ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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やっとここまで来たよ!?(厚切りジェイソン?)


47話

 

 ――話は再び数日前に遡る。

 

 グレンがレオスに敗北した、その日の夜遅く。

 

 グレンはルミアから、レオスとシスティーナの結婚について知らされることになる。

 

 一体、なぜシスティーナが突然、レオスと結婚する気になったのかはわからない。しかし、これがシスティーナの望む結婚でないことは諸状況から明らかだ。

 

 グレンはルミアの直感を信じ、即座にシスティーナをレオスの魔の手から救い出すために、行動を開始する。

 

 だが、レオスはシスティーナに何を吹き込んだのか。

 

 それがわからねば、うかつに動けない。

 

 万が一、本当にシスティーナが望んでレオスと結婚するなら、余計な横槍になる。

 

 レオスという男についての情報も欲しい。考えてみれば、グレンはレオスのことを『クライトスの御曹司』という前情報しか知らないのである。

 

 ゆえに、グレンはレオスとの決闘をすっぽかして行方を眩まし、尻尾を巻いて逃げ出した体を装った。自分の評判は地に落ちるだろうが、少しでもレオスが油断してくれればそれでいい。

 

 そして、レオスがシスティーナと二人でいる時を狙って、召喚した鼠の使い魔をその周囲に放ち、二人を監視し始める。

 

 監視中、一度、鼠の使い魔とレオスの目が合ったような気がして、気付かれたかと思ったが…杞憂であったらしい。

 

 その内、あっさり真実は判明した。

 

 二人の会話から――レオスがルミアとリィエルとの素性を盾に、システィーナを脅して結婚を迫っているという事実が――

 

 グレンは焦った。

 

 クライトス伯爵領の御曹司なんてとんでもない。レオスは間違いなく、天の智慧研究会に所属する人間か――もしくは研究会に通じている人間だ。

 

 ルミアの素性は国家最高機密だし、そもそもリィエルの秘密は政府すら把握していない事実なのだ。知っているのは自分達リィエルの関係者と…天の智慧研究会だけだ。

 

(だが…なんでルミアじゃなくて白猫を?あいつが一体、なんだっていうんだ?)

 

 そこがよくわからないが…とにかく、脅してシスティーナを手に入れようとしている以上…もう、レオスはなんとしても倒さねばならない『敵』だ。

 

 だが、またここでグレンは愕然とする。

 

 今の自分には、まるで味方がいないのだ。

 

 セリカは例の迷宮探索中でいない。別任務についたアルベルトとも連絡がつかない。システィーナの両親も仕事で不在、おまけに各地を転々としているせいで、システィーナですら所在がわからないらしい状況。そして、天の智慧研究会が絡む可能性がある以上、学院の連中は巻き込めない。

 

 デルタもいるが、ジョセフ以外の隊員に接触したこともないし、そもそも連邦軍である以上、外国人である自分の要請は中々通らない。しかも天の智慧研究会である確たる証拠がないため、時間がかかる。

 

 貴族が相手ではフェジテの警備官は手も足もでないし、そもそも信じてもらえない。

 

 リィエルは――ダメだ、天の智慧研究会の手の者が近くに迫ってきている可能性がある以上、今、ルミアの傍から離れさせるわけにはいかない。

 

 軍や政府に通報を――否、それも対応に時間がかかりすぎる。明らかに重大な事件性のある以前の学院テロ事件の時とは、わけが違う。

 

 その間に、システィーナをクライトス伯爵領に連れて行かれてしまってはもう泥沼だ。爵位持ち貴族の領地は基本的に治外法権、たとえ女王陛下といえども簡単に干渉はできないのだ。

 

 なんていうこと。どういう偶然か――システィーナを救うには、自分一人で、あのレオスを打倒しなければならないらしいのだ。

 

 そして、そのために残された時間は少ない――週末にはもう結婚式なのである。

 

(――くそ、なんなんだ、こりゃ!?状況が悪過ぎるッ!本当に偶然か!?偶然にしちゃ、状況が出来過ぎてるぞ!?)

 

 例えると、相手に心を完全に読まれながら、チェスをプレイして、そして相手の予定通り追い詰められたかのような…そんなあまりにも出来過ぎた、気持ち悪い状況か。

 

 だが、言っても始まらない。

 

 システィーナを救うために動くならば…レオスとの戦いは避けられないだろう。

 

 レオスは強い。恐らく、自分より遥かに。

 

 『本気』で戦わなければ――確実に負ける。殺される。

 

 よって、グレンはこの数日間、フェジテの知る人ぞ知る闇市を回り、なけなしの金をはたいて武器や魔術的な素材を買い集め、魔道具を作製する。

 

 消費付呪型の呪文を簡易起動する巻物を書き、宝石を加工して護符を作り、爆晶石などの各種晶石類を用意し、以前アルベルトから受け取ったパーカッション式回転弾倉拳銃の推薬を調合し、その予備シリンダーを調達し、ナイフに呪的効果を付呪し、飛針にルーンを刻み…資金と時間が許す限りの装備を揃えていく。

 

(……まるで魔導士の頃に戻ったみてえだな……)

 

 自室で、グレンは物騒な各種装備を虚ろな目で見下ろしながら、物思う。

 

 確かにグレンが作製したり、用意したりしたこれらの魔術武器や魔道具は、グレンが現役の魔導士時代に、仕事で使っていたものだ。

 

 と、その時、ふと人の気配がグレンの背後から現れた。

 

「誰だ?そこにいるのは」

 

「俺ですよ、先生」

 

 グレンが気配がしたところに振り返ると、そこにはジョセフがいた。

 

「……お前か…せめてノックぐらいしてほしかったな」

 

 そう言いながら、頭を掻きながら、グレンはふと何かを思いつく。

 

 今なら、ダメもとで。

 

「なぁ、ジョセフ。お前――」

 

 だが――。

 

「先生、残念ながら連邦はこのことに関わることはできません」

 

「……は?」

 

 機先を制されたように突きつけられたジョセフの言葉に、グレンは硬直する。

 

「関与できないって…お前、本気で言っているのか?」

 

「………」

 

 ジョセフは押し黙る。

 

「お前、このままでは白猫がレオスという野郎に連れて行かれるんだぞ。それだけじゃねえレオスは天の智慧研究会とも繋がっているかもしれねえのに、それでも連邦は動かねえっていうのか?お前も何もしねえのか?それでいいのか?」

 

 グレンはジョセフを睨むように、問い詰める。

 

「……先生、レオスは天の智慧研究会とは繋がっていません。だから、動けないのです。何もしないのではなくて、何もできないんです」

 

「なんだと?じゃあ、今回のは一体、なんなんだってんだ?」

 

「今回裏で手を引いているのは…いや、今は言わないほうがいいか。今、先生に言ったら、冷静にいられなくなるでしょうから」

 

「は?お前、ふざけているのか?さっさと教えろッ!誰だ、裏で手を引いているのは!?」

 

 グレンはジョセフのはっきりしない態度や物言いに、苛立って声を荒げる。

 

 対するジョセフは、そんなグレンの態度などどこ吹く風で。

 

「言いません。ただ、強いて言うなら」

 

 ジョセフは無機質な声でグレンを見ながら言い。

 

「先生は今回の件で過去と向き合わなければいけないでしょう」

 

 そう忠告した。

 

「過去?何わけのわからねえことを――」

 

「結婚式当日でシスティーナを攫うならば、こちらも援護はします」

 

 グレンの言葉を遮るように、ジョセフは援護する旨を伝える。

 

「今日は、忠告しに来ただけです。先生」

 

 ジョセフは、踵を返し、出て行き――

 

 そして、途中で振り返り――

 

「『本気』にならないと、死にますよ?」

 

 そう言って、ジョセフは部屋から出ていった。

 

「な、なんだっていうんだ。だが」

 

 ジョセフもデルタも連邦も関わらないとわかった以上、自分だけでやるしかなくなった。

 

 再び、グレンは各種装備を見下ろす。

 

(だが、こんな玩具が、あいつにどれだけ通用するか……)

 

 怖じ気づいている暇も余裕もない。

 

 仕掛ける日は、ジョセフの言うとおり、結婚式当日と決めた。そこでジョセフの援護を受けながらシスティーナを攫う。

 

 もし、システィーナを攫えば、レオスは間違いなく追ってくる。

 

 式場の公衆の面前で花嫁を攫われたとなれば、レオスは貴族の面子にかけて追ってくるだろう。追わざるを得ない。家名を守る為に。そのままみすみす花嫁を奪われては末代までの恥だからだ。

 

(攫った白猫を餌に、レオスを俺に有利なフィールドへおびき寄せて…打倒する。短絡的だが、それしかねえ……ッ!)

 

 

 

 ………。

 

 ………。

 

 ……そして。

 

「本っ当に…どぉ~して、こうなってまったんだろうな……?」

 

 いま、グレンは回想を終えて、我に返る。

 

 とっくに聖カタリナ聖堂を後にしたグレンは、麻のように入り組んだ狭い路地裏を、一陣の風のように駆けている。

 

 その腕の中では、花嫁姿のシスティーナが、先ほどから相変わらず暴れながら喚いている……

 

「離してッ!お願いッ!先生、離してッ!私はレオスと結婚しないと…ッ!ルミアが…ッ!リィエルが……ッ!」

 

「……はぁ~~~~~~~~…やれやれ……」

 

 グレンの深い深いため息が、フェジテのどこかに木霊するのであった。

 

 

 

 フェジテ東地区市壁外、郊外。

 

 市壁内の高級住宅地の趣きとは異なり、疎らに見える木造や小屋、緑の牧草地が延々と広がり、針葉樹林の雑木林があちこちに群生し、所々古代の碑石が点在している――発展した中央の方と比べれば、実にのどかで牧歌的な風景。

 

 そんな風景の一角――雑木林の陰に紛れるように――その馬車はひっそりとあった。

 

 貴族が所有するような豪華なコーチ馬車である。馬は繋いでいない。御者もいない。

 

 その馬車へ、静かに近付いていく三人の影があった。

 

 一人はアルベルト。

 

 そしてもう一人は十代後半…緩くウェーブがかかった髪が特徴的な、涼やかで落ち着いた物腰の少年。

 

 最後の一人は老人ではあるが筋骨隆々で、どこかヤンチャ坊主っぽい雰囲気を醸し出す男だ。

 

 ≪法皇≫のクリストフに、≪隠者≫のバーナード。

 

 アルベルトと同じく魔導士の礼服に身を包む二人は、帝国宮廷魔導士団の特務分室に所属するアルベルトの同僚だった。

 

「……間違いありません。あの馬車から、僕の『結界』に反応があります」

 

 結界魔術に関しては特務分室随一と名高い少年――クリストフが神妙に言った。

 

「ふむ…確かに血の匂いが強くなって来たわい」

 

 老人――バーナードの言葉に、アルベルトが静かに頷き、馬車の客室扉の前に立つ。

 

 そして、周囲に油断なく注意を払いながら、アルベルトはその扉を

開いた。

 

 途端、むせ返るような特濃の血の匂いが三人を襲った。

 

「……うっ」

 

 覚悟はしていたというのに、クリストフが思わず口元を押さえて顔をしかめる。

 

 客室内は地獄であった。血まみれで、生前がどのような容姿をしていたのか判別困難なほど全身が崩壊した何者かの死体が横たわっている。全身から噴水のごとく派手に出血したらしい…客室内は床から壁、天井に到るまで、ドス黒い血にまみれていた。

 

「ほう…典型的な『天使の塵』切れの禁断症状で死んだ中毒者じゃのう」

 

 慣れたものなのか、バーナードが顎髭をなでながら、こともなげに言う。

 

「ふむ…中毒者特有のあの症状が、肌に出ておらんの…まだ、それほど投与は重ねられてはいなかったようじゃな……」

 

「噂には聞いていましたが…まさか、こんなに酷くなるものとは……」

 

「そう言えば、クリストフ。お前はこの『天使の塵』絡みの案件に関わるのは…今回が初めてだったな」

 

 アルベルトの言葉に、クリストフは神妙に頷いた。

 

「はい。…以前も、こういう事件があったんですよね?当時の僕はまだ新人だったから、深くは関わってはいませんが……」

 

「ああ、そうだ。今から一年余前の話になる」

 

「あの一件で、随分と特務分室の仲間も減ったのう。あの物狂い一人のせいでな」

 

 ふん、と。バーナードが忌々しそうに鼻を鳴らす。

 

「しかし…どうして、あの人はそんな事件を引き起こしたのです?僕達と同じ、特務分室の人間だったのでしょう?」

 

「さあな、今となっては判らん。奴は、グレンと…セラが始末したからな」

 

「セラさん…ああ、あの≪風使い≫の?彼女のことは…残念でした」

 

「……死人に口なしとはこの事だ」

 

 と、その時だ。

 

 三人の顔に緊張が走った。

 

「おい、お前達…気付いているかの?」

 

「……ええ、わかっています、バーナードさん」

 

 三人が、周囲をちらりと見渡す。

 

 すると、どこから集まってきたのか農民風の簡素な出で立ちの人間達が、いつの間にか大勢でアルベルト達を遠巻きに取り囲んでいた。連中の頬は痩せこけ、顔色は土気色、目は虚ろで…その動きはどこか機械じみている。

 

 その手に、鋤や鍬、鎌などを抱え…連中はゆっくりとその包囲網を狭めてくる……

 

「かぁ~~~~っ!この状況から察するに、あいつら、絶対『天使の塵』の中毒者じゃぞ!?ぐっは、面倒臭ッ!?」

 

 バーナードがうんざりしたように頭を抱える。

 

「あいつらって、やたらしぶといから嫌なんじゃよなぁ~。これだったらデルタの化け物どもと相手したほうがマシじゃわい」

 

「この馬車を調べた途端の、この襲撃…僕達は案外、この事件の真相に近付いているのかもしれないですね」

 

「しかし、こりゃあ…ますます思い出すのう、あの一年余前の事件を。ホント、何から何までそっくりじゃわい」

 

「無駄口を叩くな、翁、クリストフ。詮索は後だ。今は切り抜けるぞ」

 

 アルベルトが静かに一喝すると同時に。

 

 中毒者達が一斉に、信じられないほどの俊敏さで、アルベルト達に向かってくる。

 

 その死人のような顔色の悪さとは裏腹に、野生の獣のように躍動するその圧倒的な俊敏さは、明らかに人の領分を超えたものだ。

 

 ざざざざっと、下生えを踏みつける無数の音が、みるみる迫ってくる。

 

「ち――」

 

 アルベルトは予唱呪文を時間差起動、身を翻し、二反響唱で放つ。

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】の雷光が二閃、虚空を切り裂き、向かってくる中毒者の二人の脳天を精密無比に射貫き――

 

 二人倒されても、中毒者達は構うことなく、アルベルト達へ猛進し――

 

 そして――

 

 

 

 

 ――同時刻。

 

 東地区から大きく離れたフェジテの西地区の某所。

 

 狭く薄暗い、路地裏にて。

 

「はぁ…はぁ…取り敢えず、撒いたか…くそ、流石に疲れた……」

 

 荒い息を吐きながら、グレンが横抱きに抱えていたシスティーナを下ろす。

 

「――ッ!」

 

 途端、システィーナが意を決したかのように駆け出そうとして――

 

 グレンは咄嗟に手を伸ばして、システィーナの腕を掴んで引き留める。

 

「離してッ!離してよッ!もういい加減にしてッ!」

 

 今にも泣きそうな顔でシスティーナが喚き、手足を暴れさせた。

 

「お、おい!?静かにしろって!?」

 

「貴方なんか大嫌いッ!私はレオスと結婚するのッ!レオスと結婚しないと――ルミアが――リィエルが――だから――ッ!」

 

「はぁ…そりゃもういいっつーの。俺はお前の味方だ」

 

 グレンが心底疲れたように、深くため息を吐く。

 

「……え?」

 

「事情は知ってる。ルミアとリィエルを守るために…お前はたった一人で戦っていたんだろ?…よく頑張った。後は俺に任せろ」

 

「――ッ!」

 

 すると、システィーナは一瞬、目を見開いて…次第に肩を震わせ、目に涙をにじませて……

 

「せ、先生…先生ぇ…わ、私…ッ!ひっく…うぅ……」

 

 感極まったように、システィーナはグレンへひしと抱きつき、静かに嗚咽する。

 

 グレンはシスティーナが落ち着くまでそのままにさせた。

 

 ……やがて。

 

 システィーナが落ち着くと、グレンは早速本題に入る。

 

「白猫、レオスの目的は何だ?」

 

 この一件の最大の謎だ。

 

「俺も色々と考えたが、まるでわからねえ。最初は天の智慧研究会の関係者かとも疑ったが…やっぱり、、何か違う気がするし、ジョセフがそこはきっぱりと否定したしな」

 

 グレンは頭をばりばり掻きながら、苛立ったように言葉を続ける。

 

「……かろうじて有り得そうなのは、クライトス家の今の現状から察するに…お前を妻に娶ることでお前の家…魔術の名門フィーベル家を傘下に置き、分家筋に対してのアドバンテージを得る、つまり……」

 

 ふと、グレンはシスティーナが俯いて黙っていることに気付いた。

 

「……すまん。配慮が足らなかったな…お前にとっては……」

 

「……いいの。もう…いいの…続けてください……」

 

 苦々しく思いながら、グレンが続ける。

 

「……一見、これはクライトス主家筋にとって妙手に見えるが…だが、実は最低の悪手だ。こんな強引に婚姻をまとめて、問題が噴出しないわけねえ。バカでもわかる。上流階級層の勝手な婚姻に、帝国政府は間違いなく介入する。分家筋も黙っているわけねえ…下手すりゃ全面戦争だ」

 

「……それは…確かに……」

 

「それだけじゃない。万が一、ルミアとリィエルの秘密を盾に取って脅したことが表に知られれば、確かにルミア達も破滅だが、レオスもクライトス家も破滅だ。面子を何よりも尊び、重視する貴族にとって、名誉ってのは本当に命同然なんだ」

 

「………」

 

「そして、何よりフィーベル家…お前の親父さんがこんな暴挙を許すか?白猫は大事な跡取り娘なのに?…どう考えても無理だろ。この一件だけは『嫁盗み』とかで片付けられる話じゃねーんだ」

 

 グレンは頭を振りながら、再三、ため息を吐く。

 

「……まるでクライトス伯爵家なんて、自分なんて、どうなってもいいと言わんばかりの暴挙っぷり…やつが何を考えているのか、まるでわからねえ。何かを企む時は、自分が一番得をする形にもっていく…その大原則がなりたってねーんだ……」

 

「……じゃあ、なんのために、レオスは私を脅してまで……?」

 

「ぶっちゃけ…この諸処の問題を差っ引いてもなお…お前を愛していた、結婚したかった…としか言いようがねえ…馬鹿げてるが」

 

「……それはないわ。あの日、レオスがまるで別人のように豹変して、私を脅してきた時…私、なんとなく、わかった。この人は…私を愛してはいないんだって……」

 

 どこか寂しそうに、切なそうに、システィーナが呟く。

 

「……そうか?」

 

 と、その時。

 

「……ん?…別人?」

 

 ふと、気付いた。

 

 確かにレオスの目的や動機を考えれば…明らかに常識では考えられない状況だ。

 

 この一連の騒動を引き越したレオス。

 

 だが…仮に、この一連の事件が、レオスとは別の人間の思惑の下に動いているものだとしたら、どうか?確かにクライトスがどうなろうが、システィーナがどうなろうが関係ない。陰謀の大原則に、一応、筋が通ることになる。

 

 なら、もし、そんな第三者がこの事態に裏で噛んでいたとしたら…何が目的だ?

 

(人の目的っつーのは、基本的に、もっとも事態が動いている部分の裏に隠れ潜んでいるもんだ……)

 

 神のため、信仰のための戦いと銘打ちながら、実際はその土地の経済的価値が狙いであったりなど、歴史を繙けばいくらでもその手の話は出てくる。

 

 そんな基本に立ち返って、もう一度、冷静に思考してみる。

 

 この状況を演出した第三者がいると仮定して、状況を整理してみる。

 

(この一連の結婚騒動で、もっとも派手に動いた部分は…どこだ?)

 

 考えるまでもなく、当事者のレオスと、システィーナと…そして、グレン。

 

(………)

 

 そして、どこをどう考えてもレオスとシスティーナに、その第三者の目的はない。

 

 レオスに個人的な恨みを持つ者の犯行や、レオスを蹴落とすことで何らかの得をする者の犯行も一応考えられるが…だったら、こんな回りくどいことはしない。システィーナやグレンを巻き込む意味がない。

 

 となると、消去法で……

 

(……そんなバカな。それこそ、ありえねえ…一体、どこの誰が、そんな暇で、何の得にもならねえことを……ッ!?)

 

 あまりにも突拍子もない想像に、思わずグレンは頭を振る。

 

 ふと、ジョセフが自分の部屋に入って忠告したことを思い出す。

 

『強いて言うなれば、先生は今回の件で過去と向き合わなければいけないでしょう』

 

(……まさか……)

 

 ジョセフの言葉から、グレンの頭の中にある人物が浮かんできた――その時だ。

 

「せ、先生…ッ!誰か来る……ッ!?」

 

 システィーナが怯えた声を上げる。

 

 いつの間にか、人の気配が二人に迫っていた。

 

 見れば、路地裏の奥から一般市民風の人間が数名、グレン達へ向かってきている。

 

 誰も彼もが、光灯らぬ虚ろな目、土気色の顔色をしており…包丁や鉈、麺棒、シャベルなどで武装し、病的で剣呑な雰囲気を放っていた。

 

「なんだ、あいつら…レオスの放った追っ手…?いや、それよりも……」

 

 グレンの目は、その連中の全身に、網目のごとく浮いている血管に釘付けだった。

 

「……嘘だろ…?『天使の塵』の…末期中毒症状…だと……ッ!?」

 

「え?」

 

 どこかで聞いた言葉に、システィーナが小首を傾げてグレンを見上げ…ぞっとした。

 

「なんでだッ!?どうして、ここで『天使の塵』が出てくる……ッ!?」

 

 グレンは…底冷えするような冷たい目をしていた。

 

 グレンこそ、まるで別人のようだった。

 

「……止まれッ!」

 

 グレンが素早く腕を動かし、腰のベルトに差していた拳銃を引き抜き、構える。

 

 だが、グレンの牽制も虚しく、その中毒者達の動きは止まらない。

 

 より一層、歩を速め、武器を構え、グレン達に向かって真っ直ぐ向かってくる。

 

 最早、連中にこちらに対する敵意があるのは明らかだった。

 

「ちっ……」

 

 グレンは舌打ちしながら銃を収める。

 

 あの連中が『天使の塵』の中毒者なら――拳銃の一発や二発を当てたところで止まらない…体のとある部位を除いては。

 

(どうやら、俺は…レオスを出し抜こうとして、逆に嵌められたらしいな……)

 

 このタイミングで、なぜか自分達に対して明確な敵意を持つ、『天使の塵』中毒者の登場…偶然であろうはずがない。

 

 認めざるを得ない。敵の方が一枚上手だったのだ。

 

「白猫、走れ。あいつらは…『天使の塵』漬けの末期中毒者だ。主とすり込まれた者の命令に盲目的に従う、死人同然の人形だ……」

 

 グレンが憎々しげに歯噛みする。

 

(やつらは『天使の塵』を投与され続けなければ、死ぬ。投与され続けても、いずれ『天使の塵』が致死量に達して、死ぬ。…もう救う手段は、無い)

 

 救う手段があるとすれば、それは――……

 

 だが、今の腑抜けた自分に、それができるのだろうか?

 

 そして、それをやらずして、システィーナを守り抜けるのだろうか?

 

 ……そんなグレンの葛藤も露知らず、システィーナが狼狽えながら問う。

 

「せ、先生…『天使の塵』って…何?何なの?」

 

「いいから、言う事を聞けッ!説明は後だッ!あいつらが『天使の塵』中毒者なら…お前を守りながらじゃ、とても捌ききれねえッ!早く行けッ!」

 

 切羽詰まったようにグレンが叫ぶ。

 

「だっ…大丈夫よ!」

 

 が、システィーナは強がったように言う。

 

「よ、よくわかんないけど、敵なんでしょ!?私だって、先生からいつも戦い方を教わってるわ!」

 

 グレンの警告も聞かず、システィーナは向かってくる男達へ左手を構える。

 

「≪大いなる――≫」

 

 システィーナが唱え始めた呪文に呼応するように。

 

 突如、中毒者達が一斉に駆け出し、グレン達に――というより、明らかにシスティーナをめがけて襲いかかって来る――

 

「……え?」

 

 システィーナの目には、連中の姿が突然消えて、視界の端に影が映る程度だった。

 

 中毒者達は空高く跳躍し、狭い路地裏の左右の壁を交互に蹴って、めまぐるしく跳び回りながら――遥か頭上から畳みかけるように、システィーナを襲う。

 

 ――速過ぎる。

 

 薬物によって制限の外れた中毒者達の動きは、あまりにも俊敏で奇天烈すぎる。

 

 ゆえに、狙いを定めることはおろか、目で追うことすらできない――

 

「あ――」

 

 システィーナは、自分に向かって迫り来る男達を呆然と眺めることしかできず――

 

「≪駆けよ風――・≫」

 

 その時、グレンが呪文を唱え始めてながら、咄嗟に跳んだ。

 

 壁を蹴って、さらに高く跳ぶ。

 

 空中で胴を回して放つ、旋風のような回し蹴りで一人目の男を叩き落とす。

 

「≪駆けて抜けよ・――≫」

 

 同時に左腕を振るい、鋼線を飛ばし、銀の瞬きを虚空に走らせる。

 

 ひゅば、と空気を切り裂いて飛んだ数本の鋼線は、二人目の男の足を絡め取り、グレンはそのまま力任せに鋼線を引き、二人目の男を激しく壁に叩きつけ――

 

「≪打ち据えよ≫――ッ!」

 

 ここでようやく完成したグレンの呪文――黒魔【ゲイル・ブロウ】が起動する。

 

 巻き起こる壮絶な突風が、三人目の男を空高く吹き飛ばす。

 

 システィーナが呆然としている間に起こった、一瞬の出来事だった。

 

「何やってる、白猫ッ!?」

 

 着地と同時に、グレンがシスティーナを一喝した。

 

 その鋭い目に睨みつけられたシスティーナが、びくりと震える。

 

 グレンはシスティーナの手を強引に引き、路地裏の奥へと向かって走り始める。

 

 システィーナの視界の端で、グレンに倒された男たちがまるでゾンビのようにむくりと起き上がっているのが見えた。

 

 

 

 グレン達は逃げる。ひたすら逃げる。

 

 その行く先々に、次から次へと新手の中毒者達が現れては、グレン達に追いすがる。

 

 果てのない逃走の中、散発的に発生する戦いが続いていく。

 

 

 

 

 一方、聖カタリナ聖堂でも、中毒者達は押し寄せていた。

 

『ホントに、こんな形でバレるとはな』

 

 『黒い悪魔』――黒ずくめの姿になったジョセフはため息を吐いて、トマホーク二振りと、ポンプアクション式ショットガンであるウィンチェスターM1897トレンチガン、そしてまいどお馴染みのガバメントを解凍していく。

 

 クラスメート達は、しばらく硬直し、ジョセフを見ている。

 

『何ボサッとしてんねん、早く逃げえや』

 

 ジョセフはクラスメート達に振り向き、そう言い放つ。

 

「……え、えっと、どういうことですの、ジョセフ?貴方、一体何者ですの?」

 

 我に返った、ウェンディが狼狽えながら問う。

 

『話は後や、さっさ逃げえや。それとも地獄を見たいんか?』

 

「地獄って……」

 

 その言葉に、ウェンディをはじめ、クラスメート達の顔が青くなる。

 

 地獄になる、ということはつまり――

 

「それって、まさか――」

 

 ウェンディが言おうとしたと同時に。

 

 中毒者達はジョセフに襲い掛かって来た。

 

 かなり俊敏な速さで、ジョセフに向かって来る。

 

 ジョセフやリィエル以外の生徒達は中毒者の動きに追いつくことができない。

 

 ジョセフは冷静に正面から斧を振り下ろしていく男に向けて、胴体に一発、拳銃で撃つ。

 

 拳銃から放たれた銃弾は、男の心臓めがけて飛翔し、撃ち貫く――

 

 しかし、男は止まらない――

 

(やっぱりか)

 

 覚悟を決めたジョセフは、すぐさまショットガンに持ち替え、再度、今度は頭部めがけて撃った。

 

 ショットガンから出た銃弾――拳銃から出た弾ではなく、無数の鉄球が、男の頭部目がけて拡散し――

 

 ぐしゃあ。

 

 男の頭から、まるで潰れてそこから中身が出るような音が聖堂内に響いた。

 

 それと同時に、鮮血が男から虚空に飛び散っていく。

 

 顔の形状が原型を留めていなかった男はしばらくふらふらと歩き――そして、倒れた。

 

 倒れた男から血が瞬く間に床に広がる。

 

「――ひっ!?」

 

 その凄惨な様子に、思わず喉を鳴らしてしまうウェンディ。

 

 ほかの生徒達もその凄惨に声が出ない。

 

 だって、今。

 

 幼馴染が目の前で――何の躊躇いもなく人を、人を、人を殺、殺――

 

『わかったら、さっさと逃げろッ!死にたいのかッ!』

 

 ジョセフのこれまでにない一喝で、我に返った。生徒達はジョセフの目を見て、ぞっとした。

 

 その目はこれまでの目ではなく、完全に鋭く冷めた、まるで殺しの目だった。

 

(怖い…怖い、怖い、怖い怖いこわいこわいこわいコワイコワイコワイッ!)

 

 その目を見たウェンディは、初めてジョセフに対して恐怖を抱いた。

 

 こんなの、自分の知っているジョセフじゃない。

 

 自分の知っているジョセフは、普段は自分の扱いは雑だし、それでいて他の女子生徒には扱いが優しかったり、カッシュ達とときたまヤンチャしたり…だけど、今のジョセフはそんな面影はなく、こんな人殺しの目で見てくる人じゃなかった。

 

 さらに、右前方から襲ってきた中毒者をジョセフは身を回転させて避け、中毒者の包丁を持っている腕をショットガンで吹き飛ばす。

 

「ギャアアアアアアアアアアアア――ッ!ァアアアアアアアアア――ッ!?」

 

 上がる身の毛をよだつような悲鳴。のたうち回る中毒者。

 

「ぅ、ぅあ…あ……」

 

 のたうち回る中毒者の頭に、無慈悲に拳銃で撃ち殺すジョセフの姿に、ウェンディが思わず一歩身を引き――

 

「~~~~ッ!」

 

 たまらずに裏口に向かって駆け出した。

 

 それにつられるように他のクラスメート達も裏口に駆け出していく。

 

『リィエル、後は頼んだ』

 

「ん。任せて」

 

「ジョセフ君……」

 

 ルミアが何か言いかけようとしたが、リィエルが手を引っ張って、裏口から出ていく。

 

『………』

 

 そして、今や中毒者達と、自分しかいなくなった。

 

 恐らく、これからはあの学院にいられなくなるかもしれない。

 

 誰もが、自分から去って行くだろう。

 

 だが、それでいい。

 

 少なくとも、北部戦線でのあの出来事に比べたら、あいつらが生きていてくれたら――

 

『……ごめんな、ウェンディ』

 

 一番、この姿を見せたくなかった幼馴染に対し、そう呟き――

 

 そして、再び、中毒者達と対峙する。

 

『さぁ、天使とダンスだ。かかってこいや』

 

 同時に、中毒者達は一斉にジョセフに襲い掛かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 前回ラストって言ったな。あれは嘘だ。

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