ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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44話

 一方、北東の拠点のレオスは苦々しげに呻いていた。

 

「拙いですね…全戦力投入が裏目に出ましたか……」

 

 現在、中央の戦場と森の戦場は完全に戦況が拮抗している。やや、レオスが押しているが…そもそも楽に勝てると踏んだ人数差でここまで拮抗しているのだ。

 

 グレンが根拠地に待機させていた予備兵力を援軍として投入すれば、すぐに状況はひっくり返される。そして、レオスの手元には援軍に向かわせられる予備兵力はない。

 

 各個撃破するつもりが、逆に各個撃破されるのは時間の問題だ。

 

「くっ…丘の拠点制圧はどうなっていますか?敵は一人だったはず…まだ、制圧できないのですか?」

 

 焦りのせいか、額にやや冷や汗をかいたレオスが、各方面分隊の隊長に持たせた宝石型の通信魔導器で、丘の制圧チームに連絡を取る――

 

 

 

「そっ…それが……」

 

 レオス陣営の丘ルート制圧隊の隊長、リトはレオス同様脂汗を滝のように流しながら、通信の魔導器を耳元に当てていた。

 

「無理です!丘の拠点制圧なんて不可能です!僕達には無理です!」

 

『どういうことですか!相手はたった一人なのでしょう!?』

 

 咎めるようなレオスの声が、通信の魔導器から聞こえてくる。

 

「で、でも…相手は一人ですけど…、ば、化け物です!」

 

 悪魔を見るような表情で、リトは前方二十数メトラ先に佇む敵兵の姿を見つめる。

 

 そこに、ちょこーんと佇んだいる少女は…リィエルだった。

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

 最早、焦りのあまり、三人一組・一戦術単位すら忘れてしまったらしい。

 

 十二人のレオス陣営の生徒達が、一斉に攻性呪文を撃ちまくる。

 

 紫電が幾条もリィエルに殺到する。

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

 撃って、撃って、撃ちまくる。撃ちまくるのだが――

 

「……ん」

 

 当たらない。かすりもしない。

 

 眠たげに左右へふらふらと揺れるだけで、リィエルは飛んでくる全ての紫電をひょいひょいかわしてしまうのだ。なんと対抗呪文を使わずに、である(実際には、この魔導兵団戦で使用可能な対抗呪文を、まともに扱えないわけだが)。

 

「これならどうだ!≪虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮≫――ッ!」

 

「≪大いなる風よ≫――ッ!」

 

「≪白き冬の嵐よ≫――ッ!」

 

 点で駄目なら面攻撃と言わんばかりに、今度は【スタン・ボール】、【ゲイル・ブロウ】、【ホワイト・アウト】などの広範囲を攻撃する呪文が飛ぶ。

 

 だが、その瞬間。

 

 ぷん、と残像が横ぶれして、一同の視界から消えるリィエルの姿。

 

 その一瞬で、リィエルはレオス陣営の生徒達の死角へと高速移動したのである。

 

 その結果、誰もいない空間を、大分遅れて虚しく炸裂する呪文達……

 

「な…なんなんだ、こいつ……?」

 

 後、何百回、何千回呪文を撃ったところで捉えられる気がしなかった。

 

 しかも、これだけ超絶的な回避能力をもってレオス陣営を翻弄しながら、リィエルは何もしてこない。攻性呪文一つ撃ってこないのである(実際には、この魔導兵団戦使用可能な攻性呪文を、まともに扱えないだけだが)。

 

 つかず、離れず、レオス陣営の生徒達の前に姿を見せ続けるリィエル。

 

「う…うぅ……」

 

 その意味不明さ、得体の知れなさ、不気味さ、桁外れの動きから、お人形さんのような小柄な少女が、とてつもなく巨大な化け物のように見えてしまう……

 

 

 

 

「くっ…グレン先生のクラスには、こんな方がいたのですか……」

 

 森と平原に重点的に向けていた遠見の魔術の目を丘に向け、改めて戦況を確認したレオスは、驚愕を禁じ得なかった。

 

「この子の身体能力は規格外ですね…身体能力強化の白魔【フィジカル・ブースト】をここまで使いこなせるとは厄介な…彼女は軍関係者か何かでしょうか……?」

 

 と、その時である。

 

『先生!森の方に救援をお願いしますッ!身動きが取れません!』

 

 通信魔導器から森に向かっていた一隊の隊長が、悲鳴を上げるように救援を要請した。

 

「くっ…一体、何が起きているのです!?」

 

『そ、それが…無数の【ショック・ボルト】で足止めされて身動きが取れないんです!な、なんなんだ、あの数は……ッ!?』

 

「森の方でも…くっ、一体、何が――」

 

 遠見の魔術で森の方に目を向けるレオス。

 

 だが――

 

「な――ッ!?」

 

 森の方で起きている現象に言葉を失う。そして――

 

「なんなんですか、あの【ショック・ボルト】は!?」

 

 レオスは森で起きている現象に、信じられないとばかりに声を張り上げた。

 

 森で交戦していたレオス陣営の生徒達に無数の【ショック・ボルト】が雨が降っているかの如く襲い掛かっていたのだ。

 

 レオス陣営の生徒達は対抗呪文を起動するのに精一杯で身動きが取れないでいた。

 

 あれは拙い…レオスは見てそう思った。

 

 あれでは、身動きが取れないから、横から突かれたらあの部隊は壊滅するだろう。そして、それがグレン陣営の狙いだということをレオスは認識した。

 

「誰があんな芸当を……ッ!?、まさか――」

 

 レオスは交戦していたグレン陣営の一人の男子生徒を見つけた。茶髪の髪にスラッとした体形で、オッドアイの男子生徒から無数の【ショック・ボルト】を撃ちまくっていた。

 

「彼は、確か連邦の…彼も軍関係者なのでしょうか?くっ、丘にいる彼女以外にこんな方もいるとは……」

 

 レオスは思わず内心、歯噛みしていた。

 

 まさか、こんな規格外の戦力がグレンのクラスに二人もいたなんて、完全に予想外だった。

 

 だが、文句は言えない。

 

 この魔導兵団戦で、自身の担当クラスの戦力は十全に使用していいことになっている。いくら軍関係者の生徒がいたとして、これを反則というのは筋が通らない。そもそも初期条件では、レオスのクラスの方が、グレンのクラスより、戦力的に上だったのだ。

 

 それに大前提として、これは私的な『決闘』である前に、学院のカリキュラムに組込まれた、れっきとした『訓練』である。敵が強すぎると文句を言える戦場などない。

 

 先ほどから予想外のことに、レオスの調子は狂いっぱなしだが……

 

(だが、丘の方は幸い、彼女は【フィジカル・ブースト】のみの生徒だと断言できる。この状況で手加減をして、私のクラスの生徒達を討ち取らない意味はない……)

 

 レオスは頭を切り替え、戦況の整理と対策に取りかかる。

 

(きっと、彼女は攻性・対抗呪文が極端に苦手で、攻撃能力はほぼ皆無…つまり、私の陣営から戦力を引っ張るための餌…私はまんまとそれにくらいついてしまった……)

 

 レオスはこの丘の制圧と次の戦略を見通して、九人もの生徒達をこの丘に送り込んでいる。グレンが丘に送り込んだ一人というのは流石に様子見だと判断し、それを幸いに一気に丘の拠点を制圧することにしていたのだ。

 

 だが、それはグレンの罠だった――

 

 それだけではない。各方面にあえて弱く布陣してみせることで、こちらの一点突破という選択肢を奪い、各個撃破という手段を取らせ、ほどよく戦力を分断してみせる…実際の戦場ではまったく使えない間違った戦術だが、この規模の戦場で、この練度の生徒達が戦うなら…有効だ。

 

「くっ…リトさん、撤退です。その丘は放棄、まずは根拠地へと帰還を。…大丈夫ですよ。その子は放置してかまいません。恐らく追撃してこないでしょう……」

 

 レオスも指示を飛ばす――

 

 

 

 グレンが送った援軍が各戦場に到着し、グレン陣営の生徒達が敵を押し返す。

 

 ほどなくして、各方面でレオス陣営が次々と撤退し始めたという報告を受け、根拠地にふんぞり返っていたグレンが立ち上がった。

 

「何人殺った!?」

 

 右手の指の間に三つの宝石型通信魔導器を挟み、それを耳元にかざしながら鋭く問う。

 

『こちら平原。五人、討ち取りました。こっちは二人やられましたけど……』

 

 宝石の一つから、荒い息をついたカッシュの声が聞こえてくる。

 

『こちら森。三人撃破。被害はゼロ』

 

 別の宝石の一つから、ギイブルの素っ気ない声。

 

「よーし、ご苦労、お前ら。つまり戦況は三十二対三十八…敵損耗率は二十パーってとこか…欲言えば、もう一声いっときたかったが…まぁ、そうは問屋が卸さんか」

 

『先生、追撃すんのか?』

 

「いや、やめとけ…丘の敵分隊が、そろそろ根拠地に戻ってる頃だ。もうそう簡単にいかん。ボーナス・ステージは終わりだ」

 

 やれやれ、とグレンは肩をすくめた。

 

「レオスの野郎、思った以上に対処が早ぇ上に冷静だな…こりゃどうなることやら」

 

『グレン。わたしはどうするの?』

 

 三つ目の宝石からリィエルの声が聞こえてくる。

 

「お前はずっとそこにいろ。ぶっちゃけ個々の能力で勝る相手に頭上を押さえられたら勝ち目がねえ。レオスの野郎も最初にあれだけの戦力を丘に割いた以上、丘を利用した何らかの戦略を練っていたはず。正直、相手にしたくない。お前は丘を守るんだ」

 

『わかった。…わたしにはよくわからないけど』

 

「ま、攻性呪文も対抗呪文もロクすっぽこなせない上に、連携?何それ美味しいの?…な、お前にはぴったりの任務だろ?ファイト!」

 

『……ん。頑張る。グレンが、すごくわたしに期待してるし』

 

「はっはっは!お前って専門のインチキ錬金術以外、ほんっとダメダメなのな!もういっそ清々しいぜ!」

 

『グレン。そんなに褒めても何もでない』

 

 ……褒めてないよ。

 

 通信器ごしに二人の会話を聞いていた生徒達が、ため息をつく。

 

「まずは、初戦の不意討ちが効をそうして、それなりに敵戦力を削った。これで、元々の自力の差と、俺とレオスの戦術家としての差は、ある程度緩和できるはず……」

 

 通信器ごしに、グレンは次なる指針を生徒達に伝えていく。

 

「最強の女王を陣取らせたことで、向こうはもう丘には手を出せない。俺達に丘を押さえられた以上、中央を中心に進軍…てこともない。頭上からの魔術狙撃を警戒せざるをえないからな。つまり必定、今後の戦いの中心となる舞台は…森だ」

 

 にやーりと、グレンがいかにも悪そうに笑う。

 

「あらやだ。こういうゲリラちっくな戦い、ボク、大得意。ふっふっふ……」

 

 くっくっく、と。グレンは人知れず不気味に、悪そうに笑い続けた。

 

 

 

「ふぅ…まぁ、こんなもんか」

 

 森の戦場にて、ジョセフは敵の一隊に対して制圧射撃をした後、森の中を進軍していた。

 

 あの後、戦いの中心が森に移ったことから、互いの陣営の戦力が集中し、レオスの指示通りに動く部隊が、グレンの部隊を徐々に圧倒しつつあったので、ウェンディ・ジョセフの部隊はこれら敵の背後に回り込み、挟み撃ちにするために進軍していた。

 

 途中、グレンが前線に囮として躍り出て、レオス陣営を攪乱した隙に、ギイブル率いる部隊が押し返し始めていた。

 

 ギイブルは無茶苦茶とぼやいていたが、まぁ、戦場は実際、無茶苦茶になりがちなもんである。

 

(まぁ、まだまだ序の口だよこんなもん)

 

 スマートな戦いなんてほとんど例がない。

 

 北部戦線なんて、そのほとんどが無茶苦茶な乱戦状態だったというのをジョセフは思い馳せながら回り込んでいた。

 

 さらにグレンは予め仕掛けていたであろう罠でレオス陣営の生徒数名を行動不能に追い込み、流石に抗議したレオスに対し、しらばっくれたり、最低最悪の妄言を言ったりなどそのなりふり構わぬ行動に、通信魔導器ごしに聞いていた、二組の生徒達も流石に引いてしまうと同時に本当に逆玉を狙っているのではないかと本気で疑い始めていた。

 

(先生、いくらなんでもやり過ぎやで……)

 

 ちょっと度が過ぎているグレンの行動に、ジョセフは内心苦笑いしながら前を進んでいく。

 

 恐らく、グレンは今回の魔導兵団戦にはまともにやりあおうとはしないだろう。逆玉も本心ではそこまで本気ではなく、あくまでシスティーナからレオスの手を引かせることが目的。あのレオスのことだ。ここで引き分けたら流石に手を引くとグレンは思っているだろうし、ジョセフもそう思っていた。

 

 まぁ、なんとかなるだろう。

 

 そう思った、その時だった。

 

「……ん?」

 

 ジョセフは前方に人影がちらついているのが一瞬、見えた。

 

 それも一人だけではなく三人ぐらいる。

 

(あれは、まさか――)

 

 そして、その集団はこちらに気付いたのか、こちらに対し――

 

「やべっ――」

 

 ジョセフはそれが味方ではないと察した瞬間、二人一組を組んでいて前にいたウェンディの襟を咄嗟にこちらにぐいっと引っ張った。

 

「きゃ――」

 

 いきなり後ろに引っ張られたからなのか、ウェンディはびっくりしたような声を一瞬上げ――

 

 その直後さっきまでウェンディがいた地点に【ショック・ボルト】が数発着弾した。

 

「あちゃー、こりゃ拙いな~」

 

 よく見れば、前方だけではなく他にも左右にもそれぞれ一隊ずつウェンディに向けて集中砲火をしようとしていたらしい、姿を現していた。

 

「うーん、こりゃ、まず俺とウェンディを始末する気だな」

 

 三隊がジョセフとウェンディに向けて一斉に撃ってきたため、ジョセフは【エア・スクリーン】で防御しながらウェンディと後退しようとする。

 

 他のグレン陣営の生徒達はレオス陣営の生徒達に攻性呪文を撃ちこむが、支援後衛が対抗呪文を起動して中々討ち取れない。

 

「連中、なかなか様になってきているやん」

 

「ちょっと、感心している場合ではなくってよ!?」

 

 そう感心したように言うジョセフに、拙い状況だと察知したウェンディが切羽詰まったように声を荒げる。

 

 元々、レオス陣営の後ろに回り込むはずが、敵のど真ん中に躍り出てしまったため、このままだと自分達が囲まれてしまい全滅する恐れがあるのだ。

 

「な、なんとかしてくださいまし、ジョセフ!」

 

 本来こういう場合、部隊長であるウェンディが指示を出すのだが、なにせ集中砲火を受けているためそこに頭が回らないのだろう、ジョセフに助けを求めるような目でそう言ってくる。

 

 そのウェンディを見て、ジョセフはふと小さい頃を思い出していた。

 

 小さい頃はウェンディが不器用でドジっ娘だったため、何かあったときはジョセフがなんとかするというのがかなりの場面であったし、ジョセフもなんやかんや言いながらもウェンディの手助けをしていた。

 

 面倒臭いなと思いながら、でもなんか悪くないと思っていたり、そんな状態を楽しんでいたような、そんな日々。

 

 そんな日々を思い出して、今、不安そうな目で見ているウェンディを見て、ふっ、と。笑みが零れそうになった。

 

「まったく…お前はホンマに小さい頃から変わってへんなー」

 

 苦笑いでそう言うと、ウェンディの頭をポンポンと優しく叩き。

 

「わかった。ウチがなんとかしちゃる」

 

 ならば彼女の望み通り、なんとかしてやろう。

 

 そう言って、ジョセフは他の生徒達に自分達が集中砲火を受けている隙に後退するように伝達した。

 

 グレン陣営の生徒達は戸惑いながらも後退を始めた。

 

「さて、と。次は」

 

 こういう状況なのに落ち着き払った冷静な状態を保ちながら、通信魔導器でグレンに繋ぐ。

 

「先生、カッシュとギイブルをいったん下がらせて、こちらを援護させることできますか?」

 

『ああ、できるぞ』

 

「ギイブルとカッシュに、いったん下がって左翼から回り込ませてください。合図があるまで攻性呪文を撃たないように、お願いします。あと、セシルにテレサ達と撃ち合っている背の高いヤツ、今なら狙撃で始末できると伝えて下さい」

 

『了解だ。おい、ギイブルッ!カッシュッ!下がれッ!お前らはいったん下がって左翼から回りこめッ!ウェンディ隊の援護だッ!ジョセフの合図があるまで攻性呪文は撃つなとのことだッ!そしてセシル、お前は狙撃だッ!あの背の高いヤツ!あいつはテレサ達との呪文応酬に気を取られているッ!今なら殺れるッ!』

 

『あいよ、先生ッ!って、うへ~、ウェンディとジョセフ、エゲつないほど集中砲火を受けているなー……』

 

『ふん…まぁ、従ってあげますよ』

 

『は、はい!ちょっと遠いけど…狙ってみます!』

 

 グレンが指示を飛ばし、ギイブル、カッシュ、セシルはそれぞれの持ち場につく。

 

「これでよしっと…あとは、おいウェンディ」

 

 一通り辺りを見回し、ジョセフは、ウェンディの傍に寄る。

 

「俺の合図で一気に下がるぞ、っていうか、走るぞ。いいか、離れるんやないぞ」

 

「え、ええ、わかりましたわ」

 

 よし、と。ジョセフは周囲を見渡す。

 

 まだ集中砲火は激しいし、ギイブル、カッシュはまだ配置についてない。

 

「少しずつ下がるで」

 

 ウェンディにそう言い、一緒に合わせるように少しずつ下がる。

 

『ジョセフ、配置についたぞ』

 

『いつでも、援護できる』

 

 カッシュとギイブルが配置につき――

 

「そのまま」

 

 ジョセフはウェンディを守るように前に出て――

 

「そのまま」

 

 相手の攻撃が切れるのを待つ――

 

「そのままや、そのまま。バカなマネをするなよ~」

 

 そう呟き――

 

 そして――

 

 相手の攻撃が切れた、その時――

 

「今や!走れぇ!」

 

 ジョセフはウェンディに、そして通信魔導器ごしにカッシュとギイブルに合図するかのように叫んだ。

 

 カッシュとギイブルがレオス陣営の生徒達に攻性呪文を撃ちこんでいく。

 

 レオス陣営の生徒達もグレン陣営に走って後退するジョセフとウェンディに攻性呪文を撃つがギイブルが上手く押さえているためか、なかなか当たらない。

 

 だが――

 

「はぁ、はぁ…もうだめ……」

 

 元々、運動が苦手なウェンディが早くも息を切らしていた。

 

 レオスも生徒達も、あれだけ走っているのにペースが落ちないジョセフを狙うより、明らかにペースが落ち始めているウェンディを始末しようと狙いを定める。

 

(やっぱり、この距離はウェンディにはちときついか…しゃあない)

 

 ジョセフはペースが落ちているウェンディに寄り。

 

「ほらよ!」

 

「ひゃあッ!?」

 

 ジョセフはウェンディの後ろに寄り。お姫様抱っこをし、そのままのペースで走り出す。

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと、ジョセフ!?貴方、何を!?」

 

「小言は終わってから聞くから、今は黙っとき。めっちゃ後ろから殺意がするんやけど」

 

 あまりにも突然にお姫様抱っこされたせいかウェンディは顔を真っ赤に染め、自分の心臓が早鐘を打っているのを感じながらジョセフの顔を見る。

 

 そんなウェンディの心情など露知らず、ジョセフは走り続ける。

 

 とにかく迫り来る雷閃を避けながらとにかく走り続ける。

 

「なんなんだ、あの男!?」

 

「人を一人抱えているのに全然ペースが落ちてないぞ!」

 

「ええい、とりあえず撃て!あの二人を倒せば、こちらが有利になる!」

 

 レオス陣営の生徒達は血眼になって――あるいはウェンディをお姫様抱っこしているジョセフに対し、並々ならぬ殺意を持って撃ちまくってくる。

 

「うひゃあ、めっちゃ撃ってくるんやけど!?おいちゃん、そこまで怒らせるようなことしたかいな!?」

 

 ジョセフは若干頬を引きつらせながら、グレン側に向かって走り続けた。

 

『充分、俺達男子を怒らせるようなことしてるわぁああああ――ッ!』

 

 と。なぜか、これを目撃したグレン陣営の男子生徒達の怒りの声が通信魔導器から聞こえてきたり、女子生徒達からはやはり憧れているのだろうか、お姫様抱っこされているウェンディに対し、羨む声が聞こえてきたりなど色んな声が通信魔導器ごしに入り交じっていた。

 

 そして――

 

「ただいま戻りましたー、三河屋でーす!」

 

 なんとかカッシュやギイブルの援護を受けながらなんとか帰ってくることができたジョセフは、顔を真っ赤にしているウェンディを下ろしながらグレンに帰還したことを伝える。

 

「お前、あそこでウェンディお姫様抱っこするなんざやるなぁ…とりあえず爆発しとけ」

 

「なんでや!?うち損害出さずに帰ってきたんやで!?」

 

 なぜか、グレンに爆発しろと言われ、それに抗議するジョセフであった。

 

 

 

 

 

 それから。

 

 グレン陣営とレオス陣営の、森の中の戦いはまさに苛烈と混沌を極めた。

 

 この魔導兵団戦が始まった当初、互いの陣営の頭数こそ同じだったが、レオス陣営が有利だったのは間違いない。

 

 生徒達の魔術師としての総合力は、システィーナやギイブル、ジョセフやウェンディといったごく一部の生徒を除き、平均的にレオス陣営の方が上だったからだ。

 

 おまけに、戦術指揮官としては、軍用魔術を専門に研究しているレオスの方が、グレンより圧倒的に優れていた。

 

 まともにやれば、小一時間ほどで簡単に決着がついてしまっていたはずだった。

 

 だが、グレンは結局、最後まで、まともにやらなかった。

 

 魔術を使用した『実戦』を想定して行うはずだった『模擬戦』。

 

 だが、結局これは『実戦』ではなく、所詮、生徒同士の『模擬戦』にすぎないことを逆手に取った、二人一組・一戦術単位編成。それを利用した初戦の不意討ちによる数のアドバンテージ奪取。丘を占拠したことによる戦場の限定化。魔術に依らない罠による妨害。指揮官自ら敵の渦中に突撃してオトリとなる敵陣営の攪乱。

 

 そして、今、グレン陣営の優勢をもっとも大きく決定づけるのは、グレンが主戦場になった森――最前線に出ているので、刻一刻と変化する戦況をリアルタイムで目視できる。その結果、生徒達への指示がとても早く、的確だ。

 

 生徒達はそのロクでもない言動に呆れながらも、グレンが危険を冒してまで常に最前線で指揮を執るせいか、なんだかんだで士気も求心力も高い。

 

 一方、未だ遠く離れた根拠地に陣取るレオスは、遠見の魔術と通信魔導器を通した生徒達の報告によって戦況を把握しているため、指示がどうしてもワンテンポ遅れる。死角の多い森の中では、遠見の魔術では全ての戦況をなかなか把握しきれないのも痛い。

 

 だからと言って、レオスには前線に出る勇気はない。

 

 そもそもグレンのやってることは愚策も愚策なのだ。この演習では、指揮官は魔術による戦闘参加が禁止されている。当然、対抗呪文の一つも撃てない、いわば丸裸の状態。今、この瞬間にでも流れ呪文に被弾して、グレンが『戦死』してもおかしくない状況なのだ。

 

(くそ…どうしてですか…どうして、この私がこうも遅れを取る…?これが、本当の戦場だったら、こんなことには……ッ!)

 

 レオスの思っていることは、間違っていない。

 

 これが本物の魔導兵を指揮運用する実戦だったら…せめて、机上の戦場図と駒を用いて、実戦を想定して競う兵棋演習だったら…グレンに万が一にも勝ち目はなかった。

 

 だが、実戦ではなく、あくまで生徒達による四十人対四十人のケンカと見て、その通りに生徒達を運用するグレンの前に…レオスはその卓越した戦術指揮をちっとも発揮できなかったのである。

 

 だが、レオスも意地を見せた。次第にグレンの戦術指揮のくせを見ぬき、冷静さを徐々に取り戻し、的確な指示を自分の陣営に飛ばすようになる。

 

「……左翼は引いて下さい。三番チームと共に挟撃します。七番チーム、その敵はあらかさまにオトリです。相手にしなくてかまいません。そのラインを維持してください」

 

 自力はもともとレオス陣営の方が上なのだ。

 

 グレン陣営に押されっぱなしだった戦況は徐々に、拮抗していき…やがて、まったく互角な状況となる。

 

「ちぃ――引っかかんねーか…やりずれえ。俺とレオス、お前らと連中の自力の差ってやつが、とうとう出てきやがったぜ……」

 

「……どうするんですか?先生。…何か策は?」

 

 ギイブルが【エア・スクリーン】でグレンに殺到する突風をいなしながら、苛立ったように問う。流石のギイブルも疲労で色濃く顔に浮かべ、もう魔力に余裕がないようだ。

 

「ふっ、あるぜ?とっておきの策が」

 

 自信満々に言うグレン。

 

「どんな作戦ですか?」

 

「それは…気合いだ」

 

「…………」

 

「まぁ、とにかく、あれだ、なんだ…頑張れ、お前ら」

 

 

 

 ここから、それはもう至近距離で、防御を捨てた殴り合いみたいな戦いとなった。

 

 敵も味方も、激しく消耗し、互いに討ち取られていく。

 

 鉛を担ぐような疲労が蓄積していく中、一人、また一人、と脱落していく生徒達。ついさっきまで肩を並べて戦っていた仲間が、次の瞬間『戦死』する…そんな状況。

 

 混沌と化していく戦いの中、脱落者は次々と増え、いつしか誰も二人一組や三人一組を組まなくなり、組む余裕もなくなり、ばらばらの散兵となって、呪文を撃ち続ける。

 

 死人どころか、怪我人一つ出ない模擬戦だというのに…もうすでにこれ以上の凄惨な、北部戦線という『実際』の戦場に身を置いていたジョセフを除き、参加した生徒達全員に『ああ…戦争って本当に悲惨なんだな……』と肌で感じさせるほどの消耗戦。

 

 永遠にも感じられる時間の中…やがて。

 

『双方、そこまでだ。たった今、両陣営の戦力損耗率が互いに八十パーセントを超えた。ルールに従い…この勝負、引き分けとする』

 

 ハーレイの忌々しげな声が、魔術による拡張音声で戦場に響き渡る。

 

 実際には開始から三時間ほどしか経ってないが…永遠にも感じられた魔導兵団戦は、ようやく終わりを告げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 新年あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。
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