレンの特別授業は始まった。
………。
グレンが、魔導兵団戦の手ほどきを生徒達にして、その日の放課後。
ジョセフは買い物をしてから、帰宅することにした。
あれから、グレンが逆玉の輿を狙っているということが話題になり、本当はどうなのか。まさか、本気なのか。など生徒達であれこれ推測をたてていた。
「なぁ、ジョセフはどう思うよ?」
「ん~?先生が本当に狙ってるかってこと?」
カッシュがグレンの逆玉の輿を狙ってレオスに決闘を持ち込んだことについて、どう思うかと聞かれる。
「どうだろう、案外そうじゃないかもよー。口で言うほど本気で思ってないかもね」
「そうかぁ、でも、なーんか必死だしなぁ」
「せやな、必死だけど別の理由で必死になってるかもしれへんで」
「……お前、なんか理由知ってそうだな……」
「はて?先生に聞いてないから、わからへんなー」
いや、少しは考えているかもしれないが、なんやかんやいって実行しないのがグレンである。口ではロクでもないことを言いまくっているが、心底ロクでもない人じゃないことも。
「……にしても、もうちょっとマシな方法はなかったんかいな」
今回の件はシスティーナがレオスとの結婚を断るという名目でグレンを恋人に仕立て上げたのが発端なのだが、それを盛大に盛り上げ、決闘にまで発展させたグレンもグレンである。
(とはいえ……)
ジョセフは何か今回のレオスがシスティーナに仕掛けた結婚話に対し、引っかかっていた。
(確かレオスとシスティーナは双方の両親が正式に決めた許嫁、というらしいが……)
そこに引っかかっていた。なんていうかジョセフでも上手く表現できないのだが、おかしいのだ。
(確かに、一見納得するような言い分なんやけど、システィーナのおやっさんが同意するか?大事な跡取り娘を?)
あんな親バカ全開で、授業参観があった日にはセリカと場外乱闘し、暴走しそうになってフィリアナに何度も絞められたあのレナード=フィーベルが?
やっぱりどう考えてもおかしい。
(それに、レオスは何か焦っている)
ルミアに話を聞くと、最初はシスティーナはメルガリウスの天空城の謎を解き明かすまで、結婚するつもりはないと断ったらしいが、レオスはそれを無駄だと否定し、今は軍用魔術の研究・開発の時代だと言い、結婚を迫ったらしい。
しかも、その後、グレンがシスティーナが納得するまで好きにさせろと言ったのにも関わらず、女性の幸せは家庭の中にあるといって頑なまでに結婚を迫っていたのだ。それが、グレンが決闘を申し込んだ直接の原因なのかもしれないが。
いずれにせよ、システィーナの夢を否定してまで結婚を迫っていたレオスに、ジョセフは普通じゃないと思っていた。
(なーんかきな臭いな最近は……)
ジョセフはこの他にも最近、フェジテの彼方此方に謎の変死体が連日のように発見されているのだ。
しかもその遺体からは『天使の塵』が検出されていたのだ。いずれも『天使の塵』の初期投与反動に耐えられなかった中毒死者である。
天使の塵。それは錬金術の悪夢とも言われている最悪の魔薬だ。
被投与者の思考と感情を完全に掌握し、筋力の自己制限機能を外し、ただ投与者の命令を忠実なまでにこなす無敵の兵士を作ることを目的として開発された魔薬。
一度この薬を投与された人間は確実に廃人と化し、もう二度と元には戻らない上、定期的に『天使の塵』を投与されなければ、たちどころに凄まじい禁断症状と共に肉体が崩壊し、死に至る。投与を続けてもいずれ末期中毒症状で死に至る。
たった一度の使用で、肉体的に生きてはいても、人としては死んだも同然となるのだ。
この魔薬の中毒者は、死霊術師が使役する屍人と似たような存在でありながら、生み出すのに、死霊術のような手間暇かけた儀式がまったく必要ない。
他者に投与するだけで、屍人同然の強力な下僕を、お手軽に量産できる凶悪極まりない魔薬であるがゆえに――皮肉をこめてこう呼ばれるのだ。
死者を迎えに来た天使の羽粉――すなわち、『天使の塵』、と。
(せやけど、『天使の塵』はとっくに失伝魔術のはずなんだが……)
『天使の塵』にかんする研究資料と製法は、一年ちょっと前のあの事件で全て抹消されたため、高度な錬金術知識を要する複雑怪奇な製法…正確な製法抜きに『天使の塵』を再現するのは不可能なはずだ。
(ただ一人、その製法を自身の頭の中だけで完全把握していた元・特務分室の、規格外の男は一年余前に、先生ともう一人の魔導士が始末したはずだが)
ジョセフは考えながら嫌な予感もしていた。
(まさか、生きているわけないよな?元・帝国宮廷魔導士団特務分室所属――執行官ナンバー11、≪正義≫のジャティス=ロウファン……)
ジャティス=ロウファン。一年余前に帝国政府の要人や軍の高位魔導士達を片端から殺しまくった帝都オルランドで起きた最悪の事件の首魁。
そのジャティスは、その事件で当時、帝国宮廷魔導士団特務分室、執行官ナンバー0、≪愚者≫のグレンと、執行官ナンバー3≪女帝≫のセラ=シルヴァースに始末された。同時にセラもこの事件でグレンを庇って殉職したため、もともと心が磨り減って疲弊していたグレンは、彼の唯一の支えであった彼女を失ったことにより、宮廷魔導士団を去ってしまった。
仮にジャティスが生きていたとしても、連邦には危害を加えていないため、こちらが躍起になって始末する相手ではない。むしろ、彼は天の智慧研究会を誰よりも憎んでいるため、利用する価値はある。非常に危険ではあるし、帝国政府にバレたら面倒なことになるが。
(本当にただのバカ騒ぎで終わればいいのだが……)
今のところ、何もわからない以上、ましてや天の智慧研究会が関わっているかもしれないが、その証拠が出てこない以上、これ以上、考えても無駄だった。
(……それよりも)
これ以上、考えても仕方なかったため、別の事を考えようとした時だ。
ジョセフの顔は真剣な表情から、みるみる困惑するような顔に変わっていく。
(テレサのやつ…何であんなに嬉しそうだったんだ?)
多分、こっちの方がある意味、わからないかもしれない。
というのも、レオスとシスティーナが幼馴染で許嫁という話題で賑わっていた時、テレサから、スペンサー家とナーブレス家の間でそんな話はなかったのかと聞かれたのが発端である。
ジョセフはそういう話はなかったのと、多分、どちらも大事な跡継ぎだったから、仮にスペンサー家が今も存続していたとしてもそういう話は出てくることはなかっただろうと答えた。
とまぁ、この話なら、そこまでなのだが、問題はその後だった。
「じゃあ、今はウェンディのことどう思ってるんですの?」
「へ?」
あまりの予想外の質問に、一瞬硬直するジョセフ。
まさか、彼女からこんな質問がくるとは思わなかった。
対するテレサはこちらを見ながら、答えを待っている。
「いや、どうって言われても……」
「なんとも思ってないのですか?」
「いや、なんとも思っていないわけじゃ……」
何なの、彼女、いつもよりも結構グイグイくるんですけど!?
クラスの中ではおっとりお姉さんであるテレサであるが、今回は普段とは違い食いついてきている。
そんなにジョセフとウェンディの関係が気になるのだろうか?
「えーと……」
テレサの、普段の性格からあまりにも似合わない、グイグイくる姿勢に、ジョセフはタジタジになりながらも、なんとか答えようとする。
「まぁ、ほら、ウチとウェンディは幼馴染なだけだから。それ以上でもそれ以下でもあらへん」
「そうなんですか…ふふ」
……何でそんなに嬉しそうなんですかね、テレサさん。
なぜか嬉しそうにしているテレサの顔を見て、ジョセフは内心困惑していた――
――というやり取りがあったのである。
あれは何だったんだろうか?
(女って、よくわかんねぇ……)
これ以上、考えても無駄だと思い、買いものを終えたジョセフは家路につくことにした。
今回はテネシー州です。
人口671万人。州都はナッシュビル。主な都市にナッシュビル、メンフィス、ノックスビル、チャタヌーガです。
愛称は志願兵の州です。
16番目に合衆国に加入しました。
愛称の志願兵の州ですが、これは米英戦争のとき、特に1815年のニューオーリンズの戦いで、テネシー州の志願兵が傑出した働きをしたことから名付けられました。
西にメンフィス、東にナッシュビルという中心都市がある内陸の州です。
州都ナッシュビルはカントリーの聖地(知られていないがジャズも盛ん)として知られるなど音楽の都というイメージが強いです。
ブルースの都(知られていないがカントリーも盛ん)として名高いメンフィスはフェデックスのハブ空港が置かれていることでも有名であり、取扱量世界最大の航空貨物基地があります。
以上!