ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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46話

「……システィーナ、話がありますわ」

 

 とある休み時間。

 

 教室で、ウェンディ達、何人かのクラスメートがシスティーナに詰め寄っていた。

 

「貴女…本気ですの?本気でレオス先生と結婚するんですの?」

 

 ウェンディが、レオスから受け取った結婚式への参列招待状をシスティーナに突きつけながら、訝しむような表情で問い詰めていく。

 

「う、うん…そうよ…元々、私達、許嫁同士だったし…わ、私もレオスのお嫁さんになるのが、子供の頃の夢だったから…すごく幸せ」

 

 一見、非の打ち所のない笑顔だが、システィーナの表情はやはりどこか固い。

 

「夢っつたら、お前…魔術を勉強して、魔導考古学を極めて、天空城の謎を解くっていう夢は、どーすんだよ?いっつも俺達に熱く語ってたじゃねーか……」

 

 カッシュも、どこか苦虫を噛み潰したような表情で苦言を呈する。

 

「さすがに結婚しちまったら…そういうの難しいんしゃねーのか?いーのかよ?」

 

 びくり、と。

 

 一瞬システィーナの背中が微かに震えるが……

 

「あ、あはは…確かに夢は夢だったけどね…でも、やっぱり夢なのよ。子供じみた夢に拘って、現実の幸福を捨てたらダメだと思うし……」

 

 やはり、どう考えてもおかしい。

 

 あの典型的なメルガリアンなシスティーナが、天空城への夢をそう論ずるなんて。

 

 ウェンディとカッシュの表情は、ますます疑いに強張っていく。

 

 ジョセフはシスティーナの表情を黙って観察する。

 

「そ、それに、私はずっと私のことを想ってくれていた人と結婚するのよ?きっと幸せになれると思うの……」

 

「それにしたって、今週末に挙式なんて、あまりにも話が急過ぎだよ、システィーナ」

 

 カッシュの隣のセシルが、おろおろしながら言った。

 

「そうですわね。婚約から挙式までの、ありえない短さもさることながら…お互いのご両親すら参列できない結婚式なんて、聞いたことがありませんわ。自分達だけで勝手に結婚式など挙げて、籍を入れて、ご両親に申し訳ないと思わなくって?貴女」

 

 そう、そして誰もがおかしいと思ったのは、この結婚式はシスティーナとレオスの両親が参列しないことだった。

 

 お互い合意しているのなら、こんなことは絶対許さないはずなのだが……

 

「う…それは…そう!も、元々、そういう予定だったのよ!私の両親も、レオスの両親もちゃんとこの話は知ってるし…納得してくださっているわ……ッ!」

 

「……ッ!ルミア、この話は本当ですの!?」

 

 ウェンディが、少し離れた場所でこちらを見守っているルミアを振り返る。

 

「貴女の親友が突然、こんなことになって…貴女は納得してるのですか!?」

 

「そ、それは……」

 

 だが、ルミアは何も答えず、暗い顔で黙って俯くだけだ。

 

 やっぱり、何かおかしい。一体、何があったんだ?

 

 この不自然極まりない話の展開に、システィーナを心配するクラスメート達の顔には拭いきれない、不安と疑いの色が見え隠れしている。

 

「システィーナ…貴女、やっぱり、どこか普通じゃありませんわ。ひょっとして…あのレオスという御方に、何か弱みでも握られているのではなくって……?」

 

「……え?」

 

 一瞬、システィーナが心配そうにこちらを見ているルミアをちらりと流し見る。

 

(なるほど、そういうことか)

 

 女の勘は恐ろしいもんだ。

 

 さっきのウェンディの指摘に、明らかに動揺していたところから、恐らく、レオスにルミアをだしに脅されているのは明らかだ。

 

 ルミアの素性を世間にバラすと、脅されているのだろう。

 

 なぜ、レオスが、ルミアの素性を知っているのか、疑問ではあるのだが。

 

「なぁ、システィーナ……」

 

 今まで、黙っていたジョセフは、システィーナの顔を見たまま、言う。

 

「な、何?」

 

「お前…本当にレオスと結婚して幸せなんだな?本当に両親もこのことを知っているんだな?まさか――」

 

 そう言いながら誰にも聞かれないように、システィーナのそばに寄り。

 

「――レオスに脅されているから結婚するわけじゃないよな?ルミアの素性をバラすとかな」

 

「!」

 

 システィーナが、目を見開きながら、こちらを見る。

 

 確定だな。

 

「そ、そんなことあるわけないじゃない!こんな幸せな結婚ができるなんて、今でもちょっと信じられなくて…夢心地なだけ!心配しないで!」

 

 そう言ってシスティーナには笑うが…やはりその笑顔はどこか作り物じみている。

 

「やぁ、システィーナ」

 

 そこへ、不意に現れるレオス。

 

 思わず身構えるジョセフやカッシュ、ウェンディ達。

 

「今週末の式の予定について、少し打ち合わせがあります。お時間よろしいですか?」

 

「あ…うん、わ、わかったわ、レオス……」

 

「それと――」

 

 レオスは誰にも聞かれないようにジョセフのそばに寄り――

 

「あんまり、下手なことはしないほうがいいですよ?『黒い悪魔』さん?」

 

「………」

 

 レオスの言葉に反応するかのように、ジョセフの周囲の雰囲気が一気に氷点下に下がる。

 

「お前、誰や?レオス=クライトスやないやろ?」

 

「おや?もう僕の正体に気付いてしまったか」

 

「そりゃ、この前のとは明らかに雰囲気が違うからな。かなり上手く隠しているらしいが…それに、あんなに瀕死の病人みたいに土気色になっていたのに次の日はケロッとしていること自体おかしいねん」

 

「……やれやれ、それだけで見破ってしまうとは、君の勘には恐れ入るよ。まぁ、今はそんなことはどうでもいい」

 

 にやりと、レオスに変装している男がジョセフを見下す。

 

「とにかく、僕の『正義』の邪魔をしてほしくないね。それに連邦は今、あの外道組織が相手なんだろう?なら、僕を敵に回すような真似はしたくないだろう?」

 

「なるほどな、やっぱりアンタだったか。となると狙いはグレン先生っていうことか」

 

 かなり回りくどいことしやがって。

 

 そう思いながら、ジョセフはこの男の正体を確信していた。

 

「アンタの仰る通り、今は天の智慧研究会の始末が先や。だから、デルタや連邦軍がこの件に関わることはない。やけど――」

 

 ジョセフはさらに『レオス』に近寄り。――

 

「もし、こいつ等に危害を加えるような真似をしてみろ。そうなった時は――」

 

 睨みつけるように『レオス』を見ながら、声を数トーン落とし――

 

「――容赦しねえぞ。覚悟しろ」

 

 かなりドスのきいた声でその男に警告する。

 

 男は薄ら笑いを浮かべながら、ジョセフの下を離れる。

 

 そして、システィーナに寄り添うように並んで、二人は教室から出で行く。一見、仲睦まじそうに見えるが…一同はそれをどこか怪しむような目で見送る。

 

 グレンがもし『レオス』の正体を知った時、恐らくその男を殺しにかかるだろう。

 

 だが、あの男は、かなり危険だ。グレンが生きて帰ってくる可能性は…限りなく低い。

 

 それでも、連邦は手を出せない。それこそ、あの男が直接こちらに手を出さない限り。

 

 今、グレンに味方できる者はいなかった。

 

 ジョセフも祈ることしか今、できることはなかった。

 

 

 

 

 それから一日過ぎ…二日過ぎ…とうとう週末となって……

 

 グレンが姿を現さないまま、本日は、システィーナとレオスの結婚式である。

 

「……結局、先生来なかったな」

 

「………」

 

 カッシュがどこか不満げに呟く。

 

 ジョセフはそのまま押し黙るだけだ。

 

 今、聖堂内陣には、ジョセフ、カッシュをはじめ、二組の一部の生徒達や学院関係者、レオス側の知人らしき者達が、すでに続々と集まってきている。

 

 さすがに、あまりにも性急な結婚式の開催に、参列者の数はそう多くはないが…一人の女性の新たな門出を祝う場としては、充分な人数が集まっていると言えた。

 

「なぁ、ジョセフ…やっぱりこの結婚式、なんとかならねえのかよ……?」

 

「……いいわけねえだろ」

 

 カッシュがぼそぼそと力なく問いかけに、ジョセフはそう返す。

 

 クラスメートが結婚する。本来ならば、手放しで祝福してしかるべきなのに…二組の生徒達の空気は、ただひたすらに重く、暗かった。

 

「本当は何とかしてやりたい…でも、今は何もできないんだ」

 

 出来るとしたら、それはグレンがこの式場に乱入し、止めることだけだ。

 

 恐らく、グレンは今日姿を現す。いや、現さざるをえないはずだ。

 

 その時のために、ジョセフは自分の懐にあるものを忍ばせていた。

 

 やがて式がそろそろ始まるため、参列者はそれぞれ長椅子に座り始めた。

 

 

 

 清楚な花で飾られ、清澄な空気に満ちた、厳かな聖堂内陣祭壇の場にて。

 

 ついに、システィーナとレオスの結婚式が始まった。

 

 左右に分かれて長椅子に座る参列者達が固唾を呑んで見守る中、中央の赤い絨毯のヴァージン・ロードを、レオスとシスティーナが寄り添って歩く。

 

 頭上のステンドグラスから降り注ぐ色とりどりの光の中、天井まで届かんばかりの荘厳なパイプオルガンが奏でる、厳かな祝福と賛美の音色が礼拝堂を満たす。

 

 花婿姿のレオスと花嫁姿のシスティーナが、聖堂奥の祭壇の前に立つ。

 

 そして、この式を取り仕切る初老の男――司祭マルコが、二人の前に現れる。

 

 全員起立の賛美歌斉唱、マルコ司祭による聖書朗読……

 

「愛は寛容にして慈悲あり…愛は妬まず、愛は誇らず、見返りを求めず…只、己が身と魂を汝が愛する者へ捧げよ。さすれば――」

 

 式は何の滞りもなく粛々と進んでいく……

 

「――ゆえに愛とは闘争である。今、此処に不変の愛の誓いを立てたからと安寧に浸ってはならない。今日という人生の幸福なる門出は終わりに非ず、始まりである――」

 

 粛々と進んでいく……

 

「これより、汝らの歩む先は、あらゆる艱難辛苦が魔の者の声となりて、汝らの心に囁き、汝らの愛を試すだろう。汝らは魂の闘争を以て試練に打ち克たなければならない。互いに寄り添い、愛を信じよ。愛を守り、家族を守るべし。愛とは闘争である――」

 

 そして…式次第は、誓約の儀へと移行する運びとなった。

 

「レオス=クライトス。汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、システィーナ=フィーベルを妻とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、共に支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 レオスが宣誓する。

 

「システィーナ=フィーベル。汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、レオス=クライトスを夫とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、共に支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「……誓います」

 

 一瞬の沈黙の後、システィーナがやや俯いて、ぼそりと小さく宣誓する。

 

 そして、マルコ司祭が参列者達を仰ぎ見、こう問う。

 

「我、主の御名において、この式に参列する者に今一度、問い質さん。汝らはこの婚姻に讃するか?この婚儀に讃し、祝福せし者は沈黙を以てそれに答えよ……」

 

 沈黙。

 

 しばらくの間、人々のどよめきはなりを潜め、聖堂を支配するのは厳かなパイプオルガンの厳かで清澄な音色だけだ。

 

 ……そして。

 

「今日という佳き日、大いなる主と、愛する隣人の立会いの下、今、此処に二人の誓約は為された。神の祝福があらんことを――」

 

 誓約の儀が終了し、マルコ司祭が締めの祝詞に入った――その時だった。

 

「――異議ありッ!」

 

 突如、上がった大音声が、厳かな場の空気を容赦なく引き裂いた。

 

 パイプオルガンの音色が、不意に止む。

 

 式に参列していた一同の視線が、一斉にその声の主に集まる。

 

「……やっと来たか……」

 

 ジョセフは、誰にも聞かれることなく呟いた。

 

 見れば、式が執り行われていた聖堂内陣の入り口扉が乱暴に蹴り開けられ、その向こう側に一人の男がいた。

 

 普段、だらしなく着崩している魔術学院の講師用ローブを、その時はなぜかきっちりと着こなしたその男の名は――

 

「グレン=レーダス……ッ!?」

 

「なんでここに……?」

 

 左右に並ぶ長椅子に腰かけた参列者達の視線を一身に集めながら、その男――グレンは聖堂内陣の最奥を目指し、中央の赤い絨毯の道――ヴァージン・ロードを、ずかずかと無遠慮に歩いて行く。

 

 十字の聖印がそびえ立つ奥の祭壇前には、この結婚式を取り仕切っていたマルコ司祭と、この式の主役たる花婿と花嫁の姿があった。

 

「せ、先生!?」

 

 上質のシルクで編まれた純白のドレスとヴェール、ブーケで着飾った花嫁――システィーナが驚きの表情で振り返る。一人の女性をその人生においてもっとも美麗に装飾するその衣装に、システィーナの姿はまるで夢か幻かのように美しかった。

 

「ふむ…今さら、何をしに来たんですか?グレン先生」

 

 一方、システィーナの隣にいる花婿の男は、突如現れたグレンへ余裕の笑みを向ける。

 

「はん?聞こえなかったかい?異議ありつったのよ、異議あり。俺、この結婚に大・反・対。お前ごときに白猫は渡さねーよ」

 

 それに対し、グレンはまるで親の敵であるかの如く、花婿の男――レオスを睨みつける。

 

 たちまち一触即発の空気が、グレンとレオスの間に張り詰めていく。

 

 そんな二人を前に、聖堂内がざわざわとどよめいていく。

 

 参列者達は皆一様に顔を見合わせながら、固唾を呑んで成り行きを見守るしかない。

 

「せ、先生…マジかよ……?」

 

「いくらなんでも…これは……」

 

「まさか…ほ、本気ですの……?」

 

 システィーナの結婚式に参列していたクラスメート達も、このまさかの展開には、流石に戸惑いと動揺を隠せないようであった。

 

 ただ、一人、ジョセフはそんな動揺など微塵も見せず、グレンに目配せする。

 

(いつでも援護できるで、先生)

 

(了解、俺が懐から取り出す動作をした時が合図だ)

 

「――っ!」

 

 一方、呆然とグレンの姿を見つめていたシスティーナが我に返る。

 

 そして視線を逸らして俯いて…その小さな肩を、わなわなと怒らせ始めた。

 

「……ふ、ふざけないでください……ッ!貴方という人はどこまで……ッ!」

 

「~~♪」

 

 対するグレンはグレンの意図をまったくわかっていないシスティーナの激昂にもどこ吹く風だ。頭を後ろで手を組み、あさっての方向を向きながら、口笛など吹いている。

 

「私とレオスの神聖な結婚式を邪魔しないでくださいッ!そもそも、先生はレオスとの決闘から逃げたくせにッ!?もう先生には――」

 

「だぁ――はっはっはーっ!どやっかましゃああああ――ッ!?」

 

 斬りつけるようなシスティーナの叱責を、グレンはバカ笑いで封じた。

 

「折角の逆玉の輿に乗るチャンス、そう簡単に諦めてたまるかよぉーッ!?ふっははははははははははは――ッ!」

 

(いや、まだその設定続いてたんかい……)

 

 すると、ゲス極まりない高笑いを上げるグレンが懐から何かを取り出そうとする。

 

 それを見逃さなかったジョセフが懐から円筒みたいな物を取り出し、ピンを抜き――

 

 それを床に投げた。

 

 途端、激しい閃光が視界を白熱させ、圧倒的な大爆音が聖堂内に炸裂し、反響する。

 

 ジョセフが投げたのは、非殺傷系の投擲物、フラッシュ・バンだ。

 

「ぎゃあああああああ――ッ!?」

 

「目がぁ!?目がぁああああああああああああ――ッ!?」

 

 先ほどまでの静粛で厳かな雰囲気から一転、大混乱に陥る聖堂内陣部。

 

 その隙に、グレンは素早く祭壇の前へと踏み込み、レオスを突き飛ばし――

 

「白猫、来いッ!」

 

「きゃあッ!?」

 

 目の眩んだシスティーナにすかさず飛びつき、強引に横抱きにしてかっ攫い、反転、その場から脱兎のごとく逃走する。

 

「あーばよっ!レオスちゃん!花嫁は頂戴するぜぇええええええ――ッ!?」

 

 まるで一陣の風が吹き抜けるように、グレンはそのまま聖堂内陣部を飛び出し、聖堂中央交差部を突っ切り、行き交う信者達を突き飛ばしながら身廊を抜け、聖堂の外へ、そしてフェジテの街へ逃走する――

 

「は、花嫁が攫われたぞッ!」

 

「お、追えッ!花嫁を取り戻せッ!」

 

「ジョセフ=スペンサーッ!いったいどういうつもりだッ!?」

 

 学院関係者やレオスの知人は何人か、ジョセフを睨み、そして、グレンを追う。

 

「……援護できるのはここまでや、先生…ご武運を」

 

 睨まれているなどどこ吹く風で、ジョセフはぼそぼそと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次でラストです。

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