演習終了後。
参加生徒一同が再び集った、アストリア湖のほとりにて。
「つ、疲れたぁーッ!い、生き残った…俺、なんとか生き残れたぞッ!うう…生きてるってなんて素晴らしいんだ……ッ!」
「お疲れ様、カッシュ。頑張ったね?僕は途中でやられちゃったけど……」
「それでも、セシルさん、狙撃で大活躍でしたわね?ふふっ、格好良かったですわ」
「あ、あはは…あんなのまぐれだよ……」
「おう、三人共、お疲れさん」
「……ジョセフ、お前、凄いことになってるぞ……」
お互いの健闘をたたえ合うカッシュやセシル、そしてテレサに、ジョセフは全身ボロボロにな状態で労う。
「そりゃ、お前、地面をゴロゴロローリングしたりしてたからな。こうなるもんやで?」
「魔術師らしくない戦闘スタイルだな!?」
そんな魔術師らしくない戦闘スタイルで終盤は何人もの敵を『戦死』してきたのだから、これはこれでいいのだ。
「それはそうと……」
ジョセフはある女子生徒の方に目を向けると。
「な…なぜ、この高貴なわたくしが『戦死』などという屈辱に甘んじなければ…認めませんッ!認めませんわ、こんなのッ!」
「ふん、見苦しいね。進軍する場所を勘違いして、敵に囲まれれば当然だろう?」
「きぃ―――ッ!最後まで生き残ったからって偉そうにしないでくださいませッ!」
「ま、まぁまぁ、そう言わないで…ウェンディ、それでも凄く活躍してたし……」
不本意な結果にウェンディが不服そうにハンカチを噛み、ギイブルが冷ややかにそれを切り捨て、そんな二人をリンがおろおろしながら宥める。
ジョセフはそんな不服そうなウェンディのところに行き――
「――この、天然アンポンタンがぁあああああ――ッ!」
「わぎゃぁあああああああ――ッ!?」
ギリギリギリギリギリギリッ!
ジョセフはウェンディの頭を鷲掴みにし、アイアンクローを炸裂させる。
「お前、なんでまっすぐ行ったんねん!?あんなにまっすぐ行ったら普通に敵のど真ん中に入ってまうわ!?バカか!?バカなのか!?いやバカだ!」
あの後、態勢を立て直し、前線に進軍していたのだが、何を思ったのか、ウェンディは再度回り込むと勘違いし、敵に囲まれて『戦死』判定を食らう羽目になった。
ジョセフがこんなボロボロなのも、勘違いしたウェンディを連れ戻す途中、囲んだ敵を突破する時にローリングしたり、地面にジャンピングしたり、スライディングしたりと魔術師らしくない立ち回りをしてできたものだった。
アイアンクローをされたせいか、ウェンディは涙目になっていた。
「バカバカ言わないでくださいましッ!そもそも貴方がそれを知らせないから――」
「ほう?俺は何回も言ってましたけどなぁ!?」
「ひぎゃぁああああッ!?いだい!!いだい!!ごめんなさい!!ごめんなさぁあああああい!謝りますからやめてくださいましぃいいいい――ッ!」
こめかみに青筋をたてながらさらにアイアンクローの威力を強めたジョセフに、ウェンディは涙目になりながら必死に謝罪する。
その他の二組の生徒達も、地面に座り込みながら、今回の魔導兵団戦について、賑やかに談笑していた。
「ま、お前ら、よくやったよ。あのレオスを相手にここまでできりゃ御の字だ」
やってきたグレンが、開口一番、生徒達にねぎらいの言葉をかけ、にやりと笑った。
「お、おう…でも、いいのか?先生」
カッシュが微妙な表情でグレンを向く。
「その…システィーナを賭けた勝負だったんだろ?引き分けでいいのかよ?」
「……ん?あぁ、それな……」
と、グレンが何か言いかけた、その時である。
「貴方達ッ!なんなんですかその体たらくはッ!」
向こうの方から響いてきた怒鳴り声に、思わずグレンとカッシュが首を縮ませる。
「んー?」
ジョセフもウェンディをアイアンクロ―から解放した後、レオスの方に向く。
「あの無様な戦いはなんですか!?貴方達が、もっと私の指示にきちんと従い、作戦行動を遂行していれば――」
見れば、グレンのクラスの生徒達が集まっている場所から少し離れた場所で、レオスが自分の陣営の生徒達叱りつけている。
叱られた生徒達は、しゅんと肩を落として俯いていた。
「なんか…感じ悪ぃやつだな……」
ぼそり、とカッシュが呟く。
「非の打ち所のない、完璧超人だと思っていたんだけど…どうも何か違うような……」
そして、ひとしきり自分たちの生徒を怒鳴りつけ終えると、レオスはグレンの下へ肩を怒らせて、ずかずかとやって来た。
「おい、筋が違うんじゃねーか?兵隊の失態は指揮官の責だろ?」
「うるさい、貴方ごときが私に意見するなッ!」
「それに、アンタ…よく見れば、随分と顔色が悪いな?…風邪か?さっさと帰って寝た方がいいんじゃね?」
レオスの顔色を一瞥し、話を逸らすように、グレンが肩を竦める。
確かにグレンの指摘通り、この時のレオスの顔色は、病気を疑うレベルの土気色となっていたが……
「誰のせいだと思っているんですか!?そんなことはどうでもいいんです!それよりも貴方、勝負はまだ付いてませんよ!?」
当然、誤魔化されるわけもなく、レオスがグレンに食ってかかる。
「いや…勝負が付いてねえって、アンタ…もう引き分けたろ……」
グレンが頭をぼりぼり掻きながら、面倒臭そうに呟く。
「これはお互い、白猫から身を引くってことでいいんじゃねーか?ほら、白猫もどうやらまだ結婚する気はねーみてーだし……」
べしん、と。
その時、レオスが投げつけた手袋が、グレンの胸を容赦なく叩いた。
「再戦ですッ!今度は、私が貴方に決闘を申し込むッ!」
「おいおい、嘘だろ!?」
レオスの予想外の行動に、ジョセフは思わず目を見開く。
そもそも、今回、グレンがレオスに決闘を吹っかけたのは逆玉の輿を狙うのではなく、システィーナからレオスの手を引かせるのが目的だった。
そこで、今回の魔導兵団戦では、勝つわけでも負けるわけでもなく、引き分け狙いでまともにやらなかったのだ。
引き分けにすることで、グレンも手を引き、レオスも手を引き、システィーナの夢を潰さない。というのがグレンの目論見だったのだし、ジョセフもそれを見抜いていたのであえて手抜きしまくっていたのだが、レオスのこの執念のような、ここまで粘着質な性格だったとは完全に予想外だった。
「お前、まだ白猫を諦めねえのか……?」
グレンは目を細めて、地面に落ちたその手袋を見る。
「当然です!システィーナに魔導考古学を諦めさせ、私の妻とするまでは――」
「……オーケー、いいぜ。何だかんだ逆玉は魅力的だしな。なら、今度の決闘は……」
「やっぱり、何かおかしい」
そこまでして、魔導考古学を諦めさせ、自分の妻にしたい。それも今すぐにでもしたいその理由は一体何だ?
軍用魔術の研究・開発の手助けをして欲しいから?それもあるかもしれない。
だが、そこまで焦ることなのか?今じゃないと駄目なのか?
レオスの実力なら後発組になったとしても充分功績を残せるはずだ。そんなに焦ることではないはずなのだ。
システィーナと結婚してフィーベル家を傘下に収めて分家筋に対し、優位に立ちたい、そういう面もあるだろう。だが、それなら尚更、焦りは禁物であるはずなのだが。
これは一回、レオスから真意を問い質してみなきゃいけない。そうジョセフが思った、その時だ。
システィーナがとうとう我慢の限界で、グレンをレオスの間に割って入っていた。
そして、グレンに睨みつけるようにあんな卑怯な真似までして、例え勝ったとしても、求婚を受けると思うのかと問い詰めていた。
「ちっ…あの馬鹿、完全に浮かれていやがる…」
二人の男が自分一人を求め、奪い合う…なんだかんだで、自分はそんな、まるで歌劇のヒロインのような立場に浮かれているせいか、グレンの真意をまったくわかっていないし、聞こうともしないシスティーナに対し、ジョセフは悪態をついた。
一方グレンはそんなシスティーナの言葉を無視し、次の決闘で決着を着けると言い、そして――
ぱんっ!甲高い音が鳴り響く。
システィーナが、へらへら笑うグレンの頬を思いっきり平手で叩いたのだ。
「――嫌いよ、貴方なんか」
そう冷たく言い残して。
システィーナは、用意されていた帰還用の駅馬車の一つへ駆け寄って行った。
「システィ!?ちょっと、待って!」
「システィーナ、すごく怒ってる…なんで?」
走り去るシスティーナの背を追うルミアとリィエル。
そんな少女達を見送ったレオスが、グレンへ嘲笑を向ける。
「……やれやれ、貴方は彼女を諦めた方がいいんじゃないですか?」
「……ふん。ほっとけ」
そして、生徒達がそんなやりとりを、はらはらと固唾を呑んで見守る中、グレンはくるりと踵を返した。
「さ、本日の魔導戦術演習はこれにて終了!お疲れさん!撤収だ、お前ら」
なんとも、気まずい空気のまま、生徒達はぞろぞろと、複数用意されている駅馬車に分かれて乗り込んでいく……。
「……なんで、こうもまぁ、上手くいかないのかなぁ……」
ジョセフは、先ほどのやり取りを見て、大きくため息を吐き、駅馬車に向かった。
「くそっ…グレン=レーダスッ!本当に忌々しい男ですッ!」
他の生徒や講師陣達とは異なり、自前のコーチ馬車でフェジテへの帰路についたレオス。
客室の中の豪奢な席にどかりと腰かけ、忌々しげにそう吐き捨てていた。
「レオス、あいつはそういう男だよ。昔からそう…はは、一筋縄ではいかないんだ」
その馬車の手綱を取る御者台上の青年が、レオスの言葉に応じて、そう返す。
「魔術師としては、実はたいしたことない。君や僕の足下にも及ばないだろう。だが…仮令百戦中、九十九回負ける戦いでも、その残り一回の勝利を、必ず最初に引き当ててみせる…あいつはそういう男さ。…そうこなくては」
御者台と客室を一枚隔てる小窓は開かれており、御者とレオスは、客室の壁越しに背中合わせとなって座り合っているような形であった。
「貴方は随分と、グレン先生を買ってらっしゃるのですね?」
「それはそうさ。でなければ、こんな回りくどいこと、する意味がない」
に、と。
目深に被った鍔の広い山高帽の下で、御者が薄ら寒く笑う。
「……回りくどいこと?貴方は本当に時折、わけのわからないことを言いますね?」
「君がわかる必要はないさ、レオス。わかる意味もない…そうだろう?」
「そうですね。私がそれをわかる意味はない」
「君のおかけで、筋書き通り、自然な形でグレンに決闘を挑めた。それでいいんだ」
「ええ、そうですね」
なぜか、レオスは御者の物言いを追求しないどころか首肯すらする。
「そう、それでいい」
レオスのそんな反応に、満足そうに笑う御者。
「ところで、自信のほどはどうだい?グレンと決闘することになったんだろう?」
「ところで…どうして、貴方がそれを知っているのです?」
「勝てるのかい?グレンに」
やはり、御者とレオスの会話は、どこか不自然で歪だ。要所要所で、歯車がかみ合っていないかのようなちぐはぐさ、まるで腹話術で人形相手に話しているような…妙な違和感が漂っている。
「勝てますよ」
だが、当のレオスは、その違和感をまったく気にする素振りを見せない。
普通に、御者の言葉に受け答えていく。
「グレン=レーダス。たかが、第三階梯の三流魔術師。すでに第五階梯に到った、私の敵ではありません」
「……大きく出たね」
「当然でしょう?私は軍用魔術の研究は当然のこと、それを行使する技術も他者の追随を許さないと自負しています。…今度こそシスティーナは私のものです」
己が勝利を信じて疑わない…そんな表情で、レオスはくっくと低く笑う。
「システィーナさえ手に入れば…フィーベル家を得たクライトス主家筋が、忌々しい分家筋より完全に優位に立てる。私の未来の当主の座は確定されたようなものです……」
と、その時だ。
「無理だよ。…君には無理だ。君に栄光は掴めない」
御者の青年が、すっぱりと言い捨てた。
「まず、君がグレンに勝つことはほぼありえない。君ごときに負けるようなら、僕の『正義』がグレンに敗れるはずもない」
「………」
青年のこの無礼な物言いに、だがレオスは何も言わない。押し黙るだけだ。
「それに、システィーナさえ手に入れれば、フィーベル家が手に入る…この短絡的な思考に、君は違和感すら覚えていない…上流階級同士のお家問題だろう?個人的な婚姻でどうこうできる問題じゃない。大きな家同士が勝手に結婚に踏み切れば、政府だって介入する。ありえないんだ。だが、君はそれに気付かない、いや気付けない……」
「………」
無言。レオスは無言。ここまで従者に愚弄されるようなことを言われて、何も返さない。
その表情は…どこまでも虚ろだった。
「まぁ、それらは些細なことだ。僕の目的からすれば、それは別にどうでもいいことだしね…だけど、まぁ……」
ちらり、と。
御者は背後の小窓越しに、客室の中のレオスをちらりと一瞥する。
その土気色の顔色を改めて確認し…その口元を冷たく、薄く、歪めた。
「君が栄光を掴めない最大の理由…それは」
「……それは?」
虚ろな表情のまま、レオスに問う。
御者は一呼吸置いて。
「……もう、時間切れっていうことさ」
そして――
ジョセフはつかつかと早歩きで教室に向かっていた。
まさにえらいことになったとい言わんばかしの表情で。
魔導兵団戦があった次の日、システィーナとレオスの正式なる婚約が発表され、しかもシスティーナが自らの意思でレオスの求婚を受けた――その噂と知らせに学院中に激震が走った。
しかもその結婚式が僅か一週間後――その前代未聞の電撃結婚ぶりに、何も知らない学院の生徒達は沸きに沸いた。
そして、肝心のグレンとレオスの決闘は、グレンが決闘に出てこなかったこと、そしてそれから音信不通になってしまい、学院にも姿を現さないことから逃げた、と周囲はそう結論づけ、学院内の評判は地に落ちていた。
そして今、学院中がシスティーナとレオスの結婚で話題が持ちきりだ。
あの噂の美貴公子、まさしく夢に描いた『王子様』なレオスと結婚する…学院中の夢見がちな女子生徒達がハンカチを噛んで、妬みと羨望の目をシスティーナに向ける。
あまりにも不自然で急過ぎる話に、当初は皆、一様にデマを疑うが……
学院内に出回ったレオス直々の告知書や、授業時間以外は常に寄り添うように一緒にいるシスチーナとレオスの姿に、どうやら噂は本当らしいことがわかり……
一部の女子生徒達は発狂寸前であった。
だが、噂から一歩引いた、観察眼の鋭いごく一部の生徒達は気付いただろう。
何かおかしい、と。
幸せそうなシスティーナの笑顔はどこか固く、影が差していると。
ジョセフもそのうちの一人である。
二組の教室の中に入ると、こちらも一部の女子生徒達が発狂していたりしていたが、それを無視して、ある女子生徒を探す。
そして、そんな発狂している女子の中に、数人、やはりおかしいと感じているのか、思いつめた表情で席に座っていた。
ジョセフはその中の女子生徒の所へ行き。
「ウェンディ」
ツインテールのお嬢様。ウェンディに声をかける。ウェンディの席の机にはレオスから受け取った結婚式への参列招待状が置いてあった。
「やっぱり、お前んとこにも来とったか」
「……貴方にも?ジョセフ」
「このとおり」
思いつめた表情でこっちを見るウェンディに、ジョセフは同じ招待状をウェンディに見せる。
そして、疲れたような――実際にあまりにも予想外な方向に行っているため、かなり疲れている――顔で、ウェンディの前の席についたジョセフは。
「なぁ、お前も薄々勘づいているとは思うが……」
「……やっぱり、おかしいですわ」
「だよなぁ、そもそもこんな強引なことしちまったら……」
「なぁ、ジョセフ、ウェンディ。お前らも貰っていたのか?」
そこにカッシュとセシルが来て、ジョセフの周りに空いている席に座り、招待状を見せる。
その後に、テレサとリンも来て、同様に空いている席に座る。
「なぁ、ジョセフ。やっぱりレオスとシスティーナの結婚って……」
「おかしすぎる。おかしすぎてあれやわ、無茶苦茶だわ」
カッシュが問い質してきたため、ジョセフは頭を抱えながら言葉を続ける。
「そもそも上流階級同士の結婚って、そんなに簡単に決まるようなもんじゃないんだ。例え、幼い時からの許嫁でもな。実際に婚約から挙式まで一年以上かかることもある。短くても半年ぐらいは覚悟しておいたほうがいい。でないと政府が介入する恐れがあるならな」
「そうなんか?でもなんで?」
「うーん、せやなぁ、なぁテレサ、この前、先生とレオスが決闘すると話題になった時、スペンサー家とナーブレス家にも同じような話とかはなかったのか?って聞いてきたよな?」
「え、ええ……」
「んで、その時そういう話はなかったし、もし、まだ伯爵家として残っていたとしてもその話はないだろうって一言ったんやけど、あれはウチとウェンディがそれぞれ大事な跡継ぎでもあったから、というのと、他に政治的なバランスとかもあったんや。というのも、片や、地方で有力な名門貴族。片や当時、急速に台頭してきた貴族。しかもお互い親密な関係ときた。もし俺とウェンディとの間で婚約が決まったとしても中々、政府などがよしといってくれないんや。何故かいうとこの場合、スペンサー家はナーブレス家の傘下に入るだろうし、そうなったら、ナーブレス家の影響力が上がってしまう。なんせ急速に台頭している家を取り込むんだ、当然政治的なバランスが崩れる恐れもでてくる。強引に事を進めたら、最悪、帝国政府が介入してくるおそれもある」
「そ、そうなんだ……」
上流階級同士の婚約がいかに簡単に決まらないか。スペンサー家とナーブレス家を例えに使い、説明するジョセフに、セシルが呟く。
「じゃあ、今回の件は……?」
「今回は…まぁ、お前らちょっと寄れ。かなり生々しい話になるから」
ジョセフがウェンディ、カッシュ、セシル、テレサ、リンに手を招き、近寄らせる。
「その前に聞きたいんだが、お前ら、まぁ、ウェンディは聞いたことあるかもしれないが、クライトス家が今、お家騒動で揉めているという話は知っているか?」
「それなら、聞いたことありますわ。確か、領主である主家筋とクライトス魔術学院を経営している分家筋が次期当主の座を巡って揉めているという話ですわよね?」
「ご名答。で、レオスさんは主家筋の嫡男で次期当主候補なのだが、今クライトス家は主家筋よりも分家筋の方が力が強いんだ。何しろ、分家筋は四十年前の奉神戦争の影響で経営難だったクライトス家を救った、当時の三男坊の血筋だからな。レオスとしてはこれを何とかしたい」
「おい、ちょっと待てよ、それって……」
「そしてシスティーナは魔術の名門、フィーベル家の娘。しかも幼馴染ときた」
「そ、それって…まさか」
「純愛なんてとんでもない、実際はシスティーナではなくレオスの狙いはフィーベル家。システィーナと結婚することにより、フィーベル家を傘下に収める、そして分家筋に対し、優位に立ち次期当主の座を自分のものにしたい、とうのが目的。愛しているかどうかはともかく、だ」
「マ、マジかよ……」
年頃の少女が夢見ている恋愛は実は貴族間の政略だったなんて。
そんな生々しい話にカッシュは引き気味に頬を引きつる。
「まぁ、こんなもん古今東西、どこにでもあることだろうしな、珍しくもないよ」
「……でも、一つ疑問に思うところがるのですが……」
テレサが疑問に思ったことを口にする。
「どうして、レオス先生は結婚を急いでいるのでしょうか?一週間後なんてかなり急過ぎて、少々強引にも見えますし……」
「そこなんだよなぁ…なぁ、ウェンディ」
「ええ、確かに政略結婚なんて珍しくはありませんが、今回は悪手ですわ」
「悪手?」
「そう、ウェンディの言うとおり、一見これは主家筋が仕掛けた妙手に見えるが、実際は絶対にやってはいけない悪手なんや。政略結婚で一番大事なことは強引に事を進めてはいけないということや。これを無視して上流階級同士で勝手に結婚してしまえば、帝国政府が介入するだろうし、なにより分家筋が黙っちゃいない。下手すりゃ全面戦争だ……」
「た、確かに……」
「こんな騒動が起きてしまったら、クライトス家の面子も潰れる恐れもある。貴族で名誉っていうのはな、めっちゃ大事なことなんや。レオスもそこはわかっているはずなんや。なのに……」
「それを無視しているかのように、今回の強引な結婚…ありえませんわ。まるでクライトス家なんてどうでもいい、といっているようなものですわ」
ジョセフとウェンディは上流階級層の貴族ならばやらないことを平然とやってのけるレオスの心理がわからないのか頭を抱える。
「先生は…そこに気付いているのかな……?やっぱりおかしいって…だから、学院に姿を現さないのかな?」
リンが音信不通になっているグレンのことを気にかけたのか、そう推察する。
「……ありえるかもな。あの人は確かにロクでもないことを口走っているが、心の底からロクでもない人やないからな。今回の魔導兵団戦でも、実際は引き分けにしてシスティーナから手を引かせる、というのが先生の狙いだったからな」
「そ、そうだったのか!?」
「でなきゃ、あんなふざけたことせえへんし、俺ももうちょっと本気でやるわ。とはいえ、あの異常ともいえるレオスの執念に何か感づいたんだと思う。あれは普通じゃなかった」
カッシュをはじめ、ウェンディ達も驚いたように目を見開いたが、確かに最後、言葉を濁していたし、ジョセフの言うとおり、その割には勝ちに行ってなかったような行動をしてなかったな、と思い出し、納得した。
「でも、実際にシスティーナはレオス先生と結婚するらしいし、一体先生はどうしたんだろう?」
セシルの言うとおり、それが目的ならグレンはレオスとの決闘に出て、勝たなければいけなかったはずだ。なのにグレンは決闘に姿を現さず、学院にも来ていない。
結果、システィーナはレオスの求婚を受け入れてしまった。
「わからん。そこは……」
ちらり、と。
ジョセフはどこか様子おかしいシスティーナを一瞥し。
「本人に聞いてみなきゃな」
「……そうですわね」
今は時間がないので、休み時間にシスティーナに問い詰めることにした。
今日はここいらで良かろう