「邪魔や!鬱陶しいッ!」
ジョセフが振り向き様に拳銃を構え中毒者の頭を撃ち貫く。
頭を撃ち貫かれた中毒者は頭蓋骨を粉砕しながら、血飛沫を上げて後ろに倒れる。
ジョセフが放った45口径弾は、連邦軍が一撃で敵を行動不能にさせる弾を、というコンセプトで開発された銃弾だ。
今から3年前に、連邦西海岸から遥か大洋へ渡った、ルパングという島国での起きたアメリカ連邦とルパング共和国との戦争で、連邦軍は当時、38口径の回転弾倉拳銃を装備していた。
しかし、戦争中に遭遇したモロ族という先住民との戦闘では、38口径では威力不足で、一発当てたとしても、薬物などで興奮していたモロ族はそれでもなお、槍を持って突っ込んでくるという報告が軍上層部にもたらされた。
この報告を受けて、軍部は一撃で行動不能にさせる銃弾の開発を進め、以前採用されていたコルト・シングルアクション・アーミーに使用されていた.45ロング・コルト弾を短縮した、リムレス化した.45ACP弾を開発した。
この銃弾は弾頭の質量を増やすことで、初速は低いものの人体に当たった時のエネルギーであるストッピング・パワーが強くなり、人体に重い衝撃を与えることに成功した。
ただし、銃弾が大型化したため、M1911ガバメントのような自動式拳銃には弾倉が大きくなり、グリップが握りにくいという欠点もあるのだが。
その銃弾を至近距離で頭部に撃ち込めば、頭蓋骨が粉砕するのも当然だった。
そして、その中毒者を倒す前に倒した男――もちろん『天使の塵』中毒者――の頭部に刺さっていたトマホークを抜き取る。
抜き取った頭部から鮮血が飛び散り、ジョセフの顔に飛び散ってくる。
今のジョセフの格好は誰もが『悪魔』というような、ひどい格好だった。
何人もトマホークで斬り伏せたため、返り血を浴びてしまい、さらに帽子やマスクを外した状態なため、顔は一面真っ赤になっていた。
しかも、オッドアイのため特に普段目立つ金色かかった目が尚更目立っている。
そんなジョセフに、間抜入れず、右から新手の中毒者がナイフを腰だめに構え、ジョセフ目掛けて猛速度で突進してくる。
「くそ――ッ!」
ジョセフは、先ほど抜いたトマホークを突進してくる中毒者に向けて投擲する。
黒光りする、そしてブンブンっと重い音を出しながら回転するトマホークは、中毒者の頭部に当たり――
頭部がぱっかり割れんばかしに刃がめり込んだ。
恐らく脳の半分ぐらいまで刺さった状態で、中毒者は前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
そして、息を吐く暇もなく。
「シャアアアアアアアアア――ッ!」
また、新手の中毒者がジョセフに向かって殺到する。
「一体、何人おんねんッ!?」
猛速度で突進してくる中毒者の足を、拳銃で撃ち貫き、続け様に来た後続の中毒者が足をかけてしまい、転倒する。その後、続々と転倒し、中毒者達の山ができあがった。
「面倒臭い、≪失せろ≫ッ!」
ジョセフは左手をかざし、中毒者達に向かって、一節詠唱し、固有魔術【レクイエム】を起動する。
途端、爆発音と共に、眩い光が聖堂内を覆いこまんばかりに光だし――
光が収束した時は、そこには中毒者達は灰も残さず消滅していた。
「はぁ…はぁ…くそ……ッ!」
恐らく、これで最後なのだろう。ジョセフ以外、誰もいなくなった聖堂で、ジョセフは長椅子にもたれかかるように座り込む。
グレンは、今頃、中毒者達に追われながら、システィーナと一緒にある場所に誘い込まれているはずだ。そこでグレンは、一年余前に帝都であの事件を引き起こし、そして今回の騒動を引き起こした張本人である元・帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー11、≪正義≫のジャティス=ロウファンと対決することになるだろう。
そして、レオス=クライトスは…もうこの世にはいない。恐らく、魔導兵団戦直後に『天使の塵』切れで死んだのだろう。
ジャティスが何のためにレオスを『天使の塵』漬けにして魔術学院に送り込み、システィーナに粉かけて、グレンに決闘をさせるように仕向け、そして、回りくどいことしてまで孤立無援となったグレンを抹殺する、その意図はわからない。
いや、回りくどいことしたのは、システィーナが、グレンのかつての同僚で、一年余前の事件で命を落としたセラに似ているから。だからシスティーナをセラに見立てて、グレンをかつての宮廷魔導士団にいたころのグレンにさせるためにそうしたのだろう。
ただ、それが復讐なのか、なんなのかまったく理解できないのだが、あの事件以降、さらに狂気がかっているジャティスの考えることなんて、最初から理解できないもんである。
ルミアやリィエル達はもうすでに学院に避難しているだろう。今回は前回と比べると極めて小規模なので、リィエルが対処しながら避難できているかもしれない。
だが――
「はぁ……」
今、この時ほど、あいつらに顔を合わせたくないなんて思ったことはないだろう。
正体をバラした時、話は後って言ったが、一体、どう説明すればいいんだ?
しかも、連中が聖堂から出ていく直前に、二人も殺している所を見てしまっているのだ。もう前みたいに接してくれることはないだろう。
下手したら、この噂は学院中に広まるかもしれない。
そうなったら最後、自分はいられなくなるだろう。
「……はっ、だから何なんだ」
元々、自分は天の智慧研究会を壊滅するために送り込まれたではないか。
それならば、学院に四六時中いなくてもいいのだ。ルミアを狙っているのでその兆候があれば特務分室と共同で密かに対処すればいい話ではないか。
別にあそこに居場所なんてなくてもいいではないか。遊びに来ているわけじゃない。
「何甘ったれたことを考えてるんだ。所詮連中なんて、いてもいなくてもいいやんか」
そう、いてもいなくてもいいのだ――
――なのに。
なら、なぜ、こんなに胸が苦しいのだろう?
さっきから頭を過るのはこれまで学院で過ごしてきた風景。
カッシュとヤンチャしてふざけ合って講師陣を怒らせたり、ウェンディをいじりにいじりまくっていじり倒したり、そんな普段なんの変哲もなく、それでいて暖かい日常。
「………」
この時、ジョセフはもしウェンディの幼馴染じゃなかったらどれだけこんな気持ちにならずによかったのだろうと思っていた。
再会した時は、そこまででもなかったが、今は強く思ってしまう。
そして、聖堂から走り去る時のあの悲しそうな顔を見た時、これほど胸を締め付けられたことなんてなかった。
これから、もう今までのように接することはできない。
そう思ったら、こんなにも苦しくなるのは一体、なんでなんだろう?
「……考えても、埒が明かん」
そうジョセフは言うと、立ち上がる。
どちらにしろここから出なければ。
そう思い、聖堂出口から出ようとしていた。
この時、ジョセフは周りを見渡してクリアリングするという行為を、愚かにも失念していた。
そして――
ジョセフの背後から複数体の人影が迫ってきて――
「!」
背後に迫っていることにようやく気付いたジョセフ。
まだ、いたのか、四体の『天使の塵』中毒者達がジョセフ目掛けて突進してくる。
だが、もうすでに先頭の中毒者はジョセフの目と鼻の先まで来ており――
先頭の中毒者が包丁を振り下ろし――
鮮血が虚空に飛び散った。
それと同時に右腕が地面に落ちた。
「……っ!……く、そ……」
ジョセフは肘から失った右腕からの激痛に顔を歪める。
咄嗟に右腕で自分の顔を庇い、そして右腕が斬り落とされたのだ。
なんという、不覚、失態なんだ。あの時、クリアリングすればこうはならなかった。
「クソったれが……ッ!」
ジョセフは残された左手で拳銃を構え、自分の右腕を切り落とした中毒者の頭を撃ち貫く。
同時に、残り三体の中毒者達が、一斉にジョセフに殺到する。
ジョセフは右側から来る中毒者の頭部を撃ち貫き、これで残り二体。
ところが、なんという不運なのか、拳銃のスライドがホールドオープンした。つまり弾切れである。
「くそ――ッ!」
この時、普段のジョセフならば、避けて素早く弾倉を交換して再装填するのだが、なにせ激痛で動きが鈍くなっていた。しかも、右腕が失っているため、片手で再装填しなくてはならない。この場合、かなり時間がかかる。
動きが鈍くなっているので、麺棒を持った中毒者から腹部にまともに食らってしまいジョセフは吹き飛ぶ。
「がはッ!ごほ――ッ!?」
壁に背中から激突してしまい、一瞬呼吸ができなくなってしまい、崩れ落ちる。
そして、残り一体の中毒者が包丁でジョセフの左腕を――
斬り落とした。
「あっ…がぁあああああああ――ッ!」
これまでにない激痛にジョセフは思わず悲鳴を上げる。
「はぁ…はぁ…ふぅ…ふぅ……この……クソ野郎が……ッ!」
そして、乱れた呼吸を整いながら、その中毒者に睨みつける。
だが、そんな睨みも虚しく。
今や何もできなくなったジョセフに止めと言わんばかりに包丁を振り下ろす――
「……クソったれ」
それを呆然と眺めるジョセフ。
ふと、学院の光景が頭に過る。
あの暖かい日常。
そして――
再会した幼馴染の顔――
「……ウェンディ……」
幼馴染の名前を言い、目を瞑る。
そして――
一発の銃声が聖堂内に鳴り響いた。
「………?」
よく見たら、止めを刺そうとした中毒者が頭から血を吹き出しながら、祭壇の方へ吹っ飛んでいた。
「ゴー、ゴー、ゴー、ゴー、ゴーッ!」
別の男の声が聞こえる方に振り向いたら、そこにはスプリンクフィールドM1903を構えた、二十代前半ぐらいの肌の黒い黒人の男がいた。
服装はジョセフと同じ、黒いトレンチコートに黒い軍服を着ていたその男と、後から続いて突入してくる男女――こちらも黒い服装で――三人が中毒者達を次々と始末していく。
「……遅ぇよ……」
意識が朦朧としていく中、ジョセフが呟く。
黒人の男はジョセフを見つけるや否や、駆け寄り――
両腕が失っていることに気付き、しばらく立ち止まり――
そして。
「ジョセフ…もう大丈夫や。気をしっかり持てや」
まるで父親のようにそっと抱きしめて言う。
「おいッ!ナンバー6が負傷したッ!ナンバー6が負傷したぞッ!車に運ぶから誰か手伝えや!」
しばらく抱きしめた後、男はそう叫ぶ。
そのうち一人がジョセフ達に駆け寄るが、その惨状に一瞬硬直する。
「おいジョセフ…嘘やろ……?」
「嘘でもなんでもないで!さっさと運ぶで!」
そう言うと、ジョセフをそれぞれ肩を貸すように担いでいく。
担がれて車に乗せられるジョセフ。男が無線機で何事かを叫ぶように、早口でまくし立てている。
そこでジョセフの意識は途切れた。
そして――その頃。
フェジテ郊外の、とある雑木林にて。
「翔けろ、【彼女の左手】――ッ!」
「≪金色の雷獣よ・地を疾く駆けよ・天に舞って踊れ≫ッ!」
流星の縦横無尽に飛来する無数の黄金の剣を、乱舞する雷嵐が迎え撃つ。
明滅する視界。
悲鳴を上げる天地。
グレン達の前から去ったジャティスと、アルベルトが魔術をぶつけ合っていた。
「隙があるねッ!アルベルトッ!」
呪文行使の終を狙い、【彼女の御使い・斬刑】が処刑人の剣を構え、アルベルトの背後へ猛速度で肉薄する。
アルベルトを上下に寸断せんと、横一文字に剛閃される剣。
「ち――」
間一髪。アルベルトはそれぞれを後方宙返りで跳んで外し、一呼吸。
マナ・バイオリズムを瞬時に整え――
予唱呪文の【ライトニング・ピアス】を時間差起動。
天地真逆の状態から、天使の後頭部をゼロ距離で射貫き――
そのまま空中で身を翻してジャティスを指さし――二反響唱で、さらに雷閃を放つ。
「くっ……ッ!?」
対するジャティスは咄嗟に【彼女の右手】を展開。
空気を裂いて迫る雷閃をそらし、二足、三足と跳び下がる。
アルベルトも着地と同時に、跳び下がり、ジャティスから距離を取る。
戦いは再び、振出しに戻る……
「……互角か。流石だね、アルベルト。…相変わらず、強い」
「………」
「しかし、君では駄目なんだ…なぜなら、君は恐らく『英雄』と呼ばれる類の人種…強いから、己の正義を貫けて当然の人種だ。倒しても意味がない。やはり、グレンでなければ……」
狂人の戯れ事に応じる気はないと言わんばかりに、無言を貫くアルベルト。
二人の周囲は、正に地獄絵図。
これまで、いかなる魔術の応酬があったのか…地面は焼け焦げ、抉れ、木々は激しく燃え上がって、大量の火の粉の渦を巻き上げている。
「しかし、参ったな…まさか、ここで君に嗅ぎつかれるとは……」
「ふん…あれだけの騒ぎを起こしておいて、どの口が言う」
「それでも、君に捕捉される前に、フェジテから撤収できるはずだったんだよ…予測ではね」
言葉とは裏腹に、ジャティスに焦りの類は皆無だ。
予想外のことが起きて、それを楽しんでいる…そんな雰囲気すらある。
「僕もまだまださ」
「何故、生きている…とは問わん。魔術師にとって、生死を誤魔化す手段など掃いて捨てる程ある。欺された俺達が愚かだった、只、それだけの事」
アルベルトの氷のような鋭い視線がジャティスを射貫く。
「だが、一つだけ教えろ。貴様は一年余前、何故あんな事件を引き起こした?」
「……………」
その時、ほんの少しだけ、ジャティスが纏う影が色濃くなったような、気がした。
「元・帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー11≪正義≫。確かに貴様は苛烈な言動と、独善的な信念、そして目的の為に手段を選ばず、犠牲を全く厭わない問題児ではあったが…それでも、あのような真似をしでかすような男ではなかった」
「果たして、そうだったかな……?」
「実際に、天の智慧研究会を誰よりも憎んでいたのは貴様だ。それが一変して、あの日を境に、帝国に、そして女王陛下に仇為すようになった」
「………」
「一体、何があった?何がそこまで貴様を変えた?」
互いに一歩も譲らない魔術の応酬の果てに、互いに手札が手詰まり。
手の内を探り合い、次なる一手を模索する中、かわされる言葉の中……
「……『禁忌教典』……」
ぼそりと漏れたジャティスの言葉に、アルベルトの目がさらに鋭くなった。
「アルベルト。君はこの国に隠された真実を、王家の血に隠された秘密を…知らない。なぜ、あんな天空の城が、空に浮かんでいるのか…知らない」
「………」
「『禁忌教典』を追うといい。そうすれば…いずれ真実に辿り着く。そして理解するだろう。僕の行いこそが正しい、と。唯一無二の絶対正義である、と」
そう語る表情は、揺るぎない確信に満ちたものだった。
「特に、アルベルト。君なら真実に触れた時、堕落せず、きっと僕と同じ側に立つことになると信じているよ」
「巫山戯ろ、外道。その『禁忌教典』とは一体、何だ?」
「駄目だよ、アルベルト。言葉では説明できないことなんだ」
「何だと?」
「理解するには…真実に触れるしかない。…僕から言えるのはこのくらいかな」
そして、ジャティスが指を打ち鳴らす。
すると、空からばさりと翼を鳴らし、一人の天使がジャティスの傍らに舞い降りる。
「さて、そろそろ時間だ」
「待て、ジャティス。まだ話は終わっていない」
アルベルトがジャティスへ左手の指を向ける。
「駄目だね。抜け目のない君のことだ…もうすぐ、彼らが来るんだろう?今、街の騒ぎを調査するために別行動していた≪法皇≫と≪隠者≫が。…君の時間稼ぎに付き合うのもここまでだ」
ジャティスが肩を竦めておどけて見せる。
「しかし、なんだろう…彼らもそう心配しなくていいのにね?僕は目的遂行に必要な犠牲はいくらでも喜んで積むけど、必要ない犠牲は積まない主義だよ?役目を終えた中毒者達は勝手に時間切れで自壊するだけ…他に何も悪さはしないのに」
「貴様……」
根本的にズレているジャティスへ、アルベルトは烈火の眼を向ける。
「……さて。正直、手持ちの疑似霊素粒子粉末も、いい加減尽きそうだし…大人しく、尻尾巻いて退かせてもらいますかね。あと、それと、連邦の動きも気をつけるといい。彼らも『禁忌教典』を知っているし、狙っているからね」
問答無用とばかりに、アルベルトが【ライトニング・ピアス】を撃つ。
それよりも一瞬早く、ジャティスが天使の肩に片手で掴まり、天使は翼をはばたかせて上空へと急上昇。
放たれた雷閃は虚しく虚空を切る。
そして、高度を確保したジャティスは、そのまま何処かへと滑空していった。
「………」
アルベルトは追わず、無言で指を下げ、それを見送る。
この状況で、ジャティスほどの魔導士だ本気で撤退に専念すれば、振り切られるのはわかっているからだ。無駄な労力を費やすつもりはない。
「ちっ…また『禁忌教典』か……」
最近は本当によく耳にする言葉だ。
一体、『禁忌教典』とは、なんなのか…謎は深まるばかりだ。
だが、どうも…この帝国の真実と、王家と、天空城の謎にまつわる何かであるらしいことが、ジャティスの言葉から朧気ながらに読み取れる。
そして、連邦政府はこの『禁忌教典』を狙っているということも。
案外、思わぬ進展があったかもしれない。
「この国の真実…王家の血、か。一度、調べてみる必要がありそうだ。それと、連邦の動きを注視する必要もありそうだ」
アルベルトも踵を返して。
その場から静かに去って行くのであった。
……こうして。
とある一人の人間が、天使の塵を使って引き起こした悪夢の事件は終わった。
天使の塵の餌食になった最終的な犠牲者数は、八十四人、さらに行方不明者多数。
これが、たった一人の人間が出した犠牲であることを考慮すれば、信じられないほど鬼畜かつ許されがたい悪魔の所業といえる。
ジャティス=ロウファン。
一年余前、帝都で大惨劇を引き起こした者のその名は、まだ人々の記憶に新しい。
かの者の再来に、全てのフェジテ市民が恐怖に震撼し…残された遺族達は、やり場のない怒りと悲しみに咽ぶことになる。
レオス=クライトスも、そんな犠牲者達の一人だ。
クライトス伯爵家の名誉を守るため、レオスの行動は全てジャティスの『天使の塵』で操られていたものであることが大々的に発表された。ジャティスの目的は、レオスにフィーベル家を掌握させ、クライトス家の財産を手中に収めるため、というそれなりにわかりやすく、納得できる理由が捏造された。
レオスが敢行したシスティーナとの強引な結婚式…それによるクライトス伯爵家の家名失墜を防ぎ、フィーベル家との軋轢を避けるための、やむを得ない処置であった。
そして、ジャティスのそんな企みを事前に察知したクライトス家が、それを阻止するため、クライトス現当主が直々にグレンへ依頼し、システィーナを攫わせ、ジャティスを撃退、クライトス家の名誉を守った…グレンは納得いかなかったが、クライトス家立っての願いで、そういうことにされてしまった。
クライトス家が政府の報道機関を通して正式にそのような声明を世間に発表し、グレンに謝礼と勲章まで贈ったため、レオスとの一連の決闘騒動で地に落ちたグレンの名誉も回復、逆玉の輿目当ての最低男から一転、実は身を挺して生徒を守った教師の鑑だった、と評価されるようになる。
確かに、ある程度は間違っていない…が、表彰されることでもない。
結局、グレンの今回の戦いは最初から最後まで私闘だったのだから。
グレンは身に過ぎた評判を、複雑な気分で眺めるしかなかった。
そして、何よりもジョセフの身の状態が心配だった。
ジョセフはあの騒動に巻き込まれ、重傷を負い、しばらく休学することになった。と表向きはそうなっていたが、実際はあの後、ルミアから聞いた話では、自分の正体をバラして皆を逃がすために足止めをしていた、ということだった。
グレンはジョセフの正体の事はここにいる者以外、口外しないように伝えたため、あの結婚騒動で直接見た者以外はジョセフの正体は知らない。
その矢先に、まさかの重傷、しかもこれはグレンだけしか聞いていないが、両腕を失ったという状態だったという。
グレンは心配した生徒達――特にウェンディを――見舞いに行かせるのを、口八丁でなんとか止めることにした。今、ジョセフの状態を見せるわけにはいかない、そう判断したからだ。それに、これはジョセフたっての願いだった。
そして――ジャティスの事件から、数日後のこと。
とある日のこと。
「そうか、一旦連邦に帰るのか」
「はい、ニューヨークに帰ります。義手のこともありますんで」
フェジテ市内のある病院の病室にて。
一応、二組の代表――強引に話をまとめて――として見舞いに来たグレンに、ジョセフは一時、連邦に帰ることを伝えた。
その他にも精神的なケアもあるのだろう。今のジョセフの姿は前みたいな陽気な性格などすっかり影を潜めていた。
「まぁ、その、なんだ、とりあえず、気分転換がてら休養だと思いながら休んどけ」
正直、病室の中の雰囲気は微妙なことになっていた。
「……あいつらは無事でしたか?」
「ああ、まぁな。ったく、どうやって説明すればいいのかこれでも滅茶苦茶苦労したぜ…まぁ、安心しろ。お前の正体はあの場にいたやつ以外、知らないし、口外はするなと言っていたからな。ま、とにかくだ」
グレンは頭を掻きながら、病室の窓の方へ向き。
「早く元気になって帰って来い。今のお前の状態、とても見てらんないわ。もうね、一気に老化してんじゃねえのかっていうくらい、酷いわ。そして、あいつらを安心させてやれ。特にウェンディなんか、もう何がなんでも見舞いに来るとか言って、かなり苦労したんだからな。まったく、今でも病室に押しかけてくるんじゃねえか、あいつら」
「……そうですか」
ジョセフは、ぼそぼそと呟き。
「ホンマ、アホやなぁ」
続けてそう呟き。
「そいなら、しばらく休ませていただきます」
ふっと笑いながら、グレンにそう言った。
今日もフェジテの澄んだ青空には、天空城が何事もなく浮かんでいた。
次から、六巻ですよ~