専属講師としてグレンがあてがわれた2年次生2組のクラスはとにかく、学院の生徒達の羨望を集めた。
教室で空いている席は日を追うごとに他のクラスからの飛び入り参加者で埋まっていき、さらに10日経つ頃には立ち見で授業を受ける者も現れた。
グレンが生徒達に一目置かれるようになるにつれ、学院の講師達の中には今まで自分達が行っていた『位階を上げるために覚えている呪文の数を増やすだけの授業』に疑問を持ち始める者も現れる。
若く熱心な講師の中にはグレンの授業に参加して、グレンの教え方や魔術理論を学ぼうとする者もいた。
このクラスに編入されて数日経ったジョセフも、グレンの授業の質の高さには驚嘆していた。
「…流石だな…説明が難しいところを誰にでも分かりやすく説明している。下手したら教科書なんていらへん」
そう驚嘆していると、隣に座っているこのクラスの兄貴分であるカッシュ=ウィンガーと、女顔の小柄な少年である、セシル=クレイトンも同意する。
因みに、この二人は初日から、特にカッシュが話しかけてきてくれたおかげでそれ以降、こうやって隣の席に座り授業を受けている。
「だよな。分からない所もちゃんとわかるように砕いて説明してるし、俺でも分かる。すげぇよな」
「うん、最初はどうなるのかと不安だったけど、ここ最近のグレン先生の授業はわかりやすくていいよ」
「いや、どんだけ最初酷かったんねん、あの人……」
聞けば、グレンが前任の担任であるヒューイが突然退職したため急遽後任として来たのだが、初日からいきなり自習と言って眠るなど、初日から11日間の評価は最悪だった。
(しかし、そこまで一時は堕ちていたとは…例の事件以降、特務分室を除隊しているのだが、やはりそれが関係しているのか…)
「そんな最悪の評価を出されていた講師が、どうして急にここまで質の高い授業をするようになったんだい?」
「その11日目の時に先生とシスティーナが口論になったんですの」
ジョセフ達の話を聞いていたのか、前の列の席にいたウェンディがジョセフの疑問に答える。
「確か、魔術は人殺しの役にしか立たないって先生が言って、それからシスティーナと口論になってそれがきっかけだったんじゃないかな。グレン先生の授業が改善されたのは」
セシルが思い出すようにそう言う。
「人殺し…ねぇ……」
ジョセフはその言葉を反芻しながら、数ヶ月前のことを思い出す。
この世とは思えない地獄、白い雪が降り積もる中、自分の周りは赤く染まっていた。
その上は敵の兵士が無数に転がっている。全員自分が殺した。魔術で、銃で、ナイフやトマホークで切り刻んだ。
そう全員自分が殺した。
「…ジョセフ?」
過去の出来事に引き込まれていたせいか、突然ウェンディの顔が目の前に出てくる。
「……ん?どうした?」
一瞬硬直したせいか、間を空けて反応する。
…ていうか、顔が近い。
「さっきから呼びかけても反応しないですから、どうしたのかと。大丈夫ですの?」
心配そうな顔をして聞いてくる。
「生きているから、大丈夫やで」
「……生きていなければ困りますわ……」
心配したのがバカだったと言わんばかりに呆れるウェンディ。
「んで、どうしたん?」
「ジョセフはどう思うのかな?その…グレン先生が言ったこと。やっぱり人殺しの発言のこと……」
「う~ん、せやな~」
セシルが聞いてきたから、ジョセフはしばらく考える。
「……確かに魔術は人を殺すことはできるかもしれへん。でもな、それは使い手の意識の問題や。使い手の意識によっては人を殺すこともできるかもしれへんし、生かすために使うことだってできる。魔術が人を殺しているのではなくて、人が魔術を使って殺しているからな。結局は人の問題やで」
考えた末に自分の持論を展開する。
「……そんな簡単なことなのか?」
カッシュが疑問に思いながら、そう聞く。
「自分はそう思う…知らんけど」
「「「知らんのかい!!」」」
ナイスツッコミ、カッシュ、セシル、ウェンディ。おめでとう、君達はこれで立派なアメリカ人だ。(笑)
相も変わらずグレンはやる気なさげな言動を繰り返しながら、今日も面倒臭そうに授業を行っていた。
「……魔術には『汎用魔術』と『固有魔術』の二つがあって、今日はお前らが…ジョセフは除くが…誰でも扱えるからと馬鹿にしがちな汎用魔術の術式を詳しく分析してみたが、固有魔術と比較して汎用魔術がいかに緻密に高精度に完成された術なのか理解できたかと思う」
黒板に書かれた魔術式の一節をチョークで突きながらグレンは言った。
「そりゃ当然だ。【ショック・ボルト】みたいな初等の汎用魔術一つをとっても、お前らの何百倍も優秀な何百人もの魔術師達が何百年もかけて、少しずつ改良・洗練させてきた代物だからな。そんな偉大なる術式様に向かって、やれ独創性がないだの、古臭いだの……もうね、お前らアホかと」
授業の当初、固有魔術こそ至高だと主張していた生徒達は肩を落とすしかない。
「お前らは個々の魔術師にオンリーワンな術である固有魔術をとてつもなく神聖視しているが、実は固有魔術を作るなんて全然、たいしたことじゃねーんだ。魔術師としちゃ三流の俺だって余裕で作れる。じゃ、固有魔術の何が大変かと言えば、お前らの何百倍も優秀な何百人もの魔術師達が何百年もかけてやっと完成させた汎用魔術に対し、固有魔術は自分たった一人で術式を組み上げて、かつ、それら汎用魔術の完成度を何らかの形で越えてなければならないという一点に尽きる。じゃねーと固有魔術なんて使う意味がない」
あからさまに意気消沈する生徒達(ジョセフを除く)を見て、グレンは底意地悪そうに笑った。
「ほーら、頭痛くなってきただろ?今日見たとおり、お前らが小馬鹿にした汎用魔術はとっくに隙も改良の余地もない完成形だ。並大抵のことじゃ、固有魔術は汎用魔術の劣化レプリカにしかならんぜ?俺も昔やってみたけど、ロクなものができんかったから馬鹿馬鹿しくなってやめたわ。はっはっは、時間の盛大な無駄遣いだった」
この物言いに、くすくすと笑う生徒が半分、眉をひそめる生徒が半分。
グレンの授業手腕は認めても、魔術に対して欠片の敬意も払わないその態度に反感を覚える者は多い。
「この領域の話になってくると、センスとか才能とかが問われるな。だが、それでも先達が完成させた汎用魔術の式をじっくりと追っていくことには意味がある。自身の術式構築力を高める意味でも、ネタ被りを避ける意味でもな。お前らが将来、自分だけの固有魔術を作りたいなんて思っているなら、なおさらだ。ま、そんな屁の突っ張りにもならん自己満足に時間費やすくらいなら他に有意義な人生の過ごし方がある気がするがな…さて」
グレンが懐から取り出した懐中時計を見る。
「……時間だな。じゃ、今日はこれまで。あー、疲れた」
授業終了を宣言するとクラスに弛緩した空気が蔓延し始める。
グレンは黒板消しをつかんで、黒板に書かれた術式や解説をおもむろに消し始める。
「あ、先生待って!まだ消さないで下さい。私、まだ板書取ってないんです!」
システィーナが手を挙げる。
すると、グレンは露骨にニヤリと意地悪く笑って、腕が分身する勢いで黒板を消し始めた。
クラスのあちこちから悲鳴が上がる。
「ふはははははははは――ッ!もう半分近く消えたぞぉ!?ザマミロ!?」
「子供ですか!?貴方はッ!」
システィーナは呆れ果てて机に突っ伏した。
「あはは、板書は私が取ってあるから後で見せてあげるね?システィ」
「ありがとう……しかしまぁ、良い授業してくれるのはいいんだけど、ホントあのねじ曲がった性格だけは何とかならないかしら?」
ジョセフが目を向ければ、黒板を消している最中に爪で黒板を引っかいてしまったらしい。
耳を押さえて悶えていた。
何とも哀愁漂う間抜けな姿である。
(何これ?)
ジョセフはその様子を見て、苦笑いする。
「やべぇ、まだ半分も書いてねぇ…チクショウ……」
聞いているのに夢中だったせいか、カッシュは、まるでこの世の終わりかのように頭を抱えていた。
「あはは……」
セシルも呆れたように苦笑いする。
「……カッシュ、ほれ」
ジョセフはそんなカッシュを見て、あまりにも可哀想に思えてきてしまい、自分のノートを渡す。
「一応、板書は取っているからこれ見て気を取り直せ」
「ジョセフ…お前は救世主だ!ありがたく見させていただきます!いやぁ、やっぱ持つべきは友だな!セシル」
「いや、大げさすぎるやろ……」
よっぽど深刻だったのか、カッシュは感嘆のあまり目に涙を浮かばせ、まるで崇めるかののようにジョセフに礼を言う。
「あの…カッシュさんの後でもいいので、私にも見せてほしいのですが、いいでしょうか?」
そんなカッシュを呆れながら見ていると、前の列から女子生徒がジョセフにノートを見せてほしいとお願いしてきた。
長髪で紫色という珍しい髪色でメリハリのきいたモデル体型の女子生徒。(ていうかここに来てから毎回思うんだけど、どうしてここの女子生徒の服装はこうも軽装なんだ?へそ出してるし…)名前は確か……
「ええよ~、というわけでカッシュ、レイディが待ってるからなるべく早くな~。女子を待たせたらあかんで~」
ていうか、レイディは隣にウェンディがいるからウェンディに見せればいいんじゃないのか?――と思い、ウェンディを見たら、ウェンディは察したのか、恨めしそうに黒板を見て言う。
「板書まだとってないのに消されたから、私も見てもよろしくって?」
「……OK、理解した」
要するに、ウェンディも隣のテレサ=レイディも板書を取ろうとしたら、グレンが消してしまい、取れなかったらしい。
「そういや、明日は魔術学会で教授陣や講師達はいなくなるから五日間休みになるんだっけ?」
「あ~それなんだけどね…僕たちのクラスは例外なんだ」
「What!?」
「というのも、ヒューイ先生…前の担任なんだけど、突然退職しちゃって、2組の授業が遅れちゃっているんだよ」
「あ~…それでその穴を埋める形で入っちゃってるんやな」
「そういう事」
観光できねえじゃねえか。と内心ぼやきながら机に突っ伏した。
(それにしても突然の退職ね…一体何があったのやら)
「まあいいや、今日の授業終わったし帰る準備しますか」
むくっと起き上がり、教材をカバンの中に詰め込む。
この時、明日来ることになる2組の生徒があるテロリストにより、危機に見舞われるとはまだ誰も知らなかった。
さて、今日もやりますよ~。
今回は、マサチューセッツ州です。
人口680万人。州都はボストン。主な都市にボストン、スプリングフィールド、ウースター、ニューベッドフォード。
愛称は入り江の州です。
大都市ボストンを擁するニューイングランドの中心地であり、オランダ人入植のニューヨーク州とは宿命のライバルです。
独立13州の一つで、6番目に加入しました。
マサチューセッツ州はアメリカ史の中では各分野にわたって重要な役割を演じてきました。アメリカ独立戦争ではそれにつながる事件、ボストン茶会事件等が起きました。産業革命では交換部品など多くの重要な技術進歩を促進しました。
1786年には州西部の農夫によるポピュリスト革命、シェイズの反乱が直接アメリカ合衆国憲法制定会議の開催に繋がりました。
南北戦争直前の時代は、禁酒運動、超越論的思想、奴隷制度廃止運動の中心になりました。
1837年、サウスバトリーの町に、国内初の女子カレッジであるマウント・ホリヨーク大学が開校しました。
マサチューセッツ州は当初漁業、農業、貿易業に依存していましたが、産業革命の間に工業中心に変わりました。
20世紀には工業からサービス業へ、21世紀には、高等教育、医療技術、ハイテクと金融業で指導的存在となっています。
天才秀才の代名詞、マサチューセッツ工科大学で知られ、世界一の名門ハーバード大もここにある文化と学術の都です。
ボストンマラソンが有名で、マサチューセッツ工科大学も元々ボストンにありました。
以上!!